プレスター・ジョンの国防衛戦~かの国の男

    作者:カンナミユ

    「『あの女とこの国に恩義がある』……か」
     グレーのスーツの乱れを直し、ぽつりと男は呟いた。
     後ろに立つ二人の青年も倒れる男を見下ろしていたが、茶髪にパーカー姿の青年は手にする得物で背をつついてみる。
     動く気配はない。もちろん生きている気配も。
    「健気なおっさんだったよ、全く」
    「俺達じゃ真似出来ないな」
     そう言葉を交わす二人は笑い、瞳は『健気なおっさん』へ。
     黒の上下はぼろぼろで、地に落ちるサングラスも無残に割れて粉々だ。
    「さーて、邪魔者は片付けた事だし、さっさと行こうか」
    「そうだな」
     そんな男への興味はあっという間に失せたのか、髪を短く刈った青年はシャツについた埃を払い、鎖をじゃらりと鳴らして歩き出す。
    「……どうせいずれ、復活するんだ。恨むなよ」
     ざあっと消えていく姿を目に、刀の血を払い男は二人の後を追った。
      
    「優貴先生が高熱を出して倒れてしまったそうだ」
     武蔵坂内で広まる話題に対し、神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は言いながら灼滅者達の前に立つ。
     風邪を引いたのかと心配する灼滅者達だが、そうではないらしい。
    「確認したところ、歓喜のデスギガスがプレスター・ジョンの国に攻め込んだのが原因である事が分かった。デスギガス勢力の目的はプレスター・ジョンの暗殺。そしてプレスター・ジョンの国の残留思念を奪い、その残留思念をベヘリタスの秘宝で実体化させる事と想定される」
     武蔵坂学園の教師、大津・優貴の中にあるのは、かつて西欧の人々が夢見た理想国の名を冠された巨大なソウルボード。
     名を『プレスター・ジョンの国』という。
     そのソウルボード内にデスギガス勢力が攻め込んだというのか。
     驚きを隠せない灼滅者達を前に、エクスブレインはその動揺を鎮めさせるかのように資料を静かに置く。
    「プレスター・ジョンの国に攻め込んでいるのは、シャドウによって、ソウルボードに招かれた六六六人衆という事が判明している。彼らは最近闇堕ちした序列外の六六六人衆のようで、戦闘力は低い。その分、複数で行動している」
     資料へと視線を落としていたヤマトは灼滅者達へと瞳を向けた。
    「既に話したが、六六六人衆の目的はプレスター・ジョンの暗殺だ。もちろん、プレスター・ジョンもそれを黙って見ている訳もない。残留思念が彼を守ろうと戦っている」
     ヤマトの説明によれば、残留思念の中には攻め込んできた六六六人衆に呼応してプレスター・ジョン殺害を目論む者もおり、戦況は混乱しているという。
    「プレスター・ジョンの国に向かい、残留思念のダークネスと共に攻めてきた六六六人衆を撃退して欲しい」
     ぺらりと資料をめくり、情報を確認するヤマト。
    「……あの男か」
     ぽつりと口にするその存在は高橋・満。
     灼滅者と拳を交え、灼滅された存在は残留思念となり、自愛のコルネリウスによってプレスター・ジョンの国へと送られた。
    「序列外の六六六人衆――山室・信弘、今崎・豊、西丘・正幸と満は戦っているが、彼はプレスター・ジョンの国の住人。そう長くはもたないだろう」
     大半の力を失い住人となった満一人と序列外の六六六人衆三人では分が悪い。
     庇い助ける必要があるかと灼滅者に問われれば、必要はないと短く、聞く者によっては冷たい言葉が返る。
    「お前達は分かっていると思うが、あの男は残留思念、かの国の住人だ。理からから外れた存在を助ける事はお前達にとってプラスにはならないだろう」
     日本刀、巨大十字、鎖とそれぞれが異なる得物を手に戦う満は分裂存在。
     力尽き、倒れたとしてもその姿は時間の経過と共にいずれまたその国に戻るだろう。
     資料を閉じたヤマトだが、ふと視線をめぐらせ、
    「この事件、デスギガス勢力のシャドウも、コルネリウス勢力のシャドウも、今回の戦いには加わっていない。どこか別の場所で戦っているのか、或いは、協定などがあるのか……」
     誰に言うでもなく呟き、四大シャドウの動きに気を配らなくてはいけないと話す。
    「この戦いはデスギガス軍の戦力増強という意味合いもあるが、四大シャドウの戦いの前哨戦でもあるだろう。状況によっては、慈愛のコルネリウスとの交渉も視野に入れるべきだろう」
     そしてヤマトは灼滅者達へと言葉を続けた。
    「六六六人衆がデスギガスに協力した理由は、おそらくベヘリタスの秘宝。何かを企んでいる事は間違いないが、高熱で苦しんでいる優貴先生を助ける為にも頑張って欲しい。頼んだぞ」


