アガメムノンの初夢作戦~硝子の初夢

    作者:篁みゆ

    ●尖兵
     1月2日、早朝のことである。ここは、武蔵野市周辺。
     あれは何者だろう。夜色のシーツに身を包んでいてその容貌は判別しがたいが、その力だけは伝わってくる。
     なにせ『それ』は、無造作に暴れ、周囲を破壊しまくっているのだから。
     ガッ……バキッ……ガシャッ……。
     物騒な音に紛れて夜色のシーツが動く。
     昇り来る朝日を受けながら、夜色のシーツが翻る。
     

     正月早々集められた灼滅者たちは神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)の表情が硬いことに気がついて、事は楽観視できるものではないのだと気がついた。
    「新年早々だけど急ぎの依頼があってね……連絡させてもらったよ」
     瀞真は和綴じのノートを開き、硬い声で告げる。
    「武蔵坂学園がある武蔵野市が、シャドウによる攻撃を受けている。第2次新宿防衛戦で撤退した四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下、アガメムノンが灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたようなんだ」
     アガメムノンは、灼滅者の本拠地が武蔵野である事を知らない筈なので、この作戦は『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』為のものと思われる。
    「アガメムノンは、武蔵坂学園の規模についても知らなかったようでもね、襲撃自体は武蔵坂学園の危機というほどでもないよ。でもこのまま放置すれば、武蔵野周辺に大きな被害が出るのは間違いない。皆には武蔵野周辺に出現した、悪夢の尖兵の灼滅をお願いしたい」
     そう言って瀞真は一度息をついた。
    「悪夢の尖兵は本来、ソウルボードの外に出る事は出来ない。今回の事件は、初夢という特殊な夢である事と、タロットの力で無理矢理発生させているようだね」
     その為、この悪夢の尖兵は24時間程度で消滅するものと思われる。
     が、消滅するまでの間はダークネス並の戦闘力をもって破壊活動を行うため、時間切れを待つ事はできないだろう。
    「悪夢の尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしているけど、戦闘時に本気になると、そのシーツを捨てて本来の姿を見せるようだね。悪夢の尖兵の本来の姿は、灼滅者が見た初夢が元になっていて、戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じるようだ」
     正体を現したときに、その初夢の内容が何かを判断できれば有利に戦えるかもしれないが、難しいかもしれない。
    「新年早々厄介な事件だけど……この程度の攻撃で灼滅者を倒すことなどできないと思い知らせるいい機会かもしれないね」
     頑張ってきてくれ、瀞真はそう告げて和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    静闇・炉亞(刻咲世壊・d13842)
    流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)
    ディートリッヒ・オステンゴート(狂焔の戦場信仰・d26431)

