暴虐の焔火は月下に揺らぐ

    作者:唯代あざの

     流れる雲の合間から、薄明かりが落ちていた。
     山中の闇を月が照らしていく。月光は西洋の城を模した観光施設に注いでいた。
     だが、そこに華やかな色は存在しない。
     崩れた尖塔を持った西洋城。焼け焦げた東欧風の建造物。炭化した倒木。
     破壊の限りを尽くされ、そこは既に廃墟と化していた。
     光が翳る。
     風が木々を渡っていく。
     蹂躙からは時が経ち、あるのは黒く、暗く、深い闇。
     訪れた黒闇の中、ひとつ、揺らぐものがある。
     炎だ。
     それは、獣の姿をしていた。
     
     朝の淡い陽光が教室に満ちている。
     緩やかに肌を撫でる涼やかな風。見れば窓が開いていた。
     それを背に、
    「私の未来予測、聞いてくれるかな?」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が灼滅者達を出迎える。
    「今回サキックアブソーバーからアウトプットできたのは、イフリートの居場所。みんな知ってるよね? 神話の獣――『幻獣種』なんて呼ばれてる凄く怖い相手」
     殺戮欲のまま暴虐を振るう獣は、闇堕ちと同時に理性を失っているダークネスだ。
    「彼、あるいは彼女、かな。どんな理由があって闇堕ちしたかは分からないけど……」
     ひとつの観光施設を破壊し尽くした事実は歴然としている。気まぐれに暴れ狂った獣。居合わせた人々がどうなったのかは語るまでもなく。放置すれば、近々訪れる施設解体業者達の運命も知れている。世界の支配者はダークネスなのだと突き付けられる出来事。理不尽な殺戮は日常であり、それは阻止しきれない。
    「でもだからって、あらがわない理由にはならないよね」
     エクスブレインである少女は、手に持つペンをぎゅっと握る。
    「『バベルの鎖』による予知があるから、ダークネスはその身に降りかかる危険に気付いちゃう。けど、私達の未来予測なら、それをかいくぐって迫ることができる。これ以上の被害を防ぐことができる。でもそれができるのは私じゃない。イフリートと戦えるのは灼滅者のみんなだから。――だから、私は知ってる限りのことを伝えるね」
     少女は机に地図と資料を広げると、真っ直ぐな瞳を灼滅者達に向けた。
    「敵は一体。でも油断は禁物だよ」
     西洋の城と街並みを再現した観光施設に巣食うイフリート。
     扱う能力はファイアブラッドに酷似しているが、その威力は段違い。炎を纏った爪は近寄る者を切り裂き、炎上させる。吐き出す炎は放射状に伸び、逃げる者達を焼き払う。纏った炎が膨れ上がれば、消耗した動きに精彩が戻る。
    「みんながバラバラに戦ったら、必ず負けちゃう――逆に言えば、力を合わせれば勝てる見込みがあるってこと。未来予測を活かせば、きっと大丈夫」
     炎の四足獣であるイフリートがいるのは、崩れた尖塔を擁する西洋城の二階、その一室。
     向かうのは日が落ちてから。
     闇が支配する時刻。見取り図に書き込まれたルートを行くことで、奇襲を行える。
    「でも、物音の立てすぎには注意ね」
     倒れた棚や破壊された石壁など、障害物は多く、足場は悪い。実戦闘に支障はでないが、奇襲には問題だ。
     イフリートの居す部屋の近くでは、持ち込んだ明かりにも気を配る必要がある。無闇に照らせば、気取られるだろう。
    「目当ての部屋近くでは、崩れた天井や壁から入る月明かりだけが頼りだろうから、気を付けて。でも、手持ちの明かりに注意を払う必要があるのはそこくらい。少しの間だけ慎重にすればいいんじゃないかな?」
     大きな音を立てず、光は消して。暗がりで揺らめく炎の獣を急襲。
    「部屋は広いからやりやすいはずだけど……」
     戦いの最中、イフリートは崩れた足場から一階へ落ちるのだと未来予測する。
    「前で戦う人は巻き込まれないようにね」
     足場が崩れる予兆は簡単だ。暴れるイフリートによって、脆くなっていた床が大きな音を立て始める。目に見えて無数の亀裂が入り、――崩壊する。
     巻き込まれる形で一階へと落ちれば、当然、危機的状況だ。分断状態になれば、あっさりとイフリートに切り裂かれ、焼き殺されるだろう。全員が揃わない状態でイフリートとやりあうなど、実質的に不可能なのだから。
    「落ちた先は狭いから、イフリートは外へ出ようとするよ」
     出入り口は崩落で塞がれている。選ぶのは割れ砕けた大きな窓からだという。
     しかし追うのは簡単だ。
     二階の部屋は壁が崩れており、そこからイフリートが走る方向へと飛び出せる。
    「この手のお城は二階と言っても結構な高さがあるけど、みんなは『バベルの鎖』があるから平気へいき! 気にせず飛び降りちゃってね!」
     以降は屋外庭園、城門、下り階段、東欧風街路、噴水広場と場を移しながらの戦いになるらしい。
    「外はしっかり月が出ているから、明かりは気にしなくて大丈夫。だけど――」
     灼滅者達の視線を集めた後、地図の一点、噴水広場に指を置く。
    「戦いが長引いて、ここまで来ちゃったら……」
     痺れを切らしたイフリートが強力なサイキックを使ってくるのだと告げる。
     それは黒煙を撒くような爆発。近くにいる者達を巻き込む苛烈な攻撃だ。加えて、この能力を使うごとにイフリートの破壊力は増していく。
    「でも、――私は必ず勝てるって信じてるから!」
     エクスブレインの少女は、朝に似合う笑顔で灼滅者達を送り出す。