    参加者
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    神宮寺・刹那(狼狐・d14143)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)
    獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)
    奏真・孝優(灰色の模索者・d25706)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)

    ■リプレイ


     そこは武蔵坂学園の教師、大津・優貴の中にある、かつて西欧の人々が夢見た理想国の名を冠された巨大なソウルボード――プレスター・ジョンの国。
     国王の暗殺を目論む六六六人衆と対峙すべく、ソウルボードに足を踏み入れた灼滅者達は、男の姿を目に留める。
    「おっさん! 満のおっさーん!」
     その姿を目に真っ先に赤威・緋世子(赤の拳・d03316)が嬉しそうに手を振れば、振り返るのは黒の上下にサングラスの男。
    「……またお前達と会うとはな」
     呟くような低い声。そしてサングラスの奥にある瞳は灼滅者達へと向けられる。
     灼滅され、自愛のコルネリウスによってこの国へと送られたアンブレイカブル――高橋・満。
    「久しぶりっすね」
    「あの時はもう会うことは無いだろうなぁって思っていたけど……まさかまた会うことになるとはね」
     獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)も声をかけ、言いながら柿崎・法子(それはよくあること・d17465)は共にやって来た仲間達を見渡せば、ほとんどが見知った、共に満と戦った仲間達。
    「……ほとんどあの時と同じメンバーになったね。ここまで被るっていうのも……ある意味珍しいかもね」
     驚きを口にし法子は瞳を戻す。
     満は目前に立つ灼滅者達が戦いを挑みに訪れたと思ったのだろう。すと構えを取るが、そこに戦意を感じることは出来なかった。
    「俺はやるべき事がある。悪いが――」
    「……貴方に喧嘩を売るつもりは無いわ」
     渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)の言葉に満の声は途切れ、
    「久しぶりですね、前は敵として相手をしてもらいましたが今回は敵が同じということで協力させてもらいますよ」
     すと前に出る神宮寺・刹那(狼狐・d14143)に察したのだろう。
    「俺達、おっさんを攻撃する意志はないんだ」
    「そのようだな」
     共闘する意志を示す奏真・孝優(灰色の模索者・d25706)の姿に満はぽつりと呟けば、サングラスの奥の瞳はじっと見据え――動く。
     それは灼滅者達でも十分に感じとる事が出来た。
     ひりひりと感じる事の出来る、殺意。
    「お出ましのようだな」
     絶死槍を手に白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が、ちらりと視線を向ければ、こちらへやって来るのは招かれざる存在達。
     そして、深火神・六花(火防女・d04775)の拍手が響く。
     

