猫の館へようこそ

    作者:草薙戒音

     深夜、午前一時。
     とある路地の一角に、その館は現れる。
    「わあ……本当にあったんだ……」
     信じられないといった顔で、男が呟く。
     玄関扉の前に立ちドアノッカーを叩くと、扉が内開きに開いた。
     吹き抜けの広い玄関ホールに並ぶ品のいい調度品。頭上には上品ながらも華やかな明かりを灯すシャンデリア。
     玄関ホール奥の扉が開き、館の主が姿を見せる。
    「………っ!!」
     男が思わず一歩後ずさった。
     それは、二足歩行の縦にも横にも大きな黒猫。上質そうな上着を羽織ったその猫は、男に向かって恭しく頭を下げてみせる。
     ――ここは猫の館。お好きな猫とお好きなだけ、お過ごしください。
     ――いつまでも、いつまでも……お客様が満足なさるまで。
    「猫は好きか?」
     集まった灼滅者に一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が問いかける。
    「『猫好き』が決まった時間に決まった場所に行くと、古い洋館が現れるらしい」
     その地域の猫好きに広がった噂が元になった都市伝説――ちなみに条件が整わなければそこはただの空き地なんだとか。
    「洋館には主がいて、これが二足歩行の大きな黒猫なんだそうだ」
     洋館に足を踏み入れた人間を黒猫は用意された個室へと案内する。
     個室に待機しているのはその人間好みの猫。複数だったり単数だったり、それこそ訪れた人間の望みのまま……ある意味パラダイスである。
    「問題は、そこを訪れた人間がそれっきり出てこないってところで」
     続く巽の言葉にミリヤ・カルフ(中学生ダンピール・dn0152)が首を傾げる。
    「出られない、じゃなくてですか?」
    「そう。出られないんじゃなくて出てこない」
     巽が真顔で頷く。
     この都市伝説自体は人に直接危害を加えるものではないらしい。館の中では飢えて死ぬということもないし怪我や病気をすることもない。閉じ込められて出てこられないということもない。
    「ただ、館に入った本人たちに出てくる意思がない。……飢えも死にもしないとは言うものの、世間一般には彼らが『神隠し』にあったような状態だ」
     長引けば彼らを心配する人間もいるだろう、放置は出来ない。
    「皆にはこの都市伝説を灼滅してきてほしいんだけど」
     そこで言葉を切り、少し考えるような素振りを見せる巽。
    「館の中にいる人間を全員、館の外に連れ出してほしいんだ」
     館には四人の人間が留まっている。
     一人目は二十代半ばの女性。実家で複数の猫を飼っていたが、就職で一人暮らしになり猫と離れ離れに。猫がいて当然の環境で育った。
     二人目は二十代前半の男性。物心ついたころから猫好きでずっと猫が飼いたかったが、諸事情で未だ実現できず思いだけが募っている。
     最後は老夫婦。数年前に長年飼っていた猫が老衰で死亡。年齢的な不安もあり次の猫はもう飼わないと決めているが、やはり寂しい様子。
    「彼らを説得して、館の外に連れ出してほしい。彼らといまここにいる皆……つまりは『人間』が全員館の外に出れば館は消滅、灼滅完了だ」
     ちなみに戦って灼滅するならば相手は主の黒猫、ということになる。
     しかしこの黒猫、とんでもなくタフで打たれ強い。しかも巨大なくせに俊敏で、攻撃も当たりづらいとか。
    「きっと館の人間を連れ出すほうが早いと思う……」
     少し遠い目をして呟く巽。黒猫はどれだけ体力があるんだろうか。
    「館から出た人たちは、何もせずともそれぞれの場所にちゃんと帰ってくれる」
     全員の説得が早く済めば館の猫たちと遊ぶ時間も作れるだろう、と巽は続けた。
    「夜が明けると通りを人がちらほら歩き始めるから夜明け前……そうだな、午前五時くらいまでには灼滅を完了してほしい」


    参加者
    偲咲・沙花(サイレントロア・d00369)
    木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)
    柴・観月(あまほしの歌・d12748)
    星舘・郁(彷徨いポラリス・d13164)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)

