深く沈むは壊れし友情

    作者:篁みゆ

    ●深いところから
      ――おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……。風にのって村のはずれから、恨み声のようなものが響き渡る。更地になったそこには元は木造の家が立っていたのだろう。今はその土地は使われていないようだ。だが、井戸は残されていた。といっても鉄板で蓋をされた井戸は半ばほどまで石が詰められていて、長いこと使用されていないようだ。
     その井戸の前で嘆いているのは30代くらいの男性。文明開化の頃を思わせる洋装をしていて、足は井戸に鎖で繋がれている。
     ウォーーーーーーン……。
     遠吠えのような鳴き声を今一度上げてその男を見つめるのは、大きな犬――いや、獰猛な狼。白く美しい毛並みの中に、太陽の光を受けて輝くのは金色の一房。
    「正隆ぁぁぁぁぁぁぁ! 許してなるものかァァァァァァ!」
     紡がれる怨嗟の言葉。オオカミ――金房のスサノオはそれを確認すると、満足気に姿を消した。
     

    「年が明けて随分寒さが増したようなきがするよ。寒い中悪いけれど、スサノオによって古の畏れが生み出された場所が判明したんだ、向かってくれるかい?」
     教室に集まった灼滅者達が席についたのを見て、神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は告げた。
    「文明開化の頃、都会で一旗揚げようと二人の若者が村をでた。駿吾と正隆は同い年の幼なじみ。東京で支援を受けて小さな会社を共同で立ち上げた」
     駿吾は気立ての良い嫁ももらい、会社も軌道に乗って順風満帆のように思えた。だが次第に、共同経営者の正隆がお金の無心をするようになった。会社のためという理由ともっともらしい説明を受けたため、駿吾は自分の貯金だけでなく会社の資金からもいくらか融通した。
    「しかしそれでも足りぬとなり、正隆は駿吾の妻を、ふたりが上京当時に支援をしてくれた老人の話し相手として奉公させろと言ってきた。そうすれば、その老人から支援をしてもらえるからと。駿吾の妻は夫のためになるならと、すすんで老人の屋敷へと赴いたんだ」
     瀞真は一度言葉を切り、和綴じのノートをめくって再び話しだす。
    「駿吾が正隆に裏切られたと気がついたのは、自己資金も会社の金も妻も、全て手元からなくなった後だった。正隆は駿吾の妻を老人の愛人として捧げる代わりに多額の支援を受け、新しく会社を起こしたんだ――駿吾とともに起こした会社を潰して、ね」
     共に上京したただ一人の友に裏切られた駿吾の恨みはいかばかりか。自分が騙されたせいで老人の慰みものにされ続ける妻への自責の念も募る。悪鬼の表情を宿したまま着のみ着のままで故郷へと戻った駿吾は――。
    「――何も知らずに故郷で暮らしていた正隆の両親と弟妹を殺害し、正隆の実家の井戸に投げ入れて……自らも喉を突き、井戸に飛び込むように命を散らせたんだ」
     この家の井戸は村で共同で使われていた水源であったが、事件の後は封鎖された。事件を知った正隆がどう思い、どうしたかは分からないが、村人たちは駿吾や殺された正隆の家族たちを弔うため、村の墓所に墓を作った。事件を知った村人たちが続々と体調を崩したのを、駿吾の祟りだと思ったからだ。
    「その墓の清掃やお参りは、今も村人たちが当番制で行っているようだね。だが正隆の実家のあった場所は更地になっていて、井戸も封鎖されて久しい。恐ろしい事件があった場所だからと誰も近づかないようにと言い伝えられているけれど、今の子どもたちにとっては格好の遊び場でね、時折子どもたちが遊んでいるようだよ」
     駿吾は正隆への恨みの念を射出するような攻撃、ステッキで殴るような攻撃、衝撃波を放つような攻撃をしてくる。
    「もしかしたら村のお年寄りの中には、事件後の正隆の消息について知っている人がいるかもしれないね。『友達を裏切ってはいけない』と、子どもたちはこの事件の話を教訓として聞かされて育つようだから。もっとも、古の畏れとなった駿吾に、聞く耳があるかどうかが問題だけれど……」
     現場の古井戸にたどり着くには村の中を通る方法と、村の外をグルっと回って外側から敷地に入る方法がある。村の中を通った場合の方が移動距離は短い。
     当日は子どもたちが古井戸付近へ向かっている。ただ大人に見咎められぬように彼らは村の外を回っていくので、村の外側から回った場合は井戸に着く直前で子どもたちに接触できるだろう。村の中を通って行く場合は、まっすぐ古井戸に向かえば子どもたちより早く到着できる。ただし村の中で足止めをくってしまうなどした場合は、この限りではない。
    「あまり村と関わりのない者が訪ねてくるという状況がない場所だから、いぶかしがられたり歓迎されたりすると少し面倒かもしれないので、対策を考えておいたほうがいいだろう」
     そう言って、瀞真は小さく息をついた。
    「裏切られたからといって、していいことと悪いことがある。けれどもそれだけ駿吾の負った傷は深かったんだろう……正隆も駿吾も悪いことをしたのは事実。けれども割り切れないこともあるよね」
     難しいね、と苦笑する瀞真。
    「この事件に関わっているスサノオは、今までも何度か古の畏れを顕現させている金房のスサノオだよ。今回はスサノオに接触することはできないけれど……油断せずに行けば、皆なら解決できると信じてるよ」
     微笑み、和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    鏡峰・勇葵(影二つ・d28806)
    ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)
    氷川・紗子(高校生神薙使い・d31152)
    天道・白野威(描き出すは筆のしらべ・d31873)
    七夕・紅音(心壊少女・d34540)

