劫炎が、雪崩れるかのように

    作者:波多野志郎

     ――夜の森を、炎が川のごとく雪崩れていく。
     だが、それはあくまで遠くから見た限りだ。そう見えるからくりは、実に単純だ。
    『グルル……』
     火の粉をまとう、長い緋色の毛並み。それが、動いているのだ。本体の獣のシルエットは、狐に近い。胴は長く細く、手足もすらりと長い。体長そのものは四メートルあるかどうかだろう、しかし、その長い毛並みが優に六メートルはある炎が雪崩れているかのように見せるのだ。
     森の木々を縫うように、左右へ駆け獣は進む。炎の雪崩れは、そのまままっすぐに麓へと至ろうとしていた……。

    「そのまま、麓の街で暴れ回るんすよ」
     炎と雪の違いはあれど、まさに天災の雪崩れに等しい――湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はそうため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「山を一路、下って来てるんすけどね。イフリートが、破壊と殺戮の衝動のまま街中で暴れれば、そうなるってもんすよ」
     こうして、知ったからには放置は出来ない。このイフリートを、どうにか倒してほしい。
    「夜、森の中で待ち構えて戦ってほしいんすよ」
     光源は必須、ただし人払いの必要はないだろう。森の木々が障害物になるのが厄介だが、向こうは巨体のために利用の仕方によっては優位に進められる。
    「こう……犬のコモンドールをスリムにした、みたいな姿のイフリートなんすよ」
     説明が難しいので、是非コモンドールで検索してほしいっす、と翠織談。ただ、見た目はこんなでもイフリートはイフリート、強敵だ。ただ無策でぶつかれば、こちらが力負けする。
     その事を念頭において、きちんと策を練って対処に当たってほしい。
    「何にせよ、強敵っす。引き起こされる被害も大きいっすから、全力で倒してほしいっす」


    参加者
    九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)
    美堂・刹那(居合系焔使い・d25237)
    蒼井・苺(中学生デモノイドヒューマン・d25547)
    仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)
    櫻井・聖(白狼の聖騎士・d33003)

    ■リプレイ


    「イフリートか……何か可愛いワンちゃんをスリムにした姿っていう話だけど、どんなのだろう?」
     夜の森、仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)が目を輝かせてそう言った。その言葉に、美堂・刹那(居合系焔使い・d25237)が視線を上げて呟く。
    「うーん、大きいですねー。事前に聞いてはいましたが、あれが人里に下りてしまったら、被害は計り知れません。早急に灼滅しましょう」
     カチン、と刹那が刀の鯉口を切った。視線の先には、こちらへ向かってくる赤い輝きが見て取れる。
    (「奇襲は、望めないでしょうね……」)
     茂みに潜んでいた深火神・六花(火防女・d04775)が、内心でそうこぼした。それを裏付けるように、炎の河は真っ直ぐにこちらへと向かってきている。
    「またも野山で獣が荒ぶりますか、相手になり……あれはモップ、いえ毛虫、はたまたウドン……?」
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)は、駆けてくるイフリートの姿に思わず考え込んだ。
     コモンドール――確かに、そう呼ぶのがふさわしい外見ではあるのだが、サイズが違う。体長そのものは四メートルあるかどうかだろう、だが優に六メートルはある炎が雪崩れているかのように長い毛並みは、確かにフランキスカの表現するそれらによく似ていた。
    「思っていた以上にモップですね……」
     思わず、北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)もそうこぼすが、すぐにはっと表情を改めた。
    「あ、ええと、見た目に圧倒されてる場合じゃないです。被害が出る前にきちんと対処しないと、ですっ」
    「可愛い……もふもふしてる……。うわわ、でも近づくだけで熱いよ! これはちょっと気合入れなきゃ駄目だね!」
     梨鈴と蛍姫の言葉に、櫻井・聖(白狼の聖騎士・d33003)も一つうなずく。
    「もふもふのワンコだと思ったら大きくて凶暴なんだね……。これならボクの方がもふもふかな……? ともあれ暴れるのはちょっと見逃せないね、うん」
    『わ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!』
    「イフリートか。あんな外観だが、強い相手である事は変わらない。久しぶりに楽しい闘いができそうだ」
     直刀・覇龍を抜き、九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)が言い捨てた。その隣で、六花が視線を上げる。
    「炎の……河。どこか、心惹かれるような……だが、炎邪を討つ心に変わりは無い。炎神、山の大神……炎邪を討つ我等に、御加護を……」
     胸に手を当て一心に祈念していた六花は、拍手を一つ解除コードを唱えた。
    「炎神! 輪壊!!」
    「来ますよ」
     ESPサウンドシャッターが発動したのを自覚して、蒼井・苺(中学生デモノイドヒューマン・d25547)が声を上げる――その時だ。走る巨大なモップだとか、モップイフリートだとか、そう呼ぶのにふさわしいソレがその毛並みを伸ばして灼滅者達を襲った。


