まだ暗い、日も明けきっていないころだ。東京は武蔵野、それらはいきなり現れた。夜色のベッドシーツのようなもので全身を覆い隠しており、その形は分からない。
けれど、その意思は明確。周辺を手当たり次第に攻撃し始めたのである。町は砕け、やがて見るも無残な骸と化していた。
今年も、いろいろな事件が起きるだろう。そう確信させる朝だった。
かなり急いできたのか、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)はカエルだかクマだか分からないキャラクターのパジャマに青いジャケットという出で立ちだ。隣の猪狩・介(ミニファイター・dn0096)もスウェット姿である。
「明けましておめでとうって言いたいところだけど、その前に急ぎの依頼よ」
そう、真剣な表情で切り出した。よほどの要件でなければ、これほどの灼滅者に招集がかかるはずもあるまい。
「前の新宿の戦いにも現れた、アガメムノンを覚えてる? あいつがやらかしてくれたわ」
なんと、タロットとやらの力で灼滅者の初夢を悪夢化し、悪夢の尖兵として現実世界に出現させたようだ。学園を狙った攻撃らしいが、当然、学園にダメージを与える規模ではない。だが、このままでは武蔵野周辺に大きな被害が出るだろう。
本来、悪夢の尖兵がソウルボードから出ることはあり得ない。今回は初夢をタロットで無理に現実化させている。そのため、尖兵は出現から二十四時間ほどで消える。
「といっても、放っとくわけにはいかないよねー。能力は?」
介は、ふわぁとあくびをひとつ。ずいぶん眠そうだ。
「数は一体だけど、ダークネスに準じる戦闘能力ね。それと、大きな特徴があるわ」
尖兵はシーツのようなものを被っており、戦闘時になるとそれを脱ぐ。
「シーツの中身だけど、みんなの初夢に応じた姿や能力になるわ」
もし初夢の内容を覚えていれば、有利に戦えるかもしれない。
「例えば、介くんやったら……どんな夢やった?」
「え、僕は綺麗なお姉さんに囲まれる夢だったかな……見下ろされる夢だったような」
「じゃあ、やーいチビ! みたいな感じで行ったらOK」
「おいこら待て」
そこで我慢できなくなったのか、目は少し後ろを向いた。あくびしてると思われ。すぐ向き直って、
「じゃあ、頼んだわよ。せっかくのお正月、さっさと片付けて寝直しましょう」
と真面目に言った。
参加者 | |
---|---|
野乃・御伽(アクロファイア・d15646) |
シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226) |
ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988) |
九条・御調(宝石のように煌く奇跡・d20996) |
獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098) |
凪野・悠夜(朧の住人・d29283) |
羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059) |
山桜・芽衣(コーヒーウルフ・d35751) |
●明けまして
エクスブレインの説明を聞き終えた灼滅者は早朝の武蔵野に繰り出した。幸か不幸か、敵はかなり近くに展開している。流石に新年あけてすぐでは、人の気配もない。心置きなく戦えそうだ。それは、いや、それだけは救いか。
「灼滅者には盆も正月もないのな……」
誰にでもなく毒づく凪野・悠夜(朧の住人・d29283)。他の灼滅者も同じ気持ちなのか、うんうんと頷く。新年くらいはゆっくりしたいものだが、ダークネスはそれを許してくれない。おのれダークネス。
「新年くらいゆっくりしたいのに……」
山桜・芽衣(コーヒーウルフ・d35751)は水筒に入れたコーヒーをぐびり。熱さと苦さが寝ぼけた頭を覚醒させてくれる。帰ったら炬燵でコーヒー三昧といきたいところ。寝ても覚めてもコーヒーである。
「うにゅ。これが大晦日の予兆のことなのかな」
と羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)。大晦日の日、多くの灼滅者がバベルの鎖による予兆を垣間見た。アガメムノンがデスギガスの力を借りて何かしら企んでいたようだが、おそらくこれであろう。だが、これで終わりとも限らない。気の重い話だ。
「ああ、アガメムノンか。眩しかったな」
野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は予兆や戦争での姿を思い出す。ふてぶてしいまでの金色は、なかなか忘れられないインパクトがあった。なんかウィンクしているように見えたのも不気味である。
