屍王は影で囁く

    作者:邦見健吾

    「……」
     少女は、自分の生まれ育った村が嫌いだった。
     何もなくて、そのくせ皆しきたりがどうのと口うるさい。
     でもきっと、都会は違う。面倒な人付き合いはなくて、その代わり欲しい物は何でもある。
    「少しいいかい?」
    「……はい?」
     苛立たしげに唇を噛む少女の前に、優しく微笑みを浮かべた青年が現れた。青年の髪は長く、流れる鮮血のようで、周りには同じく血の色を含んだ水晶が浮かんでいる。その煌めきは禍々しく、けれど美しかった。
    「その願い、私が聞き届けてあげよう」
     青年が笑みを深め、そして真紅の瞳が冷たく光を放った。

    「六六六人衆との戦いで闇落ちし、行方不明となっていた布都・迦月(幽界の斬弦者・d07478)さんの消息が掴めました。速やかに救出するか、それが叶わない場合は灼滅をお願いします」
     教室に集まった灼滅者に対し、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が淡々と説明を始めた。
     ノーライフキングとなった迦月は、ある山村に現れ、都会に出たがってる10代の少女に声をかける。『村人を皆殺しにすれば、願いを叶えてあげる』と。
    「闇堕ち後の布都さんは、特に名前を名乗るつもりがないようなので、今回は単に『屍王』と呼称します」
     屍王は少女を言葉巧みに誘導し、村人を殺させる。さらに村に迷宮を作り、死んだ村人をアンデッド化して眷属にする腹積もりだ。自分で手を下そうとしないあたり、ある意味ノーライフキングらしいノーライフキングといえるかもしれない。
    「なお、少女の願いを叶えるつもりもありません。思い悩む者に希望を与え、裏切って希望を断ち切る。それが屍王の趣味のようです」
     屍王は少女には物腰柔らかに接しているが、その本性は尊大かつ高慢。やはり悪趣味と言うほかないだろう。その凶行を止めるなら今しかない。
     しかし屍王は村のどこかに身を隠しており、少女が村人を全滅させるか、少女が死亡するか、少女が屍王に従わなくなるか、いずれかの条件が満たされないと姿を現さない。
     ただし、村人や少女に死者が出た場合、迦月は灼滅者に戻ることを諦め、救出できなくなる。救出が不可能と判断した場合は、迷うことなく灼滅しなければならない。
    「少女は屍王を妄信していますが、強化一般人ではありません。説得して犯行を止めさせるのが最善でしょう」
     屍王はエクソシストのサイキックを使うほか、周囲に浮かぶ水晶で敵を貫く。また水晶でできた小さな竜型の眷属を1体連れており、眷属は屍王を守るように戦う。
    「布都さんの魂は屍王の中で戦っており、村人の犠牲を出さずに撃破すれば、直接説得しなくとも救出できるでしょう。その分、少女への接触は慎重にしてください」
     そして最後に、と蕗子がもう一言付け加える。
    「この機を逃せば、布都さんは完全に闇落ちし、おそらく救出できなくなると思います。……それでは、よろしくお願いします」
     蕗子はそれ以上何も言わず、静かに灼滅者達を見送った。


    参加者
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)
    園観・遥香(天響のラピスラズリ・d14061)
    秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)
    富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)
    十皇・天子(蒼天・d19797)

