偏愛のベルンシュタイン

    作者:那珂川未来

    ●Vorliebe
     とあるコンサートホール。時の終わりを見送る歌も、新たな年へのお祝いも終わり、久方ぶりに喧騒を離れている――はずだった。
     メインホールの舞台には明るい光が零れ、シンプルなセットに五月蝿すぎない程度に花が添えられている。
     それはまるでこれから始まる復讐劇を彩る様に。
     或は、死にゆくものへ手向けのように。
     左右には、簡素な寝台にベルトで繋がれ、身動きも出来ぬ警備員が入った檻が一つずつ。恐怖で声さえ出せぬ姿は哀を表し、きつく縛られゆるり落ちる鮮血もショウの一部。
     中央へ進む、金色の髪を揺らす少女の瞳は、まるで彼等の血でも吸ったかのように深い紅を湛えていて。イエローサルタンの花束を手に、カナリアイエローのドレスと編み上げのハイヒールは、鮮血交じりの舞台を優雅に渡る。
    『うふふ……』
     何処となく見つめている先は、観客のいない座席ではなく。復讐相手の灼滅者たち。
     いつ来るか。今来るか。そんな期待を深紅の瞳に映したなら。鳴らす指の響きに、檻の全ての隙間を縫ってゆく程の数のバズソーが、天上からゆっくりと落ちてくる。
     人体切断の奇術を予感させるものであるが。しかし仕掛けなど一つもない檻の中の人間に、それを回避できる手段などあるはずもない。そして、システム的な動力を持たぬ刃も止める術はない。
     彼らが助かる道は、彼女の復讐相手が死ぬ事。或は――。
    『あはははは! さあ、間もなく開演だ!』
     この舞台を作り出した少女、フラウ・ブロッケンは高らかに告げた。
     その右手首に輝く赤瑪瑙。撫子の花弁並ぶ金のブレスレットが、今にも闇に押しつぶされそうな心を繋ぎとめる様に、ちらちらと瞬いていた。
     
    ●Monat von Bernstein
    「つい先ほど、闇堕ちしてヴァンパイアと化した黄瀬川・花月(月を模す琥珀・d17992)ちゃんの行方がわかったよ」
     待ちわびていた人もいたはずだからと、すぐに説明へと話を移す仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)。
    「ヴァンパイアはあるコンサートホールを占拠して、当直中の警備員を拘束し、彼等の命で灼滅者をおびき出そうとしている。ヴァンパイアは『自分の父親は、元人格が特に親しくしている灼滅者たちに殺された』って勘違いしている節があって……つまり復讐が目的なんだろうね」
     向こうからこちらを呼びこむ行動をしてくれているため、発見もわりと早かった事もそうだが。警備員は、多少流血する程度の怪我は負っているものの、今のところ無事であることも不幸中の幸いといったところだろうか。
     しかし灼滅者が来なければ、利用された揚句、仕掛けられたバズソーの刃によって死んでしまうだろう。
    「ヴァンパイアは、奇術師フラウ・ブロッケンと名乗ってる。父親は奇術師らしくって、父の後を継いでいるという認識なのかな……」
     ただなんとなく、父親に対して偏愛を見せているようにも見受けられる部分もあるがはっきりとした事はわからない。
     しかし、仮にはっきりとわかったとしても、皆が必要としているのはフラウ・ブロッケンではなく花月だ。大切なのは、花月にとっての大事な人や友、仲間の言葉であったり、存在だろう。
     ただ。復讐相手であり、自分の中にある気持の邪魔になる存在でもある花月共々消してしまう為にも。花月に近しい相手は、声は届きやすい半面、集中して狙う傾向にある。逆に彼女と親交が薄くなればなるほど、狙いが少なくなる分、説得は届きにくい傾向だ。
     とはいえ真摯な言葉が多ければ多いほど良い。効果うんぬんより、誰であれ届かせようとする事を諦めたら負けるだろう。相手は闇の貴族ヴァンパイアなのだから。
    「あの、花月さんのおとーさんの事なんですけど……。ダークネスが、灼滅者に殺されたと思いこむんですから、誰かに殺されたかのような過去があったりするんですか?」
     レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)が尋ねたなら。
    「いや殺されたとかそういうのではないと思うんだけど定かじゃない……ただどうして居ないのかは、残念ながら解析でもわからない。もしかしたら生きている可能性もあるんじゃないかとは」
     結局のところ、その行方はわからない。
     生きているのに会えない現状も、死んでしまって会えない状況も、近い様であるけれど。ただもしも生きているなら希望という輝きがあるだけ違うかもしれないとレキは思う。
     しかし、フラウ・ブロッケンにそれを言ったところで信じはしない。殺された恨みを晴らす為だけに、わざわざおびき出すなんていう行動を起こしているくらいなのだから。
     だが、それゆえ。
    「向かえるのは、八人が限界。向こうは誘っているけれど、だからと言って危ない橋は渡らないってことなんだろう。八人を超える灼滅者の存在を察知したら、逃げられてしまう」
     なので、今回はサポートの力は借りられない。
    「なんとか助けだしてあげたいけれど、それが無理ならば灼滅せざるをえない」
     彼女はダークネスであり、復讐を成そうとしている。迷っていては致命的隙を作ってしまうかもしれないから。
     これが最後のチャンス。危険な作戦となってしまうけれど。
     どうか皆で帰ってこれるように、と。


