喰われる雨の日

    作者:望月あさと

     雨が降る中、女子高校生は、スマートフォンを取りだした時に落としてしまったリップを遠巻きに見ていた。
     暗くて細い路地裏に転がっているリップは、手を伸ばせばすぐとれる所にある。
     しかし、表情をこわばらせて傘の柄をきつく握る女子高校生は、明らかに何かにおびえていた。
     傘の上ではじく雨の音が強くなってきた。
    「――やめよう」
     女子高校生は、お気に入りのリップを諦めて、路地裏から離れた。
    「噂だけど……あんな、路地裏に大きな口が現れるなんて、子どもだましだけど……」
     こわい。
     雨が降り、今のように人通りが少なくなった時にあの路地裏へ近づくと、2m超えの巨漢も飲み込む大きな口が現れるらしい。
     口に飲み込まれて行方不明になるとか、かみ砕かれて死体にされるとか、様々な噂が飛び交っているが、殺されることは確かだ。
    「リップは、また買えばいいんだから」
     女子高校生は、足早に人通りの多い道へ飛びこんだ。
     

    「みんな、都市伝説の存在がわかったよ」
     そういうまりんは、広げた地図に赤い棒線を引いた。
     そこは細い通りで隣り合う建物と建物の境界線だ。
    「ここが都市伝説の現れる場所。
     人が一人、通れるくらいのすごく細い路地裏なんだけれど、そこは暗くてオドオドしくて陰気くさくてどこか別の世界へ行っちゃいそうと思えるくらい薄気味悪いの。そのせいで、変な噂ができちゃったみたいだね」
     雨が降り、人通りが少なくなったタイミングで路地裏へ入ると、大きな口が現れて食べられてしまうという噂。
     しかし、この噂の元となる話はどこにもない。
     路地裏を見て怖がった人々が作り上げた空想の話なのだ。
    「都市伝説は、雨が降っている時、人通りが少なくなったタイミングで誰かが手や足などを入れると、みんなを食べようとする口の姿で襲ってくるの。
     しかも、2m超えの人も簡単にのみこめちゃうほど大きいんだよ。
     攻撃は、一人一人にしかできないみたいだけど、近くにいる人へかみついてくる時は、大ダメージを与えてくるから要注意だよ」
     襲ってきた都市伝説とは、3人ほどが並べる細い通りで戦うことになるだろう。
     襲ってきた都市伝説とどう戦うか。
     それは、実際に戦う灼熱者たちにゆだねられる。
    「それと、戦いが始まったら、一般人たちのことは気にしなくていいからね。もともと、雨が降っていたら人通りは少なくなる所だし、みんなの戦いを見たら怖がって逃げていくと思うんだ。わざわざ、怖いことに首をつっこみたくないもんね。
     みんな。大きな口の都市伝説にみんなの力、たっくさん味あわせてあげてね」


    参加者
    龍宮・神奈(闘天緑龍・d00101)
    陽渡・燐花(陽だまりの花・d00440)
    夕永・緋織(黄昏の風・d02007)
    花澄・聖宵(高校生エクソシスト・d02163)
    東雲・朔(月なき美空・d05087)
    伊郷・尊(朧童幽霊・d05846)
    リーファ・エア(自称自由人・d07755)
    山花・楽(色々と無理が出てきた年頃・d09197)

