ソロモンの大悪魔達~音色は囁く

    作者:鏑木凛

     軋む靴音も、反響する笑い声も、ここでは疾うに失われていた。
     抜け落ちた床、黒く変色した壁や天井。場所によっては、学校であった面影を殆ど喪失していた。『2年2組」という札が下がった教室も同じだ。点在する机や椅子だったものは、元の形からほど遠い。
     不意に、その景色の中で声が零れた。
    「ソう。吾輩を奮わせる程の音を」
     呟きを掬う存在はいない。ただひとつ、放った本人を除いて。
     闇の中から生じ、静かに過ごす姿は――3m近い、巨大なト音記号。
     音符を模った身を揺らせば、頭に乗った王冠が耳障りな金属音を鏤めた。まばたきも許されない目玉が、優雅に振るう指揮棒とは異なる滾りを秘めて、辺りを見回す。
    「ソのときを、吾輩は待つ」
     望みのものを逃さないかのように、赤々と目を血走らせて。

    「明けましておめでとう。今年もどうぞよろしく。……さて、本題だけど」
     新年の挨拶もそこそこに、狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)が集まった灼滅者たちへ、判明した予知について話し始めた。
    「強いソロモンの悪魔たちが出現するという、由々しき事態が起ころうとしていてね」
     封印から解き放たれるのは、第2次新宿防衛戦で灼滅したブエルを裏で操り、情報を収集させていた張本人らしい。ブエルが集めた情報をもとに、大攻勢をかけるつもりのようだ。
     強いと始めに睦が告げた通り、最低でもブエルと同等の力を持つソロモンの悪魔たち――蘇るのは総勢18体と、決して見過ごすことのできない数となる。
    「……見過ごせないのは、数だけじゃないんだよ」
     睦によると、現在活動が確認できているどのダークネス組織よりも、強力である可能性が高いという。
     強大な敵ではあるが、つけこむ隙はあった。
     彼らは解放されて間もない。出現直後は、本来の能力も大きく制限され、配下を呼びだすこともできない状態になるようだ。
     また、複数のソロモンの悪魔が同じ場所に現れると、他のダークネス組織に察知される恐れが出てくるため、彼らは1体ずつ別の場所に出現する。
    「だから、出現直後が灼滅する機会としては最適なんだ」
     当然、弱体化に関して彼ら自身も充分に理解していて、出現場所も慎重に見定めて決めているようだ。そのため、充分な戦力を送り込むことが不可能となる。
     ひとつの襲撃地点に、灼滅者8名まで。
     限られた人数で強力なソロモンの悪魔を灼滅する。それが今回の目的となる。これより多い数の灼滅者を派遣すると、ソロモンの悪魔が別の場所に出現してしまうのだと、睦は説明を付け加えた。
    「キミたちにお願いする場所は、随分前に閉校になった山中の中学校でね」
     手入れもされていなかったようで、校舎はもちろん、少し小さな校庭や外周も、草木に覆われていて地元の人間ですら近寄らない。
     廃校と化す前に、校舎の半分以上が焼ける火事もあったらしく、木造2階建ての中学校は黒ずんでいて、雰囲気も重々しく見えるだろう。
     ソロモンの悪魔は、その校舎の2階――2年2組の札が下げられた教室に出現する。
    「出てくるのは、随分と不気味な姿のソロモンの悪魔だね」
     トランペットの勇壮な音色は、距離など無関係に届き、一列に属する者へ、痛みを与えると同時に痺れを施してくる。麻痺により、行動が失敗する可能性も出てくるだろう。
     もうひとつ。握る指揮棒は常に一定のリズムで揺れている。だがその指揮棒が遠近問わず示されると、指されたひとりを傷つけ、催眠を仕掛けて翻弄してくる。
     また、近くにいるひとりにだけ聞こえる、囁きとも唸り声とも捉えられる奇妙な音声を届けることも出来る。それを聞いてしまうと内側から激痛に襲われ、強化していた能力も破壊されてしまう。
    「使ってくるサイキックも限られているのが、救い……なのかな」
     能力を大幅に制限された状態とはいえ、強敵に変わりない。油断は禁物だ。
    「正直、灼滅できる見込みは少ないよ。だからこそ成功は大きなメリットになる」
     総勢18体いるうち、この時点で1体でも数を減らすことが重要だ。
    「いってらっしゃい。武運を祈ってるよ」
     睦は最後にそう微笑んで、灼滅者たちへ一礼した。


