伏見城の戦い~鎧武者の防城

    作者:宮下さつき

     京都府伏見区。城下町の趣を残し、現在は多くの人が住んでいる。
     そこに今、あるはずの無い伏見城がそびえ立っていた。
    「マッサージはいかがですか? わたくしが癒して差し上げますぅ」
    『気持ちはありがたいが、遠慮しておこう。我が身に揉みほぐす所なぞ無いしの』
     艶やかな武者鎧を着たアンデッドが笑いながら言えば、近くに居た武者達も釣られてからからと骨を鳴らす。
    『そう浮かれるでない。セイメイ殿の為にも、早く畿内を制圧せねば』
     淫魔を下がらせ、たしなめるように言うが、その声色はどこか楽しげだ。
    『――立派な城だの』
     外を見やれば、戦力を誇示するかのように、城壁に沿って無数のペナントがはためいていた。
     
     灼滅者達が教室に集まった事を確認するなり、園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)は眉尻を下げた。
    「天海大僧正の勢力より、連絡がありました。決戦の準備が整う前に、安土城怪人の方から京都に攻め込まれてしまったようなんです……」
     既に安土城怪人の勢力は伏見に城を築き、戦力を集めている。勢いに乗っている彼らに、天海大僧正勢力が痛手を負うであろう事は想像に難くない。
    「これに対し、天海大僧正は『伏見城を攻略し、攻略成功と同時に琵琶湖の敵拠点に攻め込む』……という作戦を行う、と」
     敵が琵琶湖と伏見に戦力を分けたならば、各個撃破する好機、という事だろう。伏見城を放置すれば、琵琶湖を急襲して勝利したとしても、拠点を移して立て直してしまうかもしれない。そこで、協定による援軍の要請だ。
    「伏見城の攻略を天海大僧正勢力で行うので、武蔵坂学園には琵琶湖の拠点に攻め込む助力をお願いしたい、との事でした」
     天海大僧正の要請に従うなら、伏見城の戦いに最初から助力する必要は無い。だが、ここで助力すれば、伏見城から脱出するダークネスを減らす事が出来る。
    「伏見城へは、天海大僧正の精鋭、スサノオ壬生狼組が投入されます。学園が介入しなければ、痛み分け……落城はしますが、スサノオ壬生狼組は壊滅、安土城怪人の軍勢が琵琶湖に撤退して合流……という状況になります」
     琵琶湖への援軍を防げば、後の戦いが有利になるかもしれない。また、壊滅するはずのスサノオ壬生狼組が生き残れば、決戦時に援軍として参戦してくれる可能性もある。
    「皆さんに担当して頂くのは、武者アンデッド5体です。うち1体は強力な力を持ち――、以前、北征入道の元にセイメイが送り込んだのと同じですね。天星弓相当の技を使い、今回はメディックとして後衛に居るようです。あとはクルセイドソード、断罪輪相当の技を使うのが2体ずつ……です」
     もちろん戦闘に加わるタイミング次第で、戦力も変わる。ただ、気を付けて欲しいと槙奈は続けた。
    「伏見城の中で戦う場合……敵の戦闘力の上昇が見込まれます。誰かが天守閣を制圧すれば、この戦闘力の上昇は失われるようなのですが……」
     だが、デメリットばかりではない。
    「もし伏見城に攻め込んで、敵を倒した後に余力があれば。非戦闘要員……レプラコーンやいけないナース、ですね。も、灼滅する事が出来るかもしれません」
     そう言いつつも、無理はしないでくださいね、と付け加える。
    「ダークネス同士の抗争に手を貸す事に、色々と思う所もあるかもしれませんが……よろしくお願いします」


    参加者
    天津・麻羅(神・d00345)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)
    高嶺・楠乃葉(餃菓のダンプリンフィア・d29674)

