槐の古木に宿るモノ

    作者:J九郎

     山梨は身延山の麓の森の中に、一際巨大な槐(えんじゅ)の古木があった。そしてその木の傍らには、寂れた小さな社がひっそりと佇んでいた。
     その社に、一匹のスサノオが舞い降りた。かなりの年を経ているのか、その灰色の毛並みは薄汚れ、目は長く伸びた毛に隠されて、うかがい知ることは出来ない。
     スサノオは大儀そうに槐の古木を見上げると、社の前で一声高く吠え、そしてそのままゆっくりと社の前の古道を歩き去っていったのだった。

     スサノオが去った後。
     風もないのに槐の古木が、ガサガサとざわめいた。
     そして、その太い幹から、鎧姿の武者がぬっと姿を現したのだった――。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。年を経たスサノオが現れ、『古の畏れ』を生み出したと」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……今回スサノオが生み出したのは、槐(えんじゅ)の邪神と呼ばれる古木の妖怪」
     妖が告げると、叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)が首をひねった。
    「邪神なのに、妖怪なんずらか?」
     その問いに答えたのは、妖ではなく天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)だった。
    「邪神という名前ですけど、実際には古木に巣くう妖怪のようですね。なんでも、社にお供えせずに槐の木の前を通過しようとすると、祟ってくる怖い妖怪みたいですよ」
     優希那の解説に、妖が頷く。
    「……槐の邪神と遭遇できるタイミングは、明日の夕刻、5人の子供達が近道をしようと社の前を通過する直後になる。放っておくと子供達は槐の邪神に襲われて死んでしまうから、なんとか彼らを守ってあげて欲しい」
     それから妖は、槐の邪神の能力について話し始めた。
    「……槐の邪神自体は木の妖怪だからその場から動けないけど、分身とも言える鎧武者を2体生み出してる。鎧武者は子供達を優先的に狙うようだから、注意して」
     しかも、子供達を逃がそうとすると鎧武者は追いかけてくるようだ。
    「風習を何も知らない子供を狙うなんて、悪い妖怪ですね。これは、なんとしても子供達を救わないと、ですね!」
     優希那の言葉に、ねね子達周囲の灼滅者も強く頷いたのだった。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)
    物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)
    上里・桃(生涯学習・d30693)
    御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)

