恋の憂さ晴らし

    作者:零夢

     きらきらと眩しいほどに輝くネオン。
     星の光すらも掻き消す、夜の街。
     その雑踏から、一組の男女が人気のない裏路地へと姿を隠す。
     そして、建物の影に隠れるなり、そっと唇を交わした。
    「……んっ……」
     女の口から甘い吐息が漏れると、男は満足げな笑みを浮かべてその唇を離してやる。
    「……ねぇ、考えてくれた? 俺以外の男と手を切って、真面目に俺と愛し合うってハナシ――」
     男が女の耳元で、くすぐるように低く呟く。
     女は微かに照れたように身をよじり、そして、彼女を抱く男の手からするりと抜けると悪戯っぽい笑みを浮かべた。
    「あー、ごめんね? あたし、そういう重いのムリだから」
    「えっ……、いや、重いって、そんな!」
    「いやぁ、遊んでくれるっていうんならいくらでもいいんだけど、真面目とか愛し合うとか言われちゃうとねー」
     ムリムリ、と彼女は顔の前で手を振る。
     ま、あんたが勝手にあたしを愛してくれるって言うんなら別にいいけどね。
     なんて、身勝手な台詞を残し。
    「んじゃ、バイバイ~!」
    「あっ、ちょっ、待てって……!」
     男の制止も聞かず、彼女はあっという間に人ごみの中に消えていく。
     もはや見つける術はない。
    「さぁって、次は誰が遊んでくれるかなーっと♪」
     そうして少女は、楽しげに次の獲物を探し始めるのだった。

    「彼女の名前は粟坂・りおんさん。なんてことのない、ちょっと大人びた感じの中学三年生だったんだけど、淫魔として闇堕ちしちゃったんだ」
     集まった灼滅者に早速説明を始めているのは武蔵坂学園エクスブレインが一人、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)である。
     闇堕ちの原因は失恋。
     二年間付き合っていた彼氏の浮気が原因らしい。
     淫魔として珍しくはないそんな出来事も、いたいけな少女にとっては闇に堕ちるほどの一大事なのだ。
    「それでね、闇堕ちといっても、まだダークネスにはなりきってないんだ。だから、皆には救出か灼滅をお願いしたいんだ」
     まだもとの世界に戻れるのなら前者を。
     完全なダークネスになるのならば後者を。
    「よろしくね!」
     言って、まりんは敵の能力について詳しく語り始めた。

    「りおんさんは、夜になると遊び相手を探して街を歩いているみたい。場所が場所だから、人も多いし探すのが大変かもしれないけど、特徴もあるから見つけやすいと思うよ」
     黒のショートヘアに、おっきな花の髪飾り。
     どうやら元の彼氏にもらったようで、割と気に入っているらしい。
    「もらった当時は髪が長かったらしいんだけど、失恋のショックで短くしちゃったみたいだね」
     そのくせ髪飾りはちゃっかり健在。
     りおんさんはなかなか未練たらしい女なのかもしれない。
    「声をかけたら、その人がよっぽどじゃない限り――……あぁ、この心配はないよね!」
     まりんは教室の灼滅者たちを見回して笑顔を見せた。
     なにせこの学園、見目麗しい方がわさわさいらっしゃる。
     困ることは、まずないだろう。
    「皆が声をかけて、ちょちょーっと誑しこ……、いや、誘い込めば素直に乗ってくれるはずだよ!」
     さくっと正義の味方を犯罪者呼ばわりしかけた。
     だがしかし。
     ここは聞かなかったことにしておこう。
    「あ、でも、あまりにもムードのない言葉だったりすると流石に来てくれないから、そこは気をつけてね」
     裏を返せば、雰囲気さえうまく作れれば、ことを運びやすいということだ。
    「いくらバベルの鎖があるといっても、街中で戦うわけにもいかないから、高架下とか、人気のない場所に連れ込んできっちりお灸を据えちゃおう!」
     彼女は現在、元彼を見返すかのごとく相手をとっかえひっかえ、多くの者と元気に遊んでいるらしい。
     いくら元気であろうと遊び場が夜のネオン街ともなれば、これほど不健全なものもない。
     ましてやまだ中学生。
    「夜遊びなんてよくないし、おうちに帰った方がいいよね!」
     そう、真っ直ぐに育つためには大事なお年頃である。
     もちろんこの学園の皆さまも大事なお年頃、歓楽街でうっかり寄り道などしないように。
    「りおんさんに配下は特に居ないけど、彼女一人でも充分強いから油断しないで! 闇堕ちしている分、皆よりもずっとずっと強いよ。しかも、サウンドソルジャーと同等のサイキックも使えるから注意してね」
     たとえ女子中学生とはいえ、気を抜けば痛い目にあうだろう。
     肉体的にか恋愛的にかの意味の問題は置いといて。
    「それじゃあ、くれぐれも気をつけて。成功の報告を待ってるよ。りおんさんも、普通の日常に戻って、新たに純粋な恋を見つけられるといいよね!」
     そしてまりんは、頑張って、というように拳をぎゅ、と握ってみせたのだった。