    参加者
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    雨積・舞依(こつぶっこ・d06186)
    亜麻宮・花火(パンドラボックス・d12462)
    柴・観月(あまほしの歌・d12748)
    幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)
    カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)
    氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)
    夏村・守(逆さま厳禁・d28075)

    ■リプレイ


     校舎は、闇に呑まれてしまうほどに黒が染みていた。
     駆け回る足音や笑い声は、遠い過去へと置き去りにされ、賑やかさを失った輪郭だけが、そこが学校であることを物語っている。
     2年2組の札が下がる教室も、校舎の装いに違わず変色していた。焼失により変化した教室では、ところどころ床も抜け落ちていて、隙間風が止まない。わざわざ留まろうとする者はいないだろう。
     空気を震わせた存在を除いて。
     闇の中から生じた巨大なト音記号が佇む。ひっそりとした教室で、ただひとり。
     ひとりだったのだ――その瞬間までは。
     木の床の軋みさえも覚らせぬうちに、人影が次々と飛び込んできた。静寂が支配していた2年2組の教室で、一瞬にして四方八方へ様々な音が転がる。
     原形を留めない机や椅子も構わずに、柴・観月(あまほしの歌・d12748)が両手に集わせた気の力を、先客へ放出する。放たれた気は、ト音記号の悪魔のすぐ脇を掠った。身を揺らしながら避けた異形の悪魔めがけて、幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)が、チェーンソー剣の刃で抉る。しかしト音記号を模した異形は、唸る駆動の刃を物ともせず佇む。
     矢継ぎ早、ビハインドの仮面の一撃が放たれる傍で、神秘的な歌声を披露した刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)にも揺るがない。
    「倒される貴方の名前、教えてくれる?」
     知らずにいるのは失礼だと告げた晶へ、異形の悪魔は応じない。ただ血走った目玉だけが、声の主を見つめるばかりだ。奇妙な眼差しに、晶は思わず目を細めた。
    「音楽の魔神ムルムルさんですね!」
     勢いの波を絶やしてはならないと、カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)が、輝くような笑顔を向けた。
    「ソう。さあ、吾輩を奮わせる程の音を」
     名を呼ばれたためか、異形の悪魔――ムルムルは肯定を言葉で示す。そんな悪魔を前に、カリルはギターを激しく掻き鳴らす。
    「僕達の旋律、披露させて頂きます!」
     激情に駆られた音波が、悪魔へ容赦無く叩きつけられる。一鳴きした霊犬のヴァレンも、六文銭の射撃を連ねた。身軽そうに見えて重いのだろうか、ムルムルの巨体は度重なる攻撃を受けてもびくともしない。
     崩れそうな床を灼滅者たちが蹴る中、亜麻宮・花火(パンドラボックス・d12462)が帯でムルムルを射貫く。