    ■リプレイ

    ●小さな村に咲く恨み
     そこは昔から大して規模の変わらない場所なのだろう。いや、昔に比べれば都会に移住する若者が増えた分、年々小さくなっているかもしれない。村人たちの善意で成り立っているような、小さな村だ。
    (「このような小さな村では子どもは本当に宝でしょう」)
     闇を纏い一足先に村の中を進みゆく氷川・紗子(高校生神薙使い・d31152)の視界に入る村人たちはやはり高齢の者が多いように見えた。
    (「駿吾さんの気持ちは分からないでもないですけど、子どもたちが殺される理由にはならないと思いますから、駿吾さんを倒したいです」)
     もちろん、子どもたちも助けたいと心に決めて。
    「暴雨様、参りましょう」
    「……ん」
     ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)に声をかけられて、暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)は共に村に足を踏み入れる。澄んだ冷たい空気とともに村人たちの視線が肌を刺す。村内を歩いているのは数人だったが、不思議そうにルナとサズヤを見ている。その視線にこちらからは触れずにふたり連れ立って村の奥へと向かう。さすがに村の奥へ向かおうとすると。
    「ちょっと君たち、一体……」
     老人たちが呼んできたのだろう、声をかけてきたのは走ってきた壮年男性だ。ふたりは足を止め、プラチナチケットを発動させる。
    「……俺は友人と、自分の家に帰るところ」
    「あっ、君は鈴木さんとこの……帰ってきたのか、それは良かった」
     男性は勝手に勘違いしてくれたので、そのまま訂正せずにおく。
    「子ども達の姿が見えないので、念の為に『あの辺り』を見て回ろうと思っておりますの」
    「そうか、それは助かるよ。あいつら何度注意してもあそこで遊んでてな……老人たちは近寄りたがらないし」
     子どもたちの行き先を知っているように話したルナのことも村の関係者だと思ったのだろう、男性は「頼むよ」と告げてふたりを解放してくれた。
    「……行こう」
     ルナを促して古井戸へと向かいながらサズヤは考える。小さな村から二人で出てきて支えあってきたのを裏切った気持ちはどんな気分なのか。そして、裏切られた気持ちは――。
    「……寒い」
     半歩後ろを早足でついてくるルナにも聞こえぬ小さな声で呟いた。
    (「一刻も早く……」)
     急ぐサズヤに早足でついていきながら、ルナが思うのは村の子ども達のこと。絶対に犠牲になってほしくない、強い想いがルナの心と体を支えているのだ。