    ■リプレイ

    ●夜色の舞うここに
     早朝。まだ辺りは暗く、冷たい空気がピンと張り詰めている。武蔵野周辺には夜色のシーツを纏った悪夢の尖兵が現れるということで、灼滅者たちはそれを阻止するべく集まっていた。
    (「夢ですか。僕とはもう無縁のものですね」)
     朝日を待つ闇の中、ディートリッヒ・オステンゴート(狂焔の戦場信仰・d26431)が心中で呟いた。夢を見なくなってから久しい。夢というものの感触すら忘れてしまうほどに。
    「初夢ば悪用されたらたまらんとよー。はよ解決させんとね」
    「そうですね」
     呟いた二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)の横で静闇・炉亞(刻咲世壊・d13842)が頷く。
    「アガメムノンも武蔵坂を危険視し始めたのか……。なんだか、これからもっと戦いが激しくなっていく気がするよ」
    「瀞真さんが言わはるには、こちらの本拠地が特定されたわけではないようやね。手当たり次第で近くを襲撃しはるなんて、あちらさんとしては運がいいということやろか」
     流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)の言葉にため息混じりで千布里・采(夜藍空・d00110)が答えた。どこにあるかわからない灼滅者たちの拠点を狙ったら武蔵野だった、だなんてこちらからしてみれば相手は相当勘が鋭いというか、運がいいように見える。
    「アガメムノンが学園の規模を知らなかったのも幸いよね」
    「ですねー。でも新年早々ご苦労な事ですよねー……」
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)に同意を示したミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)は、早く炬燵の中に戻りたいようだ。確かにこの寒さは、暖かい炬燵が恋しくなるというもの。
    「あ、あれではないですか?」
     あたりを気にしつつ歩みを進めていた深海・水花(鮮血の使徒・d20595)が声を上げた。そちらを注視してみれば、時折何かが風にはためく音と、ひらりと揺れる影が見える。
    「全力で豪快且つ爽快に撃退するとしましょうっ!」
     ミネットが用意していたヘッドライトを点灯する。ディートリッヒがサバモンボールを掲げるとライドキャリバーのファルケが姿を現した。
    「ご町内の皆様がいい夢見れますように」
     知信が展開するのはサウンドシャッター。まだ眠りに落ちている人が多い時間。近くに住む人の睡眠を妨げぬように。
    「終わらせに行きましょうか、この悪夢を」
     炉亞の展開した殺界形成が、戦闘開始の合図だった。

    ●姿を現せ
     悪夢の尖兵はエクスブレインの言ったとおり、闇色のシーツを纏ったまま灼滅者たちへと向かってきた。本気を出せばシーツを取り姿を現すということならば、本気にさせるしかないのだろう。
     今のところ敵は1体。滑るように、しかし闇色のシーツを翻らせてミネットの懐に入ると、一撃を繰り出した。
    「さて、アガメムノンの狙いも気になりますが、今はこの尖兵たちを片付けますか」
     呟いて接敵したディートリッヒは、『ヤールングローヴィ』を振り下ろす。手応えはあった。シーツの下が闇だとか空気だとかそういうことはなさそうだ。ファルケも援護に動く。
     牡丹の炎を纏った蹴撃が続く。ビハインドの二重・菊も彼女を追い、明日等が放った帯に合わせるようにウイングキャットのリンフォースも動いた。
    「いきましょ」
     誰にともなく声をかけて、采は指輪から呪いを尖兵へと向ける。霊犬が追うように六文銭をぶつけた。
    「まだ、誰の初夢なのかはわかりませんね」
     呟いて、炉亞が飛ぶように尖兵の懐へと迫る。トラウマを引きずり出す影を宿した刀を思い切り振り下ろした。
    (「いつもと違って相手の出方はわからないけど」)
     知信が自分に課したすべきことは、市街地の戦闘故に早期決着を心がけること――つまりある種いつも通りに全力で殴ること。
    「ダークネス! ……だよね? シーツ被ってるだけの人……じゃないよね?」
     一応声をかけてみてから、全体重を乗せて『封巨剣ー山崩しー』を振り下ろした。
    (「人々を害そうとするのであれば例えどんな存在であろうと、神の名の元に、断罪します……!」)
     心中に強い想いをいだき、水花は帯を放って尖兵を貫いた。
    「たかが夢。されど夢。しかし、夢の居場所が現世にはないのもまた真実です」
     接敵したミネットが、変換した闘気を雷として宿した拳を振るう。打たれて数歩、後ろに着地した尖兵の動きが、一瞬止まったように見えた。いや、値踏みするように灼滅者たちを見据えて、そして。
     ――バサッ……。
     豪快に脱ぎ捨てられたシーツの闇は、冷たい風に乗ってひらりひらりと何処かへ消えていく。
    「違かばい」
    「私のでもないわ」
    「僕のでもありませんね」
     シーツの中から現れた者の姿を確認して次々と仲間たちが申告していく。そんな中、彼女は一瞬硬直した。自分の初夢が現れるかもしれないと覚悟はしていたものの、実際に目の当たりにすると総毛立つような衝撃と、恐怖や他の感情がない混ぜになったような不思議な感覚が彼女を襲ったからだ。
    「……私の初夢です」
     告げれば仲間たちの視線が彼女に向いた。
     悪夢の尖兵の姿は30代の男性。神父服を着て微笑みを浮かべてはいるが、その両手には微笑みに似合わぬ血塗られたガンナイフを握りしめていた。
     水花はじっと、まっすぐにその男性を見つめた。