    参加者
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)
    氷上・鈴音(蒼き怒りの炎・d04638)
    冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)
    蓮条・優希(星の入東風・d17218)
    小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)
    セレティア・アシュタルテ(キーテジに咲く青薔薇・d29548)
    錦橋・秋羅(秋錦の白昼夢・d33236)

    ■リプレイ


     耳障りなバズソーの回転音。それは狂気の嘲笑の様な。
     訪れを待ち侘びていただろう、フラウ・ブロッケン(以下フラウ)は、双眼を鋭月のように細めながら、
    『ようこそ』
     緩やかに、淑やかに、礼を払うのはあくまでエンターテイナーとしての嗜みかのように。
     しかしこれは仇を仕留める為の、狡猾な舞台。フラウ自ら誘いだすことによって、バベルの鎖の隙間を消し去ったから。
     だからこそ、此処に訪れる故に背負うものの重みは、彼らにしか分からない。
     その空気を、初めて肌で感じながら。錦橋・秋羅(秋錦の白昼夢・d33236)は、クラブ仲間の彼女の顔を、表情の読みにくい顔で見つめている。
    (「俺が堕ちた奴を助けに行くことになるなんて思わなかったけど」)
     生き様を貫く事を凛とするならば。それを曲げてでも友の願いに寄り添おうとする心意気も尊いものだ。
     そして、ようやく見つけた彼女を前に、急く、というよりは妙に落ち付き払った仕草で扉をくぐった蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)の背を追いかける形で中へと踏み込んだ。
    「カルナ、迎えに来たよ」
     この瞬間を待ち望んだからこそか、或は先日からの空虚を引き摺っているせいなのか、舜の様子は何処か超然としているように見える。
     寮長である彼のここ数日間の背中を、セレティア・アシュタルテ(キーテジに咲く青薔薇・d29548)は良く知っている。だからこそ、今の一言に含まれた激しい感情の入り混じりを強く感じたのは、セレティアだったかもしれない。
    『迎え? 殺されに来たの間違いじゃない?』
     フラウは冷たく跳ねのけるように言い放ったなら。金と赤のブレスレットが雑に揺れた。
     刹那その予感に咄嗟反応したのは幾人だったか。バズソーが断頭台の様に降り落ち、瞬間的に弾けた赤に舞台が染まる。
     ひやり――と感じたのも瞬きほど。それが奇術で、はらり舞うバラは一般人の無事を示している。本物のバズソーは高い位置で止まったままだ。
    『あははは驚いた? ショーと銘打ったからには一つぐらい披露しなくちゃ』
     でもお前達に降り注ぐ刃は奇術じゃないと言わんげに。無邪気に、残酷な趣向を見せつける。
     ダークネスの深さが際立っているのをまざまざと見せつけられて、蓮条・優希(星の入東風・d17218)は、血の味を唇に感じながら。
    「そっちの目的は俺たちだろ」
    『お前達が死んだら解放してあげるよ』
     優希が一般人を慮ったなら。無駄だよと言わんげに、爛々と赤く輝く目は境界線となって立ち塞がっていた。
     この間、神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は一般人の命を守る事も、花月を守ることに繋がるから、フラウに気取られないように周囲を確認したが。
    (「檻はフラウさんの後方――」)
     事前調査でも人質にしない、命の心配はないとの事だから、今は花月救出に注力した方がいいのではと判断して、秋羅と氷上・鈴音(蒼き怒りの炎・d04638)にそっと提案。二人も、このホールに入ってきた自分たちの立ち位置から考えても同意見に辿り着いた。もともと檻からの解放が困難なら、事が済んでからと切り替える余裕はもっている。
     普段は少年の様に快活な様相を見せている冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)だけれど、同じく屍相手に堕ちた身ならば、友であるのも相まって特に思うところもあるだろう。その目に宿る意思は強固な何かを映している。
     翼と隣並ぶ小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)もそう。自分の父親の仇であるのは灼滅者達たちだと勘違いしているなら。
    (「――狙われると分かっているなら、話が早い」)
     それが一般人への興味を外す鍵であるなら望むところ。里桜は親友にそっと目配せ。互いの覚悟を確かめ合う様に、頷く翼。
    「呼んでるっつーからわざわざ出向いてやったんだ、しっかり狙えよ。ま、てめぇみたいな弱虫にやられてやる程弱くねぇけどな!」
     こいよ、と翼は言葉と仕草で挑発したなら、
    『言ってくれるね? 元より、灼滅者なんかに小細工使うつもりなんてさらさらないよ』
     冷やかさを増した赤い瞳と、沸騰しているかのように噴き出す憎しみ。
     それを静かに受け止めながら、勇弥は友より頂いたFlammeを手に。そして相棒の加具土を傍らに。
    「フラウさん、黄瀬川さんの命を守ってくれたのは感謝するよ。だけど黄瀬川さんは連れ戻させてもらう」
    「ああ、何が何でも絶対に連れ帰る! だから――」
     長身を感じさせない軽やかさで、加具土と飛び出す勇弥。其処をどけ、と吠えんばかりに蒼を靡かせ、優希は一閃に思いを込めて。
    『さあ、開幕だ!』
     イエローサルタンより鮮烈な色彩の発光とが迸り、舜の解き放つ鏖殺領域が、激しく前線を染め上げる。


