鹿。
草食哺乳類の一種であり、奈良では神の使いとしてあがめられている動物である。
公園の鹿は観光資源でもあり、奈良といえば鹿を思い浮かべる人もいるだろう。
「わっ、もう持ってないってば」
餌をやり終えた観光客の女性に、しつこく迫る鹿が1匹。鹿は餌をねだってなかなか離れようとしない。
「こら、噛むなって」
鹿は上着に噛みつき、執拗に餌を求める。女性はどうしようかと困惑するが……、
「シャアア……」
「ひっ……」
その時、鹿の口が口裂け女のようにぱっくりと開き、鋭い牙を剥き出しにする。顔の大部分が割れて口となり、涎を垂らしながら女性に襲い掛かった。
「奈良の公園の鹿は人に餌をねだるので有名ですが、人を食べる鹿まで現れるようです。非常に危険ですので、皆さんの手で撃破してください」
冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)の予知によると、『鹿が人を食べる』という噂が都市伝説となってしまったらしい。蕗子は緑茶を飲みながら説明を続ける。
「人食い鹿は普通の鹿に紛れていますが、餌をやらないと腹を空かせて人に襲い掛かります」
人食い鹿は倒せば消滅するので、思う存分攻撃して構わない。人の少ない時間に公園に向かい、襲い掛かってくるのを待てばいいだろう。戦闘していれば普通の鹿は勝手に逃げ出すはずだ。
「鹿の数は8体。非常に獰猛で攻撃的です」
人食い鹿は大きな口で喰らいついてくるほか、体当たりしたり、角で突いて攻撃してくる。蹴りを繰り出してくることもあり、多彩な攻撃手段を持っている。
「1体1体はそれほど強力ではありませんが、集中して攻撃されると厄介です。くれぐれも油断しないようにしてください」
また人食い鹿は食べ物の匂いに敏感に反応する。その性質をうまく利用をすれば行動を誘導できるかもしれない。
「無事人食い鹿を倒せれば、奈良を散策して帰るのもいいかもしれません。鹿に食べられてしまわないよう、気を付けてください」
そして蕗子はまた湯呑に手を伸ばし、茶をすすった。
参加者 | |
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槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) |
ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517) |
可罰・恣欠(リシャッフル・d25421) |
比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049) |
仮夢乃・流龍(夢を流離う女龍・d30266) |
氷川・紗子(高校生神薙使い・d31152) |
有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751) |
守部・在方(日陰で瞳を借りる者・d34871) |
●何でも食べる鹿
早朝、人のほとんどいない公園で都市伝説を待ち受ける灼滅者達。冬の真っただ中であり、寒気のせいもあって、空気は肌を刺すように冷たい。
(「奈良には初めて来ましたが、都市伝説の灼滅のためではなく、普通に旅行できたかったです」)
震える自分の体を両腕で抱きながら嘆息する氷川・紗子(高校生神薙使い・d31152)。無事に都市伝説を倒したらちゃんと観光したいところだ。人が来ないよう殺界形成を発動させておく。
「はぁ……」
(「普通の鹿でも食べ物持っていたら突撃してくるのに。全く、誰がこんな噂を……」)
有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)が傍迷惑な噂に溜め息をつくと、やはりその息は白い。顔色はそこまで悪くないものの、その横顔はどこか憂鬱そうだ。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫です、少し寒いと思っただけですから。ちゃんとやることはやります」
紗子が心配して声をかけるが、雄哉は誤魔化してまた白い息を吐く。どうやらその暗さは鹿とは関係なく、最近何かあったらしい。
「早くこないかなぁ……」
ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)は木の枝に生肉をぶら下げ、人食い鹿を待つ。ウキウキと笑顔を浮かべている様子は、サンタを待つ子どもに少し似ているかもしれない。
「お、いっぱい鹿が来るよ! お腹すいてんのかい……て多っ!」
仮夢乃・流龍(夢を流離う女龍・d30266)がビハインドとともに鹿用のせんべいを見せびらかしていると、餌におびき寄せられて鹿が小走りで駆けてくる。しかしその数は見るからに多く、普通の鹿も近づいてきていた。
