ラジカルキラーは殺さない

    作者:空白革命

    ●『ラジカルキラー』刑ヶ原・殺姫。
     ある日のことである。夜道を歩く女を、ガラの悪い男達が取り巻いていた。
    「オジョーサン、夜道の一人歩きはアブナイよー」
    「俺達みたいの出ちゃうからねー」
    「触らないで……」
     開閉式ナイフをこれ見よがしにがちゃがちゃと動かす男達。
     女は怯えて震えている……かと思いきや、さもつまらなそうに自らの足元を見つめていた。
    「だからさー、アンゼンなとこまで送ってあげるよ。お駄賃貰うけ……ど……も?」
     女の肩に手を伸ばそうとして、男はふと首を傾げた。
    「あれ、俺の指……なんで無くなってんだ?」
     そうだ。
     男の人差し指が第二関節から無くなっていた。
     その代りに、女が彼の指を摘み上げ、どこかへと放り投げる。
    「お願い、触らないで――殺しちゃうから」
    「ンだと……!?」
     男達はナイフを握り、女へと襲い掛かる。
     最初は服の一枚二枚を破ってやればいいと思っていたが、もはやそんな問題では済まされない。流血沙汰にしてビビらせてやろう。そう思っていたのだが……。
    「触らないでって、言ってるでしょ」
     ひゅん、と風を切る音がした。そう思った時には、女は男の背後に回り込んでいた。
     手にはやや大き目な裁縫バサミ。
     男が振り返るよりも早く跳躍し、上下反転しながら回転、着地した時には、彼女の掌に三本の指が乗っていた。
     無論、男達の指である。
    「イ……イイイイ!」
    「どっか行って。これ以上は、死んじゃうわよ」
     湧き出る殺気に、男達は泡を食って逃げていく。
     女はため息をついて、手の中の指を握りしめた。
    「まだだめ……殺しちゃ、だめ……」
     
    ●『殺されない人間』の必要性
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の説明を要約するなら、こうだ。
     ある街で、一般人が闇落ち(ダークネス化)しようとしている。
     勿論その程度なら珍しくも無いが、今回はやや事情が違った。
     本来、闇落ちした時点で人格が掻き消え、全く新しい存在として生まれ変わるのがダークネスだ。だが……。
    「刑ヶ原・殺姫。彼女は人間の人格を保ったままダークネス化しかけている」
     ダークネスの『なりかけ』。
     つまり、人間に戻る可能性をもつダークネスである。
     
     刑ヶ原殺姫は人殺しを忌む。
     『切り取るのは相手の指まで』を固く決め、殺人衝動をギリギリのところで抑えているのだ。
     だがいつまでも抑えられるものではない。いずれは彼女の中で充満、圧縮され、最後には爆発するだろう。
     誰かがガス抜きをしてやらねばならない。
     指どころか身を切り裂かれでも死なない人間。
     そして彼女の事情をわかってやれる人間。
     つまり、あなただけということだ。
    「刑ヶ原殺姫はなりかけとはいえダークネスだ。皆が力を合わせて全力を出せばなんとか倒せる相手だが……彼女に対する圧倒的暴力。つまり、徹底的に抵抗してやることで殺せない人間の存在を思い知ることができるだろう。それが彼女の安心感にも繋がる筈だ。その先にある、人間としての精神にもな」
     勿論簡単なことではない。
     強力なダークネス相手に、全力を叩き込まねばならないのだから
    「厳しい任務になるかもしれない。だが信じてるぞ……皆なら、できる筈だ」


    参加者
    ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    宮部・雪花(花守の使者・d01719)
    蒼月・冬妃(光の求道者・d02816)
    川内・昴(静凛白魔・d02970)
    烏丸・織絵(オブシダンクロウ・d03318)
    風真・和弥(高校生殺人鬼・d03497)
    伊織・霖(灰銀の霖雨・d04661)