    (「私も一度闇堕ちして助けられた身――」)
     胸に揺れるロザリオ。解除の鍵に触れて、能力を始動させた鈴音は、柔和な雰囲気を潜ませしたたかさを纏い、前線で弾け合った衝撃の隙間を抜けて。
    (「学園の皆が手を差し伸べてくれた。あの日差し伸べられた手を、今度は私が黄瀬川さんに差し伸べる――!」)
     虹色の光沢を帯びるwish。友から貰った思いに自分の願いを乗せて。
    「黄瀬川さん、聞こえるか?」
    「どうか皆の言葉に耳を澄ませて」
     鈴音は、勇弥の尋ねる声と鋭いクルセイドスラッシュの打ち込みに、リッパーの刃重ねて。
     ひらり、ドレス翻しながら間合いを維持しようとするフラウの着地点を、したたかに狙ってゆくのは里桜。
    「……黄瀬川さん、貴女のいる場所は真っ暗で、寒い闇の中じゃない」
     手にしたSalvareは、殺す為ではなく。闇を、死に繋がる運命を、断ちきるため。
    「仲間が、大切な人達がいるこの温かい場所だろう?」
     花鳥合わさるかの如く。勢いは獣の如き豪胆さでも、まさに羽根を得たかのような跳躍からシールドバッシュを繰り出すのは翼。
    「呑まれてんじゃねぇよ……現実から目を背けてるような弱虫に打ち勝てねぇ程弱かねぇだろ!」
     拳圧に噴き飛ぶ赤。翼と里桜が綺麗な連携をまざまざと見せつけてやった、その瞬間が色あせないうちに。優希がひとつひとつの言葉を届かせる様にしながら、
    「なあ相棒、帰ってこいよ。また学校帰りに買い食いとか行こう。ブレイズゲートで息の合った連携を見せてやろう」
     だがかちあうフラウの目は、殺せるという狂喜と憎しみの冷たさを湛えたままだ。
    『率先して矢面に立つなんて自己犠牲のつもり? まあ遅かれ早かれお前たちは殺すつもりだし、望み通りにしてあげるよ!』
     怒りに引かれ、翼の精神へ鋭い傷を付ける光を至近距離で弾けさせたフラウ。
    「ちぃっ!」
     思う様に動かなくなった翼の片足が、まさかの相棒へと翻るが。咄嗟飛び出す加具土が、身を呈してせき止めるなり、除霊眼を瞬かせて。
     仲間の傷の心配は、勇弥のその手が織りなす円環の盾の力に表れている。けれど視線はフラウ――いや奥にある花月だ。
    「黄瀬川さん、ここから帰ろう。皆の話を聞きながら、楽しそうに珈琲を飲む君の姿をお店から欠けさせはしない!」
     此処に来れなかった皆の思い全てを癒しに託し、前線を維持して一つでも多くの言葉を届けられるように。
    「黄瀬川がいなくなって、寮長がごはんつくってくれなくなった、のよ」
     セレティアが雪の様に綺麗な髪を靡かせて、手の平に青く燃え立つ緋牡丹灯籠の炎を撃ち出せば。
    「ねぇ、帰ろうよ。撫子の花言葉を贈る人もアクアマリンとムーンストーンの指輪をあげたいと思う人もカルナだけだよ」
     ただ只管前へと舜は進みながら、心が痛くなりそうなほど切ない声で。
    『いい気味だよ。むしろ、そんなんじゃ全然足りない』
     父を亡きものにされた私の嘆きに比べれば、と。放たれる鮮烈なブレイドサイクロンは、激しい鮮血の嵐を呼びこむ程に。
    「みんな、黄瀬川の心配、してた、よ。このままじゃ、赤月館が、ちゃんと赤月館じゃ、なくなっちゃうから、黄瀬川、早く帰ろう?」
    「カフェの皆だってそうだ。皆黄瀬川さんを待ってる。君がカフェで過ごした時間、それは緩やかだろうと皆との確かな絆なんだ」
     切に訴える言葉ひとつひとつが、雫の様に心染みこみますようにと祈るセレティア。勇弥が不死鳥を呼ぶが如く熱き旋風を巻き起こしたなら、加具土も呼ぶように吠えながら除霊眼を光らせる。