    ■リプレイ

    ●扱い辛い共闘者
    「断る」
     灼滅者達が同行する事になったスサノオはフンと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
    「だ……駄目かな?」
     困り顔で高嶺・楠乃葉(餃菓のダンプリンフィア・d29674)が再度首を傾げて問うが、馴れ合いはしないとの一点張りだ。
    「馴れ合いとかではなくてですね、奇襲は……」
    「助太刀はありがたいと思うが、指示は受けん」
     戦術の説明に不備が無くとも、そもそも壬生狼にはこちらに協調する姿勢が無いのだと悟り、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)は肩を竦めて仲間を振り返る。これには仲間達も苦笑いを浮かべるしかない。
    「無理に、壬生狼の服……でなくとも」
     微妙な空気を打ち消すように発せられた、たとえダークネスであろうと相手の意思は尊重しようという桃野・実(水蓮鬼・d03786)の言葉に、天津・麻羅(神・d00345)も頷いた。
    「わしに隠れれば良かろう。メンチも一緒じゃぞ!」
     少女の肩からひょっこりとウィングキャットが顔を覗かせる。同じく変身の予定が無かった伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)も、壬生狼でなくとも作戦に支障は無いだろうと判断し、服の裾を広げた。
     結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)が隣に立つ森沢・心太(二代目天魁星・d10363)を見上げれば、その視線だけで察した彼は安心させるように微笑む。
    「ここは天津様にお願いしましょうか」
     蛇へと姿を変えた二人を、シルバータビーの毛並がふわりと包んだ。
    (「壬生狼組と交流……出来るのかな?」)
     未だに天海を心の底から信用する事は出来ないのだけれど。複雑な思いを抱えたまま、大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)は犬の姿へと変じ、屹立する伏見城を見上げた。

    ●鎧武者との開戦
     そこかしこで戦闘の始まった城内を駆け、麻羅が望楼へと続く小広間の襖へと手を伸ばした。しかし、開ける前に壬生狼と蓮太郎が蹴破り、吠える。
    「覚悟せよ、武者ども!」
     部屋の最奥では、まるで待ちわびていたかのように、女武者と配下達がこちらを向いて立っていた。
    『天海の所の壬生狼組が、灼滅者と一緒とはな』
    「フン、このガキどもが勝手について来ただけだ」
     刀に手を掛けた壬生狼に向かって、剣を持つ武者が1体だけ突出する――が、
    『――待てッ!』
     動物変身を解除し、灼滅者達が一斉に飛び掛かるよりも僅かに早く、女武者の制止の声が響いた。直後に動いた他の配下に庇われ、どれも決定的なダメージには至らない。
    「気付かれた、か」
    『頭数を少なく見せたつもりだろうが……、これだけ多くの灼滅者が攻め込んでいる状況だ、どこぞに潜んでいてもおかしくあるまい』
     伏兵への警戒。周囲でいくつもの戦闘が発生している攻城戦という特殊な状況下では、期待通りの効果は得難かったようだ。
     ならば真っ向から勝負するのみと即座に体勢を整え、小次郎は絡繰人形の腕を振りかぶる。
    「全員、ディフェンダー」
     冷静に配下の布陣を見極め、実は力強く踏み切る。斬撃のように鋭い飛び蹴りが炸裂し、武者が後方へ吹き飛んだ。
     キィ……ン
     彼の着地より先に、武者の剣が薙ぐように振るわれたが、霊犬のクロ助が咥えた刀で受け止める。鍔迫り合いとなったところに、静菜のダイダロスベルトが音も無く割って入った。
    「今回は思いっきりこちら側の味方です。お覚悟を!」
     凛とした声で言い放った静菜に、矢尻が向いた。
    「静菜さん!」
     放たれた矢を、心太が身を挺して受ける。
    「しんちゃん……!」
     大丈夫だと言うように口の端を上げ、血が伝う腕を力いっぱい振り抜いた。堅固なシールドを叩き付けられ、武者の怒りの矛先が心太へと向けられる。
    「シロ、行くよ!」
     心太の傷を塞ぐ彩の陰から霊犬のシロが飛び出し、放った六文銭は鎧に覆われていない顔の中心に直撃した。すかさず壬生狼が間合いを詰め、抜刀。武者の弦走に、大きな傷を刻む。
    「ッ、仕損じたか」
     まだ倒れぬ武者に舌打ちをする壬生狼の脇を、チョコ餃子怪人のダンプリンフィア、もとい楠乃葉が走り抜けた。敵の合間を縫うようにエアシューズを滑らせ、甘い匂いを孕んだ熱風が吹き荒れる。
    「必殺! 神ビ~ムッ!」
     麻羅は大きな瞳をカッと見開き、駄目押しとばかりにビームを撃ち込んだ。シュウシュウと生木を炙ったような煙を上げ、武者が頽れる。壬生狼は灼滅者達を横目で見やり、呟いた。
    「……この程度で恩に着ないからな」
    「倒すべき敵と戦っているだけだ。『この程度』で恩を着せたりするか」
     とはいえ壬生狼組と肩を並べる日がくるとは思わなかったが、と独り言ち、蓮太郎の投げた手裏剣は目で追えぬ速さで敵の足元に突き刺さった。後ろに飛び退いた1体を除き、爆ぜた手裏剣の餌食となる。
     爆風の中、実はぎゅんと空気を切る異音を聞き逃さなかった。小脇差を水平に掲げ、仲間へと迫る断罪輪の刃を弾く。
    『まったく、セイメイ殿が手を焼くのも頷ける』
     ぱん。小気味良い音に反し、峻烈なまでの矢が前衛に降り注いだ。