「……自分の初夢とか、出てこないでほしいっす」
ゴーグル越しに遠い目をする獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)。置き去りにしたつもりはない、けれど置き去りにせざるを得なかった過去。もし追いかけられたら降り切れるだろうか。
「我輩もです」
ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)の表情は険しい。過去は過去に過ぎない。しかし、今が幸せであるほど救えなかった者への呵責は強くなる。少年少女が背負うには重すぎるものであったとしても、運命はそんなことは考えてくれない。だから、戦うしかないのだ。
「まぁ、嫌なこと考えるのはあとにしましょう、ね」
努めて明るく笑う九条・御調(宝石のように煌く奇跡・d20996)。敵であるならば滅ぼすまで。今を遮る過去など、打ち砕くのみ。それが前に進むということ。
全速力で街を進む灼滅者は、やがてシーツを被った怪物と遭遇した。怪物はこちらが近付くとシーツを脱ぎ捨て正体を現した。
「あ、あれ俺のか……なんか真面目な話してたのにごめんな」
風邪気味なのか、シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)の声は少し頼りない。彼が見た初夢は小骨と格闘して魚を食べる夢であった。深刻な悪夢でなくてよかったと思う反面、ちょっと空気読めと思った。
「うきょーーーーー!!」
口だけ空いた肉の球体が、奇声を上げて襲い掛かる。新年早々、シュールな光景だった。
●なんかめでたくない
肉の球体は得体の知れない力で転がりながら、灼滅者に迫る。もはやスプラッター映画の怪物である。
「そいつの弱点は尖ったものだ。尖ったものを構えろ!」
悪夢の尖兵が牙を向いた瞬間、シグマが叫んだ。のどに刺さるのが怖いとかそういう理由らしい。それを聞いて、灼滅者は見せつけるように武器を構える。目はないが、見えていると思いたい。
「これでどうっすか……?」
おそるおそる、といった様子で天摩はクルセイドソードを構えた。すると、噛み付こうとした尖兵は途端に動きを止め、他の獲物に狙いを定めようとしている。
「やれるもんならやってみろよ」
戦闘時の興奮や緊張のせいなのか、悠夜はずいぶんガラが悪い。断斬鋏を何度も開閉して見せびらかす。途端、球体はびくんと震えて距離を取った。かなり怯えているようだ。
刃物や尖った武器を持った者は輪を結んでにじり寄り、持たない者は少し距離を取る。震える肉球体を囲む灼滅者の図は、傍から見ればシュールかもしれない。知将(?)アガメムノンもこんなことになるとは思っていなかっただろう。というより、灼滅者もエクスブレインだって思っていなかった。2016年初カオス。
「来ないならこっちから行くなの!」
サナの足元から影が河の流れのように伸び、やがてワニの形をとる。そのまま大口を開け、肉球体を飲み込んだ。ばきりぼきりと咀嚼して、ぺっと吐き出す。
「さっさと眠りな。こっちだって眠いんだよ」
振り下ろされる巨大十字架。込められたサイキックと質量が敵を滅多打ちにする。自分の悪夢でなくてよかったと安堵した瞬間、新年早々たたき起こされた怒りが湧いてきた。そう、これは八つ当たりではない。正当な報復である。御伽は寝ぼけた頭でそう思った。
「もしかして、メディックの意味ないのでしょうか……」
「うきょ、きょきょきょーーー!!」
ホテルスの剣が霊体化し、淡い光を帯びる。怯える尖兵にぶすっと突き刺す。そこまでダメージは大きくないはずだが、ものすごい悲鳴が聞こえてきた。刺されたりするのも怖いのかもしれない。
「気にしないでください、ディフェンダーも似たようなものですよ」
苦笑する御調。敵はもやは戦意喪失状態で、襲ってくる気配はない。だがだからといって手加減する理由にもならない。右手で一閃、宙を薙ぐと、風がその意に従い刃となって敵を切り裂く。
「一撃でやってあげる……あ、やっぱムリだった」
大地から湧いた白い『畏れ』がナイフの刀身を覆った。斬撃は大気を引き裂き、獣の唸り声じみた音を上げる。ただ、やはり仕留めるにはまだ足りなかった。一撃必殺は芽衣のモットーらしいが、まだ誰もお目にかかったことはない。
「あ、ぴくぴくしてる。もうそろそろじゃない?」
と猪狩・介(ミニファイター・dn0096)。かなり優勢なだけに呑気だ。もう、早く終われ。みんなそう思った。
●さらば悪夢よ
繰り出されるは刃の狂喜乱舞。悪夢の尖兵はもはや抵抗すらままならず、されるがままだ。下手にダークネス並みの耐久性があるのが可哀想なくらいであった。
