プレスター・ジョンの国防衛戦~夢、凶刃、淫魔

    作者:邦見健吾

    「邪魔するな」
    「ふふっ、そう言わずに楽しみましょう」
     長い髪の美女が妖しく微笑み、ナイフを持った男達目掛けて軽やかに踏み込む。次の瞬間、双刃の槍が踊って波のように男達を襲った。
    「ふふ、うふふ、うふふふっ……」
     美女は歌い、舞い、敵を翻弄しながら戦う。しかし多勢に無勢、数を覆すことができず、みるみるうちに追い込まれていく。
    「てめぇはくたばってろ!」
    「ッ……!」
     男達が一斉に襲い掛かり、美女をズタズタに引き裂く。そしてナイフの1本が美女の腹部に深く突き刺さった。
    「おい、急ぐぞ」
    「これで幾度目でしょうか……さすがに間抜けですわね」
     男達は力尽きた美女を放り捨て、光り輝く城へと向かった。

    「まず皆さんに報告することが1点。英語の教諭である大津・優貴先生が高熱で倒れられました。さらにもう1点、その原因は歓喜のデスギガスの軍がプレスター・ジョンの国に攻め込んだことにあります」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は湯呑の茶を一口飲むと、淡々と説明を始めた。
     知っている者も多いだろうが、大津・優貴のソウルボードはプレスター・ジョンの国と繋がっている。本来ブレイズゲートはエクスブレインの予知が届かないはずだが、今回それが可能だったのはプレスター・ジョンの国の特殊性からだろうか。
    「デスギガス勢の目的は、プレスター・ジョンを殺して彼の国に存在する残留思念を奪い、それをベヘリタスの秘宝によって実体化させることだと思われます」
     もし目論見が成功すれば何が起こるか分からない。デスギガスの勢力が強大になるばかりか、それだけで済まない可能性もあるだろう。
    「プレスター・ジョンの国に攻め込んでいるのは六六六人衆です。本来なら彼らの領分ではないはずですが、どうやらシャドウの手引きによってソウルボードに侵入したようです」
     この六六六人衆は最近闇堕ちしたようで、序列は番外。そのため戦闘力は高くないが、それを補うように複数で行動している。
     六六六人衆の目的はプレスター・ジョンを殺害することだが、プレスター・ジョンを守ろうとする残留思念と戦闘になる。しかし中には六六六人衆に便乗してプレスター・ジョンの殺害を目論む残留思念もあるようだ。
    「皆さんはプレスター・ジョンの国に向かい、残留思念のダークネスと共闘または敵対しつつ、攻めてきた六六六人衆を撃退してください」
     蕗子の予知によって見えたのは、淫魔シーリィと六六六人衆の戦い。数度灼滅者を退けたシーリィとはいえ、六六六人衆4体では勝ち目がない。
    「シーリィはプレスター・ジョンを守る気は特にないようですが、六六六人衆との戦いを楽しもうとしているようです」
     シーリィは耐久力と継戦能力に優れた淫魔であり、痛みを好む。シーリィの性質に合った作戦を持ちかければ応じてくれるだろう。
    「今回は、デスギガス勢のシャドウもコルネリウス勢のシャドウも直接戦いには加わりません。それが何を意味しているかは分かりませんが、四大シャドウの動きには注意が必要でしょう」
     そして蕗子はまた茶を啜り、夢の国へ向かう灼滅者を見送った。


    参加者
    一橋・聖(空っぽの仮面・d02156)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    ゲイル・ライトウィンド(ホロウカオシックコンダクター・d05576)
    禍薙・鋼矢(凄く凄い剛壁・d17266)
    茂多・静穂(千荊万棘・d17863)
    リアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)
    伊庭・昴(天趣奈落・d18671)

