伏見城の戦い~緑茶の香りをまとう戦城

    作者:夏雨

     安土城怪人の本拠地を制圧するという天海大僧正の企てを挫くため、安土城怪人は京都に軍勢を向かわせた。配下であるご当地怪人、羅刹、武者アンデッド、いけないナース、レプラコーンたちの軍勢は京都周辺の制圧に乗り出し、京都の伏見区に『伏見城』を築城するまでに至った。
     すでに要塞と化している伏見城。戦旗のように掲げられたペナントが城壁のあちこちにあり、中には天海の元を抜けた羅刹のものと思われる暴走族のような意匠のペナントもある。
     城の一角にある中庭に面した茶室。その茶室には、若草色の着流しを着こなし、茶の葉の形を模した仮面をつけた3人組の姿があった。

    「土山茶!」
    「朝宮茶!」
    「政所茶!」
    「我ら、3人そろって――」
    「近江銘茶怪人!」
    「近江の緑茶は――」
    「世界一!」
     互いの湯のみを掲げて乾杯し合う3人のご当地怪人。
     自身の勢力の勝利を確信し、城内には浮かれ騒ぐ者たちの姿も目立つ。
    「天海大僧正もこれで終わりよ! 京都に近江の銘茶を知らしめるのだ!」
    「ふはは! 皆に勝利の茶を振る舞おうではないか」
    「邪魔をする者には、熱々の政所茶を流し込んでくれるわ!」


    「安土城怪人たちとの決戦準備を進めていた天海大僧正から連絡があったんよ」
     同盟相手でもある天海大僧正から援軍要請があったと、暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)は教室に集められた灼滅者たちに現状を説明する。
     天海大僧正は京都の拠点を捨て、安土城怪人の本拠地がある琵琶湖で勝負を決する覚悟であったが、安土城怪人勢力の勢いは予想を上回り、京都周辺を手中にした軍勢の勢いは増すばかりであった。琵琶湖の拠点を制圧できたとしても、天海大僧正の勢力は滅ぼされる確率が高い。
    「そこで武蔵坂学園の出番という訳なんよ。天海の勢力は京都の伏見城の攻略に全力を傾ける。天海のとこの精鋭のスサノオ壬生狼組も向かうみたいだね。伏見城の攻略後、君らには主力となって琵琶湖での決戦に挑んでもらいたいらしいんよ」
     天海からの要請は琵琶湖での戦いに参戦してほしいというものだが、伏見城での戦いを放任した場合、伏見城は落とせるが壬生狼組は壊滅状態となるだろう。
    「安土城怪人たちの勢いを削ぐために、伏見城に向かってほしい。壬生狼組に手を貸せば、琵琶湖での戦いの戦力にもなるかもしれんよ」
     結人は真剣な表情で敵情について話す。
    「壬生狼組に最初から同行するなら、かなりの激戦になるはずだよ。壬生狼組に突入を任せて加勢するタイミングを図る手もあるし、城から撤退しようとする敵を待ち構えて戦う手段もある。予測で見えた敵の中には、ペナント怪人や近江銘茶怪人なんてのがいたね」
     これから向かう先に待ち受けるであろう近江銘茶怪人3人衆。複数のペナント怪人を手下に持つ土山茶怪人、朝宮茶怪人、政所茶怪人は、巨大な横手の急須をハンマーのように振り回し、急須から湧き出る熱々の緑茶を鉄砲水のように溢れさせて攻撃を行う。
     伏見城の天守閣制圧に成功すれば、敵全体の戦意を喪失させることにもつながるが、敵も相当な戦力を注ぐはず。天守閣での戦いは混戦となるだろう。
     「き、キヲ、気をつけて……」と何やら言いかけて口ごもる結人は咳払いをしてごまかすが、その表情は無駄に紅潮している。
    「し、心配してない、けど……とにかく、無茶はしないように! 琵琶湖に安土城怪人の軍勢が引き返すことだけでも防げれば充分だし」


