ぬぅぅぅとりゃぁぁぁぁっ!

    作者:聖山葵

    「ヌートリア?」
    「違うよ、ぬぅとりゃあーだよ」
     小川の側にある土手に座りながら幼稚園児ぐらいの子供達が騒いでいた。
     内容は「おとうさんがこの辺りでヌートリアを見た」と言う話しに端を発するのだが、子供達はヌートリアが何であるかを知らず、見たこともない。
    「凄い名前だな、怪獣か?」
    「怪獣?」
    「きっとそうだよ、『ぬぅ』って出てきて『とりゃー』って襲いかかってくるんだ」
     子供の想像力というのは凄まじい。
     だが、子供達もこの想像が現実になるとは思わなかっただろう。まだ、この時は。
    「ぶっちゃけるとヌートリアってのは南アメリカ原産の齧歯類だな」
     毛皮をとる為に持ち込まれ、後に野外に放逐されたものが野生化したのだが畑の作物を食い荒らしたり、水田の畦に巣穴を掘って壊したりと農業を生業にする人には厄介な生き物となっている。
    「ま、俺もこの間テレビで見て知ったんだが、このヌートリアが元で都市伝説が生まれてしまったようだ」
     都市伝説とは、一般人の恐怖や畏れなどのマイナスの思念の塊が、サイキックエナジーと融合して生じた暴走体である。
    「噂の元は、子供達の想像だったようだが、想像している内に怖くなってしまったんだろうな」
     ともあれ、噂の中で「ぬぅとりゃー」は人を襲撃する怪獣と言うことになってしまっているので、放置しておくと被害が出るのは間違いない。
    「とは言うものの都市伝説はバベルの鎖を有してるんで君達でないとどうにも出来ない訳だ」
     つまり、退治してきてくれと言うことなのだろう。
    「助かるよ。じゃ、説明をつづけよう」
     灼滅者達が頷くと、エクスブレインの少年は黒板に絵を描き出した。
    「ぬーとりゃーは基本的に奇襲を好む」
     小川の中からぬぅっと現れ、「とりゃー」というかけ声と共に強襲してくる。ちなみに敵の数は一体。
    「外見については幼稚園児の描いた怪獣の落書きと言ったところだな」
     出現時刻は黄昏時から夜中にかけて。
    「明かりが必要ないと言うことで俺からは黄昏時を推奨させて貰う」
     夕焼けの中、落書きと戦う灼滅者達。とてもシュールな光景だが、それはそれ。
    「奇襲が得意と言うこともあってか、ぬーとりゃーの攻撃方法は殺人鬼のサイキックに近い」
     小川に飛び込んで身を隠し、水中や地中から死角をついて標的を襲う。
    「まぁ、外見は落書きだが」
     恐ろしい相手の筈なのに、外見のせいで攻撃の様子はシュールきわまりないとか。
    「戦場は遮蔽物など全くない小川とその周辺だ」
     気をつけることがあるとすれば、小川に落っこちたり足を取られることぐらいだろう。
     
    「子供の想像が元とはいえ、放置すれば被害が出てしまう」
     頼んだぞ、と言葉を続け、少年は灼滅者達を送り出した。
     


    参加者
    ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)
    ビスカーチャ・スカルチノフ(しべりあんぶりざーど?・d00542)
    水島・ユーキ(ゲイルスライダー・d01566)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    柳瀬・高明(灰眼の疾鷹・d04232)
    及川・翔子(剣客・d06467)
    蓬莱・烏衣(スワロウテイル・d07027)

