クリスマス2015~こびとたちのないしょばなし

    作者:鏑木凛

     一通の招待状を開く君の前で、角から飛び出してきた少年がたたらを踏む。
     どわっ、と擬音じみた声を零した少年の腕から、サンタクロースの編みぐるみが落ちる。
     君も、避けた拍子にひらりと舞ってしまった招待状を掬い上げた。
    「すまないッ!! 少々考えごとをして……お!?」
     耳をつんざく大音声を響かせた少年は、君の招待状を目聡く見つける。
    「そっ、それは! 小人たちの内緒話の件だろうか!」
     言われてから思い出したように、君は招待状へ視線を落とす。
     彼の言葉通り、招待状は『こびとたちのないしょばなし』と題されていた。
     ふと視線を戻すと、少年が同じ招待状を持っていて。
    「小人の人形を通して想いを交わすとは、素晴らしい催しだなっ!」
     誰が見ても、ワクワクしていると解る表情を、少年は浮かべた。
     そこで彼は我にかえったように瞬き、背筋を伸ばし直す。
    「大変失礼したッ! 私は丹波・途風! くりすますは初めてでな!」
     途風は、同じイベントに参加する人を探していたのだと、臆面もなく告げる。
     音量調節を知らない大声を前に、君が口を開きかけた瞬間、横からサンタクロースの木人形が顔を覗かせた。木人形を手にしていたのは、エクスブレインの狩谷・睦だ。
    「キミも参加するのかなって、僕の主が聞きたがってるよ」
     微かに声色を変えて睦――の人形が尋ねてきた。
    「……こんな風に、小人が僕たちの代弁者になってくれるんだよ」
     にっこりと微笑んだ彼女は、持ち上げた木人形を揺らす。
     北欧からやってきたのは、いたずらが大好きな小人――ユーレニッセ。
     彼らがいたずらを仕掛けたのは、とある大教室。
    「ユーレニッセが仕掛けたいたずらは、ふたつあるみたいだね」
     ひとつ。教室の中では電気が点かない。
     頼りになる灯りはキャンドルの炎だけだと、睦が話す。
    「イタズラふたつめ。この会場では、小人を通してしか言葉が伝えられない」
     小人を通さなかった言葉は、誰にも通じない謎の言語と化す。
     会話も、想いも、独り言も、すべてユーレニッセに託すしかない世界。
     だからこそ小人の人形たちが、主の代わりに言葉を紡ぐ。
    「……直接は言えないことも、ニッセが勝手に話してくれるかもしれないね」
    「成程! なら私たちの話を、小人たちが集まって噂している可能性もあるな!」
     睦と途風が表情を綻ばせた。
     つまり、そういう雰囲気を楽しむイベントなのだ。
     君が目を通した招待状にも、同じことが書かれている。
     また、会場には様々な人形が用意されているとも記載があった。布や木で出来たもの、プラスチック製――もちろん、参加者が人形を持参するのも大歓迎のようだ。
     少量であれば、飲食物の持ち込みも可能らしい。一杯のホットドリンク、ちょっとしたクリスマスのお菓子。そういったものを味わいながら、人形たちの話に耳を傾けるのも良いだろう。
     当日楽しめるといいね、と別れを告げた睦と途風が、人形を手に去っていく。
     二人を見送った君は、再び招待状に目をやる。
     そして最後に添えられた、主催者のメッセージに気付く。

     小人のユーレニッセが施したふたつのいたずら。
     相手の顔色さえも隠してしまう、小さな炎が灯る教室で。
     あらゆる言語が、ユーレニッセによって奪われた教室で。

     さあ。あなたは、どんな『言葉』を託しますか?


