雪に埋もれた想いは

    作者:飛翔優

     ファミリーレストランにて、大学生と思しき青年が友人に向かって語っていた。

    ●雪に埋もれた想いは罪
     なあなあ知ってるか? 今度登る予定の、山の噂。
     そう、それ。
     なんでも昔、コンビを組んで山を登っていた男たちがいた。その山にも挑戦したんだが……天候が崩れて、洞窟で一晩過ごす事になったらしい。
     だが、何が起きたのか……下山したのは一人だけ。怪我をした相棒を見捨てとかって話だ。
     で、今でもその相棒は下山した男を恨んでいる。けれど他人の見分けがつかないのか……やって来た者を殺しちまうんだとよ。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、どことなく悲しげな表情を浮かべながら説明を開始した。
    「とある山を舞台に、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
     ――雪に埋もれた想いは罪。
     纏めるなら、その山の洞窟には友人に見捨てられた男の亡霊が住んでいる。訪れた者を殺してしまう……といったもの。
    「はい、都市伝説ですね。退治してきて下さい」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「舞台となっているのはこの山。当日は晴れていますので、特に問題なく到達できると思います。しかし……」
     洞窟付近は、都市伝説の影響か薄っすらと雪が積もっている。その辺りは足元に注意する必要があるだろう。
    「そうして赴けば都市伝説が出現しますので、迎え撃って下さい」
     敵戦力は都市伝説のみ。姿は、杖のような棒きれを携え右足を引きずっている男。
     力量は、一体でも灼滅者八人を相手取れる程度。
     攻撃面に秀でており、杖による突き刺しで加護を砕く、雪球を連射し複数人を打ちすえる、杖を足元に叩きつけ衝撃波を放ち近づくものの足を止めさせる……と言った攻撃を仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡しなが、葉月は静かなため息を吐きだした。
    「少し調べてみたのですが……確かに、その洞窟では男性を残して友人が下山し、男性はそのまま亡くなってしまった……といった事件があったようです。しかし、それは男性が望んだこと。怪我をした男性が、このままだと二人共死んでしまうからお前だけでも……ということだった。そう、記録されていました」
     ですので……と、締めくくりに移行した。
    「どうか、その想いが踏みにじられぬように、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ」


    参加者
    竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    央・灰音(超弩級聖人・d14075)
    白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)
    仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)
    夏村・守(逆さま厳禁・d28075)
    青原・灯(月が綺麗ですね・d36125)

    ■リプレイ

    ●雪に抱かれ眠るのは
     乾いた風は枯れ葉を運ぶ。
     ざわめく木々は紅葉を落とし、湿り気を帯びた地面に彩りを与えていく。小動物の鳴き声は聞こえない、冬の山。
     晴れやかに広がる青空の下、灼滅者たちは腐葉土を踏みしめ登っていく。
     景色に気を向けることはなく。地図を頼りに、都市伝説の舞台と化した洞窟を目指して。
     進むうち、地面は徐々に固くなる。木々も紅葉も数を減らし、無彩色な石が多く見られるようになっていた。
     やがて植物は姿を消し、石と岩が敷き詰められたような道へと到達する。目を凝らせば、薄っすらと白く染まりゆく地面も見えてきた。
    「……ふぅ、疲れますね。普段からあまり運動していないので、ちょっと辛いです」
     竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)は額を拭い立ち止まる。
     一歩前で歩を止めた東雲・悠(龍魂天志・d10024)は、気遣うように視線を向けながら防寒着の襟を直した。
    「冬で寒いからなおさらな。これで雪なんかあった日にゃ……」
     瞳を伏せ、声音を若干低いものへと変えていく。
    「……なんでわざわざ雪山なんて登るんだろうな。夏山じゃダメなのか?」
     そういう挑戦もあるのかもしれない。あるいは途中で天気が崩れたのかもしれない。
     意見が交わされていく中、彼らは再び歩き出す。
     力を用いて寒さを避けたため、無駄に体力を奪われることがなかったのだろう。央・灰音(超弩級聖人・d14075)は涼しい顔で先頭を歩き、仲間たちを先導する。
     程なくして、白に染まり始めた世界に足を踏み入れた。
     歩くたび、新雪を踏みしめる小気味良い音色が耳に届く。
     進むたびに雪は深さを増し……やがて、くるぶしまでをすっぽりと覆うほどになっていた。
    「滑るのも心配ですが、雪の重さでも転んでしまいそうですね。注意しなければ……と」
     灰音が仲間を気遣い振り向きかけた時、視界の端に小さな影が映り込む。
     姿勢を戻し目を凝らし、影の主を見極めた。
    「どうやら、あれがゴールの洞窟みたいですね。幸い、雪はヒザ下辺りで済みそうです」
     安堵の息を吐いた後、彼らは進軍速度を早めていく。
     陽の光と共に、雪の積もらぬ洞窟内へと侵入する。
     三度ほどスパイクが石を叩く音色を響かせた時、奥から、何かを引きずるような足音が聞こえてきた。
     彼らが身構える中、音の主は姿を現し――。

