アガメムノンの初夢作戦~永遠の傷跡

    作者:長野聖夜

    ●シャドウ襲来
     ――2016年 1月 2日 早朝。
     武蔵野市のとある一角。
     その周囲の空間が不意に歪み、軋む音と共に、黒い穴が開く。
     同時に唐突に姿を現す、この早朝にはあまりにも不釣り合いな漆黒の夜のシーツの様なものを、体にすっぽりと被っている何か。
     何かは、その場に姿を現すと、周囲に人気がないことを良い事に、その場を暴れ回り、周囲の物を破壊していく。
     それは、まるで、手掛かりになる何かを探しているかのようにも見えた。
     

    ●進撃の『歓喜』
    「……新年の喜びがあいつらの力になるのかな……」
     正月休みであるにも関わらず、閑散とした教室で恋人の逆位置のタロットを見つめて両腕を組んで考え込む、北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230) 。
     そのまま考え込むようにしている優希斗に、何人かの灼滅者達が近付いて来ると、彼は腕組みを解いて、集まって来た者達に1つ慇懃に礼をする。
    「明けましておめでとう、皆。急にすまない。緊急の案件があって呼び出させてもらったよ。もしかしたら、もう知っているかも知れないけれど」
     優希斗の呟きに、集まった灼滅者達が其々の表情を浮かべて首を縦に振る。
    「武蔵野市が、シャドウの攻撃を受けている。予測から察するに第2次新宿防衛戦で撤退した『歓喜』のデスギガス配下、アガメムノンによる攻撃の様だ」
     しかも……と、少しだけ溜息をつく、優希斗。
    「この攻撃は、どうやら君達の初夢を、例のタロットとやらの力で、悪夢化しているらしい」
     少しだけ、年末にあったクロキバのおかしな夢に似ているね、と自嘲気味な優希斗。
    「……アガメムノンは、武蔵坂学園が此処にあることを知らない筈だ。多分、今回の作戦は、『何処にあるか分からない灼滅者の拠点を攻撃する』為の、無差別攻撃の可能性が高い。だから……」
     集まった灼滅者達を一しきり見回して、優希斗が小さく呟く。
    「君達には、武蔵野市に出現した、この悪夢の尖兵を殲滅して欲しい。放っておけば、この辺りに大きな被害が出てしまうのは、間違いないから」
     優希斗の呟きに、灼滅者達は其々の表情を浮かべて、小さく頷きを返した。

    ●過去の亡霊
    「皆も承知だと思うけれど、シャドウは本来、ソウルボードから出て来ることは少ない。悪夢の尖兵の場合は、そもそも、ソウルボードから出られないけれど」
     ただ……と机の上に置いたタロットを指差しつつ、優希斗が軽く首を縦に振る。
    「今回は、初夢と言う特殊な夢だったこともあり、タロットの力で無理矢理発生させることが出来たらしい」
     但し、初夢と言っても、夢は夢。
     それは、翌日眠れば消える、泡沫の幻。
    「幻を基にしたものだから、悪夢の尖兵たちは24時間程度で消滅すると考えている。だからといって、放置しておけば間違いなく被害は出るんだけど。能力は、ダークネスと同等だし」
     ちなみに、悪夢の尖兵は、夜色のシーツを被った『幽霊』の様な姿をしているらしい。
    「でも、君達が戦闘に入れば、彼等はシーツを捨てて本来の姿を見せるよ。その元が……君達が見た初夢を基としている、と言う訳だ」
     特に……と続ける優希斗。
    「僕の予測した悪夢の尖兵は、君達の過去に関する『トラウマ』……要するに心の傷に関する初夢を悪夢化した可能性が高いらしい」
     それを植え付けられた、或いは傷を作った理由や方法が、戦闘方法や性質にも深く影響を及ぼすと言う事。
    「もし、その過去が何かを判断すれば有利に戦えると思うけれど……それは、君達次第、になるんだろうね」
     それは、自らと向き合い、立ち向かうと言う事だと思うから。
     そう補足した優希斗の呟きに、灼滅者達は其々の表情で顔を見合わせ、静かに首を縦に振った。
    「……僕達の本拠地である武蔵坂学園を見つける為に、アガメムノンが此処まで強引な手段で来るとは思っていなかったけれど。……君達の心の傷を基にしたシャドウを放置するわけにもいかないし、武蔵野市に被害を出すわけにもいかない。だから……どうか、よろしく頼む。」
     優希斗の見送りに、灼滅者達は其々の表情で頷き、慌ただしい足音を立てて、直ぐにその場を後にした。


