「十日に皆で、大阪行かへん? 大阪! えべっさんや!」
くるみはワクワクした表情で、葵に話しかけた。
「えべ……ああ、十日戎ですか。ずいぶん混雑……」
「混んでもええさかい、行きたいんよ」
旅行雑誌を広げるくるみに、葵は首を傾げた。
「何か、思い入れでも?」
「戎祭りは、商売繁盛の神様を奉るお祭りや。いろんな神社でやってて、みんなちょっとずつ違うんや。うちが行きたい所のえべっさんは祈祷木を焚くんよ」
「きとうき……ですか」
「せや。願い事を書いた木を、お祓いして焚くねん」
「ということは、何かお願い事があるんですね?」
葵の問いに、くるみはふと表情を改めた。
「せやね。……最近、ダークネスも強うなってきたやろ? うち、みんなを危険な場所に送るばっかで、なんもでけへん。せやさかい、皆無事に帰ってきてほしいなあって」
「くるみさん……」
しんみりした空気を振り払うように、くるみは大げさに両手を振った。
「それにな、えべっさんいうたら商売繁盛で笹持って来い! や。なんやかや言うて、商売繁盛せな、こうしてみんなで大阪に旅行することもできひんやろ? 福笹買うたりもええんちゃう? それに、餅まきとか……」
指折り数えるくるみに、葵は細い目を更に細めた。
くるみの頭を、軽く撫でる。
「行きましょう、みんなで。十日戎に」
「おおきに! ほな、皆んなに声掛けよか!」
くるみはにかっと笑うと、生徒達に声を掛けた。
●
赤地に牡丹と桜の振袖姿の悠に、保は笑顔になった。
「お綺麗ですえ。さすが、華やかやねぇ」
保の声に、悠は黒の紋付袴姿の保を振り返った。
「……似合わんでもない。……振袖の方がもっと似合ってたと思うがの」
北風に首を竦めながらも満更でもない悠に、保はそっと羽織を貸した
凄い人混みに、レミは直哉の黒いコートの裾を掴んだ。
「……仕方ない、直哉さんの服を掴んで移動するっす」
緊張するレミに萌えシチュエーションを思いつつ、直哉はレミの手を取った。
「ほら、迷子になんなよ」
「ってえぇっ!? ちょ、あ、はい……」
照れながら手を握られるレミは、隣の少年を少し意識してしまう。
直哉は内心ドキドキしながら、レミの手を握った。
白地に赤い花模様の着物を着たシャーリィは、待ち合わせ場所にいた智秋の着物姿に笑顔を浮かべた。
紺色に金魚の柄の着物を着て、髪も綺麗に結い上げてある。
「ちーちゃんの着物、金魚模様が可愛いですの!」
「シャーリィちゃんも、とってもかわいい。……金の髪、結い上げたんだね」
「じゃぱにーずすたいる、ですの?」
微笑んで参道へ入った二人は、あまりの人混みに手を繋いだ。
「ぎゅーっと手、繋げば。絶対はぐれませんのね!」
「これなら、安心だね」
手を握り合った二人は、社殿へと歩き出した。
防寒のためゴーグルにフード、マフラーでぐるぐるにした流零に、紋次郎は苦笑いを零した。
「スキーにでも行くんかっつー恰好だな」
「不審者みたいになりましたがー。摘み出されませんよねー」
「ま、大丈夫だろ。これ持っとけ」
紋次郎から貰ったカイロを手に、流零は首を傾げた。
「自分、参拝の作法とか知らないんですけどー。紋さんはご存知ですー?」
「参拝の作法? 細かく言や鳥居くぐる時には一揖……軽く一礼するとか、参道の中央は通るなとか……」
延々と続く説明に、流零は面倒そうな声を上げた。
「……多少の無礼は、寛大な御心で許して頂けますよねー恐らくー」
「……何ぞ面倒臭そうな顔してねぇか?」
言いながらも参拝順になり、流零は手を合わせた。
「えーと……面白おかしく、イージーモードで1年過ごせますよーに」
声に出して願い事を言う流零に、紋次郎はぽつり呟いた。
「……願い、人に言うと叶わねぇとかいうよな」
「……それ、クチに出した後に言いますー?」
むむぅ、と頬を膨らませる流零に、紋次郎は心内の願いを新たにした。
福笹が揺れる篠介の背中を目印に、あっちへこっちへ歩くメロが迷子にならないように気をつけて。
依子の十日戎の話に耳を傾けていると、参拝順になった。
全員並んで二礼二拍。最後に、一礼。
健康に恙なく無事に過ごせて、難きことが祓われるよう。
