甘い気持ちを伝えたくて

    作者:飛翔優

    ●チョコレートに託す思い
     二月十四日、バレンタイン。
     女の子が、チョコレートに想いを託す記念日。
     普段は勇気が出なくても周りが背中を押してくれる……そんな、大切な日。
     中学二年生の森本愛(もりもと・あい)もまた、チョコレートに想いをたくそうとしている女の子。
     先輩への想いを、日に日につのらせている女の子。
     受け取ってくれるかな? 想いがきちんと伝わるだろうか? ……恋人になることができるだろうか?
     ぐるぐると巡る思いを胸に、バレンタインを目指して試行錯誤。時には大失敗してしまう事もあるけれど、予行練習だと切り替えた。
    「……」
     けれど、中々上手く作れない。
     いくら気持ちを込めても、工夫しても、一味足りないような気がしてしまう。
     こんなことでは伝わらない。そんな考えが頭をよぎる。
     ……正直、伝えきれる自信はない。
     ――だったら力をトッピング! そうすれば先輩もイチコロよ!
     胸をよぎる、甘い誘惑。
     いつからか使えるようになっていた力で心を奪えば良いと囁いてくる。
     だめだ、と思いを押し込めて、愛はチョコレート作りに勤しんでいく。
     いざ、当日を前にしたら……誘惑に勝てる自信はないのだけれど……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを浮かべたまま説明を開始した。
    「森本愛さんという名前の中学二年生の少女が淫魔に闇堕ちしようとしている……そんな事件が起きることを察知しました」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、愛は闇堕ちしながらも人としての意識を保ち、ダークネスにはなりきっていない状態なのだ。
    「もし、愛さんが灼滅者としての素養を持つのであれば、救い出してきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスと化してしまうのならば、灼滅を。
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「皆さんが赴く当日の夕方、愛さんは商店街から住宅地へと繋がる道を通って帰宅しています。目的と合わせ、愛さんについて説明しますね」
     森本愛、中学二年生女子。元来明るく元気な少女で、一年上の先輩に恋してる。
     けれど、普段のままでは想いを伝える勇気はない。だからバレンタインの空気に乗り、想いを伝えようと考えた。
     今は毎日、料理の本片手にチョコレートを作り続けている。当日、先輩に想いを伝えるため。しかし……。
    「それまであまり料理をしたことのなかった愛さん。チョコレートも中々うまくいくとは行かず、けれども近づいてくるバレンタイン。そんな思いが、あるいは淫魔としての闇を呼び起こしてしまったのかもしれません」
     愛は日々チョコレートを作りながら、淫魔の力を使って先輩を籠絡する……という誘惑に耐えている。しかし、チョコレート作りが中々上手く行かないのお相成り、いざ当日となればどうなってしまうのかわからない状態だ。
    「足りないのは恐らく自信、だと思います。ですのでどうか彼女が自信を持てるよう、背中を押してあげられるよう、言葉を投げかけてあげて下さい」
     その後、説得の成否にかかわらず戦いとなるだろう。
     敵戦力は淫魔と化した愛のみ。力量は、灼滅者八名ならば倒せる程度。
     妨害面に特化しており、愛を込めたチョコレートを食べさせ誘惑する、相手をラッピングリボンで捕縛する、愛情のエッセンスを注ぎ麻痺させる……と言った行動を取ってくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「バレンタイン。少なくとも日本では、女の子が想いを伝えるかけがえのない日……。聖なる日が、愛さんが淫魔に穢されてしまわぬよう、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)
    新堂・柚葉(深緑の魔法使い・d33727)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)
    篠宮・里桜(死宮の姫巫女・d36147)

