夜の墓場で

    作者:さめ子

    ●ゾンビだって競技したい
     真夜中の墓場、静かなはずの場所で、何者かのうめくような声が聞こえる。月明かりの下、墓石と墓石の間で影がうごめいていた。影はひとつではない。
    「誰かいるのか?」
     不審げに声をかけたのは、この墓場のある寺の若い僧侶だった。誰かが入り込んでいるようだから、とこんな夜更けに見回りを命じられた、不幸な若者である。肝試しならさっさと帰ってもらおう。そう思って懐中電灯を向けた僧侶は、次の瞬間、驚愕の声をあげた。
    「なんだこれは――?!」
     そこにいたのは、人、の形をした別のものだった。腐敗した肉体を引きずるように歩く、ゾンビ達。それも一体や二体ではない。侵入者に気付いた彼らは、一斉に、溶けかけた眼球で僧侶を見た。むき出しの歯の間から、呪詛のような低い呻きが漏れ聞こえる。僧侶が悲鳴を上げて逃げだそうと振り返った先にも、居た。
    「ヒッ!」
     囲まれている。逃げ場を失った僧侶はどうする事もできずに立ち尽くした。じりじりと輪を狭めるように、ゾンビ達がにじり寄った。低く腰を下げ、両手を広げた恰好で、じわじわと距離を詰める。何かに気づいた僧侶が、はっと息をのんだ。
    「こ、この構えはまさか……インドの国技カバディ?! すごくカバディっぽい?! なんで……アーーーーー?!」
     悲鳴が、夜の墓場にこだました。
     
    ●カバディできる?
    「さて、困った事になりました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)がため息をついた。隣に立つレイチェル・ベルベット(火煙シスター・d25278)が灼滅者達にちらりと視線を向ける。彼女はお気に入りの飴を咥えたまま、だまって肩をすくめて見せた。
    「彼女の予測が的中してしまいました。とある墓地をゾンビたちが占拠しているようです」
     姫子が地図を指し示す。とある寺の近くにある、小規模な墓場が今回の依頼の舞台となる。
    「それが、ちょっとばかし、おかしな事になってるみたいだ」
     レイチェルが言うには、ゾンビ達が群れて墓場を占拠し、やってきた一般人に対して妙にカバディっぽい動きで襲い掛かっている……らしい。
    「とにかく墓場にうっかり入った奴は大勢のゾンビに取り囲まれるってわけだ」
     ゾンビは全部で12体。それぞれのポジションを、2体ずつ担当している。数は多いが攻撃力そのものは高くない。上手く立ち回れば、十分勝機はあるだろう。ゾンビ達はダンピールのものとよく似たサイキック、それからバトルオーラに似たサイキックを使う。また近くにいる相手には容赦なく噛みついてくるほか、ゾンビ達は妙にカバディっぽい動きをするため、執拗に抱きつこうとしてくる点も少し注意が必要だ。
    「皆さんでしたら大丈夫だと思います。ですが、無理はなさらないでくださいね」
     そう言って、姫子は微笑んだ。


    参加者
    今井・来留(藁縋る・d19529)
    流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)
    レイチェル・ベルベット(火煙シスター・d25278)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)
     

    ■リプレイ

    ●1
    「カバディカバディカバディ! 罪なき人を襲うなんて許せねえカバディカバディカバディ!」
     夜の墓場にレイチェル・ベルベット(火煙シスター・d25278)が熱く咆える。
    「口のねえ死人にかわって天誅カバディカバディカバディ! ぜってえ負けねえカバディカバディカバディ!」
    「カバディカバディ! あはは♪」
     彼女の親友である今井・来留(藁縋る・d19529)も笑顔で続けた。
     墓場は暗く、静かだった。しかし奥にうごめく気配を、確かに感じる。
    「カバディって、聞いたことはあってもやったことは無いんだよね」
     そう言いながら、流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)が、キャンプ用の大きなライトを地面に置いた。
    「調べてみたけど、奥が深くてカッコ良かった」
     隣に立ち、感慨深そうにクレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)が言った。
     気配に気付いたのか、ただ明かりが見えただけなのか、ゾンビ達がぞろぞろとこちらに向かってくるのが見える。なるほどコレは数が多い。灼滅者達は、無言で視線を交わす。穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)が、止める間もなく手にした武器で自らを傷つけた。
    「何して……、!」
     白雪の突然の行動に、クレンドが思わず驚いた声を上げる。瞬く間に傷口から燃え上がる炎が辺りを照らし、それを見て意図を悟ったクレンドは続く言葉を飲み込んだ。
    「そんなに驚くなよ。どうせ怪我はするんだ。早いか遅いかの違いだろ?」
     纏った炎が白い頬に映える。凄惨な笑みを浮かべた白雪が、口端を吊り上げた。
    「あちらさんは命がけのゲームがご所望なんだ。乗ってやろうじゃねえか」
     投げかけた視線の先にいるゾンビの群れが、両手を広げて腰を落とした体勢でじりじりと近づいてくる。
    「あははは♪ 向こうもやる気だよお」
     笑いながら、来留の体から殺気が放たれる。合わせて、知信もサウンドシャッターを発動させた。
    「……さて、ゾンビも出てきたし……いざ、試合開始!」
     その声を合図に、灼滅者達が次々に地面を蹴った。
     
