魔法メガネっ娘マジカル☆リンゼ

    作者:飛角龍馬

    ●魔法メガネっ娘マジカル☆リンゼ
     福井県鯖江市。
     福井県嶺北地方の中央部に位置するこの都市は、眼鏡フレームの国内生産シェア九割を占めるという眼鏡の街である。
     そして、市民憩いの場である西山公園の噴水前広場では今、非公式ご当地アイドルのゲリラライブが行われていた。
    「鯖江の眼鏡をかけない者は、この魔法メガネっ娘マジカル☆リンゼが許さないわ!」
     かなり横暴な決め台詞に、それでも観客は大いに沸く。
     真っ白でごてごてなワンピースを纏う自称魔法少女は、まるで大観衆にでも向かうように、遠くを見て手を振った。しかし、悲しいかな。
     彼女の前に立つ観衆と言えば、数人の、いわゆる大きいお兄ちゃんたちだけである。
    「はぁ……」
     リンゼちゃーん、という呼びかけを聞きながら、マジカル☆リンゼこと鏡見アイは、どよーんと彼等に背を向けた。その手が小奇麗な鯖江産眼鏡を外す。  
    「……もうやだ。やってらんない。なによ魔法少女って。いまどきこんなの流行んないし。つーかほんと恥ずいっつーの」
     眼鏡を外した途端、目付きと口調がガラリと変わる。
     尚も名を呼ぶ男どもを、アイは、あぁ? と完全に据わった目で睨みつけた。
    「って……せ、先輩っ!?」
     次の瞬間、その目が驚きに大きく見開かれる。 
     いつの間にか。男どもに混じって、一人の青年がアイに微笑みかけていたのだ。
     慌てて眼鏡をかけ直し、駆け寄るアイ。
     鯖江一番の眼鏡男子(とアイが思っている)の彼は、少し困り顔で労いを口にした。
     一気に明るくなったアイはしかし、次の瞬間、地獄に叩き落とされることになる。
    「先、輩……? 眼鏡……」
     掛けてない。鯖江一の眼鏡男子である先輩が眼鏡を掛けていないっ!
    「ああ、眼鏡? うん、コンタクトレンズにしたんだ」
     がーん! 心の中でアイは叫んだ。
    「だから、ごめんね。俺、もう君の期待には応えられないと思う。そのことを伝えに来たんだ。それじゃ」
     先輩は、無情にも背を向けてその場を後に。
     わなわなと震えるアイの肩を、大きなお兄ちゃんの一人がぽんと叩いた。
    「気にすることはないであるよアイちゃん。君の魅力は全部ボぐはぁっ!!」
    「山田ァ!?」
     アイの放った強烈なアッパーで宙を飛ぶ山田。
    「何故……何故なのよぉぉぉぉっ!」
     叫びを挙げるアイ。その身体を、突如、竜巻のような黒い旋風が包み込む!
     そして、吹きすさぶ風が消え去った、そこには。
     漆黒のドレスを身に纏い、強烈な闇のオーラを放つ少女が、その場に顕現していた。
    「こ、これは――失恋のショックで闇のパワーに呑み込まれたブラック☆リンゼだ!」
    「うざくらしいっ!」
     訳知り顔に命名した男を、ブラック☆リンゼが蹴りで吹っ飛ばす。
    「ふふっ……なるほど。鯖江産眼鏡の敵はコンタクトレンズだったわけね。そういうことなら仕方ない。あたしの力で全国のコンタクトレンズ屋をぶっ潰してやる! まずは鯖江からだ!」
     闇に堕ちた魔法メガネっ娘は、男どもを尻目に、高らかな笑い声を放つのだった。
       
    ●教室にて
    「あ、あれ? め、眼鏡眼鏡……!」
     事件のあらましを語り終えると、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、慌てふためきながら机の上を探し始めた。因みにまりんは既に眼鏡をかけている。
     え、まりんのドジっ子も遂にここまで……?
