●温泉街の異変
大分県は別府、とある温泉街。
現在、街の一部がブレイズゲート化しており、溶岩イフリートがそこかしこに出現しているらしい。変化の影響の所為で近隣住民は溶岩イフリートを見ても誰も不思議に思わず、一緒に温泉に入ることすらあるらしい。
それは一見するとほのぼのとした光景かもしれない。
しかし、現実ではありえない事象は得てして世界を壊す要因となる。
●溶岩羊の微睡
巡り来る冬の空気は肌を刺すかのように冷たい。
冷えた身体を温めてくれるのは温泉。ゆるやかな湯気が立ちのぼる様はまさに冬の風物詩。外では今年初めての雪が降りはじめており、露天風呂から見る景色も格別だ。
だが、とある温泉宿には妙な生き物がいた。
その正体は溶岩で出来た体を持つ羊型のイフリートだ。心地よさそうに湯に浸かる岩羊は時折めぇめぇと鳴きながらまどろんでいる。
しかし、その溶岩は容赦なく湯を蒸発させており、振っている雪も熱の所為で情緒なく融けてしまっていた。
更にまずいことに、このまま放っておけば温泉が干上がってしまう。
そのうえ溶岩イフリートは湯がなくなると所構わず激しく暴れ出すらしい。そうなれば周囲にどれだけの被害が出るか計り知れない。
残された猶予はあとわずか。
件の事件を聞いた灼滅者達はイフリートが起こす事件解決――あるいはその後に待っている初雪の温泉で過ごす時間――を目指し、別府のブレイズゲートへの出発を決めた。
参加者 | |
---|---|
水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750) |
ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019) |
墨沢・由希奈(墨染直路・d01252) |
香祭・悠花(ファルセット・d01386) |
色射・緋頼(生者を護る者・d01617) |
天月・静音(橙翼の盾纏いし妖精の歌姫・d24563) |
日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489) |
月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011) |
●温泉羊
煙る湯気が立ち昇り、冬の冷たい空気を揺らめかせる。
温泉街の平和を守る為、訪れた灼滅者達は露天風呂へと足を踏み入れた。一様に水着姿の面々は湯に浸かる敵を見据え、其々の思いを抱く。
「足下に注意してください。気を抜かずに戦いましょう」
色射・緋頼(生者を護る者・d01617)が濡れた温泉の床を示して呼び掛けると、水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)がしかと頷いた。
「もこもこの毛まで溶岩で出来たイフリートには用はないわ」
さっさと片づけてしまいましょ、と鏡花は武器を構える。その傍ら、天月・静音(橙翼の盾纏いし妖精の歌姫・d24563)は念のための殺界を形成した。
「今回は溶岩の羊さんだからもふもふ出来ないや。けど、頑張らないと、ね」
対する溶岩獣がめぇめぇと鳴き、訪れた灼滅者を警戒している。そんな中、ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)は仲間達を見てがっくりと肩を落としていた。
「ボク以外みんな大きい……」
「何というか……元気出して?」
落ち込む様子のミルドレッドの肩をぽんと叩いた墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)は励ましの言葉をかける。だが、その実はよく分かっていないらしい。
気を取り直したミルドレッドは最前線で攻めて行こうと心に決め、レイザースラストで自らの力を高めた。
香祭・悠花(ファルセット・d01386)は仲間の早速の攻撃を頼もしく感じ、情熱の篭ったステップを踏んでゆく。
「わたしのリズム、ついてこれますかー!?」
「わふっ」
霊犬のコセイが悠花に合わせて可愛らしく鳴き、刃を加えて駆けていった。
日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)も気を引き締め、この後に待つ楽しみの事に思いを巡らせる。