    ●2
    「カバディカバディカバディ!」
     レイチェルのガトリングガンが容赦なく爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を連射した。正確無比に叩き込まれた攻撃が、ゾンビたちの口を破壊する。
    「私達がレイダーだぜ。お前らはずっとアンティ」
     命中率の跳ね上がった攻撃がクリティカル以上を弾き出し、レイチェルは即座に第二撃を放った。
    「私のキャントをきけー!」
     赤毛を跳ねさせ振り回したガトリングガンを連射する。報復しようと襲い来るゾンビの前に、唸るようなエンジン音と共に滑り込んだのは白雪のライドキャリバー『クトゥグァ』。ゾンビの攻撃などものともしない。さらに、跳ね飛ぶ土煙と弾丸の隙間を縫うように来留と知信が群れの中に飛び込んでゆく。かみつき、抱きつこうとするゾンビ達の攻撃を危なげなく避けて肉薄した。
    「隙だらけだよお、あははは♪」
     笑顔を崩さないまま、来留の拳がゾンビに叩き込まれた。よろけたゾンビが体勢を戻す暇を与える事無く、すれ違いざまに叩きつけられた知信のレーヴァテインが包み込む。あっという間に火達磨になったゾンビをちらりと振り返り、知信が誇らしげに言った。
    「レイド成功、一点かな?」
     燃え上がるゾンビから断末魔の声が響いた。
    「まだまだ!」
     ひしめくゾンビ達は、消えた仲間の事を気に止める様子はない。相変わらず両手を広げ、低く腰を落としてじりじりと近づいてくる。襲いかかる隙を探るように。
    「カバディ……カバディ……!」
     レイダー(攻撃者)がアンティ(守備側)を牽制するが如く、クレンドがゾンビの群れに立ち向かった。一瞬だが、試合さながらの情景が生まれ……しかし、ゾンビ達がそれ以上ルールに則った動きをしてくれる様子はなかった。それどころか構えをやめてオーラ攻撃を放とうとしている。クレンドは思わずツッコんだ。
    「カバディしろよ!」
     言いながらも、きっちり攻撃から味方を庇う。彼のサーヴァント『プリューヌ』も、白い衣装を翻し攻撃を受け止めた。その影から再び来留が飛び出して容赦無いフォースブレイクで殴り付ける。また一体、ゾンビを沈めた。息をつくまもなく彼女へと抱きつこうとするゾンビの腕をすり抜けながら来留が笑う。
    「……カバディよりはあ、レスリングっぽい気もするう? 夜の墓場でレスリングう~?」
    「どっちにしたって人里でやってんのが運の尽きだぜ! カバディカバディカバディ!」
     レイチェルの弾丸が次々とゾンビを屠る。サーヴァントの『ミケランジェロ』も戦場を飛び回り、掠めそうになったゾンビの攻撃から味方を守り、肉球パンチをお見舞いする。来留のサーヴァント『ナノナノ』がふわふわと飛び回り傷の深い者を癒す。数の多いゾンビ達だったが、数の不利を連携で補い、少しずつ、しかし確実に刈り取っていった。
     
