ソロモンの大悪魔達~海魔襲来

     かつて、その水族館は、無数の魚や海の生き物で満ちていた。
     しかし、原因不明の生き物の大量死によって、閉鎖を余儀なくされてしまった。
     朽ち果て、滅びを待つのみとなったその場所に……突然、震動が走った。
     初めは微細に、次第に激しく。水の分子、空気の粒子の1つまでが震えているかのよう。
     大水槽に亀裂が走る。そして、破砕音が、館内に響き渡った。
     濁った水があふれ出し、館内を疾走する。
     徐々におさまっていく濁流の中……水槽の中に、影が浮かび上がった。
     黒く濡れた肌の女性。だが、彼女が人間でないことは、その下半身が示していた。
     10本もの足。それは、両の腕共々、イカのように吸盤を持つ触手の形。
     その異形は……海魔、と呼ぶに相応しい。
     やがて女性は、閉じていたまぶたを開く。
    「封印の突破には……成功したよう……ね……」
     唇よりこぼれた声は、美しく、それでいて、妖しく。
     聞く者の心と体を、芯から凍てつかせる響きに満ちていた。

     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)の招集は、緊急であった。
    「皆、新年早々すまない。だが、大変な予知が判明したのだ。強力なソロモンの悪魔達が、一斉に封印から解き放たれ、現世に出現しようとしている」
     先日の第2次新宿防衛戦で灼滅した、ソロモンの悪魔・ブエルを裏で操り、情報を集めさせていたのも、彼らだったらしい。そして今度は、これまでブエルが集めた情報を元にして、大攻勢をかけてこようとしているのだ。
    「最低でもブエルと同等の強力なソロモンの悪魔が、全部で18体。この戦力は、現在活動が確認されているどのダークネス組織よりも強力な可能性すらある」
     杏の告げた内容が、灼滅者達を緊張感で包みこむ。
    「だが、付け込む隙はあるぞ。奴らが封印から脱出して出現した直後は、その能力が大きく制限され、配下を呼び出す事もできない状態になるらしいのだ」
     更に、複数のソロモンの悪魔が同じ場所に出現すれば、他のダークネス組織に察知される危険があるため、1体ずつ別の場所で出現しなければならない。
    「つまり、出現した瞬間こそが、灼滅する最大のチャンスとなるわけだな」
     勿論、その事は、ソロモンの悪魔側も充分に理解している。自分達が出現する場所については慎重に決定するため、十分な戦力をその場所に送り込む事はできない。もし、送り込めば、ソロモンの悪魔は別の場所に出現してしまうだろう。
     襲撃に加わる事ができる灼滅者は、1つの襲撃地点につき8名まで。この人数でソロモンの悪魔を灼滅するのが、今回の作戦の目的である。
    「そこで、君達に担当してもらいたいのは、悪魔・ウェパル。イカの下半身を持った、女性型の悪魔だ」
     ウェパルが出現ポイントに選んだのは、廃墟となった水族館。人気はないため、攻撃に専念できる。
     ウェパルの武器は、その肉体……触手化した両腕と、10本の足だ。それらを自在に操り、周囲の敵を駆逐、制圧する。その力は、ダイダロスベルトのサイキックを想像してもらえればいい。
     更に、水や冷気を使役し、魔法使いのサイキックのごとき技を放つ。
     無論、その威力は、並みのダークネスの比ではない。
    「正直に言おう。この作戦が成功する見込みは……少ない」
     だが、18体もの強力なソロモンの悪魔を、この時点で1体でも減らすことができれば、今後の戦局を大きく変化させられるはず。
     願わくは、君達の相手がその1体とならんことを……杏の激励が、皆の背中を押した。


    参加者
    柳谷・凪(お気楽極楽アーパー娘・d00857)
    獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)
    踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)
    クラリス・ヴェルジュ(侯より逃れし虚の少女・d23494)
    雨堂・亜理沙(薄闇に霞む白・d28216)