     三人が村へ入るのと同じ頃、人狼の5人は人目につかぬところでニホンオオカミへと変身していた。他の狼達より一回り大きなラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)が先導するように駆け出す。
    (「そろそろ、このスサノオの足取りが掴めないだろうか」)
     何度も同じスサノオの起こす事件を追っているラススヴィとしては、そろそろ元凶であるスサノオに相対したいところだ。
    (「スサノオは相変わらず事件を散発的に起こしては去っていくわね……」)
     白い毛並みの中に赤い文様がちらつく毛並みの天道・白野威(描き出すは筆のしらべ・d31873)もスサノオのことを考えていた。人狼としては彼らのことが気になるというもの。
    (「……信頼していた人からの裏切りほど、赦せないものはないわよね」)
     七夕・紅音(心壊少女・d34540)が思うのは駿吾の心境。その後彼が行ったことが許されるかどうかは別として、だ。
    (「信じていた者に裏切られるというのは辛いな……」)
     子どもたちが通ったであろう道を走りつつ、志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)も駿吾の気持ちを想像する。
    (「だが、その後にした事が許される訳でも、畏れとなった彼を放っておける訳でもない」)
     そう、駿吾は裏切られた仕返しに人を殺した。それは許されざる罪。先に裏切った正隆が言えた義理ではないが、駿吾の行動は正隆に対する裏切りともいえるのではないかと考えさせられる。
    (「幼馴染に裏切られた人かぁ」)
     最後尾を走る鏡峰・勇葵(影二つ・d28806)はまだ中学2年生だ。
    (「長年信頼していた人に裏切られた気持ちは僕にはまだよく分からないけど、自殺するほど心に傷を負うんだね」)
     正直、駿吾の負った心の傷を推し量るのは難しい。けれども。
    (「これ以上悲劇は生ませないよ」)
     そう、生まれかけた悲劇を止めることならできるのだ。
     全員で、駆ける。狼姿の四足歩行で、跳ぶように。
     ここが人の多く行き交う場所だったら5匹の狼は不審がられるだろう。だが幸い訪れる人の少ない村の外。しかも向かっているのは、村人すら近づきたがらない場所。結果、見咎められることなく子どもたちの後ろ姿を発見することができた。
    「ウォーン」
     ラススヴィが吠える。仲間に知らせる意図がまず一つ。
    「なに? 今の鳴き声?」
     子ども一人が足を止め、つられて足を止めた他の子供達も辺りを見回す。その隙にラススヴィと紅音、白野威が子どもたちから少し離れた茂みの中をわざと音を立てるようにして、古井戸のある方へと駆け抜けた。茂みの立てる音にも子どもたちは反応を見せた。ラススヴィと紅音はそのまま古井戸へ向かったが、白野威だけは子どもたちを目視できる距離で足を止め、変身を解く。勇葵と友衛が対応してくれるはずだが、万が一の場合は助力するつもりだ。
    「こんな所でどうしたんだ?」
    「ひゃっ……!?」
     突然掛けられた声に子どもたちが肩を震わせる。だが振り返ってみるとそこに立っていたのはプラチナチケットを使った友衛と、その後ろから子どもたちを覗き込んだ勇葵だ。
    「ここから先は危ない化け物が出るから、近寄らないようにね」
    「化物?」
    「さっき何か聞こえなかった?」
     勇葵の言葉に不審そうに返された声。だが先程のラススヴィの鳴き声を聞き取っていた子どもが他の子供の服の裾を握る。
    「さっきの、じゃないかな?」
    「先程、見慣れぬ獣を見た。犬よりももっと大きかったな」
     友衛の言葉に子どもたちにざわめきが広がる。なにせ彼らは近くの茂みが不自然に音を立てるのを聞いているのだから。
    「危ないから村に戻った方が良い。今なら大人も気付いていないはずだ」
    「お姉ちゃんたちも内緒にしててくれる?」
     子どもたちは顔を見合わせて。言葉にせずとも皆の心は決まったのだろう。一番年嵩の子どもがおずおずと友衛と勇葵に声をかけてきた。
    「ああ」
    「きちんと帰るなら、約束しよう」
     勇葵は子どもたち一人ひとりとゆびきりをする。そして念のため、ふたりは子どもたちの姿がある程度遠くなるまで待ってから、古井戸へと向かった。