「学業も日々の生活も、健やかに過ごせるように」
小さく呟いた篠介の声に、サズヤははっとして願いに学業を追加した。
溢れる人混みに、括は遊太郎にぴったりとくっついた。
「人混み大丈夫? 疲れたらおぶってあげるよ」
「お、おぶってもらわなくていい! だっこもいいからね!」
赤面した括は、並ぶ屋台に目を輝かせた。
「それにしても屋台、いい匂い! ね、ね、あとでどこかでお茶したいデス」
「参拝の後でね?」
子供に言い聞かせるような声に、括は頬を膨らませた。
「ってまた子ども扱いー。一緒においしいの食べたいだけなのにー」
すねたふりをする括に、遊太郎は目を細めた。
屋台や餅まきを眺めて輝く瞳、子供扱いするとむくれる表情を眺めるのは、飽きない。
やがて巡ってきた参拝順に、二人は手を合わせる。
『今年も、大切な貴方と一緒がいい』
『今年も、大切な君の隣にいられますように』
二人の願いは、神様だけが知っていた。
大混雑の参道で、明莉は笹を手に振り返った。
「いっか? こう歌うんだぞー? しょーばいはんじょー、笹もってこーい♪」
歩きながら歌う明莉の後ろで、千尋は感心しながら歌った。
「ちょっとハズいけど……笹もってこーい!」
「しょーばいはんじょー、笹もってこーい♪」
明莉の背中を笹で叩く心桜の後ろ、列の最後尾で、理利は明莉の歌指導にやや臆した。
「しょ、しょうばいはんじょ……正直に言おう。これは恥ずかしい」
「ん? 気のせいだ!……って心桜? 笹、当たってるって……あれ? 何か頭数少なくなってる」
目を離した隙に迷子になった部員に、脇差は頭を抱えた。
「お前ら言ってる傍から……。だから迷子になんなって!」
脇差は叫びながら、子猫を集める親猫のように駆け出した。
「キョン嬢ー! 輝乃嬢ー!」
迷子になった後輩を探して、心桜は声を張り上げた。
探している間に心桜もまた、人混みに流されてしまう。
「うわん、皆が見えぬのじゃよー!」
混乱しながら流される心桜は、千尋の声がする方に駆け出した。
輝乃の隣を、心桜が行き過ぎた。
余所見していた輝乃は、心桜のいた場所を振り返った。
もうそこに心桜の姿はない。迷子の不安に、輝乃は声を上げた。
「……皆どこ?」
少し立ち止っただけなのに、皆の姿がどこにも見えない。
「本当に、皆どこっ?!」
「……全く、心配させんじゃねーよ」
駆けつけた脇差の服の裾を、輝乃はしっかり握って離れないようにする。
「迷子はもう懲り懲り……」
「しょうばいはんじょうで、ささもってこーいっ!」
「にゃーにゃーにゃーにゃー……」
元気に歌う杏子は、だんだん小さくなる子猫のような歌声に周囲を見渡した。
「あれれ? ミカエラせんぱい! こっちだよーっ?」
「……にゃ!」
猫語が抜けきらないミカエラが、慌てて杏子に駆け寄る。
ミカエラと手を繋いだ杏子は、さっきと違う景色に息を呑んだ。
「あたしも迷子! こっこ先輩ーっ、ちひろ先輩ーっ、てるのちゃーーんっ!!」
「お~~い!」
ぶんぶん手を振る千尋の姿に、杏子は安心して手を振った。
駆けつけた理利は、安心させるように杏子の手を握った。
「大丈夫、皆近くに居ますよ。ほら」
指差す方には、手を振る皆。杏子は安堵に息を吐いた。
●
銀鼠色の長着に紺鼠色の羽織でシックに決めた勇介は、祈祷木を前に考えた。
すぐに動く筆が、迷いなく願い事を書く。
『皆の未来の幸せのために、もっとがんばれますように』
自分が、大切な人達を幸せにするって決めたんだ。
だから叶うまで諦めないように、その力添えだけを願うんだ。
「みんなはどんな願い事を書いたの?」
その問いに、若草色の落ち着いた小紋の和装姿の曜灯は顔を上げた。
四苦八苦しながら、それでも書き進めた祈祷木の文字を見る。
『わがままでいられますように』
やっと見つけた、曜灯だけのもの。
ただ待ってるだけじゃ、何も手に入らなかった。
だから、大事なものは自分から迎えるって決めた。
「だから、あたしらしくわがままになるの」
昇龍のワンポイントの意匠が施された羽織姿で考えていた健は、祈祷木を掲げた。
『健康第一家内安全日々是美味飯祈願!』
