伏見城の戦い~蒼穹を衝く黒曜石

    作者:夕狩こあら

     京都周辺を制圧した安土城怪人勢力が、伏見区に築城した『伏見城』――その城壁には、様々なペナントが風を受けて雄々しく波打っている。
     斯く威容を見れば、伏見城に集結した多種多様なダークネスの様子を伺い知る事ができるのだが、その一つ、
    『黒曜鬼神奮迅』
    『義侠是我道標成』
     鬼の絵が描かれ、画数の多い漢字が並ぶペナントは、天海大僧正勢力から離脱した羅刹達のものだろう。
     裏切り者の自分達が安土城怪人勢力で重用されるには、この軍庭で然るべき戦果をあげねばならぬ――そのような功名心と使命感が、羅刹達の志気を否応にも上げているのだ。
     加えて数多くのペナント怪人と、そのペナント怪人を生産する正社員待遇のレプラコーン達、更にいけないナース達も城でサービスしているとならば、城内の空気は愈々熱気を帯び、来たる時にそれを爆発させるのみ――。
     最早彼等は勝利を確信し、意気軒昂と刻を待つばかりであった。
     
     安土城怪人との決戦準備を行っていた、天海大僧正の勢力から連絡が入った――。
     開口一番、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)の真剣な語調が灼滅者達の炯眼を惹き付けた。
    「決戦準備が整う前に、安土城怪人が侵攻を開始し、京都周辺に攻め寄せてきたみたいッス」
     連中は京都の伏見区に城を築き、戦力を集めているという。
    「安土城怪人勢力は覇気に溢れていて、このままでは天海大僧正勢力が滅ぼされてしまうかもしれないッス!」
     ノビルは更に天海大僧正側の戦力を説明した。
    「天海大僧正はこれに対し、全力で伏見城を攻略し、攻略成功と同時に琵琶湖の敵拠点に攻め込む作戦を行うみたいッスよ」
     敵が戦力を分けたのならば、各個撃破する好機という事――。
    「伏見城の攻略は天海大僧正勢力で行うので、武蔵坂学園には、伏見城の攻略に成功した後、琵琶湖の拠点に攻め込む助力を願いたい、との事ッス」
     つまりは協定による援軍要請。
     これに対し、武蔵坂学園の戦略はこうだ。
    「伏見城へは、天海大僧正の軍勢の精鋭であるスサノオ壬生狼組が投入されるらしく、この戦いは放っておけば痛み分けとなる感じッス」
     伏見城は落城し、スサノオ壬生狼組は壊滅。
     そして伏見城から撤退した安土城怪人勢力のダークネス達は、琵琶湖に向かって合流するという流れだ。
    「天海大僧正の要請に従えば、伏見城の戦いに最初から助力する必要はないッス。
     でも、ここで助力する事で、伏見城から脱出するダークネスを減らす事ができれば、琵琶湖の戦いで有利になるかもしれないんス」
     また、壊滅する筈のスサノオ壬生狼組が生き残れば、琵琶湖の決戦に援軍として参戦してくれる可能性もあるかもしれない。
    「助力の方法は、兄貴達の現場判断に任せる事になるんスけど、琵琶湖への援軍を防ぐ事には充分なメリットがある筈ッス」
     そう言って顔を持ち上げたノビルに、静かな頷きが返る。
    「そこで兄貴らにお願いしたいのは、羅刹達との戦闘ッス」
     日本刀を武器に、神薙使いの技を以て戦う集団――クラッシャー2体、ディフェンダー2体、ジャマー1体、キャスター1体、スナイパー1体、メディック1体――合計8体。
     スサノオ壬生狼組と一緒に戦う場合も、撤退時に襲撃する場合も、この連中と戦う事になる。
    「スサノオ壬生狼組は全滅するまでに敵数を半分まで減らせるんで、撤退する所を襲撃する場合、ダークネスの戦力は半減してるッス」
     途中で救援する場合は、タイミングにより敵の戦力が変わるのだ。
    「また城内戦では敵の戦闘力の1割程度の上昇が見込まれるッス」
     伏見城に攻め込み、素早く敵を撃破し、更に余力がある場合は、レプラコーンやいけないナースなど、非戦闘要員のダークネスを灼滅する事ができるかもしれない。
     また、誰かが天守閣を制圧した場合、城内での敵の戦闘力の上昇は無くなるという。
    「スサノオ壬生狼組は、無理に救出する必要は無いッス。先ずは兄貴達の安全と、そして琵琶湖に敵勢力が合流するのを防ぐ事を優先して欲しいッス!」
     ノビルはそう言うと、
    「ご武運を!」
     と敬礼を捧げた。