    ■リプレイ

    ●淫魔と殺人鬼と灼滅者
    「おい、邪魔すんなって言ってるだろ」
    「ふふふ……」
     夢の中の砂浜で槍を手に握り、六六六人衆と対峙しながら微笑むシーリィ。戦意は十分だが勝つには絶望的な状況だ。しかしそこに、灼滅者達が駆けつける。
    「サリュ、夢の国の死者シーリィ。キミを救う騎兵隊の登場だよ」
    「あら?」
     軽く挨拶し、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)が間に立つ。するとシーリィは意外とばかりに一瞬毒の抜けた表情を見せた。
    (「あれが六六六人衆……」)
     殺人鬼をルーツとする伊庭・昴(天趣奈落・d18671)だが、実は六六六人衆と戦うのは初めて。番外とはいえ気を抜くべきではないだろう。あえて六六六人衆の方に意識を集中させ、淫魔から目を逸らす。
    「何かご用でして?」
    「いやー、私にもちょっとおこぼれが欲しいなー、なんて。ちょろっと横で戦わせてよ♪ 大丈夫、邪魔はしないからさ♪」
     シーリィが訝しむような表情で尋ねると、一橋・聖(空っぽの仮面・d02156)がまるで遊びにでも誘うように答えた。聖はシーリィの生前に何度もまみえたことがあり、すでに友達感覚なのかもしれない。
    「このままでは折角の痛みも程なく終わってしまいます。少し分けてもらうのと引き換えに、彼らと戦う時間を長くさせていただけないでしょうか?」
     茂多・静穂(千荊万棘・d17863)は控えめな言葉を選んで説得を試みる。以前は敵だったが今回は共闘が可能。となれば、一緒に痛みを楽みたいのだが……。
    「僕らは六六六人衆を速やかに排除したい、そちらは多くの痛みを受けたい。なので回復はするので共闘しようぜ、ってことです」
     ゲイル・ライトウィンド(ホロウカオシックコンダクター・d05576)は胡散臭い笑みを浮かべつつも言葉を捕捉。灼滅者だけで六六六人衆4体を相手取るのは厳しく、使えるものなら残留思念であっても利用したいところだ。
    「そして、終わった後。私がアナタと刃を交えましょう。ええ、もちろん、満足するまで」
    「あら、あなたどこかで……気のせいかしら?」
     リアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)はシーリィとの戦いで闇堕ちを経験したが、残留思念であるシーリィは記憶が朧げな様子。リアナもかつての敵に共闘を持ち掛けることに不思議な感覚を覚えた。
    「……私たちの痛みをお預けします。シーリィさん、一緒に戦ってもらえませんか?」
    「うふふっ、それでは……」
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)が真剣な表情で訴えかけると、シーリィは意味ありげに妖艶な笑みを浮かべ、砂を蹴って六六六人衆に斬りかかる。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
    「祈り捧げろ、オラトリオ」
     おそらく無防備な背中を晒したことが彼女なりの返答なのだろう。翡翠とリアナが同時に殲術道具を解放。剣と槍を携え、シーリィに続いた。

    ●乱戦
    「死ねぇっ!」
    「あんっ……ふふっ、その調子ですわ」
     六六六人衆のナイフが踊り、シーリィが身を切られながら黄色い声を上げる。赤い血を流すも、まだ序の口と言わんばかりだ。
    「くそっ! まったくお前らそれでも六六六人衆か! その卓越した殺人技巧でなぜ水着の紐を狙わない!」
     しかしその光景を見て憤慨する男がここに1人。禍薙・鋼矢(凄く凄い剛壁・d17266)は六六六人衆のナイフがシーリィの水着を切り裂くことを期待していたが、残念なことに斬られたのは上のセーラー服だけだった。
    「この特盛り見てその行動……同じ男として理解できん!! 纏めて痺れやがれ!」
     縛霊手から祭壇を展開して結界を構築。敵の動きを封じるとともに、霊犬の伏炎も銭の弾丸を連射して攻撃した。
    (「優貴先生の為とはいえ、コルネリウスを狩る側のボクが『夢の国』を助けるとは……」)
     千尋の手から鋼の糸が伸び、中空に五線譜を描いて絡みつく。千尋が締め上げると、細い糸は敵を束縛しながら切り刻んだ。シャドウハンターとしてはプレスター・ジョンを守るのは不本意だが、その鬱憤は六六六人衆にぶつける。
    (「残留思念になっても本質が変わらないという事ですかね……」)
     死してなお痛みと快楽を求めるシーリィを横目に見ながら、仲間を支援するゲイル。その在り方の是非はともかく、使える戦力は無いより有る方が良いに決まっていると思う。
    「死ねキンパツ」
    「がはっ!」
     しかしその時、六六六人衆の1人が灼滅者の間をかいくぐってゲイルに迫った。鋭いナイフの切っ先が容赦なく突き刺さる。
    「すみません、下がります……」
     傷口を押さえ、口から血を流しながら後退する。どうやら間違えて前に出過ぎたらしかった。
    「貴方達の狙いに予想はつきますが、ここで止めさせて頂きます!」
     翡翠の腕が膨れ上がり、みるみるうちに異形と化す。大きく振りかぶった腕を力任せに叩き付け、鬼の拳で敵を打った。
    「く……」
     一度鞘に収めた刀を素早く抜き放ち、昴の斬った軌跡が三日月を描いて敵の群れに飛ぶ。しかし技が見切られたせいで思うように当たらない。後方から狙い撃っているとはいえ個々の能力はあちらが上、見切られることを警戒してもっと頻繁に技を切り替えた方が良かったかもしれない。
    「あぁ、やっぱり自分を締め付けながら戦えるのって凄くいいです♪」
     静穂はダイダロスベルトで自分の腕を戒めつつ、裏腹に欲望を解放して戦う。拘束された腕ごと縛霊手を叩き付け、打撃とともに霊力の網を放った。
    「どーぞっ♪」
    「あら、ありがとう」
     傷ついたシーリィのために天上の歌声を披露し、ダメージを回復させる聖。シーリィは微笑んで返し、満更でもないようだ。
    (「ホントは「さよなら」言った相手とご一緒するなんて無粋なんだけど……こういうのも悪くないよねっ♪」)
     本来シーリィは敵で、幾度も戦った相手。しかしだからこそ、共闘するのも面白いと感じるのかもしれない。
    (「シーリィ……」)
     リアナはシーリィを一瞥し、すぐに敵を見据えてロッドを打ち込む。シーリィは自分を闇に堕とした相手だが、結果として成長するきっかけを得て、過去のしがらみを払拭することができた。快楽を求め続けるという、ある意味での純粋さは好ましいとすら思う。
    「これで……!」
    「がはぁっ……!」
     変わった自分を証明するように強く念じ、注ぎ込んだ魔力が爆ぜて敵の1人が倒れた。

