眼鏡は命より尊し

    作者:邦見健吾

    「……うん、もうすぐ帰るよ。はは、お土産あるから楽しみにしててね」
     寒風吹く街の中、眼鏡をした若い男性が携帯電話ごしに誰かと話している。家族と話しているのだろうか、スピーカーからは笑い声が漏れ聞こえ、男性も笑顔を浮かべる。
     その男性の背中を追いかける、黒い影が1つ。
    「近道しようかな……っと」
     男性が道を外れ、路地裏を進む。影は付いてくる。
    「ん?」
     ズシャ。
    「う~ん、今日もいい眼鏡だわ」
     男性が後ろから迫る気配に気付いた瞬間、首と胴が切り離された。漆黒に身を包んだ女は男性の首を手に持ち、恍惚とした表情で口付けした。

    「眼鏡男子狩り……ふと思いつきで言ったことでしたが、それが恐ろしい形で現実になっているようです」
     晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)が毅然とした様子で、そう切り出した。眼鏡の奥では、鋭い眼差しが冷たく光っている。
    「眼鏡をかけた男性の首を収集する六六六人衆の犯行を予知しました。皆さんはこれを迎撃し、撃退、または灼滅してください」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)の予知によれば、六六六人衆の名はアジリア。真っ黒い長髪が特徴の女だ。序列は六二五位で、長刃のナイフを獲物として使う。
    「アジリアは街中で好みの男性を見つけて後を追いかけ、人気のないところで襲います」
     アジリアは今回、男性が路地に入ったところを襲撃してくるので、そこに待ち構えていれば迎撃できる。
    「ただし、こちらから囮を用意することも出来ます」
     灼滅者の中に眼鏡の男性がいれば、そちらに食いついてくるだろう。戦闘しやすい場所におびき寄せて攻撃すれば、周囲への被害も抑えやすい。
    「アジリアは殺人鬼と解体ナイフのサイキックを使うほか、複数の敵を一瞬で切り刻む技を持っています」
     攻撃力はそこまで高くないが、機動力に長け、攻撃を当てづらい。勝利を得るには戦術を考える対策があるかもしれない。
    「アジリアは不利と悟れば退却を選びます。が、好みの眼鏡男性がいればその限りではありません」
     好みの眼鏡男性がいれば、もし追い詰められても首を取ることに拘る。灼滅を狙いやすくなるが、その分危険も高まる。相手は強敵なので眼鏡の扱いには重々注意すべきだが、今の灼滅者なら十分灼滅を狙える。積極的に灼滅を狙ってもいいだろう。
    「アジリアは、眼鏡の男性であれば子どもだろうと容赦なく襲います。できればここで灼滅し、事件を止めてください。それではよろしくお願いします」
     そして蕗子は湯気の立つ湯呑を口にし、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    外法院・ウツロギ(百機夜行・d01207)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    逆神・冥(心を殺した殺人姫・d10857)
    明鶴・一羽(朱に染めし鶴一羽・d25116)
    晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)

    ■リプレイ

    ●眼鏡を追う影
    「普段は銀フレームの眼鏡を愛用していますが、少しカジュアルにしたい時などは黒にしたり、さり気なく変えています」
    「眼鏡もファッションの一部なのですね」
     トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)の言葉に、晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)が頷く。眼鏡男子3人は街にくり出し、眼鏡談義をすることによってアジリアをおびき寄せようとしていた。
    (「……来ましたね」)
     眼鏡の話をしながら、明鶴・一羽(朱に染めし鶴一羽・d25116)が背後から近づく微弱な気配に気付く。そして密かに合図をし、3人は仲間の待つ場所へと向かった。

    (「眼鏡にそこまでこだわる理由は知らないけど……まあ、どうせ殺すんだし、どうでもいいわね」)
     眼鏡男子ではない灼滅者は、ESPで人払いを済ませ、公園で仲間とアジリアを待ち受ける。アジリアの最大の特徴は眼鏡への執着だが、逆神・冥(心を殺した殺人姫・d10857)には関係のないことだ。
    (「眼鏡男子の首収集って……すごい趣味。集めてどうするんだろう」)
     気になるような、どうでもいいような。古賀・聡士(月痕・d05138)は立ち入り禁止の看板を立てながら、微妙な気持ちでアジリアを待つ。なんにせよ、灼滅を狙うことに変わりはない。
    (「眼鏡好きと聞いてはまあ、黙ってられません。素晴らしき担い手を守るためにも頑張りませんとね」)
     一方、牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)は眼鏡に固執する気持ちも分からなくはない様子。眼鏡男子を追うアジリアの、さらに後ろから静かに尾行する。
    (「しかし中々にいい光景……」)
     遠くから3人の眼鏡を眺め、楽しむみんと。なお、みんとの執着の対象は眼鏡そのものであり、着用者は眼鏡の台座的な扱いらしい。
     3人の眼鏡男子に釣られ、公園に足を踏み入れる漆黒の女。アジリアの姿を視認し、潜んでいた灼滅者達が飛び出す。
    「あら、邪魔しないでくれる?」
    「預言者の首が欲しゅうございます、か。死体は何も応えてはくれないと思うけどね。それじゃ、物騒なわがまま女を灼滅しましょう」
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)はアジリアの偏執を、とある戯曲に喩えた。
    「Slayer Card,Awaken!」
     スレイヤーカードから殲術道具を解放、白光の剣をその手に握る。
    「狩り、開始」
    「さぁ、鮮血の結末を」
     囮となっていた真雪と一羽も封印を解き、戦闘態勢に。真雪は黒い手袋を両手にはめ、眼鏡越しに鋭い視線を送る。
    「騙して悪いがコレは伊達でな。それでも良ければこの首、持っていくがいい。出来るものなら、だが」
    「余計なことを……」
     眼鏡を外し、意識を切り替えて挑発する一羽。しかしアジリアは挑発は耳に入らず、眼鏡を外したことに憤っていた。
    「さて、始めますかー」
     そして最後に、闇夜に隠れていた外法院・ウツロギ(百機夜行・d01207)がひょっこりと顔を出し、戦いが始まった。