    ■リプレイ


     眠りについた太陽を見計らい、悪戯好きのユーレニッセたちが次々顔を出す。
     キャンドルの燈火だけが頼りの教室に、学生たちが集う。そして彼らへ容赦無く降りかかる言葉の魔法――そこは、小人たちの悪戯が齎した夜の世界。
     千穂の傍らを、コーギーの梅太郎が歩いていた。頭に乗ったニッセと、少ない灯を頼りに人を探す。そして見慣れた人影へ声をかければ、生意気そうな顔つきのニッセを連れた秋帆が振り返った。クリスマスの挨拶もそこそこに千穂が寄せたのは、過ぎったひとつの疑問。
     ――秋津はきみの隣に……いてもいいのかしら。
     消え入りそうな声を掬えるのは秋帆だけだった。闇に紛れ、陽だまりを彷彿とさせる笑顔も視えない。もし喪われているのなら、すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られたのに――結局、秋帆は手を伸ばすことすら叶わずに。
    「今、隣に居てくれて嬉しい」
     そうニッセに代弁してもらうしかなかった。
     日本の夜の明るさを知り、遠退いていた暗闇の中に『人形童話』のオリヴィエはいた。
     不思議と怖くはない。代わりに徹を見失う恐れを抱いて目で追い、はたりと瞬く。
    「その子の髪、今日も巻いてるんだねって、この少年が言ってるよ」
    「喜んで貰えるんじゃないかって頑張ったみたい」
     木人形の指摘に、髭のニッセが答える。髭のニッセで表情を隠したまま火を吹き消し、触れてみてほしいと願う。おずおずと伸びたオリヴィエの指は、くすぐったげな相手の震えを、絡めた髪から知った。
     別の場所では、お前も暇だよな、と豹のパペットが恋羽の肩をつついている。
    「毎年こんなやつとクリスマスなんて」
     恋羽のサンタ人形が身体を傾けた。少ない選択肢を気にも留めていない恋羽の心境は、サンタ人形が伝え聞かせた。
    「今年もまた遊べて嬉しいんですよ、と主人がいっております」
     吐息だけで笑った恋羽に、豹は目を見張る。
    「……ふうん。じゃあもう俺にしとけば?」
     よく喋るサンタだな、と他人事の様に付け加えて豹が口にしたものだから、それもいいかもですね、と恋羽もお返しとばかりに唇を震わせた。
     大切にしたいのだとレビの人形が認めた心持ちに、なんで、と雪那の人形が尋ねる。
     改めて問われすぐには出せなかった答えも、人形が代弁してくれた。
    「笑ってくれると嬉しいからかな、だってさ」
     芯を揺さぶる回答に、雪那は人形へ視線を落とす。
    「レビが幸せでいてくれたらと思う……らしいよ」
     漸く絞り出した言葉も、薄明りに掻き消えた。

     たくさん遊んでくれてありがとう。そんな気持ちを心日とメルは、猫サンタへ宿した。
     そして友だちになれた嬉しさを共有し、クッキーをつまむ。他愛無いひととき。けれど、繋いだ小人たちの手と同じように、これからも仲良しであれば。そう祈ることは辞められなかった。
     一緒にいると楽しくて幸せだと、シフォンの小人がユーフォリアに報せる。
    「好きだよ、ユフィ。大好きっ」
     真っ直ぐにぶつかるシフォンの想いは、ユーフォリアの小人を震わせた。築き上げてきた記憶が蘇り、素敵な一年だったと懐かしくなる。そして同時に覚える感情がユーフォリアにはあった。だから、ぐっと気持ちを押し殺してシフォンと手を重ねる。ぱちりと瞬いたシフォンは、小さく笑ってからユーフォリアの頬へ口付けた――触れた温もりは、ままならない言葉を確と訴える。
     同じ頃、ココアの甘い香りが、湯気に乗って漂う。
     鈴はニッセの悪戯にかかったのだからと、意を決して唇を震わせた。背負い込みすぎて押し潰されてしまわないかと、主人がいつも心配している。そう、勢いのままに。
     一度口をついだ言葉は、留まるところを知らなかった。鈴のニッセは溢れてくる想いを繋げ、ダイスキダヨ、と締めくくる。
     耳を傾けるばかりだった依子のニッセが、ぽつりと零す。
    「嬉しい言葉をありがとう。ボクの御主人も、同じ、心配してるよ」
     不器用だけど、とても寂しがりや。だから、何かあったらいつでも頼って欲しいと依子のニッセが胸を叩く。
     ――大丈夫だよ。
     依子の直向きな言葉は、鈴と鈴のニッセに笑顔を齎した。
     そろりと途風に忍び寄る二つの影。後背から覗かせた人形を両の耳へ当てて声をかければ、大袈裟な悲鳴が零れそうになる。すかさず渡里と晶が、人差し指を唇へ当てて静寂を約束させた。よく似た姿の並びに、途風の傍にいた睦が、おや、と首を傾ぐ。もしかして入れ替わっているのかな、と人形を揺らして尋ねた睦に、渡里の目元が和らぐ。
     言われてからスンスンと鼻を鳴らした途風が、どちらも頼もしい匂いでわからなかったぞ、と編みぐるみ越しに何故か瞳を輝かせた。
    「二人に差し入れ。祝福の時間に、どうぞ」
    「ささやかな、ね」
     ココアとジンジャークッキーを差し出し、二人の影は闇へと溶けていく。
     託す言葉の代わりに、サンタケープを纏ったイルカが美夜へ贈ったのは、ささやかなキス。呆れたようにぬいぐるみの腕を振った後、美夜は家族と過ごしてきたクリスマスを思い起こす。ツリーを飾り、普段よりも少しだけ豪華な夕飯とケーキ。彼女にとって遠い過去のようで。
    「今夜はそんな風に過ごせたらいいなって、私の主は思ってるみたいよ」
     悲壮感を微塵も漂わせず、ぬいぐるみはただ願いだけを向けた。
    「楽しみだ、って主は思ってる」
     そんな彼女だからこそ、優志は重なる未来へ祈りを馳せる。
     今夜だけでなく、また次の年も続くようにと。前だけを見て。