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    綾瀬・栞(空見て歩こう・d01777)
    白弦・詠(白弾のローレライ・d04567)
    山崎・余市(拳炎一如・d05135)
    紫堂・音羽(ネジリウム・d05428)
    綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)
    飛鳥・清(羽嵐・d07077)

    ■リプレイ

    ●夜の光に誘われて
     かたんかたん、と夜の高架橋の上を電車が通る。
     街からは遠くないが、駅と方向が違うせいか人通りはほとんどない。
    「ねぇ、みんなはさ、りおんのことどう思う?」
     待ち伏せのつれづれにそう訊ねたのは白弦・詠(白弾のローレライ・d04567)だ。
     粟坂りおん――今回のターゲット、闇に堕ちた彼女について。
    「そうね……何というか、色んな意味でまだまだ『お子様』だわ」
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)はくすりと笑う。
     自身の恋愛経験も踏まえての言葉か、深みがある。
    「けどきっと、こういうのを乗り越えて『お子様』から『大人の女性』になるんだね」
     綾瀬・栞(空見て歩こう・d01777)が真上に広がる夜空を見上げて呟いた。
    「てかさ、こういうのって、元彼のバカをぶん殴ったほうが早いんじゃない?」
     にやりと笑みを浮かべた飛鳥・清(羽嵐・d07077)がぱきぱきと関節を鳴らせば、
    「え? そういうもんなの?」
     よくわかんないけど、と紫堂・音羽(ネジリウム・d05428)が持参のお菓子をかじりつつツッコむ。
     すると清は、
    「いや、まぁ、そういうもんでもねーんだろうけどさ」
     街でふらふら遊ぶ姿は、助けを求めてるみたいだし。
     なんて、肩をすくめて拳を下ろした。
     助けたいという想いは、誰もが同じだ。
    「それに、今ならただの素行不良で済ませられるしね」
     アリスが言う。
     そう、闇に浸かって『遊び』が本格化する前に、手を打たなくては。

     煩いほどにまばゆい街で、綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)がりおんを発見したのは駅の改札口を出た辺りだった。
     短い髪に、やけに目立つ大きな花飾り――間違いない。
     ベンチに座り、携帯をいじっている。
     隣に誰も居ないところをみると、お相手探しはこれかららしい。
     早速、祇翠は人ごみを縫い、りおんに近づき声をかける。
    「こんばんは、お姉さん。なんか退屈そうだね?」
     ぱっと顔を上げたりおんに意味深な視線と笑みを向けると、彼女もその雰囲気を察し、応じるように笑顔を見せた。
    「あ、わかる? これから何しよっかなーって考えてたトコ」
    「こんな時間、こんなところに一人でいたら危ないよ?」
     夜の街は、危険でいっぱいだから――
     祇翠は腰をかがめ、そっとりおんの耳に吹き込む。
    「あら、それはお互い様じゃない?」
     暗に祇翠も未成年だろうと悪戯っぽく笑う。
    「俺? 俺はいいんだよ。……だってお前を守るために来たんだから」
     その言葉に、りおんは嬉しそうに目を細めると、携帯を仕舞い、すっと立ち上がった。
    「俺にナイトをやらせてくれるか?」
     祇翠の問いに答える代わりに、りおんは祇翠の隣に並ぶと上目遣いに彼を見上げた。
    「どこまでエスコートしてくれる?」
     すっかり乗り気の彼女に、祇翠は囁く。
    「……それじゃあ、綺麗な夜空が見えるところまで」