     唖然とする灼滅者をよそに、まりんは辺りを探しまわり、
    「あ、あった!」
     教卓の上の木箱を見つけて、それを皆の前に置いた。
    「……こほん。そんなわけで、皆にはその眼鏡っ娘を止めて欲しいの」
     気を取り直して、という風にまりんは説明を始める。
    「ターゲットは、マジカル☆リンゼこと鏡見アイちゃん。眼鏡人口の減少と、失恋のショックで闇堕ちしかかってる女子高生だよ」
     通常、闇堕ちした一般人はすぐダークネスに意識を乗っ取られる。
     しかし、彼女はまだ闇への抵抗を続けているのだ。
     殺さずKOできれば、救い出せる。
    「今からなら、まだ公園の噴水前で鉢合わせできると思う。ただ、闇堕ちしかけた一般人は、灼滅者十人分くらいの強さがあるの。だから説得が不可欠なんだけど」
     言いながら、まりんは眼鏡の位置を直して、
    「アイちゃんは大の眼鏡好きだから、そこを突くのがいいと思うんだ。眼鏡文化を褒めたりして、共感を得られれば力を奪える。でも気を付けて。眼鏡を馬鹿にしたりすると、逆効果になっちゃうからね。……そこで、実は私に秘策があるの」
     まりんは言うと、先程持ってきた箱の蓋を開けて見せた。
     そこには、様々な色や形状の眼鏡がずらりと並んでいる。全て伊達メガネだ。
    「眼鏡好きなアイちゃんは、眼鏡をかけている人に全力で攻撃できない。だから、眼鏡をかけていない人は、もし良かったらこの中から選んで、かけていって。それだけでかなり戦いやすくなると思うの」
     目には目を、眼鏡には眼鏡を、である。
    「彼女の武器は、主にマジカルロッド。あとはその……眼からビーム」
     嘘だろおいと絶句した灼滅者達に、正確には眼鏡からビーム、と補足するまりん。
    「あ、秘策といえばもう一つ」
     皆の反応をさらっと受け流して、まりんは人差し指を立て、
    「彼女の弱点は、やっぱり眼鏡なの。もし戦闘中に彼女の眼鏡を奪えれば、勝ったも同然になると思う」
     但し、眼鏡自体を壊してはいけない。接近して奪うとなれば相当な危険を伴うだろう。
     無理に奪う必要はない。
    「私からはこれで全部。一人の眼鏡っ娘を闇から救うため、皆の力を貸して欲しいの」
     眼鏡っ娘な彼女はそう言うと、灼滅者達に深々と頭を下げるのだった。 


    参加者
    羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)
    苦殺坊・モルボル(ビジュアル系最兇の破壊僧・d01352)
    鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)
    セーラ・シュガーポット(ミーアンドマイテール・d03532)
    服部・あきゑ(千枚通し・d04191)
    水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)
    秋月・絢雨(高校生魔法使い・d06979)

    ■リプレイ


    「ブラック☆リンゼさん、コンタクト屋さんを潰すのはやめてください!」
     闇堕ちした少女の悪しき宣言に、絶妙なタイミングで制止の声が放たれた。
     びしっと告げたのは、細めの銀縁眼鏡をかけたセーラ・シュガーポット(ミーアンドマイテール・d03532)。
     彼女を始めとした灼滅者達の登場は、まるで誂えた台本のようですらあった。
     灼滅者達の姿に、魔法メガネっ娘ブラック☆リンゼは怪訝な表情。
     周囲の大きいお兄ちゃんたちは、セーラの容姿と服装にどよめきと歓声を挙げた。
     手前ぇら……と、リンゼが取り巻きたちに殺意の視線を送る。
     その様子に、微かな色付きレンズの眼鏡をかけた鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)が口を挟んだ。
    「落ち着いて。考えても見るんだ。コンタクト屋さんだって眼鏡を売ってるし、今はお洒落眼鏡だってあるんだから」
    「そうそう、眼鏡ってお洒落好きには最高のアイテムだと思うな。コンタクト屋で扱って貰えるんなら、それはそれで好都合じゃない?」 
     瑠璃の言葉に繋げて言うのは、いつも通りの伊達眼鏡をかけた羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)。
