1月2日早朝――その日、武蔵野周辺でソレは姿を現わした。
『――――』
夜色のシーツのようなものを体にすっぽり被ったソレは、悪夢の尖兵だ。その形状が何であるか? そのシーツによって伺い知る事はできない。
ただ、無意味に現れた訳ではない――ゆるり、と悪夢の尖兵は、早朝の住宅街をさ迷い始めた。何のために? それは、あまりにもわかりやすく――。
「暴れ回って、周囲を破壊するんすよ」
湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、ため息混じりにそう切り出した。
今回、翠織が察知したのは悪夢の尖兵の行動だ。
「武蔵坂学園がある武蔵野市が、シャドウによる攻撃を受けてるんすよ」
第2次新宿防衛戦で撤退した四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下であるアガメムノン。そのアガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたのだという。
「アガメムノン自身は灼滅者の本拠地が武蔵野である事を知らないはずっす。だから、この作戦は『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』ためのものと思うんすけどね? ただ、こっちの規模への見積もりが甘いのか襲撃自体は武蔵坂学園の危機というほどではないんすけど……」
とはいえ、このまま放置すれば武蔵野周辺に大きな被害が出る。放置出来る自体ではない。
「本来なら、悪夢の尖兵はソウルボードの外に出る事はできないんすけど、初夢という特殊な夢である事と、タロットの力で無理矢理発生させてるみたいっすね」
そのため、二十四時間もすれば消滅するだろう。だが、逆にダークネス並の戦闘力を持った悪夢の尖兵が、二十四時間も破壊活動を行なえばどうなるか――見過ごせる被害ではない。
「悪夢の尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしてるんすけどね? 戦闘時に本気になると、そのシーツを捨てて本来の姿を見せるんすけど……」
悪夢の尖兵の本来の姿は、灼滅者が見た初夢が元になっている。戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じるようだ。正体を現したときに、その初夢の内容が何かを判断できれば有利に戦える――だろうが、そこは難しいかもしれない。ただ、頭の片隅には入れておくといいだろう。
「みんなと戦ってほしい悪夢の尖兵は、とある住宅街に出現するっす。早朝っすから、光源とかはいらないっす。出現場所は、住宅街の少し裏路地側っす。そこで、待ち構えて戦ってほしいっす」
場所が場所だ、ESPによる人払いが必須だ。不意打ちなどは、向こうのバベルの鎖に察知されてしまうので、待ち構えた上での真っ向勝負となる。
「初夢が悪夢になるってのも気分の悪い話っすけどね。だからこそ、即効で叩き潰してやってほしいっす」
参加者 | |
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ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019) |
九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065) |
来海・柚季(月欠け鳥・d14826) |
夜伽・夜音(星蛹・d22134) |
空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198) |
可罰・恣欠(リシャッフル・d25421) |
雲・丹(てくてくにーどるうにのあし・d27195) |
月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011) |
●
早朝――武蔵野周辺の住宅街、来海・柚季(月欠け鳥・d14826)は白い吐息と共に呟いた。
「一富士、ニ鷹、三茄子って縁起がいいんですけど、初夢から悪夢は嫌だなぁ」
