――息子たちがね、こんなことを話してたのよ。
穏やかな陽射しが世界を抱くお昼過ぎの商店街。買い物袋片手に歩く女性が、年配の女性に対して語っていた。
●もちもちお化け
クラスの間で流行ってるって話なんだけど、小学校の裏に小さな公園があるじゃない? そこにね、お正月からしばらくの間だけお化けが出るんだって。
変な話でしょ? でも、妙に内容が細かくて……。
なんでもそのお化けはもちもちお化けって言って、公園に来た人にお餅を投げ込んでくるって。そのお餅は美味しいんだけど、一口では食べきれないから危険……ってお話みたい。
……ふふっ、そうかも、お餅を食べたいのかもね。じゃあ、美味しいお餅も買っていきましょうか。久々に、お母さんの特異なずんだ餅も食べたいしね……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、穏やかな笑みを浮かべたまま説明を開始した。
「とある公園を舞台に、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
――もちもちお化け。
まとめるなら、正月からしばらくの間、その公園にはもちもちお化けが出る。もちもちお化けは公園にやって来た者の口に、大きなお餅を投げ込んでくる……といったもの。
「はい、都市伝説ですね。退治してきて下さい」
続いて……と、葉月は地図を取り出した。
「舞台となっているのはこの、小学校の裏にある公園、ですね」
今の時期ならば、赴けば出現する。後は退治すれば良い、という流れになる。
敵の戦力は都市伝説のみ。姿は、お餅でできたお化け。
力量は、灼滅者八人ならば十分に倒せる程度。
妨害能力に秀でており、あんころ餅、ずんだ餅、きなこ餅、砂糖醤油餅、チーズ餅……といった餅を口元に投げ込んでくる。どの餅も大変おいしく、心が奪われないよう注意が必要だ。
「以上で説明を終了します」
地図など必要なものを手渡し、続けていく。
「足りません、もちもちお化けを名乗るには。お餅には、単純につけるだけでもまだまだたくさん食べ方があります。大根おろしに味噌、バターに……はっ」
頬を赤らめ、咳払い。
「と、ともかく、お餅は美味しい他に、喉に引っかかると危険な存在でもあります。現状を見過ごすわけには行きません。どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
石嶋・修斗(日向のぬくもり橙執事・d00603) |
早鞍・清純(全力少年・d01135) |
若生・めぐみ(歌って踊れるコスプレアイドル・d01426) |
御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461) |
双海・忍(中学生ファイアブラッド・d19237) |
風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897) |
貴志・蘭花(高校生サウンドソルジャー・d23907) |
安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263) |
●お餅の魅力から生まれた願い
眩い陽射しが歳を重ねたばかりの世界を照らし、冷えきった風を温める。未だ喧騒を取り戻さぬ小学校の周辺では、懐の暖かい子どもたちが街へ駅へデパートへ……と、両親とともに弾んだ調子で歩いていた。
対照的に……あるいは小学校と同様に、裏手にある公園は静寂に満ちている。トンネル遊具の陰、砂場の中、周囲を囲む木々の間……様々な場所に、数週間前まで誰かが遊んでいただろう形跡はあるというのに。
きっとみんな冬休みを満喫しているのだろうと、灼滅者たちは足を踏み入れた。
公園の中心。かけっこ遊びができるくらいの広く開けた場所へと向かう中、御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)はひとりごちていく。
「お餅が食べ放題……いえ、しっかり倒さないとだめですよね」
「さようです。食べるなとは言いませんが、食べ過ぎてはいけませんからね?」
石嶋・修斗(日向のぬくもり橙執事・d00603)がすかさず釘を差し、メガネの位置を直していく。
そうしているうちに公園の中心部へと到達し、灼滅者たちは人払いの力を用いて……。
●もちもちお化け自慢のお餅
