アガメムノンの初夢作戦~ハッピーバッドスリーピング

    作者:中川沙智

    ●2016年、始動
     1月2日、早朝。
     まだ人々が夢のはざまを揺蕩っている頃合に、朝靄のような紫苑色を纏った『何か』がゆらり流離っている。
     それは悪夢の尖兵。だがそれを知る者は今はいない。
     夜色に似た漆黒の弾丸を生み出したそれは、年末年始の休みで誰もいない児童会館に照準を合わせる。
     穿つ。
     崩れ落ちる壁の音は、それが現実という悪夢だと知らしめる。
     
    ●夢のはざま
    「新年早々だけど緊急事態よ。武蔵坂学園がある武蔵野市が、シャドウからの攻撃を受けてるの」
     しっかり聞いて頂戴。そう告げた小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)の表情は真剣そのものだ。曰く、第2次新宿防衛戦で撤退した四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下であるアガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたのだという。
    「とはいってもアガメムノンは、灼滅者の本拠地が武蔵野だってことは知らないはずよ。つまりこの作戦は『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』ためのものって事。結構な大味具合よね」
     更に言えばアガメムノンは、武蔵坂学園の規模についても知らなかったようで、襲撃自体は武蔵坂学園の危機という程の事ではない。とはいえ放置するわけにもいかない。武蔵野周辺に甚大な被害が出る事は間違いないからだ。
    「皆には武蔵野周辺に出現した、悪夢の尖兵の灼滅をお願いするわ。頼んだわよ」
     集まった灼滅者達が頷いた事を確認し、鞠花はファイルを紐解いた。
    「悪夢の尖兵は本来、ソウルボードの外に出る事は出来ないわ。今回は初夢っていう特殊な夢である事に加えて、タロットの力を用いてるから無理やり現実世界に発生出来てるの」
     そのため「」、この悪夢の尖兵は24時間程度で消滅するものと考えられる。しかし消滅するまでの間はダークネス並みの戦闘力を持って破壊活動を行うのだ。時間切れを待ってなどいられない事は、言わずとも知れる。
    「悪夢の尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしているわ。戦闘時に本気になると、そのシーツを捨てて本来の姿を見せるみたい」
     ここから大事なポイントだからよく聞いてね。そう鞠花は声を潜める。
    「シーツの下に隠された悪夢の尖兵の本来の姿は、灼滅者の皆が見た初夢が元になっていて、戦闘方法や性質なんかも、その初夢の内容に準じるらしいのよ。武蔵野市内で起こる事件だからなのかしらね」
     正体を現した時にその初夢の内容がどんなものかを判断出来れば、対策を練る事が出来て有利に運ぶかもしれない。けど難しいかしらね、と鞠花は眉を顰めて首を傾げた。
     見た目はさておき、出現する悪夢の尖兵は一体。実際の戦闘ではシャドウハンターと影業のサイキックと同等の効果の攻撃を行ってくるという。だから基本的な戦闘方法については普段通り作戦を立て、その上でどのような初夢に基づく先兵なのかを考えてみるのがいいだろう。
     出現場所はとある児童会館前。早朝だが空がやや明るくなる頃合のため照明等は必要ないだろう。戦うためのスペースも十分ある。
    「初夢を悪夢にするなんて、新年早々めんどくさい敵よね。幸先挫こうとしないでよって感じ。でも、この程度の攻撃で灼滅者を倒すなんてちゃんちゃら甘いのよって思い知らせてやって頂戴!」
     以上よ。そう粛々と告げて鞠花はファイルを閉じる。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)
    東郷・時生(天稟不動・d10592)
    篠歌・誘魚(南天雪うさぎ・d13559)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)
    佐見島・允(フライター・d22179)