    参加者
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    鴻上・巧(氷焔相剋のフェネクス・d02823)
    三隈・樹燕(五家宝ヒーロー見習い・d03842)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)
    透間・明人(負け犬が如く吠える・d28674)

    ■リプレイ


    「敵襲! 敵襲ー!」
     城の正面側では、すでにスサノオ壬生狼組に同行した者たちが戦闘を始めている。いくつもの怒号が聞こえてくる戦闘域に背を向け、一行はその裏側へと回り込む。
     透間・明人(負け犬が如く吠える・d28674)はビハインドの盾の手を借り、頭上高くそびえる城壁の更に上へと飛びつく。『壁歩き』の能力を利用した明人の両足は、しっかりと城壁を踏み締めた。
    「敵は一か所に集中しているのでしょうか?」
     戦闘の喧騒は遠ざかっているものの、色射・緋頼(生者を護る者・d01617)はサウンドシャッターを展開して周囲を警戒する。
     久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)は明人と同じく壁を歩く八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)の姿を見上げ、
    「気ぃつけてなぁ。わたしらも見張ってるから」
     ウイングキャットのイカスミと土塀のやぐらの向こうの様子を気にかける。
     ごつごつとした石垣の上に垂直に立つ日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)も、両手の登山用のピッケルを使って城壁の上を目指す。四つん這いのような態勢になってピッケルを打ち付け、足元が不安定にならないよう踏ん張りながら一気に登り切ると、瑠璃はやぐらの屋根の向こうへと降り立った。空飛ぶ箒から着地した鴻上・巧(氷焔相剋のフェネクス・d02823)は、
    「さて、見つからないようにしませんとね」
     瑠璃と共に他の者の侵入を助ける縄梯子を準備する。
     縄梯子の投下を地上で待つ忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)は、城壁の影から1歩踏み出した人影にいち早く反応した。
    「誰!?」
     玉緒たちの存在に気づいた淫魔の『いけないナース』の1人が悲鳴をあげると、それが後に続いてやって来た複数のナースやレプラコーンたちにも伝播する。
    「きゃああああっ!」
    「ちょっと誰よぉ! こっちに逃げれば大丈夫って言ったのは!?」
    「ま、待って待ってままままま……見逃してっ!」
     壁を登る途中に立つあきは地上を見下ろし、戦々恐々となる淫魔たちに向かって言い渡す。
    「今後、灼滅者と天海に敵対しないなら見逃してあげるよ」
    「逆らうなら容赦出来ませんよ」
     緋頼はそう言ってダイダロスベルトを波打たせ、攻撃の構えを取ってみせる。
    「もちろん、邪魔しないよね?」
     侵入経路の確保を担う者たちを守るため、三隈・樹燕(五家宝ヒーロー見習い・d03842)は淫魔たちをけん制する。
    「何ですって? とんだ甘ちゃんね――」
     逃げ腰で悪態をつく淫魔もいる中、明人はやぐらの屋根の上から盾と共に容赦なく攻撃を放つ。盾の『霊障波』が地面をえぐり、明人の操る影に襲われそうになると、淫魔たちはクモの子を散らすようにその場から逃げ去った。
     縄梯子が地上へと降ろされ、明人は昇るように促す。
    「さあ、はやく中へ進みましょう」