    ■リプレイ

    ●自信を持てない確かな想い
     夕焼け色へと変わっていく世界の中、忙しなさを増していく商店街。主婦たちは買い物に、学生たちは買い食いに、店主たちは商いに……様々な色をのぞかせながら、一日の終わりに向かって最後の輝きを見せていく。
     一足早く……と言った面持ちで、買い物袋を下げた制服姿の少女が……森本愛が、商店街から抜け出てきた。
     住宅街へと繋がる道を歩いている愛の前に、久織・想司(錆い蛇・d03466)がさりげない調子で立ちふさがっていく。
     小首をかしげながら横を抜けようとした愛に、想司は恭しく一礼した。
     目を見開き、立ち止まっていく愛。
     顔を上げ、想司は微笑みかけて行く。
    「初めまして。いえ実は前から知っているのですが……要領を得ずすみません」
    「……」
     警戒心を抱いたか、愛が口を結んだまま睨みつけてきた。
     表情を崩さず、想司は続けていく。
    「大事なお話があります。しかしここでは人目に付きますし。場所を変えてもいいですか」
    「……」
     警戒の色を変えぬまま、愛は視線を逸らした。
     別の方角へ歩き出そうとした。
     想司はさり気なく退路を塞ぎつつ、ポケットに忍ばせた携帯を用いて合図を送る。
     仲間たちに、合流を促すため……。

     想司と愛が火花散らすやり取りを始めてから一分ほど経った後。公園に待機していた灼滅者たちが、商店街と住宅地を繋ぐ道へとやって来た。
     大勢の男女を前に、身構えていく愛。
     努めて警戒させないよう、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)は気風の良い笑顔を浮かべていく。
    「闇からの誘惑に耐えてるのか……。すごいやつだなお前。それだけのことができるのならチョコのこと心配することはないぜ」
    「……え?」
     和らいでいく警戒。
     強まっていく、困惑。
    「チョコを上げるという行為の意味は要するに自分の気持ちを伝えるということだ。誘惑に耐えてる強い心を持つお前の気持ちは必ず伝わるさ。やる前にあきらめたらだめだろうが! それに、誘惑の力で従わせたからってそれはお前の気持ちが伝わったことにはならないぜ!」
     構わず続けていく明日香を見つめた後、愛は周囲に佇む灼滅者たちを見回した。
     視線を受け止め、篠宮・里桜(死宮の姫巫女・d36147)は切り出していく。
    「チョコ造りが下手だと嫌われてしまうのですか? そして、上手なら好きになってもらえるのですか?」
    「えっと、その……ちょっと待って」
     愛は制止をかけ、首をひねった。
    「何で知ってるの? 私の力とか……その……チョコのこととか……」
     ……最初に何を知っているのかを伝えていれば、あるいは混乱は少なかったかもしれない。
     何はともあれさておいて、一通りの説明を行った灼滅者たち。
     合点がいった様子で、愛は肩の力を抜いていく。改めて里桜へと向き合っていく。
    「ええと、そうね……やっぱり、美味しいチョコ、食べて欲しいじゃない? より美味しいチョコを作る子の方が、もっと魅力的じゃない?」
     里桜は肯定も否定もせず、真っ直ぐに瞳を見つめた。
    「大事なのは気持ちを伝える事であって、そこまで思いつめずともよいのではと思います」
    「……」
     静かな息を吐きながら、肩をすくめていく愛。
    「伝えるためにも、より美味しく……よ。手を抜いちゃいけないの、大事に思っているならなおさら。より美味しく、より思いを伝えられるように……ね」
     寂しげに笑いながら、逸らされていく瞳。
     ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)は小さく息を吐き、一歩前へと踏み出していく。
    「ふむ、今までずっと練習してきたのだろう? じゃあ、何を不安になる必要があるんだ」
     今もなお練習しようと、買い物をしてきたのだろう愛。
    「あとは当日ありのまま、今までの成果を突きつければ良いだけじゃ無いか。練習してきたんだろう?」
     愛は迷った様子を見せながら、頷いていく。
    「それは……そうだけど……」
    「何ならその事も言ってみると良い。きっとポイントアップという奴だな」
     にやりと笑い、ルフィアは拳をギュッと握った。
    「なに、きっと上手くいくさ自身を持てよ」
    「料理なら、僕も最近少しするようになりましたが、何事も焦るとよくないです。まだ時間はあります。落ち着いて作ればきっと大丈夫です」
     土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)は指折り数え、バレンタインまでの日数を伝えていく。
     時間は十分に存在するのだと、その証を示していく……。