    ●眼鏡を狙う女
     夜の公園を舞台に舞い踊る灼滅者とアジリア。アジリアの顔は長い黒髪に隠れてよく見えないが、時折髪が風になびき、その血走った眼を覗かせる。
    「目隠しフェチではないとはまだまだ尻が青いね」
    「そんなの誰が好きになるというのかしら?」
     ウツロギの軽口を真に受け、苛立った口調で答えるアジリア。
    「熱いですぜ」
     ウツロギの手に持つろうそくが赤く燃え、火炎の花がアジリアに向かって飛ぶ。しかしアジリアはナイフを振り払い、風で赤い火がかき消えた。
    「見境ない自分を恨みなさい」
     アリスが手をかざし、魔力を集中。白い光が凝縮して矢となり、アジリアを貫いた。
    (「久々の六六六人衆、覚悟していかないとね」)
     六六六人衆の中では下位とはいえ、その力は灼滅者を大幅に上回る。しかしそれを承知の上で、アジリアを叩き潰してみせる。
    「こちらはいかがでしょう?」
     トランドは戦いには似つかわしくない笑みを浮かべるが、その眼差しは冷たい。黒を基調として赤の差す装束を身に纏い、同様に黒い火の揺らめくろうそくを携える。火から立ち昇る黒煙が仲間を包み込み、力を与えた。
    「首をよこしなさいっ!」
    「そうはさせん」
     飢えた肉食獣のように跳びかかり、真雪を狙うアジリア。しかし一羽が間に立ちふさがり、その斬撃を防いだ。霊犬のスクトゥムが即座に反応し、癒しの眼差しを送って傷ついた主を癒す。
    (「確かにもったいないですが……」)
     戦闘開始とともに眼鏡を外した一羽の行いは、みんとにとってもいささか残念だ。しかしそれは戦いとは関係のないこと。体に巻き付いたダイダロスベルトをほどき、よく狙いを定めて撃ち出した。ビハインド・知識の鎧も突進とともに霊力を叩き付けるが、しかしアジリアは飛び退いて躱した。
    「野放しにするわけにはいかないからね」
     聡士はエアシューズを駆動させ、一気に加速して跳躍。心置きなく戦えることに喜びを覚え、うっすらと笑みを浮かべて跳び蹴りを繰り出す。シューズがアジリアを捉えた瞬間、解き放たれた重力が敵を地に縛り付けた。
    (「どれだけ眼鏡男子が好きなのかは知りませんが、傍迷惑極まりないですね……」)
     真雪の影が形を変え、狼の群れとなって襲いかかる。影の狼は公園の砂を蹴ってアジリアに迫り、四肢に噛みついた。
    「貴方は何のために殺すの? ただ眼鏡の男が好きだから?」
     なんとなしに問いかけながら、刀を携えて迫る冥。すれ違いざま背後を取り、鋭く冷たい刃を突き立てた。
    「ふふっ、ふふふふっ……!」
     しかしアジリアは回答の代わりに可笑しそうに笑い、ナイフを構える。そして次の瞬間、無数の斬撃が灼滅者を襲った。