    ■リプレイ

    ●村の少女
     灼滅者は迦月を取り戻すべく屍王の潜む村に向かい、まずは手分けして屍王にそそのかされた少女を探す。迦月の所属するクラブ『無銘草子』のメンバーを始め、他にも『テーブルゲーム研究会』など、様々なところから多くの仲間が駆けつけて協力している。村民の犠牲を出さないよう避難を促している者もいた。
    「それにしても中君、ここは僕達の故郷を思い出すね」
     富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)が、スレイヤーカードの中にいるビハインドに呼びかけた。村には古い木造の家が多く、田畑や緑に囲まれ、友との記憶を思い起こす。
    「あのー」
    「!」
     太陽が傾き夕日が沈む頃、園観・遥香(天響のラピスラズリ・d14061)と行動をともにしていた秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)が不審な動きをしていた少女を見つけた。清美が声をかけると、少女はビクリと体を強張らせて手に持っていた物を背中に隠す。
    「私達は東京から人探しに来たのですが、ご存知ないですか? 髪の長い20歳くらいの男性なのですが」
    「い、いえ……」
    「見つけたら教えてくれませんか? 破滅願望のある方ですので」」
    「はあ……」
     少女は見たところ十代前半から半ば。清美が話している間に、遥香が携帯で仲間に連絡を取る。
    「初めまして、わたし十皇・天子だよ! 宜しくね! 貴女のお名前、教えてくれると嬉しいな!」
     近くにいた十皇・天子(蒼天・d19797)と良太も駆けつけ、天子がにこやかに笑って挨拶をした。
    「フ……フミカ」
    「此処に来るの初めてだから色々と教えてくれると嬉しいな~♪」
     戸惑いながら名乗る少女に、友達のように話しかける天子。いや、名前を知り合えばそれで友達なのかもしれない。
    「ごめんなさい、私は用事があるから……」
    「都会に出るのに殺人をする必要がありますか?」
    「!?」
     逃げるように立ち去ろうとするフミカを、清美の言葉が引き留めた。
    「都会に出ている人達は皆さんそのような事はしていませんよ。都会に行きたいなら、きちんとご両親と話し合った方が良いと思います。誰かを傷つける必要はありませんよ」
    「そんなの知らない! あの人はこうすれば良いって言ってたの!」
     図星を指され、動揺で声を荒げながら抗弁するフミカ。あの人とは屍王のことだろう、今のフミカは屍王のことを完全に信用しているようだ。
    「初めまして。私たちは東京から人を探しに来たのですけれど……それとは別に、少しお話させてくださいね?」
     フミカを警戒させないよう、微笑みを浮かべながら遥香が歩み寄る。
    「自分と他人との間に高い壁がある……そんな風に思う時、私は一度自分を見つめます。そうすると気付く事があるんです。この壁の一部は自分で立てたものなんじゃないかって。一人で全部を乗り越えるのが大変なら、私たちもお手伝いしたいんです。一緒に、考えましょう……一緒に、悩みましょう?」
    「……」
     フミカは唇を噛みながらも、一歩ずつ近づいてくる遥香を拒もうとしなかった。

    ●影より現る
     桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)や楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)達もフミカの元に到着し、説得を試みる。
    「確かに、生きにくいと感じる場所で無理して生きていく必要は無いと思う。けど、その為に誰かの命を奪うことだけはやっちゃいけない。いくら気に入らなくても、折り合いが悪くても、君にとって唯一の家族で故郷なんだ。都会に行きたいなら俺らが手伝うよ。親御さんを説得して、準備を整えて……誰も傷付けない方法で力になるからさ」
     南守も義親と不仲なので、フミカの気持ちは理解できるつもりだ。迦月だけでなくフミカも救えるよう、己に言い聞かせるかのように語りかけた。
    「例えば、一人でこっそり抜け出そうとはしなかったの? 誰にも迷惑をかけないように、ね。……そうしろと言っているわけじゃないけど、少なくとも、誰かを傷つけたり、困らせたりするのはよくないかな」
     梗花はフミカの様子に注意しながら、慎重に言葉を選んで話しかける。
    「でも、まだそうしたことをしてないってことは、君はきっと優しい人なんだ。良かった」
     フミカをじっと見つめて柔らかく微笑む。フミカは下を向いて俯き、その表情はよく分からなかった。
    「うーん……東京は人が多過ぎて結構疲れるよ。じいちゃん家に行くと、このまま暮らしたいなあと思う事も多いけどね」
    「こんなところに比べたらよっぽどいいわ!」
     竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)の言葉に、声を張り上げて反論するフミカ。
    「でもちょっと待って。人殺しをしたら警察に捕まって都会に出るどころじゃなくなるよ。人殺しは絶対に悪い事だよ。それは分かるよね?」
    「……!」
     けれど少しきつい口調でたしなめられて黙り込む。屍王の言葉を信じていても、まだ倫理は失われていないようだ。
    「自分もいいっすか? ……それじゃ」
     白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)が前に出て、フミカを刺激しないよう発言の許可を求める。返事がないのを了解と解釈し、言葉を続けた。
    「都会にはここに無い物が沢山あるっす。だけど汚れてしまった手で触ったら、どんな物も汚れて価値を失ってしまうっすよ? たとえ目の前にあっても手を伸ばせないのは、きっと今より辛いっすよ。変な方法や救いに縋っちゃダメっす」
     それぞれの事情で過去に人を殺めた者は武蔵坂では少なくない。その中で思い悩んでいる者もいるのだ。
    「わたしもね。似た環境に居たから何となく分かるよ」
     先ほどとは打って変わり、真剣な表情でフミカを見つめる天子。家の習わしを、ぼかしながら簡単に説明する。
    「でもね。暗かったわたしを見てお兄ちゃんが言ってくれたの―」
     兄から聞かされた言葉をフミカにも伝える。憎しみについて、笑いのこと、そして友達のこと。
    「お友達の握手! わたし達と一緒に遊ぼうよ!」
     そしてもう一度笑顔になり、広げた手を差し出した。
    「あまり言いたくはないですが……故郷があるから文句も言えるんですよ。僕の故郷は化物に滅ぼされました。故郷が無いというのは寂しいものですよ。自分の過去を知る人も、共有する人も居ないんですから」
     今まで黙っていた良太が口を開き、心苦しそうに、けれど力強い意志を込めた言葉を放つ。
    「僕に残された唯一の友達です。……もう何も喋ってくれませんが」
    「!!」
     そう言ってカードを取り出し、ビハインドの中君を呼び出す。フミカは顔と足を失ったその姿に絶句し、隠し持っていたナイフを落とした。
    「……わた、し…………」
    「やれやれ、やはり役立たずだったな」
     声を震わせ、くずおれるフミカ。しかしそこに、どこからともなく尊大な声が響く。
    「さて、お前達から死者の列に加えるとしよう」
     そして突然地面に穴が開き、その下から迦月の姿をした屍王が現れた。