    「ああ、コンタクトに変えたって眼鏡がいらなくなるわけじゃねー」
     更に畳み掛けるレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)。彼女がかけているのは、某戦国武将の家紋がフレームにあしらわれた伊達眼鏡である。
    「リンゼさんも判るよね? 矯正だけが眼鏡の役目じゃないんだから、コンタクトにしたら眼鏡使っちゃダメって訳じゃないんだよ?」
     説得で戦闘を回避できればと、秋月・絢雨(高校生魔法使い・d06979)は言葉に想いを込める。普段から伊達眼鏡を愛用する彼女の言葉は、本物だ。
    「へぇ、つまりアンタ達はコンタクト容認派なわけ。でも残念、私は全てのコンタクトレンズを撲滅せんとする過激派なの。邪魔者は容赦しないわ」
     芝居がかった口調で話すリンゼは、そこで、特に異彩を放つ一人に目を向けた。
    「ところでさっきから凄く気になってるんだけど、そちらの鼻ヒゲ眼鏡の方は……?」
     言ってしまうと、その正体は服部・あきゑ(千枚通し・d04191)である。 
    「伊達や酔狂でかけてんじゃねぇ。視力矯正、お洒落に留まらずジョークアイテムにすら成り得る。それが眼鏡の魅力だろうが!」
     堂々と語る鼻ヒゲ眼鏡に、リンゼがたじろぐ。
    「な、なるほどね。って何がなんだかよく分からないけど、とにかくアンタ達が眼鏡好きなのはよく分かったわ」
    「その通りじゃ暗黒魔王ブラック・リンゼ! そして、この金縁ハート眼鏡を見よ!! 似あっておるであろう!! このオレ様ちゃんこそが苦殺坊・モルボルぞよ!! 因みに好きなものはネコと可愛いものじゃ!!!! 特に我が背徳狩りティ」
     どかああああん!
    「あ、ごめん。やっちゃった」
     リンゼが放ったマジカルロッドの一撃が、苦殺坊・モルボル(ビジュアル系最兇の破壊僧・d01352)をふっ飛ばしたのだ。
     ごろごろと転がったモルボルだったが、そこは奇跡的に無傷。お約束である。
    「で、アンタ達は私の敵なのね。というか、そういうことにしてくれる? 何かどうしても倒さなきゃいけない気がしてきたから」
    「ははは……なんつーか、痛い敵だよな」
     銀縁のレンズなし眼鏡のブリッジを押さえて、呆れたように呟いたのは、水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)。
     どうにもこうにも、戦闘は避けられそうにもない。
    「……Impulse release」
     気だるげに呟かれた一言は、楸の能力を開放する解除コードだ。
     彼に呼応するように、灼滅者達が一斉に力を解き放つ。
    「兎に角、舞台の幕を上げよう!」
     神楽舞の巫女のような僧服を纏った瑠璃が、戦いの開幕を宣言した。


    「マジカル☆モノクル――スミクズになれぇぇぇい!!」
     ブラック☆リンゼのマジカルロッドから竜巻が巻き起こり、轟雷が灼滅者達を襲う。
    「ふふっ。闇のエナジーで戦闘力が十倍になった私に挑んだ無謀、地獄の底で後悔するのね!」
    「眼鏡、壊さないようにしないと……」
     予言者の瞳で命中率を上げた絢雨がバスタービームを放つ。が、リンゼはそれさえ余裕で防ぎ切るのだから、完全に少年漫画の世界である。
     戦闘が始まって、数分。
     灼滅者達の中で傷を負っている者は、しかし、まだ前衛の数名に留められていた。
     説得が効いているのは勿論のこと、
    「同志を傷つけるのは心苦しいけど、これも避けられぬ運命よね!」
     仮にも眼鏡をかけている人間に、リンゼは全力を出せないのだ。
    「コンタクトの撲滅なんてダメですっ! カラコンでデカ目強調しつつ眼鏡でオシャレしてる子だっているんですから!」
     尚も説得を続けるセーラ。彼女が放つシールドリングの加護を受け、あきゑがリンゼに突貫する。シールドバッシュ。その一撃を、リンゼはロッドで受け止めた。
    「お前の辛さはよく分かる。ご当地アイドルってのは常に孤独だ。だがな、だからってご当地の方々に迷惑かけちゃお仕舞いだろうが!」
    「鼻ヒゲ眼鏡に言われたくないわっ!」
     あきゑを跳ね飛ばしたリンゼだったが、直後、却って心痛に顔を歪めた。
     その場のノリとはいえ、眼鏡を馬鹿にしてしまうなんて!
