クリスマスを染める赤色

    作者:奏蛍

    ●クリスマスに向けて……
     薄暗い室内には、鉄が錆びたような匂いが充満していた。中央に置かれた大きな盃には、赤黒い液体が揺らめいている。
    「た、助けて……」
     女性が震えていることにも気にせず、黒いフード付きマントを羽織った男たちが盃の前に引きずっていく。
    「さぁ、我々に捧げなさい」
     鋭く響いた声に、数人が言葉を続ける。
    「生き血を! その活力を!」
    「やめて……やだ……」
     異常な雰囲気に女性が涙を溢れさせる。目の前にいる、たったひとりだけ白いフード付きのマントを羽織った女がゆっくりと鞘からナイフを抜いていく。
     綺麗な装飾されたナイフが振り下ろされる瞬間、女性の悲鳴が響き渡るのだった。
     
    ●ダーククリスマスを阻止せよ!
    「本当に悪魔の所業と言ったところですか?」
     集まってくれた仲間に須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)からの情報を話しながら、御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)が微かに首を傾げた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、まりんたちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     天嶺の予感が的中して、生き血を捧げる集団の存在が明らかになった。どうやらクリスマスに向けて、大きな盃に生き血を集めているようなのだ。
     このまま盃に血が満たされるまで人が殺されていくとしたら、被害は数十人に及ぶ。そして女を含め全ての者がすでにその手を血に染めてしまっているため、救い出すことは不可能だ。
     今年のクリスマスが終わったら、また来年のクリスマスに向けて盃を満たし始める。みんなにはこのソロモンの悪魔に力を与えられた集団を灼滅してもらいたい。
    「力を与えられたのは、集団の中心人物のみです」
     中心となるのは、白いフード付きマントを羽織った女だ。他に強化された一般人が九人いる。
     まずは集団の住処となっている空家に侵入してもらうことになる。
    「空家の周りには、見張りが四人いるみたいです」
     それぞれ四方を見張っている。ひとりでも倒されれば、中にいる仲間に連絡されてしまう。
     場合によっては逃亡される恐れがあるため、四人を同時に襲撃してもらう必要がある。優先するのは、空家の中に逃げ込ませないことだ。
     四人は守りが硬く、魔導書を使ってくる。
    「外が片付いたら、中の掃除になります」
     残りは女と強化一般人五人だ。正面玄関から入り、大きな盃がある部屋に向かってもらいたい。
     部屋は玄関から入って右奥の大広間にある。広さは十分にあるため、戦闘の際は思う存分に力を奮ってもらって大丈夫だ。
     遠慮などせず、姿を発見したら一気に攻め込んでもらえたらと思う。女は魔法使いのサイキックと解体ナイフを使ってくる。攻撃力が高く、先頭に立って応戦してくるだろう。
     女と並んだ位置で、守りの硬い三人がWOKシールドを使う。残りの狙いが正確な二人は後ろで天星弓を使ってくる。
     また近くに民家は存在しないが、念の為に一般人対策をする場合は見張りを倒してからにしてもらいたい。
    「さて、どうしますか」
     考えるように天嶺が呟くのだった。


    参加者
    駿河・香(ルバート・d00237)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    ジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)
    不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)

