アガメムノンの初夢作戦~夢が現の幻に

    作者:望月あさと


     一月二日の早朝。
     武蔵野周辺で、いつものように明けるはずの朝が、悪夢の尖兵の手によって破壊という幕で明ける。
     夜色のシーツのようなものを体にすっぽりかぶった悪夢の尖兵――。
     その正体は、まだ見えない。
     

    「大変! 新年早々、武蔵坂学園がある武蔵野市が、シャドウによる攻撃を受けてるよ!」
     須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)は、慌ててあちこちの方角を指して説明をした。

     第2次新宿防衛戦で撤退した、四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下、アガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたようなのだ。
    「ただ、アガメムノンは、灼滅者の本拠地が武蔵野であるって知らないはずだし、武蔵坂学園の規模についても知らないようだから、この作戦は、『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』ものだと思うんだ。
     だから、襲撃自体は武蔵坂学園の危機というほどじゃないんだ。
     でも、このまま放置すれば、武蔵野周辺に大きな被害が出るのは間違いから、みんなには、武蔵野周辺に出現した悪夢の尖兵の灼滅をお願いしたいの!」
     
     悪夢の尖兵は本来、ソウルボードの外に出ることはできない。
     しかし、今回の事件は、初夢という特殊な夢であることと、タロットの力で無理矢理発生させている。
     そのため、この悪夢の尖兵は24時間程度で消滅するものと思われるが、消滅するまでの間は、ダークネス並の戦闘力をもって破壊活動を行うため、時間切れを待つことはできない。
    「みんなが現場へ向かえば、辺りを破壊している悪夢の尖兵とすぐに出会えるよ。
     その時、悪夢の尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしているんだけれど、戦闘時に本気になると、そのシーツを捨てて本来の姿を見せるんだ。
     その本来の姿は、灼滅者が見た初夢が元になっていて、戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じるようになっているんだよ。
     だから、正体を現したときに、その初夢の内容が何かを判断できれば有利に戦えるかもしれないけれど、難しいことかもしれないね。
     新年早々、大変なことが起きちゃったけど、みんななら事件を解決できるって信じてるよ。
     みんな、がんばってね!」


    参加者
    長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    識守・理央(オズ・d04029)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    南条・花音(小学生シャドウハンター・d23523)
    水貝・雁之助(おにぎり大将・d24507)
    アリス・ロビンソン(百囀り・d26070)
    守部・在方(日陰で瞳を借りる者・d34871)

    ■リプレイ

    ●1
     激しい破壊の音を耳にした鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は、十字路の角を曲がった。
     すると、そこには、手当たり次第に、民家の外壁を叩き壊す悪夢の尖兵がいた。
     灼滅者たちは、悪夢の尖兵に見つからないように、塀の陰に隠れる。
     長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536)は、そっと、顔を出して辺りを見回し、一般人の姿を探した。
     誰もいない。人払いはせずにすみそうだ。
    「何が現れても、しっかり心構えをしておけば大丈夫よ」
     守部・在方(日陰で瞳を借りる者・d34871)が語ると、仲間たちはうなずき、悪夢の尖兵の前に姿を現した。
     誰だといわんばかりに、悪夢の尖兵が破壊の手を止めると、前衛と中衛が一斉に悪夢の尖兵へ襲いかかる。
     その突撃は、まるで強固な壁を連想させる。
     水貝・雁之助(おにぎり大将・d24507)は、悪夢の尖兵の目を引かせるように、大きな動きでエアシューズを蹴り進むと、派手に燃え上がった炎の蹴りを入れた。
     夜色のシーツをかぶったままの悪夢の尖兵が、体を変な方向へと曲げれば、勢いをつけて壁を駆ける桃野・実(水蓮鬼・d03786)が徒姫を光らせて、一閃。刃を、悪夢の尖兵の体の中を滑らせる。
    「あけましておめでとうございます。お探しのものは、ありませんよ」
     ふっ、と、正面から横へと移動した昭子が、緋牡丹灯籠で悪夢の尖兵を彩らせた。
     炎の花が、ふわふわと飛ぶ中、麗羽は、悪夢の尖兵を囲いにできた穴をみつけると、そこを埋め、シールドで思い切り悪夢の尖兵を殴りつける。
     その間に、後衛たちは、悪夢の尖兵の後ろを取るために、急いで走った。
     攻撃の手が後衛に行かないように、悪夢の尖兵の目を一身に向けさせようとする前衛と中衛。
     南条・花音(小学生シャドウハンター・d23523)は、殺気を放って一般人が来ないようにしていると、灼滅者たちの奇襲を受けた悪夢の尖兵は、本気になって夜色のシーツを脱ぎ捨てた。
     途端、生ごみ臭い悪臭が鼻をつく。
     よく見れば、悪夢の尖兵は、腐敗臭を放つ冷蔵庫になっていた。
     しかも、食物が見てはいけない物体へと変化して、濁った茶色の液体を垂れ流している冷蔵庫。
     誰が、こんな迷惑な悪夢を見たのかと聞く前に、実が真顔で、
    「……アガメムノンが、雰囲気たっぷりに甲冑脱いでる悪夢でも見たらよかった」
     と、後悔していた。
     実の見た悪夢が実体化したのだ。
     臭い冷蔵庫の扉を、開け閉めする悪夢の尖兵に眉をひそめていた識守・理央(オズ・d04029)は、臭さに我慢ができず、ダイダロスベルトをしならせて、背後から奇襲ともいえる早さで悪夢の尖兵を貫いた。
     アリス・ロビンソン(百囀り・d26070)も、不快感を露わにしながら踊り、思い切り悪夢の尖兵を殴り蹴る。
     腐敗臭を出す冷蔵庫となった悪夢の尖兵は、ふらつきながらも態勢を立て直して、扉を開け閉めする。
    「この夢の弱点は、破壊攻撃。子ども、小動物を狙うから気をつけて」
     実の言葉に、灼滅者たちは互いに顔を見合わせ、悪夢の尖兵の後ろを取った後衛に視線を集中させた。
     ただ一人のメディックが狙われる――。
     なぜなら、メディックを担当するのは、子どもである小学6年生だった。