    ●楽しい遊びは幕閉じて
     駅前の植え込みの影に隠れ、神薙・弥影(月喰み・d00714)は口元を手で押さえ、肩を震わせていた。
     泣いてるわけじゃない、むしろ逆だ。
    「だ、大丈夫か!?」
     隣に居た山崎・余市(拳炎一如・d05135)が心配そうに声をかけると、弥影はこくこく頷き大きく深呼吸。
    「……ふぅ。いや、ごめんね、綾木さんには悪いけど、ギャップが……」
     笑いを堪えるべく、ダメだダメだと思ううちに一層笑いたくなったらしい。
     確かに祇翠は気さくで親しみやすいが、その方面とは結びつかなかったのだ。
     彼自身、色恋沙汰など思ってもなかったはずなのに、口説き落とす姿は中々サマになっていて。
    「しかも、なんか本当にいい雰囲気だし」
    「だよなぁ!」
     弥影の言葉に余市も頷く。
     二人の会話の最中にも、祇翠は人波からりおんを庇うように駅前を歩いていく。
     無駄にベタベタし過ぎないあたり、尚更ムードがあった。
    「アタシもああいうの、ちょっと憧れるんだぜ……」
     大好きな人と待ち合わせて、互いに気遣いつつ、ちょっとした触れ合いに笑顔がこぼれたりして……あ、なんか考えてたら頬が緩んできた。
     というか何かもう照れくさい。なんだこれは。
    「よしっ! 尾行開始だぜ!」
     余市は思考を打ち切り、気合を入れる。
     二人は頷きあうと、そっと祇翠たちの後を追った。

    「ね、なんか静かになってきたね?」
     りおんは祇翠を見上げ、くすっと笑う。
     心なしか、二人の距離が先ほどよりも近い。
     繁華街の喧騒から離れ、先導する祇翠に何の疑いも抱いていないらしい。
     そして、祇翠はりおんに人気を離れた目的をそっと告げる。
    「実際は月明かりの下で綺麗なお前を見てみたいとも思ってる、駄目かな?」
    「だめじゃ、ないよ……」
     酔いしれたような瞳の色は、淫魔と知って尚、悪くないと思ってしまうほどに魅力的だ。
     二人きりの高架下には、かたんかたんと電車の音だけが響いている。
    「ね、しよ……――」
     りおんは足を止めると、小さく背伸びをして祇翠に顔を近づけた。
     瞬間。
    「はいっ、そこまでっ!」
     かつんと靴を鳴らし、暗がりから姿を見せたのはアリスだった。
     りおんはぴたりと動きを止め、彼女の放つ殺気にようやく気づく。
     そして、お菓子片手の音羽も現れ、
    「いつまでもほっつき歩いて遊んでないで、そろそろ終わりにしないと痛い目見るよ?」
    「そう。あなたは、こんなところで堕ちちゃダメだよ」
     詠が薄く笑みを浮かべると、その白い服がふわりと夜風に揺れる。
     そして次々と現れる灼滅者が、りおんと祇翠を取り囲む。
    「騙した……?」
     嘘、と言いたげにりおんが祇翠を見れば、彼は微かに目を細め、
    「……お前のためだよ」
     囁いて、彼女から身を離す。
     あ、と名残惜しげにりおんの指が彼を求めるが、追い縋ることはしない。
     代わりに、明らかな敵意を撒き散らす。
     刺々しく、けれど哀しげなその想いは何に向けたものなのか。
    「子供は家に帰る時間――帰らない子は……教育的指導!」
     怯むことなく栞が言い放てば、りおんも負けじと言い返す。
    「そんなことになんて負けないんだからっ! あたしを騙したこと、後悔させてあげる!」
     騙されたと認めるくせにやけに強気だった。
     ともあれ。
    「じゃ、やり合おうか!」
     拳を構えた清がそう言った。