    ■リプレイ

    ●子供達
    「やべぇ、こんな時間になっちゃったよ。早く帰らないと」
     遊びに夢中で時間の経つのを忘れていた5人の子供達が、少しでも早く家に帰ろうと、舗装もされていない古道を駆けていく。急いでいた子供達はだから、大きな槐(えんじゅ)の古木の傍らにある小さな社を素通りしたことにすら、気付いていなかった。
     ギ、ギギギ……
     子供達が通り過ぎた直後。木の軋むような音が周囲に響き渡った。最後尾を走っていた子供が、その音に気付き振り向く。そこには、槐の幹から姿を現した、2体の鎧武者の姿があった。
    「わ、わあああっ!」
     その子の上げた叫びで、残る4人の子供達も振り返る。彼らが目にしたのは、それぞれ刀と槍を構えて自分達を追いかけてくる鎧武者の姿で――、
    「どこへ行くんすか? あんたたちの相手は自分らっすよ」
     その時、茂みの中から、子供達と鎧武者の間に割り込むように飛び出したのは、無敵斬艦刀『剥守割砕』を構えたギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)達灼滅者だった。
    「こっこここ此処から先は通行止めなのですよっ」
     天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)は、足をガクガク震わせながらも精一杯鎧武者達を睨み付ける。
    「こ、子供達をいじめちゃダメなのですよっ! さ、ここは私達に任せて避難してください」
     優希那に促されても、目の前の状況が理解しきれない子供達は足を止めてしまっていた。そして鎧武者達は、立ちはだかった灼滅者達を無視するように、子供達に襲いかかろうとする。
    「子供達を狙わせるものか。お前達の相手は私達だ」
     その鎧武者達へ、志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)が銀色の槍『銀爪』を回転させながら突撃していった。
    「おぬしらと似た姿だが、どちらが強いか、思い知らせてやろう」
     怨霊武者姿の御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)も、その身に纏った影で鎧武者を絡め取っていく。
    「みなさん、この場はお任せします」
     鎧武者達が足止めを食らっている隙に、四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)は素早く子供達に駆け寄っていった。
    「さあ、逃げますよ」
     そして、『怪力無双』を発動させると、有無を言わせず1人の子供を背負い、さらに両手に1人ずつ子供を抱えあげた。
    「怖がらなくていいっすよ。ボクらが安全な場所まで連れてってあげるっす」
     残る2人の子供を、押出・ハリマが同じように両手に抱え上げる。
    「逃げ道は私が確保します」
     子供達を抱えた2人を誘導するのは、上里・桃(生涯学習・d30693)だ。桃は『隠された森の小路』を発動させ、森をかき分けるように逃走経路を確保していく。
     ギギギ……
     逃げる3人の灼滅者と子供達を阻止しようとするように、地面が隆起して槐の邪神の根が飛び出すと、悠花や桃の足に絡みついていった。
    「そうはさせないずら!」
     だが、叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)の放った白い炎が根を焼き払い、足止めを解除する。
    「お供え、置いてけー」
     その間にも鎧武者達が、足止めしようとする灼滅者達を槍と刀で牽制し、強引に子供達を追い始めた。
    「そうそう、こっちだ、付いて来い!」
     加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)は後退する振りをしながら、鎧武者達が子供達に追いつかないように、さりとて追うことを諦めないように、巧みに誘導していく。
    「これが古の畏れってやつか……。妖怪変化とまさか戦う事になるたなぁ」
     これだから灼滅者稼業は面白いと呟きつつ、物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)も鎧武者の移動を誘導するように、ガンナイフで武者達の足元に大量の弾丸を撃ちこんでいった。
     やがて、『隠された森の小路』の効果が途切れ、子供達を追うのが困難になった頃。気付けば鎧武者達は槐の邪神の支援が届かないほど引き離されていたのだった。

    ●鎧武者
     森の木々を『隠された森の小路』でかき分けて進んでいた桃は、整備された大きな道に出たところで足を止めた。ここまで来れば、鎧武者達も簡単にはに追いついて来れないだろう。
    「帰り道がわかりますか? もしわからなければ、ここで待っていてください」
     悠花が、抱えていた子供達を降ろして、優しく声をかける。様々なことが一片に起こって目を白黒させていた子供達だったが、悠花の言葉に周囲を見回し、そしてコクコクと首を縦に振った。
    「では、真っ直ぐにおうちに帰るんですよ」
     桃の言葉に、子供達は一目散に家に向かって駆けていく。それを見送ると、桃は悠花と頷き合った。子供達の安全を確実なものにするためには、鎧武者と槐の邪神を灼滅するしかない。
    (「スサノオは槐の邪神が人を襲うと知っていて畏れを呼び出したんでしょうか」)
     来た道を戻りながら、桃はそんな疑問を抱いていた。自分の内に眠るスサノオに理性と人間性を持たせたいと考えている桃にとって、スサノオというダークネスを知ることは大切なことなのだ。
     