    ●折れる凶刃
    「ふふっ、うふふっ……」
    「うお! 大迫力特盛り!」
     シーリィが目にも留まらぬ速さで槍を捌き、舞いながら敵を切り刻むが、鋼矢はその姿を逃すまいと目を皿のように見開く。全神経を集中してシーリィを目で追いかけ、舞うごとに揺れる豊かな胸を目に焼き付けた。特盛りは宝だとつくづく思う。
     シーリィが盾となって攻撃を受けてくれているおかげで灼滅者のダメージが抑えられ、順調に戦いを進められている。このままなら六六六人衆を押し切ることができるだろう。
    「この……!」
    「何が目的か知らないが、相手が悪かったねぇ」
     千尋はしなやかな体を見せつけるようにバク転を決め、六六六人衆の斬撃をエアシューズで弾く。地に手をつくと、シューズに影を宿して薙ぎ払った。昴は腕を狼に変えて迫り、銀色に光る爪を深々と突き立てる。
    (「ただ一緒に居るだけなのですね……」)
     リアナ自身の想いはともかく、翡翠にとってシーリィは大切な友人を闇に陥れた憎き相手。残留思念であるとはいえ、会うのは初めて。言いたいことはあるのだが……、
    「今はこちら……です」
     想いをぶつけてみたところで空回りする気がする。淡々と旋風を放ち、風の刃に切り刻まれて敵が倒れた。
    「てめぇらのせいで!」
    「やらせねえよ!」
     追い込まれた六六六人衆は必死の形相でナイフを突き立てるが、鋼矢が腕で受け止め、炎の翼を広げて破魔の力を仲間に与えた。
    「はいはい治しますよ~」
     すかさずゲイルがダイダロスベルトを伸ばし、包帯のように包み込んで傷を癒す。リアナは矢のように真っ直ぐ駆け、螺旋渦巻く槍で敵を貫いた。
    「この、この、このぉっ!」
     六六六人衆の男が半狂乱になって取り乱し、ナイフで襲い掛かる。
    「痛みは早い者勝ちで――きゃあっ!」
    「もちろんですわ」
     静穂が仲間の盾になろうと立ちふさがるが、シーリィが静穂を踏み倒し、代わりに切っ先を受けて痛みに酔う。
    「あなたにはこれがお似合いですわ」
    「あ、ああ……」
     シーリィはそのまま静穂の顔を踏みつけ、砂に顔を埋めさせる。地面に這いつくばり、頭をぐりぐりと踏みにじられながら、屈辱と痛みに顔を蕩けさせる静穂だった。
    「それじゃオマケに♪」
     敵が少なくなった隙を見計らい、聖も攻撃に回る。ビハインドのソウル・ペテルがパラソルとビーチチェアを浮遊させてぶつけると、伝説に迫る声を響かせて敵の精神を揺さぶった。