    ●大好きなこと、好きだった人
    「それじゃ、ちょっと手荒な恋愛相談といきましょうか……Slayer Card, Awaken!」
     アリスは高らかに封印を解くと、己の瞳に力を集中させる。まずは、見定めることからだ。
     そんな彼女を筆頭に、灼滅者達は次々とカードを解き放つ。
    「喰らい尽くして、かげろう」
     弥影の胸に浮かぶスペード――それが、彼女に眠る闇の形。
    「失恋がショックでも、もっと自分を大切にしなくちゃ!」
    「大事だよ、決まってんじゃん!」
     答えたりおんは、踊るように近づいてくる。
    「だから、あたしを捨てるとか許さない!!」
     無茶苦茶だった。
     だがそんな無茶を吐きながらも攻撃はきっちり決めてくる辺り、流石と言うべきか。
    「確かにつらいよね、失恋。カレシのことは許せないんだぜ……!」
     りおんの打撃を受け止めつつ余市が言えば、清も頷いた。
    「夜遊びするより、りおんを捨てたバカ野郎に一発入れた方がスッキリだろ!」
     言いながら槍を衝き出せば、僅かに顔をしかめたりおんは器用に身を捻り、蹴りをかます。
     天性のものなのか闇堕ちによるものかはわからないが、それなり以上に動きは機敏だ。
    「もうぶん殴ったよ! でも、全然気なんて晴れないんだもん!」
    「それはアナタの恋心が本物だったって証明だと思うんだぜ!」
     充分にりおんを引きつけ、余市は次々と拳を打ち込む。
     ついに堪らず彼女が引き下がると、栞のミサイルが襲い掛かった。
    「長くて綺麗な髪は切れても、彼への想いは切れなかったんだね」
    「そんなこと……そんなはずない!」
    「じゃ、その髪飾りは何なの? 彼への未練的な?」
     音羽の言葉に、りおんはぶんぶん首を振る。
    「未練じゃない、これは、えっと、……そう! アイツへの恨みを忘れないための証なの!」
    「……それ、執念っていうんじゃない?」
     恋愛に理解はない音羽だが、それが何となく違うことくらいはわかる。
     そもそもそんな思い付きの言葉に納得できるはずもない。
    「顔に『ウソ』って書いてあるぜ、りおん」
    「書いてない、っていうか、あんたは特に許さないんだからっ!」
     祇翠の言葉を即座に否定し、たちまちりおんは彼へとステップを踏み込む。
    「騙した俺が憎いか? ……だが俺がお前を救いたいってのは事実だ」
     するりと攻撃を潜り抜けた祇翠がりおんの懐に一撃をお見舞いする。
    「くぁッ!」
     りおんが膝を突いた隙に音羽がギターをかき鳴らせば、仲間の傷がみるみる癒えていく。
     どこか激しいその音色は、彼女の心を映すように。
     恋に興味はない、だからりおんがそこまで、闇に堕ちるまでに執着する意味がわからない。
    「捨てられる辛さを知っといて人を弄ぶってのは、どーなんだか。そんな遊び続けて、幸せになれると思ってる?」
     音羽の問いに、りおんはあっさり頷く。
    「もちろん。てか、今が幸せだし。弄ぶってのは余計だけどさ」
     そして、淡く夢見るような顔で言葉を続けた。
    「愛なんて縛り付けるような重っちいのより、ふわふわしてて甘くって、軽く笑ってじゃれあえるようなそんなくすぐったさがたまんないの……だから、やめない!」
     びしっと胸を張るりおん。
    「あなたもやればきっとわかる!!」
    「いや、わかんないし!」
     ばさっと音羽が切り捨てた。
    「うー……なんでかなー、こんなにラクで楽しいのにっ!」
     言ったりおんは再び灼滅者へと距離を詰める。
     楽しそうに、軽やかに。
    「ラクだなんて……あの恋心をウソにしちゃうようなことはやめるんだぜ!」
     余市の拳が、踊るようにりおんと渡り合う。
     大好きだったんだろう、辛かったんだろう。
     その花飾りは執念でも未練でもなく、もしかするとまだ『恋心』の名の元に――
    「そっちに行っちゃ駄目だよ。辛い終わり方だったとしても、愛を否定しないで」
     それは、己で己を裏切る行為だから。
     鋭く、強かに栞の刀が振り下ろされる。
     りおんが咄嗟に髪飾りを庇うように身を引いたのは、見間違いじゃない。
    「そもそもね、中坊が惚れたはれたは五年早い。とりあえず、その髪飾りは引き出しの奥に突っ込んでおくことを勧めるわ」
     アリスが言葉とともにミサイルを放てば、りおんはそれを避けつつ首を傾げる。
    「その心は?」
    「五年後に見つけて恥ずかしさに身悶えるの。これぞ青春でしょ!」
     ふふっと笑ったアリスに、りおんは一瞬動きを止めた。想像したらしい。
    「……し、しないけどっ!」
    「じゃあ、多くの男性と遊ぶんじゃなく、たった一人の大切な人と幸せにならない?」
     そう提案したのは弥影だ。
     価値の薄い多数よりも、唯一絶対的価値を誇る揺るがぬモノを。
    「そして、元彼を見返してやりましょう?」
     弥影の足元から伸びた影が狼の形をとり、ぱくん、とりおんを喰らう。
     愛とか恋とか、そんな名前は何でもいい。
     誰かを想い、焦がれるならば。
    「闇に負けないで。そんな勿体ないことしちゃ、だめだよ……!」
     詠が引き金を引けば、無数の弾丸が飛び散る。
     その嵐から逃れたりおんの背を抱きとめたのは祇翠。
    「本当は優しく抱きしめるもんだろうがな……これもりおんの為だ」
     耳元で囁き、そして一気に投げ飛ばす。
     例えこんな手段でしか救えずとも、一生恨まれることになろうとも。
     救いたい想いは、本当だから。
    「ーっ痛ぁッ!」
     派手に悲鳴をあげ、尚も起き上がったりおんは、しかしながら足元が覚束ない。
    「そろそろ、か。つっても、全部を終わらそうってわけじゃないけど」
     言って、清は構えをとる。
     そう。
     全ては新たな始まりのために、全てを闇に奪われぬように。
     そして、最後の一撃を振りかぶった。
    「りおん! 元の自分で元彼見返しなよ!」

