プレスター・ジョンの国防衛戦~灰色の争乱

    作者:灰紫黄

     ソウルボード『プレスター・ジョンの国』のどこか。目まぐるしく変わる景色の中を、黒い鎧を着た女が駆け抜ける。片手には槍を、もう一方には剣を持っている。その武器はもちろん、国主たるプレスター・ジョンを討つためのものだ。
    「おっと、珍しい客だな」
     灰色の砂でできた、巨大な獣の顎が女を捉えた。身動きできぬ黒鎧を、灰色のロングコートの男が踏みつける。名を、オールド・グレイという。すでに散ったはずの野犬だった。
    「貴様、アンブレイカブルだな。こんなところでは退屈だろう。私と一緒に来い」
    「偉そうな奴だな。まぁいい。行こう」
     相手が女だったから、ではない。たまたまそんな気分だっただけだ。自分でも学習能力がないと思うが、それはそれ。
    「……もしかしたら彼らも、来るかもしれないしな」
     女に聞こえないように呟いて、グレイは野生の笑みを浮かべた。

     口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は教室に集まった灼滅者のこう切り出した。
    「緊急事態よ。優貴先生が高熱を出して倒れたわ。……原因は、デスギガスの手勢がプレスター・ジョンの国に攻め込んだことみたい」
     倒されたダークネスの残留思念が集うソウルボードにしてブレイズゲート『プレスター・ジョンの国』。優貴先生のソウルボードに連結しており、時折彼女に悪影響を与えている。
    「デスギガスの狙いは、ダークネス達の残留思念よ。ベヘリタスの秘宝とやらで実体化させて傘下に加えようって腹積もりでしょうね」
     ただ、デスギガス傘下のシャドウは直接プレスター・ジョンの国へは攻め込めないようだ。そのため、実働部隊として序列外の六六六人衆が動いている。灼滅者には彼らのプレスター・ジョン暗殺を阻止してほしい。
    「残留思念のダークネスはプレスター・ジョンにつくのもいれば、逆に六六六人衆につく場合もあるわ。敵になるなら、六六六人衆と一緒に倒すしかないわね」
     六六六人衆と戦っているダークネスとは共闘、逆なら敵対と考えておけばいいだろう。ダークネスを守ったり、ダークネスと共闘したりすることに疑問を感じる者もいるかもしれないが、敵の敵は味方という考え方もある。
    「みんなに倒してほしいのは六六六人衆が一名と……アンブレイカブル、オールド・グレイ。また懲りずに暴れようとしてるから、倒しちゃって」
     一度ならずも二度も灼滅者に倒された男。よく飽きないものだと言いたいが、それがアンブレイカブルというものだろう。
    「デスギガスもコルネリウスも何考えてるのか分からないけど……近いうちに大きな激突があるのかしらね。でも、今は優貴先生のことを考えましょう」
     まず何より、それが最優先事項だろう。ラグナロクである以前に、彼女は武蔵坂学園の一員なのだから。


    参加者
    黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    蓮条・優希(星の入東風・d17218)
    御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)