    ●眼鏡を狩る刃
    「死ね!」
     眼鏡にしか関心のないアジリアは、刃の届く間合いにいる真雪を執拗に狙う。真雪は数度斬撃を浴びるも、一羽やサーヴァント達が立ちふさがり、倒れるには至っていない。
    「チッ!」
     アジリアのナイフが深く突き刺さったのは、知識の鎧だった。その一撃で限界に達し、陽炎のように姿がかき消える。
    「ありがとうございます」
    「まあ仕方ないですね」
     淡々とした口調ながら真雪が礼を言うが、知識の鎧の主であるみんとは全く気にしていないようだった。
    「これぞ分裂重機……」
     ウツロギが何やらよく分からない都市伝説を語り、地ならしの圧力がアジリアを襲う。超重量が上からのしかかり、何度も執拗に潰した。
    「こちらを向いてもらおうか」
     光の盾を展開し、一羽が肉薄。拳ごと盾を叩き付け、敵の意識を自身に向けさせる。さらにスクトゥムが駆け出し、魔を絶つ刃で一閃する。
    「この……!」
     アジリアは唇を噛みながら、ナイフを突き立て光の盾ごと一羽を切り裂く。
    「ではこちらをどうぞ」
     しかしトランドが反応し、ダイダロスベルトを伸ばしてフォロー。包帯のように包み込み、傷を塞ぎながら防御力を高めた。アリスは銀に輝くオーラを拳に集め、敵目掛けて発射。気功の砲弾がアジリアを撃ち抜く。
    「首を集めてどうするの?」
     聡士が距離を詰め、バベルブレイカーを突き付ける。間髪入れず、高速回転する杭を撃ち込んだ。
    「想像してごらんなさい、無数の眼鏡の視線に囲まれる瞬間を!」
    「へぇ、ふうん……」
     アジリアは傷から血をこぼしながら答えるが、聡士は自分で聞いておきながら素っ気ない。その態度が、アジリアをますます苛立たせる。
    「さぞや眼鏡に素敵なものを感じているのでしょうね? 私は理解する気はないけど」
    「何か言いたいことでも?」
    「いえ、別に。ええ、馬鹿になどしてないわよ? ええ、してませんとも」
     冥の含みのある物言いに反応し、声を荒げるアジリア。だが冥は呆れたような表情で刀を真っ直ぐ振り上げ、真っ二つにせんばかりの勢いで斬り下ろした。
    「くっ……!」
     最初は攻撃を躱されることも多かったが、灼滅者の度重なる攻撃でアジリアの動きが鈍ってきている。逃走経路を確保しようと、黒髪の下で眼球を動かす。
    「こんなに素晴らしい眼鏡達、次に会うのはいつになるか……」
    「!」
     その時、みんとのわざとらしい呟きが夜の公園に響いた。それが挑発であると分かっているのに、その内容を否定できず、アジリアが動けなくなる。
    「目的を前に、逃げ出すつもりですか?」
     さらに自身の健在を主張するように、真雪が指輪を握って魔力の弾丸を撃ち出す。
    「ああああああーーーーーーっ!!」
     欲しい物が目の前にあるのに、手が届かない焦燥。己を突き動かす欲望が溢れ出し、アジリアが発狂した。

    ●眼鏡に届かぬ手
    「この裏切り眼鏡が!」
     アジリアは盾となっていたサーヴァントを倒し、さらに傷ついた一羽を狙う。
    「後は、任せた……」
     切っ先が胸に突き刺さり、赤い血を流しながらとうとう力尽きる一羽。しかしその表情に焦りや不安はない。今ここで倒れようとも、仲間が勝利を必定にしてくれるからだ。
    「悪いけど、もうあなたに逃げ道はないの。ここがあなたの終わり」
     追い詰められたアジリアに、猛攻を仕掛ける灼滅者達。アリスは瞬時に距離を詰め、白光の剣で一太刀浴びせた。続けて真雪が飛び込み、腕を狼のそれに変え、銀に光る爪を深く突き立てた。
    「ちょいさー」
     ウツロギはエアシューズで接近し、やる気なさそうな掛け声とともに炎を帯びた蹴りを見舞う。冥は刃に精神を集中させて一瞬で肉薄、死角から目にも留まらぬ斬撃で切り裂いた。さらにみんとがエアシューズでジグザグに駆け、地面を蹴ってジャンプ。星のように流れ落ちてアジリアを打ち抜いた。
    「行ってください」
    「もう動かないでね」
     トランドの足元から影の猟犬が走り、聡士がエアシューズに炎を纏わせながら回り込む。
    「ああっ、うああああああっ!!!」
     影の犬が食らいつき、同時に聡士が烈火を帯びた蹴りを叩き付ける。そうしてアジリアは断末魔を上げ、音を立てて崩れ落ちた。
    「お前の太刀筋は似ている、そう、あの男に……」
     地に這いつくばるアジリアを見下ろし、刀を鞘に納める冥。冥が戦いの中で何を見たのか……それを知るのは冥だけだろう。
    「遺言を聞く暇もなかったわね。それじゃあお休みなさい、永遠に」
     淡々と言うアリスの視線の先で、アジリアの亡骸が闇に溶けて消えた。

    「大丈夫ですか?」
    「ええ、ありがとうございます」
     気を失っていた一羽を助け起こす真雪。執拗に狙われた真雪が無事だったのは、壁となってくれた一羽やサーヴァント達のおかげに違いない。幸い、一羽の傷も深くないようだ。
    「眼鏡を武器にしなかったことが敗因だね」
     肩をすくめ、ウツロギが呟く。もし眼鏡を武器にしていたらどうなっていたか、誰も知る由はない。
    「眼鏡は素晴らしいものです。……が、首だけ集めるとかバランス悪い気がします」
     眼鏡を愛するが故に、みんとは絶対にアジリアとは相容れない。眼鏡をどう見ているかが、決定的に違うのだから。
    「やはり胴体、衣服等とのバランスあってこそかと。それに気付けなかったことが、あなたの致命的な欠点ですね」

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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