    ■リプレイ


     重厚な作りの玄関扉が開く。広い玄関ホール奥の扉から現れるのは、御伽噺にでも出てきそうな姿の二足歩行の大きな黒猫。
     黒猫は大切な客人を迎えるかのように灼滅者たちに頭を下げる。
    『館に居る人間たちのところへ案内してほしい』
     灼滅者たちの願いに黒猫はほんの僅かに目を細め、どこから取り出したのやら小さな呼び鈴を鳴らす。
     現れたのは三匹の猫――彼らを手で指し示し、黒猫は軽く頷いて見せた。


     エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)と葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)の前を三毛猫が歩く。
    (「案内の猫さんも可愛い……」)
     長い尻尾をピンと立て、時折確認するかのように後ろを振り向く猫の可愛らしさに思わず頬を緩ませる百花。
     とある扉の前まで来ると三毛猫はその脇で立ち止まった。
    『みあーん』
     促すように三毛猫が鳴く。扉を開けると、そこには部屋に敷かれたカーペットの上にうつ伏せで寝転がる若い女性の姿があった。
     女性の目の前にはキジトラの猫。女性に撫でられゴロゴロと喉を鳴らしている。
    「かわいいねー。ああそうなのーここがいいのー?」
     語尾にハートが飛び交っていそうな女性の独り言は、次は頭、次は喉、とでも言うかのように自身の手に頭をこすり付けてくる猫に向けられたもの……。
    「あの、すみません」
    「うひゃあっ?!」
     二人の存在に気付いていなかったのだろうか、声をかけた瞬間女性はひどく間の抜けた声を上げた。
     慌てて起き上がる女性に向けて、百花が挨拶をする。
    「はじめまして。……猫、お好きなんですね」
     実際、百花は部屋のあちこちで寛ぐ猫たちにちらちらと落ち着きなく視線を送りまくっている。その様子にウイングキャットの『りあん』がなんともいえない反応をしているのはさておいて。
    「俺たちも猫を飼ってるんだ。長毛の黒猫なんだが」
     猫は皆それぞれに可愛いが、自身が飼っている猫は別格――猫に限らず、ペットの飼い主ならば『自分のペットが一番可愛い』、当然の思考である。
     今も帰りを待っているであろう黒猫の姿を思い、エアンは小さく微笑する。彼に視線を向けられ、百花もまた言葉を紡ぐ。
    「うちの熊ちゃん、私が出掛けてると帰って来るまで玄関で待っていたり……。外から電話すると、電話に向かって鳴くんですよ? ……早く帰って来てにゃー! って」
     飼い猫を思う二人の愛おしそうな言葉に、女性がふと呟いた。
    「私の実家、猫がたくさん居たのよ。……あの子たち、元気かなぁ」
    「会いに行ってあげたらいいと思いますよ」
     猫たちはきっと待っている――だから。
    「帰ってなでてあげたら喜ぶと思うな」
     二人の言葉に、女性はほんの少しだけ遠い目をしてみせた。
    「そうだね……久しぶりに、帰ってみようかな」


     オッドアイの華奢な白猫が案内してくれたのは、若い男性がいる部屋だった。
    「おっ、すごいな。これならどうだっ!」
     扉を開けるなり聞こえてくる声――男性は開いた扉には目もくれず、猫を相手に夢中で猫じゃらしを振っていた。
    「えっと……お兄さん、こんちは」
     星舘・郁(彷徨いポラリス・d13164)に声をかけられ、男性は初めて部屋の扉のほうへと視線を向けた。
    「あ……こ、こんにちは」
     男性が少々ばつの悪そうに答える。
    「オレも一緒に撫でていい?」
    「え、構わないけど……」
    「わー、ふかふか幸せー。お兄さんはどんな猫が好き?」
     小学生の郁が猫と戯れる様子に気持ちがいくらか和んだのだろうか、男性の表情が柔らかくなる。
    「……あのさ、猫たちに幸せ貰うだけって…いいのかな、って不安にならない?」
     呟くような郁の声に、猫を撫でる男性の手が止まった。
    「猫好きだけど飼えない人にはここは天国なのはとってもよくわかるけど、閉じこもりっきりでいいわけないでしょ」
     木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)が続ける。
    「本気で猫好きなんならここから出てちゃんと自分の猫を飼いなさいな。一からきちんと躾けて、懐かせてこそ本当の猫好きってもんでしょ」
     発破をかけるような声に返ってきたのは力ない返事。
    「出来るものならやってるよ……」
     実家に居た頃はアレルギーの家族がいて飼えなかった。大学生になり一人暮らしを始めたが仕送りを受ける学生の身でペットなど飼えず、社会人となりようやくペット可の賃貸に移った。
    「やっと飼えると思ったのにさぁ。なんだよ単身者不可とか……せっかく里親になれるって思ったのに……」
     何かを思い出したのかベコベコに凹み体育座りし始めた男性に、焦る御凛。
    「さ、里親でなくたってペットショップだってあるじゃない!」
    「そうですよ。もしかしたら道で運命の猫さんばったり出会うかも知れませんし」
     慌ててフォローを入れる御凛と海川・凛音(小さな鍵・d14050)。郁も同意するかのように頷いてみせる。
    「そうだよ。お兄さんに会いたくて待ってる猫が外にもいるかもしれないよ」
    「それに……誰もここにいることを知らないんじゃないですか? きっと友達も心配していますよ」
     凛音の言葉に男性が「そういえば」と呟いた。彼女に指摘されるまでそのあたりのことはすっかり忘れていたらしい。
    「ここから出て、外でも猫さんと触れ合える方法を考えてみませんか?」
     触れ合うだけなら猫カフェでもできる。最近は『猫付きの賃貸マンション』なんていうものもある。
    「優しさ、いろんな猫たちに分けて欲しいな。幸せ貰った分、返してあげられるよーに」
     三人の説得に、男性が顔を上げた。
    「いつか縁ができるかな……それまで、頑張ってみるか」