自分たち以外の気配を感じ、若生・めぐみ(歌って踊れるコスプレアイドル・d01426)は振り向いた。
視線の先には、ネバネバのお餅の塊。
都市伝説、もちもちお化け。
「出ましたね、お餅お化け。さっさと灼め……」
ビシっと指差すめぐみのお腹が、くうと鳴る。
「……さあ、食べ尽くしますよ」
待ってましたとでも言うかのように、もちもちお化けが何かを投げつけてきた。
めぐみは受け取り、口に運ぶ。
柔らかな口当たりが運んでくる甘じょっぱさ、お餅自体のほのかな甘さ、ノリのアクセント……口の中全体に広がっていく砂糖醤油の味に、頬を緩めていく。
「はぐはぐ……おいしー」
喉に詰まらせないよう注意して、けれども食べるスピードは早いめぐみ。
傍らにはナノナノ・らぶりん。
羨ましそうにめぐみを眺めていたらぶりんは、気配を感じて視線を向けた。
飛んできた何かを受け取り、口にした。
満面の笑みを浮かべながら、はぐはぐと食べ進めていくらぶりん。
幸せそうなめぐみとらぶりんを、早鞍・清純(全力少年・d01135)はキラキラした目で見つめている。
「いいなぁ、俺も……」
視線を感じ、清純はもちもちお化けへと向き直る。
即座に投げつけられた何かを受け止め、観察。
柔らかな餅を隠すエメラルドエメラルドグリーン。香り立つ、豆の匂い。
「……」
ずんだ餅。
仙台旅行にいったとき、すごく美味しかったお餅。
「きな粉もおいしいけど俺はずんだ餅がすきかな、緑色も綺麗!」
満面の笑みを浮かべながら、清純はずんだ餅にとりかかる。
より強く、より深く広がる、豆の香り。落ち着いた甘みと絡み合い、より一層旨味が引き立っていく餅の味。
「……美味しい」
「……」
幸せそうに職を進める清純の傍ら、貴志・蘭花(高校生サウンドソルジャー・d23907)はあんころ餅を食しながら小首をかしげていた。
小豆の香りが運んでくる、優しい甘さ。餅とともに伝わってくる、心に染み入るような旨味。
けれど……。
「何か物足りない……決定的な何かが足りない」
問いを投げかけるかのようにもちもちお化けへ視線を向けるも、返事が帰ってくることはない。
もちもちお化けは、灼滅者たちに向かって五種類の餅を投げていく。
双海・忍(中学生ファイアブラッド・d19237)は容器を持って駆け回り、そのお餅を受け取っていた。
「一応、美味しいので……いえ、消えてなくなってしまうかもしれませんけど……」
「ご飯は別腹……」
一方、裕也はチーズ餅を手に取った。
餅とともにとろりとこぼれ、糸を引いていくチーズの味。餅本来の旨味と絡み合い、心地良い美味しさを舌へ心へ伝えていく。
「……おやつも別腹!」
更にはきなこ餅を手に取って、満面の笑みとともにかじりついた。
ほのかに感じられるきな粉と混ざり、塩のアクセントも加わり、砂糖の甘みはより強いものとなる。柔らかな餅が全てを満遍なく広げ、否応なく頬が緩んでいく。
平らげた裕也は、新たな餅に手を――。
「裕也さん、食べ過ぎはいけませんよ? そろそろご馳走様の時間です」
――伸ばしかけたその手を、修斗が軽く払った。
「えー」
「えー、ではありません。いいですね?」
裕也が肩を落としていく。
修斗はそんな姿を常に視界の端に捉えつつ、虚空に逆十字を描き記した。
もちもちお化けの体の中心にが、逆十字が刻まれる。
すかさずウイングキャットのセバスが魔法を放ち、もちもちお化けを拘束した。
「さ、そろそろ本格的な戦いへと移りましょう」
「そうですね。みなさまも堪能されたでしょうし……」
風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)も手を叩き、仲間たちに本格的な交戦を伝えながら氷の塊を放っていく。
体の一部を凍てつかせていくもちもちお化けは、安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)へと視線を向けた。
ジェフの口元には、強化プラスチックのマスクとサバゲー用のマスク。
手元には、一枚のまな板。
「今まで先輩達がやった、対食べ物を投げて来る系都市伝説の対抗装備合体版です。これなら、口に入れられないでしょう」
どことなく得意気に語りながら帯を放ち、もちもちお化けを切り裂いていく。
ウイングキャットのタンゴは魔法を放ち、もちもちお化けを揺さぶった。
攻撃そのものは順調に重ねてきていたからだろう。もちもちお化けの動きは鈍く、投げつけられてくる餅にも勢いはない。
「この調子で行きましょう」