     いつもは模ることのできない慕情も、表情を隠したこの場ならば。
     そう考えていた灯は、人形を通して夢心地な言葉を綴る。過去を知っても、傍にいることを選んでくれた秋乃を護りたいと。
    「……だから、この手を離さないでくれると嬉しい、ってさ」
     ゆっくりと、秋乃の人形が願いに応じて距離を縮める。
    「ボクのご主人もね、灯ちゃんが大好きで、ずっとそばにいて欲しいんだ」
     傍にいるため、手を離さないため、並んで一緒に頑張ろうと、聖夜に同じ誓いが交わされた。
     すれ違う心は、薙乃と蒼刃の間に見えない壁となって現れていた。妹を頼っていいのだと薙乃の人形が訴えれば、蒼刃が戸惑いの色を浮かべてしまう。いずれ離れ離れになるからだろうかと眉をひそめる薙乃の顔も、薄闇では明瞭に捉えられない。俯く薙乃に、兄が呼びかけた。
    「薙が高校を卒業したその時には、言わなくちゃいけないことがある。こいつは、そう思ってる」
     後ろめたさに阻まれた蒼刃の決意も、人形が確と受け入れ繋げる。主が覚えた不安や迷い、展望と共に。
     ふと、真剣な声で名を呼ばれ、桜音は小人を手にしたまま跳ねあがる。
    「ずっと共に居てくれてありがとう」
     木の人形が、確りと桜音を見上げて。
    「これからもずっと桜音の傍で護らせてくれ」
     託した朱羽の胸中を知り、桜音は肩を竦めるように縮こまる。耳まで真っ赤に染めて。
    「朱君がいると、安心出来て、幸せな気持ちでいっぱいになるの。だから……」
     ずっと傍に居て下さい。護って、ください。
     布でできた人形に熱を篭め、精一杯の気持ちを桜音は伝えた。

