突如アーケード街の看板が薙ぎ倒され、ガラス窓が粉々に割れ飛ぶ音が響き渡る。時刻は1月2日早朝、酔っ払いが騒いでいるには少し遅すぎるし、不良が喧嘩をするにもちょっと早すぎる。
しかもアーケード街を荒らし回っているのは、遠目には黒い人影か何かのようにも見えたが、何やら深い色の、頭から足元までをすっぽり覆う大きな布を被った『何か』。
夜色の帳を纏ったまま『何か』は、ガツガツと電柱の根元を蹴るだの店舗の軒先を殴るだの、ひどく無軌道に暴れまわり続けていた。
●アガメムノンの初夢作戦~夜色ナイトメア
新年早々呼び出して申し訳ないけれど、とひんやり冷えきった真冬の教室で成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が切りだした。
「『歓喜のデスギガス』配下のアガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化して悪夢の尖兵を現実世界に出現させたらしい。武蔵坂学園があるこの武蔵野市一帯が、シャドウによる攻撃を受けている」
アガメムノンは灼滅者の本拠地が武蔵野だという事は知らないはずなので、この襲撃そのものは『どこにあるのかわからない灼滅者の拠点を襲撃するためのもの』と思っていいだろう。
「ただ不幸中の幸いと言うか武蔵坂学園の規模を知らなかったようで、襲撃によって学園が危機に晒されている、というほどのレベルではないね」
しかし灼滅者はいいとしてこのまま放置するなら武蔵野市、ひいてはアーケード街一帯に大きな被害が出ることは避けられない。静観しているわけにはいかないだろう。
「普通、悪夢の尖兵というものはソウルボードの外に出ることはできない。初夢っていう特殊な夢な事や、タロットの力で無理やり現実世界に具現化しているようだね」
そのため、本来なら24時間ほどで消滅してしまうようはずだ。しかし消滅するまでの間はダークネスに匹敵する高い戦闘能力をもって武蔵野一帯を破壊してまわるので、時間切れを狙うことはできない。
「悪夢の尖兵は夜色の大きな布……シーツみたいな何かを被った、絵本に出てくるような『おばけ』を想像してもらえるとわかりやすいかもしれない」
戦闘が開始され本気になると、悪夢の尖兵はシーツを脱ぎ捨てて本来の姿を見せるようだ。
その姿は灼滅者が見た初夢が元になっているようで、戦闘方法や性質などもその内容に準じるらしい、ということがわかっている。正体を現したさいその初夢が何かを判断できれば有利に戦えるかもしれないが、これは少し難しいだろう。
「正月早々何とも厄介な事をしてくれたもんだけど、なんとか被害が拡大する前に対処してほしい」
いい初夢に恵まれて上機嫌で外に出たら破壊された街並みが広がっていた……だなんて、それこそ悪夢と呼ぶべきだ。
参加者 | |
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玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) |
堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561) |
雪片・羽衣(朱音の巫・d03814) |
碓氷・炯(白羽衣・d11168) |
天使・翼(ロワゾブルー・d20929) |
興守・理利(赫き陽炎・d23317) |
白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496) |
シフォン・アッシュ(影踏み兎・d29278) |
まだ夜明けにはやや遠い、暗い空を見上げた玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)が着物袖の下で欠伸を噛み殺す。
「ちゅうか朝早いなぁ……ゆっくり寝正月さして貰えへんのやねぇ」
「ほんと、悪い夢なんて、ただそれだけで滅入るってのにさぁ。そんなものいっちいち具現化せんで欲しいヨネ、まったく!」