    「炎神! 輪壊!!」
     身に纏うは煌侍八領、地を蹴り構えるのは緋焔刀。
    「狼藉許すまじ、奸賊!!」
    「ミドガルド!」
     がぎ、ん!
    「うっは、いきなりの攻撃は卑怯っしょー」
     手にする得物で六花と天摩の攻撃を受ける声は軽く、卑怯だと言う割には動揺すら見せない余裕の顔。
    「ねえノブさーん、ちょっとひどくないっすかー?」
    「奸賊、ね。なかなか古風な物言いをするお嬢さんだ」
     刀を手にしたまま、男は文句を言いつつ六花の刃を振り払う茶髪の青年へと近付くと灼滅者達の前に立つ。
    「私達はこの先に用がある。申し訳ないが、ここを通してもらえないかな?」
     そう言うのはスーツに刀を携えたノブさん――山室・信弘。
     物腰の柔らかいその言葉からは彼は六花から攻撃を受けた二人と同じくダークネス。彼等が序列外の六六六人衆だと誰が気付けるか。
    「ここを通す訳には行かない」
     その男達の前に立ち塞がるのは、この国の住人。
    「俺は、あの女とこの国に恩義がある」
    「健気なおっさんだな」
    「俺達じゃ真似出来ないな」
     今崎・豊と西丘・正幸は笑いあい、そして構えれば、満は一人で戦うつもりだろう。すと言葉なく構えを取る。
     だが、一人で戦わせる訳にはいかない。
    「ボク達も一緒に戦わせてもらうよ」
     法子の言葉に刹那は頷き満へと瞳を向ければ、
    「満のおっさーん! 俺たちの戦いっぷりも見てくれよ!」
     ぐっと拳を握る緋世子を見上げる霊犬・ラテもわんと鳴く。
    「オレ達はこの国に用があって、オマエ達には用はないんだよ」
     短く刈った髪をかきつつ信弘は鎖をじゃらりと鳴らすが、灼滅者達は気にもしない。
    「私たちは、デスギガスに好き勝手やられると都合が悪い。あなたは、この国と彼女に恩がある。……協力、できないかしら?」
    「別に手助けするつもりはないんすけど、オレ達もこいつらに用があるんでね」
     百合とライドキャリバー・ミドガルドを伴う天摩の言葉を聞き、
    「一対三じゃ分が悪すぎだろ?」
     戦闘態勢を整える明日香をちらりと見るが、満は何も言わなかった。
     否定の声がないようであれば――、
    「一緒に喧嘩するのも楽しいよな!」
    「……俺は喧嘩はしない。何度も言わせるな」
     ビハインドである奏真・亮一を隣に構える孝優にぽつりと言葉が返る。
     何度も聞いたそれは懐かしいものだ。
    「喧嘩でもなんでもいーよ」
    「さっさと通してもらうぜ」
     そう言い豊と正幸が地を蹴り駆ける姿を目に、信弘は肩をすくめながら携えた刀に手をかける。
     そして。
    「では予定通り、実力で通してもらいますか」
     ずるりと鞘から刀を抜き、それは牙をむく。
     