    ■リプレイ

    ●いちふじ
     夢はあくまで夢。本来であれば一夜のものであるから悪夢でも何とかやり過ごせるのであって、現実に表出してしまえば問題があるどころの騒ぎではない。まさに文字通り悪夢の尖兵だ。
    「出て来んでほしいんやけど……てか、俺の夢精神的に痛いからなあ」
     目的地である児童会館前へと歩を進めながら、鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)は小さく呟いた。その後ろを数歩遅れて歩いていた東郷・時生(天稟不動・d10592)も僅かに肩を竦める。
    「夢をカタチにするだけなら素敵だったのに、ワザワザ悪夢を思い出さなきゃいけないなんて。新年早々はた迷惑な話ね」
    「はい。ただのお化けなら怖くもないのですが、初夢が実際に現れたらそれこそ悪夢のようですね」
     早朝にたなびく息は仄かに白く、篠歌・誘魚(南天雪うさぎ・d13559)の視界を埋めていく。それでも更にその先へと進めば、事前に知らされていた児童会館の影が見えてくる。
     ふあ、と溢れるあくびをどうにか押さえて、廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)は眠気を噛み締める。空はまだ若干白さを孕んだ程度、まだ暁の光は気配を見せていない。新年早々早朝にはた迷惑なと考えてしまうのも無理からぬところだろう。
    「ダークネスも正月休みを取ればいいのにね」
    「っつーか正月くらいゆっくり寝かせて欲しーんスけど!」
     同意の意を籠めて黎明に声を飛ばしたのは佐見島・允(フライター・d22179)、デスギガス勢というかアガメムノンの敢えて空気読まないっぷりと力技っぷりは相当なものだ。身を包む冷気に背を震わせながらも、周囲に視線を走らせた。一般人の気配はない。
     荒らされる前に先手必勝だ。允の身体から鋭い殺気が迸る。同時に御影・ユキト(幻想語り・d15528) が音の遮断壁を周囲に展開していく。これで万が一にも一般人が近寄ったり巻き込まれる心配はあるまい。
     ユキトがふと視界の中見つけたのは、夜を染め抜いたようなシーツを纏う――というよりふわふわ浮かぶ――物体がひとつ。ぱちりと銀の瞳を瞬かせるも、確かにそれは目の前にあるのだ。同様に夜色シーツを視線で捉えた奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)は傍らのビハインド、揺籃と標的を確認し合う。
    「……初夢、やはりシャドウにとっても特殊な夢なのでしょうか」
     夜色シーツ、もとい悪夢の尖兵が光の粒を纏い始めたのが烏芥の言の証明に思えた。恐らく初夢の悪夢を身に具現化させるであろうことはこの上なく明らかであったからだ。
     風に靡く睦月・恵理(北の魔女・d00531)の黒髪には僅かに焔の色が宿る。そして口を開いて、艶やかに笑んだ。
    「新年早々ご苦労な事ですね……態々負け初めなんて」
     尖兵にとっては幸先が悪いことこの上ないのに。そう唇に乗せて、恵理は冬の大地を強く蹴った。