    「全く。真摯なんだか間抜けなんだかよくわかんないよね」
     草灯が発生させた夜霧が前衛を包み込む。
     その霧の彼方から、瑠璃の澄んだ唄声が届き、前衛に立つあきゑの傷を癒した。
    「行くのじゃ、背徳狩りティアラ!」
     モルボルの指示を受けて、ティアラがしゃぼん玉で楸を癒す。
     モルボルもまたアーメン! と叫びながら、ジャッジメントレイをレイシーに向ける。
     そして、彼はリンゼに渾身の説得を敢行した。
    「暗黒魔王ブラック・リンゼ! 貴様の心の痛み、良く解るぞよ!? 大体レンズを目玉にくっつける事自体間違っておるのじゃ! あんな物、ハードならぶつかったりしただけで割れて失明する恐れがあるのじゃぞ!! それにもし落としたら床のバイキンぎゃあぁぁぁ!!!!」
     リンゼの眼鏡から放たれた閃光がモルボルを襲い、またもや彼をふっ飛ばす。
    「あれは、眼からビームッ!?」
     セーラが芝居がかった口調で驚きを演出。
    「隙ありだっ!」
     モルボルへの攻撃で出来た間隙を突いて、レイシーが雲耀剣を振り下ろした。
     金属的な打撃音が響き、太刀を受けたマジカルロッドが火花を散らす。 
    「疚しい意図はなーんもないからねー?」
     リンゼの死角に飛び込んだ楸が、手にした解体ナイフを閃かす。
     敵を防具もろとも八つ裂きにする恐るべきその技は、リンゼの服を切り裂いて露出度を三割くらい引き上げる!
     遠巻きに見ていた取り巻きどもが歓声を挙げ、女性陣がドブネズミでも見るような目で彼等を睨んだ。ああ恐ろしい。
     絢雨の手による制約の弾丸がリンゼを襲い、痺れさせる。
     リンゼの表情に、この時初めて、真剣な怒りと焦りが浮かんだ。
    「与えよ、されば与えられん。奪うんじゃない壊すんじゃない、愛を与えようぜ」
    「知った風なことを。奴等が私から奪い去ったのよ! 何よりも大切なものをね!」
    「貴女にはまだ大切なものが残っている筈でしょう。こんなことをして、愛する眼鏡まで汚すつもりなんですか!」
     あきゑと絢雨の言葉が、リンゼの胸に突き刺さる。
    「黙れ……黙れ黙れ黙れッ!」
     リンゼの眼前に、今までにないほどの光が収束する。
    「いけない! 皆、下がるんだ!」
     瑠璃の声。それより一瞬早く、あきゑが前に出た。
    「私の邪魔をする者は……みんな壊れてしまえっ!」
     手加減のない大出力のビームが灼滅者達めがけて放たれる。
    「こンの……分からず屋がぁっ!!」
     避けることなど考えていない。
     あきゑは最前列で構えを取ると、自らのご当地ビームを強大な光の束にぶっ放した。


     光と光がぶつかり合い、相殺の果てに消え去った。
     白光に包まれた一瞬の後、リンゼとあきゑは互いに傷を負いながら、先程と寸分違わぬ位置で対峙していた。
    「くっ……眼鏡が汚れて力が出ない……」
     埃にまみれた眼鏡に、愛と勇気のアンパン男みたいな弱音を吐くリンゼ。
    「これなら……そろそろ行けるはず」
     いち早く察した瑠璃が、眼鏡の弦にトンと指を当てて見せる。
     この状況であれば、奪いに行ける。
     瑠璃の見せた意思表示に、全員が頷き合った。
    「私、いい眼鏡拭き持ってるんですよー。良かったら拭いてあげましょか」
     懐から高級眼鏡拭きを手にして、セーラがリンゼに歩み寄る。動物でも捕まえる時のような足取りである。ゆっくりそろりと。怖くない怖くない。