    ■リプレイ

    ●待つは希望か絶望か
    「……他の17柱も、こちらの世界に出現している頃……ね……」
     ウェパルが、濡れた髪を払い……不意に跳躍した。
     直後、真紅の光が、館内を照らす。見れば、ウェパルがいた場所に、十字の傷痕が刻まれていた。
    「悪しき水は、凍てつく風が祓います」
     紅き残光をその武器に宿した七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)が、着地したウェパルへと宣言する。
    「成程……あなた達が灼滅者……武蔵坂学園というわけね……」
    「左様」
     ウェパルの背後に、鎧に身を包んだワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)が立つ。
    「顕現して早々悪いが、この世界に御前の居場所は無いよ。さっさとご退場願おう」
     大仰に腕を振るうワルゼー。クラリス・ヴェルジュ(侯より逃れし虚の少女・d23494)とともに、加護を与える黒き煙を呼び、仲間達を包み込む。
    (「今回出現した18柱の中に、キマリスはいなかった……ってことは、まだ眠ってる……?」)
     海魔を凝視しながら、クラリスの脳裏に、自らを灼滅者と運命づけたものの名がよぎる。
     しかし今は、目の前の敵に集中しなくては。戦闘以外に神経を割く余裕がない事は、相手と対峙した時から感じていた。
     そう、これからは戦の時間。
    「感謝するぞ、ソロモンの大悪魔! このような戦いの場を与えてくれた事を!」
     踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)が、くすんだ壁を蹴って、ウェパルに肉薄する。
     彗星のごとき釼の蹴撃を、ウェパルの足のうち2本がクロスしてガードした。
     反対側から、雨堂・亜理沙(薄闇に霞む白・d28216)が迫る。シールドを構え、ウェパルを押し込み、背後の大水槽へと激突する。
    「いきなりこちらの間合いに入って来るとは……無謀ね……」
    「君を倒すんだ。正気でやれるとは思っていないよ」
     足による反撃から、亜理沙がバックステップで逃れる。それを補助するように、柳谷・凪(お気楽極楽アーパー娘・d00857)の日本刀が閃く。
    「ソロモンの大悪魔の1柱、相手にとって不足無しなのだ。全力でたたっ斬るんだよ」
     凪の戦意は、霊犬のマトラにも共有されていた。くわえた刀で、ウェパルに立ち向かう。
     二振りの刀は、淀んだ空気ごと、ウェパルの肉を切り裂く。だがその手応えは、まるで金属にも似て。
    「これならどうですの!」
     獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)が『闇斬剣・キングカリバー』を振りかぶる。
     剣の形をした大質量がウェパルに叩きつけられた瞬間、床が轟音を立てて破砕する。
     間髪入れず、繰り出された色射・緋頼(生者を護る者・d01617)の『日縫銀手』を、触手で受け止めるウェパル。緋頼に視線すら向けぬまま。
    「こちらを視認するまでもないと……ですが、そうした余裕に足元をすくわれたダークネスは、少なくありませんよ」
     緋頼が言った瞬間、霊糸がウェパルの全身を拘束した。