小柄な体躯には持て余しそうにも思える大鎌を軽々と振り回し、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)はひんやり静かな夜気へふうっと息を吐いた。今年も明けて早々、さっそく面倒な事になったなぁ……としみじみ考えつつ、白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)はアーケード街に続く道を急ぐ。
シフォン・アッシュ(影踏み兎・d29278)もまた、やはり小柄な体躯に似合わぬ、無骨かつ巨大なバベルブレイカーを弄びながら藍色の早朝の空を見上げていた。
「お正月からダークネスもよく働くもんだよねっ。あっちが忙しいと私達まで忙しくなるから、もーちょっと、寝ててくれてもよかったのに」
「……一応、サイダーは持ってきたけど」
一方、某有名メーカーのサイダーのボトルを不安げに見つめていた雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)は、相棒のオロピカが鼻をふんふん鳴らして足元にまとわりついていたことに気付く。
「ま、ラブリーけーたん形態ならこれで動きが止まるはずだし」
大丈夫だよね? と誰にともなく呟いて、羽衣は霊犬のふこふこの毛並みを撫でてやった。ばっちり冬毛のダブルコートな白い霊犬になにか、励まされたような気がして羽衣は小さく笑う。
「……何でしょう、これ」
「石鹸水です」
妙に硬い表情の碓氷・炯(白羽衣・d11168)に、やや白濁した液体を詰めたペットボトルを手渡された興守・理利(赫き陽炎・d23317)が軽く首をかたむけた。軽く振ってみると、なるほど水面へ泡が立つ。
「何に使うんだ、石鹸水なんて」
「万が一、必要になった時にはご説明します」
同じく中身をしゃこしゃこ振っていた天使・翼(ロワゾブルー・d20929)に、炯は若干青白くみえる顔で呟いた。
恐らく悪夢の弱体化につながるヒントがそこに隠されているのだろうが、翼には石鹸水が弱点、あるいは何らかの鍵につながりそうな『何か』が思いつかずひたすら首を傾げるしかない。……石鹸水なんて言うからには汚れ物とか、何かにひどく汚れる夢とかだろうか。別に炯自身、潔癖症というわけでもないようなのでやはりまったく想像がつかない。
「皆けっこう悪夢対策、しっかり準備してきたんだね……」
「んん、俺のは準備が要るほどの悪夢やないしなあ」
感心したように呟く純人に、ひらひら羽織の袖を揺らして一浄が笑う。――そう、色あせてしまった黒い紙の烏の群れなど、今の一浄ならば青い鬼火の七不思議の怪談で焼き払える。
しかしながら、曰く悪夢の尖兵は誰かの悪夢の姿をとるために、いざ対峙してみるまでどんな悪夢かは誰にもわからない。
「それにしても、わかりやすーいシーツお化けて、ハロウィンに出遅れたんかいな」
「さ……さあ……?」
西国は笑いとツッコミに厳しいらしいことを思い出した理利が曖昧に言葉を濁す。そして突如、数メートルほど離れた角の向こうからガラスの割れる音がして表情を変えた。
「そんじゃま、オレっちのタスクを果たすとすっかね」
一浄が人払いとばかりに百物語を語りはじめたのを横目に、破砕音が聞こえたアーケード内へ翼が踏み込んでいく。
丸い天井をかけたアーケードのちょうど真ん中、カフェを併設したケーキ店の窓ガラスが見るも無惨に粉々になっていた。ぽつりぽつり灯る常夜灯の下、気配を感じたのかゆうらりと白い布が揺れる。
一瞬夢の記憶が脳裏をかすめた純人が眉を顰めた。……真っ赤に汚れた、ふたつの影。気がふれてしまったように滅茶苦茶に、意味のない叫びをあげる声が耳の中へこびりついている。
もしその悪夢を尖兵が取り込んだなら、――掃除するだけだ。
「夢は夢ん中へ帰んなさいよね! まずはそのシーツ、剥がしてあげる」
その眼前へ走り込みざま、シフォンは両腕へまとわせたダイダロスベルトを振るう。真冬の夜気を切り裂いた帯がまっすぐに伸びていって、シーツお化けの足元を抉った。