     一方、鎧武者達は執拗に子供達を追おうとしていたが、『隠された森の小路』が解除されて木々に阻まれたことと、灼滅者達の妨害によって中々目的を達成できずにいた。それでも、槍の鎧武者が灼滅者を引きつけている隙に刀の鎧武者が強引に子供達を追おうとしたが、
    「こっから先には行かせないからな!」
     『冬の古木』を構えた咬山・千尋がその行く手を遮り、鎧武者の追撃を阻んでいだ。
    「お供え、置いてけー」
     槍の鎧武者は槍に捻りを加え、鋭い突きを繰り出す。だが、
    「子供達の前に、先ずは私達の相手をして貰うぞ」
     その槍の穂先にクルセイドソードを叩きつけ、狙いを逸らした蝶胡蘭がにやりと笑った。体勢を崩したたらを踏んだ鎧武者に、ギィが『剥守割砕』を大上段に振り下ろす。咄嗟に槍の柄を構えた鎧武者だったが、
    「斬艦刀の一撃を、その槍の柄で受けられやすか?」
     ギィの一撃は槍をはね除け、鎧武者の本体を切り裂くことに成功する。だが、その鎧は頑丈で、まだまだ致命傷には及ばない。
    「風習を破る者に天罰を!」
     一方、刀の鎧武者は刀を縦横無尽に操り、灼滅者達を攻め立てる。やがてその鋭い一撃が、友衛を袈裟斬りに切り裂いた。
    「くっ、だがまだ行ける!」
     痛みに思わず狼の耳をすぼめながら、お返しとばかりに畏れを乗せた『銀爪』の一撃で反撃する。
    「大丈夫ですか? 今回復しますねっ」
     その間に優希那の放った『天女の羽衣』が、包帯のように友衛に巻き付き、その傷を癒していった。
    「しっかしまぁ、なんで古木が鎧武者従えてるんだか。何か謂れでもあるのかねぇ?」
     飄々とした様子で暦生が巨大手甲で槍の鎧武者を殴りつければ、背中合わせに立っていた鎧武者達を霊子の鎖が雁字搦めにしていった。
    「斬滅!」
     霊子の鎖に動きを封じられながらも、刀の鎧武者が強引に放った衝撃波が灼滅者達に襲いかかった。だが、突如灼滅者達の前に飛び込んできた無数の光輪が、盾となって衝撃波を防いでいく。
    「皆さん、お待たせしました」
     見れば、子供達を避難させていた悠花や桃が、こちらに駆け寄ってくるところだった。
     そして、避難組が加勢して人数のバランスが崩れたことで、2体の鎧武者達は一気に追い詰められていった。槐の邪神と引き離され、十分な支援を受けられなかったことも、鎧武者達にとっては致命的だった。
    「天罰覿面!」
     それでも槍の鎧武者は戦意を喪失することなく、冷気を乗せた槍を振るい、氷弾を蝶胡蘭にぶつけてきた。しかし胡蝶蘭は敢えて避けることはせず、指先に集めた霊力で自らの傷を即座に癒していく。そしてその隙に、桃が宙高く舞い上がり、半獣化した右腕から伸びる鋭い銀爪を、槍の鎧武者に叩きつけた。その一撃は、既に傷ついていた鎧武者の鎧を、真っ二つに切り裂いていく。
    「一番大事なのは、畏れの被害者を出さないことですから」
     桃が着地するのと、真っ二つになった鎧武者が倒れるのは、ほぼ同時だった。
    「後一体、畳みかけて行こうかねぇ」
     暦生の言葉通り、攻撃が刀の鎧武者に集中する。こうなれば、攻撃一辺倒の刀の鎧武者は脆かった。やがて、
    「古の伝承を現在の七不思議にて倒してくれようぞ」
     百々は都市伝説『人斬りの太刀』を語りながら、実体化した妖刀で鎧武者と数合切り結び、そして、
    「最後は一刀両断と行こうぞ」
     言葉通り、鎧武者の刀をかい潜って放たれた横凪ぎの一閃が、鎧武者の上半身と下半身を綺麗に泣き別れさせたのだった。