周囲には、まだ灼滅者達以外の気配はない。人々はまだ夢の中――というだけではないだろう。ふと、ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)がこぼした。
「本拠地襲撃……の前触れなのかなぁ。見過ごすことはできないよね。いろんな意味」
「いやはや……シャドウを率いる大将軍ともあろう方が、こうも大雑把とは。規模の見積もりさえ甘いとは……2度の戦闘で彼は何を見ていたことやら」
記憶を消しごみで消したとしか、と手の中で皮肉げに弄んだのは、可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)だ。
「初夢ね。夢なんてめった見ない俺にはあんまり関係ないなっと――来たみたいだぜ」
九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)が、警告と共にESP殺界形成を発動させる。灼滅者達の視線は、朝日に照らされる夜色のシーツのようなものを体にすっぽり被った悪夢の尖兵へと向けられた。
――緊張が、彼らの間に走る。戦闘のそれとは似て非なる痛いほどに張り詰めた空気、その中で悪夢の尖兵は夜色のシーツを投げ捨てた。
「…………ッ」
その姿に息を飲んだのは、夜伽・夜音(星蛹・d22134)だ。夜色のシーツの下から現れたのは、くたびれた白衣を着る壮年の姿だった。
(「先生、……ううん、あれは。悪夢の尖兵、なんだ」)
夜音は、その懐かしい姿に首を左右に振る。その姿は、夜音の精神病棟時代の主治医である院長であり――。
「弱点は?」
短く、空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)が問いかける。月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)もまた、誰の悪夢かとは問わなかった。反応を見れば、察せられたからだ。
「乗り越えましょう! この悪夢を! わたくし達は自らの過去も乗り越えて人々を救う灼滅者ですわ!」
瑠羽奈の凛とした強い言葉に、夜音はこくりとうなずく。
「……きっと、炎が効くと思う。花を扱う人だから。BSに気をつけて、……僕も回復を、頑張るよ」
ゆっくりと悪夢の尖兵――先生の足元で、影の花が綻んでいく。まるで、先生が灼滅者に襲われたあの冬の日の再現だ。先生の本当の名は、繚乱のログレス――このシャドウから灼滅者達から、あの冬の日に夜音は保護された――。
「へんしーん! ≪DLUGAM PRGE AOIVEAE IADNAH≫」
「在るべきものに剣を振るう」
雲・丹(てくてくにーどるうにのあし・d27195)がウニとしか呼べないモノへと姿を変え、柚季が輪廻の錫杖を引き抜く。戦闘体勢を整えた灼滅者達へ、白衣姿の壮年は、何気ない足取りで近づいた。
やぁ、ご機嫌いかがかな? ――まるで、そう問いかけるような気楽さで、先生は足元の影の植物を叩き込んだ。
●
「――お?」
その一撃を咄嗟に庇った恣欠が、宙を舞った。ガゴン! という尋常でない、打撃音。今年、初吹き飛びである――地面をゴム鞠のように撥ねながら、恣欠は着地し呟いた。
「おお、なんと。ギャグ補正でも受け切れなさそうな威力でございます」
「……多分、シャドウと、影業相当のサイキック……使ってくると、思うけど……」
夜音の言葉に、丹がウニウニと棘を動かしながら言う。
「それな、単体攻撃しかあらへんな?」
「あれ? その分攻撃力高そう?」
ミルドレッドの呟きに、先生はにこりと微笑む。それはまるで、幼子が出した答えが正解であると告げるような笑顔だった。
「なるほどな――面白れぇ!!」
ニヤリと口の端を持ち上げて、先生へと駆け込んだのは龍也だ。バチン、と雷を宿したその拳で、先生へと殴りかかった。
「打ち抜く! 止めてみろ!」
ズドン、という鈍い打撃音と共に、先生の体が宙に浮く。しかし、拳から伝わる衝撃の少なさに、龍也の笑みは更に濃いものとなった。
「自分で跳ぶか!」
龍也の抗雷撃を影で受け止め、衝撃を跳んで逃がしたのだ。しかし、空中には既に柚季が待ち構えていた。
「逃がしません」
