アガメムノンの初夢作戦~宵色の尖兵

    作者:御剣鋼

    ●1月2日早朝〜武蔵野周辺
     無骨な鉄筋が剥き出したまま、新年を迎えたとある工事現場は、静けさに満ちていて。
     無機質な鉄材に囲まれ、しんと冷え込んだ現場に、薄らと陽が射し込んだ時だった。
     静寂の中、夜色のシーツのようなもので全身を覆ったモノが、ゆっくり現れたのは――。
    『…………』
     無から半透明に。
     そして、鮮明に現実に形を成した影は、言葉を一言も発することもなく、大きな通りに向けて歩き始める。
     まるで、亡霊のような静かで軽い足運びで工事現場を出た影は、通りに出るや否や、その周辺を破壊しようと暴れ始めたのだった――。
     
    ●悪夢の尖兵、武蔵野に来る
    「新年早々申し訳ございません。火急の依頼があり、急ぎ皆様方に連絡させて頂きました」
     ――武蔵坂学園がある武蔵野市が、シャドウによる襲撃を受けている。
     その報せを受けて集まった灼滅者達を出迎えた里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)も、緊張の色を隠せずにいて。
    「この襲撃の首謀者は、第2次新宿防衛戦で撤退した、四大シャドウの一角『歓喜のデスギガス』の配下『アガメムノン』でございます」
     幸い、アガメムノン自身は現実世界には出現していない。
     灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢化させた初夢を尖兵として、武蔵野市に出現させているという。
    「アガメムノンは、灼滅者の本拠地が武蔵野である事を知らない筈ですので、この作戦は『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』ためのものだと推測されます」
     アガメムノンは、武蔵坂学園の規模についても良く知らないらしく、襲撃自体は学園の危機というほどではない。
     しかし、このまま放置すれば、武蔵野周辺に大きな被害が出るのは間違いないだろう。
    「皆様方には、武蔵野周辺の工事現場に出現した、悪夢の尖兵の灼滅をお願い致します」
     悪夢の尖兵は、本来ソウルボードの外に出ることは出来ないという。
     今回の事件は、灼滅者の初夢という特殊な夢であることと、タロットの力で無理矢理発生させていることに、関係あるようだ。
    「そのため、悪夢の尖兵は24時間程度で消滅するものと思われます」
     けれど、消滅するまでの間は、ダークネス並の戦闘力をもって破壊活動を行うため、時間切れを待つことは出来ない。
     執事エクスブレインは敵の戦闘能力を補足しようと、バインダーを1枚めくった。
    「悪夢の尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしておりますが、戦闘時に本気になりますと、シーツを捨てて本来の姿を見せてくると思われます」
     悪夢の尖兵の本来の姿は『灼滅者が見た初夢』が元になっており、戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じるとのこと。
    「正体を現したときに、初夢の内容が判断できれば有利に戦えるかもしれませんが……」
     それは、簡単なことではないかもしれない。
     けれど、執事エクスブレインは「皆様方でしたら、きっと大丈夫」と口元を弛めると。
    「そもそも、わたくしが敬愛する灼滅者様方の初夢を悪夢にするなんて、いやらしい敵でございます! この程度の策と襲撃如きで皆様方を倒すことなど出来ないと、奴等に思い知らせてやって下さいませ!」
     いつもより、言葉に熱が入ってしまったのだろう。
     軽く咳払いした執事エクスブレインに、ワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)も口元を弛めて。
    「まあ、武蔵野は灼滅者のお膝元だからな。工事現場の周辺の避難なら、オレ1人でも充分できそうだ」
     周辺の対応を買って出たワタルに、執事エクスブレインは礼を述べると、改めて集まった灼滅者達に向けて、恭しく頭を下げた。
    「新年景気良くいってらっしゃいませ、灼滅者様」


    参加者
    彩瑠・さくらえ(朔月桜・d02131)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    武月・叶流(夜藍に浮かぶ孤月・d04454)
    三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)
    御剣・レイラ(高校生ストリートファイター・d04793)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    雪乃城・菖蒲(廻り合いの必然・d11444)
    九葉・紫廉(稲妻の切っ先・d16186)

