2016年1月2日。お正月をゆっくりと過ごす人たちが、まだ布団の中で夢を見ながらまどろんでいる早朝。それは突然に起こった。
何者かが、武蔵野周辺で暴れまわり、辺りを破壊して回っていた。公園のベンチはへしゃげ、樹木たちは蹂躙されていく。その何者かは、夜色のシーツのようなものをすっぽりと被っていて、どんな姿をしているかわからない。ただ、その暴虐な様子は、悪夢が現実に現れたかのようだった。
「みんな、新年早々集まってくれてありがとう」
橘・創良(高校生エクスブレイン・dn0219)は、全員に優しく微笑みかけながら説明を始めた。
「急ぎの依頼だったので、急な招集になってしまったけど……大事な依頼なのでどうかよろしく頼みたいんだ」
創良の表情が引き締まったものとなり、集まった灼滅者たちの顔にも一瞬の緊張が走る。
「第2次新宿防衛戦で撤退した、四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下、アガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたようなんだ」
第2次新宿防衛戦は皆の記憶に新しい。重要な依頼であることが充分に伺えた。
「アガメムノンは、灼滅者の本拠地が武蔵野であることを知らないはずだから、この作戦は『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』為のものだと推測されるんだ」
真剣な表情で創良は言葉を続ける。
「さらに、武蔵坂学園の規模についても知らなかったようだから、襲撃自体は武蔵坂学園の危機というほどではないと思われる……でも、このまま放置すれば、武蔵野周辺に大きな被害が出るのは間違いないから。みんなには、武蔵野周辺に出現した、この『悪夢の尖兵』の灼滅をお願いしたいんだ」
そうして、創良は今回の敵の情報を灼滅者たちに伝える。
「悪夢の尖兵は、本来ソウルボードの外に出ることは出来ないんだ。けれど、今回の事件は初夢という特殊な夢であることと、タロットの力を使って無理矢理発生させているようなんだ」
そのため、この悪夢の尖兵は24時間程度で消滅するだろうと創良は付け足した。けれど、消滅するまでの間はダークネス並みの戦闘力をもって破壊活動を行うので、時間切れを待つということは出来ない。
悪夢の尖兵は、武蔵野周辺の公園に出現するようだ。早朝とはいえ、一般人が巻き込まれる可能性もあるので人払いをしておくとより安全だろう。
「悪夢の尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしているんだ。ただ、戦闘時に本気になると、そのシーツを捨てて本来の姿を見せるようだよ」
本来の姿は、灼滅者が見た初夢が元になっているようで、戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じるようだ。
「正体を現したときに、その初夢の内容が何かを判断できれば有利に戦えるかもしれないけど……それはそれで難しいかもしれないね」
悪夢を弱体化させるために、自分自身が目を背けていたことを指摘したりと自虐的な要素もあって、心に傷を負う可能性も否めない。
「新年早々少し厄介な依頼だけど……みんななら、しっかり解決してくれると信じてるよ。よろしくお願いするね」
最後に表情を緩めると、創良はにっこりと微笑み、灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
新城・七波(藍弦の討ち手・d01815) |
蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965) |
穂照・海(夜ノ徒・d03981) |
黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167) |
久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285) |