    ■リプレイ

    ●屋敷襲撃
    「いますぐ始めちゃいたいのよね」
     携帯を見た駿河・香(ルバート・d00237)がふぅと息を吐いた。明るくさばさばしている香には珍しく、見張りを見つめる視線は冷たい。
     それもそのはず、極度なソロモンの悪魔嫌いなのだ。興味がないと視線を細める。
    「まぁまぁ、もうすぐです」
     時刻を確認しながら、そんな香をなだめるように御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)が声をかけた。そして改めて見張りと屋敷に視線を送る。
     血のクリスマスなんて勘弁して欲しいものだ……と微かに眉を寄せた。しかも毎年やっていたとなれば、洒落にもならない。
    「行きます」
     仲間と打ち合わせした通り、メールに記載された時刻の五分後に天嶺が飛び出した。
    「安心しろ、直ぐ楽にしてやる」
     声を出した天嶺に合わせて、香がすっと腕を前に伸ばす。
    「Ready Go!」
     力を解放させるのと同時に、指鉄砲が撃ち出す仕草を見せる。一気に放たれた魔法の矢が、東側の見張りを貫くのだった。
    「連絡されると困るんでね」
     同時刻の西側で、見張りに向かって呟いた迫水・優志(秋霜烈日・d01249)が跳躍する。そして螺旋の如き捻りを加えた一撃で容赦なく穿った。
     衝撃にふらついた敵が、優志とは反対の方向に駆けようとした瞬間に雷に撃たれた。
    「逃げ場はないかな」
     優志が攻撃している間に、屋敷の入口への道を塞いだジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)が油断なく構えるのだった。
     屋敷の南側では、赤い炎が揺らめいた。反撃に出た見張りによって傷つけられた夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の腕からだった。
    「こんなものかよ」
     言いながら治胡が両手に集中させたオーラを放つ。衝撃に声を上げそうになった見張りを黙らせるように、渦巻く風の刃が斬り裂いていく。
    「こんな静かな場所で騒ごうなんて、無粋でしょう」
     最後の刃を放った華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が、微笑むのと一緒におかっぱ髪が柔らかく揺れるのだった。
     北側では炎を纏った不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)の蹴りが見張りに決まっていた。バランスを崩した見張りに紅羽・流希(挑戦者・d10975)が迫る。
    「これで終わりだ」
     言葉と同時に一瞬にして抜刀された刃が見張りを斬り捨てる。地面に倒れた体がボロボロと崩れ消えていく。
     変わらない表情で見ていた九朗が微かに首を振った。クリスマスにこんなことをしようとする神経がわからない。
    「……とっとと終わらせて、家に帰りたいよ、ほんと」
     淡々と呟いて屋敷の玄関に向かうのだった。
     
    ●屋敷内部へ……
     それぞれの状態を確認してから、流希が殺気を放って一般人を遠ざける。
    「それじゃあ、行くよ」
     さっさと終わらせようと、香が一気に扉を開く。そして漂ってきた匂いに眉を寄せた。
    「狂気の沙汰、とはまさにこの様な事を指すのでしょうか……?」
     充満する血の香りに流希がどこか間延びした口調で囁いた。武器を手にしている時とは違う雰囲気が漂う。
     屋敷の中はしーんと静まり返り、灼滅者たちの歩く微かな音だけが響いている。
    「こっちだね」
     右奥に進むドアを九朗がそっと押すと、さらに血の匂いが強くなった。視界の先には、微かに開かれた大きな扉が見える。
     無言で視線を交わした灼滅者たちが頷き合う。
    「クリスマス前に見つかって良かった、ってことか……」
     中に置いてある大きな盃と人の姿を確認した優志が飛び出した。突然の乱入者に驚きの声が漏れるのと同時に、炎を纏った蹴りが炸裂する。
     さらに考える時間を与えないように、流希が強烈な回し蹴りで薙ぎ払った。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     戸惑う声があがる中、静かに告げた紅緋が狙いをつける。光が強まれば闇も深くなる。
     陰から陽に転じるこの境目の時期こそが、魔がもっとも活気づく時だと紅緋は感じる。そういえばクリスマス爆破男なんてものもいた。
     けれど一陽来復……これからは光が日に日に強くなる期間に入る。
    「悪魔の下僕には、明日の朝を迎えさせません」
     さあ、状況を始めましょうと一気に漆黒の弾丸を放った。後ろにいる敵が貫かれるのと同時に、治胡が激しくギターをかき鳴らす。
     突然襲ってきた音波に、前にいた敵が苦しそうに声を絞り出した。
    「一体、何ですか!?」
     声を張り上げた女を見据えながら、九朗が自らの背中を切り裂いて炎の翼を出現させる。部屋中を覆い尽くす勢いで、翼が広がっていく。
    「悪趣味な儀式はそこまでだ」
     そして自分たちが終わらせるというように、仲間に破魔の力を与えた。
    「で、その血を捧げる相手は一体誰なのか、教えてもらえるかな?」
     九朗の問いかけに、ぎりっという歯軋りが聞こえた。
    「お前たちのような者に教える義理はないわ!」
     醜く歪んでいるであろう表情は、フードに覆われて見えない。そんな様子に、ジリアスが視線を室内に走らせた。
     むせ返るような血の匂いは、大きな盃から漂っている。こんなものを満たしたところで、悪魔が幸せにしてくれるのだろうかと思ってしまう。
     どうせなら足りない血を自分たちで補ってみれいのではないか。それで悪魔が出てくるのなら、ジリアスとしても話が早くて助かるというものだ。
     片腕を異形巨大化させて、絨毯が敷かれた床を蹴る。見方によっては、目の前にいる人たちは悪魔の被害者なのかもしれない。
     けれど同情したとしても、ジリアスに容赦するつもりはない。悪魔を倒すために戦っているのだ。
     ジリアスの一撃に吹き飛ばされた体が床を転がる。
    「見張りは何をしているの!?」
    「見張りはもう居ない」
     忌々しそうに舌打ちした女に天嶺が答える。
    「次はあなた達の番だ」
     残念ではあるが、今回は倒すしか道はない。何か困惑したように口にする女の隣にいた敵を、天嶺が異形巨大化させた片腕で殴り飛ばすのだった。