    ■リプレイ

    ●悪夢との遭遇
    「さて、どんなのを相手にするのやら……」
     ――早朝、武蔵坂近辺。
     工事現場内に足を踏み下ろした武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)は、内部をキャップライトで照らしていく。
     中は薄暗いけれど、戦いに支障がでる程の暗さではないようだ。
    「中に一般人はいませんね」
     雪乃城・菖蒲(廻り合いの必然・d11444)が周囲を見回せば、先客はいない。
     これなら、心置きなく戦いにも集中することができそうだ。
    「一般の方の避難誘導は、私達に任せて下さい」
    「わたくし達灼滅者の揉め事に、一般の方を巻き込む訳にもまいりませんからね……」
     周辺の一般人の避難を買って出てくれたのは、ミルフィとアリスを含めた5人。
     工事現場の外では、既に潤子が現場周辺の安全確保に動いており、迂回の案内板やポールを立ててくれていた。
    「じゃあ、行ってくるぜ」
    「ああ、ワタルも気を付けてな!」
     避難誘導のために踵を返したワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)の背を見送った三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)は、念には念を入れて人々を遠ざける殺気を飛ばす。
    「初夢の悪夢かー……悪夢を物理で倒せるって、ある意味楽しそうだよな」
    「まさか、ここにいる皆の夢全部の特徴、持ってるとかないよね?」
     ここにくる前に、個々の初夢の内容は全て共有している。
     燃えるような赤色ジャージの九葉・紫廉(稲妻の切っ先・d16186)とは反対に、彩瑠・さくらえ(朔月桜・d02131)は、恐る恐る周囲を見回していて。
    「何れにしろ、どんな悪夢が現れても、すぐに対応できるようにしておこう」
    「そうですね、その方が直ぐに対策もとれると思いますし」
     注意深く周囲を見回す伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)に、菖蒲も頷く。
     複数の悪夢が交ざった敵を想定しておくことに、越したことはない。
    「はわわ、いったいどんな悪夢が出てくるのか……」
     アガメムノンは、それだけ灼滅者を脅威に感じているのだろうか。
     けれど、一般人を巻き込む行為を見逃す事ができない気持ちが強いのは、御剣・レイラ(高校生ストリートファイター・d04793)も同じだ。
    「それにしても、お正月からこんな襲撃を仕掛けて来るなんて……」
     ダークネスにも、お正月みたいなものがあってもいいのに。
     最後に、武月・叶流(夜藍に浮かぶ孤月・d04454)が、足を踏み入れた時だった。
     薄闇の奥から、夜色のシーツのようなもので全身を覆ったモノが、現れたのは――!

    ●宵色の尖兵
    (「どれかだよね?」)
     薄闇から現実に形を成した影は、言葉を発することなく、敵意だけを剥ける。
     その姿を注視したまま、黒塗りの断罪輪を構えたさくらえは、戦いの音を遮断する帳を下ろした。
    「開けてびっくり玉手箱、てなところか」
    「早々にかたをつけましょうか♪」
     何はともあれ、相手が何者か確定しなければ、対処の仕様がない。
    「まずは、相手を本気にさせる」
     そう、一気に距離を狭めた勇也が巨大な鉄塊のような斬艦刀を豪快に振い、雪色の髪を靡かせた菖蒲がオーラを拳に集束させ、凄まじい連打を繰り出す。
     高火力の2人の速攻は息を飲むものがあったけれど、手応えの浅さに菖蒲が眉を寄せた時だった。
    「っ……」
     薄いベールの奥から放たれた漆黒の弾丸が、菖蒲に炸裂する。
     菖蒲は咄嗟に腕を出して逸らしたものの、腕から浸透した毒が瞬く間に身体を蝕んだ。
     影は、高火力クラッシャーの攻撃を悠々と耐えてみせただけではなかった。
    「気を付けて、敵は強いよ」
     片膝を折った菖蒲に、叶流が即座に帯を伸ばして全身を鎧の如く覆っていく。
     傷を癒すと同時に守護の力を高め、直ぐに次の一手に備えるためだ。
    「初夢位イイ夢見させてくれても、罰は当たらないと思うけどなー?」
     灼滅者の初夢につけ入ろうとする、シャドウ……。
     まして、敵が灼滅者の夢とあっては、健の闘志にも火が付くもの!
    「悪夢なんかに負けない様、気合い入れていくぜ!」
     まずは動きを牽制しようと、健は槍に集めた妖気を冷気に変え、撃ち出す。
    「おおっ、氷BSは効果的面だな!」
     影の様子を観察しながら攻撃を織り交ぜていた紫廉が、ヒュゥと短い口笛を吹く。
     健の氷のつららに貫かれた影は、苦しそうに体を折り曲げている――!
    (「たしか、敵の性質も悪夢の内容で決まるんだよな」)
     ならば、悪夢の正体は複数を交ぜたモノでなく、恐らく単体。
     ライドキャリバーのカゲロウに味方を積極的に庇うように命じた紫廉は、直ぐに隣で戦う勇也や後列の仲間にも知らせる。
     その情報を聞くや否や、嬉々とする者、顔が引き攣る者に別れたのは言うまでも無い。
    「氷ならわたしも用意してあります!」
     紫廉の声に即座に反応したレイラも、氷のつららを撃ち出す。
     己の悪夢の確率は減ったものの、裏を返せば此処にいる誰かの悪夢ということだ。
    「ふうむ、やはり本気にならないと正体を現さないみたいだな」
     ――強い。だからこそ、燃えるものがある。
     狙い定めるように身を低くした蓮太郎は、瞬時に影の懐に距離を狭めて。
    「こちらも遠慮なく殴るとしよう」
     雷に変換した闘気を拳に宿した蓮太郎が、飛び上がる反動で強烈なアッパーカットを繰り出す。
     致命傷とは言えなかったけれど、本気の攻撃に影の雰囲気がガラリと変わった。
    「……敵の様子が」
     早い段階で弱点を見出された影が殺気を強めていく様子に、叶流は藍色の瞳を細める。
     漆黒のベールがはらりと落ちた瞬間、短くも響く悲鳴が上がった――!