    参加者
    桂・新一郎(ズラな上に桂だ・d00166)
    神元・睦月(縁の下の力任せ・d00812)
    風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)
    先旗・宮古(ハラペコライダー・d01486)
    嵯神・松庵(染めずの黒・d03055)
    門脇・次郎(高校生ファイアブラッド・d05942)
    耶麻・さつき(鬼火・d07036)
    凨之・蘇芳(忍びと信仰の融合・d08851)

    ■リプレイ

    ●奇襲
    「ひゃー……」
     蒼白くも見える月を背に、西洋城の尖塔が影を落している。見上げた先旗・宮古(ハラペコライダー・d01486)の吐息は感嘆の響き。歩きながらそんなことをすれば当然、
    「……っと、あわっ!?」「おわっ」
     街路の瓦礫につまづくのは必至。
     ドン――と、前を行く者の背を押していた。
     不意を突かれた桂・新一郎(ズラな上に桂だ・d00166)は倒れそうになり、かぶっていたソフト帽もずれ落ちる。
    「と、悪いな」「いえ」
     横から支えたのは、淡々とした18歳の女執事。それは本来小学生である神元・睦月(縁の下の力任せ・d00812)が、ESPのエイティーンによって得ている姿だった。
    「わわ、ごめんね! ――っ!」
     謝る宮古の視線が新一郎の頭で止まる。
     後頭部。あらわになったスキンヘッドがそこにあった。
    (「触りたい! ああ、でもっ……そんなっ」)
    「おいこら、頭に気安くさわんじゃねえ」
     一瞬で誘惑に負けていた宮古の手を払い、新一郎がソフト帽をかぶり直す。
     宮古の誤魔化し笑いを見て、見取り図を手に前を歩いていた嵯神・松庵(染めずの黒・d03055)と凨之・蘇芳(忍びと信仰の融合・d08851)も苦笑した。
    「そろそろ静かに行こうかね」
     筒状の黒紙が巻かれた懐中電灯を確かめるのは耶麻・さつき(鬼火・d07036)だ。その促しに、灼滅者達の顔も引き締め直される。
    「ここまで用意して気付かれたら笑えへん。慎重すぎるくらいがええやろね」
     蒼い月光の静寂が戻る中、風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)の白髪を風が揺らした。
     灼滅者達は手にした懐中電灯で足元を照らしながら、城を目指して進んで行く。
    「戦いに支障が出ないのは良いですが、あまり見えすぎるのも――」
     月下。あるのは焼け焦げた壁、道、木々、そして……原形のない黒い塊。
     目を伏せた門脇・次郎(高校生ファイアブラッド・d05942)は胸元で十字を描く。それに気付いた蘇芳も、そっと手を合わせ――祈りを捧げた。