     教室に散らばる仄かな灯りが、押し上げたアレクセイの瞳の中で煌めく。
    「月夜さんは、アレクがどんな風に好き?」
     サンタ帽で目元が隠れつつも、熊の人形は緊張を帯びて尋ねた。
     シンプルながら難しい問いに、月夜はぬいぐるみと同じ方向へ首を傾けた。
     巧みには答えを繋げられない。けれど知っている心が月夜にはある。
    「ボクは、大人になってもずっと一緒にいると思うのですー」
     迷いの無い瞳に、アレクセイは胸を撫で下ろした。安心しきったためだろう。アレクセイが気づいたときには、人形が月夜のぬいぐるみへ口付けを施していて。
     固まるアレクセイをよそに、小さく笑った月夜から、人形がしたのと同じプレゼントが贈られた。
     主に対して不満は無いのか。恐る恐る質問した菜々の人形へ、式が微笑んでみせる。君と釣り合う男になってみせるから支えてほしい、と宣言した式のぬいぐるみに、菜々は人形と同時に頷いた。
     同じ頃、出逢ってからの三年を振り返る鈴音と娑婆蔵のパペットは会話を楽しんでいた。
    「もうすぐね、アタシの大事な人が誕生日を迎えるの」
     兎のパペットが告げると、猫のパペットが楽しそうに声をあげる。
    「そいつはめでたいじゃニャーですか!」
    「だから想い出作りしたいなって。憧れてるのは、そう、バイクの二人乗り!」
     席を立った兎が、窓の外を指す。
    「遠出っスか。そうですわな」
     猫の唸りに、でしょでしょ、と兎がぴょこぴょこ跳ねる。そんな兎の姿に、娑婆蔵はひとり耽る。
     ――来年も、こうしてそちこちへ繰り出したりしてえモンでさァ。
     気が早過ぎでございやしょうか、と娑婆蔵は猫と同じ仕草で頬を掻いた。
     言うなれば、盛大なごっこ遊びだ。
     やはり気恥ずかしさは抜け切れず、エアンはもじもじとペンギンを動かしていた。常日頃、エアンも百花も伝えたいことは伝えてきたつもりだ。それでも、心配になることはある。百花の話をぱんだを介して耳にしたペンギンが、秘密だよ、と前置きして口を開く。
    「ちゃんと将来のことを考えてるんだ。いつか君のご主人を花嫁にする、って」
     突然降って湧いた本心に卒倒しかけたぱんだを、ぺんぎんが慌てて抱き支えた。

     気もそぞろな夕霧がニッセへ託したのは、日頃から積み重ねていた感謝の気持ち。
    「私の主が言ってるよ。いつも一緒にいてくれてありがとう、って」
     お礼ひとつ言うのにも時間を要した夕霧の耳に、巧太のニッセから追討ちのような言葉が告げられる。
    「クリスマス、一緒に居られてすげー嬉しいっ!」
     蝋燭の炎が揺らぎ、薄闇に浮かぶ表情を互いへ映し出す。しかし視線はなかなか重ならない。代わりに、木製のニッセが夕霧を見つめたままコトンと机に座り込む。
    「夕霧ちゃんのこと、もっと知りたいって……伝言」
     うるさい程の心臓の音に耐えているためか、途端に力なく声を震わせた巧太のニッセに、夕霧は反射的に挙げかけた声を抑えようと、自らのニッセで口を覆った。
    「私……の、主も、お、おなじ、こと。思ってる……みたい?」
     灯りとニッセだけが、両者の表情を知っていた。
     サンタの装いをした霊犬とビハインドのぬいぐるみが、主である式夜とエウロペアを置き去りに会話を弾ませていた。
     主様は存外臆病者なのだと霊犬のぬいぐるみが吐けば、ビハインドのぬいぐるみが、エウロペくんはかっこつけだよね、と互いに主の話をぶつけあう。
    「近くにある温もりに、なんだかんだで救われてるのですよ」
    「ほんとうはすきすきだいすき、あいしてる! なんだってさ」
     主にも聞こえる声量の内緒話は、暫く止みそうにない。
     一方、その頃。
     絡めた指がしっとりしている。可愛いな、と小太郎の口をついで出た本音。眠り目ニッセが辿った胸中。優しくて頑張り屋なのに、寂しがりやなところ。服の裾を引っ張って呼ぶとき。笑った顔、拗ねた顔。
    「小太郎の中は、あ、あなたでいっぱい……です」
     耐え切れずに呟けば、火傷したかのような彼の耳に、ニッセから震え伝う希沙の声。
    「ずるいんよ。……それは、きさのほう」
     会う度に心を射貫く存在。思い浮かべる度に、燻る火を滾らせるひと。大好きが増えていく。だから二人のニッセが、相手をぎゅっと抱き寄せた。
     悪戯好きは何方も皆変わらないなと、唇を震わせる吐息を和人形のガラスへ吹きかけて、烏芥はひとり暗闇の中に居た。木彫りの小人とガラスの噺に心傾けた烏芥が、過ぎるいつぞやの光景と、今し方耳の奥に響いた、おいしい、と綻ぶ幼さを重ねる。
     ――駄目だな。
     徐に立ち上がった烏芥は、静かな宴から退室していく。今度は私たちの人形の祭に招きたいと、視えた光を抱いたまま。