    ■リプレイ

    ●黒と灰
     草一本も生えぬ荒野で、灼滅者は二体のダークネスと対峙していた。いつかの日のように、斜陽が赤い光を放っている。
    「あれ? さっきまで全然違う場所だったよね?」
     きょろきょろきょろ。あたりを見渡す真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)。どういう仕組みかは知らないが、とにかく戦闘に支障はないようだ。
    「ふむ、君は優秀だな。ラブリンスターやスキュラより、俺には女神だよ」
    「ふざけるな。貴様、灼滅者が来ると知っていたのか!?」
    「知っていたというより、望んでいた、だな」
    「貴様、覚えておけ」
    「まぁそう言うな。君一人で出くわすよりはいいだろう」
     灼滅者との戦いに、グレイは上機嫌だ。逆に六六六人衆の女は爆発寸前まで怒りを蓄えている。同じダークネスではあるが、あり方は大きく違うと実感させる。
    「ええと、お久しぶりです。……前の戦いでは、足りなかった、でしょうか」
    「いや、満足したさ。だからこそまた次が欲しくなる。何度も化けて出てすまないが、付き合ってもらうよ」
     倒したはずの相手が、目の前にいる。違和感と戸惑いは問いとなって渡橋・縁(神芝居・d04576)の口から出ていた。グレイはそれにけらけら笑って答えた。子供みたいに楽しそうだ。
    「相変わらずですね、あなたは」
     御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)もかつての戦いに参加していた。残留思念といえど、その本質は変わらない。懐かしさを感じる一方で、緊張も蘇る。背筋がぴりぴりする。悪くない。
    「お会いできて光栄ですわ、オールド・グレイ様」
     百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)はスカートをつまみ、優雅に一礼。コルネリウスの慈愛は理解できないが、それはそれ。強敵との戦いは心躍るものだ。
    「螺厳ばかりじゃなくて、おれ達にも構ってくださいね」
    「ああ、螺厳氏と会った俺もいるのか。それは羨ましい……だが、今は君達がいるからな」
     見えない何かが灼滅者とグレイの間でぶつかり合う。久織・想司(錆い蛇・d03466)は以前の戦いで重傷まで負わされた。今回こそは倒れない。そう決めていた。
    (「……少し、複雑ですね」)
     黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)は心中で溜め息をついた。グレイは本来なら出会うはずのなかった相手だ。それが宿敵たるシャドウの仕業によるものならば、割り切れないのも当然か。
    「貴様ら、私の存在を忘れていないか?」
     女は剣と鎗とを灼滅者に向ける。会話に着いていけていないのは気付いているようだ。
    「ばあちゃんも言ってたけど、雉も鳴かずば撃たれまいってさ」
    「誰が雉だ!?」
     女の抗議を、蓮条・優希(星の入東風・d17218)は切り捨てた。グレイはまだしも、六六六人衆は優貴先生を脅かす敵だ。歓待してやる義理はない。
    「死ね。いや、俺が殺す」
     果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)の中でごうごうとどす黒いものが渦巻く。心臓は動悸し、血流は加速する。全身が一つの目的に向けて準備を整えていくのを感じる。当然、ダークネスの抹殺のために。
    「では、始めよう」
     グレイの楽しそうな声。冷たく激しい風が吹き、そして止む。それが開戦の鐘となった。

    ●黒が散り、灰が残る
     灰色のコートが風とは逆に波打ち、人間大の砂漠へと姿を変える。そのまま砂は右腕に集まり、巨大な獣の顎となった。狙いは前衛、攻撃役。
    「させないよ!」
     大開きの顎に、悠が突進した。頭からつま先まで飲み込めるほど大きい。それでも、痛みを恐れることなく受け入れる。でも、たぶん仲間を傷つけられる方が痛い。ここにいる灼滅者だけではない。今、たくさんの灼滅者が優貴先生を救うために戦っている。だから、怖くはない。
    「勇敢だな、小僧!」
     攻撃役を狙ったグレイとは対照的に、女は防御役を狙った。おそらく、ダメージを受けた者から潰そうとしたのだろう。
    「おっと、一人だけいい恰好はさせませんよ」
     だが、槍は想司が受け止めた。肩を抉られ、鮮血が噴き出ても表情はさして変わらない。傷を負うことは当然、むしろ望むところだ。強い敵と戦うには、それだけの価値がある。
    「グレイ様。ダンスのお相手をお願いしても?」
    「さぁ、それは君次第だな」
     先行してライドキャリバー、ブラスが突撃。次いでリィザも光の盾を構えて迫る。突撃をかわし、バランスを崩したところを捉えた。だが、注意を引くことはできなかったようだ。確実性に欠けるのは、サーヴァント具現の代償だった。
    「デスギガスに脅されたのか、それとも甘い蜜でも見せられたのか……。どちらにせよ、使いっぱしりの犬は大変だな」
    「ほざけ、灼滅者ごときが!」
    「ふん、番外がそれを言うか」
     殺意を秘めた巨大な鋏が、黒鎧を紙屑のように切り裂いた。奈落にとってダークネスは抹殺対象に過ぎない。番外だろうと序列持ちだろうと、目の前にいるなら殺す。細胞の一片までもがそう叫ぶ。
     半数の灼滅者がグレイを抑え、その間に残り半数が六六六人衆を倒す。それが灼滅者側の作戦だった。対して、ダークネス二人に連携は見られない。
    「舐めるな!」
     女の剣は速く、重い。だがそれも防御役が受け止めた。思うように攻撃できず、苛立ちが表情に乗る。
    「それはこちらの台詞です」
     腕に備えたバベルブレイカーが炎を帯びた。ジェット噴射で近付き、そのままの勢いで打ち抜く。女の半身を火炎が這い回る。眼鏡の奥の龍の眼が炎の光を受けて凶暴に光る。
    「先生は返していただきます」
     優貴先生が脅かされ、学園の日常が乱されている。その事実が、縁の手に大きな力を与えていた。その手は闇へと、奪うことでしか得ることのできない者へと、鉄槌となって下る。魔力を秘めたロッドが炸裂した。
    「これで、終わりだ!!」
    「おのれぇ……っ!!」
     優希の腕を寄生体が飲み込み、巨大な剣となる。硬質な刃を持つ反面、脈打つ鼓動は生物的。体の一部なのだから当然ではあるが。全体重をかけて両断、六六六人衆は恨みの籠った叫びを残して消えていく。
    「あとは、あなただけですね」
     回復で前衛の防御を支援していた夏樹。おかげで消耗を抑えて六六六人衆を倒すことができた。一人一人の力は弱くとも、連携によって人数以上の力を発揮する。グレイもまた、その意味を知っていた。
    「彼女には悪いことをした……が、まぁ仕方ないな。そういう運命だった」
     呟くグレイは、少し残念そうだ。ラブリンスターやスキュラより評価しているのは本当らしい。
    「まぁ悔いても意味はないか。今の俺は亡霊の亡霊のようなものだからな」
     と、口では言う。けれど、その顔は獰猛に笑っていた。

