アガメムノンの初夢作戦～ナイトメア・ビフォア……

■リプレイ

●
　東方より差し射る旭光が夜を破り、静謐に眠る街を光と闇に縁取る朝――。
　晦冥に溶けていた黒影は光を刺激に漣の如く波打つと、トプンと波紋を広げて塊と成り、夜色の外套に隠された怪腕が鞭の如く撓ると同時、周囲を薙ぎ払った。
　忽ち夜明けの静寂に轟音が染み、衝撃と破片が大気を突き破る中、倒れた街灯を踏み敷いたそれは、更に蹂躙せんと腕を振り上げた。
　――その時である。
「みらくるピンキー☆めいくあっぷ！」
　可憐なる声音が猛撃を縫い止めた。
「この『夢見るメリーピンク』が、灼滅という悪夢を見せてあげますっ！」
　防寒も万全、もふもふのピンク羊さん衣装【*dreamin’ merry Pink*】に身を包んだ若林・ひなこ（夢見るピンキーヒロイン・d21761）が、細指に敵影を射抜く。
「……」
　灼滅者、現れり――。
　言を衣に隠した尖兵は彼女に正対し、そして更なる気配を悟ったか、
「探しものは見つかったかしら」
　電柱の碍子に立ち、【カウリオドゥース】の切先を突きつける待宵・露香（野分の過ぎて・d04960）に視線を繋ぐと、
「新春の清らかな空気を汚すシャドウの手下、たとえ朝靄に隠れようとも――」
「……」
　口上も終わらぬ裡に凶腕を振るい、電柱を破壊して足場を奪った。
「きゃっ」
　顔面から落ちる彼女を貫穿せんと伸びる影は、然し颯爽と割り入る堅牢に阻まれ、
「早朝から随分と威勢が良い」
「……ッ」
　巨勢・冬崖（蠁蛆・d01647）の鋼鉄拳に弾かれると、激痛に霧消して袂に隠れた。
　頑強なる楯の後では、降り落つ少女を志賀神・磯良（竜殿・d05091）が抱き留め、神楽の舞に神官へと姿を変えている。
「祓い給え、清め給え！」
　破邪の息吹に軍庭を整えた彼は、一帯に檻を成して人を拒み、之より出づるは一方のみ。
　その波動に衣の裾を揺らした尖兵は、突如差し込む明光に僅かに反応が遅れたか、
「いっそ、マントを被せたまま灼滅できれば良いのですが」
「暴かぬ事には弱点を見出せぬとは難儀な事よ」
　眩惑したのは荒谷・耀（護剣銀風・d31795）が放った婚星の矢の煌きか、或いはその矢を受け取った館・美咲（四神纏身・d01118）の、朝陽を浴びる額の返照か――兎も角両者は敵が怯む間に攻撃の精度を高め、
「街を守る覚悟も、悪夢を倒す覚悟も、できていますわ」
　葵・さくら（ツンデレ系女子高生・d34645）は硝子に隔てた黒瞳を犀利に輝かせながら、漆黒の魔弾に敵の挙動を牽制する。
　彼女の援護を受けて黒刃を走らせるソフィア・ヤノクスカヤ（トリグラフ・d35288）は、
「先輩の皆さん、今日はよろしくお願いします！」
　灼滅者になって日が浅い身には仲間が先達か、頼もしいメンバーに気合を得た斬撃は敵背を袈裟に裂き、夜色に沈む衣を早暁に躍らせた。
「……ッ……」
　姿が暴かれる瞬間、炯眼が集まる。
　フワリと寒風を泳いだ衣、その下に蠢くは――またも、闇。
「……ォ、ヲ……ォ……」
　人型を成さず、無数の腕を成す黒塊は蟲か蚯蚓か、えもいわれぬ蠕動が不気味に迫る。
　刹那、弾かれた様に躯を差し出して延伸する触手を受けたのは冬崖。その直感は正しい。
「――ッ！」
　その一撃が彼以外に届いていたならば、一人は確実に致命傷を負っていただろう。
　本能で振り上げた脚蹴りが心臓に向かう軌道を往なしたものの、脇腹を鷲掴む握力の強さは精悍な面差を歪めるには充分で、吹き上がる血潮が凄惨を物語る。
　残渣油の如く重粘質な触手は地を這うのみならず、塀の溝やポストの陰など、あらゆる暗がりから手指を伸ばしては腕や足を引き、
「一体、誰の夢でしょう？」
「これはホラー！」
　ソフィアはティアーズリッパーに手指を斬り捨て、ひなこはレッドストライクに腕を切断するも、次なる暗黒が続々と五指を広げて四肢を掴む。
「捕縛の悪夢、でしょうか」
「朝日に浮かび上がる影から湧き出てきますわ」
　【三宝の御幣】を掲げて耐性を配る耀は、さくらの闇の契約と共に自陣を守るも、物言わぬ敵より攻略を見出すのは難しい。
「然し『初夢』を実体化させるとは、はた迷惑な事をするものじゃ」
　悪趣味な、と皮肉を呟く美咲は、自らの螺穿槍にすら絡みつく手に形良い唇を噛み、
「誰の夢を食べたのかしら……周りに被害が出ないうちに片づけましょう」
　露香は闇雲に伸びる触手が信号機を握り潰す、その強靭な膂力に眉を顰めながら、フォースブレイクを炸裂させた。
　少女らに迫る魔の手を斬魔刀に手折るは阿曇。
「阿曇、その身を盾として皆を護りなさい」
「わふっ」
　阿吽の呼吸で鋼糸を巡らせた磯良は、尚も伸びる腕を纏めて封縛すると、
「ああ……初夢が実現するなんて地獄だな」
　震えが止まらない――と麗顔に微笑を乗せつつ、額に汗を滲ませた。