    ●偽りの罪を刻みし男
     杖のような棒きれ片手に、左足を引きずりながら歩く山男。
     都市伝説・雪に埋もれた想いは罪に記されていた通りの姿。
    「動くななのですー!」
     仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)が縛霊手から青白い結界を放っていく。
     男が歩みを止めていく中、青原・灯(月が綺麗ですね・d36125)は天井ギリギリまで跳躍。
    「初めまして、あなたのような人に助けられた者です。かつてのあなたはとても素敵な人と聞きました。あなたたちに敬意を表すとともに、晩節を汚させぬために私たちはあなたに挑みます」
     天井へと両手を伸ばし、落下の勢いを加速させたキックを放つ。
     急角度からのキックが身をひねった男の胸元をかすめた時、霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)が正面に踏み込んだ。
     上半身を引き戻していく男へ放つ、剣のごとく歪な鋏よる剣閃。
     防寒着に覆われた首筋へと刻みこみ、日に焼けた肌が顕になった。
    「っ!」
     左側に影が刺し、絶奈は鋏を引き戻す。
     横に構え、突き刺すように振り下ろされた棒きれの先端を受け止めた。
     片腕では止めきれず、鋏の先端が地面を向く。
     腕はしびれ、全身には鈍い痛みが走っていく。
     表情に出すことなく顔を上げ、男の瞳を覗き込んだ。
     憎しみに血走る、噂通りの男の双眸。
     記録とは違うのかもしれない、その姿。
    「……記録が、真実とは限りません。あるいは、友を残して下山した男が罰を求めていたのかもしれません。しかし……」
     静かな息を吐き出し、距離を取る。
     鋏を構え直し、静かな眼差しで見据えていく。
    「男は此処には居ませんし、私は彼の心を知りません。だから、人の世を脅かす貴方を討ちます。せめて、記録の高潔を汚さぬ様に……」
     言葉は、洞窟の奥へと響いていく。
     言葉は、仲間たちが駆ける音得物を振るう音に覆われ消えていく。
     灰音が壁を足場に跳躍。
     拳に、雷と勢いを乗せて繰り出した。
    「っ!」
     防寒具に覆われた右腕に阻まれ、弾かれる。
     トンボを切って着地した時、男が棒きれを振りかぶった。
     灼滅者たちが身構える中、男は棒きれで地面をぶん殴る。
     岩が砕ける音がした。
     すさまじい衝撃が洞窟内を駆け抜けた。
     灰音の前に立つ形で、真っ黒な大百足の姿をした夏村・守(逆さま厳禁・d28075)が影を盾に二人分の衝撃を受けていく。
     和らげてなお全身を駆け抜けていく衝撃が、体中を強くきしませる。
     節々が悲鳴を上げていく。
    「……この程度」
     牙に似た口をかち合わせ、地面をはうように駆け出した。男の足元へ到達するとともに身を起こし、暗闇の中でも赤々と輝く足を突き出していく。
    「恨んだり憎んだり欠片も無かったとは言い切れないけどさ、送り出してくれたその時は、絶対本当だって思いたいじゃんか!」
     先端が防寒具に覆われた左腕を切り裂き、日に焼けた肌を露わにさせた。
     呪縛が効き始めたのだろう。足元をふらつかせ始めた男が、棒きれで体を支え始めていく。
     灯は安堵の息を吐き出し、瞳を伏せる。
     遠い目を、男へと向けていく。
    「俺はもうダメだ。だがお前だけは生き延びてくれ。どこかであった光景ね」
     熱を帯びていく瞳、霞む視界。
     漏れ出るため息、拳に宿っていく力。
    「そしてかつてはそんなすごい人だった存在が人を殺めようとする。私はいつか似た境遇のヴァンパイアと対峙する日が来る気がする。だから……」
     左薬指にはめたダイヤのプラチナリングを輝かせ、大地を蹴る。
     着地と共に腰を捻り、左の拳を放っていく。
     のけぞり避けようとした男の胸元目掛け、輝く指輪から魔力を放つ。
     貫かれ、男は尻もちをついた。
     体を倒し、地面を転がり、前線から逃れていく男。
     逃さぬと、追いかけていく白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)。
    「っ!」
     鼻先を冷たい何かがかすめた。
     ひるまず一歩踏み込み、右肩で、左腕で左足で雪球を受け止めた。
    「この程度……!」
     勢いに負けず、痛みを堪え槍を振り回し、次々と飛んで来る雪球を叩き落とす。
     雪球が砕ける音を聞きながら、立ち上がっていく男との距離を詰めていく。
     飛んでくる雪球が止むと共に左腕を肥大化させ、殴りかかった。
     掲げられた棒きれに阻まれるも、体重を乗せて押さえつけにかかっていく。
     至近距離から血走る瞳を覗き込み……静かに、眼を細めていく……。