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    井之原・雄一(怪物喰いの怪物・d23659)
    黒絶・望(結実する希望と愛の風花・d25986)

    ■リプレイ

    ●雪の記憶
     シトシト、シトシト。
    「雪、ですか……?」
     現場に到着して、殺界形成で人払いをしていた西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504) の頬を、白い粉の様な雪が叩く。
     目の前にいる夜色のシーツを被った人型の何かが現れるまでは、そんなことは無かったのに。
     ただ、隣を歩んでいる、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756) は、少しだけ顔を青ざめさせた。
     あの日以来、ずっと根付いている空虚さをまざまざと見せつけられる様な、そんな気がして。
    「……嫌な情景を思い出させてくれるな……」
     降り注ぐ雪の中、夜の帳の様なシーツに隠されていたその姿を現したのは、白装束にその身を包んだ虚ろな表情の娘。
     体と共に衣服をも無残に切り裂かれ、ベッタリとついた血糊。
     周囲に散らばるは、死屍累々たる惨たらしいかつて人であったモノ。
     ――そして、漂う死臭。
     朱色に染め上げられた空から降る白い粉粒が、まるで死化粧の様に少しずつ、少しずつ肉に積もり……やがてそれが重石となって無残な音と共に潰し、ひしゃげさせ……新雪が、瞬く間に血色に染まりゆく。
    「泡沫の夢、と言うには聊か悪趣味だね」
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) が、僅かに身を強張らせている煉を背に庇う様に前に立ちながら、深呼吸を一つ。
    「幾ら精巧であろうと、偽物は偽物だ」
     その身を屈め、ゆっくりと獣の様に低く唸った。
     黒絶・望(結実する希望と愛の風花・d25986) が、周囲との音を断絶する結界を張りながら、嫌と言う程その身に沁みつき、慣れ親しんでしまっている死の臭いと、周囲の気配を感じ取り、小さく溜息をついた。
    (この空気は……)
     心を殺された幼少期の記憶が脳裏を過るが、直ぐに大切な人々のことを思い出し小さく首を横に振った。
     何処か自分の過去と重なり合う部分があるが、敵の気配は1つだけ。
     少なくとも自分の悪夢では無さそうだった。
    「過去は、過去なのです」
     望の呟きに、煉が頷く。
    「ああ、そうだな」
     今も尚、あの時の傷は、自分の心を苛み続けている。
     けれども、其れが無ければ今の自分はいない。
    「彼女の弱点は分かるかい、煉さん」
    「呑まれた闇の中で己を見付け、自身の存在に自分なりの答えを見つけることだ」
     謡の静かな問いかけに煉が答える。
    「分かりました」
     彼女の唇から零れ落ちた僅かな震えに気付きながらも、微笑を浮かべたまま、石弓・矧(狂刃・d00299) が首肯する。
     ――あの時の俺とは、違う。
     守りたかったものを、守れなかった自分。
     目の前の敵が自分を苛み続けている悪夢を何処か彷彿とさせるのを、肌で感じながら。
    「無理はするなよ」
    「あなたなら、乗り越えることが出来ます」
     レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162) と詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124) の励ましに再度首肯した煉の姿を合図に、灼滅者達は、一斉に悪夢へと踊りかかった。