     人造灼滅者である夏村・守(逆さま厳禁・d28075)は、闇に溶けるような大百足の姿で、仲間の様子を窺った。叩き潰すための格闘術を避けられても、間合いを詰めることを守は忘れない。
     雨積・舞依(こつぶっこ・d06186)もまた彼と同じく、打撃や突きを中心とした技で挑む。目玉を打つと、硬くも妙に滑らかな感触がして、舞依は僅かに眉根を寄せた。
     真紅が走る。蹴りを入れた後の余韻を赤く引いたのは、氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)だ。着地点の床を踏んで確かめ、この辺りは腐食していないと自らの身で示す。
     ――足だけやのうて、気ぃ取られたらあかんし。
     灼滅者たちは優先するもの、講じた策、必要と判断したものを共有し、戦地へ赴いていた。だから彼らは、戦闘が始まって間もないというのに、状況をきちんと認識できている。
     猛攻が区切られた瞬間、ムルムルはトランペットを掲げた。教室内に鳴り響くのは、勇壮な音色。音だけであれば全員が耳にしているというのに、苦痛を覚えたのは後衛だった。
     ゆっくり観察している暇はないと、後衛陣は肌の上を走る緊張感で知る。受ける痛みが重かった。それでも。
    「近い部位を警戒!」
     後衛の動きを見た守が、端的に叫ぶ。
     右手、左手、そしてムルムル本体。歪ながらも半円状に布陣した灼滅者たちは、視界に近い部位が各々異なる。穴が空くほど見て、知ることが必要だと考えて。
     ムルムルが零すメロディに集中していた観月は、そこで瞼を静かに押し上げ、旋律で癒しを招く。
     不意に新から伸びる影。覗いてはならない巨大な一つ目の鬼が、悪魔に絡みつく。
     苦く噛み締めた新が、敵をきっと睨み付けた。ムルムルを成している音符。さらに攻撃手段は音楽。
     ――気に入らないね。
     静かに歩みを寄せる彼の近くで、帯で舞依を覆い護りを固めていたカリルが、片手でギターを弾く。戦場に流したのは、ソの音程を含んだ旋律。主の音楽を称賛するかのようにヴァレンが鳴き、浄霊眼で観月を癒す。
     積み重ねた奇襲攻撃にも、然して動揺を見せない悪魔を視界に写したまま、花火はぐっと裾を握る。
     ――今までにわたしが戦ったどの敵よりも、今回の相手は強い。
     話に聞いたときと、実際目の当たりにしたときとでは空気が違う。花火は槍を構え、自らを奮い立たせた。
    「気合い入れていくよ!」
     螺旋の如き捻りが槍に乗り、敵を叩く。
     すぐさま守が放ったのは帯。帯が手元へ戻るまでの間にも、灼滅者たちはじりじりと立ち位置を変えた。
     トランペットを凝視していた燎は、眠っていた超感覚を呼び起こすべく、癒しの矢を舞依へと撃ち出す。ダークネスへの好意も嫌悪も無い。ただ、知りたかった。過去や思想、目的を。彼の胸中をざわつかせる好奇心は、観察眼としてダークネスへと集中している。
     護りをも斬り破る斬撃を与えた晶に、仮面の霊障波が続く。
     直後、舞依が構えた十字架の銃口から、光の砲弾が射出した。
     ――新年そうそう面倒なことね。
     当然ながら照明も無く、陰りが忍び寄る教室だ。眩い光はちかちかと瞬き、悪魔の眼球を冷たく晦ませる。
    「悪い夢として、早く終わらせるわ」
     いっそ悪夢であれば、こんなにも解りやすいものは無いだろう。
     舞依は夜のように深い髪を揺らし、睫毛を伏せた。