    「天海の犬共がっ! この城は渡さんぞ!」
    「ふはははっ! そんな棒切れなど、へし折ってくれるわ」
    「近江のパワーの前にひれ伏せぇぇぇぇいっ!」
     近江銘茶怪人たちを相手に奮闘するスサノオ壬生狼組の4人。城内に踏み込んだまではいいが、敵の士気の高さに押されつつある。城の中庭で交戦状態のスサノオを見つけた8人は、怪人側の隙を突き敵陣へと攻撃を放つ。
     積極的に攻勢に出ていた配下のペナント怪人たちと共に、土山茶、朝宮茶怪人の体は冷気に包まれる。その凍てつく温度を感じた瞬間、怪人たちの体は凍り付く。
     氷の魔法を操る巧と玉緒に続き、瑠璃は結界を展開して周囲を覆う。
    「変身!」
     カードの開放を唱えた雛菊は、紫の装甲を身にまとい、ご当地ヒーロー『シーアクオン』の姿となって敵陣に切り込む。凍結に加えイカスミの魔法によって動きを封じられ、朝宮茶怪人は雛菊の攻撃を受けて激しく突き飛ばされる。
     突如封じ込まれる怪人たちの動き。反応する間もなく、緋頼のダイダロスベルトがペナント怪人らの体に瞬く間に巻き付いた。
     緋頼はスサノオたちに呼びかける。
    「灼滅者の役割を果たすと致しましょう。わたしたちも加勢します」
     続々と姿を見せる灼滅者たちに対し、スサノオの1人は冷たくあしらう。
    「灼滅者……我々に恩を売り付けに来たか」
     「どう思うかはあなたたちの勝手よ」と、玉緒はダークネス相手に苦い表情を隠し切れずに言い添える。
    「私たちは約束を果たすだけよ」
    「おのれ、灼滅者――!」
     土山茶怪人は1度は拘束から逃れたが、樹燕の放つ攻撃にさらされる。
    「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす!」
     日本三大茶の謳い文句と共に放つ樹燕の手裏剣は次々と命中し、同時に爆発する一撃で怪人たちを苦しめる。
    「てことで、狭山茶が一番だよ? 同県として譲れない」
    「抜かしおって、小童がっ!」
     うぐいす色の巨大な急須を構え、政所茶怪人は樹燕に狙いを定める。
     口から大量の湯気を一気に発散した急須は、消火栓のホースのように勢いよく緑茶を噴出させる。
     熱々の緑茶でスサノオたちもびしょ濡れになる中、明人はそれを避けて怪人の1人に刃を向ける。
    「その程度ですか?」
     ペナント怪人の1人は盾の『霊障波』を受けてひるみ、明人の一撃をまともに食らった。
     あきはダイダロスベルトを操り、負傷したスサノオの体を包み込む。
    「あなたたちのボスには美味しい精進料理を振る舞ってもらったからね、そのお礼だよっ!」
    「我々の邪魔だけはするなよ――」
     スサノオはあきの方を一瞥すると、再度ペナント怪人へと斬りかかる。
    「覚悟!」
     スサノオたちに遅れを取らないように、煮えたぎる緑茶の温度を冷ますためにも、瑠璃は怪人たちに速やかに冷気を送り込む。
    「熱すぎますよ、それに湯冷めしちゃうじゃないですかー」
     白磁の巨大な急須に一瞬にして生える霜を振り払うと、
    「無駄なことを。我々の熱き近江の銘茶はいくらでも沸騰し続ける! 喝っ!」