    ●其々の想い
    「しかし、『悪夢が現実になる』ね……。それ自体はとても興味深いことだけど、実際にこうして立ち向かうのは辛いこと、なんだろうな」
     レイが青い炎の蝋燭から、小さな妖怪たちを生み出し攻撃させながら独り言ちる。
     自分には、トラウマと呼べるほど大きな心の傷は今のところないが、他人の傷を更に深く抉ることの出来る『闇』はレイの中に眠っている。
    (私の悪夢で無かったのは幸いだったかもな)
     敵を観察しつつ、レイは思う。
     悪夢が具現化した本人だけでなく、周囲の何人かも弱体化の方法を告げられ、僅かに動揺した様に見えたから。
     白装束に身を包んだ人の姿をした怪は、妖怪の攻撃に軽くその身を焦がされながら、怨嗟の声を上げ、血糊のついた身を朱に染める。
     血の様に紅い剣が、まるで墓標の様に無数に地面に突き立った姿を現し、その内の一本を無造作に引き抜いた。
    「どうせ現実になるんだったら、楽しい夢の方が良かっただろうに……」
     自分の悪夢では無かったことに心の何処かで安堵しつつも、もし、自分が闇に飲まれたらと井之原・雄一(怪物喰いの怪物・d23659) が自らの心に巣食う怪物と向き合いつつ、急所と思しき部分を狙って斬りかかる。
     血剣で攻撃を受けた娘の懐に獣の様に疾駆して飛び込んだ謡がその脇腹を抉る様な貫手で貫いた。
     痛みからか、責める様な眼差しを向ける悪夢に、謡は肩を竦める。
    「罪を背負ってでも生きることに意味があるんだ。その程度の抉り方じゃ、オルフェウスの足元にも及ばない」
     自らの脳裏に強く焼き付いている鬼子と呼び、自分を忌み嫌った者を返り討ちにした時の記憶を思い起こしながらの謡の囁きは、優しげだった。
    「貴方は一人ではない。そうだろう」
    「そうだな」
     水を向けて来た謡に返しつつ、煉が銀爪で目の前にある過去の自分に斬りかかる。
     悪夢は、死んだような眼差しで彼女を見つめつつ、地面に突き立つ無数の剣をどす黒く変色した爪へと変じ、銀爪ごと、煉を切り裂こうと反撃。
     火花が散り、力負けして後退する彼女への追撃を遮るように、望が純白の無数の布を射出し、シャドウの血の剣を絡め取り、鈍い音と共に砕く。
    「私に、えくるんや、はづねぇ……多くの皆がいる様に、貴方にも大切な人や私達がいますから」
     地面から再び血剣が湧き上るのを見ながら、織久がかつて師によって虐殺された一門の者達を彷彿とさせる無数の人の手を放ち、悪夢の体を撃ち抜いている。
    「……呑まれた闇、ですか……」
     かつて、『師』であり、『父』であった者を、自ら闇に堕ちて殺害した時のことを思い出し、織久は其れを受け入れるかの様に、小さく息をつく。
    (堕ちて……楽になれ)
     自分の心の裡から聞こえて来るその声に軽く頭を振り、きつく唇を噛み締めた。
     囁きかける闇に身を委ねれば、どれほど楽になれるだろう。
     けれども……それでは、何も変わらない。
    「……『父』よ……」
     心の裡に眠る闇に織久が『父』を殺した時のことを呟く間に、矧が接近し、愛刀で体ごと悪夢にぶつかっていく。
     炎を纏った刃が血色の長剣とぶつかり合い、刃伝いに這いあがる様に炎が蠢き、娘の身を焼き払おうとする。
     火傷を恐れるでもなく、悪夢が新しい血剣を引き抜き、下段から、矧を斬り上げた。
     矧の急所を狙って放たれた刃だったが、沙月が射出していたダイダロスベルトが、その刃を締め上げ重量バランスを変化させて斬りこみを浅くし、矧を自分の方へと引き寄せていた雄一に掠り傷を負わせるに留まる。
    「無理はしないでくださいね」
    「ありがとうございます」
     雄一達を気遣う様に声をかける沙月に軽く礼を述べる矧。
     けれどもその瞳は、目の前の敵にのみ注がれていた。
     傷が、疼く。
     心に刻み込まれた、あの時の傷が。
    「あの時の様に、守れないと悔やみ嘆く私ではもうありませんよ」
     嘲笑う様なとある羅刹の幻影を、煉の悪夢と重ね合わせながら、矧は微笑みながらも小さく毒づくのだった。