    ●そして灰も
     灰色の楔が後衛に向けて飛ぶ。だが、ブラスが庇う。予想していたのか、グレイに焦りはない。
     赤い空を流星が駆ける。星の重力を帯びた蹴りがグレイの動きを鈍らせる。
    「ひとつ、ある。俺の相棒がお前と戦った奴でさ、来れなかったけど、来たがってた。お前のこと気にしてた。だから俺があいつの『心』を連れて来た。……今日は、俺とあいつ、二人で相手になってやる!」
     優希の視線が、グレイのそれと間近でぶつかる。
    「気を遣わせたなら済まないな。それは俺が悪い。だが、戦場にいない人間のことを考えるほど、俺は優しくないぞ!」
     足首を掴まえ、投げ飛ばす。豪快に笑った。
    「いっくよー!」
     真っ直ぐに、より速く、より鋭く重く。悠の拳がグレイを捉えた。砂で作られた防壁を力づくで粉砕する。全身の筋肉が躍動している。戦っている、燃えている、生きている。そんな実感が、体の奥底から力を沸かせる。
    「どうです。更にやるようになったでしょう」
    「ああ、そうだな」
     オーラを帯びた想司の拳が爆発的に加速、連打を見舞う。オーラは拳を硬く鎧い、殺傷力の高い凶器と化す。間近からの連続砲撃を、灰色の男は逃げることなく受け止めた。
    「相変わらず、楽しそうですね」
    「まあな。若者の成長を知るのは、楽しくて面白いことなのさ」
     縁のロッドがグレイを討ち抜く。瞬間、魔力が内側から弾けた。砕けた肉体が砂になって風に消えていく。
    「あれからどれだけ時が経ったか分からないが……老いを感じるね」
     グレイの言葉は半分は冗談で、半分は本当。死者は立ち止まり、もう進むことはない。でも今を生きている灼滅者は、これからも歩み続ける。若者の背を見ることを、男は老いと呼んだ。もはやグレイは、灼滅者の道を遮るほどの敵ではない。通過点でしかない。
    「出し惜しみはなしだ……喰らえっ!!」
     眼鏡を投げ捨て、龍は懐に飛び込んだ。高速回転する杭がコートごと敵を穿つ。眼鏡をかけた冷静な自分も、自分には違いない。けれど、今はむき出しの自分をぶつけたいと思った。それがかつて乗り越えた男への礼儀と思って。
    「いい、素晴らしいぞ!」
     さらに強くなった灼滅者の力を受け止め、グレイは叫んだ。生前なら、自分もより強くなろうとしたかもしれない。しかし、今のグレイは灼滅者に追いつこうとは思わない。追いつけるとも思わない。
    「殺るぞ」
    「ええ、合わせますわ」
     再度、ブラスが先行。今度は機関銃を掃射する。砂の獣はそれをかわした。それもまた、想定の範囲内。逃れたところをリィザと奈落が左右から挟み込む。鋏が斬り、ブレイカーが抉る解体という名の殲術執刀と、全身のばねを利用した盾の殴打グレイに血を吐かせた。
    「さようなら。願わくば、安らかな眠りを」
     回復も不要と判断した夏樹は攻撃へ転じる。無数の連結刃は四方八方から伸び、グレイをその数だけ八つ裂きにした。
     その言葉に、コルネリウスへの反感が込められていたのかもしれない。でも、ほとんどは本当にグレイへ向けられたものだ。
    「ああ、いい気分だ……」
     どう、と音を立てて倒れるグレイ。いつの間にか、夕日は沈みかけていた。