    ●槐の邪神
     鎧武者を倒した灼滅者達は、再び社の前に戻ってきていた。
     ギ、ギギギ……
     待ちかねていたように地面から無数の木の根が飛び出し、灼滅者達に絡みついていく。
    「あばばば……。槐の邪神って、もう名前からして怖そうなのですが……。い……胃が……胃がキリキリと……」
     対して、お腹を押さえながらも優希那が清めの風を吹かせ、
    「こんなのただの木のお化けだべ。怖くなんか無いずら!」
     ねね子が白き炎を飛ばし、木の根を払っていった。
    「お供え物をすれば消えてくれるという訳でもない様だし、倒すしかないか」
     根から解放された友衛の耳がピンと立ち、その右腕が狼と化していく。そして槐の幹を駆け上がりながら、鋭い爪で樹皮を削っていった。最近は畏れを灼滅する以外の方法があるかとも考え始めた友衛だが、子供を傷つけようとする古の畏れを放っておく訳にはいかない。
    「スサノオはどうして槐の畏れを呼び出したんでしょう」
     桃はそんなことを呟きながら、槐の邪神がばらまく毒々しい色の花粉をかわしつつ拳を連続で叩き込んでいく。
    (「大人が民話や伝承をきちんと子供達に伝えておけば、起こらなかった事件だったかも」)
     悠花はふとそんなことを思う。だが事件が起きてしまった以上解決させるのが灼滅者の使命と、悠花は炎を纏った棒を駆使した棒術で、迫る枝や根を払い続けた。
    「古の伝承の物語も面白いが、人を襲うのはいただけないな」
     妖の槍を構えた百々が、降りかかる毒花粉をものともせず、槐の邪神に突撃していく。
    「お供えの強要とは、まさに邪神だな。今すぐ滅してくれよう」
     そのまま百々が槐の根本に深々と槍を突き刺せば、槐の木の表面に一瞬だが人の顔のような影が浮かび上がった。
    「樹って奴はどこが弱点か分かりにくくて困ってたが、そこが中枢と見た」
     すかさず暦生がガンナイフを起点に漆黒の弾丸を精製し、顔の浮かんだ位置を正確に狙い撃ち貫く。
     ギギギギギギ……
     軋むような音を立て、槐の幹が大きく揺れた。
    「さあ、最後の仕上げだ!」
     これまで防御と回復に徹していた蝶胡蘭が、ここぞとばかりに動いた。ローラーダッシュで槐の邪神に迫ると、摩擦熱で炎を発した蹴りを幹に叩き込む。たちまち炎は槐全体に燃え広がっていき、
     ギ、ギギギ……
     槐の邪神は樹液を幹全体から発生させ消火を試みるが、
    「腐っても鯛。邪神も祀れば神となる。日本的っすねぇ。けど、そろそろ燃え尽きてくださいな」
     そこへ炎を吹き上げる『剥守割砕』を構えたギィが迫っていた。ギィが叩きつけるように『剥守割砕』を振るえば、耐えきれず槐の幹が、炎を上げながら倒れていく。
    「終わりっすね。名実ともに」
     勢いよく燃え盛る槐の邪神を背に、ギィが呟いた。

    ●後片付け
    「スサノオは古の畏れを呼び出して自らを強化していきます。槐の邪神を呼び出したスサノオはどうなっていくんでしょう」
     槐の邪神が燃え尽きたのを見届けた桃は、スサノオが消えていったであろう古道の先を見やり、物思いに耽っていた。
     ギィはスサノオの手がかりが何かないかと、周囲を見て回っている。
    「これも何かの縁ですので、少しだけ社の前を掃除していきませんか?」
     悠花の提案で、社や今回の戦いで荒らしてしまった周囲の清掃を始める灼滅者達。
    「汚れも祟りもなくなれば、畏れが生み出される事もなくなるだろうか」
     掃除をしながら、友衛はふとそんなことを思う。
     やがて社も綺麗に清められ、悠花や蝶胡蘭は持ってきたお供え物やお賽銭を社に供えていった。
    「神様もこれなら文句はないだろ」
     蝶胡蘭はもうこんな事件が起こらないようにと、手を合わせて祈りを捧げる。
    「ずっと一人ぼっちで、お参りして貰えなくて寂しくて妖怪になったのでしょうかね……。こんなに立派な木だったのに……」
     立ち去り際、優希那は燃え落ちた槐の古木に寂しげに目を向けたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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