「イフリートを倒してまったり温泉♪ 油断さえしなければお得だから嬉しいですね」
そのためにはこの戦いに必ず勝たなければいけない。
月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)も瑠璃の言葉に同意を示し、魔帯に自らの力を注ぎ、展開させていった。
「初雪と温泉、どちらも味わうために。羊のイフリート様にはご退場願いましょうか」
しっかりと言い放った声は敵に向けられ、凛と温泉内に響き渡った。
●熱と湯気
めぇ、と何処か間の抜けた声が轟き、溶岩羊が炎を巻き起こす。
炎の奔流が仲間達に襲い掛からんと迸るが、すかさず駆けたコセイとクラージュの霊犬達が皆を庇った。悠花が相棒を褒め、静音も頑張ってと霊犬を鼓舞する。
そして、刃を大きく掲げた由希奈は剣を振り回して敵に斬りかかった。
「一気に行くよ……!」
力を溜めながら、器用に高速斬撃を解き放った由希奈は敵をしっかりと見つめる。瑠璃もじっくりと溶岩イフリートを観察し、溜息を零した。
「初めてみるタイプですがあまり可愛げないですね。見るからにゴツゴツしてます」
羊だと言うことは分かるが、ふわふわした羊の魅力はまったく持ってない。炎の蹴りを見舞った瑠璃は早急に倒すべきだと判断し、次の攻撃に備えた。
攻撃が巡る中、妖冷弾を放った鏡花はふとミルドレッドの言動を思い返す。
「そういえば、私はそんなに大きくないわよ?」
敢えて腕組みをする鏡花に、ミルドレッドはぐぬぬと呻き声を零した。悔しさはさらに募ったが、今は戦うべき時だ。
「暴れたいけど暴れない! その分は全部イフリートにぶつけるっ!」
ミルドレッドは断罪の刃を振り下ろし、どうにもならない気持ちを敵に向けて行った。其処に続いた瑠羽奈は黒死の斬撃を見舞い、死角から敵を攻めてゆく。
「ミリーお姉様、流石ですわ」
連携の隙を作った姉貴分を褒め、瑠羽奈はくすりと笑んだ。
更に緋頼が縛霊の一撃を放とうと駆ける。その際、彼女は攻撃を放ち返そうとしているイフリートの動きに気付く。
「そうはさせません」
このまま易々と攻撃はさせないと断じた後、緋頼は敵の動きを一瞬だけ止めた。静音は仲間の見事な動きに感心し、 皆の強さを頼もしく感じる。
「温泉に入る度に強くなる、間違ってないね」
うん、と頷いて納得した静音は破邪の白光を放ち、攻撃に転じた。
その間に体勢を立て直した溶岩獣が炎を打ち出す。クラージュが主人を庇ったが、ミルドレッドや由希奈が大きな衝撃を受けてしまった。
「待ってて、すぐに皆を元気にしてあげる!」
とっさに悠花が動き、天使を思わせる歌声を響かせていく。戦場に悠花による癒しの力が広がる最中、瑠羽奈は黙示録砲で敵を穿った。
瑠璃も攻撃の機会を察し、ナイフの刃を敵に向ける。
「もふもふを返せー」
「Herausschiessen Blitz des Urteils!」
ジグサグの一閃が放たれる機に合わせて鏡花も魔法の矢を打ち放ち、敵の力を削っていった。温泉に宿る熱は上がり、戦いの温度も徐々に上がっている。
だが、負ける気など一欠片も無い。
この後に温泉で過ごす時間を必ず実現させる為、仲間達は意思を重ねあった。
●最期の羊
戦いは巡り、露天風呂に炎が舞ってゆく。
由希奈は杖を握り締め、迫り来る炎を寸での所で避けた。そして、素早く方向転換した彼女は敵を殴りつけると同時に魔力を流し込み、敵を爆破してゆく。
「もう少しだよ。皆頑張ろう!」
溶岩イフリートが弱った事を感じ取り、由希奈は仲間にエールを送った。瑠璃がこくりと頷き、地面を蹴り上げて炎を巻き起こす。
そういえば、今年は羊年だと思い至った瑠璃は瞳に敵の姿を映した。
「年の締めにある意味ふさわしい相手かも?」
そう言いつつ溶岩羊を足蹴にした瑠璃の一撃は容赦のないものだ。苦しげな敵の鳴き声が温泉内に響き、緋頼も勝利の気配を悟りはじめる。
「油断は禁物です。焦らずに参りましょう」
自分に言い聞かせるが如く、ゆっくりと言葉を紡いだ緋頼は封縛の糸で敵を絡め取った。捕縛されたイフリートはじたばたと暴れ、何とか逃れようと体を震わせる。
其処へクラージュが駆け、刀の一閃で相手を切り裂いた。