     フラウからの狂乱の刃、宵桜を手折るかの如くたおやかながらも。里桜に走った鮮烈な切り口に散る赤の深さは、ダークネスの力量露わにしていていたが。
    「……大切な友達を連れて帰ると決めた、覚悟を決めた劔を簡単に折れると思うな!」
    『言う事だけは立派だよね。血反吐吐いてるくせ――ッ!?』
     里桜の刃をさらりとかわしたフラウだったが。しかし此処に居る八人がそれぞれ戦略的に複雑かつ、たった一つの願いの元に動いているのだ。彼女が特に連携を意識しているのは、翼かもしれないが今回は――。
    「ボーダーの皆によろしく頼まれているからね」
     秋羅の黒死斬が、綺麗に腱を引き裂いた。
     くるり向き直り、秋羅は間合いを計りながら。
    「俺の言葉には興味がない? それでも、ちゃんと此処にいる八人は妥協じゃなくて全員が君を助けるために来てる。だったらさ、そっちの話くらい聞いたげなよ」
    『黙れよ、灼滅者』
     フラウはすぐに殺すべき相手に意識を移そうとしたが。
    「私が貴方と過ごしてる時間は、他の皆と比べたら短いかもしれない、それでも黄瀬川さんの心が泣いてるのは痛い位わかる、だから此処に来た!」
     過ごした時間じゃない。結局のところ思い深さ。鈴音が、翼の爪先より弧を描く炎に沿う様に、レスザースラストをしならせて。優希は碧風を巧みに操りながら。
    「そうだぜ相棒! 友達も、頼りになる先輩も、これから仲良くなる予定の奴も。何より、誰より大事な奴が……舜がいるだろ!」
    『私から父を奪ったくせに、ふざけるな! 死ねよっ!』
     うねる螺旋に花弁散らせつつ、紅蓮斬を躊躇いなく優希の腹へと押し込むフラウ。
    「こんなとこで、倒れられっか……よ……!」
     どうにかこうにか凌駕するものの、危険な状態は変わりない。
    「黄瀬川さん、貴女の右手を見て! イエローサルタンの花言葉は「強い意志」。黄瀬川さんは自分を助けてくれた蒼間さんに出会えて此処に来たんでしょ」
     言葉が届きにくいかもしれない。鈴音はそう思っても。
    「そして今、辛い過去から少しずつ前に進もうとしてるのなら、その歩みと意志を、今この場所で終わらせないで!」
     怪奇煙で勇弥の癒しの補助をしつつ、必死に声を張る。
    「俺だって元々の信念曲げてまで此処にいるんだ、帰ってきてくれなきゃ困るの」
    『こいつらの肩を持つのか、お前も!』
     秋羅から赤い雪女が語られれば、フラウは噺すら燃やしつくさんばかりに紅蓮斬で押し返そうと。
     ただ、先の余裕よりも焦りや苛立ちが見え始めているのも事実。意識が仇だけに向かっていないことも、説得の効果が表れている証拠でもあって。
    「なぁ、花月……何時までそんなとこ籠ってる気だよ。逃げないって、お前そう言ったよな? その言葉忘れるなって……体張ってでも引っ張り出してやるって、そう伝えたよなぁ?」
     振るう拳は身を捉えているのに、心には届きそうで届かないもどかしさ。翼の語気も更にきつくなるのは、真剣さゆえの。
    『逃げの体勢を作ったのはお前たちのほうだ。仇を忘れて、その仇に懐柔されていた事こそが、真実から目を背けているに等しいじゃないか!』
     あくまでフラウにとっては親の仇。だから花月が仇に丸めこまれているようにしか見えない。
    『私がその左に立つ相手は、私の父のみだよ。仇の分際でさぁ!』
     剣を振り上げて、「フラウ」と名乗る意味そのものも偏愛の形として在るのだとはっきり宣言したその刹那。
     空気よりも無意味な生きざまに、初めて色を灯してくれた彼女だから――舜は躊躇いなく、暴れ狂う刃の中へ飛び込んだ。


