奈良県のある廃ビルの屋上で。
誰もいないその場所に、一陣の風が吹いた。
次の瞬間。誰もいなかったはずのコンクリートの上に、女がいた。
「うふっ! うふふふっ! うふふふふふっ!」
女は上半身こそ人間だが、しかし、下半身は巨大な蛇の尾。紫の鱗に覆われた尾が女の笑声に合わせうねる。
女は左手で己の髪を撫でた。縦ロールが施された金髪。頭から生えた猫の耳がひくり、と動く。
「強く賢く美しくぅ、高貴で優雅で偉大なるわたくしぃアイム、参上ですわぁ」
女――ソロモンの悪魔、アイムの紫の瞳が怪しく輝く。
アイムは右腕を振る。その手には鞭が握られていた。鞭は空気を斬り裂き音を立てた。
「うふっ、うふふふふっ、うふふふふふふふふふふ………!」
女、ソロモンの悪魔アイムの笑い声は、ビルの屋上でしばらくやむことはなかった。
学園の教室で。姫子は灼滅者が入ってきたのに気付くと、ゆっくり口を開く。
「大変な予知が判明しました」
声は低い。
「強力なソロモンの悪魔達が、一斉に封印から解放され、出現しようとしているようです。
第2次新宿防衛戦で灼滅した、ソロモンの悪魔・ブエルを、裏で操り、情報を集めさせていたのも、彼らだったようです。
彼らはこれまでブエルが集めた情報を元にして、大攻勢をかけてこようとしている模様。
彼らは総勢18体。それぞれ最低でも、ソロモンの悪魔・ブエルと同等の力を持っています。
その戦力は、現在活動が確認されているどのダークネス組織よりも、強大である可能性すらあるのです。
が、彼らにも付け込む隙はあります。
彼らは、封印から脱出して出現した直後は、能力が大きく制限され、配下を呼び出す事もできない状態になるようです。
更に、複数のソロモンの悪魔が同じ場所に出現すれば、他のダークネス組織に察知される危険があるため、ソロモンの悪魔は、一体づつ別の場所で出現しなければなりません。
つまり、出現した瞬間こそ灼滅する最大のチャンス。
勿論、自分の弱体化は、ソロモンの悪魔側も理解しています。だから自分達が出現する場所については、慎重に決定します。
なので、十分な戦力をその場所に送り込むことはできません。もし送り込めば、ソロモンの悪魔は出現場所をかえるでしょうから。
襲撃に加われる灼滅者は、1つの襲撃地点に8名まで」
姫子は灼滅者一人一人の顔を見つめた。
「ですから、ここにいる皆さんで、ソロモンの悪魔の一体・アイムの出現場所を襲撃し、アイムを灼滅してほしいのです」
アイムの出現場所はある廃ビルの屋上。ここを襲撃し、戦闘を仕掛けなければならない。
廃ビルの屋上には、問題なく入ることができる。
そこに出現するアイムは、蛇の下半身と人間の上半身をもつ存在。頭には猫耳。
性格は、高飛車で傲慢。己の力を誇り、他者を見下す。
戦闘では彼女は、魔法使いの三つの技を使う。また、次のような技も使う。
『這いつくばりなさい』等と言いながら、鞭で地面を打ち衝撃波を発生させる技。術式の練られたこの技は、遠距離の列の敵を足止めさせる力を持つ。
『わたくしに打たれるなんて、光栄でしょお?』等と言いながら、相手を鞭で打つする技。神秘的なこの技は、近接する相手に毒のような痛みを与える。
この鞭で打つ技が与えるダメージは、特に大きい。打たれれば一気に消耗してしまう。十分な警戒が必要だ。
また、体勢が崩れればシャウトに相当する高笑いをすることもある。
敵能力の説明を終え、姫子は静かに告げる。
「正直に言って……皆さんが勝てる可能性は、少ないです。能力を制限されてなお、彼らは強大なのですから」
そして、姫子はまっすぐに灼滅者の目を見つめる。
「が、ここで倒せたなら、そのメリットは大きいでしょう。18体のソロモンの悪魔のうち1体でも数を減らせるかどうかが、重要と言えるでしょう。
厳しい任務ですが……どうか全力を尽くしてください。よろしくお願いします」
頭を深々と下げ、姫子は灼滅者を見送る。
参加者 | |
---|---|
外法院・ウツロギ(百機夜行・d01207) |
泉・星流(箒好き魔法使い・d03734) |
アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) |
桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800) |
