アガメムノンの初夢作戦~その夢、叶えます!

    作者:黒柴好人

     後にはただ破壊の爪痕が残されていた。
     コンクリートの構造物、堅牢な金属、暴風にも耐える樹木、塗料を乾かすために軒下に干していたプラモデル。
     街は無差別に、しかし等しく破壊されていた。
     破壊をもたらした存在はしばしその場に佇むと、その色と同じ外套を翻し夜の闇へと消えていった。
     それが1月2日未明から武蔵野市で発生した事件の発端だった。
     
    「……あけましておめでとうございます」
     突然の招集に集まった灼滅者たちに、晴れ着姿の高見堂・みなぎ(中学生エクスブレイン・dn0172)が頭を下げる。
    「……新年はテレビやネットの生放送を見たりしながらおもちをぱくぱく、ごろごろしたいと思っている方も多い事でしょう」
    「うっ!」
     集合した灼滅者の1人、観澄・りんね(高校生サウンドソルジャー・dn0007)がドキリと体を震わせた。
    「しかし、そうも言っていられない状況になってしまいました」
     お正月ムードはここまでです、とみなぎはくるくると回りながら晴れ着を脱ぎ去り、武蔵坂学園の制服姿になった。
    「どういう仕組みなの!?」
    「それはまた今度……。武蔵野市がシャドウに攻撃されているという事実よりも重要度は低いです」
     第2次新宿防衛戦で撤退した四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下『アガメムノン』が灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたのだという。
    「……襲撃者はこの悪夢の尖兵です。そしてそれが今日の早朝、武蔵野に現れたのです」
    「じゃあ、もしかして武蔵坂学園の場所がバレちゃったとか!?」
    「……いえ、それはないでしょう。なので炙り出すというか、『どこにあるか判らない灼滅者の拠点を攻撃する』ため、適当に尖兵を仕掛けたのでしょう」
     なお、街は破壊されたもののそこまで深刻な規模ではなかったようだ。
     なので、こうして焦らずじっくり作戦を立てる時間もある。
    「……アガメムノンは学園の規模も知らないのでしょう。奇襲としても戦力が小さすぎます」
    「だれかケガしたりは?」
    「武蔵野に住んでいるのは今や灼滅者ばかりですし、一般人に被害は出ていません」
    「そっか、それならよかった」
     ほっと胸をなでおろすりんね。
     しかし、放っておけば間違いなく武蔵野周辺は蹂躙されるだろう。
    「……今回皆さんには武蔵野周辺に現れた悪夢の尖兵を灼滅していただきます」
    「任せてっ!」
     意気揚々と立ち上がるりんねだが、はたと難しい表情になる。
    「ところで、悪夢の尖兵ってどういうのだっけ?」
    「……いい質問です」
    「だよね!」
    「褒めてはいませんが……まあ、いい機会なのできちんと説明しておきましょう」
     そもそも悪夢の尖兵はソウルボードの外に出る事は出来ない。
     それなのに何故、現実世界に出現したのか。
    「……今回のケースは初夢という特殊な夢である事。それに加えてタロットの力で無理矢理発生させているようです」
    「むりやり?」
    「はい。ですので、現実世界に存在できるのは24時間程度と予想されます」
     ある程度時間が経過すれば悪夢の尖兵は自然と消滅するが、現在も破壊活動を行っているため、当然放置するわけにはいかない。
     全力をもってこれを灼滅しなければならない。
    「それで、見た目とか強さとか、そういうのは?」
    「……りんねさんはおばけといえばどういう見た目を思い浮かべますか?」
    「え? えーと、こういうの?」
     カツカツと黒板に絵を描くりんね。
     白い布を被って「がおー」と手を振り上げている何かが描かれた。
    「……まあ、誤解を恐れずに言うならこんな感じです」
    「こんな感じなの!?」
    「……夜色のシーツのようなものを被っていて、その姿が定かではないのです」