    ●恨みの花の前で
    「お疲れ様です」
     ラススヴィと紅音が古井戸に到達した時には、すでに紗子が到着していた。闇纏いで一番最初に現場に到着していた紗子は、次に現れたのが子どもたちでなかったことにホッと胸をなでおろす。人型へ戻ると紅音はすぐさま殺界形成を展開した。同じく人型に戻ったラススヴィは、いつ戦闘が開始してもいいよう、サウンドシャッターの準備をしながら駿吾を見つめる。いや、駿吾の向こうに彼を古の畏れとして蘇らせたスサノオを見ているのかもしれない。
    「おまたせいたしました。子どもたちはここまで来ていないようですわね。安心いたしました」
    「……ん」
     続いて現場へ到着したのはルナとサズヤだ。万が一子どもが現場に来てしまった場合は母のように叱ろうと決めていたルナであったが、その万が一がないならないほうが良いに決まってる。
    「子どもたちは無事に帰りましたか?」
     しばらくして発せられた紗子の言葉に彼女の視線を追えば、到着した白野威へと向けられた言葉のようだ。
    「ええ。ふたりがうまく説得してくれたの。もう少し子どもたちが離れたのを確認したら、ふたりもすぐに来ると思うわ」
     白野威の言葉通り、十分も経たぬうちに友衛と勇葵も合流し、それぞれ戦闘準備を整える。
    「始めるか」
     ラススヴィがサウンドシャッターを展開するのとほぼ同時に、友衛が槍を構えた。