    ●悪夢の初夢との対決
    「まだまだ、足りません」
     神父は笑顔のまま語る。
    「どれだけ人や動物を殺しても、神は罰することはないのです」
     狂気と紙一重の笑顔を浮かべたまま、神父が口走る。
    「同時に、神は誰も救うことはないのです」
     ガンナイフから放たれた弾丸が前衛を襲う。
    「弱体化の方法はなんやろか?」
     采の問いに水花は、一気に現実に引き戻された思いだった。そう、これは一人で見る夢ではない。仲間とともに、立ち向かう夢。
    「まず一つは賛美歌です」
    「賛美歌……」
     そう言われてぱっと出てくるものは少ないのだろう。誰かの呟きに水花が添える。
    「時期は過ぎてしまいましたが、クリスマスソングの中にも何曲か有りますから、みなさんもご存知のものがあると思います」
     水花が告げた曲名を聞けば、確かに記憶の中にある曲があった。
    「もう一つは、神の存在の肯定です。宗教は問いません。あの人は神の存在を否定しています。ですから、神の存在を肯定するのです」
     水花の指示を受けて、それぞれが自分にできることを考えながら敵へと向き直る。
    (「夢というものはこういうものなのですか」)
     夢に縁の無くなったディートリッヒはそんな思いを抱きながら、傷の深いミネットへと回復の光を放つ。そして。
    「我々の働きを神は見ておられますよ。ファルケ、行ってらっしゃい」
     突撃しようとするファルケを思い切り蹴り飛ばし、加速に多少力を添える。だが心配しないで欲しい、ファルケへの扱いが酷いのはいつものことである。
    「神様に祝福された風で、みんなを癒やすばい」
     牡丹が喚んだのは、祝福の言葉を宿した風。前衛の傷が、風に包まれて癒やされていく。菊はそのまま攻撃を続けた。
    「今アタシたちがこうしていられるのは、神様のおかげよ」
     跳ぶように神父に接近した明日等の槍が、神父の腹部を抉る。明日等を追ったリンフォースが、追い打ちをかけるようにパンチを繰り出した。
    「……――♪」
     一瞬の間から水花が紡ぐのは、賛美歌の旋律。神秘的な歌声に彩られて、それは神父へと向かう。
    「日本にも八百万の神さんがいはりましてな」
     采の影が神父を包み込む。それに合わせるように霊犬が刀を加えて神父へと近づいた。
    「この世に存在する様々なものに、神さんが宿ってはるのやで」
    「神様はきっと、僕達の気が付かないところで力を振るっているのでしょう」
     采の影に重ねるように、炉亞の影が神父を包み込む。
    「神様かぁ。こっちの都合のいい時だけ頼ろうとしても応えてくれないけど、それはいないってことじゃなくて誰にも平等ってことだと思うんだ」
     知信は『キャタピラシューズ』に炎を宿し、強力な蹴撃で神父をよろめかせる。
    「神様ね……いないと結論付けるのはまだ早いと思っています」
     ミネットの帯が神父を貫く。灼滅者達の集中攻撃を受けた神父は、微笑みを浮かべたまま――ただし攻撃を受けた部分からは血を流して――手の中でガンナイフを弄んでいる。
     中には不本意な言葉を紡がねばならなかった者もいるかもしれない。けれども神父の傷の様子を見れば、弱体化方法を使用ているおかげで攻撃がうまく入っているのも事実。
    「あなた達は神を信じるのですか? あんなもの、弱者がつくりだしたただの妄想です。その証拠に、どれだけ罪を犯しても私は罰されることはないのですから」
     狂気を帯びた神父の言葉の裏には、絶望が塗り込められているように感じる。罰されないことが救われないことと同義だと言っているようにも聞こえた。そんな嘆きから発された弾丸は采を射抜いて。