     意地っ張りな主の代わりに、人形が伝えること。
     陽桜の兎もまた、集った『きねま』の中で形にしていた。
    「ごめんなさいよりもつたえたいのはありがとう、なんだって」
     名と同じ色の兎が首を傾ける。むかえにきてくれてありがとう、と微かな震えさえも呑み込むように言いながら。
     兎の言葉に、勇介の指人形が揺れる。
    「きみのあるじのおかえりを、ぼくのあるじはずっと、まってた」
     4人が欠けるのは嫌なのだと、指人形の小人がたどたどしく告げた。蝋燭の灯りの下、薄らと陽桜の口端が緩むのに気付いて、健の龍の人形が、喜びも穏やかな雰囲気も丸呑みするほど大口を開ける。
    「おれからのプレゼント! 仲良く受け取れな?」
     龍が咥えてきたのは、人数分の小さなクリスマスブーツ。人形たちがわらわらとブーツを囲い中を覗きこめば、ツリーやベルの形をしたお菓子が詰まっていて。人形たちも、その主たちも自然と表情を綻ばせた。
     机上に現れたクリスマスカラーに、少しばかり涙腺が緩まっていた曜灯と、笑みを浮かべた勇介が顔を見合わせ、華やかさを付け足す。銀世界にアラザンが鏤められたクリスマスケーキに、木苺の甘酸っぱさとスパイシーな香りが湯気に乗った紅茶。おお、と思わず健と陽桜が声を漏らした。
    「みんにゃを驚かせようと思ってたにゃんっ」
     曜灯の手元で、猫耳つきの人形が跳ねる。四人と四体が集った席は、彼らだけのパーティ会場として賑わった。


     手作り感に満ちた黒猫と黒犬の人形が、歩と李によって身振り手振りを交え、心情を伝えあっていた。仲良く紡がれていく言葉の端々から滲む穏やかさが、彼らを包み込んでいて。
    「おどりましょう。クリスマスのよるはダンスをすると、おとぎ話で読んだことがあります」
     星飾りを輝かせて、黒犬が手を差しのべる。
    「おどりましょう、たのしい時間になりそうです」
     その手を黒猫が取った。
     魔法がかかった夜に、小さなステップが刻まれる。
     主には秘密の、人形たちだけの踊りの時間。
     天邪鬼な主の代理として、二人の小人が机の上に腰を下ろしていた。大好きで、大嫌い。いじめたくて、遊びたい。主であるヒカリと雛の根にある相反する情を、小人同士が打ち明けあう。
    「きみはぼくのライバルなんだから、同じぐらい幸せじゃなきゃ!」
     赤目に炎が宿り、色濃くなっていく。主の与り知らぬところで、ニッセ同士の暴露話は続いた。
     大層欲張りな主人なのだと、とんがり帽子をかぶった猫が溜息を零す。
    「ホントは、昼も夜もお構いなしに……」
     身を乗り出した壱の人形を前に、みをきの指人形の声は次第にか細くなっていく。
    「先輩に、ひっつきたいって……」
     壱が無意識に声を漏らした。慌てて舌を出し、白ひげの人形を揺らす。
     これはあくまで人形の噂話。後ろには誰もいないと言い聞かせながら、うちの主人もよく言うんだ、と笑みを浮かべて。
    「くっついていなくても、一番近くにいられて嬉しいって」
     壱の潜めた囁きが、みをきの小人へ届けられる。隣でにゃあと一鳴きした壱の猫をよそに、人形たちは灯りの下で身を寄せ合った。