     瞳を細め、虚空を見つめていく愛。
     静かな光を宿す瞳はゆらめき、拳は硬く握られ……。
    「……でも、やっぱり不安なの。きちんと伝わるだろうか、って。先輩に、美味しく食べてもらえるかな、って。だから……」
    「……」
     微笑み、新堂・柚葉(深緑の魔法使い・d33727)は歩み出た。
     身をかがめ、俯く愛の顔を覗き込み、揺らめく瞳を見つめていく。
    「想い人を想うのは素敵なことですし、告白するからには恋人になりたいのも確かですが、淫魔の力で想い人の心を奪うのは、無理強いするのと一緒で、酷い事だと思います」
    「それはわかってる、わかってるけど……」
     わかっていても、跳ね除けられない力への誘惑。
     甘く囁かれ続けているのならばなおさらだ。
     曇る顔を見つめながら、柚葉は続けていく。
    「ちゃんと誠意を伝えれば、お相手に伝わるでしょうし。何より自分が後悔しないと思いますよ」
     仮に力を用いて誘惑したなら、一生後悔するだろう。二度と、本心へ至ることはできなくなってしまうのだから。
    「……」
     沈黙したまま、視線を逸らしていく愛。
     セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)は見つめ、語りかける。
    「貴方は優しい子なのね」
     力を使いたくないと抗い続けてきた、愛。
    「その優しさには自信を持って良いと思うわ。彼に届くように祈っておいてあげる」
     その優しさがあればきっと伝わると、セティエは頷いていく。
     愛の様子は変わらない。
     だから、想司は微笑んだ。
    「大丈夫。あなたのようにラブリーな女の子なら意中の男も振り向かざるを得ません。眼鏡もかければ魅力三割増しだと思いますね」
    「……」
     力なく笑いながら、顔を上げていく愛。
     小さく首を横に振り、灼滅者たちを見つめていく。
    「やっぱり、自信はないよ。あるはずなんてないんだよ。初めて伝える想い、初めて込める気持ち。でも……うん、伝えたい。その気持ちがあるなら……」
     言葉半ばにて、愛の体が闇に包まれた。
     すかさず、マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)は身構える。
    「さ、取り戻すお。愛お姉ちゃんを、淫魔の力から……」
     淫魔と化した愛を睨みつける……。

