アガメムノンの初夢作戦~ソレは夢か現実か

    作者:鏡水面

    ●武蔵野に現る影
     一月二日、早朝。武蔵野の朝は、心地良い空気に包まれていた。しかし、その澄んだ空気の中に、暗い淀みがじわりと滲み出す。公園の地面から湧き出すように生じた、正体不明の『それ』は、夜の闇を模したようなシーツをぶわりと靡かせた。
     正体こそわからないが、『それ』から伝わるのは、はっきりとした破壊衝動だ。
    『それ』が、ぬるりと歩く。まるで邪魔なものを退けるように、『それ』は公園の遊具を破壊し始めた。『それ』は待っているのだ。灼滅者たちが、自分の元へと訪れる時を……。

    ●新年早々
    「あけましておめでとう……と言いたいところだが、どうやらのんびりと祝っている場合ではないようだ」
     新妻・教(高校生エクスブレイン・dn0218)は、目の下の隈を擦りながらも真剣な表情で語る。大晦日に新年と忙しかったのか、それとも予知のせいで落ち着かなかったのか、とにかく眠れていないようだ。
    「第二次新宿防衛線のことは覚えているな? あの戦いの際に撤退したアガメムノンが、この武蔵野に兵を送り込んできた」
     歓喜のデスギガスの配下、アガメムノン。彼は灼滅者を潰すために動き出したようだ。もっとも、アガメムノン側は灼滅者の本拠地を正確に把握しておらず、かつ学園の規模も知らないため、襲撃自体は学園の危機というほどではない。
    「かといって、放っておけば被害は少なからず出てしまうだろう。そうなる前に、アガメムノンが仕向けた兵……『悪夢の尖兵』を灼滅して欲しいんだが……今回の敵は少々厄介だ」
     教は眉を顰め、一呼吸置いた後、ゆっくりと言葉を吐き出す。
    「悪夢の尖兵は本来、ソウルボードの外に出る事はできない。しかし、アガメムノンが灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化することで、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたようだ。つまり……お前たちは、自分自身の悪夢と戦うことになる、かもしれない」
     悪夢の尖兵は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしているが、戦闘時に本気になると、そのシーツを捨てて本来の姿を見せる。その姿こそが、いずれかの灼滅者の初夢に準じたものとなるのだ。戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じたものとなる。
    「正体を現したとき、その初夢の内容が何かを判断できれば有利に戦えるかもしれないが……そのときは、心を強く保って欲しい」
     教は灼滅者たちを、神妙な表情で送り出すのだった。


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    萩埜・澪(ひかり求める猫・d00569)
    メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    エルカ・エーネ(うっかり迷子・d17366)
    石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)
    月詠・久遠(闇夜の戦鴉・d32307)
    御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)