     イカロスウイング、らしきそれが地面を砕き、砂塵を巻き上げる。
    「こいつはイフリートだ! 間違いないぜ!」
     その威力に、龍也が歯を剥いて笑った。冗談なのは姿だけだ、その力量は間違いなくダークネス、イフリートのそれだと今の一撃で理解した。
    「さて、これで此処にいるのは俺たちだけ。思いっきりやり合おうや!!」
     殺界形成を発動させた龍也は、イフリートの突撃に木の方へと跳ぶ。散開する灼滅者達、その中でメルクリウス=シンの過剰量の炸薬・噴進剤により加速を得たフランキスカが迎え撃った。
    「通さん!!」
     ダブルジャンプで空中で更に加速したフランキスカのスターゲイザーが、イフリートを捉えた。エアシューズから伝わる柔らかな毛並みの感触に、思わずフランキスカが息を飲んだ直後。
    「止まり、なさい!」
     霊犬の一刀が六文銭を射撃し、縛霊手を掲げた刹那が赤い炎の壁を形成させた。フランキスカのスターゲイザーの重圧に刹那の除霊結界への衝突に、イフリートの突進がわずかに鈍る。それでもなお進もうとするイフリートへ、木の上から蛍姫は勢いをつけて跳躍――走り幅跳びの要領で縛霊手から黄色い結界をイフリートへと叩き付けた。
    「えーい!」
     バチン! と蛍姫の除霊結界が火花を散らす。ミシリ、とイフリートの足場、地面が軋みを上げたそこへ聖がその右腕を半獣化させて踏み込んだ。
    「モップイフリートさん、これ以上暴れるようなら天と地が許しても主とボクは絶対許さないよ、うん」
     ズザン! と斜め上から放たれた聖の幻狼銀爪撃が大きくイフリートを切り裂く。なおもイフリートは、その尾で聖を押し潰そうとしたが、一瞬早く真横から駆け込んだ龍也の大上段の斬撃が、その尾を弾いた。
    「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
     龍也の雲耀剣が大きくイフリートの尾を吹き飛ばし、ようやくイフリートの体勢が崩れる。そこに、ダブルジャンプで頭上の大気を蹴った六花が迫った。
    「炎邪河狛! 此処が貴様の終端だ!! ――緋焔、灼き祓え!」
     緋焔刀「初芽」を炎で包み、横回転――ザン! と六花のレーヴァテインがイフリートを切り裂いた。
     踏ん張ろうと四肢に力を込めたイフリートを、一発の魔法弾が撃ち抜く――梨鈴の制約の弾丸だ。
    「痺れててくださいねっ」
    『ワオ――ン!?』
     ゴォ! と、ついにイフリートの巨体が地面を転がった。木々がへし折られる光景に、心が痛んだ梨鈴が息を飲んだ。
    「次が来ますよ!」
     苺が黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るいイエローサインを発動させ、霊犬の胡蝶の夢が浄霊眼でそれをフォローする。ボッ! と砂塵が内側から爆ぜて、イフリートが跳んだ。毛並みを入れれば六メートルほどの巨体が火の粉をまとって跳ぶ姿は、確かに現実味のない幻想的な光景でさえあった。
     しかし、現実だ。そう告げるように、イフリートのバニシングフレアが砂塵を押し潰して視界を赤く染め上げた。