    ■リプレイ

    ●1
    「私は雨も好きなんだけれど、確かに雨雲で辺りは薄暗くなっちゃうわね。道も狭いし……」
     傘から奏でられる雨音を聞きながら、夕永・緋織(黄昏の風・d02007)は淑やかに歩いていた。
     中学2年生とは思えない大人の雰囲気が、水音さえも上品に響かせる。
     ふと、足を止めた緋織は横を向いた。そこは、建物と建物の間に出来た細い道――路地裏がある。
    「話し通り、おどおどしい路地裏ね」
    「雨の日の、人気の無い、暗い路地……。確かに、なんだか呑み込まれそうだよね……」
     東雲・朔(月なき美空・d05087)の言葉は、まさに路地裏の姿を代弁していた。
     うかつに入ってしまえば、戻ってこられない気がする。
     陽渡・燐花(陽だまりの花・d00440)は、きゅっと小さな手をにぎった。
    「都市伝説……。そんなところから現れる、口の向こう側は、別の世界に繋がっていたりするのでしょう、か……」
    「どうなんのかしら。食べられればわかることだけれど、そんなつもりはないし……。あれ、怖い?」
    「……ちょっと、だけ……怖い、です。食べられちゃったら……って」
     緋織の問いかけへ素直に答える燐花は、視線を落とした。
     何とかしなくてはならないと思っていても、胸の中でふくらんでいる不安はぬぐいきれない。
    「気にすんな。都市伝説は、俺がボコボコにしてやっから、お前が食われることはねぇよ」
    「……はい」
     なでるように頭の上に置かれた伊郷・尊(朧童幽霊・d05846)の手を見上げた燐花は、綿菓子のように笑って柔らかな頬をピンクに染める。
     その頬に落ちてくる雨粒がいくつも伝い落ちると、リーファ・エア(自称自由人・d07755)は眼鏡を持ち上げ、柄ではないが年上としての努めを果たしに動いた。
    「さあ。話しもほどほどにして、さっさと終わらせましょう。雨……革には良くないんですよね」
    「ああ、ジャケット、駄目になっちゃうよな」
     お気に入りのジャケットについた雫をはらうリーフに、龍宮・神奈(闘天緑龍・d00101)はなるほど、と手のひらに拳を垂直に落とす。
    「俺なんか、気にする物なんか何一つねぇから気にもしなかったぜ」
    「確かに、全身ずぶ濡れですよね」
    「こういうときに、傘や合羽は邪魔だからな。これが俺のスタイルだ」
     ざっくばらんな神奈は、リーファのツッコミをものともせず、むしろ自信満々に胸を張っていいきった。
     女らしいところが何一つもない神奈らしい。
    「俺が腕を伸ばしておびき出しますから、先輩たちは準備の方をお願いします。もともと人気のない場所らしいし、特になんもいらないかな」
     軽く仲間に頭を下げた朔は、独り言をもらしながら口に手を当てて辺りを見回した。
     時々、足早に行き急ぐ通行人たちが横切っていくが、特に灼熱者たちを気にしているそぶりはみえない。そのおかげで、準備もスムーズだ。
    「この路地が3人ほど並べますから、それぞれ並びましょうか」
     サーヴァントを含めれば、3人の列は成り立たないのだが、それを考慮したライドキャリバー使いたちによって問題は解消しているため、花澄・聖宵(高校生エクソシスト・d02163)はすんなりと中衛の位置につく。
    「しかし、改めて考えてみると、都市伝説というものは、なんだか不思議なものですね。実体があるから語り継がれるのか、人が作り出したものなのか。今回は空想の話しみたいですが……」
    「まぁ、どっちにしても都市伝説のおかげで暴れられるんだ。雨の日ッてェので、どうも気が滅入ってたんだが……クク、悪くないな
     低い声で笑う山花・楽(色々と無理が出てきた年頃・d09197)に、神奈も同意する。
    「だな。変な噂話ってのは世の中多いもんだけど、ま、その分戦える機会が多いのはありがたいぜ!」