    「これはまた随分と酷いな」
     城内を進む松庵達の前に広がるのは、瓦礫で埋まった通路。
    「ふむ、こちらか」
    「かなり散らかっているはずですから、気を付けてくださいね」
     松庵の指示の下、埋まった通路を迂回。壁の崩れた部屋を通り抜けようとした一同に、城内の詳細を頭に入れていた次郎が水を向けた。懐中電灯で照らせば、確かに室内は、足の踏み場に困る有様なのが判る。
    「俺が先行しよう」
     倒れた戸棚、割れた調度品が無数に転がる部屋へと蘇芳が進み入る。
    「初仕事で忍びの経験を活かせるとは、俺も運がいいな」
     木々を渡る風音が耳に付く。だが、それに激しい音が混ざり鳴ることはなかった。
     そのまま順調に行程を消化した灼滅者達は、イフリートの居す部屋の前へと辿り着く。
     明かりに気を配りながら、室内を覗き込めば――。
     月光の差し込む部屋の中。
     揺らぐ炎を纏った獣が、その身を静かに横たえている。
    「眠っているんやろか?」
    「どうかなー」
    「まあ、気付かれていないのは確かなようだ」
     ならばと、蘇芳が新一郎をうかがう。
     返るのは、分かっているという頷き。奇襲のタイミングは、新一郎に任されていた。
     ソフト帽を取ると、七三分けのカツラを被り、スレイヤーカードの封印を解く。
    「さて、行きますか」
     淀みはない。右に構えたガトリングガンを、イフリートへと向けた。
     同様に封印を解いてサーヴァントを出した睦月と宮古が、真っ直ぐ飛び込んでいく。薫とさつきも続いた。クラッシャーの役割を果たす為にも、ここで遅れるわけにはいかない。
    「天の理よ、開け」
     封印を解除した松庵は、直後に訪れる戦場を予測する。
     それは預言者の瞳による力。
     吼え狂うイフリートが止まる一瞬に、――狙いを定めた。