    ●恋する少女に淫魔はいらない
     妖しく微笑み、灼滅者たちを見つめてい苦淫魔。
     その向こう側で眠っているだろう愛を見つめながら、セティエは腕を肥大化させていく。
    「もう少し我慢してね。できる限りの事はやろうと思うわ。ウイングキャットも力を貸してね」
     ウイングキャットに視線を送りながら踏み込んで、佇む淫魔に殴りかかった。
     腕をかざし、拳を受け止めていく淫魔。
     その左腕を、ウイングキャットの放つ魔法が拘束。
     即座に明日香が踏み込み刀を振るう。
     淫魔の左足を切り裂いていく。
    「一気に畳みかけてしまう」
    「……」
     姿勢を崩しながらも、淫魔は一欠片のチョコレートを取り出した。
     明日香に向けて放たれていく中、柚葉は語る。
    「癒しの言の葉を、あなたに……」
     チョコレートによってかき乱される心を救うため。
     万全を保つことができるように。
     明日香が動きの精細を取り戻していく中、筆一は帯を放っていく。
    「きっと、愛さんも抑えてくれているはず……だから、頑張りましょう」
    「その通りだお!」
     頷くマリナのはなった影が、淫魔の体を縛り上げた。
     動けぬまま向けてきた視線を受け止めながら、マリナは毅然と睨みつける。
    「人の気持ちを操れる力なんてすごいと思うんだおっ。でも、そうやって好きになって貰うって何か違うと思うんだおっ」
     相手の心があって、自分の心がある関係。
    「良いところも悪いところもあって、それを無しにして良いところだけ。自分を好きでいてくれるだけにするなんてお人形遊びをやってるのと同じなんだおっ!」
     何かが欠ければ、決して届かぬものになってしまう。愛も望んでいないだろう未来。
     マリナは影に力を込め、淫魔の動きを封じていく。
    「早く、目を覚ますお! こんな奴を打ち破って!」
    「おれたちも協力します」
     すかさず想司が踏み込んで、雷を宿した拳で打ち据えた。
     様々な力が注がれていく中、筆一は物語を語っていく。
     淫魔を揺さぶり、愛の心を盛りたてるため。
     完全な形で、こちら側へと戻って来れるよう……。
    「……思いを伝える、素晴らしいと思います。でもそれは、自分の心と力でやらないと。だって、伝えたいその思いは、他の誰でもない、あなたのものでしょう?」
     語り終えた時、淫魔が完全に動きを止めた。
     里桜が狙いを定めていく。
     槍の穂先に氷を生み出し。
    「戻ってきてください、愛さま」
     動けぬ淫魔へと解き放ち、右肩を凍らせていく。
     左肩は、ルフィアの帯が切り裂いていく。
    「さあ来い、悩みならいくらでも聞いてやる」
    「取り戻す、今……!」
     セティエが懐へと踏み込んで、炎のハイキックをぶち当てた。
     炎に抱かれ、影が静かにほどけていく。
     倒れていく淫魔を……愛を、セティエは優しく抱きとめた。
     ちらつく火花が消えた時、聞こえてきたのは静かな寝息。
     伝わってきたのは、人のぬくもり。
     安堵の息を吐きながら、セティエは仲間たちとともに介抱へと動き出す……。

    ●少女の進み始めた道
     公園のベンチに、愛を寝かしつけた灼滅者たち。
     風よけになりながら、柚葉は愛の様子を調べていく。
     幸い、怪我を負った様子はない。目覚めたなら、普段の生活に戻ることも容易いだろう。
    「一通り無事に終わりましたね」
    「そうですね。後は愛さんが目覚めるだけです」
     里桜も微笑み、愛の寝顔を見つめていく。
     安堵の息を吐くセティエも、優しい眼差しを愛へと送っていて……。
    「ん……」
     灼滅者たちが見つめる中、愛が薄っすらを目を開いた。
     身を起こし周囲を見回しはじめて行く愛の視線を受け止め、マリナは笑いかけていく。
    「目覚めたお?」
    「あ、はい……あ。えっと、その……」
     全てを認識したのだろう。愛は姿勢を正し、灼滅者たちに頭を下げた。
    「ありがとうございます。色々と教えてくれて。まだ、自信があるわけではないけれど、不安もいっぱいあるけれど……でも、すっきりしました。きっと、渡せると思います、先輩に。本来の自分のまま……」
     顔を上げた愛の瞳に、迷いはない。
     決して力強い輝きではないけれど……それでも、決意の光が宿っていて……。
    「……」
     もう、大丈夫。
     きっと闇に落ちることはない。
     だから、明日香は切り出した。
    「なあ、もしよければ武蔵坂学園に来ないか? 今回の一件を乗り越えられたお前ならやっていけると思うんだ」
     愛は視線を落とし、頷いていく。
    「何ができるかはわからないけれど、この力が役に立つのなら……あ、でも、先輩に想いを伝えてから、になりますね」
     弱々しくも、確かな笑み。
     微笑み返したるフィアは、胸を張る。。
    「まあ、あれだ。コイバナということなら任せろ。その道のプロフェッショナルと今自称してみたからな……相談なら完璧に乗ってやる。ただし、聞くだけだがな」
    「……ふふ」
     口元に指を当て、おかしそうに笑う愛。
     笑顔が広がっていく光景を、筆一はスケッチブックに書き記す。
    「……うん」
     中心はもちろん、愛の姿。
     前に向かって歩き始めた、愛の姿。
     今日、抱いた想いがあれば、先輩への気持ちもきっと……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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