    ●沈んで、浮く
     夕日の赤は次第に弱くなり、それに伴って夜の青が濃さを増していく。
    「いやぁ、参った参った。本当に強くなるものだな」
     死に体のグレイの眼に灼滅者の姿は映らない。もうそれだけの力はない。無限存在ではあるが、このグレイにとっては純然な死だ。それでも、彼に恐れや後悔の色はない。
    「さらばだ……」
    「いや、だからあなたそんなキャラじゃないでしょう」
    「えー、つれないな君達は」
     綺麗に消えようとするグレイに、龍がツッコミを入れた。しかし向こうも予想していたのか、悪戯っぽく笑う。
    「年長者は敬うものだぞ、冗談くらい付き合ってくれ」
    「ダークネスに年長も何もないだろ……」
     末端はもう消えかかっているというのに、グレイは楽しそうだ。あまりのマイペースさに、優希も戸惑う。オールド・グレイは根っからこんな男である。
    「縁があったら、また、遭いま、しょう。……おやすみなさい」
    「縁があったら、か。そのときはまた強くなっているんだろうな。面倒かもしれないが、またオジサンと遊んでやってくれ。はっはっは!」
     最後に大笑いして、グレイは消滅した。砂一粒も残らない。同時、日も完全に沈んでいた。
     敵ではあるけれど、目の前からいなくなるのも少し寂しさを感じる。縁が顔を上げると、流れ星。ベタ過ぎてくすりと笑ってしまう。
    「まったく、おかしな男だったな」
    「はい。でも、嫌いではないですよ」
     奈落の言葉に、ブラスを撫でながら頷くリィザ。狂える戦人、アンブレイカブル。迷惑どころではない連中だが、その中にあってグレイは独特だったかもしれない。
    「やった、勝ったね!」
     悠はぴょんぽよんと跳ねて喜びを表現する。歳は中学生で身長もそれに見合うものだが、どこか子供っぽい。悪い意味ではないけれど。
    「では、行きましょう。……他の班の援護は必要でしょうか」
     仲間を見渡し、状況を確認する夏樹。心霊手術を施しても、連戦はできるかどうかというくらいだ。
    「さぁ、どうでしょう。ただ、ここからは移動した方がいいでしょうね」
     と想司。辺りは暗く、風も冷たくなってきた。ソウルボードの中とはいえ、風邪を引く可能性もあるかもしれない。
     そこに、灰色のコートが落ちてきた。見覚えがある。散ったはずのグレイのコートである。けれど、大きさは尋常ではない。人が八人は乗れそうなほど。
    「乗れってことでしょうかね」
    「オジサンが送ってあげるよってことかもね」
     口々に呟いて、おそるおそるコートに飛び乗る。すると、コートは魔法の絨毯みたいにふわりと浮いて、どこかへ飛び始めた。その背で灼滅者達を見送るように、また流れ星がひとつ瞬いた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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