    ●崩落
    「燃え盛る焔よ、闇に散れ」
     振るうは刀。薫による上段からの一撃がイフリートに迫る。
    「――ちっ」
     刃は届いた。が、それは焔の爪を上滑りする。断ち切るには至らず、傷付けるのみ。
     新一郎によって爆炎の弾丸がばら撒かれる中。睦月の鋼鉄拳が、宮古の炎を纏わせた拳が、それぞれイフリートを強打する。加えて、さつきの龍砕斧による龍骨斬りが叩き込まれた。二機のライドキャリバーである『ライバー』と『黄哉』は突撃を敢行し、蘇芳の神薙刃が敵を斬り裂く風を生む。
     完全に成功した奇襲。確かな手応え。
     だが、それでも。
     イフリートの巨体は確固としてそこに在る。
     咆哮。
     圧倒的な重圧が灼滅者達を襲う。両者を隔てる明確な力量。
     巨獣の四肢が床を踏み締めると、――びしり、と裂け目が走った。崩落までは遠い。だが、無視はできない予兆。そのひとつ。
    「皆様、退避を。炎が来ます」
     警告の声は睦月。
     直後、イフリートが灼熱を吐き散らした。火炎を浴びる苦痛が灼滅者達を襲う。
    「――っ」
     逃れられた前衛は睦月くらいのもの。すぐさま次郎のヒーリングライトや霊犬『天津』の浄霊眼による癒しが飛ぶが、到底、治しきれない。
    「ここだ!」
     瞳の力。距離を詰めていた松庵が、魔杖でイフリートの肩を打ち据える。炎熱を撒く直後を予測した攻撃。そこに隙が生まれることは既に『視えていた』。だが――、
    「やはり、一筋縄ではいかんな」
     流し込んだ魔力により起こされる、内部からの爆発。それは肉を抉り、皮膚を弾き飛ばす。が、イフリートは意に介さず牙を剥く。有効打ではあるはずなのに、相手はそれ以上の強靭さを備えていた。
    「強い、ですね……」
     部屋を見渡す次郎の視界に広がるのは、様変わりした空間。淡い月光の色合いは無く、在るのは炎獄の焔だけ。無遠慮な炎によって延焼し始めた室内は、今はもう、夢境の残片だけが転がる世界。
     肌を焼く熱は想像以上で、油断はないのに恐怖が背中を撫でる。
     その中で、宮古が叫ぶ。
    「君を倒すよ!!」
     闇の刻限。獣の焔が揺れる。
    「最後に……、最後にさ! 一緒に遊ぼう!」
     響くのは真っ直ぐな声音。レーヴァテインの炎が呼応するように噴き上がる。
    「……ったく、元気なもんだぜ。だが確かに、絶望するにはまだ早い」
     新一郎は構えた殲術道具で敵を捉えにいく。
    「それに……ここで倒しておかねえと、不幸な奴が増えちまうだろうしな」
    「これ以上は――、絶ち切らなあかん」
    「暑苦しいなー。ま、嫌いじゃないけどね」
     弾丸の連射はイフリートを怯ませ、死角からの地を這う一閃は足を裂く。膝が崩れれば、それを利用して、上から投げ飛ばす勢いの力が加えられた。――巨体が転がる。頭部が床を擦る。焔が揺れる。
    『――――ァ!』
     鼓膜を打つ狂叫。戦場は火海へと成ってゆく。
     揺らぎ咲く、焔の華。
     吐き出される炎は灼滅者とサーヴァントを襲い、その身を焼き焦がす。立て直すことはできる。それぞれが己を鼓舞し、ときに支えあう。だが、そうすればそうするほど、手数が減る。受ける傷に対して、治す力が圧倒的に足りない状況。そして、その先にあるのは、拭いきれなくなった傷による――死。
     石床を蹴り砕きながら、イフリートは縦横無尽に暴れ狂う。己に纏わり付く者達を振り払うべく、暴虐の焔火を。無数の傷を負いながら、己以外の炎に灼かれながら、衝動のまま、狂う。
     再び訪れる炎熱の制裁。
     立て直しに灼滅者達の動きが鈍る――それを埋めるように、ライドキャリバーで疾走する睦月が、イフリートに迫る。
    「必要なら、作るまでです」
     立て直すのに必要な、少しの、だが絶対的に足りない――時間。
     それを作るのだと、睦月はライドキャリバーを足場に跳ぶ。その勢いを殺さず、バトルオーラを纏った拳でイフリートを、
    「――ッ!」
     理性など残していない獣の瞳が眼前に。闇に堕ちた姿。境界の向こう。灼滅者ならば、誰もが隣り合わせに感じている暗がりを――、睦月は払い穿ち打つ。
     着地。
     屠るには至らない。
     無理な一撃で体勢も悪い。
     視界にはイフリートの爪が見える。
     当たれば死ぬのだろうと、淡々と考える自分がいる。睦月の耳に届くのは、仲間の声と――、聞き慣れた疾走音。手を伸ばせば、
    「――『ライバー』!」
     己が潜在能力の具現化、疾駆する存在に触れ得ることができた。
     半ば身を投げ出すように、睦月は走り込んできたライドキャリバーと離脱。掠めた爪の熱を感じながらも、同時に体の奥を冷たさが伝う。
    「そろそろや!」
    「床が崩れるぞ! 一旦退いてくれ!」
     見れば、床には無数の亀裂。
     限界まで蹂躙された床が、巨獣の重みを支えきれなくなっていた。
     軋む。
     崩れてゆく。
     蘇芳の放つ月光衝を合図に、灼滅者達は退避を始めていた。続けて放たれた次郎のレーヴァテイン。牽制されたイフリートは、狙いすら定めない灼熱を吐き出しながら落ちてゆく。
     轟音と共に焔は階下へ消え、煙る室内は月光に満たされる。