     四人の灼滅者を老夫婦のもとへ案内するのは、黒と白のハチワレ猫。僅かに扉が開いた部屋にたどり着くと猫はチラリと四人を見遣り、そのまま開いた扉へとその身を滑り込ませ部屋の中へと消えていく。
     猫が入っていった扉をゆっくり開くと、そこは旅館を思わせる和風な作りの部屋だった。『たたき』の隅に並んだ二足の靴は、おそらく老夫婦のものなのだろう。
     一畳ほどの板間の先にある障子を先ほどのハチワレ猫がカリカリと引っ掻く。柴・観月(あまほしの歌・d12748)が障子を開けてやると、猫は畳の間の炬燵で寛ぐ老婦人のそばへと走っていった。
    「あらあら、まあまあ」
     目を細める老婦人の膝の上に飛び乗るハチワレ猫。その様子をはす向かいに座った老紳士が微笑ましげに眺めている。
    「おや、君たちは……」
     灼滅者の存在に気付いて老紳士が声をかけてきたのは、そのすぐ後のこと。
    「猫ってとってもあったかいよね」
     簡単な挨拶を済ませた後、にぱっと笑って老夫婦に駆け寄るエメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)。無邪気な笑みに釣られたのか、老夫婦の顔にも笑みが浮かぶ。
    「本当ね。みんな本当に可愛くて……見ているだけであったかい気持ちになるわ」
     優しく笑う老婦人の視線の先には、じゃれ合う二匹の子猫の姿が。
    「……いなくなっちゃったら、やっぱり寂しくなっちゃうよね」
     ほんの少しだけ顔を伏せエメラルが呟くと、老夫婦は互いの顔を見合わせた。
    「……そうね」
     答える声に寂しさが滲む。
    「ボクもね、そうだったから……わかるよ」
     でもね、とエメラルが続ける。
    「ずっとここにいたら、お別れした子の冥福も、祈ってあげられないんじゃないかな」
     放って置いたら、死んでしまったその子もきっと寂しくなってしまうから。
    「ここでずっと猫と遊んで死んでしまった子を寂しがらせちゃいけないよ」
     エメラルの言葉に頷いて、偲咲・沙花(サイレントロア・d00369)も言葉を紡ぐ。
    「見えなくても聞こえなくても、その子はあなた達の近くに今もいるはずなんだから」
    「猫ちゃんもだけど、きっと他にも貴方がたを心配する人が居ると思うんだ」
     二人の説得を見守っていた観月が、落ち着いた口調で付け加える。
    「それに、思い出を話すなら話し相手が他にもいた方が楽しいんじゃないかな」
     長いこと共に過ごした飼い猫なら、老夫婦以外にもその猫を覚えている人がいるだろう。
    「いっそのこと思い出話と一緒に猫ちゃんの可愛さを布教しようよ」
     影響されて、誰かが猫を飼い始めるかもしれない。
    「ふふふ……そうねぇ、それもいいかもしれないわね」
    「おじいちゃん、ばおあちゃん、一緒に猫をぎゅーってしよ? なんだったらボクのことぎゅーってしてもいいよ!」
     老夫婦に透き通るような笑顔を向けるエメラル。
    「あったかい思い出を持って帰れば、きっと帰ってからもあったかくなれるの。だから一緒に帰ろう?」
     エメラルが笑顔のまま老夫婦の顔を覗き込む。
    「……ありがとう、お嬢さん」
     老婦人がエメラルの体を優しく抱きしめる。二人の様子に目を細め、老紳士がエメラルの頭をそっと撫でた。
    「私らは大丈夫だよ。ちゃんと二人で帰るから、お嬢さんはここであったかい思い出を作っていきなさい」