     だが本気になるとシーツを脱ぎ捨て、本来の姿を晒すのだとか。
    「本来の姿とは、先に申した通り初夢……しかも灼滅者の皆さんの初夢を元に形成されています」
    「ええっ!?」
    「……ちなみに初夢とは元旦の夜に見る夢の事を言うそうですよ」
    「あれ、大晦日じゃないんだ」
    「はい。しかし、諸説……あるようです」
     便利な言葉だった。
    「戦い方や性質、弱点までも夢の内容に準じるようですので……相手の特性を看破し、うまく立ち回れば有利に戦えるかもしれません」
     当然簡単な事ではないかもしれませんが、とみなぎは続けた。
    「夢という不確定要素があり、単体のシャドウとしてもなかなかに強力な相手ですが……お正月のごろごろタイムを潰された怒りをぶつければ、勝つのは容易ではないでしょうか」
    「そうだね。私もごろごろしてたかったし!」
    「……おや、りんねさんは元旦から半袖短パンで路上ライブに駆け回るものと」
    「私そんな風に見られてたの!?」
     正月休みもない灼滅者の今年最初の戦いは、こうして幕を開けるのだった。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリアの贖罪者・d00502)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    松苗・知子(吸血巫女さん・d04345)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    高嶺・楠乃葉(餃菓のダンプリンフィア・d29674)
    宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)
    ミレイ・クローディア(紅焔の邪眼・d32997)

    ■リプレイ

    ●素敵な夢に誘います
     悪夢の尖兵の居場所は探すまでもなかった。
     なおも轟く破砕の音に、灼滅者たちは直ぐ様戦闘に突入する。
    「ただでさえ正月は忙しいってのに!」
     一行から頭一つ飛び出したのはエアシューズの速力を最大にしながら跳躍する松苗・知子(吸血巫女さん・d04345)。
     勢いをそのままに、夜色の外套目掛けて片足を突き刺す。
    「正月からどうしてこうなったデスか!」
     空中からの奇襲に続くのは狐雅原・あきら(アポリアの贖罪者・d00502)の螺穿槍。
     低い位置から突き上げるように槍を抉り穿つ。
     回転に巻き込まれる外套は、一体どういう素材なのか強烈な刺突にも破けない。 
    「今のでチラっとでも中身見えないもんかな?」
     尖兵が本気を出すまではその正体が不明というところにもやもやする椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)。
    「スイーツ餃子やマシュマロとかの食べ物系の悪夢だったら楽なんだけどな」
    「今、スイーツ餃子って言ったの」
    「餃子がどうかしましたか!?」
     ぽそりと呟いた武流の言葉に妙に喰いついた高嶺・楠乃葉(餃菓のダンプリンフィア・d29674)と宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)。
     2人とも宇都宮の餃子にとても縁が深く、この場に集ったのには一体どんな運命が存在するというのか。
     ちなみに楠乃葉はスレイヤーカードを開放した後の姿、頭部や手が餃子のカタチとなったチョコ餃子型のご当地怪人『ダンプリンフィア』と化している。
    「い、いや何でもないぜ!」
     この場で迂闊に餃子の名は出せないようだ。
     慌てつつ、意識を尖兵に集中させる。
    (「もしもこいつが俺の夢だったら――俺が決着を付けないとな……」)
     燃え輝くサイキックソードを手に、武流は心の中で覚悟を固めた。
     悪夢の尖兵は、正体を明かさないながらも灼滅者から攻撃を受ければ返し始める。
     その加害範囲や方法は朧げだが、一撃一撃は中々に軽くない。