ジェフはギターに手をかけ、かき鳴らし、もちもちお化けを更に震わせていく……。
呼びかけから数十秒五、めぐみははっと顔を上げた。
「え、えと……らぶりん、行くよ!」
未だ餅を食べきれないらぶりんに語りかけながら杖を握り、もちもちお化けの懐へと踏み込んだ。
杖をボディに叩き込んだ時、らぶりんの放つシャボン玉もまた到達。
魔力が爆発し、もちもちお化けを後方へと退かせる。
一方、忍は容器を荷物にしまいこんだ。
「残っていれば幸いですが……それはさておき」
警告を促す交通標識を掲げ、放つ力で前衛陣を包み込んだ。
「さあ、私が支えますので皆さんは攻撃をお願いします」
頷き、セバスが魔法を放つ。
修斗もまた、裕也に視線を送りながら影を放った。
「裕也さん」
「ああ!」
ナイフを握りしめ、裕也は影を追いかける。
影がもちもちお化けを包み込んだ瞬間に振り下ろし、ネバネバな体にジグザグな傷跡を刻んでいく。
悲鳴を上げることもなく、最初から何かを語ることもなく……ただ、体を捻り影を砕いていくもちもちお化け。
正面には、清純が踏み込んでいた。
「美味しかったよ、ずんだ餅! でも、美味しいけどほどよく食べたいよねっ!」
非物質化させた剣を突き出し、力そのものを削いでいく。
もちもちお化けが僅かにバランスを崩した。
背後に回りこんでいたジェフが、縛霊手をはめた拳に炎を宿してぶん殴った。
「……美味しそうな感じは伝わってきますね」
炎に抱かれ、焼かれる餅。もとい、もちもちお化け。
なんとなく膨らみ始めたように感じられるその身体を、タンゴの魔法が拘束した。
静かな足取りで、優歌が懐へと踏み込んでいく。
「……」
回転ノコギリの音色を響かせて、凍てついた部分をえぐり削った。
ふらふらとよろめきながら、ずりずりと下がっていくモチモチお化け。
蘭花が後を追い、鞘に収めた刀に手をかけて……一閃。
「……貴方には足りないものがありました。それは――」
――刃が鞘へと納められた時、もちもちお化けの身体は崩れていく。やがて土と同じ色になり……最初から何もなかったかのように、この世界から消え去った。
静かな息が紡がれていく中、忍は荷物を漁っていく。
容器を取り出し、肩を落としていく。
「……やはり、消えてしまいましたね」
そこにはもう、もちもちお化けが存在した残滓はなく……。
●美味しいお餅
されど、美味しいお餅を食べさせてくれたことに違いはない。
忍はもちもちお化けが消えた場所へと向き直り、礼儀正しく一礼する。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。お腹いっぱいになりましたね。これはお茶が欲しく……」
同様に頭を下げていた蘭花は、姿勢を正すとともにかく語る。
カレーに福神漬け、コロッケにキャベツ、ご飯に漬物……。
「つまり、この餅に欠けた物は餅を補佐する食べものが無かったと言うことです。そうと分かれば、家に帰って餅を補佐する料理を作りましょう」
うんうんと一人結論づけている蘭花を眺め、ジェフはマスクを外しながら小首を傾げていく。
「食べた分は残るんですね。不思議です」
「なんか、ちゃんとしたお餅を食べたくなりました」
一方、めぐみは軽くお腹を抑えていく。
「この後食べに行きませんか?」
提案を受け、清純は悩む様子を見せた。
「お餅も美味しいけどちょっとファストフードも恋しいなぁ。ハンバーガーとか食べたい」
三ヶ日御節とお餅一年分くらい食べてきた。そろそろ他のものが恋しいのも仕方がない。
いろんな場所へいこう、と結論づけて、公園に背を向けていく灼滅者たち。
最後尾に位置した優歌は公園の入口で振り向いて、もちもちお化けが消えた場所へと視線を向ける。
もともとは、美味しいお餅の魅力から生まれた想い。ただそれが、危険な存在となってしまっただけ。
七不思議使いならば吸収できたかもしれない。
けれど、そうでない自分には否定することしかできなかった。
だから願う。
この都市伝説を生み出した人々の想いが、今度は人々と共に在れる形で具現化することを……。
「……」
静かな祈りを捧げた後、踵を返していく。
早足で合流を目指していく彼女を、この戦いを終えた灼滅者たちを、陽射しは優しく照らしていた。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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