(「鹿ですか……確かに公園にいるものが観光客にやんちゃするお話はよく聞きますね。私の田舎だと害獣扱いが普通でしたけど……」)
餌を求めてやってくる鹿の様子を眺めながら、故郷のことを思い出す守部・在方(日陰で瞳を借りる者・d34871)。同じ国の中でも、やはり地域によって動物の扱いは違うらしい。
(「……お鍋、用意した方がいいかしら?」)
しかし人食い鹿は都市伝説なので倒すと消えてしまう。残念ながら食べることはできない。
(「人食い鹿なぁ、なんでそんなことになっちまったかなー。……そういや、あれ食えんのかな? あれ、鹿って食えたっけ?」)
槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は人食い鹿の噂について考えていたが、仲間が用意した鹿寄せ用の餌に目を奪われ、思考を食べ物に持っていかれる。
「あ、缶おでん食う?」
お気に入りの缶のおでんを食べていると、後ろから気配が。仲間かと思ってもう1つ缶を差し出すと。
「シャアアアッ!」
「うわっ!?」
鹿は頭部全体を開き、大きな口に変えて食らいついた。康也が驚いて手を離すと、おでんが缶ごと食われてバキベキグシャグシャと金属が潰れる音がした。
「ブオオオオッ!」
「アハッ、来たねぇ……」
一方、ハレルヤの持っていた肉にも当たりが。人食い鹿がブロック肉を食いちぎり、綺麗に歯型が残っている。
「人を喰らう鹿。それがキミの存在理由なんだろうけど、ボクらだって易々と食われる気はない」
人食い鹿の雄叫びを聞いて普通の鹿が散って逃げていく。比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)はロッドと剣を携え、鹿目掛けて素早く踏み込んだ。
●鹿の姿の怪物
「さあ来いッ! ぶっ飛ばしてやるぜー!」
素手の拳に炎をたぎらせ、一直線に突進する康也。強く地を踏むと同時に腕を突き出し、剛炎を纏ったパンチが鹿を吹っ飛ばした。
「シャアアァ……」
「ははぁ、これはアレでございますな……。鹿煎餅を差し出すと、勢い余って腕まで持っていかれるという奈良の真実の口……」
本性を剥き出しにした人食い鹿は、鹿ならぬ鳴き声を上げて敵を威嚇する。可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)は胡散臭い薄笑いを浮かべ、外国の観光名所を想起しながら黒い影を伸ばす。影は鹿に近づくごとに枝分かれし、無数の触手となって四肢に絡みついた。
「ヴオオオッ」
「小竜! 仲間が援護するから耐えるんだ!」
鹿が前足を浮かせて蹴り付け、小竜が腕を交差して受け止める。流龍も突進に弾き飛ばされそうになりつつ、長刃のナイフで虚空を切り、夜色の霧で前衛の仲間ごと自身を包み込んだ。
(「普通の鹿さんは、かわいいのですけど……」)
さらに紗子が黄色の交通標識を掲げ、仲間を癒すとともに異状への耐性を与えた。顔全体を開いて鋭い牙を覗かせる様はSF映画に出てくる異星の生物を思わせる。鹿というより、もはやモンスターと表現した方がしっくりきそうだ。
「ねえねえー、ボクとも遊んでよお♪ 数が多いだけってガッカリさせないでねえ」
ニタニタと気味の悪い笑みでダイダロスベルトを操り、すれ違いざま鹿をズタズタに切り裂くハレルヤ。すぐに飛び退いて後ろに下がるので反撃を受けることはないが、ハレルヤとしては残念なところ。しかし一方的に敵を屠るのもそれはそれで趣きがあるというものだ。
「悪いけれど、害獣は駆除させてもらうとするよ。世の中は弱肉強食なのだから」
攻撃を受けて弱った鹿に狙いを澄ませ、柩が弾丸のように突進しロッドを打ち込む。打撃と同時に魔力を流し込み、急所を打たれた鹿が悲鳴を上げて木っ端微塵に弾け散った。
「その通りです。人食い鹿だかなんだかんだ知らないですけど、私の田舎では害獣なんです。罠にかかった害獣はその日のご馳走なんですから」
柩の言葉に頷き、鹿肉目指して戦う在方。エアシューズで木々の間をすり抜け、炎を帯びたローラーを回し蹴りで叩き付けた。しかし、やはり都市伝説を食べることはできない。
「シャアアッ!」
「……」
雄哉が餌をちらつかせると誘われて鹿が食らいつき、腕ごと噛みつかれるが、光の盾を拳に纏わせてカウンターを叩き込む。吐き出された腕からは血が滴るが、雄哉の無表情にはどこか影が漂い、傷の痛みよりも彼を苛んでいるようだった。
●鹿の姿をした捕食者
敵がさほど強力でなく、同数となれば意図して連携を取れる灼滅者の方が有利だ。灼滅者は攻撃を集中させて1体ずつ数を減らしていく。
「ではこちらをどうぞ」
恣欠が『殺人鹿リチャード・チェイス君』と銘打ったリングスラッシャーを飛ばし、光輪が宙を舞って鹿を切り刻む。なぜリングスラッシャーが鹿なのか、リチャード・チェイスという名前は何に由来しているのか、謎は深まるばかりだ。