    ●ダークネスは盟友となるか
    「それは褒め言葉だと、受け取っておきます」
     ディフェンダーが庇い切れなかった矢に貫かれながらも、静菜は踏み込んだ。仲間に絶大な信頼を寄せているからこそ出来る事だが、元より回復手段など持っていない、攻撃あるのみだ。
    「みんなは、わたしが守るっ!」
     彩の背に顕現した不死鳥の翼に温かく包まれ、静菜のマテリアルロッドが、武者をしたたか打ち据えた。流し込まれた魔力で、鎧に亀裂が走る。
    「この地の民を誑かす、邪神め、がっ!」
     鎧の脆くなった箇所に手を掛け、麻羅は自身の背丈より優に大きな武者を投げ飛ばした。武者は辛うじて受け身を取ったものの、心太の電気を帯びた拳に追撃され、壁に叩き付けられる。派手に響いた何かが壊れる音は、壁か鎧か、それとも骨ばかりの身体か。
     それでもなお灼滅者へと切っ先を向ける武者の、既に防具としての意味を成していない鎧に、艶やかな朱に彩られたエアシューズがめり込んだ。炎に包まれる武者に一瞥をくれ、小次郎は次の敵へと向き直る。
     蓮太郎は武者の断罪輪による斬撃を手甲で往なしていたが、執拗に斬りつけてくるそれに押されつつあった。
    「蓮太郎ちゃん、今行くのよっ」
     ダン! 板張りの床を蹴り、楠乃葉が跳躍した。遠心力と少女の全体重が掛けられた斧は、ファンシーな見た目に反し重厚な質量を以て、敵の脳天に振り下ろされる。兜が真っ二つに割れたのを合図に、これまで援護に徹していた彩が拳を固く握った。剥き出しになった頭部に、オーラを纏った拳を叩き込む。
     あと一歩。壬生狼の刀が武者を斬り捨てようとした刹那、女武者の矢が癒しをもたらした。
     ――臨・兵・闘・者……
    「ぐっ?!」
     力を取り戻した武者が素早く九字を切り、壬生狼が呻く。一瞬だけ出来た隙を狙い、もう1体の武者が断罪輪を振るった。
     だが刃が切り裂いたのは壬生狼でなく、心太の肩口であった。
    「何故俺を庇っ……!」
     これが終わったらどうなるかわかりませんが、と前置いて
    「今は仲間ですからね。防御は任せてください」
     穏やかな笑みを向けられ、壬生狼はばつが悪そうに目を逸らす。
    「敵の攻撃に、怯まないで」
     ふわり。柔らかな風に傷口を撫でられ隣を見れば、実の真っ黒な瞳と視線がかち合った。
    「言われなくとも。……灼滅者も、多少は使えるようだな」
    「素直じゃないな」
     呆れたように言いつつ、蓮太郎は回復手の行動を阻害すべく、縛霊手の祭壇を展開した。同時に、前で戦う壬生狼の剣筋にも意識を向ける。いつか彼らとやり合う日がくるかもしれない事を、忘れてはいない。
     静菜が華奢な腕を異形に変化させて殴りつければ、今度こそ武者は動きを止めた。
    「あと一息じゃ!」
     麻羅が真っ向から繰り出すジャンプキックに気を取られた瞬間を見逃す事なく、小次郎は死角からスターゲイザーを放つ。正確に武者の首を捉え、ごきりと鈍い音が響いた。メンチも尻尾のリングを光らせ、灼滅者達を援護する。
    「吼えよ、龍鱗餃……神霊剣!」
     横薙ぎの一閃。楠乃葉のダンプリングドラグーンが胴体を突き抜け、武者が地に伏せた。
    『一度ならず、二度までも我の配下を……』
     そう言いながらも、女武者の声色はどこか楽し気であった。再び、無数の矢が放たれる。