    「りょーかいりょーかい」
    「さっさと片付けようぜ」
     灼滅者達に襲い掛かるのは弾丸の嵐とどす黒い殺意。そして――、
     がぎん!
    「まさか正面から受けるとはね」
    「……そいつはどうも」
     3連の銃身が刃を受け、ゴーグルの奥で天摩は瞳を細めた。
     ぎりぎりと嫌な音が響き、ざっと払い。
    「こっちもいくっすよ!」
     上がる声。
     演武するように銃弾を撒かれる弾丸をぬうミドガルが攻撃を放つと仲間達も続く。
    「俺たちもいくぞ、ラテ!」
     オーラを纏い、放つ緋世子の拳は豊の腕を打つと、刹那が変化させた腕を振り上げる!
    「これくらいあたらねーよ!」
     ばしんと払う余裕の顔は迫る刃を目前に消える。
    「激神、討ち祓え!」
    「いくぜ、ファーザー!!」
     ダークネスは六花と孝優の攻撃を払い捌き、百合のスターゲイザーを得物で受けると、明日香の絶死槍を防ぎきった。
     そして続くのは、この国の住人の拳。
    「さすが分裂存在。痛くも痒くもないってーの!」
    「ぐ、っ……!」
     胴に豊の獲物がどずりとめりこみ、満は鈍く呻くと、そこへ畳み掛けるように正幸の鎖が、信弘の刀が襲った。
     あの男なら難なく避けられる筈だ。彼を知る者すべてがそう信じたが、彼はもうその力を失っている。
     攻撃をまともに受け血を流す満をちらりと見る天摩の心境は複雑だ。
     自愛のコルネリウスによってこの国に送られた満の力は、その大半は失っている。その力を奪ったのは他ならぬ自分達なのだ。
    「満のおっさん!」
     銃撃格闘術を用いて豊へ弾丸を放つ天摩の耳に緋世子の声が届き、仲間達が攻撃する中で法子が膝をつく満の傷を癒す姿が見えた。
    「何故、俺を……」
    「見たくないのかもね」
     多くは語らぬ法子の癒しは仲間達を、そして拳を交えたダークネスの傷を塞ぎ癒す。
     百合と明日香はこの男と拳を交えた事はない。だが、それでも見たくはないという法子の言葉は分かる。
     拳を交え、戦った男がそう簡単に倒れる姿を見たくはないのだと。
    「こいつらになめてもらっちゃ困るんすよ。オレ達が戦ったあの高橋満をね」
     ぽつりと口にするの目前に刃が迫り、頬を切るも天摩は気にせず拭うと反撃とばかりに攻撃に転じた。
     異なる武器を持つ序列外の六六六人衆の男三人だが、最初の標的は豊。
     豊は受ける攻撃に回復を挟み戦うが、集中攻撃を受けては回復も焼け石に水であった。
     ざぐりとえぐる百合の攻撃に思わぬダメージを負ったのだろう。よろめき生じた一瞬の隙を見逃さなかった。
    「こいつでとどめだ!」
    「う、ぐっ!」
     距離を縮め、真正面から叩きつける連撃は防ぐには早すぎ、受けるダメージは大きすぎた。
    「ちぇ……ここで……おわ、り……か」
     豊はよろよろとあとずさり、限界を迎えたのだろう。血を流しながらがくりと膝を突くと、そのままと倒れてしまった。
    「まずは一人ですね」
     ざあっと灰になり消えていく姿を見下ろし、刹那は目前に迫る鎖を避ける。
     戦いは続き、
    「今まで、多勢で戦っていたのでしょう?」
     白銀の処刑剣を構えて百合は言うが、一人仲間を失ったダークネス二人の表情は変わらない。
    「それがひっくり返された所で、『卑怯だ』なんて。まさか言わないでしょうね?」
    「『今まで多勢で戦っていた』かについてはお嬢さんのご想像にお任せするにして」
     目前まで迫る刃を飛び避け信弘はその瞳をつと向け言葉が続く。
    「こんな事を言うのは失礼だが、標的はちゃんと決めておいた方が良いのではないかな?」
     その言葉の意図に百合は眉をひそめた。
     エクスブレインから情報を得ていた灼滅者達は、対峙する三人のダークネスの情報も当然、得ている。
     異なる武器を持つ三人のダークネスを相手にすると知った灼滅者達はポジションでの優位、同ポジションなら豊を狙う事を決めていた。
     だが、その先、同ポジションの敵二人のどちらを攻撃するかを大半の者が決めていなかった。
    「弱いヤツとか面倒そうなヤツを集中攻撃とかさ!」
     ざ、ん!
    「法子!」
    「大丈夫……」
     ディフェンダー勢をかいくぐる攻撃の牙は後衛に向き、まともに受けた法子は膝を突くが持ち堪えた。
     明日香の声に立ち上がる法子の目前に再び刃が迫り――、
    「させるか!」
     その刃を身を挺して孝優が防ぐ。
     痛みに顔をしかめるも、ほんの一瞬。
    「俺達は負けない!」
    「お前達に負けるようじゃ、満のおっさんに笑われちまうぜ!」
     明確な標的を決めていた六花の攻撃は少しずつではあるが信弘の体力を削り、その後を孝優や緋世子達が続く。
    「へっ、満のおっさんに比べりゃ反応も重さも足りねぇな!」
     かつて対峙した男へちらりと瞳を向けた緋世子は地を駆けエアシューズを駆り蹴り上げると、
    「合わせますよ!」
     満が攻撃するタイミングに合わせ、ロッドを構えた刹那はフォースブレイクを放ち、
    「王焔、咬み砕け!」
    「これでもくらえ!」
     蹴り上げ放つ孝優のスターゲイザーは信弘を真正面から捉え、その一撃は致命傷となった。
     からんと乾いた音を立て、刀を落とした信弘は力尽き、
    「オレが最後の一人、か」
     あっという間に消えてしまった男であったものを目に、正幸はぽつりと口にした。
     ぐい、と血を拭い見渡せば、目の前には灼滅者達と理から外れた男。
    「死にたくないなら尻尾巻いて逃げたっていいんだぜ?」
     にやりと明日香は言うが、返ってくるのは同じく不敵な笑み。
    「オレはダークネスだぜ? 逃げるなんてダサすぎるだろ」
    「そりゃそうか」
    「残念ですね」
     肩をすくめて明日香は応え、じゃらりと鎖を鳴らす青年に向けた百合の声には残念という感情は微塵もない。
     一人残さず全て倒す。全力で。
     刹那は構えなおし、その瞳は満へと。
     拳を交えた男と再び、しかも共に戦っている。
     ここまできたのだ。負ける訳にはいかない。
    「……こんなもんすか。矜持も美学も生き様も今までオレが戦った敵が魅せてくれたもの、何も感じないっすね」
     受ける一撃に裂かれ、肩口から血が舞うが、天摩は表情を変えない。
    「おっちゃんの本気はそれの10倍キツイっすよ?」
     そして見返しお返しとばかりに弾を撒き、拳を放つように弾丸を叩き込む。
     戦いは1対9となった。
     相手がダークネス、しかも序列外の六六六人衆だとしても数に劣る状態では戦いはそう長く続かない。
    「狼藉者は打ち首!」
    「打ち首獄門ってか! オレ罪人かよ!」
     シャツを血に染め笑う正幸は首を狙う六花の刃を払い、孝優と百合の攻撃を立て続けに受けた正幸は、明日香の絶死槍と倒せると判断したのであろう法子の炎も身に受けた。
     満の攻撃をも受け、それでも持ち堪えようとするが、畳み掛けるように襲い掛かる攻撃すべてを防ぐ事は出来なかった。
    「奸賊に祈る神無し……!!」
     再び狙い定める六花の切先を手で掴めば、だらだらと流れ落ちる血は、まるで残りの命が流れ落ちていくかのよう。
    「くく、神か! はは、は……!」
     狂ったように笑うその口からは血が散り、死の淵に立つ青年は六花を睨み血塗れた手で鎖を首に巻く。
     両端を握る姿にその意図を読んだ灼滅者達は立ち尽くし、最期の時を目の当たりにした。
    「言っただろ、オレは……ダークネス、だ……。い、祈る神も、なけきゃ……テメェにやる首、なんて……ねえ……!!」
     