風間・紅詩(氷銀鎖・d26231) |
羅刹・百鬼(一人ぼっちの百鬼夜行・d27920) |
ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617) |
●初夢は悪夢の香り
1月の早朝は冷え込む。
張り詰めた冷気と静寂。街灯の明かりが八人の影を浮かび上がらせた。
正月早々厄介な事件が多発していて、灼滅者達に正月ボケする暇などないのかもしれない。
「新年早々、慌ただしい事態になってますね」
寒さのため、白い息を吐き出しながら、黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)はやれやれと呟く。探偵として、鋭い観察力と洞察力を誇る毬亞は警戒も怠らない。
「でも、誰も傷付けたりはさせませんし、拠点も敵に知らせる訳にはいきません」
「せっかくの初夢が悪夢……おみくじが凶だったような気分になりますね」
初夢が悪夢となって具現化するというややこしい敵を相手に、新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)はそう評する。ただ、現れたからにはしっかり灼滅してすっきりするしかない。
「ぎゃは、悪夢、悪夢ねぇ……あたしゃ、思いっきり暴れりゃそれでいーぜ」
初夢が悪夢になるということには興味がない様子の羅刹・百鬼(一人ぼっちの百鬼夜行・d27920)は、戦闘で暴れられることが楽しみなようだ。
「何度も見る悪夢。それが初夢になるなんて……」
苦しげにそう呟いたのは穂照・海(夜ノ徒・d03981)。今までも家族を皆殺しにしたヴァンパイアの悪夢にさんざん苦しめられてきたというのに、よりによって今年の初夢がその悪夢だったとは。このあと、もしかしたら対峙しなければいけないかもしれないという事実に覚悟をもって臨むのだった。
「この辺りですね」
まだ薄暗く宵闇に包まれた住宅街を、蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)がライトで照らし出す。予知にあった公園にやって来ては、辺りを見回す。
「どんな悪夢やったとしても、きちんと向き合わんとね」
いつもは温厚な久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)だが、今回は思うところがあってか、厳しく真剣な表情をしている。誰かの悪夢が……ましてや自分の悪夢が目の前に現れるかもしれないという状況は、誰しも心穏やかではいられないだろう。
風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)が慎重に辺りを見回し、周囲の状況を確認する。
そこそこ広さのある公園の砂場辺りに、闇に紛れてはいるが確かに何かが動く気配がした。夜色のシーツのようなものをなびかせ、近くのベンチに歩み寄る。次の瞬間、ベンチが二つに折り曲げられた。
「正月早々面倒な相手だな……ちっ、胸糞悪ィ……とっとと終わらせて帰るぞ」
ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617) がそう呟くと、皆が頷き、動き出した。
●悪夢の使者
正月の早朝とはいえ、騒がしい音がすれば人が集まってくる可能性も否めない。海がサウンドシャッターを、ディエゴが殺界形成を用いて一般人が近づかないように配慮する。
「変身!」
雛菊がかけ声と共にスレイヤーカードの封印を解放し、明石のご当地ヒーロー『シーアクオン』の姿となる。他の皆も次々と戦闘態勢を調える。
「さあて、闘いの始まりじゃ」
戦闘開始と共に、いつもの優しげな面差しから、戦に向かう武士のようにきりりとしまったものになった敬厳がそう告げ、ヴァンパイアの魔力を宿した霧を辺りに展開する。
「招かれざる悪夢は引っ込んでてもらおうか」
ディエゴがバベルブレイカーを構え、夜色のシーツで覆われた身体の死の中心点を貫く。