溶岩の身体が崩れ落ちる中、反撃として激しい炎が灼滅者達に向けられる。
「念には念を入れて、と」
静音は誰かが倒れてしまってはいけないと心配し、祭霊の光を傷を受けたコセイへと施していく。わふっ、と礼を告げるかのような鳴き声を聞き、静音は小さく笑んだ。
そうして、鏡花も更なる攻撃を放ち続ける。
「Die Durchstechen Eis Keil!」
氷の楔を打ち込むが如く、飛翔した氷の冷弾が溶岩羊を次々と貫く。炎に氷、捕縛に足止め。それらを受けたイフリートは最早、倒れる寸前だ。
悠花は凛と前を見据え、傍らのコセイを伴って駆け出した。
「コセイ、いきますよー! ごめん、あ・そ・ば・せ♪」
「わう!」
一人と一匹、息の合った連続攻撃が見舞われ、溶岩イフリートは大きく体勢を崩した。だが、あと一撃分が足りない。
次がトドメだと感じた瑠羽奈は杖を掲げ、ミルドレッドに呼び掛ける。
「合わせますわ。わたくしのロッドとお姉様の力で砕き伏せましょう!」
「OK、行くよ! ボクについてきて!」
頷いたミルドレッドは大鎌を振りあげ、瑠羽奈が狙いやすいよう敵の傷を抉っていった。そして、ひときわ大きく敵が揺らいだ瞬間――。
「今!」
「行きますわ!」
瑠羽奈はミルドレッドの声に続き、魔力の奔流を開放した。
そして――弾ける衝撃が収まったとき、溶岩羊は崩れ落ちるように伏す。その姿が跡形もなく消え去っていく様を見つめ、仲間達は勝利を確信した。
●平和なひととき
温泉での戦いは終わり、和やかな時間が訪れる。
戦闘の疲れを癒す為に皆が選んだはもちろん、露天風呂でのひとときだ。
「やる事も済んだし、これでゆっくり出来るわね」
鏡花はゆるりと息を吐き、体を包み込む湯の心地に身を委ねる。悠花もひと息つき、コセイと一緒に温泉に入った。
「今日はのんびりまったりしましょー♪ ふふ、犬かきしてるクラージュさんを捕まえちゃうぞー。待て待てー」
泳ぐクラージュを追いかける悠花はとてもご機嫌だ。
しかし、彼女が動く度に揺れる胸元を見ているミルドレッドは溜息を吐いていた。悔しそうな彼女に笑みを向け、瑠羽奈は宥める言葉をかけていく。
「ふふ、お姉様、そんな顔してはいやです。どんなミリーお姉様でも、わたくしは好きですよ。 笑顔で、楽しみましょう♪」
「うん。せっかくだもの、楽しまないと損だよね」
そう妹分に言われてしまったのならば、笑顔を見せるしかない。ミルドレッドが淡く微笑む最中、緋頼はふと皆にクリスマスの話題を振った。
「皆さんは誰と過ごすのですか? わたしは大切な人達と過ごすつもりです」
「私は家族とケーキを食べたりかなぁ。大切な人と……ロマンティックで羨ましいです」
瑠璃は仲間の話を聞き、ふっと息を吐く。対する由希奈は想い人のことを考え、想像を巡らせた。
「いち……ま、まだ決まってないかなっ」
由希奈は何かを言い掛け、口まで湯に浸かってこぽこぽと音を立てる。
くすくすと笑む緋頼は素直になって良いのだとそっと告げ、恥じらう由希奈に穏やかな気持ちを覚えた。
「私は、今年は一人で過ごすかも。大切な人は、忙しいみたいだから」
静音は少し寂しそうに語り、それでも何かは準備してあげたいと小さく呟く。
その思いが尊く感じられ、緋頼はこの場のメンバーでクリスマスプレゼント選びに出掛けようと提案した。皆それぞれに賛同し、何を買おうか、何処へ行こうかと楽しい会話が巡っていく。
和やかに過ぎてゆく時間はかけがえのないもの。
「ふふふ、クラージュさんいつももふもふで癒されるぅ。幸せですねぇ」
悠花は両手に霊犬を抱え、心からの幸福を噛み締めた。皆の話に耳を傾けていた鏡花も淡い笑みを浮かべ、降りはじめた雪を見上げる。
「やっぱり温泉はこうでなくてはね」
空気はしんと冷えるけれど、今此処で仲間と共に過ごす時はとても温かい。
視界に映るのは澄んだを白く染める湯気と白雪。今日はきっといつも以上に穏やかな日が過ごせると感じ、仲間達は明るい笑みを交わしあった。
作者:犬彦 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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