     戦場を軽やかに移動し、かき回すのはリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)。
    「ふんだ、悪夢なんかに何もさせてやらないわ」
     この中身が自分の夢から構成されたものかもしれない――そう考えると背筋を嫌なものが奔り身を震わせる。
    「夢は夢、現実は私の腕で作るもんだもの!」
     しかしリュシールは自らを奮い立たせ、ギターの音色で恐怖と共にシャドウを打ち砕く。
     胸の内を滲ませず胸を張り戦うその姿は、アガメムノンへの挑戦か挑発か。
    「――いくら夢だとは言っても、初夢を使うなんて……趣味が悪いわね……」
     前線を支える援護役として青白い色を放つ鋼糸を操るミレイ・クローディア(紅焔の邪眼・d32997)は僅かに目を細め嫌悪の眼差しを尖兵に、そしてその先にいるであろうアガメムノンへと向ける。
     それと同時に気になるのが今回の事件を引き起こしたタロットの存在。
    (「まずは目の前から……かしら」)
     具体的な情報を得たい所ではあるが、ミレイは一先ず目の前の脅威の対処に専念する事にする。
    「確かにいい趣味とは言えない相手ですよね」
     ミレイに同意する森沢・心太(二代目天魁星・d10363)は、シールドバッシュで相手の意識を自分の方へと集中させるように立ち回りながら、今回の事件について考える。
    「武蔵坂学園の場所を把握していない状況で戦力を分散させて展開する……威力偵察といった感じですかね?」
    「そんな感じかもデスね! ……いややっぱり特に考えてなさそうにも思えるデス」
    「単純な武力制圧なら喜んで相手になるのですが……」
     アガメムノンの精密だか雑だかわからない作戦が何とももどかしい。
    「さぁさぁ、そのシーツの中身を見せてもらいまショウ!」
     相手が本気を、つまりこちらを脅威として認識しなければその外套を捨て去る事はない。
     となれば絶え間なく強烈な攻撃を加え続けるのみ。
     変化が見えたのはあきらの槍が幾度目か閃いたその時だった。
    「あっ、見て!」
     支援に回っていた観澄・りんね(高校生サウンドソルジャー・dn0007)が少し慌てた様子で尖兵を指差した。
     尖兵が外套に手を掛け、勢い良く脱ぎ捨てたのだ!
    「さて、何が出るかしら……?」
     快活な知子も、緊張が滲む表情で見入ってしまう。
     もちろん知子だけでなく、その場にいる灼滅者のほぼ全員がそうだった。
     自分にとって不快の対象が、恐怖の象徴が現れるとなっては――。
    「――あれは……?」
    「あれは……!」
     その全貌が明らかとなった瞬間、ミレイと陽坐は対象的な反応をした。
    「あれはもしかして、宮儀さんの……?」
     リュシールの問いに、汗の滲む顔で首肯する陽坐。
    「……俺の悪夢で間違いありません。そしてあいつは!」
     全身を強張らせ、声を、憎き敵の名を喉から絞り出した。
    「俺の宿命のライバル……からあげ怪人!!」

    ●夢は叶いましたか?
     からあげ怪人。
     食べ物系のイベントやテレビの料理ショー企画で幾度と無く争う餃子とからあげ。
     どちらが美味しいか、人気かを問うと、必ずからあげに軍配が上がってしまう。
     その劣等感や恐怖心がカタチとなり餃子に引導を渡すべく生まれたのがこの怪人である。
     ……といった陽坐の夢がベースになっているようだ。
    「あいつが手にしているのは商工会議所にあるはずの『金のフライパン』……!? まさか奪われるなんて!」
    「あの大きなフライパンが奪われると、どうなるのデス?」
    「あれは『2016餃子サミット開催地』の証を意味します。それを奪うという事は……」
     バトルオーラを滾らせ、怪人を睨みつけながら叫ぶ陽坐。
    「待ちに待ったサミットの宇都宮開催の邪魔をしようと言うのか! からあげ怪人!?」
    「餃子サミットはスイーツ餃子を広めるいい機会なの……。じゃまは許されないのよ」
     同じく餃子を愛する楠乃葉も黙ってはいられないようだ。