     奏者か、指揮者か。
     問い掛けたくなる物を両手に持つムルムルが、今度はトランペットではなく指揮棒を振りかざした。指した守を痛めつけるだけでなく、催眠で翻弄する脅威の技だ。
     だがすぐに癒しの矢を撃った観月が守を支え、立ち上がる力をもたらすカリルのメロディが、守を催眠から遠ざけた。催眠の解除を優先するため行動を練っていたからこそ、手際よく動けた。
     己の指揮に応える命が無いことに、悪魔はどう感じているのか。表情さえ窺えない風貌の敵から視線を逸らさず、カリルの指はギターに沿って踊る。
     ――必ず、倒します!
     常であれば青空を映すカリルの瞳が、しかと捉えた標的。ヴァレンは浄霊眼を仲間へ向け、着実に傷を癒していく。
     突然、大きな眼球に突き立てられた鬼ノ爪。新のものだ。生命力を奪いゆく新を、悪魔が緋色の眼差しを移す。けれど言葉はない。
     密閉された空間など遥か昔に喪失した教室を、風が吹き抜ける。花火の青いマフラーをはためかせた。カタカタと悲鳴を挙げる窓の残骸の中、悪魔を射抜いたのは、青ではなく白い帯。花火が舞う白を手繰り寄せるのとほぼ同時、守は敵の『業』を凍結する。
     息を吐けば、視界が白く曇る。吐き切った白が宙に消えるまでの僅かな時間、舞依は乱暴な格闘術でムルムルを壁際ヘ押した。
     ――誰も死なせぬように挑みたい。
     灼滅を諦めない。容易く撤退はしない覚悟。戦いへの集中力。
     舞依に限らず、この場に立つ灼滅者たちはそれらを抱き、戦いに臨んでいる。
     一致した灼滅者たちの想いに、力が宿った。そんな予感を覚えつつ、晶はチェーンソー剣の駆動音と刃でト音記号に日々を入れ、咥内で呟く。仮面が霊撃で応戦する後ろ、燎は、守へ治癒の力が籠もる矢を放つ。
     流れるような戦いの時間で、トランペットのバルブの動きに着目していた燎。そしてトランペットの旋律に耳を傾けていた観月。
     灰色の瞳が。音を好く聴覚が。僅かな揺らぎも逃さなかった。
    「吹きよるで!」
    「後ろ、くるよ」
     燎と観月が同時に呼びかける。彼らの忠告が終わるか否かのタイミングで、口を持たぬ悪魔が吹いたトランペット。後衛に属する者へ、痛みのみならず痺れに侵された。けれど心なしか先程よりも軽い。
     今度は観月が倒れぬための力を旋律で呼ぶ。耳に障る音色だと眉根を寄せて。
     観月にとって、音楽の天使であり、悪魔でもあるひとりの顔を想起する。そしてこう思うのだ――お前の音じゃ、きっと何にも満ちない。
    「ソの音の、紛い物でよければあげるよ」
     発した言葉を聞いてか、ムルムルの目玉がぐるりと動いて観月を捉えた。
     沈黙を守るムルムルは、やがて目線だけで教室内を見回す。壁際まで追い込まれた悪魔の視界には、取り囲む灼滅者たちの姿が映る。ソロモンの悪魔たちが、人里離れた場所などに出現した目的は、ただひとつ。それを灼滅者も充分に理解していた。抜かりはない。
     移動する気配を醸し出した悪魔へ、真っ先に挑発を仕掛けたのは新だ。
    「よくもまあ……こんな荒くてヘッタクソな指揮と演奏で、偉そうに語れたもんだよね」
     嘲笑と共に刃で斬り裂き、ムルムルとの距離を次第に縮めていく。
    「音楽の魔神なのに、全っ然凄くないです!」
     移動を試みる悪魔へ、カリルもまた声を張った。
     リズムは平凡で音楽もいまいち。感想を付け加えたカリルの指先は、今もなお奏でる。ソの音が含んだ旋律を。
     ヴァレンも倣うように浄化の力を駆使し、芯の強い鳴き声で主人に呼応した。
     煽りに煽る仲間たちを横目に、花火が瞬時に槍を突き出した。矛先が指揮棒に絡めとられる間、彼女もまた唇を震わせて。
    「あなたを奮わせる音? あなたの悲鳴が一番身に染みると思うんだよ」
     焚きつける。刺激する。沈黙を守る悪魔へと。
     晶が無慈悲な斬撃で空を裂き、頑強そうなト音記号へヒビを入れた。霊障波を放つ仮面に続いて、舞依の手元がぼうと紅に揺らめく。蝋燭だ。炎の花が咲き誇り、黒ずんだ教室の床や壁を照らしつつ、悪魔を焦がす。
     その隙に、狙いを確実に定めるべく、燎は癒しの祈りが籠もった矢を花火へ撃った。
     しなやかに大百足が蠢いた。見目こそ百足だが、巡る熱情は確かな決意となって、ムルムルへと叩きつける。
     不意に、トランペットを持つ悪魔の指先が動いた。皆へ報せようと燎が口を開いた瞬間、トランペットの音が響く。後衛が、苦悶の色を貌に浮かべる。
     戦いは長引きつつあった。