    ●追走
     蘇芳の声が聞こえた瞬間から、やるべきことは決まっていた。
     崩壊する床を避け、外へ。
     未来予測があるのだから、イフリートの先手を取れる。行くべき先を的確に判断した者――さつきが巻き上がる煙を切って駆けていた。
     瓦礫を足場に、崩れた外壁からの跳躍。
     視界に蒼白の世界が開ける。廃墟となった屋外庭園を、月明かりが眩く照らす。
     落下の浮遊感が一瞬。そして加速。
    「――っ」
     着地の衝撃は『バベルの鎖』によって軽減された。
     見上げれば、月下、蘇芳を先頭に飛び降りる仲間達が見えただろう。
     だがそれよりも。さつきは手にした龍砕斧で――。
    「そこぉだあ――!!」
     飛び出してきたイフリートを迎え撃つ。
     雷を纏う斧を下から突き上げ、
     ――肉を裂き、骨を折り、炎獣の巨体すらも浮かせ、
     豪快に振り抜いた。
     焔を散らす炎獣の前へ、蘇芳達が飛び降りて来る。
    「ここからが本番だ。……斬るッ!」
    「……あんさんの残り火、しっかり送ったるさかい、安心して往生してや」
    「被害を広げるわけにもいかん。きっちり倒させてもらうぞ」
     浮かべた無数の小光輪が、吹き寄る焦熱を散らしていく。それでも届く炎熱は、温かな光によって高められた治癒の力で持ち直す。
     倒れた彫像の上で吼えるイフリート。纏う焔が膨れ上がる。だが、もう何処まで己が炎かも判らぬほど、ファイアブラッドの炎が蝕んでいた。それを拒むように、炎獣は月下を駆ける。
     その先へ。
     新一郎のガトリングガンが連射される。荒れ果てた庭園を穿ち、崩れた彫像を削り、ばら撒かれる弾丸。それを避けるイフリートの動きは鈍り、更に蘇芳の神薙刃が進路を妨害する。
    「墜ちた魂よ、その瞳に見た現は生けし地獄か」
     巨躯を受け止め、ヒーリングライトによって己が身を癒すのは――薫。だが、いつまでも押し留められる相手ではない。
    『――――ガァ!』
     炎獣は身を震わせ、巨躯に似合わぬ俊敏さで薫を抜いていく。
     城門へと消えるイフリート。それを、追う。

    「『黄哉』っ!」
     下り階段を、硬質な擦過音が落ちてゆく。それは焔に包まれた二機のライドキャリバー。悲鳴染みた宮古の叫び、その横で、唇を噛む睦月。耐え切れず消滅するサーヴァントに劣らず、ふたりの傷も深い。
    「松庵!」「解っている!」
     前へと出た新一郎が、顕現させた炎翼によって、癒しを重ねる。蘇芳の清めの風も炎を払い、悪化する状況を少しでも食い止めていく。更に、松庵と次郎、それに霊犬『天津』の癒し。それでも、既に消せない傷が限界にきている者がいる。
     手数が減る中、イフリートは焔火を引いて跳ぶ。
     折り返しが続く階段を、高さを無視して跳ね落ち、炎獣は東欧風街路へ。