六条・深々見(螺旋意識・d21623) |
鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655) |
レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267) |
オルゴール・オペラ(魔女の群・d27053) |
●
灼滅者たちは、さびついた扉を開け、廃ビル屋上に足を踏み入れる。肌に冷たさを感じる。
屋上中央には女がいた。女の下半身は蛇、上半身は人の女。ソロモンの大悪魔の一柱、アイム。
アイムは灼滅者の方を向き、微笑む。
「あらぁ、人間風情がわたくしに何の御用?」
アイムの目からは殺気。
アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)は殺気にたじろがず、スカートの両端を持ち上げ一礼。
「はじめまして……私も令嬢の端くれとして、素敵なご令嬢でいらっしゃるアイムさんから、お作法の『お手本』を、賜りたく存じます……よろしくお願いいたします……」
アリスの言葉に、アイムは目を細めた。
「ふふっ、ふふふっ、お手本? 苦痛と絶望ならぁ教え……」
ぷっ。外法院・ウツロギ(百機夜行・d01207)は相手のセリフの最中に吹きだす。アイムの髪を指し、
「頭にでっかいロールパンつけてオッシャレー!」
縦ロールのアイムは笑み続けたまま、紫の目を妖しく輝かす。
「面白い方ぁ。凍死しては如何ぁ?」
途端、周囲の空気が冷える。灼滅者前衛に強烈な冷気。
ウツロギも冷気を浴び、顔を青ざめさせる。が、倒れない。腕を前に出す。赤いシールドを展開。己を治癒し守りを固める。
レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)も傷を受けていた。レオンは振り返り、アリスを見た。
アリスは頷く。【もの言う花たち】の弓の弦を絞る。癒しの矢を打ち出す。アリスの矢はレオンへと飛び、暖かな魔力を彼の体へ流し込む。彼の痛みを消し去る。
レオンはアリスに片手をあげ礼をすると、屋上を駆けた。アイムの側面に移動。
「最初から、全力を叩きこみますかっと!」
銀朱の薄刃を伸ばし、アイムの脇腹を刺した。血が流れた。
レオンの初撃に勇気づけられてか、灼滅者らは己らを強化し、攻撃を仕掛ける。少しの時間が経過。
「……」
鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)は目立たぬよう、無言でアイムを見ていた。仲間に視線を移す。己のデモノイド寄生体をゆっくりと動かす。
音々は力を籠め桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)へ矢を放つ。
矢を受けた夕月は、体に音々の力が入ってくるのを感じた。
夕月は霊犬ティンとアイコンタクトをとる。ティンは六文銭を射撃。
ティンが牽制してくれている隙に、夕月はアイムの懐に飛び込む。夕月はせせら笑う。
「さっきの攻撃で、自分たちが怯むと思いましたか? 自分に言わせれば『なんだ、あの程度』ですよー?」
剣の柄を両手で握り、クルセイドスラッシュ。アイムの肩を裂く。
斬られたにもかかわらず、アイムはくすっと笑い声をこぼす。そのアイムへ、泉・星流(箒好き魔法使い・d03734)がクロスグレイブの先端を向けた。
「僕は……先ほどの攻撃、流石ソロモンの大悪魔と感じた……醜くも美しい大悪魔……どこまでやれるかわからないけど……全力で抗わせてもらうよ!」
星流は光の砲弾を発射。アイムの腹の下の尾に叩きつける。
アイムはそれでもなお上機嫌で、
「生意気な方と恐れを知る方。どちらをも呑みこむのが私の偉大さ。さあ、ひざまづきなさい!」
アイムは鞭で床を強打した。衝撃波が発生し、二人を狙う。だが、二人とアイムの間に、六条・深々見(螺旋意識・d21623)とウイングキャットのきゅーちーが割り込んだ。
衝撃波の威力はすさまじく、仲間を庇って衝撃波の一部を受けた深々見たちは、吹き飛ばされ、床に落下。
オルゴール・オペラ(魔女の群・d27053)は仰向けになった深々見へ駆け寄る。弱い口調で、
