ヒーロー忌憚 荒巻・鋭子

    作者:空白革命

    ●ヒーローの死
     兄さんはヒーローだった。
     決して強くは無かったが、人々に慕われる男だった。
     私はそんな兄の背中を見て育ち、鍛錬に明け暮れ、夢を見て生きた。
     幸せな日々だった。
     貧しく慎ましやかだが、得るものの大きい日々。
     それはみな、町の人々のおかげだ。
     人々の暮らしを見ているだけで、私達兄弟は幸せだったのだ。
     それを痛感したのが、兄が死んだ時だった。

     兄の死を切欠に町は荒れた。
     まずは些細なもめごとが多くなり、人々の心に棘が立ち始める。
     次第に外の人々からの干渉が強くなってきて、裏切りや嘘が横行するようになり、町は徐々に冷えていく。
     その姿を見ているのが、何よりもつらかった。
     兄の守っていた町は、人々の笑顔は、ある日を境に冷めて行ったのだ。
     無論、私は必死に抵抗した。
     商店街の喧嘩を仲裁したり、土地屋との折衝に割り込んだり、町を汚す若者を追い払ったりもした。
     けれどそれは、火に油を注ぐだけだった。
     兄の築いてきた人脈と信頼もなく、私のような子供が立ちまわった所で、人々の不安を余計に煽るだけだった。
     だから……仕方が無かったのだ。
    「私が闇を受け入れれば、力が手に入る。力があれば……町をよくすることだって、きっとできる筈だ……」

     兄の遺したスーツを捨て、私は闇を受け入れた。
     
    ●ヒーローとは
    「……以上です」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は俯き気味にそこまでの説明を終えた。
     一般人がダークネス化する事件。
     力の為に怪人となった少女の事件である。
     闇に堕ちた人間は元の人格を失い、完全な闇となる。それゆえ灼滅者の手で倒すしかなくなるのだ……が。
    「今回の場合は、別です」
     彼女は、町を想うあまり元人格を今だ残しているという。
     その上で、町を汚そうとする若者の撃退や、諍いの原因を破壊するなどの活動を繰り返しているという。
     だがこのまま放っておけばいつかは完全な闇に落ちてしまうだろう。
     そうなるまえに……倒さなければならない。
     
     荒巻・鋭子(あらまき・えいこ)。
     それが彼女の名前である。
     怪人の力をもち、夜を駆ける少女だ。
    「彼女と戦える絶好のポイントはここ。河川敷です。ここなら、近隣住民への被害も無いでしょう」
     地図のコピーに赤丸を付けていく姫子。
     これで戦闘自体はできるようになった。
     だが問題はここからだ。
    「彼女はなりかけとは言えダークネス。非常に高い戦闘能力を持っていることでしょう。単純に力だけで対抗したなら、場合によっては……」
     口元に手を当て、顔をしかめる姫子。
    「ですが、彼女の人間性に訴えかけることができれば、あるいは戦闘力をブレさせることができるかもしれません。それはとても難しいことですし、言葉だけで伝えられるものではないでしょう……」
     彼女は正義活動こそしていたが、もとの身体は一般人。
     もし灼滅者としての素質が引き出せなければそのまま灼滅するしかなくなってしまう。
     どっと重い空気が流れる中、姫子はあなたの目を見て言った。
    「彼女の事を……どうかよろしくお願いします」


    参加者
    ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)
    狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)
    穂群坂・結斗(雪月封火・d01524)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    葛城・百花(鳳仙花・d02633)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)
    十津金・旭(桜火転身トツカナー零五・d06921)

    ■リプレイ

    ●ヒーローが遺すもの
     墓石に人の名前は刻まれていない。
     所謂共同墓地と言われるもので、遺骨はこの場所に収められている……と、言われている。
     実際遺骨が回収されたか否かは定かではなく、人々に施されたまやかしや慰めではないとは言いきれない。灼滅者の死とは本来そういうものだ。
     十津金・旭(桜火転身トツカナー零五・d06921)は墓石の前で手を合わせていた。
     赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)が歩いてくる。
    「ごめんね。スーツ、見つからなかったよ」
     皆の警戒は解けたんだけどね、と前置きしてから緋色は上目使いで旭を見た。
    「プライベートだから教えちゃダメって。仮に御家分かっても、海とかに捨ててたら分かんないかもだから……」
    「ん、いいよ」
     墓石に背を向ける旭。
    「チャージ、終わった?」
    「うん。でもこの技って……」
    「それも、いいよ」
     二人は墓地を去った。
     風以外、何も残さずに。
    「妹さんのために、力を貸して」