    ■リプレイ


     明滅する街灯の下、クマのキグルミがあった。
     顔の半分を影に覆い、視線はアスファルトへ向いている。
    「力とは道具だ。ふるうに相応しい場所があるものだよ、君」
     アスファルトにではない。何処にもいない誰かへ向けて、クマは言った。
     ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)。灼滅者である。
    「なんだかよく分かんないな。俺はとにかく、彼女にはスッキリしてもらいたいな」
     ヘッドホンを首に下し、三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)は地面の小石を蹴った。そう言えば、前にもこんなことがあった気がする。
     彼女。
     ダークネスのなりかけ。
     『切り取るのは相手の指まで』のルールを自らに定め、六六六人衆への完全な闇落ちを食い止めている女である。
    「そういう衝動を抑えるのって、大変だよねぇ」
     川内・昴(静凛白魔・d02970)がぶかぶかな白衣の袖を振った。
     横目で彼を見る伊織・霖(灰銀の霖雨・d04661)。
    「僕には殺人衝動のことは分からないけど、誰にだって欲望はある。それを抑え籠めてるんなら、彼女は強いと思うよ」
    「なんでもないヤツですら、今日もどこかで殺し合いしてるっていうのにな。ソイツの方がよっぽど人間らしくみえるぜ」
     さながら消えゆく燭台の火が如く。
     風真・和弥(高校生殺人鬼・d03497)は目を細めて舌打ちをした。

     街灯が明滅を繰り返す。
     灯りに群がる蟲が、ばちばちと羽を鳴らす。
     夜道は長く、いくつもの路地が続く中、誰かの足音が聞えた。
    「…………」
     それまでぼうっとしていた烏丸・織絵(オブシダンクロウ・d03318)が顔を上げ、停車モードのライドキャリバーから降りる。
    「そろそろですね」
     蒼月・冬妃(光の求道者・d02816)が銀色のガンナイフをホルスターから抜いた。
     足跡が近づいてくる。
     すぐそこの十字路へとさしかかろうとしている。
     それまで目を閉じていた宮部・雪花(花守の使者・d01719)が、カードを握った。
    「まいりましょう、兄上様」
     十字路に、一人の女が姿を現す。
     髪の長い、高校生程度の女だ。
     彼女の名は刑ヶ原殺姫。
     ダークネスのなりかけである。