     徐々に両者の距離が縮まり、もしかしたらこれ行けるんじゃね? みたいな期待が一同によぎったその時、
    「寄るなッ! それ以上寄ると撃つ!」
    「で、ですよねー……」
     しゅんとして引き下がるセーラ。 
    「しかしさあ、眼鏡からビームってリンゼちゃんの眼鏡への愛から捻りだされるのかな」
     何気ない素振りで言ったのは、タイミングを見計らっていた草灯だ。
    「ああ、確かに眼からビームとか常人にゃ無理だもんね……で、真偽の程はどうなの?」
     楸も草灯の尻馬に乗って、心底不思議そうにリンゼに問いかけた。
    「ハッ、決まってるでしょう? あれは鯖江の眼鏡を想う私の」
    「……なんてなっ!」
     思わず胸を張って話し始めたリンゼに、楸が後ろ手で準備していた鋼糸を解き放つ。
     封縛糸だ。不意を突いて襲来した硬い糸が、リンゼの身体を縛り付ける。
    「しまった……!」
    「正気に戻ればいくらでもお話できるんですが……今は!」
     絢雨が指輪から制約の弾丸を射出し、リンゼに直撃弾を喰らわせる。
     逃れようともがくリンゼに踏み込んだのは、あきゑだ。彼女は一瞬、懐に仕舞っていたカラースプレーに手をかけ、止めた。恐らくそれは最善手ではない。
     代わりに放たれた黒死斬が、リンゼの足を払って膝をつかせる。
    「貰ったッ!」
     果敢に踏み込み、手を伸ばしたのは草灯。
     まるでスローモーションのような一瞬。 
     彼の指は遂にリンゼの眼鏡に触れ――即座にそれを奪い去った。
     眼鏡は命である。そうまで言っていた物が失われたリンゼは、
    「眼がっ!? 眼がぁぁぁぁっ!?」
     どこまでもお約束だった。
     両目を押さえて立ち上がったリンゼは、キッと草灯を睨みつけたが、当の草灯はしたり顔で、奪った眼鏡をひらひらと。
    「へえ、眼鏡を外すと目が3なパターンも想像したんだけど。残念、違ったみたいだね?」
    「くっ……!」
     改めて眼鏡を奪われたことを知ったリンゼは、顔を真っ赤に紅潮させた。ふと見れば、纏った服もビリビリに破かれている。うああ……とか動揺しながら、それでもリンゼを突き動かしているダークネスは、草灯に向けてマジカルロッドを構えさせ、
    「ま、まっ、マジカル、モノクルっ……」
     何というか見ている方が恥ずかしくなるような挙動で、
    「スミクズに――――きゃぁっ!」
     ロッドを振るおうとしたリンゼだったが、何故か足がもつれて盛大にずっこけた。
     いや、理由は明白だ。絢雨の放った制約の弾丸が効果を発揮したのである。
     うぅぅ……と座り込むリンゼに、眼鏡を反射させたレイシーが歩み寄る。
     その手にあるのは、切れ味鋭い、日本刀。
     一同が思わず息を呑むが、レイシーの足は止まらない。
     やがて彼女はリンゼの前に立つと、無言で刀を振り下ろした。
     目を見開くリンゼ。その額に直撃したのは。
     刀は刀でも、全力で振り下ろされた、それは手刀であった。
    「悪戯が過ぎるぜ。そろそろ目を覚ましな」
     その言葉、果たして届いたかどうか。
     一撃を受けたリンゼは、そのまま、ばたんきゅうと仰向けに倒れこんだのだった。
     

    「はいはーい、大丈夫ですからねー。下がって下がってー」
     リンゼの様子を気にする取り巻き連中を、セーラが追い返す。