    ●傷と向き合うことこそが
     ――戦い始めて、数分。
    (……輝翠君……ペンギンさん……)
     沙月は、周囲の状況を観察しながら、タカトによる無差別篭絡術の毒牙に掛かり、灼滅することしか出来なかったアンブレイカブル達のことを思い出していた。
     あの時に感じた締め付けられる様な苦しみは、今も尚、沙月の胸に暗い影を落としている。
    (もし、夢に見たタカトと、今此処で相対していれば、この胸に掛かる靄の様なそれを晴らすことが、出来たのでしょうか……) 
     現実と化した悪夢が、そんな沙月の心の動きを読んだ様に、死を纏う弾丸を撃ち出す。
     とりとめのない思考に僅かな間没頭していた彼女を守る様に、煉が目の前に立ち、その弾丸に撃ち抜かれた。
    「くっ……!」
     撃たれた胸から、毒が彼女の体を蝕んでいく。
     焼けるような痛みに体が重くなり、あの時、その身と心に刻み込まれた、常人では耐え難くて押し潰されてしまいそうなほどに、深い虚無が胸を覆う。
     ボタ、ボタ、と撃ち抜かれた胸から滴り落ちる血液が、まだ新雪に覆われて白い地面を赤黒く変色させていくその様子が、まるであの時に喪失した大切な者達を象徴しているかの様な不吉さを、否応なしに増した。
     ――どうして。
     世界はこれ程までに残酷で、無理解なのだろう。
    「しっかりして下さい!」
     自らを蝕む毒と、己を飲み込みかねない闇に動きを止めた彼女を叱咤激励する様に、素早く防護符を施す沙月の清らかで暖かな癒しと応援を受け、煉は、ハッ、と我に返り、戦場を駆けて自らの影を刃へと変じさせて撃ち出す。
     影が、そのまま、深紅に染まった自らの悪夢を縛り上げた。
    (例え、この喪失感に身を苛まれようとも)
    「それがあるから、今のオレが此処にいるんだ! 其れを今更、『私』に否定させなどしない!」
     叩きつける様な煉の否定に、僅かにその身を強張らせる悪夢。
     その隙を見逃さず、織久が、両手で赤黒く光り輝く【百貌】を構え、弾丸の如き速さで突進し、娘を深々と貫いた。
     それまで、ずっと全てに絶望し、何も映し出さなかった瞳と表情が、苦悶と憎悪に歪んでいく。
    (そうですね……)
     憎悪に歪んだ表情の悪夢が、自らを貫いた槍を掴んで織久の動きを封じようと拳を振るう。
     ――キィン!
     矧の日本刀が鈍い音と共に受け止め、退こうとする悪夢にそうはさせじとレイが赤信号から赤い光条を放ち、その足を撃ち抜く。
     痺れの影響もあってか、僅かに身じろぎする悪夢の隙を見逃さず、雄一がDMWセイバーで踊る様に斬りかかった。
    「好きにさせるわけないだろう」
    「皆をやらせるわけにはいかないんだ!」
     からかう様なレイを忌々しげに見つめる悪夢に雄一が強気な態度で言葉をぶつける。
    「この程度で、ボク達が罪に苛まれて押し潰されると思っているのなら……舐められたものだよね」
     雄一の啖呵を囮に自らの腕を獣へと変じさせて、悪夢の懐に飛び込み強烈な一撃を叩きつけたのは、謡。
     謡に連携して離脱していた織久は自らの心臓の上に手を置いた。
    「そうですね。俺も、この自らの裡に眠る闇を抱えたまま、人で生き続けるのは辛いです。けれども……向き合い続けなければ、人で在り続けることは、出来ませんから……」
     その辛さが、かつて闇堕ちした、『父』と慕っていた者を殺したという罪の意識である事と、今も尚、その時の慚愧の念が自らを押し潰そうとし続けているトラウマであり、『闇』でもあることを認める、織久。
     織久の口から零れた弱音の様な呟きと、それでも立ち向かうその姿勢に、動きを止める悪夢。
     自分の心を蝕む闇に呑まれ、それと向き合い敵を倒す糧としようとする煉達の様子を気配のみで感じ取りながら、望が悪夢との距離を詰め鬼神変。
    「……私は、いいえ。私達は、かつての様に、為す術を持たずただ蹂躙されるだけだった子供ではありません」
     死臭が、初めて此処を訪れた時よりも薄れ、其々の想いが、周囲に温もりを与えているのを感じながら、望が悪夢に静かに語り聞かせる。
     多くの大切な者を得ながらも、尚、子供の頃に刻み込まれた体と心の傷は、望が未だ未来が閉ざされていると心の何処かで思うには十分すぎた。
     それだけ……望が自分自身と世界を憎む理由でもあって。
     でも、それ故に、この闇を乗り越えるに足るだけの、答えを聞かせることが出来るから。
     言外に含まれた重圧をまともに受け、悪夢が大きく傾ぎ、揺らぐ。
    「皆さん、行きますよ」
     動揺からか、動きを止める悪夢に畳みかける様に、矧が左足を軸に炎を纏った右足で回し蹴り。
     叩きこまれたその一撃と、全てを溶かす炎の渦に飲み込まれ、度重なった火傷も相まって、悪夢の全身が炎に包まれ、深い打撃を与えた。
     火傷から膝をつき、必死になって自らを闇に浸し、その身を癒しつつ後退しようとする悪夢の足を、レイの撃ち出した裁きの光が貫いていた。
    「おっと、何処に行くつもりだ? 逃がしはしないよ」
    「皆さん。包囲を決して崩さないでください」
    「獣が、獲物を逃がすわけないだろう?」
     沙月の号令に躊躇いなくピッタリと張り付き牽制してくる謡を振り切れず、身動きの取れない悪夢の片足を、望の神薙刃が切り裂いた。
     悪夢が、嘆く様な怨嗟の声をあげ、まだ辛うじて突き刺さっていた長剣を引き抜き、我武者羅に振り回す。
     ――それはまるで、本当の恐怖を、その身を以て感じている姿の様にも見えて。
    「させないぜ!」
     雄一を切り裂こうとした長剣を、煉が左手で握り締めて抑える。
     彼女の影から雄一が飛び出し、青眼に構えたDMWセイバーを振り上げ、袈裟懸けに悪夢の体を切り裂いた。
     重い一撃を受けて、よろける悪夢の隙を見逃さず、沙月が周囲の冷気を利用して氷の刃を生み出し、悪夢をズタズタに切り裂いていく。
     既に、悪夢は瀕死状態。
     攻守一体の整った布陣と戦術。絶え間ない連続攻撃。
     そして、判明している弱点の速やかな伝達と、自らの闇を晒し其れを認めることによる、弱体化。
     これらの全てが生み出した、大きな隙。
    「煉さん」
    「この悪夢を浄化できるのは、君だけだ。煉さん」
     望と、謡に背を押され、煉が、右手を自らの闇を握り込むように握り締めた。
     「オレは、全てを奪われたこの虚しさと痛みを抱えて生きていく。其れも含めた全てがあるから、オレは此処にいるのだから」
     そう、自らの決意を確認する誓いを呟き、正拳突きを繰り出す。
     それは、吸い込まれる様に悪夢の胸を貫き……悪夢は絶叫を上げながら、光となって消えて逝った。
     