    ●武者達の最期
    「二度でも三度でも倒そうぞ。邪神を成敗するのも神の務めじゃからの!」
     仲間の盾となり傷だらけになろうとも、麻羅は誇らしげに叫ぶ。女武者はメンチの肉球を避けて矢をつがえるが、射るより先に小次郎の脚から迸る炎が、大袖を焼いた。実のセイクリッドウインドが仲間を優しく包む中、静菜の生み出した暴風は刃となり、女武者を斬りつける。
     ここに来て初めて、女武者は癒しの力を自身に使った。戦いの流れが自分達にある事を確信し、心太が鬼神の如き膂力で殴りつける。
     楠乃葉も、前に駆けた。投げ技へと持ち込もうと伸ばした手を寸での所で躱されるが、攻撃を引き継ぐように壬生狼が摺り足で割り込んだ。女武者の鎧を、壬生狼の刀が突き抜ける。だが。
    「壬生狼ちゃん!」
     壬生狼の背からも、血が噴いた。至近距離で射られた矢が貫通し、腹部に風穴が空いている。彩のソーサルガーダーが、シロとクロ助の浄霊眼が、癒しをもたらす。
    「構うな、やれ!」
     壬生狼の声に蓮太郎は前を見据えたまま頷き、
    「その骨身、微塵と砕いてくれる!」
     影を、伸ばした。艶やかな鎧に食らいついた黒は、咀嚼するように女武者を押し潰す。
    『……セイメイ殿には、申し訳ないが――』
     ――奴らとやり合えて、楽しかった。ぽつりと呟き、女武者の姿が掻き消えた。

    「戦闘力の減衰は感じられなかった。天守を目指そう」
     小次郎の言葉に、灼滅者達は頷く。半数以上がディフェンダーに就き、回復の手厚い構成が功を奏し、一人として戦闘不能者を出していない。連戦には十分耐えうる。
    「一緒に行ってくださいますか?」
    「当然だ」
     静菜が問えば、壬生狼も頷いた。今度は、視線を逸らす事はしなかった。

    ●伏見城、制圧
    「あなた達は天海とどういう関係なの?」
    「それは好奇心か」
    「んっと……そうなの、かな」
    「ならば答えてやる義理は無い」
     隣を駆けるスサノオを彩は盗み見るが、表情から心中を察する事は出来ない。それでも無視する事なく返答するのは、少しでも心を砕いているのだと思いたい。
    「……妙、だ」
     実が感じていた違和感を小さく声に出せば、心太が同意を示した。
    「はい。非戦闘員が、1体も居ない」
     交戦の意思が無いダークネスまで手に掛けるのは、彼らとて本意ではない。実は非戦闘員と遭遇しない事に安堵すら覚えていたが、ペナント怪人すら疎らだった。
    「天守だ、行くぞ!」
     気を引き締める蓮太郎だったが、直後、盛大に眉根を寄せる事となる。

    「――撤退?」
     天守閣に居たであろうダークネス達は、既に伏見城を後にしていた。
    「そういえば、武蔵坂の戦力は全員城に突入してましたね……」
    「戦闘後に余力があれば抜け道なぞ探そうと思っておったが。ううむ、先に探せば、退路を断てたじゃろうか」
     ただ、多くの敵を逃がしはしたが、損害が少なかったのも事実だ。
    「願わくば、いずれまた同じ戦場に立つことがありませんように」
     静菜は非戦闘員達が逃げたであろう方角を見据え、祈る。
    「……命は果たした。帰る」
    「あ、待って!」
     帰投するという壬生狼を呼び止め、楠乃葉は持参した包みを差し出した。
    「スイーツ餃子なの」
    「……」
     要らぬ。そう言おうとしたものの、上目遣いに見上げられ、言葉を詰まらせる。
    「フン」
     少女の手の平からひったくるように受け取ると踵を返し、二度と灼滅者達を振り返る事は無かった。

     伏見城の戦いでは、灼滅者の助力により、多くの壬生狼が生き残った。また、撤退に成功した事により、安土城怪人もある程度の戦力を保持している。
     この戦いの決着は、琵琶湖でつけられる事になるだろう。

    作者:宮下さつき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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