●
　暗黒より伸びる数多の手に手や髪を引っ張られ、闇に飲み込まれる――。
　走っても足掻いても逃れられぬ毎度の悪夢――過去の監禁に起因するトラウマを、初夢にも見てしまった後悔は、飄々たる磯良を大いに乱していた。
「悪夢が現実になるなんて、ガチホラーだね」
　彼らしい軽口は変わらぬも、目はまるで泳いでいる。
「……オ……ォヲ……」
　深淵に刻まれた恐怖を目の当たりにしているのだ、無理もない――。
　冬崖は異形と彼を遮るよう屹立し、相棒の【Beelzebub】と共に全身を以て楯を成せば、
「時間は稼ぐ」
「弱体化のヒントを得たい処ですが、どうかご無理はなさらず」
　肉をも千切らんとする触手は耀が神速なる斬撃に寸断しと、防御も連携が利いている。
　攻撃手も感情の絆を結んで疾く速く、
「ともあれ、周囲を気にしなくて良いのは気楽じゃな！　存分に戦わせて貰おうぞ！」
「作戦は『ガンガン行こうぜ☆』ですね！」
　恐怖もろとも払拭せんと天翔けた美咲とひなこは、好戦的に花顔を輝かせてレイザースラストを重ね合わせた。左右より伸びた白撃は敵影を交点に、断罪の十字を描いて闇を裂くも、繋ぎ合った腕は黒叢と戻って尚蠢く。
「手首を絶てば、少しは――」
　攻撃の要を見出したソフィアは、禍々しき連環を断たんと愛用の断斬鋏を疾駆させるも、
「深入りはしない方がいい！」
「、！」
　磯良の鋭い発声が袖を引いた瞬刻、彼女は身ごと絡め取られて闇の沼へと捕われた。
「……ォオ……ヲ……」
　――血を、血を。
　――我が主に標すべき血の証を。
「く、っ……」
　鮮血を絞る如く、捩じ切る様な力の強さに声が滲む。
　豊満な胸が苦しげに息を零した刹那、露香はやや佳顔を暗くさせて踏み出た。
「新年早々、妙なのが出たわね……心の傷を攻めるなんて」
　その邪智、狡猾に敵を知る鍵があればと身を翻した彼女は、
「きっと灯や光が弱点だ」
　磯良の助言を受け取るや否や、マジックミサイルを虹色に輝かせて撃ち込んだ。
　早々に攻略を見出した磯良と、即座に対応した露香の攻撃は見事奏功し、
「オォ……ッォヲ……ッ！」
　光弾に怯んだ腕は、激痛に悶えて地を這いずる。
　その隙に阿曇は緊縛を寸断してソフィアを連れ、彼女を迎えたさくらが温かい幽光に傷を癒せば、布陣は再び整い、
「灯や光で影を狭めてはいかがでしょう」
　更なる気付きが、敵に追い討ちを掛けた。
　さくらの言に戦術のヒントを得たひなこが繰り出すは灼熱の奔流で、
「今年も『魂がジャマー』な私で行きますよー！」
　迸る焦熱と赫光が、粘着く触手を囲い込み、暴悪の儘に伸びる手指を焼いていく。
「刻は未だ朝ぼらけ。影が長いから勝手をしおる」
「陽が昇るまで待ってもいられねぇしな」
　頷きを合わせた美咲と冬崖、両者の脚より繰り出る紅蓮の怒涛と流星の瞬きは、熾烈なるダメージを見舞うと同時、敵影を浮き彫りにして追い立てる。特に美咲の場合、来光を反射させた額が闇を払う一助となったのだが……これは秘密。
　光に囲われた触手に差し込むは、スナイパーの精緻なる攻撃か、露香とソフィアが絶妙のコンビネーションを決めた。
「人の心に土足で踏み入った罪は大きいわよ」
「お仕置きします！」
　影を濃くした腕を貫くレイザースラスト、その軌跡に沿うティアーズリッパーが、散りゆく闇を更に細かく引き裂けば跡形もない。
「オ、ォォ……ヲォ……」
　反駁に伸びる腕は髪を掴もうとするが、五星結界符に阻まれた手指は空を泳ぐのみで、
「あまり調子に乗らない方がいい」
　性質は良く分かっている――と苦笑いを浮かべる磯良は、複雑な心境だろう。
　一同が弱点を衝く間に自陣の強化は揺ぎ無いものとなっており、
「皆さん、回復はお任せあれ。オーラの力で癒して差し上げますわ」
　指先に紡ぐ治癒の光も目映く、さくらが敵を遠ざけて味方を支えれば戦陣は堅強を増し、全員の耐性を補った羽翼――耀が攻撃へと特化すれば、愈々優勢は明らか。
「畳み掛けます」
　緋色の勾玉が攻撃色に輝いた瞬間、凄絶なる殴打が闇を無残に引き裂いた。