     月下、夜の森に破砕音が響き渡る。その中で、地面を砕いて疾走するイフリートに、梨鈴が跳び込んだ。
    「させないの――ッ!」
     捻りを加えた跳び蹴り、梨鈴のスターゲイザーがイフリートを捉えた。ヴン! と全身のモップのような毛並みが振動する――そこに、すかさずフランキスカがブリッツェン=クロイツを手に駆ける。
    「光刃よ、魔なる呪を絶て!」
     ヒュガ! と伸びた虹色に輝く光刃がイフリートを斬った。だが、イフリートはそのまま器用に横回転、着地寸前のフランキスカを尾で吹き飛ばす。
    「もふもふ……!」
     思わずそう呟きながら、フランキスカは空中で身を捻り着地した。続いて、イフリートは大きく息を吸い込み――。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
     ゴォ! と赤い光が、衝撃を伴って爆発した。イフリートのサイキックフラッシュの衝撃の中を、龍也が踏み出す。
    「はは! 流石に此処じゃあ俺らも動き難いが、条件は同じ。だったら押し切る!」
     激流があれば、逆らって昇るのが龍也の性分だ。衝撃にのけぞりながら踏み出し、イフリートの眼前へと到達すると、その拳を硬く握り締めた。
    「打ち抜く! 止めてみろ!」
     バチン、と宿った雷ごと、龍也が拳を振り上げる。イフリートの尾が、同時に振り下ろされた。下から、上から、同時の打撃が相打つ――それでも構わず、龍也は拳を振り抜いた。
    『ギ――ッ!』
     ガギン! と火花を散らして歯を鳴らし、イフリートがのけぞる。そこに、六花が上空から跳びかかった。
    「跳び狼の足捌き、振り切れるか? 炎邪!」
     イフリートが地面を蹴るよりも速く、六花の 王牙焔「獅王争覇」による燃える踵落としが、イフリートを蹴り付ける!
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「こっちこっちー!」
     吼えるイフリートへ海豚の形に変化させた影を、蛍姫が放つ。イフリートと海豚の影が、真っ向から激突――鈍い爆発音が、轟いた。
    「まだまだです!」
     そこへ、刹那が両手の間に生じた炎の瀑布を叩き付ける! 刹那のバニシングフレアが赤く燃え上がったそこへ、一刀は疾走しイフリートの前足を斬魔刀で切り裂いた。
     そして、そこへ胡蝶の夢が六文銭を射撃して牽制する。
    「体勢を立て直してください!」
    「フォローするんだよ、うん!」
     苺のイエローサインが前衛を回復する中、聖がクルセイドソードを掲げセイクリッドウインドを吹かせた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
    「元気すぎですね」
     しみじみと、苺が咆哮を上げるイフリートの姿にこぼす。攻撃を重ねに重ね、なお健在なのだ。ただただ、強い――その見た目がモップなだけに、凶悪な獣である事を忘れてしまいそうだが、忘れずにすんだのは不幸中の幸いだ。
     間違いなく強敵であり、それでも退かずに戦っていけるのは連携があるからこそだ。苺と聖の回復が戦線を支え、龍也と六花というクラッシャーとフランキスカと蛍姫というスナイパーがダメージを稼ぐ。刹那と一刀、胡蝶の夢がディフェンダーとして壁となり、梨鈴がジャマーとして牽制を行ないデバフを重ねていく――全員が力を合わせ、ようやくそこへと手が届くのだ。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』
     モップが、駆ける。その前に立ち塞がったのは、龍也だ。真っ向から受けてたつ、体の底から漲る力を刃に込めて龍也は突貫した。
    「牙壊!! 瞬即斬断!!」
     放たれたイフリートのレイザースラストごと、龍也の居合い斬りがイフリートを切り裂いた。イフリートが、大きく体勢を崩す――その両足を一刀と胡蝶の夢の斬魔刀が斬る!
    「繋ぎます!」
    「はい、行きます!」
     すかさず駆け込んだ苺の燃え盛る回し蹴り、グラインドファイアがイフリートを捉える。大きく体勢をのけぞらせたイフリートへ、赤と青の軌跡を闇に刻みながら刹那が駆け込んだ。
     青い炎が、刹那の刀に宿り――ヒュガ! と居合い一閃、鮮烈な斬撃を放った。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
     それでも、なおイフリート倒れない。刹那が残したその青い軌跡を追うように、梨鈴の放ったレイザースラストが深々と突き刺さった。
    「今です!」
    「了解だよ!」
     うん、とうなずく勢いで、畏れをまとわせたクルセイドソードを聖は振り下ろす! 聖の畏れ斬りの一撃を受けたイフリートが、大きく跳躍する――その動きに、蛍姫も跳んだ。
    「流石に動きが早いけど……私も負けてないんだよ!」」
     頭上を取った蛍姫のレイザースラストが、ヒュガガガガガガガガガ! とイフリートへと突き刺さっていく。空中で体勢を崩したイフリートが、落下する。そこへ待ち構えていたのは、二つの炎――六花とフランキスカだ。
    「闇祓、追い詰める……」
     クリエイトファイアの炎をこぼし、六花と跳ぶ。その隣で、フランキスカもメルクリウス=シンによる加速をダブルジャンプで倍増させて飛翔した。
    「飛燕、捉えろ……!」
    「祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて汝を討つ。モフモフ……ほ、滅びよ!」
     六花の初芽による居合いの一閃と、全身を槍としてフランキスカのレーヴァテインの一撃が、イフリートを断ち切り、貫いた。
     ドン! という爆発音。鳴り響くイフリートの爆発が、一瞬だけそこに炎の花を咲かせて、夢幻がごとく掻き消えていった……。


    「来世在らば、次は和魂と生らん事を……」
     炎の花が散るのを見届け、刀を納めた六花は武装を解除。拍手一つ、炎が掻き消え、六花は倒れたイフリートへと一心に祈った。
    「消火器を用意してましたが、必要なくってよかったです」
    「はい、そうですね」
     苺の言葉に、梨鈴は小さく笑みをこぼす。森は傷つきはしたが、この傷も自然は時間をかけてでも癒すだろう。自然とは、そういう強いものなのだ。
    「ふぅ……勝てましたね。これで被害が出ることは無いでしょう。良かった」
    「やったね!」
     しみじみとこぼす刹那に、蛍姫は周囲の仲間達とハイタッチして勝利を喜び合う。
     結果ほど、楽な相手ではなかった。戦場の利、数の利、そして、それらを活かした戦術の選択、その一つ一つの積み重ねがなければ押し負けていたのはこちらだろう。
     それでも、イフリートを倒せた。その事によって守られた多くの人の命と日常は、何ものよりも尊い――その事実を胸に、灼滅者達は帰路へとついた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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