     ずっと聞けなかったことが晴汰にはあった。
    「……ワシの主がな、ずっと聞きたかったことがあるんじゃと」
     紅茶で喉を潤し、老紳士の人形が尋ねる。
    「ちぃちゃんは今、幸せですかな?」
     千巻のユーレニッセがぴたりと止まる。幸せ。反芻するように咥内で呟いた千巻の指先が、ニッセの重ね着を弄る。楽しい学園生活に、素敵な友だち。日々存在するすべてを想起して、千巻はかぶりを振った。
    「これだけ揃ってて不服を唱えたら、サンタさんも呆れちゃうんじゃないかしら?」
     そう笑った後、ユーレニッセを盾に答えを返す――幸せだよ、安心して。
     炎に照らされた人形が綴るのは、巫の胸の内。秘めてきた恐れ。
    「それでも本気で好きだから」
     共に歩みたい。生きることも、戦うことも、いつも。
     狼の耳と尻尾が火の色に輝き告げる間、小晴のじと目は巫に向けられていた。そして話の区切りで出した小晴の返事は、猫耳サンタによる巫自身への猫ぱんち。
     胸を張る小晴とサンタを前に、巫はきょとんとするばかりで。
    「ご主人が言ってる。あたしの心ごっそり持ってったんだから、自信持っていい」
     続いた言葉に、緩む巫の頬。熱に浮かされてか、ほんのり色づいていて。
    「……三年後も、その先も、一緒に勝ち取ろう」
     見据えた未来に映るのは、二人揃った姿。だから巫の人形はそう話し、小晴も巫の頬へ唇を寄せた。三年後にはちゃんと迎えに来て。そう祈りながら。
     予め用意してきたニッセたちは、ヒノエと菖蒲によく似ていた。ニッセへ籠もった想いと温もりが、互いの手に包まれる中で、ヒノエは静かに唇を震わせる。
    「Grazie, amore mio, per tutto quello che fai per me.」
     ヒノエから放たれた言葉に、くるりと菖蒲の瞳が何事か考えるように動く。そしてニッセを口元へ寄せて、秘めていた言葉を綴る。
    「……俺のことを好きになってくれて、ありがとう、傍にいてくれて、ありがとう」
     ヒノエは瞬いた。喜びを吐息に乗せているうちに、菖蒲から届いたのは頬への甘いキス。薄暗さに溶けた顔色を知らぬまま、今度はヒノエが額へ口付けた。

     待っていると、僅かな距離も酷く遠くに感じた。
     毛糸の人形が闇を仰ぐ。見飽きた教室も、微かな灯りしか存在しない状況では、すべてを抱きこむ黒でしかなくて、眠兎が人形越しに顔を近づける。誰にも見えないよ、と梟へ手向けたねだる声。欲しいものを口にした眠兎の呼気を肌で感じながら、梟は人形を持ち直した。今行くから待っててだってさ、と人形に言わせながら。
     何を言おう。硝子はそればかり考えて今日を迎えた。
     そんな硝子の姿に目尻を和らげた震生が、小人から小人へこっそり囁く。
    「その手も、心も……君の全部を私にくれないか」
     孕んだ熱も、速くなっていく鼓動も表に出すまいと、伝言役の小人に意識を集めて。
    「大好きだ。世界中で誰よりも、私が」
     蝋燭の灯りが、二人の頬を朱に染める。一段と強く。
    「主が、言ってる」
     硝子が手縫いの人形で口元を隠して、ぽつりと零した。漸く形になったのは、たったひとつの短い言葉。
    「……すき」
     喉奥で燻っていた情を、ふたつの人形が教え合う。
     とても顔を見る余裕など無くて、震生は硝子をそっと抱き寄せた。