    ●2
     麗羽は、長い髪をなびかせて宙へ跳び上がり、重みのある蹴りを出した。
     小さい頃、女装してアイドルをしていた悪夢が実現せずにすんだが、悪夢の尖兵が狙う対象が、子どもと霊犬という問題は大きかった。
     小学生であるアリスと花音は、どちらも体力が低い。
     小動物ともいえる実の霊犬も、決して体力は高くない。
     唯一、持ちこたえられそうなのは、中学3年生の昭子。141cm代という低い身長から狙われる可能性があるが、体力は十分にあった。
     油断はならない状況に、理央は、足を止めずに突き進んだ。
     血みどろの死者達が魂を蝕んで喰らおうとする悪夢を味合わずにすんでも、その悪夢が現れた時と同じに動く。
     そして、非物質化した剣で悪夢の尖兵を斬りつけた。
     悪夢の尖兵は、扉をバタバタと開け閉めして、流している腐敗の液体を一か所に集めると、実の霊犬に向かって勢いよく投げ飛ばした。
     すると、ビチャ、っと、音を立てて当たった所が、腐るように変色する。
     この時、灼滅者たちは、敵に毒があることを知った。
    「クロ助」
     実は、悪夢で見た時の恐怖を思い出しておののいた。
     クロ助が、ぱっくんされた訳ではないが、悪夢が実現される可能性はある。冷蔵庫に鳥肌を出している場合ではない。
    「クロ助をぱっくん、させない」
     実は、レイザースラストで悪夢の尖兵を貫く中、霊犬に回復を重点にさせる。
     花音は、王道にして正道たる剣の先を、冷蔵庫の蝶番に当てると、一気に斬って壊した。
    「悪夢な初夢を現実に出すなんて悪趣味だからね~。そんなのは、ちゃんと追い払っとかないとね」
     にこっ、と、笑ってツインテールをなびかせる。
     大きな注射型のおばけの追いかけられる悪夢を味合わずにすんだアリスは、癒しの歌で霊犬の毒を失くした。
     そして、仲間の傷の具合をみながら、回復方法を変えていく。
     在方は、祭壇から結界を作り上げて、悪夢の尖兵を覆いつくした。
    「どうもシャドウというのは厄介ですね。やり方も。在り方も」
     在方は、故郷の村での悪夢を思いだして、そっと、目に手を当てる。
     初恋の女性が自分を責め立てる悪夢が現れなかったことで、つらい思いを一時だけ封じた雁之助は、レイザースラストで冷蔵庫の上を貫き、壊す。
     昭子は、十字架の先端を向けて、まぶしい光の砲弾を放った。
     その光は、悪夢で見た未来のない絶望の具現化を打ち消すような輝き。
     目の前の敵を倒せば、明日は必ず来る。そう信じている。
     その思いを後押しするかのように、鈴の音が、ちりんちりん、と、激しく鳴り続けた。