    ●3
     白雪の傷から流れる血が、クトゥグァへと滴り落ちる。
     血は燃料だ。胸中でそう呟きながら、蒼白な顔を炎に照らす。再び猛るクトゥグァが走り出すと同時に、傷口からあふれ出た炎に包まれた腕を、ゆっくりと持ち上げた。
    「遊びたいんだろう? 夜は長い、もっと楽しもうぜ?」
     血の足りないせいですっかり青ざめた顔に、不敵な笑みを浮かばせて、白雪が手招きする。ずいぶんと数を減らしたとはいえ、まだ数体残っているゾンビ達が、唸るような声を上げて彼女へと飛びかかった。
    「させるものか!」
     剥き出しの牙が彼女に届くより早く、鉄壁の盾となるべくクレンドが飛び出した。WOKシールド『不死贄(ふしにえ)』が光り、味方の守りを固めさせる。獲物に気をとられたゾンビを、レイチェルの弾丸が打ち抜く。白雪のダイダロスベルト『血鎖トゥールスチャ』が、クレンドに絡みついて傷を癒した。一体、また一体と数を減らしてゆく。知能の無いゾンビ達の攻撃は単調だ。向けられた敵意をかいくぐり、ひたすらに攻撃を積み上げてゆく。
    「レイドって足でタッチしても得点になるんだよね!」
     言うが早いか、軽やかに空中へ飛び上がった知信のエアシューズ『キャタピラシューズ』が、流星のごとく煌めいた。逃げる隙を与えず、重厚な跳び蹴りがゾンビに炸裂した。そのままゾンビを足場にするように飛び上がる。離れる知信に気をとられたゾンビへ、巨大な砲台に変化したクレンドの利き手がヒタリと押しつけられた。悲鳴を上げる間もなくDCPキャノンが「死の光線」でゾンビを包んだ。
    「まだまだいくぜー! カバディカバディカバディ!」
     振り回されるガトリングがあげる凶悪な唸りに負けない音量で、レイチェルのキャントが響く。
    「……問題、私は何回カバディ言った?」
     銃口を、ゾンビの口に突っ込みながらレイチェルは凶悪な笑みを浮かべた。
    「答えてみろよー! 答えられないなら消毒だぜー!」
     一瞬の躊躇いも無く引き金を引く。避けられるはずも無い攻撃は、ゾンビの口内を破壊しつくした。たまらずによろける体を、白雪の森羅万象断が断ち切った。
    「あと、少し!」
    「もうちょっとだ、あはは♪」
     腐った腕が届く前に、来留が華麗な足裁きで猛攻を避ける。ひたすらにゾンビへ攻撃し、攻撃し、攻撃し、ついに最後の一体まで追い詰めた。さすがの数の多さで、誰もが無傷という訳には行かなかった。しかし、疲労の色は浮かんでいても、灼滅者達の表情には一欠片の不安もない。自分たちの勝利が揺らがないと知っていた。
    「これで、最後だ!」
     知信が、炎を纏った無敵斬艦刀『封巨剣ー山崩しー』を振り上げ、最後のゾンビを炎で燃やし尽くした。
     
    ●4
     最後の一体が倒れる音と共に、墓場は再び静まりかえった。
     すっかり満身創痍の白雪の元へ、クトゥグァが近づいた。戦闘中とは打って変わって優しい笑みを浮かべた白雪の、その名の通り雪のように透き通った白い手が、兄の形見をそっと撫でた。
    「よぉ、まだ走れるか、相棒」
     頼もしいエンジン音が答える。もう一度車体を撫でて、それから彼女は辺りを見回した。戦闘で荒れた墓場を整えるのは、少しばかり手間がかかりそうだ。
    「最後に一仕事、していくか」
    「すっかり荒れちゃったあ、あははは♪」
     貧血で青白くなった頬のまま肩をすくめて、白雪がひっくり返った卒塔婆を元の位置に戻す。来留もまたあっけらかんと笑いながら片付けを始めた。
    「さて、盛大に燃やしたりカバディしたりしたけど……人来てないよね?」
     知信も手を貸しながら、きょろきょろと周囲を見回す。
     手分けすることで、掃除はすぐに終わった。思い思いに黙祷を捧げるなか、ふと、シスター服のレイチェルに視線が集まる。
    「……う、うううーん、ここって私が祈祷でもしてやるべきなの、か?」
     無言の期待を感じ取ったレイチェルの隣で、皆の傷の手当を始めたクレンドが、考え込むように顎に手をやり首を捻った。
    「……しかし彼らは寺に出没したのだから、ブッディスト(仏教徒)なのでは?」
    「ゾンビに宗派ってえ、あるのかなあ、あはは~♪」
    「……さあ、どうだろうな」
     来留が笑い、白雪が肩をすくめた。
    「ははは、とりあえず、お寺の人に見つからないように返ろっか」
     最後は、知信が皆をうながした。手当も順調に終わり、クレンドが立ち上がる。レイチェルがうんと伸びをした。
    「さて、小腹減ったからみんなでカレー食いに行かね? カバディ言えなくなるくらい辛いの頼もうぜ」
     カバディはインドの国技だからな! そう言って、にこっと笑った。提案に頷き、灼滅者達は墓場を後にした。静かな夜の中、歩きながら、なんとなくクレンドが呟く。
    「カバディ、カバディ……」
    「……しばらく変な癖が残りそうだぜ」

    作者:さめ子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月26日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