    ●甘酸っぱくも、ほろ苦く
     闇から醒めたりおんが辺りを見回せば、暗がりの中で案ずるように窺う灼滅者たちと目が合った。
    「ん、えと……」
     戸惑う彼女に、清が声をかける。
    「あー、急に喧嘩仕掛けて悪かったよ、大丈夫か?」
     こくりと頷くりおんに、清はほっとしたような表情を見せた。
    「夜に難しいこと考えたらさ、どんどん悪いほうに行かない? 今夜はさっさと帰って風呂入ってよーく寝て、それから考えてみたらどうかな。花の髪飾りも、太陽の下のほうが綺麗だし」
     それを聞き、あ、とりおんはふわりとその手を花に添える。
    「これ……」
    「大切なもの、なんだよね?」
     弥影の問いに、りおんは唇を噛み、それでも再び頷いた。
     今度はもう、後ろ向きな言い訳なんてしない。
    「……これ、外すことにする。大事だけど――大事だからさ」
     それは、闇の中で拾った小さな勇気。
     その背中を、詠がそっと押す。
    「そうだね。君が前に進むなら、互いを大切に出来る幸せな恋をして、見返せばいいよ」
    「ん。まぁ、五年後に引っ張り出すかはわかんないけどね」
     吹っ切れたようにアリスを見上げれば、彼女も笑みを返してくれる。
    「とりあえず、帰ったら保護者の方からたっぷりお説教されなさいな」
     優しかった笑みはいつの間にか悪戯味を帯びて、ちくんとりおんの心を刺す。
     我に返れば、それなりの罪悪感はあるらしい。
    「……う。やっぱ、帰んなきゃダメかな?」
    「トーゼン! 皆心配してるんだぜ!」
     ぐっと握りこぶしを作った余市の視線から、さっとりおんは逃れる。
     ちらりと窺ったのは夜の街へと続く道――だがそれは、栞によって遮られた。
    「貴女が行く場所はネオン街の闇の中じゃなくて、自分の家だよ。家へ帰って布団に入って、泣いて、怒って……」
     たくさんのことを胸に抱いて。
     いっぱいいっぱい吐き出して。
    「そして、いつか思い出として語れるようになったときには、きっといい女に成長できるよ」
    「…………はい」
     俯き、消え入るような声で、それでもりおんは頷いた。
    「夜遊びで出会える男にロクな奴はいない。真面目に学校生活送れば良い出会いはあるもんさ」
     祇翠は寄り添うようにして慰め、気障に微笑む。
    「夜道は危険だし、なんなら家まで送ってやるぜ?」
     瞬間、ぱっとりおんの顔に紅が散った。
     案外、本当は初心なのかもしれない。
    「はいはい、それじゃ、駅まで送るわね」
     そんなアリスの言葉に頷いたりおんは、小さな一歩を踏み出す。
    「……ねぇ。あなたも恋、してみてよ?」
     ちらりと振り向き言った言葉は、音羽に向けて。
     言われた音羽は一瞬だけ考えると、答えを返す。
    「気が向いたら、かな」
     今のところは、お菓子のほうが魅力的。
     そんなふうに思っていると、夜風に乗って小さな言葉が流れてきた。
     ともすれば、気のせいかもしれない、そんな音。

     ――あたしも、頑張るから。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 12
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