    ●海魔包囲網
    「これが余裕か否かは……その身で思い知るといいわ……」
     糸が音を立てて、次々と断たれていく。
     そしてウェパルの足が、翼のごとく展開した。灼滅者達のガードをあざ笑うがごとく、四方八方から迫り、こちらを制圧してくる。
     しかも、その一撃一撃が、重い。
    「召喚酔い状態でこれほどの力……皆さん、落ち着いて、打ち合わせどおりにいきましょう」
    「わかった」
     態勢を立て直す緋頼に、釼が答え、駆けだした。皆もうなずき、散開する。
     皆の頭には、水族館の地図が叩き込まれている。その全てを利用するつもりだった。ただ、勝利のために。
     ウェパルの足の動きを注視する鞠音の横を、触手がかすめていく。だが、頬に走った赤の線には構わず、『雪風・不破』で、ウェパルの腹部を叩く。
     ぐぐっ、と鞠音が更に拳をねじ込むと、捕縛の糸で海魔を絡めとる。
     その時には、ワルゼーが狙いを定め終えていた。敵の死角……小魚の展示水槽の陰から飛び出すと、指輪の輝きでウェパルを射抜く。
     だが、
    「まるで堪えておらんというのか」
     ワルゼーの見立て通り、ウェパルは平然としていた。まるで、浴びたのが水滴だったかのように。予想していた事とはいえ、こうも無反応とは。
    「ならばその冷静を、我輩達が砕いてやればよいだけよ」
    「そういう……事だッ!」
     ウェパルの背に、紅き打撃がヒットした。釼のレッドストライクだ。
     遥か格上の存在から感じるのは、恐怖、戦慄。だがそれ以上に、釼の闘争本能は、歓喜に打ち震える。
     この戦いが、自らの練度をより高めてくれる。そんな確信に身を任せ、何度振り払われようとも、食らいついていく。
     とはいえ、打倒できるかどうかも不明な存在……過剰に張りつめた灼滅者達の神経が、不意に緩和される。亜理沙の、七不思議の言霊の力だ。
     マトラも、その霊力を解放し、主達の傷をふさぐ。
    「行くのだ!」
     ディフェンダーとして、敵の視界を遮断するよう動いていた凪が、攻撃に転じた。
     これを好機ととらえた緋頼も、柱の影から飛び出す。2人は時間差で霊糸を放つと、ウェパルの手足から自由を奪い取る。糸にこめられた呪詛と、使い手の意志が、束縛をより強固なものとする。
    「今ですの!」
     2人の背後から飛び出したのは、永遠。敵の攻撃を引き受けていたその小柄は、既に傷ついている。
     だが、相手は有象無象のダークネスとは違う。勝利のために知恵と力を尽くす覚悟の前では、痛みなど無意味。
     その覚悟は、黒の斬撃となって、ウェパルの表皮に刻まれる。
     そして斬撃は、一度では終わらない。クラリスのクルセイドソードが、足に何度も斬り付けていたのだ。たとえ緊張がその動きを委縮させても、愛剣の振るい方なら、体が覚えている。
     館内の環境、そしてディフェンダーすらも利用した戦いぶり。
    「全く……うっとうしい……」
     自らの全包囲攻撃を封じようとする灼滅者達を前に、ウェパルはけだるげに身をよじった。

    ●苦闘
     かつては、その中を魚の群れが縦横無尽に泳いでいたのだろう。
     今は影1つない水槽を、トンネルが貫く。その中を疾走するのは、灼滅者。
     そして、背後より迫りくる海魔。うねる10と2の触手に、鞠音の目が細められた。
    「やはり足の数は、脅威ですね。そろそろ、仕掛けましょう」
     その合図に、クラリスが無言で応じた。
     ウェパルがトンネルを抜けた先、待ち構えていた灼滅者達の攻撃が、足へと降り注いだ。
     10本の足、傍目には同じに見えても、均一ではない。反応速度、損傷度合い……それらの微妙な違いを見抜き、少しでも弱い部分から攻めていく。
    「狙いは……悪くないわ……」
     傷ついた足を別のそれでフォローするウェパルが、その手に魔法陣を出現させた。溢れた魔力が水へと変換され、やがて弾丸の形を取る。その巨大さは、ミサイルと呼ぶにふさわしい。
    「爆ぜなさい……」
     蒼い軌跡を描き、ミサイルが飛ぶ。
     殺意と攻撃力の塊……それを受け止めたのは、凪だった。エアシューズで地面を踏みしめれば、床が沈み込む。
     やがて飽和した魔力が、蒼い花を咲かせた。
     爆発。
    「……その傷で……まだ抗うと……?」
    「傷を癒す時間すら惜しいのだ」
     片膝をついても笑みをのぞかせる凪に、呆れるウェパル。その横腹を、激しい衝撃が襲った。
     焔に包まれた鞠音の、そして釼のキックが、ウェパルの両脇腹をえぐっている。
     だが、離脱しようとする2人に、ウェパルの足が絡みついた。体をまとめて吊り上げると、天井へと放り投げる。
     舞い上げられた2人と入れ替わるようにして、流星が降って来た。
     流星……ワルゼーは、ウェパルの体を着地点とする。
     インパクトの瞬間、衝撃波が同心円状に広がり、劣化した壁面までをも震動させる。
     生じた塵と埃を突き抜け、亜理沙を足が狙う。だが、傷つくそばから、ダイダロスベルトで鎧を構築していく。自らの、盾としての強度を高めるように。
     永遠もまた、裂ぱくの気合で、空気を震わせる。力を取り戻した体の使い道は、盾として仲間の生存率を高めるために。
     そして、緋頼が駆ける。たとえこの身に代えても、仲間は護る。
     盾となるだけが護る事ではない。矛となり、相手を制圧する事もまた。
    「だから、絶対に貴方を倒す!」
    「その気持ちは、ここにいる8人と1匹全員、一緒だ、よ」
     緋頼渾身のキックを、クラリスが後押しする。
     畳みかけて繰り出されたグラインドファイアが、海魔の漆黒の肌を、熱く焦がす。
    「海魔を焼く炎などありはしないわ……」
     ウェパルは、炎上する自らの体をつまらなそうに見遣ると同時、足の一本を突き出した。
     その行く先に永遠が気付いた時、体が反応していた。
    「永遠!」
    「教祖様……ご無事ですの……?」
     ワルゼーに、永遠が笑いかけた。その身を、海魔の足に貫かれながら。