ばらばらとアーケード内に現れた灼滅者の姿に、シーツお化けがぶるりと体を大きく震わせる。体勢を立て直す時間など与えまいと、間髪入れず朱那と羽衣が攻め込んだ。
「さあさ早く正体現しちゃいなって!」
怪奇煙をそれぞれ前衛後衛へ配りおえていた純人が、朱那の背へ矢を向ける。放たれた矢は朱那の背を射抜かず、直前で放射状にほどけた光がその小柄な体躯を包み込んだ。
炯や一浄が最後衛から雨あられとサイキックを撃ち込んでくる中、その軌跡を紙一重でかいくぐったシフォンと羽衣がシーツお化けに肉薄する。
顔はもちろんのこと、これでは声も息づかいもわからないが、どうやら白い布の下はおおむね人間に近い姿形をしていたようだ。そのシーツを剥いだら別人のような形相をうかべたファイアブラッドの少年がいるのでは、という恐ろしい想像が脳裏をかすめ、羽衣は一瞬唇を噛む。
「アルティメットけーたんになる前に倒さなきゃー……」
だってもし巨大怪獣が夜に現れでもしたら、申し訳無さ過ぎてうい、闇堕ちしちゃう。
大切な存在が闇の底に墜ちる夢など、そんなものただの一回だけで十分だ。しかもダークネスの手によってそのありさまを見せつけられるなんて、いらない。
果敢に羽衣と並び、シーツお化けを攻めたてるシフォンが吼えた。
「富士山から鷹が飛んできたまではよかったけど、長ネギ突っ込まれるとは思わなかったよね!」
「……。それって鴨が葱背負って、とかそういうのと混ざったんでしょうか……」
思わずツッコまずにはいられなかったらしい理利の呟きを聞きながら、一浄が眉をひそめる。続けざまにシフォンがその懐へもぐりこみ杖での殴打を見舞うと、たまらず悪夢の尖兵は灼滅者から距離をとった。
仕切り直しと思いきや、ふうわり、白い布が一陣の風に揺れて舞い上がり、そしてその中に包まれていたはずの物体が突然実体をなくして崩れ落ちる。
もしや本気を出させる前に討ち取れたか、と一瞬純人が笑みをこぼしかけたのもつかの間、白い布の中心から端へ広がるように、細かな波がひとつ、広がった。
「……」
……その波が布を伝っていく一瞬、こう、丸い何かの無数のシルエットが面積いっぱいに拾われたような気がして翼はごくりと喉を鳴らす。いや、そんな、まさか。
まさかそんな不吉な予感があってはならない、と純人は心底から見間違いを願うものの、あの類似するサイズの昆虫が意外となかなか存在しない。なんともあの絶妙な大きさに似ていた、なんて絶対考えちゃいけない。
黒光りする、異様に俊足なアイツら。あまつさえ飛ぶとか絶対卑怯だし。しかも何でか知らないけどよりによって顔に向かってくる率やたら高いよね!
「あの……なんか、今の」
「――」
それを狩る習性を持つものの、はるかに恐怖心をあおる外見をした蜘蛛の着任を喜び、あまつさえ軍曹と崇め奉りたくなるほどのアイツらに。似ている、なんて。絶対に思っちゃいけない。
「……ああ――成る程なぁ。こらえらいこっちゃ」
のほほんとした一浄の声を背景に、わさり、と布の中心が大きくざわめき炯の頬がひきつる。
カサコソカサコソ、その下から足音が聞こえるような錯覚があってみるみる冷や汗がにじみだした。嫌だ嫌だその布の下の悪夢の正体を知りたくない!
「……。誰の夢かはわかりませんが初夢に恵まれなかったようで、御愁傷様です……とりあえず、少し端っこのほうめくってみましょうか、アレ」
「嫌ああああやめてやめてやめてアレものすごく嫌な予感する無理無理無理! ういここで待ってる!!」
昆虫類が平気な理利が布に向かって歩き出そうとすると、割と本気で半泣きになった羽衣がぶんぶん首を振って接近を全力拒否した。普通そうなる。誰だってそうなる。
「しかし、ただここで待っていても夢の尖兵を灼滅することはできないでしょう」
理利の溜息交じりの呟きは正論だ。正論だが、残念ながら生理的嫌悪感を克服することとダークネスに立ち向かう勇気はイコールでくくれない。すれいやーにだってにがてなものはあるんです!!!!