    参加者
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    九曜・亜門(白夜の夢・d02806)
    武野・織姫(桃色織女星・d02912)
    逢魔・歌留多(黒き揚羽蝶・d12972)
    七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    天草・日和(深淵明媚を望む・d33461)
    蒼上・空(空の上は蒼き夢・d34925)

    ■リプレイ


     羅刹らにとって守城戦となる此度の戦は、伏見城の器としての堅牢に加え、勝手知る城内――即ち地の利を得た状態で邀撃する有利と、城に満ち満つ軒昂たる士気が否応にも己が武を高め、軍功を上げるに相応しい舞台を整えてくれている様だった。
     そして、今。
     城内に侵入する白き炎――スサノオ壬生狼組もまた屠る首級としては格別か、
    「犬も歩けば棒に打たれるってな」
     掲げるペナントがより雄々しく蒼穹に旗めくよう、黒曜石の角を揃えて相対した。
    「来いよ、犬畜生ッ! その首、貰い受ける!」
     限界まで昂ぶった士気は、殺気と狂気へと昇華して怒涛と成り、喊声を上げて衝突する。
    「愚直に正面から来るたぁ莫迦か、漢か、兎に角誉めてやるよ!」
    「参る――!」
     羅刹の戦陣は、2枚の楯で攻撃を往なすと同時、2対の槍が反撃の切先を衝き入れるという攻防一体の連携技。之に中・後衛の追撃も加われば、強靭を誇る壬生狼士と雖も深傷は免れぬ筈であった。
     然しその刹那、逆巻く衝撃の渦を縫い、猛風を翔る双翼が両者の角逐を破る。
    「な、に――!」
     浅葱色のダンダラ羽織、その影より翻るは新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)と天草・日和(深淵明媚を望む・d33461)。
    「さて、城攻めですね。皆さん準備はOKですか?」
     殺伐たる軍庭に割り入った穏やかな相形が、羅刹の剛腕にティアーズリッパーを走らせながらそう言うと、
    「城攻めとはワクワクするな。捕まったらクッ殺やり放題ではないか」
     ……冗談である、と言を付け足した凛然が五芒星の結界に敵の前衛を足留める。
     突如差し入った鋭撃に羅刹らが挙動を奪われた隙には、逢魔・歌留多(黒き揚羽蝶・d12972)がソーサルガーダーに壬生狼士を癒し、
    「余計な事をするな」
    「そう言わずに」
     同盟など、と嚏を吐く様に、まるで犬だと咲みを隠す。
    (「スサノオ壬生狼衆……ふむ、あの抹香臭い天海大僧正よりはマシな獣臭さですね」)
    「馴れ合いはせぬ」
     一瞥をくれて先行かんとする彼等と共闘――否、同行するだに骨が折れようが、それで構わぬと追撃を駈る武野・織姫(桃色織女星・d02912)と蒼上・空(空の上は蒼き夢・d34925)は疾風迅雷、
    「お馬さんなら上手に乗りこなせるんだけどなぁ」
    「此方から足並み揃えてやろうじゃないか。おう、今日は宜しく頼むぜ!」
     余裕を見せるのも良いとばかり、フリージングデスとレイザースラストの巧みなコンビネーションに力を示す。
     即座に踏み出た羅刹らの防御陣が痛撃に顔を歪めれば、その威力は自ずと知れ、
    「グゥ、ッ……武蔵野の小童が生意気に茶々を入れおって!」
    「貴様らの首も獲ってやらアッ!」
     冴光を放つ日本刀が一斉に閃いたその時――守楯と相成った迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)と七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)が共に刃撃を楔打った。
    「伏見城か……ゆっくり観光したい処やけど、その前に無粋な連中はお引き取り願おか!」
    「天守閣の眺めを拝ませて貰うぜ!」
     祝詞の詠唱と共に展開した除霊結界と、細指が神速に紡ぐ五星結界符――遠近を備えた破魔の結界が無数の刃を拒めば布陣は乱れず、またミナカタが回復に支えれば創痍もない。
    「押しかけ助っ人という事で、まあ、共に参ろうではないか」
     九曜・亜門(白夜の夢・d02806)は相棒のハクより返る欠伸に毎度の如くと柔和を注ぎつつ、細目は犀利に手負いの敵を探し、神薙刃と斬魔刀を切り込む。
     その間隙を許さぬ連撃に敵が後退すると、
    「此は我等が戦ぞ」
     壬生狼士は舌打して言を吐き、刀を構えて驀進した。