皆が何時も健康で元気はつらつ毎日美味い飯食えるのは、幸せな事だと思う。
去年の夏以降はマジ色々あったりもした訳だけど。
「要は何でも無い様な事柄が何より大切、って事だからなー!?」
健の隣で、赤基調の振袖に袴姿の陽桜はにこにこと微笑んだ。
「今年はね『自分に負けずに惑わされずに、ちゃんと走れますように』なの」
昨年「思い知った事」はたくさんある。
「願い」は、自分からもぎ取りに行かなくちゃ叶わないって思うから。
「よーひちゃんにも、ゆーちゃんにも、健ちゃんにも負けないように頑張るの」
「お、言ったな、陽桜? 絶対負けないからねっ!」
「ふふ、みんな願い事と言うより一年の目標ね。来年、みんなで報告会しましょうね」
微笑む曜灯に皆が頷いた時、健のお腹が鳴った。
「それじゃー、お餅食べに行こー♪」
「気合入れて福餅ゲットしに行くぞー!!」
元気に駆け出す陽桜と健の背中を見送った曜灯は、勇介の手を握った。
「じゃ、餅撒き行こうよ。俺、そっちも楽しみだったんだっ」
「それも見越して、動きやすい和装を選んだのよ」
手を繋いだ二人は、駆ける仲間の背中を追った。
道往く人の福笹に絡まりそうになりながらも、イコの足は弾むように軽い。
迷子防止になりそうな足音で歩くイコは、二人を振り返った。
「ね、そういえばお二人は祈祷木になんて?」
イコの問いに、ヌイは答えた。
「『無病息災』だぜ。医食同源って言うだろ? 成海は?」
「私は『平和』ね。ご飯も笑顔も得られますように、と。イコさんは?」
「『大好きなみんなが笑顔で居てくださること』……もう、叶ったみたい」
笑顔で答えてくれる二人に、イコは笑顔を返した。
悩みながらも祈祷木に書き込んだシャーリィに、智秋は首を傾げた。
「シャーリィちゃんは、どんなお願い事、書いたのかな?」
「悩みましたけど、みんなとずっと一緒にいられますようにって」
「……私も、ずっとみんな一緒にいられますように、って」
同じことを書き込んだ二人は、同時に微笑んだ。
「えへへー。一緒、ですのね」
「叶うと、素敵よね」
嬉しくなって笑い合う二人は、一緒に祈祷木を奉納した。
祈祷木を前に、アヅマは頭を掻いた。
「願い事っていざとなると中々浮かばないんだよな……」
「私は自分は分からない事だらけですが精一杯やりますので、って決意も込めまして。アヅマ君は?」
夕月の問いに、アヅマは苦笑いを零した。
「や、こういうのって人に話すと御利益が無くなるとか言わない? だから、言わない方向で」
『隣の人の願い事が叶いますように』と書いたアヅマは、祈祷木をそっと奉納した。
『今年もみんなと笑顔でいられますように』
何事もないのが一番じゃけどな! と思いながら心桜は筆を走らせた。
『これからも皆と一緒にいられますように』
皆と一緒にいる時間は、輝乃にとって宝物だから。
『優しくてあったかくて頼り甲斐があって、生活力高そうな連れ合いを見つける!』
山岳救助犬なんかいいな♪ と思う人狼のミカエラは、真剣な脇差にそっとさっきのお礼をした。
『皆が笑顔でありますように』
考えた末に書き込んだ明莉は、脇差の姿に一文書き添えた。
『今年一年、皆が元気で過ごせますように』
手堅く自分と皆の健康を祈った千尋は、ぶつぶつ言う声に振り返った。
「ウサ耳退散、ウサ耳退散」
初夢の悪夢を振り払う様に首を振りながら、脇差は『厄除開運』と書き記す。
理利は、脇差の姿にぎょっとした。
「何で鈍は、ここに来てまでうさみみを付けているんだ?」
疑問に思いつつも、理利は『皆の願いが叶いますように』と書きこむ。
うさみみ姿の脇差に、皆はうさみみについて書き添える。
『今年もみんなのうさみみが見られますように』
杏子の願い事が、皆の願いを象徴しているようだった。
●
餅撒き会場は熱気で溢れていた。
「餅まきは日本の醍醐味だよね!」
後ろから聞こえるメロの明るい声に、篠介は隣を振り返った。
「ワシらが壁になったらいかん」
背の高い男性三人が、女性陣の後ろへと移動する。
「ワォ! ありがとうなのよっ! ……お餅を貰うにはアピールが大切って聞いたのよっ!」