     朝宮茶怪人の体は緑茶色のオーラに包まれた。3人の巨大な急須からあふれる緑茶の香りと湯気が、更に周囲に広がっていく。
     すでに2人倒れているペナント怪人を跳び越えて、巧は残る配下の怪人を先に狙う。
    「レインディアキック――」
     滑走するエアシューズのスピードに乗り、巧の放った跳び蹴りは、
    「彗星刃……斬蹴!」
     聞くに堪えない衝撃音と共にペナント怪人を庭園の植木ごと薙ぎ倒した。
    「ええーい、調子に乗るな! 貴様らなど出がらしのように打ち捨ててくれるわっ」
     蒸気の漂う庭園で相対する一同。土山茶怪人は吠えながらも相手の出方を伺う。
     土山茶怪人が赤褐色の急須の持ち手を握り直した途端に、一層濃い水蒸気が急須から吹き出し、視界を遮った。
     樹燕に向かって振りかぶった土山茶怪人だったが、玉緒は体を張ってその攻撃を受け止める。玉緒は地面を転がりながらも瞬時に反撃の構えを取り、土山茶怪人を斬り裂こうと迫る。
     玉緒に続く雛菊は、怪人のそれっぽい口上に対抗するように、
    「明石の明石焼きも、いつまでもふわふわであり続けるんよ!」
     足元から伸びる雛菊の影は鮫の形に変化し、イカスミと共に戦線を駆ける。
    「宇都宮ぎょうざの羽も、いつでもぱりぱりであり続ける!」
     回復支援に努めながら、あきは宇都宮へのご当地愛を込める。
    「熊谷の五家宝も、最高のおやつであり続ける!」
     樹燕もご当地への愛を掲げて攻め込み、ペナント怪人の1人に向かっていく。
    「これでとどめ! 五家宝キック!!」
     3人目のペナント怪人が樹燕の強烈なキックにより宙を舞い、ただのペナントだけになって地上に降りた。
    「天海の犬共に、灼滅者如きに負けられるかっ!」
     政所茶怪人が緑茶を放水し、朝宮茶怪人も続いて放水を開始した。
    「熱……っ!」
     熱湯をまともに浴びた緋頼に向けて、瑠璃は自らのオーラの力を集中させる。
    「いくら緑茶に美肌効果があっても、熱湯では逆効果ですよー」
    「ええ、本当に……」
     ずぶ濡れになった緋頼は顔をしかめつつも、冷静に相手の動きを読んで応酬する。
     朝宮茶怪人は瞬時に飛ぶように迫る緋頼に圧倒されるが、急須を盾にして攻撃を吸収しようとする。緋頼はそれを意に介さず、急須ごと蹴り砕く勢いで炎をまとった蹴りを放つ。衝撃で押し返されるだけにとどまらず、鋭く張り巡らされた純銀の糸によって切り裂かれる体。
    「ぐぅ……っ、何というおなごだ」
     朝宮茶怪人は仮面の下の目を見開き、緋頼の射程から後退する。
    「そんな緑茶で止められると思わない方がいいよ!」
     そう言う樹燕は周囲の者に視線で示し合わせると、機敏な動きでヒット&アウェーを繰り返して朝宮茶怪人を翻弄し、相手に隙を生じさせる。そこへ巧の槍から放たれる一撃が朝宮茶怪人を捉え、怪人の体は宙へと突き上げられた。透かさず雛菊は怪人につかみかかり、パイルドライバーの構えで朝宮茶怪人の脳天を地面に叩きつけた。その瞬間、特撮ヒーローの演出そのものの大爆発が巻き起こり、朝宮茶怪人は力尽きた。
     黙々とあがる白煙の中には、ボロボロになった急須の残骸だけが残されていた。同胞を討たれた銘茶怪人の2人は怒りに震える。
    「おのれええええ! よくも朝宮茶を――!」
    「観念するがいい。貴様らの首、もらい受ける!」
     前に出るスサノオたちに向けて、「援護します!」と巧は呼びかけ、氷の矛先を生成する槍を土山茶怪人に向け、狙いを定める。
     巧の槍から放たれた氷の切っ先が土山茶怪人の体を貫き、スサノオたちも次々と怪人に刃を向ける。
    「愚かな犬共め……灼滅者相手にしっぽを振るとはなっ!」
     その一言で、スサノオの1人は転じて政所茶怪人に刀を向ける。
    「見くびるな。我らは主命に従っているまで。馴れ合いはこの者たちの得手勝手だ」
     複数のスサノオたちをけん制することに集中していた土山茶怪人は、忍び寄る明人の影の刃に仕留められる。
    「ぐふっ……無、念……!」
     遂に土山茶怪人も倒れ、ペナント怪人の2人と政所茶怪人が残された。
     最初からダークネスとの共闘に嫌悪を抱いていた明人。残る怪人たちを見据えて、ひとりつぶやいた。
    「その主命とやらの馴れ合い、とっとと終わらせましょうか……」
    「さあさあ、皆さん。一気にやっちゃってください」
     瑠璃は霊力を込めた光を操り、あきと共に皆の支援に専念する。
     数で劣る政所茶怪人の奮戦は最後まで続き、華々しい散り際が訪れた。
    「近江、の……銘、茶よ……永遠なれっ!」
     力尽きた政所茶怪人は緑茶色の爆炎に包まれ、跡形もなく散った。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