    ●戦い終わって
    「怪我人はいませんか?」
     悪夢の最期を見届けた矧が気遣う様に周囲に声を掛ける。
     幸い、と言うべきだろう。
     この戦いでは重傷どころか、戦闘不能になった者もいなかった。
    「これで、一先ずは大丈夫ですね」
     大勝利ではあったが、それでも傷を負っている者達の手当てをしつつ沙月がそう問いかけると、他の者達も其々に頷きかける。
     周囲にもこれ以上の敵がいる様子はない。
    「……ってあれ、西院鬼さんは?」
     何時の間にか、織久の姿が見えなくなっているのに気が付き、レイが思わず首を傾げて、何気なく周囲を見回すと、既に彼は脱兎の如き速さで雄一達に背を向け、その場を後にしている姿を見つけた。
    「……余程、あの時の告白が恥ずかしかった様ですね」
     何となく理由を察した矧の呟きに、レイが思わず微苦笑を零す。
    「俺達も、帰ろうぜ」
     雄一がそう促すと、望達が同意する様に頷き、そっとその場を後にしようと歩き始めた。
    「……オレは生きていく。この想いを抱えたまま、これからも、ずっと」
     煉が、其の胸に手を置き、小さくそう呟くのに、少しだけ晴れやかな気分を感じながら。

     ――何時の間にか、あの血生臭い景色も、死臭も、雪も、まるで何事もなかったかのように消え去っていた。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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