    ●奪われた体
    「お願いします」
     遥香はサポートに来た仲間にフミカを任せ、屍王との戦闘に集中する。絶対に取り戻すと決意を込めて迦月を見つめ、壁となっている小竜の眷属を槍で貫いた。
    「まったく、期待外れな展開だ。死んで贖え」
     姿形は迦月のものだが、傲岸不遜な態度には彼の面影は見られない。水晶の竜に光を浴びせて癒すと、小竜は透き通る水晶の鱗を飛ばし、雨のように降り注いで灼滅者を襲った。
    「そうはさせません」
     しかし清美がすぐに反応し、背から炎の翼を広げて仲間に癒しを与える。ナノナノのサムワイズもしゃぼん玉を飛ばして仲間を援護した。
    「布都さん! 約束通り、殴って連れ戻しに来たよ! 覚悟してね!」
     天子が腕を鬼のそれに変え、巨拳を力任せに叩き付ける。岩のような拳が小竜に迫り、衝撃で水晶がひび割れた。
    (「かづきゅんも中で戦っている。他の皆も、彼に伝えたい事が沢山ある」)
    「……それなら自分の役目は、その声を塞ぐ闇を照らす事っす!」
     光の戦士たる雅は、巨大な十字架を振り上げながら突進。足が地を踏むと同時に打ち下ろし、勢いと重量を乗せて一撃見舞った。
    「……」
     仲間の肉体を我が物にしたばかりか、罪のない少女をそそのかした屍王に怒り、睨みを浴びせる登。ライドキャリバー・ダルマ仮面に跨って疾走し、キャリバーの激突とともに鋼の拳を打ち込んだ。
    「先輩、あなたの大切な人を連れて来ました。帰ってきたいと思いませんか?」
     良太が遥香を一瞬見やり、地を蹴って跳び上がる。中君が組みついて小竜の動きを止め、故郷への思いを乗せた蹴りが眷属に突き刺さった。
    (「先輩は、この手で救えるものがある、そう信じて生きていく……って言っていた。だから、今度は僕が手を伸ばす番。先輩の掴んでくれた手で、先輩を救い上げてみせる」)
     梗花がロッドを携えて飛び込み、ロッドを突き出す。打撃と同時に魔力を注ぎ込むと、飛び退いた瞬間に南守がビームを照射。小竜は光条に呑み込まれ、コンビネーション攻撃で見事撃破した。
    「鬱陶しい……」
    「いつもクールで大人でさ、そして優しい人だから、今の苦しみはよく分かるよ。でもこれ以上苦しませはしない、皆で一緒に帰ろう!」
     忌々しげに顔を歪める屍王を無視し、南守が迦月に直接呼びかける。
     邪魔者は排除した。なら後は、直接思いを届かせるだけだ。