「グラアアッ!」
「ダメージは私が治します」
猛獣の雄叫びを上げて角を振り上げる鹿を受け止め、雄哉の体に痛みが走る。紗子はすぐさまダイダロスベルトを伸ばし、包帯のように包み込んでダメージを取り除いた。
「どちらが捕食者なのか、しっかりと見せてあげましょう」
在方が縛霊手を振りかぶり、鋭く伸びた切っ先を鹿の腹に突き立てた。鹿の柔らかな肉を切り裂き、内臓を抉り出す。禍々しいほど赤い血が土に落ちるが、もちろん都市伝説なので流れた血ごと無に還ってしまった。
「狩りの時間だぜシャドウビースト、食っちまえ!」
その形は獅子か虎か、はたまた狼か。康也の足元から伸びた影が獣に形を変えて駆け、漆黒の獣が食物連鎖に則って鹿を食らい尽くした。
「キミ達の痛み、音、感触……! ボクにはぜえんぶご馳走なの♪ 聴かせてよお、キミ達の断末魔ってヤツをさあ……」
ハレルヤが手に持つ魔導書が開き、ハレルヤの瞳が鹿達を捉えた瞬間、現在の紋章が現れて鹿を苛む。暴走してハレルヤに向かうが攻撃は届かず、滅茶苦茶に鳴き散らす声を聞いて笑みを深めた。
「これで……どうだぁーっ!」
流龍はエアシューズのローラーを回転させて鹿に向かって駆ける。あと一歩というところでさらにローラーの回転を速めて着火、燃え盛る蹴りを叩き込んだ。続けて柩が零距離から剣を突き出し、実体を失った刃が深々と鹿を貫いた。
「鹿はどこまでも貪欲なのです……」
恣欠はどこまでも追いかけてくる鹿の怪談を語り、人食い鹿を祟る。鹿は奈良において食欲の化身……なのかもしれない。
●奈良へようこそ!
「一気にいくぞぉっ!」
流龍が至近距離からバベルブレイカーを突き付け、高速回転する杭を撃ち出す。同時に小竜が木の枝を霊障で浮かせてぶつけ、鹿が動かなくなった。残る鹿もあとわずか。灼滅者達は攻勢を強めて畳みかけていく。
「……」
雄哉は噛みついてくる鹿の頭を裏拳で打ち払い、自身を包むオーラを拳に収束させる。目にも留まらぬ速さで連打を繰り出し、直撃した鹿が力尽きた。
「私もいきます」
回復に徹していた紗子も攻撃に転じ、手に握った交通標識を赤色に変化させる。赤の標識が真正面から鹿を打つ。続けて康也が近づき、鋭い鋏を尽き立てて力を奪い取った。
「残念、消えては食べられませんね」
「鹿肉の都市伝説であれば食べられるでしょうか?」
在方は鹿肉を諦め、力任せに縛霊手を叩き付ける。恣欠は冗談めかして笑いながら再び光輪を放ち、鹿に傷を刻む。
「さぁ、そろそろ覚悟してもらおうか」
柩は最後の一匹目掛けて鬼の拳を叩き付け、岩塊のような巨拳が鹿を襲った。
「スパッ、て切ってあげるからねぇ♪」
そして歪な笑顔をたたえたハレルヤが接近し、エアシューズで首を狙う。
「ああ、欲しかったのに……」
鋭い回し蹴りが斬撃となって首を断ち切り、鹿の形が空気に溶けて消える。消えることなど知っているのに、ハレルヤはその跡を視線で追って、名残惜しそうにぽつりと漏らした。
「ふふん! 当然!」
愛用のナイフを鞘に収め、勝ち誇るように胸を張る流龍。敵を分析し、連携を取っての勝利。確かに流龍の言う通り、当然のものだったと言えるだろう。
「すみません、僕はこれで……。僕のことは気にせず楽しんできてください」
そのまま奈良観光に行く話になったが、雄哉は調子が優れず単身で帰ることに。やはり化け鹿を倒しても彼の心の雲は晴れないらしい。
それから灼滅者達は、改めて公園の鹿を触れ合ってみることに。
「きゃっ!」
紗子がおそるおそる鹿用の煎餅を差し出すと、鹿が勢い良くかじりつく。餌をもらえると思った鹿達が集まり、瞬く間に鹿に囲まれたのであった。
「わわっ!」
流龍のところにも鹿が群がり、餌を頂戴と押し寄せる。せんべいをあげようとしたが、鹿は包み紙ごと掠め取って食べてしまった。在方は怪訝そうに鹿を見つめているが、害獣扱いされないことが感覚的に不思議なのかもしれない。
「どうしたことでしょうか……」
一方、恣欠は餌を持っていないのになぜか鹿に追い回されていた。胡散臭すぎて敵だと思われたのだろうか。
「俺も腹減ったー。何か食べに行こうぜ」
「そうだね」
康也は無意識に髪留めに触れ、もう片方の手でお腹を押さえて空腹を訴える。柩も頷き、早い時間でも営業している店を探し始めた。
「うーん、お土産は何が良いでしょうか?」
唇に人差し指を当てて思案する紗子。近くには商店街も有名な寺社もあるので、きっと奈良らしい土産物を見つけられることだろう。
作者:邦見健吾 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年1月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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