    「この後まだ時間あるか、だって。話したいことがある! ……ってさ」
     不安と緊張に急き立てられた朔之助の熊越しに飛び出したのは、驚くほど渋く低い声。
     対面していた史明も思いがけず困惑を表情に浮かべ、あるらしいよ、とおっさんサンタを盾に負けじと低音で返す。
    「丁度良かった。こっちも話したいことがあるってさ」
     暗がりに沈んだ顔色は窺えない。今どんな顔をしているのか、このあと何の話を聞くのか。史明は、踏み出すためのきっかけを作った人形を指で弄りながら、少しばかり落ち着かない様子の朔之助を前に、ひっそり笑った。
     アリスの選んだサンタクロースが、通りかかった睦を呼んだ。
    「ご主人は思いました。睦殿ともっと積もる話がしたかったと」
     機会に恵まれないことを惜しむように、睦も人形と一緒に頷いた。
    「ご主人は思いました。ミルク粥でもいただきましょうか、と」
     用意してあるんでしょう、と浮かべた薄い笑みに、少しばかりの驚きを含んで睦も微笑んだ。
     ホットチョコの香りに脳が痺れるほど甘く、律は人形を一礼させることで気を引き締めた。
    「神堂律は、モルゲンシュテルン先輩が、好きです」
     まだ告げるつもりの無かった言葉。形に、声にしてしまえば、変わるものがあると解っているからこそ。
    「これからは、友達じゃなくて、恋人として付き合ってください」
     律と小人の直向きさに導かれるように、シャルロッテは背伸びする。出会った頃と比べ、様変わりした目線。時間の流れを感じつつ、唇で触れて。
    「これが、あの子の返事」
     大きな瞳をふわりと和らげて、シャルロッテは微笑んだ。

     勇騎と里桜の弱い部分、相手への強い想いを、人形たちが告白しあっていた。話題は次第に、勇騎が秘めていた内緒の話を機に変化する。
    「お互いゆっくりできる場所、別に用意したいんだって」
     まだまだ準備が必要だから悩んでいたという事実を知り、里桜は木人形をきゅっと握る。
    「主様、大学を卒業したら一緒に暮らしたいんだって」
     同じ気持ちを、同じように迷っていた事実に、人形だけでなく主人ふたりも揃って頬を緩めた。
     淡く揺蕩う燈火の影が、輪郭をくっきりと残す。
     鼻をくすぐる白檀を惜しむように、時兎と白サンタは椅子に腰かけ直した。向かいでは和泉が自らの手首を見つめたまま、沈黙を守っていたが、やがて静かに囁きを預ける――こわしてあげる。
     随分と物騒な物言いに、ソレ反則でしょ、と時兎は耳を抑えて抗議した。人形を通さなかったはずの言葉なのに、悪戯に心を掻き乱す。
     幸せの返し方をスヴェンニーナは知らない。
     どうしたら君の主に返せるだろうと、木の人形が主が降らす心の涙を受け止める。流が操るサンタは、そんな人形をそっと撫でた。泣かないでと繰り返しながら。
    「返すのではなく、分け合いたいって。キミの主の幸せが、ぼくの主の幸せ」
     そういう方法もあるのだと知った手に、流からもらった幸福が降り積もる。喜びを全身で現すように、スヴェンニーナの人形はくるんと跳ねた。

     フェルトの人形が、初花の代わりに薫へ感謝を示す。謝辞を受け取った薫は、手元の炎を見遣った。橙に揺らぐ温かさは、薫自身が形にせず、以前から蓄えていたもの。言葉なんて要らない気がしていた。けれど口にしたら何か変わるだろうかと、炎を揺るがす息を薫は吹く。
    「ずっと、ずっと謡月はんが好きでした」
     人形が、想いと共に初花の人形へと寄り添う。
    「願わくばこの先の未来、共に歩めれば……これ以上の幸せはあらへん」
     消えそうな炎を、音で支えて最後まで紡ぐ。不意に、薫の人形が抱きしめられた。温もりで出来た初花の人形に。
    「っ、私も……あなたが好きです。薫くんの隣にいるのは、私がいいです」
     ほろほろと溢れる涙が人形に滴る。それでも尚、絶えない笑みを間近で知って、薫は銀の瞳を静かに揺らした。

     小人たちの施した、悪戯の魔法が解けていく。
     いつもの教室、いつもの彼らに戻っていく。託した言葉も、色も、温かさも、すべて内に灯したまま。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月24日
    難度:簡単
    参加:72人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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