    ●再会
    「闇を振り払え! サンライト・レイ!」
    「ぐっ……!」
     支援に駆けつけた仲間の援護を得て、一気に畳みかける灼滅者達。雅が眩い光を解き放ち、屍王を照らした。
    「どんどん行くよ!」
     天子が飛び出し、紫電を帯びた拳を下から振り上げる。空気を焼く音がバチバチと鳴り、電光とともにアッパーを繰り出した。続けて登がエアシューズを駆って接近。ジグザグの軌道で距離を詰め、炎纏うローラーで蹴り上げた。
    「これで……!」
     良太が剣を構えて迫り、すれ違いざま白光を帯びた刃を振り抜いた。清美は縛霊手から祭壇を展開し、結界を広げて屍王を縛り付ける。
    (「迦月先輩には、三途の川のほとりに立つのは似合いませんよ」)
     屍王目掛け、手の中で風が渦巻く風を放つ梗花。南守もハンチングを被り直しながら狙いを定め、旋じ風と魔力の弾丸が同時に襲い掛かった。
    「やー、屍王さん」
    「来る、な……」
     まるで挨拶でもするように、遥香が呑気な笑顔を浮かべて近づく。屍王は一際苦しみながら後ずさるが、中で迦月が抗っているからか、その歩みは遅い。
    「いい加減、その体、返して貰います。……迦月さんに!」
     遥香がカッと目を見開き、屍王に手をかざす。そして裁きの光が放たれ、全てを包み込んだ。

    「ん……」
    「おかえり、布都さん!」
    「お帰りなさい。ワサビの用意は、きっとできてますよ」
     目が覚めた迦月を、南守や梗花ら無銘草子の面々が笑顔で迎える。ちなみにワサビは山盛りらしい。迦月はワサビが好物だったりするのだろうか。
    「もう大丈夫ですか?」
    「……は、はい……」
     良太はフミカを気遣って声をかける。フミカは自分のやろうとしたことを理解して呆然としていたが、とりあえず怪我はないようだ。
    「悩みを打ち明けられる友達は居ないのですか? それなら、私でよろしければ相談に乗りますよ。メル友でも、ペンフレンドにでも。今なら妹もいますけど」
    「あ、ありがとう……」
     フミカは携帯を持っていなかったので、清美と住所を教え合う。少しでも話せる相手が入れば、今回のようなことはきっと起こらないだろう。
    「大丈夫っすよ。過ちを反省して、諦めずに手を伸ばし続ければきっと届くっす」
     光のような笑顔でフミカを応援する雅。灼滅者だって普通の女の子だって、願いの叶え方は同じだと思う。
    「それじゃ、これで友達だよ!」
    「……うん」
     そして天子と握手を交わし、結んだ手が友達の証となった。
    「あ、迦月さんだ」
    「ああ、迦月だ」
    「えーと、その……ほら、園観ちゃんですよー? ちゃんとわかりますか?」
    「ああ、わかる……」
     遥香と迦月の目が合い、ぎこちない会話が続く。お互い何と言っていいか分からなくて、不自然なやり取りになってしまう。
    (「それじゃ、オレたちは邪魔だから帰ろうか」)
     それを見た登は小声で囁き、それに同意した灼滅者達は2人を残して静かに退散していく。
    「えーと、あの……あれ?」
     気付けば、その場に残されたのは遥香と迦月だけ。会話を続けようとするのに夢中で、仲間達が帰ったのに気付かなかったらしい。
    「あの、その…………おかえりなさい」
    「ただいま」
     けれど次第に落ち着きを取り戻し、遥香は迦月を見つめて微笑む。迦月もふっと笑みを浮かべて遥香に歩み寄った。
    「帰ろうか」
    「はい……」
     いつの間にか陽が沈み、空には紺碧が広がっている。夜空を見上げると、都会と違って瞬く星の光がよく届く。そして2人寄り添い、星空の下を歩んだ。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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