    ●2
    「皆さん、準備はいいですか? よさそうですね。朔くん、こっちの準備はOKです。おびき出してもらえますか?」
    「わかりました」
     リーファの言葉を受けて、朔は仲間に背を向けて正面から路地裏と向かった。
    「東雲君、気をつけてね」
     傘を閉じて、朔を見送る緋織に、朔は心配をかけないように言葉を選ぶ。
    「大丈夫です。賭けはしません」
    「すぐ動けるように観察してっから、遠慮なく突っ込んでこい」
    「そうします」
     荒っぽさの中にも優しさがある尊に、朔は思わずクールな表情をゆるめた。
     数歩、歩みより、持ち上げた左手を路地裏につっこんだ朔は、じっと闇を見つめた。
     すると、闇も中でもやのようなものが渦を巻いて立ち上り、2メートルは超える大きな物が路地裏から飛び出してきた。
    「朔!」
     神奈が両腕にバトルオーラを宿し、燐花が激しい渦を巻く風邪の刃を起こした。
     襲いかかってくる闇が口だと気づいたときには、黒い闇は朔の真上から下りてきている。
    「クルルァ、行くぜ!」
    「ククク、我の贄となる者が現れたか。ハッピータンよ、主の力見せてやれィ!」
     ライドキャリバーにまたがった尊が激しいエンジン音を鳴らし、楽がナノナノの名を呼んで影縛りの触手を放つ。
     だが、口の落下速度は変わらず、聖宵は目を見開く。
    「間に合わない――朔さん!」
     ――噛まれたら噛まれただ。
     ギリギリまで口を引き寄せた朔は、腕を引き抜き、出現させたライドキャリバーに飛び乗って武器を持つ右手を前に突きだした。
    「己を餌とした楽しくない釣り……。俺に任せろ。ボストークと二人で止めてやる」
     朔が、口に飲み込まれた。

    ●3
     空気が凍てついた。
     しかし、その一瞬の間を置いて、口である都市伝説が朔を吐き出すようにして飛び下がった。
    「早々、やられないよ」
     ライドキャリバーに機銃掃射させて脱出した朔は、半円を描いて都市伝説距離をとった。地面に擦れそうなほど体を傾け、急転回すると、本来のポジションへたどりつく。痛々しい傷から流れていた血は、走っている間に射てくれた緋織のジャッジメントレイと、活性していなかったヒーリングライトの代わりに放った聖宵のジャッジメントレイによって少なくなり、細い線がゆっくりと流れる程度にまで癒えている。だが、安心はできない状態だ。
    「ハッピータン。もったいないけど回復」
     影縛りを放ちながらも、相変わらず口の減らない楽に、ナノナノは肩をすくめながら、ふわふわハートを飛ばして傷の治癒にあたる。
     一度、退いた都市伝説は、リーファの影縛りをかすめ、さらに鋼鉄拳をふるってきた尊の拳で形をゆがめていた。
    「ガンガン、殴ってやるぜ」
    「喰おうとする暇なんかなくしてやる!」
     神奈はレーヴァテインを放ち、灼滅者たちの攻撃は続いていく。
     そこへ、都市伝説が神奈へくらいついていきた。
    「くっ!」
     都市伝説にかまれた神奈は、大きく跳び下がると、集気法を当てて傷の治癒にあたった。
     何度も襲ってきた都市伝説の攻撃によって、前に布陣していた3人全員が傷つき、次の攻撃を食らえば最悪の事態になることは、誰もがわかっていた。
     傷の治癒は、思ったほど時間がかかる。
     仲間からの治癒を受けながら神奈の横へ回り込んだ尊は、神奈の背に力強く手を当て、集気法かけた。
    「おら、こんなもんでやられるんじゃねぇぞ」
     朔はギルティクロスをつきつけ、ライドキャリバーとともに挑む。
    「っ!」
    「私は、神奈さんへジャッジメントレイを放ちます。皆さんは、他の方々へお願いします!」
     都市伝説にかまれた朔の姿を見て、聖宵は決断した。
     回復の一手が仲間の運命を左右する今、回復が重なってならない。
     ジャッジメントレイを放ちながら、同じ癒し手にバランスのよい回復をうながす聖宵に、燐花はうなずき、ジャッジメントレイを出現させる。
    「朔さんに、……放ちます」
    「私は、伊郷君ね」
     燐花と緋織のジャッジメントレイが二手に分かれた。
    「少し、大人しくしていてもらいましょうか」
     リーファは、自己回復をかける前衛3人が手薄なところを狙う都市伝説の口の中へデッドブラスターを放った。
     漆黒の弾丸をまともに喰らってしまった都市伝説はのたうちまわり、攻撃どころではない。
    「ククク、我の前で地べたにへばりつくがイイ」
     楽も影縛りを放ち、二人の攻撃が仲間の回復させる間を作る。
     持ちこたえられるまで体力をつけた神奈が地面を蹴って都市伝説へ飛び込んできた。
    「そろそろ終わりにさせてもらうぜ!」
    「倒れなければ、勝てる――ボストーク、一緒に叩きのめそう」
     紅蓮斬を宿した朔が、たくみな運転裁きで駆け走る。
    「FINISH HIMは漢のロマン!」
     朔の一撃をくらった都市伝説をつかみとった尊は、意気揚々と思い切り地面に黒い固まりをたたきつけた。
     幸いにも、口と同士が触れ合うことはなかったため、この後に枕を涙で濡らす思いをしなくてすんだ。
     一文字につぐんだ都市伝説が大きく口を開くと、リーファは7つに分裂したサイキックエナジーの光輪を駆け抜けさせる。
    「その口、裂いたらどうなるのでしょうね」
    「口刀により生まれし虚構よ、還れ――!」
     闇には影で。
     影喰らいを覆わせた楽に続いて、燐花は輝ける十字架をおろす。
    「あなたには、これ以上食べさせません……。わたし達が、倒します」
     内部から放たれた無数の光線に包まれた都市伝説は、まばゆい光に逆らえることもできずに消滅した。