「あたしもできればああいう脚は遠慮したいリアルサイズ一体だけならともかくあの数でこられたらちょーっと無理っぽい」
動揺のせいか笑顔を貼り付けたままの朱那の目が、どこかのあらぬ場所を見ている。布の下を見たくない一心なのかもしれない。
「……そこまで言わはるなら、とりあえず目ぇ閉じてサイキック順繰りにぶっぱしてれば、いずれ一発二発くらい当たるんやない……?」
どうにかこうにかな折衷案を提示した一浄に、神薙刃以外でアレを殴れと!? アレを蹴ろと!!?! と涙声になっている羽衣をどうどうどう、と翼が懸命になだめている。
「まあまあ、アレは確かにアレだけど正体シャドウって言うか悪夢の尖兵なんだから直で触っても別にアレを触ったことにはならねーよ、現実のゴキブリじゃねえんだし」
「ああああああ名前は言わないで下さい名前は! 寒気が! 寒気が!!」
あろうことか悪夢のネタ元となってしまった炯が頭を抱えた。
『台所に沸いた大量のゴキブリに追いかけられる夢』……とは、なんとも色々リアルすぎて笑えない。一匹見つけたら物陰に何匹もいる、とはよく言われるものだが、あの布の下にいったい何匹隠れているのかなんて本気で考えたくない。嫌すぎる。たとえそれが本物のGでなくたって、存在自体が嫌なものはどうしようもないんです!
「ま、まあここでああだこうだ言ったところで、どのみち倒さなきゃどうしようもないよね……」
シフォンがものすごく遠い目をしながら、がしゃこんとバベルブレイカーの可動部を引いた。灼滅者が仕掛けてこないことに焦れたのか、ざわざわと白い布が揺らめいて、その下から無数の黒い影が這いだし、またあるものは宙を飛び出てくる。
ぃぎゃああああ、と誰かの本気の悲鳴を背で聞きながら理利は弓を引いた。きっとこれこそが噂のSun値チェックというやつだ、というフレーズが脳裏をかすめて苦笑が漏れる。
もともと虫はあまり気にならないたちだが、いかんせん数が多い。彗星撃ちで次々と黒光りする例のアレを射貫いていく横、一浄が鬼火のようにも見える七不思議の怪談でまとめてダメージを与えていく。
Gであるかどうかは関わりなく、昆虫系の脚がだめな朱那ははっと我に返って手元を見下ろした。そこには炯がメンバーへ事前に手渡していた、石鹸水のペットボトルがある。
「ねえちょっと、これ、どうやって使うの!」
カサコソカサコソ、足元を黒いアイツらが走り回る中で必死に朱那が尋ねている光景はなかなかシュールなものだったが、炯はなんとか、虫のたぐいは石鹸水をかけると窒息するんです、と叫んだ。
半信半疑で純人がアーケード内の石畳を走り回るGへ石鹸水をぶちまけると、……効果覿面、石鹸水なのでもがく脚でぶくぶく泡をたてながらもGが動けなくなっていく。
見た目こそGそのものだがれっきとしたダークネスなのでさすがにそのまま窒息、もとい灼滅ということにならないらしい。しかしながら、動けなくしてしまえばあとはひたすら殴るだけだ。
「ああああ、嫌、アレが捕まえに来るん……!」
偶然ながらも昆虫の関節肢状のものをトラウマにしていた朱那がGの存在にひいひい言いながら、それでも咎人の大鎌を振るい次々と黒光りするアレを片っ端から灼滅していく。
アーケードの石畳を所狭しと走り回っていた黒いアレを一つ残らず灼滅し終わる頃には、藍色の早朝の空はずいぶん白みはじめていた。
「……ははは、こりゃ堪えるわ……」
流石に数が数だったので、最後の一体を討ち取った翼が疲労困憊といった様子でがっくりと膝をつく。彼の夢は白い獣に無邪気にじゃれつかれる、といったものだったが、果たしてコレとそちらとでは、どちらがよりマシだっただろう。
「このような可愛い規模で済めば良いのですが……」
石鹸水に濡れていない場所を選んで石畳に座り込んだ理利もまた、額の汗を拭っていた。続いたはずの言葉は、そのまま飲みこむことにする。
どうやら、今年は波乱に満ちた一年になりそうだ――。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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