    ●にたか
     灼滅者達が陣を組み、前衛を中心として敵への距離を詰めていく。夜風を払い、疾く駆ける。
     彼が全身を覆うバベルの鎖を瞳に集中させ、戦闘中の短期行動予測力を高めるべく魔力を籠めた――その瞬間だった。
     変化を遂げた夜色シーツをひらり脱いだ姿を、預言者の力宿す瞳で見てしまった允の顔から血の気が引く。
    「ふっざっけんな初っ端からこれとか何だよ嫌がらせじゃねーかよ!!」
     そんな予測力いらなかった。
     ご覧ください、目の前の夜色シーツはテーブルに乗せられた有耶無耶の料理へと姿を変えました。
    「えっ、この料理……、……料理? って佐見島先輩の初夢ですか?」
    「ああうんそう、いやでも全力で否定してぇんだけど」
     ユキトが脳裏に疑問符を浮かべながら首を傾げると、大きなため息と共に允が首肯した。疑問符も無理はない、並んだ料理の数々は見目に鮮やかなほどの緑色をしていたからだ。
     淡いペールグリーンなどではない、芝生を思わせる緑だ。明らかにグリーンカレーではない普通のカレーも緑色。肉料理や魚料理にかけたソースも緑色。挙句ホールケーキも苔に覆われたような緑色。飾られたキノコもチョコレート菓子には見えない。まさか本物か。
     しかも漂ってくる異臭は鼻をつくどころではなく目に痛い。
    「何これひどい……! た、対策はないの!?」
     時生が鼻をつまんで悲鳴を上げるという非常に高度なスキルを発揮する。
    「多分真っ当に美味しかったお正月料理の名前を列挙したり、料理の基礎を教えてやると弱まるんじゃねぇかなと」
     むしろそうあって欲しい、そんな気配が声色に含められた。確かに見る限り、料理とは何ぞやという根本的な部分を勘違いしているようにしか見えない。もし本当に人に食べさせる事を考えているなら、だが。
    「……、……承りました。ユリカゴは直接触れないように気をつけて」
    「行きます……!」
     揺籃をそっと庇いながら前に出る烏芥と、勇ましくもしなやかに接敵する恵理。確かに顔を顰めたくなる緑色ではあるが、悪夢とわかっているなら引く事はない。テーブル下に滑り込むように構え、魔女たる乙女はバイオレンスギターをかき鳴らす。波打つ音が悪夢の尖兵を襲った。
    「アガメムノンには感謝していますよ?」
     宣言のように告げる。
    「手の届かない筈の、納得行かなかった夢をスカッと殴り倒せるなんてね。初夢のやり直しが出来て最高です」
     そうですよねと振り返って見せれば、允は弾けるように顔を上げる。烏芥は短く頷き、
    「――地方ごとに異なるとは思いますが、お雑煮ひとつとっても角餅丸餅、すまし汁味噌の溶き汁と味わいが違いますね。でもどれも、とても美味しかったです」
     想像も含めて呟けば、緑ケーキがぼろっと崩れた。見た目にあまり麗しくないが、これも弱体化の一端だろう。隙を突いて破邪の白光を放つ強烈な斬撃を繰り出せば、確かな手応えが返ってくる。
     誘魚もふと考えに耽る。カレーならば。
    「じゃがいもは芽の部分をきちんと取り除かなきゃ駄目。にんじんはピーラーで皮をむくのが楽ちんです」
     そうすれば指が包丁でスプラッタという可能性は減るだろう。緑カレーが蒸発して気化してしまうのを見届け、杭をドリルの如く高速回転させる。突き刺したのはテーブルのど真ん中、振動で麻痺を付与出来ればいい。
     連携を心掛けていたが故に滑らかな連続攻撃が続く。杏理は己が腕を鬼のそれに変化させながら、前を見据えて言い切った。
    「そもそもお米は洗剤で洗わないようにね!」
     フランス出身の人間として思い当たる節があるのかないのかは不明だが、料理下手が思い込んでいる謎のひとつでもある。渾身の力で殴りつければ、湧き上がる高揚感が破魔の力まで与えてくれるかのよう。痛撃のせいか元夜色、現緑色のテーブルクロスがふぁさああああと翻った。
     だが相手とてただやられているわけではない。ユキトが影の先端を鋭い刃に変え疾走させると、お返しとばかりに尖兵はテーブル自体を緑色のモザイクで包み込んだ。その向こうにあるのはカビか腐敗か。BSではないトラウマを植え付けられそうだ。
     そのまま体当たり。つい口元をハンカチで抑えるのも無理はない。
     負けてはならぬと禄太は毅然と仲間を鼓舞する。帯状の鎧でユキトを包み、立ち続ける力すら付与するように。
    「きばりや! 悪夢やったら、叩きのめして目覚めればいいんや」
     その言葉で緑色モザイクに精神的に打ちのめされていた面々が顔を上げる。そう、こんなところでグロテスク料理に負けるわけにはいかない――!
     後列でしっかり標的を見据えて、允は魔力を高純度に圧縮していく。
    「食いもんは食えるように作りやがれ!!」
     魂の叫びと共に魔法の矢が疾駆する。高命中度で放たれたそれは確実に緑料理を駆逐する。皿が次々とひっくり返った。
     どことなく残念そうな緑テーブル。だが、尖兵が一手費やして行なったのは、ゆらり融ける変貌の欠片。
    「ま、まさか夢を具現化させて次々と変化していくってこと……!?」
     手の中の標識を注意を促す黄色にスタイルチェンジする最中、時生が敵の変化を眼前で見てしまった。全員分ではないかもしれない、けれど一種類に留まるとは限らないのではとその時初めて気が付いたのだ。
     そういう予感はあまり当たって欲しくないものだ。
     が、新年の始まりは中々に無情なものである。