    ●闇ヒーロー、荒巻鋭子
     地方によって違うものだが、ここの河川敷は他と比べて随分と広い所だった。
    「己の信ずる道を行け……ってなもんだがな、相容れるなら茶々も入れるさ」
    「まあ、ね」
     夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)と葛城・百花(鳳仙花・d02633)は大きな橋の下で腕を組んで立っていた。
     砂利踏みと河川の音だけが静かに流れている。
     まるでこの街のようだと思う。
     何もない街。
     何でもない街。
     しかし人の生きている街。
     本来街というのは、こういうものなのだろう。
    「どうしても、必要だったんだね……」
     流れる川を見つめながら穂群坂・結斗(雪月封火・d01524)は呟いた。
     そして振り返る。
    「同じじゃないけど、僕にも分かるよ」
     砂利踏みの音。
     川の音。
     そして。
    「よそ者が、この街になんの用だ……」
     荒巻鋭子はいつの間にか川辺に立っていた。
     黒いボディスーツに身を包んだ、一人の女である。
    「『力が無ければ兄の代わりは果たせない』……僕もそう思っていた。でも間違いだ。闇に呑まれ、最後には守りたかったものすら傷付ける」
     僅かに眉を動かす鋭子。
     狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)がどこか控えめに身振りをした。
    「あ、あの……力だけで平和を作るのは間違ってると思うんです。このままじゃ」
    「迷子、ちょっとそこをどけ」
    「え――」
     迷子の頭上をガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)がライドキャリバー(平蜘蛛)ごと飛び越えた。
     同時に淳・周(赤き暴風・d05550)が地を駆ける。
    「まどろっこしいぜ、勘違い野郎には……こうだッ!」
     ガムのロケットスマッシュと周のレーヴァテインが炸裂。
     鋭子は直立不動のまま片手を翳すと黒いバリアシールドで二人の攻撃の攻撃を受け止めた。
     そのまま黒いビームを発射。周は横っ飛びに回避。
    「ヒーローってのは希望なんだ。力だけで、誰の希望になれるって言うんだ!?」
     立て続けに放たれるビームを転がって避けつつ、周は再び鋭子へと殴りかかった。
    「アンタがやってることは、ヒーローの兄貴に対して正々堂々胸張れるのかよ!」
    「黙れ。力ある者はいつも上から物を言う」
     シールドを直接叩きつけて周を撃ち返す鋭子。
     その側面からキャリバーが全速力で突撃。
    「そんな力、お前の兄貴は喜ぶのか! お前は、町の人に慕われる人間になりたかったんじゃないのか!」
     ガムはすれ違いざまに鋭子の首根っこを掴むと勢いに任せてぶん投げた。
     鋭子は砂利道をバウンドしながら転がる。
    「だからどうした。願い事言えば叶えてくれるのか。そんな理屈が通用するのは、子供の世界だけだ!」
     片膝立ちのままビームを乱射。
     キャリバーに命中。シートから転げ落ちるガム。
     追撃を入れようと急接近する鋭子だが、彼女の拳は治胡の掌によって阻まれた。
    「そんな姿似合わねえ。アンタの兄貴が悲しむぜ」
    「兄を気安く呼ぶな!」
     鋭い回し蹴りが繰り出され、咄嗟にガードする治胡。
    「正義を貫くってのは嫌いじゃねえ。だが一人で苦しむな」
    「そうね、誰かを頼ることも覚えるべきよ」
     いつの間にか死角に回り込んでいた百花が雲耀剣を叩き込む。
     背中越しに手を回してシールドを展開する鋭子。
    「アナタは一人でよく頑張ったわ。でも、思い出して。お兄さんもそうだったの? 一人だけで笑顔を作って来たの?」
    「黙れ。私だって――」
     二人を無理やり弾き、バク転をかけながら後退する鋭子。
     そこへ迷子と霊犬の小梅が飛び掛って行く。
     霊犬が連続で繰り出す斬魔刀を無数の小型シールドで防ぐ中、迷子は目を瞑って鬼神変を叩き込んだ。
    「い、行きます!」
     鋭子はバックステップで回避。先刻まで立っていた地面が盛大にえぐれた。
    「荒巻さん、いいんですか。本当にそれで……!」
    「助けを借りるんだ。君も本当のヒーローになれるはずだ。僕がそうであったように」
     炎の翼を生やした結斗が炎を纏った拳を繰り出す。
     鋭子は複数のシールドを重ねてそれを受け止めた。
    「黙れ、私に構わないでくれ。私は……私は……!」
     薙ぎ払うように連続でビームを乱射する鋭子。
     小爆発を伴って吹き飛ばされる結斗と迷子。
    「お待たせ!」
    「いっけー影さん!」
     橋の淵から二人の少女が飛び降りてきた。
     降下と同時に影喰らいを繰り出す緋色。
     ガードしながら飛び退く鋭子に、旭は狙いすましたビームを撃ちこんだ。
     シールドの間を縫ってビームが直撃。背中から落ちる鋭子。
    「キミは何で町をよくしようと思ったの。その気持ちを思い出して!」
    「お兄さんは闇の力に頼らずに町を守って来たよ。諦めちゃダメだよ!」
     鋭子は頭を抑えつつ立ち上がった。
    「私は兄とは違う。同じようにはできない」
     シールド越しに拳を握り込む鋭子。
     サイキックソードを展開する旭。
    「これ以上非力な人間に引き戻そうというのなら」
    「それでもまだ闇の道へ進むなら」
     一人のダークネスと、八人の灼滅者が同時に動き出した。
    「ここで止めるッ!」