「昭子ちゃん、身長なんて飾りです! 福娘さんに元気いっぱい手を振って、ゲットできるよう頑張りましょう?」
「そうね! 気遣っていただいた分は、どーんとおまかせくださいね!」
昭子がぐ、とこぶしを握った時、餅まきが始まった。
「こっちこっち!」
大声で手を振りアピールするメロの所に、餅が飛んでくる。
見事にキャッチしたメロは、餅をしっかりポケットへしまった。
「……これは福娘へのアピール力も必要かのう。フライハイト、ちと笑顔で手振ってみ?」
「……? こうか?」
言われた通り手を振ったアイナーの方へ、餅が飛んでくる。
頭の上を飛ぶ餅を見送った昭子は、上から落ちてくる餅をキャッチした。
アイナーがさりげなく弾き落とした餅に、昭子は嬉しそうに微笑む。
「ふふー、連携ぷれい、です」
そんな様子に、サズヤは皆を真似して福娘に手を振った。
サズヤの方に、餅が飛んでくる。大漁だ。
サズヤは昭子に、近い福娘を指差した。
依子もまた、飛んでくる餅をしっかり取った。
「やった! 掴めました!」
「おめでとう! 新年早々縁起がいいわい!」
餅を掴んでVサインをする依子に、篠介もキャッチした餅を掲げた。
手にした福餅をお土産に、皆は福を分け合った。
先輩達の手を緩く引いたイコは、餅まき会場の熱気に捕獲の態勢を万端に整えた。
「いざ!」
「頑張りなよ、二人とも」
女子二人を前に行かせたヌイが応援にひらりと振った手の中に、飛んできた餅が収まった。
「……取れちまった、な」
複雑な顔で手の中の餅を眺めるヌイに、成海は目を丸くした。
「え、ヌイさんなんですかその良運」
思わず対抗意識を燃やした成海は、飛んでくる白い餅を目で追った。
伸ばした手の中に、すっぽり餅が収まる。
手にした餅に、イコは驚きの声を上げた。
「わ、ヌイヌイ先輩早いわ! 成海先輩もっ! ……踏み台、慾しいです……」
それでも懸命に手を伸ばしたイコは、雪玉みたいな餅を漸く手にして顔を綻ばせた。
●
露店は、とても賑わっていた。
「むっ、伊勢海老じゃと!? 保、あれを買って帰るのじゃ!」
「わぁ、すうごい美味しそうやねぇ」
伊勢海老の露店を覗いた二人は、その値段に目を見開いた。
「なんじゃね、この値段は!?」
予算オーバーな伊勢海老に轟沈した悠に、保は隣の店を指差した。
「ほな、鯛を買うて帰りましょうか。縁起もよろしいですし」
「まぁ、これも縁起物じゃからなぁ。今夜はゆーが、鯛尽くしを馳走してやるのじゃよ」
「楽しみですねぇ」
にこにこ微笑みながら、保は悠の手を取った。
「お土産はやっぱり食べ物だよなっ……!」
夕月はお土産に買って帰ろうと、伊勢海老や鯛を真剣に選んでいた。
「ってか伊勢海老だの鯛だのマジで買うの? お高くない?」
「アヅマ君も食べるよねー? この鯛、どっちが美味しそうかなぁ?」
「俺魚の目利きとか無理だし」
困惑するアヅマに、夕月は真剣に悩んで選ぶ。
「どっちが……いや……両方……?」
「……成程、荷物持ち確定って事か」
凄い量を買い込む夕月に、アヅマは溜息をついた。
屋台を見渡すレミは、直哉を振り返った。
「さて直哉さん何買うっすか?」
「そうだなぁ」
並んだ縁起物を見た直哉は、飛び切りでっかい鯛と目が合った。
「レミっち、これ、これ!」
早速購入した大きな鯛に満面の笑顔を浮かべる直哉に、レミは驚きの声を上げた。
「そんなのどうやって持って帰るんすか!?」
「な、何とかなるって!」
いい笑顔すぎる直哉に、レミは反論できずにため息をついた。
「し、仕方ないなぁ……」
明るい諦め顔のレミは、持ち帰る方法を考えた。
一月十日は十日戎。
生徒たちはそれぞれ堪能しながら、家路についた。
作者:三ノ木咲紀 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月26日
難度:簡単
参加:33人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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