    ●さんなすび
     そこから先は壮絶な戦いの連続だった。
     灼滅者達が初夢で見た悪夢。微妙に方向性が間違った夢、灼滅者として覚醒する切欠となった夢、過去に蹲りいつまでたっても立ち去ってくれない痛みの夢。そのどれも目を逸らす事は許されない、何故なら見つめて初めて弱体化する術――それを乗り越える方法を知る事が出来るのだから。
     たとえば誘魚の夢は本を読み続けなければ大量の蟲に浸食される、怖い夢。
     だがその夢が本に由来するものだとわかっているのであれば対策の立てようもある。つまり、頁を濡らすか燃やすかすればいい。允がローラーダッシュの摩擦から生じた炎の蹴りで打ち抜けば、炎を浴びたまま次の姿へと変化していく。 
     紅蓮の炎に包まれた黒犬――両親を殺めた己の宿敵から目を逸らさずに、時生は力強く言い切る。
    「『悪夢になんて絶対に負けない』という強い意志。それしかないわ」
     それは心を苛む悪夢を見た仲間達にとっても、明日からの自分にとっても、欠かせぬ心構えだろう。
    「ニセモノに用は無い! 失せろ!」
    「もう一度眠って、夢にお帰り」
     時生と杏理の攻撃、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りと身体に直接魔力を流し込む殴打に確かな手応えを感じる。だから、顔を上げ続けよう。
     惑わされるものか。
     一人で戦っていた『あの時』とは違うのだ。自分には、共に戦ってくれる仲間がいる。
     今なら悪夢だって笑顔で乗り越えられるさ――!
     流星を一段強く踏み抜いた直後、たまらず尖兵は一歩後退する。そして次に姿を見せるのは一人の男。貌の無い真白い能面で固く顔を鎖した人形師だと知れる。傍に寄り添う和人形たちが、薄く微笑みを宿しているからだ。誰の夢かと視線を巡らせれば、烏芥が浅く首肯する事で答えが知れる。
     同じ夢の繰り返し。彼れと逢うのは幾度目かわからない。だから尚の事、対処は容易いと確かな声音で告げる。
    「急所は人と同じ首から上です。どうぞ遊び相手になって遣ってはくれませんか」
     そう、瞬きにはどうぞお気を付けて。戯れが過ぎます故に。
     ユキトが頷いて敵に肉薄する。頬を殴りつけると同時に網状の霊力が迸り、尖兵の動きを封じるべく放射された。続いたのは誘魚の杭打機、杭を肩口へと穿つ事で、顔も巻き込んで捩じ切っていく。
     赤い糸で傀儡の人形を鴉を飛ばすように向かわせる敵に、烏芥は僅かに立ち塞がる。瞳を標的として捉える敵に、顔を逸らす必要などない。
    「糸を断ち面を撃つ……私達は、傀儡では無い」
     ジグザグに変形させた刃をこめかみに突き刺し、そのまま体重を乗せて切り刻む。その肉の感触を忘れない。貌は思い出せない。けれどせめて今だけは、安らかに。
     ――あやめる夢。
     それは現とは逆に吉兆の印だ。過去の己を改め、希む未来への兆しでもあるのだから。
    「……夜明けは間も無くです」
     烏芥が唇に上らせたのは、確信だ。
    「次が来ます……!」
     恵理が視界に映したのは、体力を根こそぎ損なわれたにも関わらず未だ変化をやめない尖兵の姿。禄太が嫌な予感を胸中で飼い慣らし、どうにか受け止めるべく向き直る。
    「何……?」
     ユキトが目を眇めて向ける視線の先、生み出されたのはステージ。
     気づけば灼滅者達はステージ上に立っている。舞台装飾の傾向から察するに、ラブリンプロダクションのアイドルステージだろうか。恵理ら女性陣がアイドルチックなステージ衣装を纏い、観客席から罵詈雑言が飛んでくる。
     やれお前達の唄なんか聞くもんか、やれアイドルなんか諦めろ。
     挙句ステージ袖から出てきた約3名のバックダンサー達が野太い声で言った。
    「そうよ諦めたら?」
    「きもッ!!」
     禄太は卒倒しそうになった。
     恐らく恵理と禄太の夢が混在したのだろう。恵理の夢はステージ上で罵声を浴び続ける夢、禄太はおじさん達が低い声でラブリンスターの曲を歌ってくる夢。しかも衣装をきっちり着ている。年初めからとんだ悪夢を見たものである。
     おじさんズはノリノリで歌ってる所を野次って落ち込ませるか、逆にキャー素敵ー! と褒めて照れさせて隙を突けば弱体化するはず。
    「けど、褒める方は自分達の精神的にダメージが……」
     別の意味でBSトラウマである。ならばここは、女性陣――特にセンターで歌う恵理を応援するのが一番だろう。がんばれがんばれ、と呟き気持ちを切り替え、禄太は祝福の言葉を風に変換し仲間の背中を押す。
     恵理も毅然と前を向き歌い続ける。
    「顔を上げ、声をかき消されず歌い続ける事! 自分は人間としてここにいる、そう歌うと決めた! なら声が届くまで続けるだけ!」
     歌を魔法に変換するように、帯が真直ぐ観客を貫いた。
    「私はここにいる、歌うって決めたのよ。誰にも邪魔はさせない!」
     いざ前へ。背中――回復は仲間に任せて、敵が倒れるまで殴り続けるだけだと杏理は声に出して言える。先程立ち向かった過去の寂しさ、けれどそれが『悪夢』だと知っているから、すべき事はひとつ。
    「どんな夢でもそれが悪夢だって言うなら、ド真ん中に風穴あけて消してやる」
     ジェット噴射で敵に飛び込み、死の中心点を見定める。
     強く、砕いた。