    ●悪夢の正体
    「ちょっとまって、何故こんなこと、に……」
     ベールの下から現れたのは、全身珈琲色に染まって液状化した、珈琲スライム♪
     何処か自分の形を模したような悪夢に、さくらえはふらりと崩れ落ちてしまう。
    「標的は1体だけか。飛行はしていないようだな」
    「……こんな勢いで来られたら、もう忘れないですね」
     勇也が炎を纏った鉄塊を上段から叩き付け、菖蒲も仲間が試していないサイキックを優先的に織り交ぜるけれど、やはり浅い。
     当人にアドバイスを貰おうと、勇也が中衛の方に視線を移すと……。
    「これ、どうみてもさくら兄ちゃんの悪夢だよな?」
    「……うん、珈琲が好きで、先日飲みすぎてダウンして今思いっきり制限かけられてるからその反動かなー……的な」
     恐る恐る健が声を掛けるものの、さくらえはだいぶ遠い目をしています。
    「アガメムノンめ、なかなか厄介な手を打つものだ」
     灼滅者を釣り出すだけではなく、灼滅者に対して精神攻撃を仕掛けるとは。
     蓮太郎が悪夢を鋭く見据えると同時に、レイラの背中がビクッと震えた。
    「はわわ、英語で話し掛けてきたらどうしましょう!」
    「……いや、それはないと思うぜ。多分」
     若干及び腰になっていたレイラに、紫廉がツッコむ絵図。
     そんな中、回復が被らないように声を掛けていた叶流が、中衛の仲間に視線を留めた。
    「彩瑠さんの夢の対処法は、何だったかな?」
    「弱点というか……カフェイン中毒の対処にあたるのは……水で薄めるとか、かな?」
    「あ、だから氷BSが効いたのか!」
     叶流とさくらえの会話に、紫廉がうんうんと相槌を打つ。
     自身に集まる視線に戸惑いながらも、さくらえは言葉を続ける。
    「あとは、一定期間のカフェイン禁止令を……トラウマBSだとなお、えっと……うん」
     自分で言って涙目になっていく、さくらえさん。
    「さくら兄ちゃん、頑張れー!」
     すかさず健が声を掛けて励ますけれど、もはや焼け石に水♪
     この反応からすると、説教やトラウマBSも、とっても効果がありそうだけど……。
    「何はともあれ、楽しめそうですね♪」
     健が放った氷のつららに合わせ、菖蒲が語り部のようにゆるりと怪談を紡ぐ。
     毒と氷に同時に苛まれた悪夢は、特に氷に蝕まれた時、大きく身体をくの字に折った。
     ――効果的面だ!
    「この調子で弱体化を狙っていきましょう!」
    「弱点がわかれば、あとは殴るだけだな」
     悪夢の正体と対処法を見出すや否や、レイラは護りを固めながら攻撃に転じて。
     レイラの氷のつららを追うように、蓮太郎もトラウマを引き摺り出す影を伸ばした。
    「シリアスは遠そうだ」
    「ふふふ、もうどうにもなれ」
     勇也にフォローに似た声を掛けられたさくらえも、叶流の癒しを背に受けて、率先して攻撃に出ていて。
     けれど、前に出れば出る程、眼前にトラウマ級の光景が突き刺さっていくだけにも見えたのだった。
     ――合掌。