     ここで逃すわけにはいかない。
     観月は痛みを堪え、再生をもたらす音色で教室を包み込む。続けて新から飛び立った一つ目の鬼影が、敵を絡めとって。
    「いい加減その『騒音』を止めろよ。……クソ音痴」
     吐き捨てるように新が嘲笑っても、ムルムルはだんまりだ。何事か思考を巡らせているのだろうか。真相は闇の中だが、灼滅者たちは悪魔の不審な動きを、『逃亡の手段を考えている』と受け取った。戦いが始まる前より懸念していたことだ。大した驚きにもならず、自分たちが妙に落ち着いている事実を、花火たちは察していた。
     小さく笑って、晶はからかうように声色を変える。
    「この先、どんな良い音を聞いても、本当に心の底から震える事が無くなるでしょう、ね」
     背を向けて去るのなら、尚更。
     一撃と共に晶が紡いだ調子に合わせて、畳みかけるようにカリルも跳ねる。
    「弱体化の上で、僕達を倒し切れず、剰え逃げようとするなんて……」
     悪魔を囲うような布陣を崩さないまま、カリルは声をこだまさせた。
    「期待外れなのですよ!」
     怒りでも単なる関心でも良い。逃亡を阻止できるのなら。秘める意地を知るヴァレンが、主人を嬉しそうに見上げた。回復のため駆けることは忘れずに。
     思いがけない一言は、不意だった。
    「ソれで吾輩を追い詰めたつもりか?」
     ムルムルの、酷く冷え切った声。
     凍える程の低音に打ち克つかのように、花火は氷柱で悪魔を貫く。透き通る氷が砕け散るのに代わり、ムルムルが囁きとも唸り声とも捉えられる奇妙な音声を、近くにいた花火へ届けようとした。
     咄嗟に構えた花火を、新が庇う。内から襲い来る激痛を噛み締め、新は自らの能力を高めていた存在を砕かれる。
     一度は片膝をついた新だが、軋む床に崩れることはなかった。凌駕した身が、彼に時間を与える。
     聖歌が、突如戦場を覆う。舞依の声に呼応し、十字架の先端が口を開く。
     ――傷つくのは嫌。自分でなく大切な人や、誰かの大切な人であっても同じ。
     移ろいを知らない顔つきのまま、舞依は光の砲弾を発射した。だが、光は音によって弾かれる。
     黒い大百足の守が、赤く染まった標識の力を借りて、敵を打つ。死なせたくないから、衒いも躊躇いも無く、真っ直ぐにぶつかっていく。決して、相手と自分の力量差を読み間違えずに。
     それは、燎も考えていたことだ。倒れそうになっても、両足でしっかり立つ力を。そんな仲間を支えるため、力を行使する。
     相手の力量を、自分と相手の力の差を――見誤らない。
     灼滅者たちが自らへ根付かせた想いは、口で言うのは簡単でも、伴う行動を採ることが非常に難しいものだった。
     しかし彼らは、言葉を形にした。
     逃亡を断つ。自らも容易くは退かず、灼滅するため死力を尽くす。それらの覚悟を持って組まれた作戦と個々の動きは、ムルムルの後退を許さなかった。
     何度目になるだろうか。観月が結いあげた音は、再び仲間たちの足に力を入れさせる。
     すると、悪魔の指揮棒が観月を示した。
     急な転調にも注意を払っていた観月は、一瞬ふらつき額を抑えたものの、すぐに、星を探すことのある瞳の奥に音を宿す。
    「聞き飽きたよ。その旋律」
     観月が囁くように告げた言葉を、真っ赤な目玉が掬うように覗きこむ。
     燎が目に見えない弦に番えた矢は、射抜いた観月の傷を癒す。その間、立ち上がる力をもたらす音色を響かせるカリルの傍から、ヴァレンも仲間を癒すべく奔走する。
    「ソれが、其方らの力か」
     前触れもなく零した悪魔の囁きが、耳朶に届く。けれど今更立ち止まるつもりもなく、守は握った十字架が罰する光弾で、ムルムルを打ちのめす。漸く巨体が揺らいだ。見逃さずに帯を解放した舞依が、武器が描いた軌跡を目で追う。
     ――わからないわね、きっと。あなたには。
     灼滅者たちが持つ、想いの力。彼らはそれを理解できないだろう。
     揺らした瞳を瞼で隠し、舞依は、灼滅者たちは、消えゆく悪魔を送り出した。

    「うっし、終わったーっ」
     守が、健康的な黒瞳と表情筋をめいっぱい使って笑う。元の軽快な悪戯っ子を絵に描いたような外見に戻ったのだ。
    「寒なってきたわー。風邪引く前に帰ろ」
     ぶるりと身を震わせて、静まり返った教室内を燎が見渡す。
     言われて寒さを思い出したかのように、観月は首を竦めて暖を取った。
     余韻に浸る時間でも、既に日常へ戻りつつある仲間たちを一瞥し、晶は薄く微笑んだ。
    「これでこの学校も、静かに眠れるはず」
     不穏な囁きも、悪魔の音色も。
     賑やかさを過去に置き、長い眠りに就いていた教室から、消え去ったのだから。
     灼滅者たちが奏でた想いによって。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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