    ●決着
    「教祖様……皆さまも……後は頼みますの」
     ごぽっ、と血の塊が、永遠の口から溢れる。崩れ落ちるその体を、受け止めるワルゼー。
     幸い、まだ息はある。だが、戦闘の続行は不可能だろう。
     口惜しさを噛みしめつつ、灼滅者達はなおも抗う。
     しかし、サイキックの炎に焼かれ、糸にくくられ、オーラに飲み込まれても、ソロモンの大悪魔は倒れぬ。
    「その戦意……私が奪い取ってあげるわ……」
     ウェパルが、我が身を抱いた瞬間、足元に展開する巨大な魔法陣。
     空間が白く染められていくと同時、周囲の温度が低下を始めた。
     そして、白の領域に飲み込まれた瞬間、灼滅者の熱エネルギーが奪い取られていく。
    「むぅ……ごめんなのだ……」
     力を失った凪の体が、床へと叩きつけられる。
     布陣の要である守り手は、残り1人。
     他の皆も、満身創痍。もし次に、今のような攻撃を受けたなら……。
    「僕が、みんなを守らなきゃ……!」
     どくん。
     その時、亜理沙の体から、闇が噴き出した。
     盾となると決めた時から、命を失う事すら覚悟の上……亜理沙の手に、闇が凝縮し、情報端末が形成されていく。タタリガミの証である、それが。
     亜理沙から溢れた怨念が、負の思念が、ウェパルの触手に、胸に、穴をあけていく。
    「それが闇堕ち……まさかこれ程とは……!」
     初めて響くウェパルの苦悶をきっかけに、灼滅者達が攻勢を再開した。
     翔ける緋頼の鋼糸。『Silver blood』……その名が示す輝きが、複雑な軌跡を描き、ウェパルを絡み取れば、
    「鞠音!」
     鞠音のダイダロスベルトが突撃する。複雑な軌道を描くウェパルの足をかわして進撃する様は、あたかも風精の舞踏。
     反撃によって受けた傷は、クラリスの聖剣より溢れる風が、吹き飛ばしていく。
    「それでも……あなた達の劣勢を覆す事は……」
     灼滅者を貫かんとする足が、突然、失速した。ワルゼーの、石化の呪いにとらわれたのだ。
     動きを止めたそれを、釼のチェーンソー剣が、根本から切断する。
     吹き飛ぶ触手。そして亜理沙の一撃が、ウェパルの眉間を貫いていた。
     ぐらり。
     ウェパルの体が、かしいだ。黒く濡れた肌が、白く反転していく。
    「灼滅者というのが、皆この程度の実力なら……私達の目的は達せられるでしょう……私より上位の大悪魔が出陣しているの、だから……」
     自らの敗北に、無念さえ感じさせぬまま。全身を白化させた海魔は、崩れ去った。
     だが、灼滅者達が、勝利の余韻に浸る事はできなかった。
    「僕が一緒にいられるのは……ここまでだね……」
     仲間に視線を送ると、亜理沙が、暗い水族館の奥へと消えていく。
     深き水底へ沈むように。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:雨堂・亜理沙(死色の獣・d28216) 
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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