    ●あしたのゆくえはいずこへか
     優しい黎明が世界を包む。悪夢は夜に溶けて、消えていく。
     精神的ダメージを加味すると、弱体化できなくても全然知らない人の夢だった方が差し引きで良かったのではなかろうか。思わず肩を落とさずにはいられなかった。
    「俺の場合夢だけで終わらねーけど……」
     緑色を脳内の奥にと押しやる。気を取り直しにどっか初詣寄って甘酒でも貰って帰ろーぜという允の提案に、複数人がもろ手を挙げて賛成した。やっぱり心の傷を癒して帰りたい。杏理が降ってきた眩しさに目を眇め、笑みを燈した。
    「初日の出じゃないけど、朝日だよ!」
    「……それにしても首謀者のアガメムノンさんはどこにいるやら。縁起が良さそうな色してたので拝みたいんですけどね」
     ユキトの声で各々が想像した。朝日の輪郭を彷彿とさせるような金ぴかだった。禄太が口の端を引きつらせる。笑う者、目を逸らす者、それぞれであった。
     烏芥は朝焼けの空を仰ぎ改めて、朝陽に新年を祈る。明ける空はどこまでも、美しい。恵理も緩やかに瞳を細めた。先程自分でも言ったではないか、声が届くまで続けるだけ、と。
     そうだ、と何かを閃いたように清々しい顔で、時生が仲間達に向き直る。
    「ちゃんと言っておかなくちゃ。遅くなったけれど明けましておめでとう!」

     悪夢を乗り越えた先にある新しい年。
     灼滅者達の道のりは、きっとまだ、これから。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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