    ■リプレイ

    ●夜色の向こう側
     早朝の公園。灼滅者たちの頬を掠めるように 暗い気配が空気に混ざった。彼らの視線の先、夜色の衣を纏った悪夢の尖兵が不気味に蠢いている。
     霧月・詩音(凍月・d13352)は周辺を注意深く見渡し、一般人の有無を確認する。
    「……現状、一般人はいないようですね。このまま誰も来なければ良いのですが」
    「うむ、人払いはしっかりとせねばならんな。我に任せておけ」
     御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)は本を開いた。刹那、白紙のページから青白い腕が伸びる。描かれる文字と共に紡がれる物語が、人々を寄せ付けない結界を形成していく。
    「さて、アガメムノンの手先とご対面と行こうか。……罪なき夢を守るために」
     言霊と同時、月詠・久遠(闇夜の戦鴉・d32307)の手元に影が宿った。影の奥から差し出されるように、鞭剣が出現する。尖兵が灼滅者たちの気配に気付き振り向いた。振り向くも、夜色に覆われた姿は正体をわからなくさせる。
    「その能力、見極めさせてもらおう」
     尖兵が回避行動を取るよりも先に、久遠は接近し鞭剣を振るう。蛇のごとくうねる一撃が、その刀身に纏わせた暗き影と共に、尖兵へと叩き付けられた。衝撃に揺れる尖兵へと、百々が狙いを定める。
    「さて、その衣の中身は如何様な悪夢か」
     足元から腕のように伸ばされた影が、夜色の衣を剥ぎ取らんとするように絡み付く。尖兵は影を振り解き、前衛陣へと漆黒の弾丸を放った。
     無差別な砲撃から仲間を守るように、石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)が射線上に立ちはだかる。
    「的確な攻撃……とは言い難いものでございますね。まだ本気ではないということでしょうか」
     鸞は弾丸を身に受けつつも、己の間合へと踏み込んだ。尖兵へと巨大な注射器を繰り出す。深々と突き刺さった鸞の注射器は、的確に尖兵へと食い込んだ。注射器を伝わり感じる感触に、鸞は黒い瞳を細める。
    「少なくとも、柔らかいものではないようでございますね」
    「どのような初夢なのでしょうか。気になりますね」
     勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)は尖兵の正体を気に掛けつつも、魔力の霧を周囲へと展開した。ビハインドは同意するように頷き尖兵へと急接近する。青紫の色彩を纏わせ抜かれた刀から、霊力の波動を撃ち放った。
     攻撃を受け止める尖兵をしかと捉え、メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)は魔槍を振るう。
    「じきに正体を現すでしょう。……一体、誰の夢が利用されるのでしょうね」
     みをきの放出した霧が純白の槍を包み込み、破壊の力をより一層強めた。朝の光に煌めく槍が、尖兵の夜色を切り裂く。裂かれ後退せんとするその先で、待ち伏せたエルカ・エーネ(うっかり迷子・d17366)が槍を構える。
    「初夢を悪夢に変えるなんて、ひどいことするよねー。本気出す前に倒せたらいいのにっ」
     寸分の狂いもなく繰り出された槍が、尖兵へと深く突き刺さった。
    「……同感です。なるべく、敵の悪趣味な趣向に付き合いたくはありませんね」
     詩音の身体から、刺すような冷気が放出される。銀の髪を舞わせながら吹き上がった冷気は瞬く間に雪氷となり、容赦なく尖兵へと降り注いだ。
    「プリムラっ、今だよ!」
    「ニャーッ」
     エルカが告げた刹那、動きを止めた尖兵へとプリムラが飛びかかる。爪を食い込ませ、尖兵が纏う布を鋭く掻き毟った。
     防御が薄くなった場所を狙い、萩埜・澪(ひかり求める猫・d00569)のウイングキャット、スイファも黒い前足からパンチを繰り出す。
    「ミャア」
     地面に叩き付けられる尖兵へと、澪はすかさず鋼糸を放った。丈夫な糸が茨のように絡み付く。
    「スイファ、いい子。……さあ、次は何をしてくる、かな?」
     正体を見極めるように、澪は尖兵を静かに見据えた。直後、尖兵はぴたりと動きを止める。その停止も束の間、己を捕える鋼糸ごと、何かが夜衣を内部から突き破った。
     灼滅者たちの前でうねるソレは茨だった。そして随処には、美しい薔薇が咲き誇っている。しかし、香るのは薔薇の甘美なそれではない。灼滅者たちの鼻腔を刺激したのは、噎せ返るような腐敗臭。 
    「あれは、茨と……何か凍っていますね……?」
     みをきは目を凝らし、奇妙に変形した氷像を見つめる。その氷像が、凍っているにも関わらず匂い立つ腐敗臭の原因だろうか。
     みをきの言葉に澪もジッと氷像を見つめ、あることに気付く。
    「よく見ると……人、にも見える、ね」
     ぽつりと呟かれた澪の言葉に、メルキューレが告げた。
    「あれは人ですよ。……いや、人だったもの、というべきでしょうか」
     夜色の向こう側に潜んでいたのは、メルキューレの悪夢だった。