     スサノオ壬生狼組の城攻めに加勢する――灼滅者は意見を揃えて戦いに臨んだ訳だが、胸裏に抱える思いは様々。
     織姫は視界一面に迫る鎌鼬に蹄鉄型光輪【Tachyon † ring】を被せて相殺し、
    「前回、天海さんには助けて貰ったし、お返しはしっかりしないと」
     壬生狼士に届く風刃さえ精緻なる軌道に手折る――その気概は闇堕ちも覚悟の上。
     頭上に炸裂する衝撃が轟音と爆風に戦場を揺らす中、地上では悠里が鬼の凶角と相剋し、
    「ここで助けておけば、琵琶湖でも仲間を助けて貰えるかもしれないしな!」
    「琵琶湖、だと……! 貴様、その戦に行けると思うなァ!」
     刀の錆にしてくれる、と振りかぶる腕をペリドットが煌く【風花】に縛した。
     壬生狼士を戦力として次の戦いに繋げる――先を見る少年の炯眼は鋭く、それが戦功を急く羅刹らの焦燥をより掻き立てる。
    「手前ェ等、全員血祭りだッ!」
    「おーおー、煮え滾ってら」
     飄々たる語調ながら、敵の心理を緻密に読み取る空は之に弱体を重ね、
    「まとめて氷漬けだぜッ!」
    「ぐおォッ!」
     八寒地獄の篩に掛け、よりダメージを負う個体を壬生狼士らの刀に預ける機知に富む。
     天海大僧正に信を置かぬ彼は、先の祝勝会の様子から完全に敵と言う判断もし兼ねているのだが、今回に関しては思考を切り離して共闘の姿勢を取っていた。
     一同の歩み寄りは奏功し、戦力では敵が上回る城内戦、その苦境を何とか凌いでいる。
    「グ、オォォッ!」
    「癒しの聖風です。お受け取りを」
     支援に徹する歌留多が壬生狼士をも回復するのは、何も天海大僧正に借りを感じているからではない。傷負い死に行く戦士を見殺しにするかと言えば、厳然と「嫌です」と答えるであろう彼女は、
    「それでは一つ、舞い踊り参りましょうか、いざっ! おうおうまー!」
     迷惑だ、と牙を剥かれても、可憐なる拳の突き上げを止めるつもりはない。
    「今更、同盟如きで敗れる城ではないわ!」
    「一気に畳み掛けてくれる!」
     鬼神奮迅、羅刹らが無双の怪腕を迫り出して来れば、光矢の如く疾く身を添わせた日和は、一際大きな魁偉――隊長に影を重ねると、
    「連携は取れるか」
    「貴様等が合わせろ」
     阿吽の如き短き会話、その声に弾かれた左右の隊士が身ごと進撃する様を見遣り、
    「成程、デレないツンか」
    「そのようですね」
     柔和な笑みを返す七波と共に援護に躍り出た。
    「分が悪い攻城戦は猫の手とて借りたい筈。肉球はありませんが、助力にはなりますよ」
     壬生狼士も灼滅者も、狙いは揃って敵の盾。
     白き焔を宿す斬撃が紅血を噴かせると同時、妖冷弾が血潮に染まりながら羅刹の胴を貫突すれば、次に差し入るは灼罪の光条。
     感情の絆を結んだ灼滅者の固き連環は、繋ぐ攻撃も疾く速く、
    「焼き払え!」
     細指が敵群を薙いだ瞬刻、七不思議奇譚『サイボーグ・カバ』が巨大な口からビームを放ち、胴を寸断して地に転がす。
     本来の攻め手である彼等を立てつつ2枚の楯を落とせば、羅刹らの血相が変わり、
    「貴様等アッ!」
     守りの要を失った怒りの矛先は、此方も楯役。
    「でかい図体、俺より先に倒れんよな?」
    「誰に物を言っている」
    「頼むで」
     炎次郎が紅炎を迸らせて拳撃を迎えれば、犬歯を剥き出した壬生狼士が刀を翻して合わせる。狂気を受け止めた両者の肌に無数の裂傷が走るも、踏み締める足は堅強。
     ミナカタが主を、次いで壬生狼士に浄霊眼を注ぐ中、亜門は抗衡に差し入り、
    「ハクよ、合わせるぞ」
     弾幕を援護に戦場を舞う【連環式七星剣・輪廻】は僅かな挙動も見逃さず、回復を図ろうと翻る敵の手を弾いて歯噛みさせる。
    「オオオヲヲッッッ!」
     凄絶たる三段突きが決まったのはその瞬間で、クラッシャーの1体を斬り捨てた隊長は、纏う浅葱をどす黒い血に染めながら、灼眼を赫々とさせて敵陣を射抜いた。