    ●3
    「敵は、一体だけで、増殖しないようね」
     複数の敵も視野に入れていた在方は、霊力の宿った縛霊手で悪夢の尖兵を殴りつけた。
     冷蔵庫は、灼滅者たちの破壊攻撃をくらって凸凹になっていた。
     しかし、弱っている様子はない。
     雁之助が、チェーンソーの刃で、ゴリゴリと音を鳴らして、ついた傷をさらに深くするが、悪夢の尖兵は傷が増えるのを嫌がって逃げる。
     しかも、攻撃対象者はあくまでも子どもと小動物に限られているため、雁之助に反撃をすることはない。
     そのため、麗羽は、限りなく悪夢の尖兵に近づいて、左側から影を宿した拳をぶつけてみたが、相手は見向きもしなかった。
     注意を向けさせたいが、有効手段が思いつかない。
     冷蔵庫の扉が、バタバタと動き始めると、理央はレイザースラストを放ちながら声をあげた。
    「毒の液体が飛んでくるから、気をつけるんだ。 特に花音とアリス。霊犬も気をつけるんだ!」
    「させない」
     悪夢の尖兵の攻撃を防ごうと、実はグラインドファイアを正面から蹴りつけた。
     だが、扉が、実の足を弾き飛ばす。
     そして、毒の液体を花音へ飛ばした。
    「っと! わかってても、完全に避けられないか」
     ダンスをするかのように足踏みをして攻撃を避けた花音は、わずかな液体がかかってしまった足をみおろした。
     狙われていることを自覚している花音は、ドーピングニトロで少なくなった体力を回復させる。
     すでに、悪夢の尖兵の攻撃によって、体力は半分以下になっている花音に、回復は欠かせない。
    「相手を足止めさせますので、その隙に花音ちゃんの傷を癒してください」
     昭子はクロスグレイブを巧みに操り、打つ、叩くなどの格闘術を繰り出し、悪夢の尖兵の動きを鈍らせにかかった。
     その間に、アリスは、ラビリンスアーマーで、花音の傷を完全に癒しにかかる。
     さらに、前衛が仲間をかばった時に負った傷を、麗羽が癒しだす。
     その応援をするかのように、理央は、トラウマをもたらす影で悪夢の尖兵を飲み込んで時間を作る。
     なんとか、誰も倒れないように奮闘する中、悪夢の尖兵が、再び毒の液体を飛ばしてきた。
     これ以上、後ろの二人と霊犬が怪我をすれば危険だと思った昭子は、身を投げ出して仲間をかばった。
     みるみるうちに、液体のかかった部分が変色して毒が蔓延していく。
    「大丈夫?!」
     すぐに、雁之助が巨大な法陣を広げて昭子を癒した。
     回復が追い付かないと判断した雁之助の回復を受けた昭子は、短くうなずくと、すぐに集気法で毒を無効化させる。
     さらに、アリスがギターの弦を弾いて、浄化の音色を響かせば、前衛全体に治癒がほどこされた。
    「みんなを守るんだから! 負けないよ!」
     実は、浜姫を棍術のようにふりまわして悪夢の尖兵を横倒した。
     花音は殲術執刀法で、冷蔵庫の急所を壊す。
    「悪い夢は朝になれば終わるの。それがルールよ」
    「悪夢は元々、精神を正常にするための防衛反応なんて聞きますけど、趣味……悪いです。それを模すなんて。悪夢、私も後ろめたいんでしょうね。この学校生活は幸せだもの」
     在方は、最後の方をぽつりとつぶやくと、グラインドファイアの一蹴で、悪夢の尖兵を炎に包ませた。
     悪夢の尖兵は、ガタガタと音を出して形を崩す。
     そして、炎と一緒に、悪夢の尖兵は消滅した。

    ●4
     悪夢の尖兵を倒した後、さらなる襲撃がないかという麗羽の心配もあり、灼滅者たちは、辺りをさっと確認した。
     少し、時間を置いても援軍が来るような気配はない。
     これで、新年早々、武蔵野市を破壊するアガメムノンの一手を倒したのだと、灼滅者たちは、やっと安堵した。
    「おつかれさま」
     現実の世界に現れた悪夢。
     灼滅者たちは、もし、自分の悪夢が現れたらと、自身の見た悪夢に思いをはせ、その場を静かに立ち去った。

    作者:望月あさと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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