    ●恨みが咲いて
    「裏切られたことには同情する。それでも」
     友衛の『銀爪』から飛び出した氷が、駿吾に突き刺さる。皆までは言わぬが友衛は正隆への怒りも抱いている。だが、言葉が見つからないのだ。
    「裏切り行為は確かに悪いこと。ですが、人の命を奪うことはもっと悪いことです」
     攻撃は最大の防御とばかりにルナが放った帯は、まっすぐに駿吾を貫いて。
    「これ以上悲しい連鎖を生み出さないためにも、貴方はここで撃退させていただきます」
     戻ってきた帯よりも駿吾をしっかりと見つめて、ルナは言い放った。
    「悪いのはあいつだ……あいつなんだぁぁぁぁぁぁぁ!」
     駿吾から発せられた恨みの塊がラススヴィを狙う。だが咄嗟に間に入ったサズヤが代わりにそれを受け止めた。
    (「……裏切られた気持ちは、どれ位、悲しかったのだろう」)
     腹部で受け止めた恨みの一撃。その痛みが彼の悲しみとイコールだとは思わないけれど。駿吾との距離を詰め、サズヤは拳を振るう。
    「駿吾さん、あれから時代も変わりました。もう、正隆さんも居ません。そろそろ、怨みも終わりにしませんか?」
     聞こえているかはわからない。それでも紗子はサズヤを帯で包んでその傷を癒しながら、駿吾に声をかける。かけずにはいられなかったのだ。
    「正隆ぁ……許してなるものかぁ……」
     だが古の畏れとなった駿吾の中には、正隆への恨み以外の感情は詰まっていないようだ。
    「親友に裏切られたから見境なく人を殺すなんて、逆恨みもいい所だよ」
     勇葵の鉤爪が、駿吾を切り裂く。
    「誰が一番悪いのかは、キミが一番良く知っているはずだろう!」
     後ろに飛ぶようにして駿吾から離れた勇葵に代わり、紅音が間合いを詰める。そして鋭い爪を振りかざして。
    「……信頼していた人からの裏切りは赦せない。でも信頼していた人から裏切られたのは、きっとあなただけではないわよね?」
     ザシュッ……駿吾の洋装が更に深く切り裂かれる。霊犬の蒼生が刀をもってして傷を抉るのを見ながら、紅音は呟いた。
    「だって、正隆さんの家族は、息子の幼なじみであるあなたを信頼していたはずでしょう?」
     そう、駿吾は何も知らない正隆の家族を手にかけているのだ。何かが一つずれていれば、正隆の家族が駿吾を恨むという古の畏れが誕生していた可能性がないとはいえない。
    「経緯に同情の余地はあっても、古の畏れとして再現された怨みの魂は、ただの怨霊の類」
     剣に畏れを纏い、白野威が跳ぶように距離を詰める。
    「その無念、怒り全て祓いましょう」
     刃が、翻った。追うようにして駿吾に迫っていたラススヴィが、その体躯に見合った大きな腕を振るえば、陽の光を鉤爪が陽の光を反射させて光る。
    「言葉は通じないだろう。それでも言っておく」
     深く深く食い込んだ爪を引き抜き、ラススヴィは駿吾と視線を合わせた。
    「この村では駿吾達の話は教訓として語り継がれている。それ程にお前の気持ちは伝わっているのではないか?」
     駿吾への同情の念を抱いているのは確かだ。ただラススヴィは、それでも彼には再び静かに眠って欲しいと願っている。
    「誰も忘れてなどいない」
     そう、村人たちは駿吾をただの殺人者として扱わなかった。駿吾もまた被害者であると理解を示し、墓を作って今でも子孫が参っている。その上、『友達を裏切ってはいけない』という教訓として二人の話を語り継いでいるのだ。それが、駿吾の深い悲しみを理解しているという証拠ではないのか。
    「悪いのは正隆だと、村人たちも理解してくれたのだろう」
     友衛が、ラススヴィと入れ替わるようにして槍を突き出す。最近は古の畏れをただ倒すのではなく、別の形で救うことはできないものかと考えることもある友衛だが、今回のことで辛い思いをした者を救うためにはどうしたら良いのかという悩みも増えた。今はうまく言葉にできなくても、いつかこの気持を言葉にできたら、ともどかしい思いが募り、槍を持つ手に力が入る。
    「貴方の事は、村の子どもたちの間で二度と同じような悲劇が生まれないようにという親の願いを込めて、今も語り継がれていますわ」
     駿吾を殴打したルナの祭壇から、霊力の網が彼を捕らえる。
    「そんな貴方によって誰かが傷つくことを、私達は望みませんわ」
    「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
     たくさんの言葉が駿吾を包みこむ。それでも、それでも古の畏れたる彼は叫びとともに後衛へと衝撃波を放った。感情の昂ぶり故に瞳の色を変えたルナが回復手の紗子を庇って衝撃波を受ける。
     サズヤの瞳には、駿吾が苦しんでいるように見えていた。それでも、今行きている人達は無関係なのだ。だから。
    「……終わらせる」
     手にした『『丑の刻』』の先端が駿吾ごと井戸の縁にめり込むくらいに、サズヤの一撃が決まる。
    「回復は蒼生にも頼むから」
    「はい!」
     紅音の言葉を受け、紗子は動きを決めた。『交通標識・改』を黄色に染めて、後衛の傷を癒やす。
    「これでも、食らえー!」
     その間に斧に畏れを宿した勇葵が、駿吾へそれを振り下ろした。合わせるように駿吾に迫った紅音は、陽の光を受けた『朽桜一振』を冗談から振り下ろす。蒼生はルナの負った傷を癒やしていった。
    「顕れよ……一閃ッ!」
     白野威の喚んだ風が、追い打ちをかけるようにもうすでに傷だらけの駿吾を切り刻む。
    「もう――眠れ」
     ラススヴィが駿吾の急所を狙ったのは、巨大な刀。大きさと重量を感じさせぬ彼の扱い方。本来のその刀の持つ質量を忘れてしまいそうになる。
    「どうか、安らかにお眠り下さいませ」
     ルナが触れたモノリスから聖歌が流れる。光の砲弾が、駿吾の身体の真ん中を撃ちぬいた。
    「ま……さ……」
     彼が最期に口にしようとしたのは恨み言か、それとも――。
     恨みの花は、散り、そして光に解けた。

    ●二度と
    「幼馴染に裏切られたショックはとても大きいものだと思うけど、やっぱり復讐は更なる悲劇を生むだけだよね」
    「せめて、もうこの様な事が起きない様に祈りたいな」
     古井戸の周囲の戦闘の痕跡を消して、勇葵と友衛はラススヴィに倣って手を合わせる。皆も、自然と手を合わせたり黙祷を捧げた。
     その後、目立たぬように仲間たちを見送り、サズヤと狼姿のラススヴィはこっそりと駿吾の墓へと立ち寄った。
    (「――裏切った気持ちはされた方もした方も、ずっと心に傷を抱えるのだな」)
     ラススヴィは黙祷を捧げ、サズヤは手を合わせる。
    (「……友達」)
     友達とは何なのか、サズヤの考えはまだ纏まりそうになかった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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