強襲を受けた悪夢の尖兵は、破壊行為をやめると灼滅者達に対峙するように夜色のシーツを揺らしながらゆらりと蠢く。
「さて、一体誰の夢を再現するつもりなんでしょう」
注意深く相手の様子を観察しながら、七波は前衛の仲間に白き炎で援護する。
初手は悪夢の内容を判別するため、皆で様子を窺いながら有利な展開へと導く算段だ。
海もヴァンパイアミストで、毬亞は癒しの力を込めた矢で、味方の能力を高め、紅詩は帯の鎧で、雛菊は龍因子の力で、自身の守りを固める。ウィングキャットのイカスミも、尻尾のリングを光らせ援護する。
「ようやく暴れられるぜぇ」
百鬼が唇の端でにやりと笑うと、異形巨大化させた腕で思いっきり殴りつける。ナノナノの割れた心もたつまきを起こし百鬼に続く。
悪夢の尖兵もシーツで覆われた内部から漆黒の弾丸を解き放ち、反撃に打って出る。ディフェンダーとしてそれを受け止めた海は小さく呟く。
「悪夢……」
それは海にとって最も身近な脅威なのだ。だが、未だ悪夢の尖兵はその姿を誰かの悪夢に転じてはいなかった。
「本気になったときに、本来の姿を見せると言っていましたよね。今はまだ本気ではないということでしょうか」
毬亞がそう分析すると、雛菊も頷く。
「まずは本気になってもらわなあかんってことやね」
「では、武蔵坂学園、灼滅者達の力をとくとご覧あれ!」
敬厳が朗々と声を上げ、影の触手で悪夢の尖兵の動きを奪う。そこへディエゴが黄金郷の力を宿したビームを解き放つ。
「砕け散れ!」
七波の力強い声と共にマテリアルロッドから強力な魔力が流れ込み、内部から爆発が起こる。間髪入れず、紅詩が自身の影を鋭い刃に変え、その身体をシーツごと切り裂いた。
見事な連係プレーに、さすがに悪夢の尖兵もこのままではいけないと思ったのだろう。身体を覆っていた夜色のシーツが、ようやく明るくなり始めた夜空に高々と脱ぎ捨てられたのだった。
●悪夢の顕現
その瞬間を全員が固唾を飲んで見守っていた。悪夢が現実のものとなるのは、誰にとっても喜ばしいものではないからだ。過去の記憶、因縁、トラウマ、傷跡……そんなものが多く潜んでいるに違いない。
夜色のシーツの下に隠れていたのは、黒髪の年端もいかない少女だった。うずくまっていてもわかるその細い手足は鎖で繋がれ、その場から逃げられないようになっていた。
ゆっくりと顔を上げた少女から窺えるのは色白の肌と金色の目。皆が同時にはっと気付く。同じ面影を持つ人物がこの中にいた。
「……マジかよ。アタシの夢が具現化されちゃってんじゃん」
それでも不敵に笑う百鬼が、幼い頃の自分を見つめて呟いた。
『やめて、やめて。もうこれ以上は……』
幼い百鬼の姿をした悪夢は、苦しそうに許しを請う。
『これ以上カミを降ろしたら自分が自分でなくなってしまう……だから……!』
もはや百鬼も覚えていないような昔の記憶。座敷牢に繋がれ、死なないだけの食事を与えられていた。御神体などと崇められていたとしても、ただ都合良く大人達に利用されていただけだ。
悪夢が必死の叫びを上げる度、激しく渦巻く風の刃が灼滅者を襲う。
「百鬼さん、弱点とかわかりますか?」
毬亞が攻撃の手を緩めず、そう問いかける。倒すべき敵が仲間と同じ姿をしているというのは、多少気が引けるが、そうも言っていられない。
「アタシも忘れてたような記憶だからな……ちょっと考えさせてもらうぜ」
忘れたくもなる記憶だろうと、誰もが思ったが、口には出せない。目を反らしたくなるような光景だとしても、百鬼自身も仲間達も向き合い立ち向かわなくてはならないのだから。
「悪夢を打ち砕く……」
海が悪夢に立ち向かうように、シールドで殴りつける。自分の悪夢でなかったとしても、海にとって悪夢は忌むべきもの。知らず恐怖と怒りの感情がわき上がってくる。
「羅刹ちゃんの悪夢は、わたしら全員でやっつけるんよ」
破邪の白光がまばゆく輝き、雛菊は強烈な一撃をお見舞いする。
『神様に尋ねてばかり……何がそんなに不安なの? 神様にしか決められないことなの……?』
悪夢が囁き、異形巨大化させた腕で殴りかかってくる。攻撃をまともに受けた七波は、なんのと自己回復する。
「まだまだやれますよ!」