    ●茨の園
     目前で花開いた悪夢から、百々は目を逸らすことなく、凛と本を構える。
    「凍り付いた変死体に絡み付く薔薇、か。まさに悪夢といった様相だな。しかし、弱点はわかっているのだろう」
     百々の強気な問いにメルキューレが頷く。
    「あの悪夢は己を癒す術を持たない。連携して攻撃するほど、より大きなダメージとなるでしょう」
     キュアは不可能、かつ灼滅者たちが連携を強めるほどに悪夢は孤立し、ダメージ量も上昇する。孤独であることがこの悪夢の弱点だ。尖兵が茨をくねらせ、鞭のようにしならせる。仲間へと放たれた一撃を、鸞がすかさず受け止めた。
    「先程よりも一撃にキレがございますね。これが本来の力なのでしょう」
     伝わる痺れと痛みに怯むことなく、鸞は淡々と返す。
    「今回復します!」
     みをきは癒しのオーラを集束させ、鸞へと撃ち放った。癒しの力が鸞へと降り注ぎ、傷を癒していく。その回復行動に重ねるように、尖兵は薔薇の蕾を芽吹かせ、冷気を灼滅者たちへと放った。ダイダロスベルトを体に纏わせ攻撃を受け流しつつ、久遠は尖兵の動きを観察する。
    「鋭く素早い連撃……攻撃一辺倒のスタイルといったところだね」
     久遠の言葉に、みをきが頷く。
    「攻撃の頻度が高いな……俺から攻撃を加える余裕はなさそうだ」
     みをきの言葉に、ビハインドが刀を構え前に出る。その意図を察し、みをきは微笑を浮かべた。
    「はい。攻撃はにいさんに任せます」
    「私もどんどん攻撃しちゃうよっ。痛い一撃、撃ちこんじゃうんだから」
     武器をしっかりと構え意識を集中させるエルカに、プリムラがにゃあと力強く鳴いた。
    「プリムラはみんなを守ったり回復をよろしくねっ」
    「ニャウー」
     その言葉を予測していたように、プリムラはフンと鼻を鳴らす。皆、己の役割を手短に再確認していく。
    「私の務めは皆様を守ること。攻撃と回復をより快適に実行できるよう、サポートいたします」
     そう告げる鸞の握った拳の上で、サボテンの棘がギラリと鋭利に輝いた。
    「ならば僕は、その盾をより強きものとする役目を果たそう」
     久遠は帯を広げ、鸞の身体の守りを固めていく。光を帯びたベルトは頑丈な盾となり、防御の力を向上させる。
    「月詠様、感謝いたします」
     鸞は尖兵へと駆けた。攻撃を受けながら間合へと入り込む。狙いを一点に集中させ、茨を一本斬り飛ばした。
    「鋭き一撃。我も負けてはおれんな」
     百々はちらりと早朝の空を見上げ、すぐに視線を尖兵へと戻す。
    「爽やかな良き朝に這い出た悪夢よ。お前に相応しい噺を語ろうぞ」
     一呼吸置いて、百々は物語を紡ぎ出した。
    「かの者は、古の恨みから生じた怨霊……仇を求め、博物館を夜な夜な彷徨う、鎧武者の噺」
     赤黒い霧が百々を包み、鎧武者の姿を形成する。幻影の刀から抜き放たれた殺意が、尖兵の茨を裂いた。尖兵は奇妙な音を上げ、残る茨を無差別に振り回し、灼滅者たちを攻撃する。
    「スイファ、回復お願い」
    「ミュウ」
     澪の声にスイファは一声鳴き、尻尾の花輪を光らせた。温かな色を帯びた光が、灼滅者たちの傷を癒していく。茨を幾本か破壊されてもなお、素早い攻撃は緩まない。
    「攻撃は素早いままですが、最初の状態よりは弱っているはずです」
     中央の氷像を守るように茨を絡ませる姿を、メルキューレは静かに見つめる。
    「……茨をすべて刈り取ってしまいましょう。そうすれば、攻撃の手数も減るでしょうし」
     茨の鞭を避けながら、詩音は己の影を広げた。繊細な花弁のように広がる影は、茨を拘束するように絡み付く。
    「……悪足掻きせず、人の夢らしく儚く消えなさい」
     花弁の影は鋭利な刃となり、茨を斬り刻む。尖兵は悲鳴のような音を上げながら、再び冷気を舞い起こした。
     久遠は押し寄せる冷気に臆することなく、温かな七不思議を言霊にのせる。
    「もっと攻撃を重ねる必要があるか……まったく、往生際の悪い悪夢だね」
     味方のダメージを癒しつつも、久遠は真っ直ぐに尖兵を見据えた。
    「攻め手を緩めてはいけないな……にいさん、お願いします!」
     みをきがシールドを広げ防護を固めながらも、ビハインドへと指示を出す。みをきに応えるようにビハインドは霊力を集束させ、毒を孕んだ冷気を撃ち込んだ。 
     癒すことを知らない尖兵は、着実に弱まっていく。弱った箇所へと、エルカが狙いを定めた。無傷の茨が妨害しようとエルカに攻撃の手を向けた。その攻撃から、プリムラが身を挺してエルカを守る。
    「フシャーッ!」
    「プリムラ、ありがとっ! さあ、次はこっちの番だよ」
     エルカは素早く剣を捌き、高速の剣撃を繰り出した。それは弱った茨たちをバッサリと斬り落とす。
    「回を増すごとに攻撃を重たく感じているはず。……そろそろ、消えてください」
     メルキューレの視界に映るのは蒼い薔薇だ。剣を閃かせ、咲き誇るそれを容赦なく斬り捨てた。冷めた花弁が、茨と共にはらはらと散っていく。
     茨はすべて切断され、残すは中央の氷像のみ。攻撃手段を削がれ、尖兵はじりじりと後退した。
    「……そちらから仕掛けてきたのですから、逃げられると思わないことです」
     尖兵が移動する先を予測し、詩音が己の影を先回りさせる。影の刃を退路に突き立て、尖兵の進路を塞いだ。動きを止めた尖兵を、灼滅者たちが取り囲む。取り囲まれた尖兵に、逃げ道はない。
    「絶対に……逃がさない、から」
     小さく、それでいて力強さを感じる言葉と共に、澪の身体から眩いオーラが湧き上がる。
    「悪夢は、夢のままでいいの……現実に出てきては、だめ」
     オーラが澪の前で集束し、光の束となる。刹那、真っ直ぐに伸びた光線は、氷像の中央を貫いた。かろうじて形を保つ尖兵へと、詩音は静かに歩み寄る。
    「……、終わりです」
     凝縮された影が、容赦なく尖兵へと撃ち込まれる。氷像は砕け散り、腐敗臭共々、霧散するように消滅したのであった。