「今、わたくしが治療するわ。少しだけ待って」
オルゴールは鮮やかな赤色の布を、深々見の肌に巻き治療。
深々見は腹筋の力を使い立ち上がる。
「い、いたかったよっ……こ、こんな攻撃、何回も受けたら……」
深々見は口では弱音を吐く。けれど青の瞳には確かな意志の光があった。
深々見は腕を振る。手にはベルト。ベルトは槍のように変化し、アイムの体を刺した。
アイムは確かに手傷を負いながら、「ふふっ、ふふふっ」楽しげに声をこぼす。
●
傷を負いはしたが、アイムの動きは軽やか。蛇の尾や上半身をくねらせ灼滅者の攻撃の幾つかを避ける。
「さあ、私に与えられる苦痛、光栄に思いなさいなぁ!」
アイムの腕が目視できぬほどの速さで閃く。握られた鞭が動き――鼓膜を破りそうな轟音。ウツロギが鞭に打たれた。
ウツロギは額に大粒の汗を浮かべながら、けれど鼻を鳴らす。
「ふっ、この程度の鞭さばきなら、SMの女王様の方がましだね」
哄笑し、シャウト。
「まあ、強がるのかしらぁ? なら、いつまで強がれるか、試させてくださいなぁ!」
アイムはさらに灼滅者の攻撃をよけ、一分後には再びウツロギを狙い鞭を操った。
深々見は走る。走る勢いをのせ、
「させないっ!」
縛霊手でアイムを殴打。さらに、ウツロギを狙った鞭を己の体で受ける。
鞭の痛みに両膝を突く深々見。
アリスは、弓を強く握る。目を閉じ集中。目を開き、癒しの矢を放つ。深々見の体勢を立て直させる。
ディフェンダーのウツロギ・深々見、メディックのアリスが前線を支える、その後方で、星流と夕月は赤と黒の瞳で互いを見合う。
星流は息を吐く。腕に力込める。握ったベルトを一瞬にして伸長させた。その先端でアイムの肩を抉る。
アイムは「こんなもの」といいながら、手を傷口に、ベルトを引く抜く。
その引き抜くのにかかる一瞬を、夕月は見逃さない。夕月はレイザースラストを放つ。ベルトを抜いた手を、突く!
アイムは笑ったまま。けれど、瞳に怒りを宿す。
次の一分後には、アイムは魔法の矢を飛ばしてきた。その矢を、ティンが身を挺して庇う。
夕月は傷ついたティンに自己回復を命じつつ、アイムを小ばかにするように肩をすくめる。
アイムは唇の端を引くつかせつつ、再び鞭を構えた。
互いに傷つけ傷つけられる展開が続く。
そんな中、レオンの攻撃は幾度か避けられていた。逆にレオンが攻撃を受け、手足から血を流している。
音々はそんなレオンを見、寄生体に弓を包ませた。オルゴールも懸命に弓を弾き絞る。
二人はほぼ同時に矢を放った。どちらも、エネルギーを込めた癒しの矢。
「ふたりともありがとさん。んじゃ、いこうか」
力を受け取ったレオンは目や耳の感覚が研ぎ澄まされるのを感じていた。レオンはIron-Bloodを構え、踏み込んだ。
「ふふっ、そんなの避けて……え?」
余裕の顔をしていたアイムの目が丸くなる。
音々やオルゴールが強化したレオンの目には、アイムの動きの先読みが可能。レオンの一撃は狙いたがわずアイムの右肩を穿つ!
アイムの顔から笑みが消えた。額に汗の粒。
●
さらに時間が経過して――。
オルゴールは状況を確認する。
灼滅者の多くが有効な防具を身につけたうえで、ディフェンダーが防御し、スナイパーが体力を削る。一方で、自分や仲間を積極的に強化していく戦術。
それが有効に作用し、脱落者を出すことなく、逆にアイムに手傷を負わせていた。
「なら、今は攻める時よね」
戦闘前や序盤と違い、強さを感じさせる、オルゴールの声。
オルゴールは槍の穂先をアイムに向けた。巨大な氷柱が出現。オルゴールは氷柱を操り、アイムへ叩きつける!
オルゴールの攻撃に、ウツロギ、深々見が呼応。
仲間を庇い続けた二人の体には、回復も施されているが、癒え切らない傷が残っている。
それでも、ウツロギは動きを止めず、腕を振る。紅のシールドで額を殴る。
「あれ? 避けれないの? 自称偉大な悪魔なのに?」
嘲笑するウツロギの前でアイムの上体が傾いた。
深々見の口元が一瞬だけ吊り上がる。
「(怖がったふりをしてきたけど、勝負所だね。きゅーちー、行って)」
深々見は声に出さず、きゅーちーを見る。きゅーちーはアイムに跳びかかった。
深々見自身も前進。アイムの髪を掴んだ。顔を相手の猫耳に寄せ、叫ぶ。ディーヴァズメロディ!