     衝撃波が駆け抜けた。
     岩の砕ける音とともに、天井から砂粒が落ちてくる。
     藍蘭は視線を送り、安堵の息を吐き出した。
    「大丈夫、堆積していた砂が落ちてきただけです。それよりも、怪我しましたか、大丈夫です、すぐに治します」
     風に優しき言葉を乗せれば、暖かな力となって洞窟中を満たしていく。
     前衛陣の痛みが和らいでいく中、聖也は再び青白い結界を解き放った。
    「もう何も苦しまなくていいのです! 貴方を助けるために来たのです! 安らかに眠るのです!」
     結界に閉じ込められた男は、何も語らず棒きれで結界を突いていく。
     砕かれていく地面の、結界の周囲を、悠は縦横無尽に駆け回る。
     男の鼻先に穂先を伸ばしても、殺気を放っても、意識を向けてくる気配はない。
     背後で炎に染めた槍を振り上げても、振り向いてくる気配すらない。
    「まぁ、とりあえず丈夫しとけ! こんな寒い所でぐだぐだなんて、してんじゃねーよ!」
     刃のように振り下ろし、防寒着の背中部分を切り裂いた。
     日に焼けた肌を、更に蝕む炎が上がる。
     直後、結界が打ち砕かれた。
    「……」
     ようやく振り向いた男に静かな視線を送りながら、悠は再び周囲を飛び回る。
     石の地面を飛び回る軽やかな音色が響く中、男が棒きれを振り上げた。
     悠月が踏み込み、オーラで固めた左腕を掲げていく。
     オーラのみで、棒きれの先端を受け止めた。
    「……」
     駆け抜けていく衝撃はあれど、痛みは小さい。
    「……随分と動きが鈍っている。この調子なら、もうすぐ……」
    「はい!」
     弾き合う悠月と男の間に、灯がさっそうと踏み込んだ。
     男の喉元に巨大な十字架を突き付けながら蹴りを放ち、吹っ飛ばす。
     壁にたたきつけられてなお、男は倒れない。棒きれを支えに立ち続け、灼滅者たちに憎々しげな視線を向けていく……。