     撫子の花ことばのひとつである『長く続く愛情』も。
     月長石と藍玉の組み合わせの石言葉である『幸せな結婚生活』も。
     カルナが居なければ意味がない――。
     攻撃も防御も捨てたなら。こうなる事も必然だ。
    「……帰ろう、よ……カルナが居な……いと、生き、た……心地がしな――」
     ぐっと右手を握り締め、牡丹の様に落ちる血など気にも留めず。真っ直ぐとその赤い瞳見つめ。
    「……殺したいなら殺せばいいよ……君に殺されるなら、本望だ」
    『あは、だったらそのまま死んじゃえ!』
     完璧に決まった一撃をお見舞いしたフラウは、笑いながら次手でとどめを狙うだろう。
    「今戻ってこなかったら、もう会えないかも知れないんだぞ!」
     満身創痍の優希が、その手を抑えつけた。これ以上はやめろと。それ自体が無意味なんだと言いたげに。
    『ああもう汚らわしいよ! 離せって!』
     怒声と共に放たれたサイキックフラッシュの瞬きだったが。たぶん本来の力であれば、庇い出た里桜と翼が凶刃に倒れるはずだったのに。
     ――なんで。
     声なくとも、唇が弱体化の事実を告げていた。
    「大体さぁ、君は舜に恥じたくなくて堕ちたんだろ? だったらちゃんと帰ってこないと意味ないだろーが!!」
    「不死鳥(フィニクス)の名にかけて、一度でも扉を潜った人間は、誰も欠けさせはしない!」
    『くっ! この、離せよっ!』
     手を掴まれているだけじゃない。秋羅の放つ雲耀剣に乗せられた思いが。勇弥が解き放つ風に紡がれた絆が。フラウの中の花月への扉へと手をかけたから。
     戦慄を露わにしたフラウは、短く悲鳴を上げる。
    「……悪いが、意地でも連れ帰る!」
     癒しの力に最後の力を振り絞り、里桜は唇の血を払いながら。耐えきった翼も、もう肩で息をしながら、ふらふらの足で地を掴み。
    「自分で選んで向き合ってきた道を、人を、場所を……てめぇの意志を、こんな所で投げ出させてやらねぇからな!」
    「私はもう……大切な友達を喪うのは、絶対に嫌なんだよッ!」
     恐れなく踏み込んてせゆく里桜。翼の放つ抗雷撃の残光と共に緋桜揺れ。その胸へと真っ直ぐに願いを打ち込んだ刹那。
     矢車菊の花弁が、まるで羽根散る様に舞いながら。血を吸ったような赤い瞳を連れ去って消えてゆく。


    「お帰り、黄瀬川さん」
     勇弥たちの声が耳に届いて、再び開いた瞼の向こうに在る色は、綺麗なきんいろ。
     けれどそれがすぐにくしゃりと涙に歪んだのは、自身の膝の上横たわる舜の姿があったから。
     ゆっくりと微笑み向けてくれる舜へ、そして勇弥、鈴音、翼、優希、里桜、セレティア、秋羅へと。まっ先に言わなくちゃならない言葉があるというのに。
     溢れる気持ちと感謝の言葉を纏めようとするけれど。涙も混じって、それはうまく言葉にならなくて。
     震える唇は、ただいまとありがとうを確かに象ったなら。
     小さな箱庭に散った花々の上、小さな復讐劇の幕が下りるとともに、新たな出発のベルが響いた。

    作者:那珂川未来 重傷:蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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