     挨拶のようなものは存在しなかった。
     さながら通り魔のように、もしくは風のように、彼は唐突に襲い掛かって来た。
     けたたましい足音共に駆け寄り、十字路にさしかかったばかりの殺姫に向かって抜刀。そのまま高速で刃を走らせる。
     常人であれば首が外れているべき居合斬りはしかし、女の顔から12センチの所で止められていた。
     やや大き目の裁縫バサミである。
    「……何?」
    「いきなりで申し訳ないけど」
     横目で見やる殺姫。
     片眉を上げる霖。
     その直後、織絵のライドキャリバーがコンクリートブロックの上を爆走、跳躍し殺姫へと踊りかかった。
     素早いバックステップで身をかわす殺姫。飛んだタイミングを狙って織絵はバスタービームを発射。
     殺姫は空中で身を捻り、自分を狙ったビームめがけて裁縫バサミをまっすぐに突っ込んだ。
     エネルギー拡散を起こし放射状の線になって周囲へ飛び散るビーム。
    「成程、気に入った」
    「だから、何よ」
    「キミの殺意のことだよ」
     真横に降り立つ昴。
    「純白なる雪花、咲きて閃け……天華!」
     いつのまにか現れた鋼糸が殺姫の身体を螺旋状に覆う。それらが一斉に彼女を締め付けんとしたが、殺姫は糸を下から上へバサバサと断ち切ってしまった。
     にへらと笑う昴。
    「もう溜めこまなくていいんだよ?」
    「……」
     彼等を警戒して素早く距離をとる殺姫。
     間に割り込んだ柚來が、両の手を開いて掲げて見せた。
    「急に襲い掛かってゴメンな。でもこの方が、力を証明しやすいだろ」
    「…………話が見えないんだけど」
     鋏を閉じて目を細める殺姫。
     柚來は指の上にリングスラッシャーを出現させると、少しだけ好戦的に笑った。
    「つまりさ」
    「その殺人衝動、受け止めて見せますわ」
     柚來を左右から追い越し、雪花と彼女のビハインドが同時に腕を構えた。
     制約の弾丸と霊障波の乱射。
     殺姫はそのうち数発を鋏で叩き落とすと、軽く膝を曲げ体勢を低くする。
     飛び掛るのか。そう思った時には姿が掻き消え、雪花の真上で上下反転していた。
    「切るのは指だけにしてあげる。十本全部なくしたくなかったら、帰って頂戴」
    「その心配はいりません。全力でかかってきて下さいまし!」
     素早く指を頭上へ向け弾丸乱射。
     薙ぎ払うような弾幕の線が空へ奔るが、それを殺姫は文字通り断ち切った。
     雪花の背後に着地。素早く鋏を走らせて指輪のついている指だけを狙って鋏を開く。
     雪花の指が裁断され――る、一瞬前。
     ストンと殺姫の胸元にロッドが添えられた。
     殴るような衝撃ではない。それゆえに対応が後回しになったのだろうか。
     だがロッドが彼女の胸に当たったと同時に爆発を起こし、殺姫をその場から吹き飛ばす。
    「すみません」
    「いや……」
     ロッドを指の間で回すポー。
     彼の前へ冬妃が割り込み、ガンナイフを構えた。
     吹き飛んだ殺姫へ向けてデッドブラスターを二連射。
     一発を鋏で迎撃。撃ち払う。
     だがもう一発は殺姫の顔面へ命中。
     短い悲鳴をあげて殺姫はアスファルト道路を転がった。
     片目を抑え、素早く立ち上がる殺姫。
     彼女の背後に和弥が現れ刀を横一文字に振った。
     かき消える殺姫。気づけば和弥の背後に回り込んでいた。
     ギリギリで振り返って刀を翳す。鋏と刀が鍔迫り合いを起こした。
    「悪いが俺はあんたを殺しに来たんだ。そうしなくても良いことを願ってるがな」
    「私だって――」
     ヴァンパイアミスト展開。
     鏖殺領域展開。
     霧と殺気が混じり合い、二人の視界をブレさせる。
     同時にかき消える和弥と殺姫。
     霧の中で幾度もの金属音が鳴った。
    「まだだ、その程度で全力ってわけじゃないんだろ? 手加減なんぞされても嬉しくないぜ!」
    「……ッ!」
     霧の中を複雑に奔る閃き。
     弧月が幾重にも交差し、風圧と共に互いの刃がぶつかり合った。
     開いた状態の裁縫バサミ。
     それを受け止めていた刀は……和弥のものではなかった。
     頬を掠める火花に顔をほころばせる霖。
    「余裕過ぎて割り込んじゃったよ。何、そっちもまだ余裕そうじゃない?」
    「楽しいか? 衝動を無理矢理押さえつけんのは。そんなんじゃ、殺しも殺されもしない。全てを解放しろ、形ヶ原殺姫!」
     背後から和弥の刀が振り込まれる。
     殺姫は鋏を素早く二本に分解すると、彼の刀を受け止めた。
     両手がふさがった殺姫に殴りかかるポー。
     異形巨大化した腕が殺姫の腹を正確にとらえ、余った衝撃が背後のブロック塀を粉々に破壊した。
     目を見開き血を吐き出す殺姫。
     ポーの着込んだキグルミが血にまみれた。
     前屈みになった彼女の前で、ポーは無言のままもう一方の腕を巨大化。強烈なアッパーカットでもって殺姫を放り投げた。
     きりもみ回転しながら宙を舞う殺姫。
     霖と和弥はそれぞれ手近なブロック塀に飛び乗り、更に跳躍。殺姫よりさらに上へ飛びあがった霖は大上段から雲耀剣を叩き込んだ。
     激しく垂直落下する殺姫をすれ違いざまに切りつける和弥。
     アスファルトを放射状に砕きながら地面に激突した殺姫は仰向け体勢のまま鏖殺領域を展開。再び殴りかかろうとするポーの腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
     ぼてぼてと転がるポー。それをギリギリで受け止めた柚來がエンジェリックボイスを展開した。
    「それだ。全力でかかって来いよ。全部受け止めるからさ!」
     柚來のエンジェリックボイスが鏖殺領域を次々と相殺していく。
    「わたくしもかつては救われた身。今度は誰かへお返しする番です」
    「一手ご教授願います!」
     二丁ガンナイフを構えた冬妃と指輪を構えた雪花、そしてビハインドが銃撃を開始。
     殺姫は途中が見えない程のジグザグ走行で弾を回避すると三人の間へと潜り込んできた。
     反射的に銃型にした指を向ける雪花。
     ナイフで手首を切りつけようとする殺姫。
     それをガンナイフで弾き上げる冬妃。
     片腕分の間隙をついて霊撃を叩き込むビハインド。
     殺姫は片目から血を流したまま歯を食いしばり、ビハインドの胸にナイフを突き立てた。
    「兄上様!」
    「くう……あああああああああ!!!!」
     殺姫は自分の中の鎖を引き千切るかのように、ビハインドの身体を胸から肩へと切り裂いた。
     煙の様に消滅するビハインド。
     二人同時に銃と指を突きつけ、雪花と冬妃は全力射撃を叩き込む。
     殺姫はナイフをそれぞれ逆手に持って二人の肩へと突き立てた。
     顔をゆがませた二人を、一発きりの蹴りでまとめて薙ぎ払う。
    「そうじゃないとねぇ」
     殺姫の背後から声。
     彼女は振り向くより先にその場から飛び跳ねた。先刻まで居た場所に鋼糸が収束する。
    「舞え細雪」
     昴の腕が奇妙に閃き、指が複雑に動く。殺姫の足首に糸が絡み、地面へと引っ張り込んだ。
     それを逆にからめ取り、回転しながら昴へと急接近する殺姫。
     昴の頭をがしりと掴み、顔を寄せる。
     彼の眼鏡のつるを口に加えると、まるで肉食獣が獲物の喉を食いちぎるかのように引っこ抜いた。
    「あっ、わ……!」
     焦って手を翳す昴。
     殺姫は翳した手に接合したナイフを当てると、裁縫バサミの要領で思い切り閉じた。
     バスンという音と共に跳ね飛ぶ指。
     目を見開き手首を抑える昴。
     血塗れの鋏を振り上げ、彼の眼球へと叩き込もうとしたその時、ライドキャリバーが殺姫を横から撥ね飛ばした。
    「八つ当たりか。大いに結構。さあ――」
     壁にぶち当たって跳ね返る殺姫。
     素早く距離を詰めた織絵が手刀を振り上げる。
     鋏をぐぱりと開く殺姫。
     と、その瞬間がくんと殺姫の態勢が傾いた。
     昴がいつのまにか絡めていた糸が引っ張られたのだ。
    「――ッ!」
    「殺すぞ、その葛藤!」
     手刀が叩き込まれる。
     そのまま地面へうつ伏せに叩きつけられた殺姫は。
    「…………死……」
     目を瞑り。
     ことんと頭を落とした。
     手から鋏が転げ落ちる。
     それを拾い上げて、織絵はどこかへ投げ捨てた。
    「これで君も立派な人殺しさ」