     館に留まっていた四人をそれぞれに見送った灼滅者たちの前に、タイミングを見計らったように黒猫が現れる。
     柔和に微笑――しているように見える――黒猫は彼らを一つの扉の前まで案内した後、廊下の奥へと消えていった。
     その扉を開けた瞬間、ミリヤ・カルフ(中学生ダンピール・dn0152)が感嘆の声を上げた。
    「わあ……」
     猫カフェを思わせる広い部屋のあちらこちらに、さまざまな毛並み色合いの猫猫猫……。
    「折角一緒なんだし、観月にも付き合ってもらうからね」
     キラリ、とその目を輝かせ沙花が告げる。
    「望むところだ沙花さん」
     眼鏡の蔓をくいと上げ、観月も負けじと宣言する。
     ソファに腰掛けた二人にわらわらと寄ってくる猫たち。沙花の霊犬『ナツ』の尻尾にちょっかいをかける猫、沙花の脇にそっと香箱座りする猫。二人の間に割って入ろうとする猫に、二人の足元でじゃれ合う猫……。
    (「僕は別に犬派じゃないんだナツさん派なだけで。だからその、今日くらいは猫に傾倒してもいいよね」)
     ナツさんも楽しそうだし――と誰に対してかわからない言い訳を心の中で呟く沙花。その膝の上に一匹の黒猫が乗ってくる。
     愛想を振りまくでもなくじゃれるでもなく、沙花の振る猫じゃらしにも一瞥をくれただけ。なのに黒猫は沙花の膝の上で当たり前のように座り込み、組んだ前足に頭を乗せて目を閉じる。
    「毛並みといい目つきといい無愛想さといい、この黒猫、何か観月に似てるね」
    「それ言うならこいつも君に似てない? ちょっとすまし顔の美人さんだよ、君に似て」
     黒猫を撫でながら言う沙花に対し、自分の膝の上から動こうとしない猫に視線を向けて観月が返す。
    「そうだ、記念写真とか撮りたいな」
     カメラを構える観月。
    「沙花さんもこっち向いて、ほら、撮るよ? いー顔してね」
     パシャリ。
    「ミリヤさんもぜひぜひ」
     誘われるまま、抱き上げた猫と共に写真に納まるミリヤ。
    「折角だからその子と撮ってよ」
     カメラをミリヤに渡し、観月は沙花の膝の上で寛ぐ黒猫をそっと抱き上げる。
    「――やっぱり、そっくり」
     観月と黒猫、撮れた写真を確認し沙花が笑った。
    「皆はどんなコが好き?」
     ちょいちょい、と猫じゃらしを振りながら郁が尋ねる。
    「ボク、ふわふわな子もすらっとした子も好き!」
     スラリとした短毛の美猫の頭を撫でながら答えるエメラル。
    「オレは毛の長いのと足短いのとが割と好き……でも結局選べないんだけど」
     へへ、と笑う郁。二人の周りにもやはり沢山の猫が集まっていた。
    (「背中、お腹ももふもふってやりたいな……!」)
     キラキラと瞳を輝かせ、エメラルはカーペットの上に寝転がる猫の無防備なお腹に視線を向ける。
     さわさわ、さわさわ。頭から首、背中……優しく撫でながら、エメラルはさりげなくふわふわの猫のお腹へと手を伸ばす。
     お腹を触られた猫は頭をもたげ、ゆっくりと立ち上がった。猫はエメラルの膝に前足をかけ思い切り伸びをして――そのまま彼女の膝の上へ。
     自分の膝の上で器用に丸くなった猫に、エメラルが優しく話しかける。
    「のんびりのんびり、寝ても大丈夫だよ」
     一方、カーペットの上に寝転がりながら猫と遊んでいた郁の周りには猫たちが集まっていた。彼に寄りかかったまま毛づくろいを始めたり、ぴったりとくっついてまどろんでみたり。
    (「あー、あったかい」)
     彼で暖をとろうとでもいうかのようにぴったりと寄り添ってくる猫たちの体温が、郁の眠気を誘う。
    (「ね、寝過ごさないように気をつけないと」)