     ちなみに餃子サミット自体は陽坐の夢の中だけの話ではなく、実在するイベントだ。
     各国(都道府県)の首脳陣が集まり、餃子について語らったり食べあったりする――餃子民にとっては非常に重要な催しとされている。
    「落ち着いて、宮儀くん。からあげ怪人に弱点はわかりますか?」
    「森沢さん……。こういう時こそクールにならないと、ですね」
     心太の言葉に陽坐は落ち着きを取り戻し、
    「大丈夫です。もう俺はあの時みたいにはなりませんから」
    「1年半くらいになりますか。と、今は懐かしんでいる場合ではありませんね」
     仲間たちにからあげ怪人攻略法を話す。
     曰く、ひとつは金のフライパンを取り返す事。
     もうひとつは、からあげを褒めまくる事。
    「餃子よりからあげが上ってのがポイントです。いや、当然餃子の方が上ですけど」
    「なるほど、宮儀くんにとっては辛い戦いになると思いますが……」
    「いや、俺は大丈夫です……!」
     仲間たちを見回し、陽坐は「遠慮せずやってくれ」とばかりに深く頷いた。
    「そんな、ボクには餃子の悪口なんて言えないの……」
    「高嶺さん、この戦いが終わったら一緒にスイーツ餃子、食べましょう。だから、今はお願いします!」
     陽坐の気持ちは楠乃葉には痛い程理解できる。
     楠乃葉が心から愛するスイーツ餃子は、見た目のインパクトやミスマッチさから無理解や偏見の目に晒される事がある。
     好きなものを否定される、それのなんと辛い事か。
    「……わかったの、陽坐ちゃん。からあげ怪人を倒さなくちゃスイーツ餃子の、ううん、餃子全体に未来はないのよ」
    「はい!」
     拳を合わせ、互いの健闘を祈る。
     願わくは、生きてまた餃子を食せる事を。
    「――どうして悪夢が餃子……なのかしら……? と思ったものだけれど、何となく理解できた……気がするわ」
    「深いドラマを感じるよね!」
     興味深そうに餃子好き2人を眺めるミレイとりんね。
     他県民から見ると理解し難いかもしれないが、宇都宮市民が餃子を語ると大体ドラマが生まれるのだ。
     しかしいつまでもそれに浸っている訳にもいかない。
     茶番は終わったか、とばかりにからあげ怪人がからあげを榴弾のように投擲してきた。
     危ないところで回避し、地面で炸裂するからあげ。
    「あっちぃ!」
    「はじける肉汁ってやつデスネ!」
     ホットな洗礼を受けつつ、灼滅者たちはすぐさま体勢を整える。
     攻撃手段や威力が本気を出す前と比べ、かなり向上しているように思える。
    「まずはからあげを褒めちぎって油断を誘わないとフライパンは奪えないかもしれません!」
     リュシールが少し離れた場所から観察する限り、機動力も上がっていてそうそうフライパンは奪えなさそうだ。
    「こうなったらやるしかないわね! えーっと、からあげからあげっと」
     駆けながらからあげセールストークを考える知子。
    「餃子とは比べ物にならないくらい『肉』って感じがしてジューシーでおいしいよね!」
    「1日1食、いや3食いけるぜ! 朝から食える油モノはからあげしかないよな! 餃子? 朝食ったら臭いが気になりすぎるだろ!」
     武流も手をメガホンにしてからあげのアップをはじめる。
     ぴくりと反応し、攻撃の手を緩めるからあげ怪人。
    「効いてる効いてる! 意外と単純なのねえ」
    「餃子好きの2人には悪いけど、これならいけそうだぜ!」
     知子と武流は確かな手応えに互いに親指を立て、作戦を続行する。
    「――餃子は……これまで見たこと……ない、わ。本当に……存在する食べ物……なのかしら?」
    「えっ!?」
     ミレイの言葉に思わず反応してしまう陽坐。
     楠乃葉はくいくいと自分の顔を指差して「これこれ」とアピール。
    「――長い間……眠っていたから」
    「い、いえ。餃子ってマイナーですからねー!」
     若干棒読みながらもミレイを後押しする陽坐。
    「老若男女、幅広い人たちに人気なのはやはり餃子よりもからあげですよね」