    ●珈琲色の悪夢
     弱点である氷とトラウマに苛まれた悪夢は、明らかに動きが鈍っていて。
     それでも、連携を意識して攻撃を仕掛ける灼滅者達相手に、攻撃の手は弛めない。
    「長期戦にはしたくないな、一気に攻めるぞ!」
     悪夢が伸ばしたトラウマを引き摺り出す鋭利な影を、紫廉は辛うじて避けてみせて。
     返す刃の如く妖の槍を振るうと、カゲロウの特攻に氷のつららを折り重ねた。
    「……これなら、夢と向き合えそうですね」
     避難誘導も上手くいっているのだろう、何者かが乱入してくる気配はない。
     悪夢の能力が弱体化したことを確信した菖蒲は、まずは態勢を整えようとオーラを癒しの力に転換した時だった。
    「回復はわたしに任せて、雪乃城さん達は攻撃に集中しても大丈夫だよ」
     悪夢のサイキックは、恐らくシャドウハンター相当のもので、単体攻撃メイン。
     そう告げるや否や、叶流は戦場に癒しの風を力強く解き放つ。
    「武月先輩、ありがとうございます」
     状況次第ではフォローに回ろうとした勇也も、風に背を押されたかの如く、前に出る。
     攻撃は初手よりも深く通っていたけれど、敵はシャドウの眷属。まだまだ侮れない。
    「もう一息欲しいな」
    「彩瑠先輩、他に弱点があれば教えて欲しい」
    「えーと、カフェイン中毒を起こす血中カフェイン濃度のデータやら、中毒時の諸症状を説教するような形に持っていくと、もっと効果的かも……」
     真顔でアドバイスを願う蓮太郎と勇也に、さくらえも真面目に弱点其の2を告げる。
     その情報を受け、叶流は落ち着いた素振りで味方を癒しながら、冷静に口を開いた。
    「いくら好きだからって、飲み過ぎは禁止だからね?」
    「うっ」
     正論ともいえる叶流の忠告が、さくらえの背にグサッと刺さる。
     涙目でがっくりと手をついて膝を折った時、こんどは健とレイラが――。
    「カフェインの取り過ぎは歯が茶色くなりやすいし、良くないぞー?!」
    「私はお茶の方が好きなんで……」
     健とレイラが同時に放った氷のつららが、珈琲スライムをザックザックと貫いていく。
     しかし、攻撃が通れば通る程、さくらえのメンタルも、ザックザックであーる。
    「脇が甘い!」
     疲労を濃くした悪夢が生命力と攻撃力を一気に高めるや否や、蓮太郎の鍛えぬかれた超硬度の拳が守りごと撃ち砕く。
    「もう帰りたい」
    「いやあ、おかげで楽しくなってきたな。うん」
     自身に似た悪夢が苦悶で歪む姿に、さくらえは全力で落ち込んでいて。
     紫廉が馬鹿っぽくフォローを入れるものの、その場で体育座りする勢いだったという。
     ――合掌ッ!