    ●『力』
     地を駆けるたび土砂が吹き上がり、風が唸った。
     拳を引けば大気がうねり。
     腕の一振りが真空を裂いた。
     ダークネスとしての荒巻鋭子は圧倒的なパワーをもっていた。
     だが。

     強烈なパンチを食らい、周は盛大に吹き飛んだ。
     橋脚のコンクリートに頭から激突し、一部を削り取って地面を転がる。
    「私は確かに、ヒーローになりたかった。兄のように町を守って行きたかった。けれど、力ない者に、願いをかなえる権利はない!」
    「だからどうした……」
     額の血もそのままに、ゆっくりと身体を起こす周。
    「ヒーローなんてのは、うまく行くほうが稀ってもんだ。後悔、失敗、また後悔。それでも全部受け入れるんだよ。そんでもって、助けを求める人のもとに颯爽と駆けつける。そういうもんだろ!」
     大地を蹴り飛び掛る周。
     空中で炎の翼を大きく広げると、合わせた両拳を叩き込む。
     シールドを頭上に翳すが、溢れた炎が鋭子の身体を焼いた。
    「つっ……!」
    「破魔の炎よ――!」
     鋭子の正面から突撃をかける結斗。
     手元に槍を出現させると、大きな踏み込みと共に螺旋槍を叩き込む。
     シールドが砕け、槍が鋭子の脇腹を抉った。
    「己を見失うな。君が闇に呑まれたら、兄さんを一番よく知る人がいなくなる。それはダメだ」
    「……っ」
     顔を歪ませる鋭子。
     彼女の両サイドに百花と治胡が同時に姿を現す。
     刀を振りかざす百花。
     斬艦刀を振りかざす治胡。
     二人の斬撃が交差し、鋭子の身体を複雑に切り裂く。
    「アナタの全力でもまだ壊れない私達がいる。闇に立ち向かえる私達がここにいるわ!」
    「俺たちはお人よしでな。アンタも、そうなんだろう。人を信じたくって堪らねえんだろうが」
     よろめいた鋭子に、鬼神変を発動した迷子が横合いから思い切り殴りつけた。
     吹き飛ばされ、川の水面を跳ね、向こう岸へと転がる鋭子。
    「なあ……」
     身体を起こしながら、鋭子はつぶやいた。
    「私は、ヒーローになってもいいのか? 『わがまま』で闇に溺れた私が、ヒーローになれるのか? 兄はこんな私を、赦しはしないだろう」
    「荒巻さん……」
     震える拳を抑え、迷子は彼女の目を見た。
    「でも、それも終わりだ。お前達にはどうやら、勝てそうにない。なりふり構っては……いられないッ!」
     膝を緩慢に曲げると、凄まじい勢いで川を飛び越えた。
     空中で身体を丸め、腕を顔の前で交差する。
    「――『変身』」