     薄暗き洞窟の中に現れた、影のユニコーン。
     聖也は軽く頭を撫でた後、ふらつく男を指し示す。
    「いっておいで!」
     蹄の音色高らかに影のユニコーンが駆ける中、守が後を追いかけた。
     影のユニコーンは、棒きれに払われ霧散する。
     守の中心には、棒きれの先端が突き立てられた。
    「……」
     硬質な音を立てた後、その硬い体が突き破られることはない。
     守は棒きれを跳ね除け、進軍。
     後ろふくらはぎを、鋭い足で貫いた。
     棒きれで体を支えながらも、男は膝をついていく。
     対照的に、灼滅者たちの傷は少ない。
    「このタイミングなら……」
     藍蘭は歌う朗々と。
     男の心を揺さぶるため。一分、一秒でも早い決着を果たすため。
     詩に織り込むは、願い。
    「貴方は自分の命を捨ててまで友達を助けてあげたのでしょう、その優しさ忘れたのですか?」
     かつて、一人の男は願った。
     友人が無事に下山することを。
     怪我をした自分を残してでも。
    「下山した男を恨んでいる……それは違うというのは、貴方が一番よく知っているのではないですか?」
     目の前の、憎しみに狂わされている男とは違い……。
    「……」
     返答はなく、動きに変化も見られない。
     男は棒きれを支えに立ち上がり、体中を震わせながらも、虚空に生み出した雪球を放ってくる。
     硬さも、勢いもない雪球を全身で受け止め、絶奈はバベルブレイカーの杭をドリル状に回転させた。
     語ることもないままに距離を詰め、中心を穿ち貫いていく。
     体をはねさせ、天井を仰いでいく男。
     棒きれを手放す様子がなかったから、灰音は背後に回りこむ。
    「終わらせましょう。この戦いを」
     騎士剣にて描く剣閃で、背中を斜めに切り裂いた。
     直後、悠が跳躍する。
     天井に体を丸め、天井に足をつき……天井を足場に、勢いを増す形で落下。
     刀を、大上段から振り下ろした!
     着地した時、乾いた音が聞こえてきた。
     棒きれが、棒きれを握る左腕が落ちたのだと、悠は静かに立ち上がる。
     雪球はまだ、止んでいないない。
     ものともせず、聖也は疾走した。
    「この一撃でえーっ!」
     杖を拾おうとしている男の喉元目掛け、杖の先端を突きつける。
     重さを感じると共に魔力を爆発させ、男を洞窟の奥へとふっ飛ばした。
     見守る中、男の瞳からは光が消える。
     憎しみという名の、禍々しき光が。
    「……」
     唇が五文字の言葉を紡いだ後、男は雪に変わり大地に溶けた。
     入口近くに堆積していた雪もまた、陽射しに溶かされ消滅し……。

    ●雪に埋もれた想いは願い
     雪山の残滓も、かつて悲劇が起きた兆しも……何も残されていない、小さな洞窟。
     一人の男が命を落としただろう最奥に、絶奈は百日草を手向けていく。
    「私の思い違いかもしれません……と言うより思い違いでしょうね。それでも、貴方の友は貴方をそう想っていると思うから……」
    「……」
     灯もまた花束を手向け、瞳を閉ざした。
     瞼の裏に浮かべるのは、相棒のために決断した男と、理不尽な世界の犠牲になった都市伝説。面影を重ねるのは、父の……。
    「……」
     かつて命を落とした男性が安らかに眠れるよう、悠月は一人舞を描く。
     戦の場となってしまった洞窟を、たおやかな調べで清めていく。
     紡ぎだされた音色は、描かれた舞は、無彩色な洞窟を優しく彩った。
     舞を終えても変わらずに、優しき静寂を招き入れた。
     あるべき姿に戻った洞窟奥に背を向けながら、悠月は静かなため息を吐いていく。
    「話が面白くおかしく着色されて広まってしまうのは悲しいものだな。よくある事と言ってしまえばそれで終わりだが」
     記録とは違う、物語。
     どこかでねじ曲がってしまったのか、誰かが悪意をもって伝えたのか。
     今となっては、知ることのできぬ噂の根……。
    「……うん」
     洞窟から脱出した時、守が一人振り向いた。
     日差しの下にあってなお暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように、明るく力強い言葉を投げかける。
    「そちらさんの相棒は助かったぜ! グッジョブ!」
     誰かが伝えているかもしれないけど……それでも、守が伝えたかった言葉。
     きっとそれは、男が一番知りたかった言の葉で……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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