ナノナノが心配そうに百鬼の様子を伺い、ふわふわハートで癒してくれる。
「……そうか、わかったぜ」
百鬼が顔を上げ、過去の自分と対峙する。
「アタシは大人たちの手で人格が崩壊するまで無数のカミを降ろされ続けてた。……小さい子供に全てを押しつけて」
それは、今の百鬼自身も忘れていた大切なこと。
「神様頼りじゃない。自分自身の意志で何かを成し遂げるという決意を示すこと……それが、弱体化させる鍵だ!」
身体を覆っていた帯が力強い言葉と共に射出され、過去の百鬼を貫く。
あの大人たちは自分で何もできなかった。しようとしなかった。そして、今の自分もすっかり忘れてしまっていたことだった。
「何かに頼りすぎると自分を見失う……金もそうだ。最後にはその欲望に飲み込まれちまう……」
クルセイドソードを薙ぎ払いながら、ディエゴは呟く。彼もまた、強い意志をもってここに立っているのだ。
「誇りと自信を持つこと。わしもおじい様に恥じない戦いをしよう」
敬厳の誇り高く凛とした声が響く。緋色のオーラを宿した一撃は、悪夢を切り裂いていく。
「逃がしませんよ」
七波がレイザースラストで敵を貫くと、紅詩は己から噴き出る炎を武器に宿し、悪夢を終わらせるように敵を燃やし続ける。海も掌から炎の奔流を放ち、全てを焼き払う。
「しっかり弱体化してるみたいですね」
こくりと頷くと毬亞も魔法の矢を降り注がせる。
「昔のアタシの人格はもうどこにも残っちゃいないけど、それでも過去のアタシの上に築かれた今のアタシを生きてるんだ」
漆黒の髪に映える白いリボンに一度だけ触れると、百鬼は自分自身の意志で降ろしたカミの力で、激しく渦巻く風の刃を生みだし、悪夢を切り裂く。
「……わたしも、後悔していることも自分を責めてばかりのこともあるけど……それを誰かのせいにしたりはしない。真正面から受け止めて、また自分の足で歩いていきたいと思ってるんよ」
呼応するようにイカスミが鳴き、猫魔法を放つ。
破邪の聖剣が光を放ち、悪しきもの全てを切り裂き、破壊していく。
まばゆい光に包まれたその光景を、今はもう記憶にない幼い頃の自分を、百鬼は無言で見届けていた。
●夢のあと
「お正月から迷惑でしたね」
自分の初夢が具現化しなかったのは、良かったのか。恋人との夢を見ていた七波は複雑な心持ちでそう呟いた。
念のため、敵が何か残していないか辺りを確認するのも忘れない。
「自分の夢が具現化するかもってちょっと思ってたんやけど……きっとそのときは冷静ではいられなかったかもしれへんって思うんよ」
いろいろと思うところがある雛菊は、少しだけ寂しそうに笑った。誰かを偲ぶかのように。
海もまた、自分の悪夢について考えていた。何度も見た悪夢がもし具現化したならば、それに打ち克つことが出来たのなら、もうあの悪夢を見ずに済むのだろうか、と。だが、その答は誰にもわからない。
「アタシは思いっきり暴れられれば、それでよかっただけなのにな……ま、でも大切なことも思い出せたかもしれねーな」
思い出したくない記憶もあったろうに、それでも百鬼の顔はどこか清々しかった。
「悪夢であろうと、私の目を欺く事は、出来ません」
毬亞が言うとおり、それぞれの協力とチームワークで、無事悪夢を打ち破ることが出来た。
「ひとまず片はつきましたが、アガメムノンの作戦が気になりますね」
紅詩は何か手がかりはないかと入念に辺りを捜索している。学園に帰ってから、今回の事件について情報を共有することも何かの役に立つかもしれない。
「それでも長居は無用かと思います。ひとまず帰りましょう」
敬厳の言葉に、何人かが頷いた。一安心したら、眠気もあとからやってくるというものだ。
「新年早々おつかれさん。……はァ、今年も面倒な事になりそうだな」
ディエゴの言葉に、今まで平穏な一年なんてあったっけ? と首を傾げる灼滅者達だった。
作者:湊ゆうき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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