    「私も好きだなー! コンビニで手軽に買えるってのも身近でいいよね、からあげっ! 餃子はそういうのないし」
     心太の言葉に乗っかるようにりんねが手を挙げる。
    「学校の帰りにコンビニでからあげ、はよく見ますが、餃子の買い食いというのはまず見ませんね」
     確かに、とリュシールも納得の表情。
    「そういった所を考えると、より身近なからあげは市民権を得てる、といえますね」
    「餃子は街をあげてアピールしてようやくデスよねー。そんなコトしなくてもからあげはみんな食べるデス」
     からあげは不動の人気だとあきらも太鼓判を押す。
     他にも「大人はお酒を飲むときに餃子よりもからあげを食べてるイメージ」「揚げ餃子はからあげのパクリ」「餃子像はからあげとの戦いが負ける事を察して自ら倒壊した説」などなど……灼滅者たちはからあげ怪人に語る。
     ついには怪人も交えて「からあげにレモンはかけるべきか否か」の討論となり、結果「どちらもおいしい」との結論が出るに至った。
     持ち上げられ、すっかり気分を良くした怪人の一方。
    「ぐ、ぐはっ……」
     陽坐はボロボロになっていた。
     餃子ディスによる反動である。
    「――大丈夫、かしら……?」
    「は、はい。俺の心はこの程度じゃ壊れませんよ。それに、みんな本心で言っているわけではないですから、ね」
    (「――わたしは……本当に餃子を見た事が、ないのだけど……」)
     尊い犠牲を払った結果は、しかし好機として訪れる。
    「からあげは」
     不意にからあげ怪人の背後に回っていた謎の影。
    「スイーツからあげでも作ってから出直してくるの!」
     それは楠乃葉!
     俊足で間合いを詰め、音も無く振るった龍砕斧が怪人の腕を捉え、取りこぼした金のフライパンを奪い去る。
     まるで焼き上がった餃子を掬い、皿に盛り付けるかのような見事な手際!
    「高嶺さん……!」
    「受け取るの、陽坐ちゃん」
     取り返した金のフライパンを陽坐へと投げる楠乃葉。
     それをしかと手にした陽坐は失った力を取り戻したかの如く全身に力を漲らせる。
    「そこまでだからあげ怪人! このフライパンが戻ってきた以上、お前の好きにはさせない!!」
     一喝するや、陽坐が跳躍する!
    「必殺! 水餃子スプラッシュキック!」
     箸でなかなか掴めないつるつるとした水餃子を彷彿とさせる、捉えにくい熱いご当地キックが炸裂する。
     明らかに反応が鈍っているからあげ怪人は、回避する間もなく胴体を打ち据えられる。
    「はっはー! 餃子もからあげも全部焼き尽くせー!」
     続くあきらがブレイジングバーストでからあげをこんがり焼き上げていく。
     戦闘が再開され、生き生きし出したのはあきらだけではない。
    「この時を待っていましたよ。今年初の闘い、楽しみましょう!」
     ストリートファイターとしての血が騒いで仕方がない心太は、抗雷撃を起点とした様々な攻撃の組み合わせを打ち込んでいく。
     無論弱体化したとはいえ、からあげ怪人はただの木偶と化した訳ではない。
     機敏な心太の動きにも徐々に適応し始めた怪人は、ピンポイントで防ぎ、攻撃を返してくるまでになった。
    「やりますね! もう少し油をカットしてくれれば最高ですけどね!」
    「これはこれでいいデスけど、今の時代はヘルシーなのがウケるデス」
     なんなら炎で余分な油を落とそうかと、あきらは更に攻撃の手を増やしていく。
     2人掛りかつ弱体化しているとはいえ、怪人の油の乗った足捌きは中々に厄介だ。
     刹那、高速で飛来した何かが怪人の側面を直撃し、その動きを鈍らせた。
    「大物を仕留めるには下準備が大事ってわけよ」
     脚を振り抜いて着地し、短い巫女服の裾をぱんぱんと払う知子。
    「――縛り付けるわ。……そう長くはもたないと思うから、早めにお願い……ね」
     念には念をとミレイも封縛糸を使い、捕縛を試みる。
    「食べ物系だと楽とか言ったけど、やっぱ辛いな」