     倒れたリンゼを抱き起こしているのは、手刀の一撃を決めたレイシーだ。
    「あ。気が付いたみたいですね」
     心配そうに見守っていた絢雨の前で、少女はゆっくりと目を開けた。その瞳には最早、ダークネスの影はない。今の彼女は魔法メガネっ娘ではなく、その中の人――即ち、鏡見アイという名の灼滅者である。
    「上手く行ったみたいだね。うん、よかった」
     無事救い出せたことに、瑠璃はほっと胸を撫で下ろす。
    「あ、れ……私は……」
     アイは身体を起こすと、周りを囲む灼滅者達を見回した。
    「おや、眼鏡なくても魅力的じゃないか」
     さらっと感想を述べたのは、楸だ。
    「あ……。め、眼鏡、眼鏡……」
     彼に言われて漸く思い出したのか、何ともお約束な動きで眼鏡を探すアイ。
     その眼鏡に対する執念に、草灯は少々呆れ顔に吐息した。
    「外見にばっかり気を取られてるから変な失恋するんだよ。内面磨き、頑張ったら?」
     諭すように言う草灯だが、後ろ手にまだ奪った眼鏡を持っている辺り、未だにイジる気満々な様子。
    「ああっ! 何処へ行くのじゃ背徳狩りティアラ!!」
     気ままに浮かんでいたティアラが、取り巻き連中の方に漂っていく。物凄い勢いで追って行ったモルボルに、大きいお兄ちゃんたちが慌てて逃げ出し、
    「……と。なんだ、素顔、カワイイじゃないですか」
     戻ってきたセーラがアイの顔を見てそう言った。
    「あ、あの……私……もしかして、皆さんに酷いことを……」
     もしかしなくてもそうなのだがと、あきゑは苦笑して、
    「気にすんな、仕方ねぇ。誰にだって起こり得ることだ」
     それより、と彼女は自分のかけていた眼鏡をそっと外して、
    「正義の魔法メガネっ娘が、眼鏡をしてなきゃカッコ付かないだろ? これ、使えよ」
     なんて優しい人なんだ! とかお思いの読者の方に一応告げておくと――これ、鼻ヒゲ眼鏡だから。
    「ええ、と……」
     思わず迷ったリンゼに、楸が別の眼鏡を差し出した。
    「こんなのもあるけど、どっちがイイ?」
     瓶底眼鏡である。この人、実はそんなのも借りてきていたのだ。
     突き付けられたそれを見て、アイの顔にどよーんと縦線が入る。
    「あ、良かったらこのあと、眼鏡を見に行きませんか? アイさんお奨めの眼鏡とか知りたいし」
     それは、絢雨がずっと思っていたことだ。
     うん、と瑠璃が頷き、その前に説明しておこうと、自分たちの所属する武蔵坂学園について語り始める。
     彼の説明は簡潔且つ、丁寧なものだった。
    「――歓迎するよ、きみを」
    「そうそう、学園にはときめく眼鏡男子や御姉様も大勢いるんですからね」
     眼鏡男子!
     セーラの言葉に、アイの瞳がきらーんと輝く。
     差し出されたセーラの手をがしっと掴み、握手を交わすアイ。
     遠くでは、未だモルボルと大きいお兄ちゃんたちの追いかけっこが続いている。
     レイシーは、かけていた眼鏡をためつすがめつ眺めながら、
    「これいいよな……格好いいし。持って帰っても別に悪かないよな。うん、貰っちゃおう」
     かくしてここにまた、一人の眼鏡好きが誕生したのであった。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 17
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