    ●転がる盃
     陰湿な室内に、香の神秘的な歌声が響き渡る。衝撃を受けながらも、その歌声に黒いフードから覗く口元がうっとりと笑みを浮かべた。
    「後戻りはできないモン達ばかりか……」
     常軌を逸した様子に治胡が微かに眉を寄せた。いつであろうと、人を殺すという感触に慣れることはない。
     だからこそ、狂信者のように意味不明なことばかりを言ってくれるのなら、その方がやりやすいと感じる。ふとした瞬間に人らしいところを見せられると、鈍ってしまいそうになるから……。
     両手に集中させていたオーラを一気に放つ。治胡から放たれたオーラは、鈍ることなく真っ直ぐに敵を貫いた。
     悲鳴をあげた瞬間に、音もなく黒いフード付きマントが床に落ちる。中に収まっていたはずの人の姿は消えていた。
    「許しません!」
     たくさんの人の血を捧げてきたというのに、自らの仲間が消されるのは我慢できないらしい。ふわりと白いマントの裾が揺らめいたと思った瞬間に、女が流希に迫っていた。
     ジグザグに変形された刃が、流希の血を吸うように斬り裂いていく。
    「任せてよ」
     悪魔から力を授かった存在に仲間は傷つけさせないと、香が瞬時に傷を癒す。女が動いたことで、反撃に動き出した後ろの黒いフードが動いた。
     回復する香を狙って、強烈な威力を秘めた矢が向かっていく。避けられないことを悟った香が身を守るように身構える。
     しかし衝撃は訪れなかった。香の視界に赤い炎が揺れる。
    「大丈夫か?」
     鋭い眼光に、通った左目の傷……代わりに矢を受け止めた治胡の問いに香が頷いた。その間に回復してもらった流希が飛び出していた。
     突然死角から現れた流希に息を飲んだ時には、体を斬り裂く。衝撃に揺らいだ体が倒れ込むと派手な音が響き渡った。
    「何てことを!」
     女の悲鳴と一緒に、血の匂いが一気に漂う。そして転がった盃から血だまりが広がっていく。
    「手前らが、ここで行った儀式に何の意味がある!」
     これだけの血を溜めるために、いったいどれだけの無意味な命を散らしたのか……。
    「お前たちにはわからないでしょう!」
     金切り声をあげる女に見向きもせずに、ジリアスが渦巻く風の刃を放つ。盃と一緒に転がった体を、刃は容赦なく切り裂いていく。
     中身をなくした黒いフード付きマントがまたひとつ、音もなく床に落ちた。その様子に、敵がシールド広げて守りを固めようとする。
    「大人しく倒されとけよ……胸糞悪い」
     呟きながら、優志が漆黒の弾丸を放った。貫かれ傷ついた体に、仲間が癒しの力を込めた矢を放っている。
     これ以上は回復させないと言うように、天嶺が雷で後ろにいる敵を撃った。
    「まずは片羽を落としましょう」
     合わせて動いていた紅緋が両手に集中させていたオーラを一気に放つ。赤い軌跡を描いたオーラは敵を撃ち貫いた。
     二人で全く同じ動きをしていた片方の黒いフード付きマントがゆっくりと床に落ちた。
    「大人しくしていてもらえるかな?」
     女の隣にいる敵を、九朗が伸ばしたウロボロスブレイドでとらえた。巻き付きながら、斬り裂かれていく体が逃れようと暴れるのだった。