     サイキックソードを構える武流は、沈痛な面持ちでそう呟く。
    「からあげだの餃子だの、腹が減るに決まってるだろ!」
     半ば逆ギレのような一撃をお見舞いするが、そこはりんねも同じ意見のようだった。
    「武流さんの言うとおりだよー。私もお腹がなっちゃいそう!」
    「だよな。早く終わらせて何か……スイーツ餃子でも食おうぜ!」
     チラチラと視界の端に映る楠乃葉に、武流は笑いながらオーダーする。
    「それならもうひと頑張りですね、りんねさん!」
    「音、合わせよっかリュシールちゃん!」
    「やりましょう!」
     リュシールとりんねの即席セッションは、リバイブメロディやエンジェリックボイスを交えた特別バージョン。
     身体と心が元気になる、温かくも力強いサウンドに一行の士気も上がるというもの。
     灼滅者たちは最後の攻勢に打って出る。
    「吼えよ……龍鱗餃……神霊剣!」
     そして楠乃葉の一太刀により、ついにからあげ怪人は両膝を付いた。
    「ホントは分かってるんです。からあげが美味しいって事を」
     戦闘行動を止めた怪人に、陽坐は話しかける。
     事実から目を逸らし、恐怖し、心の奥底に押し込んでしまう。
     その内にそれがヘドロのように堆積し、やがて悪夢となって噴出してしまう。
     からあげが嫌いな男子中学生がいるだろうか。
     いや、いない。
     それでも。
    「それでもおかず1位の座は餃子が取る!」
     望みが薄い願望だろうか。
     しかしからあげ怪人は「言ったからには実現してみせろ」。
     そう釘を刺すように陽坐を指差すと、静かに消滅していった。

    ●という夢だったのさ
     破壊行為と戦闘の影響で住宅街は結構ボロボロになっていた。
     しかし今回サポート要因として駆けつけたシャルロッテと周が人的被害の確認や建物の損害状況を学園に素早く伝達した事により、修復作業も早めに取り掛かれるかもしれない。
     なお、人的被害に関しては彼女たちの確認した範囲ではゼロだったので一安心か。
     ついでに「こんなこともあろうかと」と2人が確保していた休憩場所と調理器具により――。

    「――これが……餃子……初めてみた、わ」
     目の前に盛り付けられた大量の餃子を、ミレイはまじまじと見つめていた。
     陽坐と楠乃葉を中心に、皆で作ったのだ。
    「見るのもいいですけど、ぜひ口に運んでください」
     宇都宮餃子を再現したそれを、ミレイは一口ぱくり。
    「――おいしい……わね」
     安心の一声に、一行は次々と餃子を頬張っていく。
    「やっぱり水餃子だよなー」
    「色々あったけど、餃子おいしいね」
     武流やあきらもご満悦の様子。
    「それにしても、地味ながら面倒な工作してきたわねえ」
    「アガメムノンの事ですか?」
    「そうそう。意外と頭いいんじゃないかしら、あいつ」
    「心を乱そうとする点においてはいやらしい作戦でしたけど……ど、どうでしょうね」
     知子の話に小首を傾げるリュシール。
     とりあえず頭がいい体という事にしておくのがいいのかもしれない。
    「スイーツ餃子も美味しいですね」
    「餃子の皮って甘いものとも合うんだねー。ちっちゃいクレープみたいでいいねっ!」
    「揚げチョコ餃子や苺大福餃子もあるの」
     心太とりんねは楠乃葉特性のスイーツ餃子に舌鼓を打っていた。
     餃子をおいしそうに食べる仲間たちを見て、陽坐は右手を握りしめる。
     悪夢の尖兵を倒すと同時に消えてしまった金のフライパン。
     それがまだ手の中にあるように感じられたのだ。
     新年早々、妙に餃子がフィーチャーされたが――まぁ、そういう事もあるだろう。
     灼滅者たちは勝利を祝う一方、新たな戦いの予感を拭い去れずにいた。

    作者:黒柴好人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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