     明滅する街灯の下、クマのキグルミがあった。
     顔の半分を影に覆い、視線はアスファルトへ向いている。
    「力とは道具だ。ふるうに相応しい場所があるものだよ、君」
     アスファルトにではない。何処にもいない誰かへ向けて、クマは言った。
     クマは玩具のパイプを吹いて、ボールをふわふわと宙に浮かべる。
    「世界のありようを知るんだ。力を振るう場所は用意されている」
    「またややこしいな。全部終わったんだ、友達になろうぜ!」
     頭の後ろで手を組む柚來。
     それに対して……。
    「知らないわよ、そんなのは」
     形ヶ原殺姫は胡乱な表情で街灯を見つめていた。
     傷はすっかり癒えている。負傷した片目はX字模様を残して生態眼球として再構築されていた。
     その状態を確認してから声をかける雪花。
    「お怪我は……ありませんか?」
    「好き放題撃っておいて言うセリフじゃないわね」
    「ご、ごめんなさい」
    「攻めてるんじゃないわ」
     どこからか布を取り出して片目を覆う殺姫。
    「眼帯でもつけようかしら。みっともない……」
    「あの……よき経験となりました。ご教授、ありがとうございました」
    「…………」
     じぃっと冬妃を見る殺姫。
    「な、なんでしょう……」
    「別に」
     首を巡らせる。
     昴と織絵はもう関係ないねとばかりに自分の世界に入っていた。
     あまり語りかける気にはならない。
     そうしていると、霖が語りかけてきた。
    「ねえ。君のような人を助ける側に回る気はない?」
    「無いわ」
    「その気があるなら学園に……て、え?」
    「無いわ」
    「……ない、の?」
    「欠片も無いわ」
    「かけらもないんだ……」
    「でも、そうね」
     再び首を巡らせる殺姫。
    「やり残したことがあるの。ちょっと付き合ってもらうわよ」
     手を大きく開き、小指から順に握り込んで行く。
     彼女の視線を受けて、刀の柄に手をかける和弥。
    「やるか」
    「自己紹介は?」
    「いるな。風真和弥。趣味は寝ることだ」
    「刑ヶ原殺姫。趣味は――」
     目を大きく開き、どこからともなく裁縫バサミを取り出した。

    「指きりよ」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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