    ●早朝の空気
     痕跡一つ残さずに悪夢が消え去った公園は、従来の静寂と清涼感を取り戻していた。武器を収め、久遠はつい今しがたまで尖兵がいた場所を呆れたように見下ろした。
    「本拠地の場所もわからない状態で、手当たりしだい武蔵野を荒らすとは、実に雑な作戦だったね」
     先の戦いを思い返しながら言う。詩音も思案するように瞳を細め、淡々と考えを述べた。
    「……今回は退けましたが、次はどう出てくるのでしょうね。今回よりも面倒な手を使ってくる可能性もあります」
    「さらに強いのを送り込んでくるかも? また悪夢を利用されたら嫌だねー」
     エルカは悪い夢をなるべく見ないためにも、新しい枕を買いに行こうと考える。考えに耽るエルカを見上げ、プリムラはちょこんと首を傾げるのだった。
    「今回は初夢を利用されたが、次は別のものを利用して再び武蔵野を……あるいは学園を攻めてくるかもしれんな。十分に警戒する必要があるだろう」
     百々の言葉に、一同は頷いた。後片付けを終え、灼滅者たちは帰途に就く。ふと、鸞が思い出したように疑問を口にした。
    「初夢の場合、良い夢は話すなともいわれるのですが、こういう場合は数に含まれるのでしょうか。尖兵として具現化した以上、話したわけではございませんから、カウントはされないのでしょうか……」
    「そうですね……、元の初夢も悪夢的でしたので、とくに問題はないと思います」
     その疑問に、メルキューレが一考した後、さらりと返す。
    「新年早々あのような悪夢を……。巨大な餅が可愛く思え……いや、ないか」
     ビハインドが心配そうに見つめる中、自身の初夢を思い出したみをきは複雑な表情を浮かべた。他方、澪も自身の初夢を思い返し、瞳を伏せる。
    (「……もし、わたしの夢だったとしたら、どうなっていたのか、な……」)
     心臓を掴まれるような心地がした。スイファが彼女の横で、優しい声音でみゃあと鳴く。可愛らしい声の主に目線を落とし、澪はそっとスイファの黒い毛並を撫でるのだった。
     こうして灼滅者たちは、アガメムノンが放った悪夢の尖兵を打ち倒すことに成功したのだった。
     しかし、これはきっと、始まりに過ぎない……。

    作者:鏡水面 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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