    「少し、歌ってみましょうか」
     ディートリッヒは宿した光を采に遣わせて彼の傷を癒しながら、クリスマスソングとして使われている賛美歌を口ずさむ。そのメロディに乗るように、ファルケが神父へと攻めこんだ。
     牡丹もディートリッヒに合わせて同じ旋律を口ずさみながら、拳に『玲瓏』を纏わせ、神父の懐へ入る。そして繰り出すのは無数の打撃。菊が追ってきて、神父に攻撃を加える。
    「この曲なら、アタシも知ってるわ」
     明日等も旋律を紡ぎながら、帯を放つ。避けようとした神父がよけきれなかったのも、弱体化行動のおかげだろうか。リインフォースが追撃のように攻撃を仕掛けた。
     そっと、水花が立ち位置を変える。万が一にも逃走させないために包囲するつもりだ。そして皆が口ずさんでいるのとむ同じ曲を、美しい歌声で神父へと投げかける。神父がうめき声を上げ、耳をふさごうとしているが、それでも水花の歌は神父を侵食していく。
    「クリスマスの時期に街角でよく流れている曲やね。少しやったら」
     采も知っている部分だけ皆と合わせ、影の刃を放つ。言葉にせずとも采の意図を汲みとっている霊犬が、刃とともに神父へと向かった。
     素早く死角へと入り込んだ炉亞も、その曲を口ずさんでいて。至近距離から切り上げれば、神父が気がついて逃れようとした時にはもう遅い。
    「よし、僕も歌うかな」
     大きな声を上げて歌に加わった知信は、渾身の力で巨大な刀を振り下ろす。
    「上手く歌えますかね」
     恐らく巧拙は関係ないけれど、ミネットも皆に歌声を合わせて。腕に装着した祭壇型武器で思い切り神父を殴り飛ばした。
    「いくら歌っても神などいないのです! 救いの手など、差し伸べられることはないのです!!」
     張り付いた親父の笑顔が今は逆に怖い。後衛に射出された弾丸を、前衛がいくらか庇いつつ、それでも灼滅者たちにとって傷が浅いのは、やっぱり神父が弱っている証だろう。
    「俺は前衛を」
    「よかばい」
     素早く意思疎通をしてディートリッヒが前衛を、牡丹が後衛を癒やす。菊とリインフォースが攻め立てるのを追って、明日等が鋭い氷柱を放った。采の呪いと霊犬の射撃が共に神父を蝕み、炉亞の掌から放たれたオーラが神父の体力を確実に削っていく。ミネットの帯が神父を貫いたところに、知信の重い一撃が神父の脳天を狙った。
    「神など――」
     皆まで言えずに膝から崩れ落ちた神父に水花が送るのは、教会でよく歌われていた賛美歌。記憶の中の思い出にある曲を、皮肉のような餞に。
     水花は神父との関係を語らなかったが、彼女自身が修道女志望であるということを考えれば、浅い関係ではなかったことが窺い知れる。
    「かみ……は……」
     最期まで神への呪詛を吐きながら、神父は影が散るように消えていった。

    ●朝が来る
     程なく日が昇るだろう。朝が、やってくる。
     灼滅者たちのおかげで、武蔵野周辺が神父によって壊滅させられることは避けられた。
     悪夢であった初夢を具現化されて再び見せられるのは、苦痛を感じないとは言い切れないだろう。
     それでも仲間たちがいるということが、夢と現実の違い。
     寒さに身を寄せ合いながら、灼滅者たちは帰途についた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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