●
　伸び行く触手を光に楔して紅焔に灼き、集められた闇黒を鋭刃に千切っていく――。
　捕えれば圧倒的な握力と膂力に飲み込む「悪夢」も、弱点を攻めれば余程の脅威には成らず、更に距離を掴み出した灼滅者は、手足を奪われる事なく猛撃を返していた。
「何処に連れて行こうとしているのかしら」
　主の元なら考えても良い――と言う露香は、然し白き柔肌には一指も触れさせず、疾風の斬撃に打ち払う。別の触手が蔦の如く這い寄るが、迅速なる立体機動に翻弄されては残像も掴めない。
　露香が碧落を駈れば、地より身を低くして飛び入るはソフィアの黒死斬。
「アガメムノンの思惑通りにはさせません……！」
「……オ、ォ……ヲォ……！」
　天地一体の連撃は蠢く闇を蹴散らし、激痛に悶えた怪腕は白銀の艶髪を掴まんと動くも、僅かにそれを梳るのみ。嘆きの声と歯軋りが、暗闇の中で不気味に木霊する――それが精一杯のようだ。
「だんだん小さくなってきましたねっ」
　無限とも思われた黒叢に質量を見出したひなこは、猛炎の次は煌星の輝きにその形を暴き、超重力に挙動を妨げる。濃灰の舗装路にへばり付く腕は尚も抗って食指を伸ばすが、ヒロイン然たる彼の玲瓏を穢す事は出来ない。
　少しでも光に触れようものなら、さくらの雲耀剣がそれを拒み、
「心の闇に触れる下策、認める訳にはいきませんわ」
　冴光を放つ愛刀を一閃――少女の凛然が奸悪を斬る。
「……ォオ、オヲ……ッ！」
　――主にせめて灼滅者の痕跡を。
　――幾許も多くの血を、印に。
「ォ……オヲヲッ！」
　敗色を知りつつ殺意と執念は募る儘に、漆黒の触手は塊ごと驀進して一同に迫れば、「ぎゃっ」と磯良が鳥肌を立てた瞬間、冬崖が踏み出る。
「初夢から幸先の悪ィモン見せやがるとは、いい度胸してるじゃねぇの」
「オォヲヲォォッ！」
　数多に伸びる手指は膚を咬み肉を喰らい、進撃を防いだ楯を朱に染める。
　然し冬崖とて悪戯に血を差し出すつもりはなく、創痍を許す代わり渾身のマルチスイングに敵を後退させ、覆らぬ劣勢を突きつけた。
「武蔵坂の破壊なんて絶対にさせないよ」
　或いは己の平穏も――と胸奥に冷や汗を拭う磯良は何とも不憫ながら、悪夢との決別を最も願う身でもある。
「さあ、闇は祓って進ぜよう」
　阿曇の弾幕を援護に浄衣を翻した彼は、袖より鬼神の力を暴いて闇を引き裂き、蠢動する手が蝕む傍ら血飛沫と共に駆け抜けた後には、絶叫が耳を劈いた。
「オオォォヲヲッッッ！！」
　そこへ間隙を許さず、耀が黒死斬を被せる。
「もう隠れる影も逃げる足もありません……って、足は最初からありませんでしたね」
　何度も重ねた足留めが、終に全ての腕を斬り落とし――機動を殺す。
　繊麗なる躯を花弁の如く嫋やかに翻した彼女は、敵の死角でそう呟いたのだが、最早その佳声は聞こえまい。
　何故なら敵前に仁王立つ人影は小柄ながら大いなるオーラに終焉を匂わせ、
「くくく、身動きが取れにくくなった所に思いっきりブチかますのは楽しいじゃろうなあ」
　雲を掴む如き手応えのない戦いに鬱憤を募らせていた美咲は、迸る闘気と共に黒塊を掴むと、全身全霊を以て地獄投げを決め――、
「ォオオォヲヲオオオッッッ！！」
　満面の笑みに闇を屠っていた。