    ●黒と赤
     ガラスの砕ける音が鳴る。
     かろうじて残っていた窓枠を破砕し、建物の中へ吹き飛ばされたのは――睦月。
     霞む視界にあるのは、焼け焦げた天井。剥き出しの柱は黒焦げで、自分も似たようなものだと、この期に及んで微かな笑いが零れた。
     街路で戦いながらも、避けきれなかった一撃。それでも、やれるだけのことはやっている。残る仲間の力と、動きの鈍った炎獣の力を天秤に掛け――睦月は淡々と結論を出そうとし、そこで意識が途絶えた。

    「……僕も、僕だってがんばらなきゃ!!」
     それは『黄哉』への想いでもあり、共に戦う仲間へのものでもあって。
     満身創痍の宮古は、退かずにイフリートと対峙する。
    「一緒に遊ぶって、そう決めたんだから!」
     炎爪を低くした姿勢でやり過ごし、集束させたオーラを乗せて、拳を叩き込んでいく。
     ――閃光百裂拳。
     宮古の傷は深く、もう余力などなく、それでも動きの精彩は今までにないほどだった。
     連撃がイフリートを打ち据えてゆき、その最後。
    『――――ァァ!』
     今度こそ回避不可能な反撃が来た。
     裂かれた身。その血の量に苦笑しながら、宮古は膝を折る。
    (「……ごめんね、これ以上は遊んであげられないや」)
    「来なさいッ!」
     叩き付けられたのは言葉と光条。瞬間、次郎のジャッジメントレイが闇を払う。
    「いい加減、終わりやがれ!」
     右から左へガトリングガンを構え直す新一郎。放たれる弾丸は弾嵐を生んだ。弾幕の重圧は、手傷の酷いイフリートの狙いを狂わせる。次郎を狙った炎は、夜闇を焼き焦がすだけに留まり、
    「――穿ち、貫け!」
     攻撃の隙を作るに至る。
     松庵は影業の弓を引き絞り、詠唱圧縮された魔法の矢を放っていた。
     高純度の魔力。
     それは、避ける先が判っていたかのように、イフリートへと吸い込まれ刺さっていく。
    『――――ァ』
     猛攻に巨躯を揺らし、街路樹をへし折りながら倒れ込む。――だがそれも瞬間のこと。蝕む炎を引きながら、炎獣は石畳を蹴る。先にあるのは、噴水広場。

     轟いたのは今までに無い爆音。
     猛炎であり、黒煙であり、近付く全てを拒む爆発だった。
     猛り狂うイフリートの咆哮が廃墟に響く。
     前衛で戦い続けた薫とさつきの体は限界が近い。蘇芳と次郎が注意を引くが、効果は薄く、炎獣の狙いは前衛に集中する。倒れる前にと、前衛から下がるさつき。
     止まらない黒煙爆発の中、紙一重の状態で灼滅者達は攻撃を加えていく。
     極限の炎獄。
     黒と赤が支配する世界。地獄でしかないその場所で、
     ――振り上げられた刃が、天に在る蒼月を映した。
     上段からの一刀。
     薫の刀が風を切り、イフリートの爪を断つ。刃が獣の身を裂いて、
    「あんさんが忘れ去った人間の力――」
     焔が夜へと散ってゆく。
    「それは闇にも屈しはしない。冥土の土産に覚えておきなはれ」
     広場に残った激戦の残滓、揺らぐ炎も、次第に消えてゆく。
     ――終わった。
     そう口にしたのは誰だっただろうか。
     意識を取り戻したふたりと合流し、半死半生で疲労困憊の中。
    「また共闘の機会があらんことを」
     笑顔を見せた蘇芳に、その前にしっかり休ませてくれと、全員が笑う。
     戦いを終えた灼滅者達。
     尖塔の影が落ちる廃墟で、ただ静かに、月光が世界を染め上げていた。

    作者:唯代あざの 重傷:神元・睦月(縁の下の力任せ・d00812) 先旗・宮古(ハラペコライダー・d01486) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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