振りかぶった腕は、刹那で異形の怪腕へと変貌する。振り下ろされた柚季の鬼神変が、先生を地面へと叩き付けた。空中では、踏ん張りがきかない――ズダン、と着地した先生へミルドレッドがダイダロスベルトを翻して射出した。
「瑠羽奈!」
「お任せくださいまし!」
ヒュガ!! とミルドレッドのレイザースラストを先生は影の蔦で壁を生み出して受け止める――その瞬間、先生の背後へと瑠羽奈は回り込んでいた。
先生が、影を動かし攻撃を防ごうとする。しかし、それを押し潰すように瑠羽奈の黒い殺気、鏖殺領域が襲い掛かった。殺気は、まさに夜の津波のように先生を飲み込み――内側から、爆ぜた。
先生が、跳躍する。白衣を翻し、ヒュゴ! と漆黒の弾丸を地面へと撃ち込んだ。ドガン! とアスファルトを砕き、地面から土煙を巻き上げさせ先生は後方へと跳ぶ。
「おやおや、いけませんよ? そっちの水は甘いですから」
「甘いなら、いい方じゃないか?」
くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす――不誠実な微笑み《フェイカーマスク》を走らせた恣欠の言葉に、陽太は思わずツッコミを入れた。が、そこに答えはない。先生は舞わした花びらの影で、《フェイカーマスク》を打ち破った。
だが、それで十分。その皮肉げに散っていく影が生み出した死角から、低く滑り込んだ陽太がフードを跳ね上げ、McMillan CMS5で先生の足を切り裂いた。
「しっかりと、回復していくんよぉ」
「……だねぇ」
丹がイエローサインを発動させ、夜音の射た癒しの矢が恣欠を回復させる。時間にすれば、一分の攻防――しかし、それはあまりにも濃密な時間だった。
「…………」
先生が、踏み出す。その仕種は、夜音の中の記憶と寸分も狂いがない。胸中にこみ上げる想いを、夜音は必死に押し殺した。
「来ます、お気をつけて」
「当たり所悪いと、それだけでまずいんよぉ?」
柚季の警告に、丹も告げる。先生は、構わない。そのまま足元の花の形をした影をその拳に宿して、鋭く放った。
●
悪夢の尖兵とは、よく言ったものである――陽太は、そう納得した。
「自分の夢でなくても、これはなかなかに悪夢だね」
音もなく咲き乱れる影の花々を跳躍で飛び越えて、陽太はこぼす。悪夢の尖兵である先生は、確かに強かった。その強さだけでも、十分に悪夢と言えるだろう。
「それでも、必ず打ち砕くけどね!」
Kalte Mordabsicht――陽太の殺意が弾丸となり、頭上から先生へと放たれた。先生は、それを花々の天井で受け止め――すかさず、その間隙に丹が生み出した妖冷弾が放たれた。
ビキビキビキ! と咄嗟に受け止めた影の花が、凍てついていく。先生の表情が厳しいものに変わるのに、丹は棘を動かして言った。
「確かに、氷には弱そうやぁ」
「でしたら――」
瑠羽奈が、低く疾走する。跳ね上げられる蒼い月の光を宿したエアシューズの切っ先が、大きく先生の白衣を切り裂いた。
「炎はどうかな!?」
その切り裂かれた跡に、ミルドレッドの燃え盛る回し蹴りが叩き込まれる! 先生は、その炎に表情を歪め大きく跳び――漆黒の弾丸をミルドレッドへと放った。
「させんよぉ」
それを庇ったのはウニ――丹だ。先生のデッドブラスターに吹き飛ばされる丹を、空中で夜音の癒しの矢が捉える。
「……無茶、しないで」
その言葉がどちらに向けられたのか? 夜音は、咄嗟に自分でもわからなくなりそうだった。いつかの光景の再現が、目の前にあったからだ。過去と違うのはただひとつ、夜音の立っている場所だけだった。
「花がお好きなようですが、自身で散らしにいく攻めのスタイルはいかがなものかと」
疾走しながら、恣欠が偽りの誓約環から制約の弾丸を撃ち込んでいく。その魔法の弾丸は、影の花弁を撃ち抜き先生の肩口を貫いた。
「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
そこへ駆け込んだ龍也の直刀・覇龍による雲耀剣が、先生を袈裟懸けに捉える――そう見えた瞬間だ。先生は、己の腕に影に蔦を絡ませ、咄嗟にその斬撃を受け止めた。
「ハハ――!」
確実に捉えた、そう思ったタイミングと動作のはずだった。それに反応されたからこそ、龍也の闘志は更に燃え上がる。
その刹那――ゴォ! と先生を中心に冷気の嵐が吹き荒れる。柚季のフリージングデスだ。