     まず最初に起こったのは発光だった。
     光に包まれた荒巻鋭子は、真っ白いスーツを着込んで現れる。
     白いフルフェイスヘルメットをして、シールドを拳の位置に収束していく。
    「兄さん、ごめん」
     着地と共に繰り出されたパンチは、全力でガードした迷子を一瞬で吹き飛ばした。
     それを空中でキャッチするガム。
    「が、ガムさん!」
    「ガハハ、見つからないと思ったらそんな所にあったのか、因縁のスーツ!」
     迷子を放り投げてキャリバーに乗せると、ガムは鋭子へと一直線に走った。
     ハンマーからロケット噴射を開始。
     炎の尾を引いてガムは突撃した。
    「ヒーローに必要なのは力だけじゃねえ! 自分の想いをまっすぐに受け入れる心なんだよ! 目ェさましやがれぇぇぇぇ!」
     ガムのロケットスマッシュと鋭子のバッシュが激突。
     余った衝撃が周囲へ飛び散り砂利と土砂を吹き飛ばす。
     ガムは素早く彼女の腕を掴むと上空へと放り投げる。
    「いっちげきぃーひっさーつ!」
     すると、空中にいつからか待ち構えていた緋色が鋭子をキャッチ。
     大胆に一回転しつつ地面に叩きつけた。
     バウンドしつつも素早く受身をとる鋭子。
     片膝立ちになった彼女へ旭が飛び掛る。
    「戸塚キック!」
    「チッ……!」
     旭の蹴りと鋭子の蹴りが相殺。反転して着地すると、旭は後ろ回し蹴りを繰り出した。それもまた相殺。
    「お兄さんの守ってた町が変わるのが嫌だったんだね。その気持ち、わかるよ。けどダークネスの力なんかで町は平和にならないよ。その証拠を、見せてあげる!」
     軽く飛び退き、旭は拳を構えた。サイキックエナジーが濃密に溢れ出し、真っ赤なバトルスーツが彼女を覆う。
     ヘルメットの奥で眉を上げる鋭子。
    「お借りします、お兄さん」
     後ろから駆け込んできた緋色と共にジャンプ。
     大きく腕を引き絞り。
    「「必殺ッ――!!」」
     二人同時に拳を叩き込んだ。
     ガードも忘れてモロにくらう鋭子。
     きりもみ回転しながら吹き飛び、数度バウンドして地面を転がる。
    「それは……」
     なんとか起き上がろうと腕だけで身体を起こそうとするが、やがて力尽きてうつ伏せに倒れた。
     それが、ダークネス荒巻鋭子の最後であった。

    ●必殺技
     目を開ける。
    「あ、あの……こんにちは」
     おずおずと話しかけてくる迷子。
     彼女を押しのけて、ガムが鋭子の腕を引っ張り上げた。
    「さあ、行くぞ!」
    「な……」
    「お前に必要なものを手に入れにだ。ぼさっとするな!」
    「だっ、手を離せ!」
     ぶんぶんと腕を振ってガムから逃れる鋭子。
     結斗が苦笑して頬をかいた。
    「手荒な歓迎になってしまったね、すまない。痛い所は?」
    「……強いて言うなら全身だが」
    「まあ、そうでしょうね」
     ゆるく腕を組んで首を鳴らす百花。
    「俺達思いっきり殴っちまったからな」
     同じく腕を組んでうんうんと頷く周。
     そうしていると、治胡がやや乱暴に鋭子の頭をかきまわした。
    「頑張ったな」
    「…………」
     目を反らす。
     その視線に回り込むようにして、緋色が顔を覗かせた。
    「ね、あのスーツ……捨てたんじゃなかったの?」
    「捨てたさ。塵も残さず消滅させた……筈だったんだが」
    「戻って来ちゃったね?」
     にっこりと笑う旭。
     バツも悪そうにする鋭子に、旭はそのまま笑いかけた。
     ふと顎をあげる周。
    「なあ、所で……この町のパワーで放つ必殺技って、何だったんだ?」
    「ああ……」
    「それは……」
     目を合わせる旭と緋色。二人からちらりと視線を浴びて、鋭子は更に居心地悪そうに咳払いをした。
    「まあ、自己紹介も兼ねてだ……」
     拳を握り、顔の前に翳す。

    「荒巻鋭子。必殺技は『普通のパンチ』だ」
     この日、ヒーローがひとり生まれた。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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