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　悪夢の尖兵を倒しても尚、灼滅者の緊迫は暫し収まらなかった。
「タロットについて、何か判ればいいんだけど……」
　戦闘跡を始末する傍ら、黒幕を辿る手掛かりはないかと戒心を注ぐ露香をはじめ、一同は先刻の戦闘を思い起こしながら、頓て来る真実に闘志の灯は消さぬ儘。
「之で終わりではない筈じゃ。警戒を怠らぬ様、注意しておかねばな」
　寧ろこれからだと、周囲に慧眼を巡らせる美咲は決して杞憂ではない。
　眼前の敵を確かに灼滅した感触を得つつ、小ぶりな拳に残る違和感もまた素直に受け取りながら、取り戻した安寧に啼鳥を聴く。
　彼女の隣では磯良が透徹たる玉容を私怨に曇らせており、
「悪夢の初夢作戦？　全く趣味が悪い」
　学園に喧嘩を売ったこと、必ず後悔する事になる――と珍しく硬い語調。
　持前の明るさに影を差すは気疲れもあろうが、ふわりと漂う甘い香りに、ふと怨毒は去り、
「お疲れ様でしたっ☆」
　あったかミルクココア（道産牛乳使用）と共に香り立つひなこのニコニコ笑顔に、強張っていた肩の力が抜ける。彼女が湯気を配り終えた頃には、仲間の顔にも安堵の色が差していた。
「大丈夫ですか？　塞いで差し上げます」
「ありがとうさん」
　体力の及ぶ限り仲間を庇い続けた冬崖は、まさに満身創痍。
　戦闘後、素早く駆け寄ったさくらは凄惨たる深手に漸く治癒を終えたらしく、眼鏡を外して汚れを拭いた折に彼の謝辞を受け取り、そっと頬を染めていた。
「……やだ、そんなに見ないでください、恥ずかしいですわ」
　普段のクールな印象が一変、可愛らしい童顔が恥らいを湯気に隠す。
　その様に微笑しつつ、カップの温もりを掌に包んだ耀はほっと白息を吐き、
「とりあえずは皆さんも街も無事で、何よりでした……」
「他の戦場も気になりますが、勝利を報告できそうです」
　同じく吐息を零すソフィアと頷きを交わした後、素敵な提案に口を開いた。
「気分転換に何か美味しいものでも食べに行きましょう」
　一斉に是の声を上げれば、一同は新しい一歩を踏み出し、悪夢を払うに更なる声が掛かるのも頼もしい限り。
「それから後は寝直そうぜ。次はきっといい夢が見られる筈だかんな」
「今度は全員でいい夢が見られますね」
　冬崖とソフィアに頷きを返す皆の顔は、朝焼けの様に晴れやかだ。
「そういえばご挨拶がまだでしたね！
　改めまして！
　皆さん明けましておめでとうございますっ！」
　加えてひなこが深々と、年に一度の挨拶を交わせば、一斉にペコリと礼が返るのも何より楽しかった。

　――今年も良い年になりますように。

　年初めに制勝を掴み取った彼等は、雄然たる背に朝陽を浴びて戦場を後にした――。
　

作者：夕狩こあら	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年1月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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