    「城を獲るは同盟ではない。我等ぞ」
     敵を間違えて貰っては困るという事か――長の勇猛に士気を奮わせた隊士らは更に刀を重ね、深手を代償にもう1体を斬り斃す。その鬼気迫る一閃に死の臭いが掠めるのは気の所為ではない。
    「誰にも城は取らせねェ! 手前の首だけ取らせろ!」
     手勢を半減させたとはいえ、差し違いに隊士を討ち取った羅刹は血に飢えて兇暴に、抜身を翻して驀進し、
    「笑止!」
     之に壬生狼士が鍔を迫り合わせれば、無骨なる武と武が鮮血を躍らせ、床を夥しい血で滑らせた。
    「雄おお嗚嗚おぉぉ!」
    「オオオオオッッッ!」
     まるで消耗戦――。
     空は命を削り合う戦いに介入した覚悟を示すか、繰り出す攻撃も渾身、
    「天海のじじいを信用したわけじゃネェが、今日ばかりは戦友として支えるぜ!」
     鋸刃の回転に敵の防具もろとも肉を裂きつつ、羅刹らの陣形を乱していく。
     彼の機動を捉えんと陣風が背を追えば、颯と割り入った悠里が一縷の創痍も許さず、
    「空はバレンタインが待ってるしな! 怪我させないぜ!」
     幾重に迫る風刃を紅き逆十字に蹴散らした。
     多くの仲間を庇う彼は既に体力を半減させているが、硝子を隔てた眸に宿る闘志は未だ鋭く光を放った儘。
     削られる毎に研ぎ澄まされていくのは炎次郎も同じで、
    「まだや、まだ膝付く訳にはいかんな」
     最早己か敵か、それすら分からぬ血を手の甲に拭いつつ、敵を闇黒に飲み込んで口角を持ち上げる。
     緒戦から加勢するに盾が2枚とは、猛攻を防ぐにやや数が少なかろう――より負担を強いられる事となったディフェンダー陣は亜門が支え、
    「あまり無理はすまいよ、倒れなければ我らの勝ちぞ」
     それは特攻染みた壬生狼士への皮肉もあろうが、宙舞う護符は幽光を以て裂傷を塞ぎ、且つ耐性を与えて援けた。
     この様な一同の立ち回りは攻撃に特化した壬生狼組の進撃を成功させ、討つに難いキャスターを血の海に沈めさせたのだが、功を得る代わり刀を折り、膝折る隊士も多い。
    「狼さんをここで壊滅させる訳には……!」
     己が身をすっぽりと隠してしまう大柄の壬生狼士――その姿をカッコいいと、或いはカワイイと思っている織姫である。打算なき親しみ、守りたいと思う凛然は虹色の魔弾となって中衛に飛び込み、隊士に斬りかかろうとしたジャマーの胴を貫いて倒した。
    「礼は言わぬ」
     窮地を救われた身ながら、フンと鼻を鳴らして敵を見る、その気位も失くすには惜しい。
     苦笑気味に首肯を合わせた一同が、同じ方向に視線を向ければ、敵陣に残るは2体――。
    「クソッ!」
    「狗とガキが意気がりやがって」
     罵声しつつ握る刀に力を入れ直したのも一瞬、羅刹らに逡巡の色が差した気配を読んだか、七波は図星を突いて鋭く、
    「逃がしませんよ」
    「、ッ!」
     迷う爪先が動くより速く黒死斬を滑らせ、今際の痛痒を味わわせる間もなくメディックを斬り伏せる。
     ヒッ、と息を呑むスナイパーに敗北を突きつけたのは歌留多の口上。
    「我が名は逢魔! 逢魔・歌留多! きぃさま達の角、圧し折らせて頂きます!」
     着物の袖を揺らした彼女は両翅を羽ばたかせる蝶の如く、舞を象る影は宛ら黒揚羽。
     繊麗なる躯は羅刹の風刃を颯と交わし、高く天を翔る飛翼――日和に婚星の矢を届けた。
     そして次の瞬間、黒曜石の角を折る鋭撃が、精度を増して墜下する。
    「先を行かせて貰おうぞ」
     弾かれた巨杭は全弾命中――。
    「嗚オオ嗚ヲヲヲッ!!!」
     誇りの角も心臓も、全てを穿たれた羅刹は叫声を裂き、フワリ着地した姫騎士の手に自勢のペナントが握られる瞬間を最後に認めると――虚しく闇に散った。