「悪夢の尖兵、ですね。どんな姿であっても私は私、なのですよ」
柚季の呟きは、この場では誰よりも夜音の胸に突き刺さった。恣欠は消しゴムを手の中で弄び、いつもの笑顔で言う。
「私の悪夢でしたら、消しゴムで消せたのですが」
「だから、選ばれなかったんじゃないか?」
「おお、まさに目から鱗ですね!」
対処法からして一発ギャグの恣欠と夢も見ない龍也のやり取りに、陽太は苦笑する。己が見た初夢を、思い出したからだ。
(「……結局、助けられなかったけどね」)
しかし、今は違う。守るべき仲間がここにいるのだ、これは夢ではない。
明けない夜がないように、終わらない悪夢もない。あってはならない、それは夜音の悪夢もまた同じ事だった。
先生が、地面を蹴る。放たれるのは、影の花園――先生の影喰らいを、丹は真っ向から迎え撃った。
「炎でないなら、恐くはないんよぉ」
花園にウニが飲み込まれる――その寸前だ。ヒュガガガガガガガガガガガガ! と放たれた棘、丹のレイザースラストが打ち砕いていく。相殺した丹の一撃に、先生の動きが止まった瞬間だ。
「初夢……それは新たな年を迎えた人間が迎える初めての夢……そのような特別な夢を穢すあなたを、わたくしは許しません! ミリーお姉様! わたくしの黙示録砲とお姉様で悪夢に終わりを!」
「任せて、瑠羽奈! ボクらで悪夢は叩き潰す!」
瑠羽奈の蒼月の十字架が、聖歌と共に先端の銃口を展開する。放たれるのは、業を凍てつかせる黙示録砲! その一撃を受けて、影の花ごとビキビキビキ! と凍り付いていく先生へ、駆け込んだミルドレッドが下段から十字架を振り上げた。
「せっかくの新年の始まりなんだ、幸せな夢を見させてほしいね!」
バキン! と先生が、宙を舞わされる。そこへすかさず飛び込んだのは、柚季だ。足元から伸びる影、影縛りが先生を絡めとったのと同時、再行動。輪廻の錫杖を振り上げた柚季が、囁く。
「もう朝です、夢の出る幕はありません」
残酷な慈愛を込めた一撃が、先生を殴打した。柚季のフォースブレイクに、先生が地面に叩き付けられる。そこでバウンドした先生の体を更に締め上げたのは、不誠実な微笑み《フェイカーマスク》――恣欠の影縛りだった。
「やはり、夢とは消しゴムで消えないものでございますねぇ」
ゴシゴシと先生に消しゴムをかけてみて、恣欠は言う。横着はできませんねぇ、とぼやきながら恣欠が真横へと跳ぶ。
「牙壊!! 瞬即斬断!!」
龍也の直刀・覇龍による居合いの一閃が、先生を切り裂いた。そのまま、地面を転がる先生がそれでもなお、立ち上がる。
「これは夢、悪い夢なの。だから、乗り越えなくちゃいけない。絶対、倒していくんだ」
己に言い聞かせて、夜音は逢魔の彩糸花へ漆の帳を星で留め――トラウナックルを振り払った。その一撃に胴を切り裂かれながら、先生は一歩前へ踏み出す。
夜音へと、先生が手を伸ばした。その手の意味は、永遠にわからない――陽太の放った影が、喰らい尽くしたからだ。
「お前は悪夢で、その人じゃないだろ?」
陽太は、言い捨てる。悪夢は、終わりを告げる――ここに、アガメムノンの仕掛けた悪夢が一つ明けたのであった。
●
「皆様、お疲れ様でした」
周囲を確認し、他に敵の姿がないと悟って柚季は仲間達を労った。気付けば、もう空は青さをそこに称えていた。朝日の時間は終わり、多くの人々が初夢から覚めている頃だ。
「初夢を利用するのは、これっきりにしてほしいね」
「まったくですわね」
ミルドレッドの言葉に、瑠羽奈は同意する。他の者の初夢も悪夢以外の何ものでもなかったからこそ、そう切に願うばかりだ。例え、乗り越えた夢でも心は疼くものだから。
「私の悪夢、「悪夢」というデカい文字が暴れ狂うものでして。それはもう、朝日に映える達筆が、流れるような鮮やかな動きで見てる人を現実と思いたくない悪夢的な世界にご招待!」
「いや、その発想が悪夢だろ」
恣欠の語る初夢に、龍也が唸る。仲間達の間からも、笑みがこぼれた。出来れば、悪夢さえ笑える日が来る事を祈って――灼滅者達は帰路へとついた……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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