ウツロギの打撃とアイムの声に、アイムは顔を歪めた。怒っているからか、痛みを感じているからか。
「よ、よくもぉ」
アイムは床を鞭でたたく。床に亀裂が入り、衝撃波が発生。ウツロギは吹き飛ばされ、フェンスに叩きつけられ、動かなくなる。
アイムはさらに一分後、深々見の頭を鞭で殴りつけてくる。脳を揺さぶられ、深々見は意識を失った。
アイムはあざけるような笑みを取り戻す。
「うふ、やはり勝つのは美しきもの。つまりわたくしこそが勝者なのですわぁ、うふふふっ」
が――星流の赤の瞳には、絶望はない。ウツロギと深々見がアイムに十分な深手を負わしたのを分かっているからか。
「一発必中!! 一撃必殺っ!!!!」
星流は声を張り上げる。黙示録砲で、ウツロギが殴ったのと同じ場所を撃つ! 星流の砲弾がアイムをぐらつかせる。
倒れたものを安全な場所に移動させつつ、粘り強く戦い続ける灼滅者たち。
が、ディフェンダー二人が倒れたことで、灼滅者の消耗はより激しくなっていく。前衛中衛後衛、皆傷だらけだ。
レオンと夕月は、しかし、下がらない。
「オレたちはいかなる逆境にも屈さない。全力を尽くす、最後までな」
「そうですね……それに、アイムさんは今後仲良くできそうにないですし、全力で退場してもらいましょう」
レオンは鞭を振り上げるアイムの左胸に、渾身の突きを見舞う。
夕月は相手の背後をとる。巨大化させた拳で、後頭部を力の限り殴りつけた。
「ぎゃあああああっ」
アイムは悲鳴をあげた。
悲鳴をあげつつアイムは鞭を振る。レオンは脳天を激しく打たれ、その場に崩れ落ちた。
「このこのこのっ」
アイムはダブルの動きでさらに動く。振り返り、魔法の矢を放つ。夕月は矢をまともに受けてしまう。夕月もまた、意識を失った。
けれど、アイムは勝ち誇らない。倒れた夕月、レオン、ウツロギ、深々見の与えたダメージが、そして立っている者たちがつけた傷が――彼女から余裕を奪っている。
「こ、こんなのぉ、わ、わたくしがここまで追いつめられるなんて、夢、マボロシ、まやかしぃ、許しませんわぁ」
喚き、さらに、鞭を持ち上げるアイム。
が、アリスの動きの方が早かった。
【もの言う花たち】の弓より放たれた矢が彗星のように飛ぶ。腕を振り上げていたアイムの頭を、矢が貫いた。
うつ伏せに倒れるアイム。が、まだ生きている。尾がぴくぴくと震えた。アイムは床に手を突き、上半身を起こそうとしている。
「鳳翔さん、お願いします……」
「わかりましたっ。ここで終わらせますよっ」
音々はアリスに応えると同時に跳んだ。まだ起き上がれないでいるアイムめがけ足を突き出す。
はたして、音々のスターゲイザーはアイムの背を直撃。
「わ、わたくしが、そんな…………」
着地し、敵を見る音々の前で、アイムの動きが完全に停止。そしてアイムの体は、消えた。
しばらくして、灼滅者らは廃ビルの下にいた。
音々は屋上を見る。
「終わりました、ね」
と皆の方を振り返る。
アリスは戦闘不能になった者たちを見ていた。重傷者はいないようだ。
「皆さん……大きな怪我がなくて、よかったです……それにしても、アイムさん、本当に……強大な、相手でした……」
星流が頷き、屋上に目をやる。
「確かに強い相手だった。しかし、貴重な体験ができたね……」
オルゴールはふうと息を吐いた。攻撃時の荒さはその顔にはない。
「その経験を、報告しにいかないと……学園の皆に」
オルゴールの言葉に他の者たちが同意する。
灼滅者たちは、戦闘不能になった仲間を抱えるなどし冬の街を歩いていく。
彼らの上で、冬の空は透き通る程に青く、太陽は優しく照っていたのだった。
作者:雪神あゆた |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月15日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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