    ●赤く染まって……
    「ちゃっちゃと倒されてもらいたいのよね」
     露骨に不機嫌な様子を見せた香が、仲間の傷を癒しながら女を睨んだ。すでに自分以外は灼滅者によって倒されている。
     けれど女には諦めようとする様子はない。何としても灼滅者たちを片付けて、血を集め直さなければと瞳がぎらついている。
    「その言葉、返すわよ!」
     冷たく鋭利な女の声と同じように、冷たい死の魔法が後ろにいる灼滅者たちを襲う。衝撃に息を飲んだ仲間の声を聞きながら、紅緋が口を開いた。
    「自分が特別だとでも思っていましたか?」
     渦巻く風を出現させながら、紅緋が問いかけた。
    「選ばれた人間だとでも?」
     紅緋の言葉が重ねられていくごとに、風が刃の形へと姿を変えていく。そして紅緋が緩く笑みを浮かべた。
    「残念」
     呟くのと一緒に、紅緋が風の刃を放つ。
    「そうじゃないから、この程度にしかなれないんですよ」
     冷たい言葉と一緒に、容赦なく刃が女を切り裂いていく。
    「やめて、やめてちょうだい!」
     始めて女の瞳が揺らぐ。自らの死への予感がゆっくりと生まれていく。
    「お前は、それを聞き入れたのか?」
     許す気など全くない流希がサイキックソードで女を斬った。
    「君たちの主は誰?」
     雷で女を撃ちながら、ジリアスが問いかける。
    「素晴らしい方よ!」
     答えながらも、女の瞳はあちこちに彷徨う。
    「逃がす訳ないだろ?」
     終わりを告げるように、優志が剣を非物質化させて放つ。それに合わせて治胡が走り出す。
     優志の攻撃を避けようとした女に、両手にオーラを集中させた治胡が迫った。最後は拳を叩き込みたい。
     命一つ一つの重さ。繰り返していくうちに麻痺して忘れてしまわないように……。
     思い切り拳を叩き込んで、集中させていたオーラを放つ。
    「くっ……!」
     完全にバランスを崩した体に、さらなる衝撃が襲う。ふらついて立っているのがやっとな様子な女を、九朗が炎で追い詰めていく。
     その間に妖気をつららに変えた天嶺が女を見る。
    「こんなに成るまで見つけられなくて、すまない……」
     もしもっと早く見つけることができたなら……もしもを考えても、いまの現状が変わらないことはわかっている。けれど考えてしまう。
     もしももっと早くみつけられていたのなら……。そんな気持ちを振り払うように、天嶺が一気につららを放った。
     つららは真っ直ぐに女を貫き、その体を床に縫い止めるように突き刺さっていく。落ちた体の下敷きとなった白いマントがゆっくりと血を吸い赤く染まる。
     そしてそこには赤いマントだけが残されていた。
    「テメーらのことも全部抱えて進むと、決めている」
     染まったマントを見つめながら、治胡が囁いた。
    「悪魔に唆されたとはいえ、人としての一線を越えてしまった人達に、如何なる祝福も与えられる事はないでしょう……」
     間延びした丁寧な口調に戻った流希がゆるりと首を振る。けれど願わくば、今この時だけは、何人も静かに眠って欲しい。
    「お疲れさん……撤収するか」
     天嶺の肩をそっと叩いた優志が、扉に向かって歩き出す。赤に染められた床を見て、天嶺はそっと瞳を閉じた。
     これから訪れるクリスマス……来年も再来年も、その先も……。
    「こんなクリスマスじゃなく……、楽しいクリスマスにしたいな……」

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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