    「壬生狼組がここで死力を尽くすって事は、琵琶湖決戦の助力として俺達を信じてくれているって事だろ?」
    「小僧、骸が語ると思うな」
     此処で終わる筈だった命が、次に待つ戦を語る筈がない――。
     刀の柄に手を掛けたまま天守閣へと走る壬生狼士隊長の返答に、悠里は侍染みたものを感じつつ背を追う。戦力としては精強で頼もしいが、如何せん御し難い相手には違いない。
     壬生狼組の損耗を抑えて戦闘に勝利した一同は、羅刹らを駆逐した後に天守閣を目指したのであるが、制勝を得て尚胸騒ぎが止まらぬ――その直感は正しい。
    「もっと混乱しているかと思ったが……」
     ゴーグルの下の青眼は索敵に周囲を巡りながら先を進むが、斯くも進み易い進軍に別の戒心が沸き立つ。
     敵味方入り乱れる筈の窮屈と混雑がない――。
     非戦闘員の対処について練り合っていた彼等は、幾分肩透かしを喰らった気分で、
    「何や連中は既に退避しているみたいやな」
     炎次郎に肩を貸した空は、彼からも同じ懸念が返る事に焦慮を濃くしつつ、上方を仰ぎ見た。
    「他の部隊が先に制圧していたら、勝鬨の声か、旗が翻っても良さそうですが……」
     味方の傷を癒しつつ、歌留多が聡い耳を澄ませて言う科白が愈々不安を現実にする。
     城を昇りきったそこには――。
    「――ッ」
     辿り着いた先、天守閣には学園の仲間こそ居たものの、此処を守るダークネス達は既に撤退済みで、完勝を得たとは言い難い。
    「遅かったか……」
     景を見る亜門の面差に影が差すのは、疲労の所為ではなかろう。
     サーヴァント2体を失い、ディフェンダーを消耗したながら、一同の戦陣は悪くなかった。撤退条件を摺り合わせ、歌留多に於いては退路の確保もしていた点も優秀であった。
     惜しむらくは『戦闘後に余力があれば天守閣を狙う』という機動の遅さ。城攻めの要である天守閣は、『戦闘中に落とす』のが上策で、若しか天守閣の制圧に特化した機動部隊――敵の戦力が大いに削られた頃合に、壬生狼組をも顧みず頂を攻めるチームがあれば大金星も得られたろうが、誰かが、ではなく、自分達の掌にそれが掴めなかった悔しさはあろう。
    「逃げていく敵をここから見るなんて……」
    「退路を断ち、残兵を討つ隊があれば戦力を削げたろうが」
     高みより見る黒叢の足の速さは、即ち取り逃がした獲物の大きさだ。
     幾分か余力のある織姫と日和は、そのまま翼となって矛を衝き入れたい位であるが、今はただ眺めるしかない身がもどかしい。
    「雌雄を決するは琵琶湖、ですね……」
     真黒き長蛇の列を成す敵勢、その進む先を見詰めた七波が吐息に混ぜて言う。
     天海大僧正勢力は武蔵野学園の援軍により精鋭のスサノオ壬生狼組の減衰を抑え、対する安土城怪人側は伏見城を失うも、非戦闘要員も含め、手勢に大きな損害を被ることなく撤退に成功した――。互いに戦力を保持したまま終えた伏見城の戦いは、琵琶湖の戦いに決着を置いた様だ。
     その刻とて、遠い筈もない――。
    「必ずこの目で、この手で」
     迷いなく決着をつける為に、肩を落とすではなく、強く拳を握り。
     戦闘を終えて尚も昂ぶる灼滅者達の闘志は、黄昏の陽を浴びて益々燃ゆる様だった。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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