    ●結末は夢泡沫へ
     六六六人衆も残り1人となり、灼滅者は攻勢を強めて一気に畳みかける。
    「シャドウの国とはいえ、下手に押し入って壊そうとするとかは無粋の極み。……ていうか、六六六なら大人しく外で勝手にやってればいいじゃないですか!」
     静穂が鋏を構えて突進し、鋭く尖った切っ先で敵を切り抉った。ゲイルはギターをかき鳴らして音波で敵を呑み込む。
    「確実に仕留めさせて貰いますよ!」
     翡翠は斬艦刀を携えながらも野を駆ける兎のように軽やかに跳ねる。砂を蹴って高く跳躍すると、頭上から斬艦刀を叩き下ろして豪快な一撃を見舞った。間髪入れずリアナがダイダロスベルトを広げ、矢に変えて貫く。
    「……斬る!」
     昴は鞘に収めた刀に手をかけながら踏み込み、一瞬で距離を縮める。間合いに入るや否や刀を抜き放ち、瞬間、鋭い斬撃が閃いた。千尋は死角から飛び出して槍を振るい、深い傷を刻み込む。
    「そらそら、燃やしてやるぜ!」
     そして鋼矢がエアシューズを滑らせて突っ込み、ローラーに炎を纏わせて蹴り上げた。最後の1人が炎に包まれ、力なくくずおれる。
    「貴様らがシャドウと組んで狙うのは、理想王の『秘宝』か? 最期に狙いを……いや、無理か」
    「ぐ、ああ……」
     力尽きた刺客は千尋の問いに答えることなく、呻く声だけを残して燃え尽きた。

    「それではお宝を……」
    「あんっ」
    「おおお……」
     鋼矢はゴクリと生唾を飲み、おそるおそるシーリィの胸に手を伸ばす。淫魔だけあってシーリィは拒むことなく受け入れ、面積の小さな布に隠された双丘に触れた瞬間、その柔らかさと感動のあまり震える声が漏れた。
    「ふふ、いけない子にはお仕置きが必要ですわね」
    「グハッ!」
     お返しに槍でぶった切られ、血を噴き出しながら砂に沈む鋼矢。しかし鼻血を流しながら倒れるその顔は、どこか満足そうでもあった。
    「そー……」
    「待った」
     ゲイルは後ろから忍び寄ってシーリィの胸に触れようとするが、千尋にあっさり止められる。
    「さて、もう思い残す事はないね? では介錯を……」
    「いやまぁお約束というかなんというか…………アギャーッ!」
     ゴシャッと鈍い音が聞こえ、ゲイルもまた砂に沈んだ。
    「……はぁ」
     そのやり取りを遠目に見やり、視線を外して溜め息をつく昴。彼女がいる身なので巻き込まれたくないが、それでなくとも関わり合いになりたくないところである。
    「さて」
    「うぐっ、あ……」
     その時、シーリィの気配が冷たいものに変わり、水の鞭で聖の首を締め上げる。その殺気に溢れる眼差しは、先ほどの約束を果たせと言外に求めていた。
    「いきます……!」
     シーリィの視線を真正面から受け止め、リアナが槍に全力を乗せて突き出した。斬撃の応酬が始まり、キン、キン、と刃がぶつかる音がいくつも鳴り響く。
    「好みなど言ってられないような痛みを差し上げます」
     翡翠も続き、長大な刃を薙ぎ払う。傷を受けて笑みを深めるシーリィだが、先ほど受けた傷は小さくなく、すぐに決着がつくことは予感できた。
    「今度こそイタイイタイしてあげるんだからねっ!」
    「きゃあああっ!」
     少しの間攻防が続き、傷を重ねて互いを削り合っていく。そして聖はビハインドを失いながらも熱烈に歌い上げ、シーリィはらしからぬ悲鳴を上げて力尽きた。
    「一緒に並んで痛みを愉しめた事、嬉しかったです!」
    「うふふふ……」
     自身の想いを懸命に伝えようとする静穂の顔には、シーリィに踏んづけられた跡が痛々しく残っている。シーリィは血塗れになりながら微笑みを浮かべ、また泡となって消えていった。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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