     ぶづん。
     首は落ち、地に着く前に灰となる。
    「終わったな」
     ざあっと崩れ落ちた姿もまた灰となり、消えゆく様子を目に明日香は構えを解いた。
     戦いは終わり、残ったのは灼滅者達と理からはずれた、この国の男。
     その男に法子は缶コーヒーを差し出した。あの時のように。
    「これからどうするつもり?」
     言葉のない満は今度こそ受け取り、
    「さて、目的は達成できましたが……折角会えたのですからまた手合わせお願いできませんかね?」
    「……再戦、か」
     刹那の言葉にサングラスの奥の瞳は再戦を望む瞳がいくつも自分に向けられている事を知る。
     そして、缶コーヒーを持つ手を目に、時がない事も、知る。
     法子と緋世子から回復を受けていたとはいえ、力の大半を失った分裂存在の体力はとうに限界を超えていたのだろう。
     それでもこの男は持ち堪えた。共に戦う為に。
     だが、それも、もう――。
    「どうだ? 俺、強くなってるだろ? 褒めていいぞ! 撫でていいぞ!」
     見上げる緋世子の声に満は自分の手を改めて見れば、己が流す血で濡れていた。
     缶コーヒーをポケットにねじ込み、血を払って手をすと伸ばし――、
    「お前達は……もう、十分……に……」
     ――十分に、強い。
     理から外れた男は光の粒子となり、消えた。
    「おっさん……」
     その呟きにラテは悲しそうに尻尾をたらし、六花は言葉なく立ち尽くす孝優を亮一と共に見つめる事しかできなかった。
     しばし流れる静寂を破るのは百合の声。
    「ここはプレスター・ジョンの国。理から外れた国」
     静かな風に銀糸が揺れ、言葉は続く。
    「いずれまた会えるわ。その時にまた手合わせしましょう?」
     分裂存在となった満は時間と共にまた、この国に戻るだろう。
     その時こそ、再び戦いを。
    「『二度あることは三度ある』とかいうからね。最後……とは言いつつまた会うこともあるかもね」
    「そうっすね。この国でなら何度でも、っすね」
     法子と言葉を交わす天摩だが、ふと、あの計画について聞く事を忘れてしまったと気付く。
     いずれ何かしら分かるだろうし、自身で調査する時間も十分あるだろう。
    「さあ帰りましょう。先生の体調も気になりますし」
    「そうだな」
     刹那に明日香は応え仲間達と戻る中、ふと六花の足がぴたりと止まる。
    「六花、どうした?」
    「……何でもありませんわ」
     孝優の声に振り返った六花は残る気配へと慇懃に一礼し、愛しい人と仲間達の後を追う。
     こうして理から外れた国に静寂が戻るのだった。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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