「……少し複雑だな」
誰にも聞こえないよう呟くシグマ。手で喉を抑えれば、影もそれに従う。悪夢の尖兵は彼の初夢から出来上がったものであり、いうなれば、あの敵はシグマの喉のメタファーである。それが目の前で八つ裂き串刺しエトセトラされればいい気はしないだろう。
「喰らえ!」
それを知ってか知らずか、介は思いっきりバベルブレイカーを突き立てた。いや、知っていても戦うしかないのだが。
「行くっすよ、悪夢はさっさと終わらせるっす!」
ライドキャリバー、ミドガルドが先んじて突撃。天摩はそれに続いてガンナイフで斬撃を見舞う。斬りつけるたび不気味な悲鳴を上げるが、もう慣れた。魑魅魍魎どころか奇々怪々と戦う灼滅者は、そんなことでたじろいでもいられない。
「山桜流奥義、烈風!」
芽衣は低い姿勢で敵の間合いに飛び込んだ。瞬間、エアシューズが唸りを上げ加速。風を巻いて回転、人間大の嵐となって並んだ歯を蹴り砕く。だが、安らかな眠りを邪魔された怒りはこんなものではない。
「うにゅー!」
身の丈ほどはありそうなロッドを振り上げるサナ。ロッドは命中の瞬間に秘めたる魔力を炸裂させ、敵の内部で暴れまわる。口の裏側で連続して小爆発が起こり、小さな血のこぶが無数にできた。見た目、口内炎に見えなくもない。
「すいぶん痛そうだな、すぐ楽にしてやるぜぇ……!」
ヒャッハーな狂笑を浮かべ、悠夜は断斬鋏を開いた。鈍色の刃が街灯を反射してぎらりと光る。肉球体が怯えるのも無視して、ざっくざっくと斬りさばく。血肉と骨が飛び散り、紅白の新春スプラッターである。
「じゃあな、夢は醒める時間だ」
遠くの空が白み、日が昇りかけている。敵の体力も削れ、もう終わりそうだ。御伽が焔を帯びた十字架を叩き付ければ、球体は真っ赤に燃えて、さらに黒く炭化していく。
「悪夢なんて今ここで! 金輪際現れないよう浄化して片付けてあげるわ!」
御調の腕が鬼のそれに変じる。力ずくで振り抜き、敵の半身を打ち砕く。魂に眠る宿敵の力なれど、使えるならば使うのみ。それが灼滅者だから。罪も闇も、恐れては戦えない。だから、一歩でも前に進む。
「これで終わりです」
光を放つホテルスの宝剣が、尖兵を差し穿つ。残った半身は途端に崩れ去り、ついには跡形も残らない。同時、ゆっくりと太陽が昇る。初日の出ではないが、眩い夜明けには違いなかった。
●夜明け
お互いの無事を確認した灼滅者は、すぐに帰路に就いた。早く休みたいのだ。その途中で、支援に来てくれたシャルロッテと合流する。避難誘導が必要な一般人がいないか、見て回ってくれていたようだ。
「ちなみにわたしの初夢は、クリーム漬けのたこ焼きだったわね……」
何それ怖い。
学園に近付いたところで別れる。ここから先は、それぞれの日常だ。
「じゃ、僕は目に報告してくるよ。言い忘れてたけど、明けましておめでとう! じゃあ、またね」
さっさと寝直したいのだろう、介は小走りで学園の方に消えていく。すぐに小さな背中がさらに小さくなった。
「ふぅ、なんとかなりましたね。ほんと、ダークネスって……」
御調が思い起こすのは、去年や一昨年のこと。正月も構わず動いている辺り、嫌になる。働き者と言えば働き者だが、やることは迷惑どころではない。
「……最悪だね。珈琲飲んで忘れよっと」
帰れば炬燵とコーヒーが待っている。頭の中から悪夢を追い出して、そのことばかり考える芽衣。
「お疲れ様っす」
ミドガルドにまたがった天摩が、しみじみと言った。戦闘は普通のダークネスと戦うより楽だったはずなのだが、精神的により疲れた気がする。許すまじ、アガメムノン。
「ああ、お疲れ……」
中でもシグマは一番疲れていた。特に意味はないけれど、のどの辺りを触る。うん、穴は開いていない。何故か妙に心配になる。
「うにゅ。ねむいなの……」
さすがに小学生にはこの時間は辛かろう。サナはうとうとし始めていた。戦闘時は戦士でも、普段は少年少女である。
「だな。じゃ、帰るか……」
新年早々、ろくでもない事件であった。だが、今年もろくでもない事件は次々に起こるだろう。まだまだ前哨戦である。そう思うと肩が重くなる御伽。うん、寝よう。
「はい。お休みになる方は、今度こそいい夢を」
とホテルス。夢の内容は祈るしかない。せめて悪夢でなければ、とは思うけれど。
「じゃ、おやすみ。そして明けましておめでとう」
夜は明けつつあるが、悠夜はそう言うしかなかった。自らもあくびをひとつしてから、踵を返す。
そんな、ある意味いつも通りの灼滅者の正月だった。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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