     だんだん重くなる瞼――閉じかける郁の視線の先で、霊犬の『琥珀』が子猫と戯れていた。とてとてと不器用に歩く子猫が体勢を崩すたび、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
    (「なんか琥珀の方が猫と仲良くしてるよーな……」)
     意外と面倒見がいいんだな、そんなことを考えながら郁はゆっくりと目を閉じた。
     ふわふわもふもふ。毛並みのいい猫を膝の上に乗せ至福の時を過ごすエアンに、百花が楽しそうに話しかける。
    「見て見て♪ もも、猫さんと遊ぼうと思って、おもちゃ持って来たの♪」
     視線を向ければ、竿の先に布製の鳥がついたおもちゃを持った百花の姿が。
    「こうして竿を振ったら……ね? ばさばさって、本当の鳥さんみたいでしょ?」
     百花が言い終わるが早いか、エアンの膝で寛いでいた猫が布の鳥にいきなり飛び掛った。
    「用意周到だな。しかも威力抜群だ」
     笑いながらエアンが言う。猫はテンション高く大興奮で鳥を狙っている。
    「えあんさんも、やってみて?」
    「ん、貸してくれるの? こんな感じだろうか?」
    「そうそう……上下に……そんな感じ♪」
     鳥に釣られて右左、狙いを定めて飛び込んで、勢いあまって一回転。遠巻きに眺めていた猫たちも巻き込んで、おもちゃの鳥を狙って大ジャンプ。
     猫たちと真剣に遊ぶエアンを見て、百花はすかさずカメラを構える。
    「……しゃったーちゃんすっ!」
     響くシャッター音で、エアンははたと我に返った。
    「えへ。いいお顔、撮れました♪」
    「いつの間に……今度は俺が撮ってあげるよ」
     微苦笑しながらそう言って、エアンは百花からカメラを受け取る。
    「じゃあ……ももはこのコ♪」
     もふもふの大きな猫を抱え上げ、百花は飛び切りの笑顔を浮かべた。
    「ん~、やっぱりマンチカンもアメリカンショートヘアも可愛いわね。もうもう一匹くらい飼いたくなっちゃうわね」
     御凛の前には短足の猫とやんちゃそうなシルバータビーの猫が。まだ子猫気分が抜けない月齢の猫なのか、御凛が手を動かすたびにじゃれつてみたり軽く噛み付いてみたり。さわさわと体を撫でれば、ゴロゴロと喉を鳴らして頭を手に押し付けてみたり……。
    (「ん、一匹も二匹も変わんないわよね。よし、飼おう」)
     猫の可愛らしさにそんな決意をする御凛。
     椅子に座った凛音の膝の上では、生後3ヶ月ほどの二匹の子猫が折り重なるようにして丸くなっていた。彼女が用意した猫用ミルクを飲んだ後、よじ登ってきてそのまま寝てしまったのである。
     他の猫たちも彼女の足元にやってきてはてちてち、てちてちと小さな音を立てて皿の中のミルクを飲んでいく。
    「人を癒してくれてありがとう」
     美味しそうにミルクを飲む猫たちに、凛音は優しく微笑んだ。


     猫たちとの触れあいの時間は瞬く間に過ぎていく。別れの時が来て玄関ホールに集まった灼滅者たちの前に、再びあの大きな黒猫が姿を見せた。
    「ありがとう、楽しませて貰った」
     エアンの言葉に鷹揚に頷く黒猫。その口元に笑みが浮かんでいるように見えるのは気のせいか。
     一人、また一人。館から出て行く灼滅者を静かに見守る黒猫に、創・瑞枝が語りかける。
    「わたしといっしょにいこう。わたしの七不思議になってほしいの」
     最後の一人が館から出ると、館の玄関扉がギイィという鈍い音をたてて動き出す。
     徐々に消えていく猫の館――。
     見送る灼滅者の目に最後に映ったのは、閉じていく扉の奥で優雅に一礼する黒猫の姿だった。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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