    ●4
    「おつかれさま。タオルを持ってきたから必要なら使って」
     傘を通じて、しとしとと弱まった雨音が聞こえる中、緋織はタオルで服をぬぐうと上着を羽織った。
     タオルは人数分用意されており、誰も気兼ねなく取ることができる。
    「気が利くな。燐花も使うか?」
    「ありがとう、ございます……」
     神奈にタオルをかぶせられた燐花は、しばらく黙り込むと端を口元に持ってきて、可愛らしくほほえんだ。
    「……ダメージが大きい敵、でしたけど、倒れる人がいなくてよかった、です」
    「後半は、さすがにやばかったけどね……。先輩たちの回復がなかったら、確実に誰かが倒れたかもしれない」
     それほどの相手だった。
     終わったことだからと言葉をつけ加える朔に、楽は唸る。
    「こんな都市伝説が他の所でも起きぬよう、何か楽しい噂でも流したいモンだ。例えば、この薄暗い通りには、大きい口の優しい化け物がいて、皆を密かに守ってンだぜ、とか」
    「あれは名案ですね。そのような都市伝説だったら、人を襲わないでしょうし」
    「そうなると、もう雨の日が怖いものじゃなくなるわね」
     穏やかにほほえむ聖宵と緋織を前に、楽は口を笑ませて路地裏を見る。
     そこでは、都市伝説が現れないことを確認するために手を入れたリーファが、路地裏へ入っていくところだ。
    「問題ありませんね。気づきませんでしたが、ここは不思議と雨がおちてこないのですね」
     振り返れば、向こうでは雨のベールがおりている。
    「さて、都市伝説も倒したことですし、近くの自販機で休憩をして帰りましょう。おごりますよ。男の人は、コーヒーでいいですか?」
    「それならラーメン屋に行かねぇか? この辺にうまいラーメン屋があるんだ」
    「……私のおごりですか?」
     思わず、眼鏡の奥にある目を細めるリーファに尊は、にかっと笑う。
    「おごってくれるんなら、それは構わねぇぜ。俺のクルルァについて来い!」
     率先して歩き出す尊に、皆がついていく。
     そのとき、楽は路地裏に向かって言葉をおいていく。
    「今度は、もっともっといい立場で生まれ変わって来いよー」

    作者:望月あさと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