    ●悪夢に終焉を
    (「敢えて、フォロー中心にいってみるのも手か」)
     終始、弱点を考慮したサイキックの構成は効果的で、戦況が傾くこともなく。
     悪夢の弱点となる攻撃を持っていなかった勇也は、仲間の攻撃に挟み込むように、どす黒い殺気を無尽蔵に放出する。
     漆黒の殺気に重ねるように、澄み鳴り響くように鍛えられた玉鋼の剣を横に構えたレイラも、破邪の白光を放つ強烈な斬撃を繰り出した。
    「ううう、とりさんのあほぉぉぉっ」
    「彩瑠さん、頑張って」
     悪夢への攻撃は、全て自分の心にブーメラン。
     前のめりで倒れそうな勢いで、ここにはいない幼馴染みに愚痴り始めたさくらえを、叶流が癒しの帯を伸ばして包んだのは、優しさなのだろう、きっと。
    「油断せずに返り討ちしましょう」
     そんな中、菖蒲は戦いの中で情報を引きだそうとしたものの、踏み止まる。
     弱体化しているとしても決して甘い敵ではない。情報収集の対価は己の命だけでなく、仲間の命にも絡んでくるからだ。
    「例え、どんな悪夢が目の前に迫り襲い掛かろうと――」
     蓮太郎の影に飲み込まれた悪夢が揺らいだ一瞬の隙を逃さず、健が距離を狭めて。
    「播磨の旋風ドラゴンタケル、一致団結の力合わせて全て受けて立ち打ち砕く!」
     見切り効果を兼ねて戦法を切り替えた健は、悪夢の胸ぐらを掴みあげる。
     そのまま跳躍して高く持ち上げると、勢い良く無機質な地面に叩きつけた!
    「今日から数か月、珈琲禁止」
     黒のレザージャケットとすれ違うように、さくらえが玻璃の槍を振う。
     斬撃の間合いまで狭めるや否や、言葉と同時に放ったトラウマを引き摺り出す影は、自分にもトドメだったけれど、泣かないッ!!
    「速攻の勢いで早く倒してくださいお願いします」
     あとは、己が最大火力の攻撃を叩き込むのみッ!!
     何処か自虐的なさくらえが集中攻撃を促すと、紫廉とカゲロウが同時に飛び出した。
    「悪夢は消えてろ。今は現実の時間だぜ!」
     紫廉の流星の煌めきを宿した飛び蹴りが悪夢の機動力を奪うと、死角に回り込んでいた蓮太郎が身を守るものごと斬り裂いていく。
     回復から攻撃に転じた叶流も、「業」を凍結する光の砲弾を、真っ直ぐ撃ち放った。
    「はわー! 英語で話し掛けてこないなら、怖くないですもん!」
     金色の髪を靡かせ、一気に距離を狭めたレイラも強烈なアッパーカットを繰り出す。
     携帯端末の音声翻訳アプリがあるし、ハイパーリンガルも準備済みだけど、苦手なものは苦手なんですっ!
    「玉手箱の夢もこれで終わりだ」
     無機質な工事現場に、明るい朝の陽射しが差し込んでくる。
     勇也が振った超弩級の一撃に両断された悪夢は、悪い夢の終わりを告げるように、朝焼けに溶けて消えていった。

    ●悪夢晴れて
    「やっと……終わった……」
     避難誘導班と合流した紫廉達は、シャルロッテが用意した休憩場所で一息ついていて。
     短く黙祷を捧げる勇也を邪魔しないように、潤子がポールや看板を片付けていく。
    「珈琲飲みすぎて珈琲化かあ、オレもみたかったなぁ」
    「うう、勘弁して」
     そんな中。壁に向かって体育座りして、のの字を書き始めたさくらえに、ワタルは笑みを押し殺していて。
     すぐに「オレが悪かった」と謝ってみせるものの、ワタルの口元は完全に緩んでいた。
    「タロットって何なんでしょうね……」
    「現場には特に不自然な所はなかったわね」
     遺留物のようなものは落ちてなかったと告げるレイラに、シャルロッテも頷く。
     誘導中も終始不安を隠せずにいたアリスを、ミルフィが心配そうに見つめた時だった。
    「これ、混ざっていたら、どうなっていたんだろうな」
     ……勿体無い都市伝説もとい、勿体無い珈琲お化け?
     ふと、自分の初夢を思い出しながら皆を見回した健に、周囲の空気がビクッと震える。
    「はわああああ!!? 英語を喋る珈琲スライムなんて!」
     悪夢を刺激されたレイラが涙目でパニックに陥る中、今度は蓮太郎がぼそっと呟いた。
    「俺の悪夢は、強風の中で凧揚げをしているものだったが」
     不意に、体に巻き付く凧糸。
     けれど、いくら巻きとっても、凧は降りてこない。
     そして、そのまま体ごと風にさらわれてしまった場合は――。
    「自動車に無理やり乗せられて、ジェットコースターみたいな道路を猛スピードで進んでいくと……」
    「いきなり雪一面の世界になって、雪合戦に強制参加ですね」
     淡々と語る叶流に、菖蒲がなんと続きがありますと、尾びれ背びれ継ぎ足していく。
    「そしてついに、パンドラの箱という冷蔵庫から、災厄という悪臭が解き放たれる、その時、珈琲スライムは――!」
    「やーめーてー」
     なんという、混ぜるな悪夢ッ!!
     ノリノリな紫廉にトドメを刺されたさくらえは、倒れ伏すどころか地面にズブズブっと沈んでいきそうな勢いであーる。
    「初夢暴露大会とは良く言ったもんだ」
     ……暫くは、互いの夢のツッコみ合いになりそうだ。
     状況に反した和気あいあいな雰囲気を横目に、勇也は用意されていた温かい飲み物に、口を付けたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 5
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