    ■リプレイ

    ●黄昏時の出会い
    「「ぬぅぅぅとりゃぁぁぁぁっ!」」
     茜色をした空の下、ビスカーチャ・スカルチノフ(しべりあんぶりざーど?・d00542)の雄叫びが小川のせせらぎに打ち勝った。
    「なんか言わないとダメな気がして」
     明らかに複数の声だったのは、アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)も参加していたのだろう。
    「でも、語感だけで都市伝説化って……最近の子供は想像力が逞しいね」
    「ああ、お子様は想像力豊かだねえ」
    「ええ、本当に子供の想像力には驚かされるわね。子供の想像が都市伝説になるなんて」
     柳瀬・高明(灰眼の疾鷹・d04232)と及川・翔子(剣客・d06467)は共に頷き。
    (「……ところでヌートリアってどんな動物なのかしら」)
     一方は首を傾げ。
    「けどそれはあくまで想像、子供の幻想だ。現実になって誰かを傷つけさせるわけにゃいかねーわな」
     一方は肩をすくめて見せた。
    「……守る、人、いる、訳、じゃ、ない、から、楽……敵、は、厄介、だろう、けど……」
     とは水島・ユーキ(ゲイルスライダー・d01566)のコメントであるが、そもそも灼滅者達が戦おうとしている『ぬぅとりゃー』とはいかなものなのか。
    (「どんな敵だろうと首を刎ねて……って、首あるのかしら」)
     物思いにふけっていたミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)がぶつかったのも、討伐対象による疑問だったが。
    「考えるより実物を見た方が早いわね」
     結論はすぐに出て、頭を振ると足下にあった石を手にする。綺麗な夕焼けを眺めるのも悪くはないが、何時までも夕日を見ている訳にもいかなかったのだから。
    「……ぬぅとりゃあー」
     その名を口にしたのは誰だったか。字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)はなんとも気の抜ける名前だなと言い、蓬莱・烏衣(スワロウテイル・d07027)がすげー名前だなと言った都市伝説は今何処に潜んでいるのか。
    「……そろそろね」
     ミレーヌは手に持っていた石が水を切って飛ぶように小川へ投げて。
    「ぬとっ?!」
    「え?」
     三回跳ねた石はポコッっというコミカルな音を立てて何かにぶつかった。その何かが鳴き声っぽいものをあげた気もするが、きっと気のせいだろう。
    (「まぁ実際今回は落書きのようなものが出るみたいだし、間違ってはいないと思うけど。……とはいえ放置は出来ない、倒さないと」)
     川の中から顔を出してこっちを見ている何かを見ないようにしつつ、望は心の中で漏らした自分の呟きに頷き。
    (「名前と外見だけじゃぁ、ちっとも怖くはねぇが……外見の割に侮れねぇ敵ってか」)
     烏衣はむしろガン見しつつ口の端をつり上げる。
    「うわあ……ほんとにラクガキだ……」
    「ぬぬっ」
     アイティアが何とも言えない表情を見せる中、落書きっぽい何かは水音を立てて小川の中に引っ込んだ。
    「さてと」
     お互いにとってのファーストコンタクトは不本意な形だったが、先方にはまだやり直すつもりがあるらしい。ならば、仕切り直すしかない。
    「失敗、出来ない……成功、させる……」 
     先程の接触を失敗と言っていいものかどうか、ともあれ、こうして灼滅者達の作戦は始まった。

    ●盲点
    「ところで、囮役は誰がやるんだ?」
    「え、誰が?」
     こんな質問が開始直前に望の口から飛び出したのは、囮はディフェンダーを受け持つ灼滅者が担うと思っていたからなのだが。
    「そう言えばディフェンダー、八丸さんとガゼルさんしかいまセン」
     漂い始めた不穏な空気、そう言えば囮役を誰にするか決めていただろうか。
    「オレが行くぜ」
     混乱の中、名乗りを上げたのは、烏衣だった。
    「皆よろしくな!」
    「ああ、骨は拾ってやっ?!」
     封印を解き、バスターライフルをくるりと回した高明が、ガゼルを模したライドキャリバーの角に尻を刺されたりしていたが、何の問題もない。
    「と、とりあえず行ってくるな」
     小川に近づき周囲をぶらつき始めた烏衣が、ぬぅとりゃーと遭遇するのは、この五分後のこと。
    「とりゃー!」
    「うおっ?!」
     水音に気合いのこもったかけ声が重なったかと思った瞬間、鋭い爪が死角から足を狙っていた。
    「現れたデス!」
     発見は襲われた当人を除外すれば、空中から様子を見ていたビスカーチャが一番早く。
    「行くわよ」
    「うん」
     ミレーヌとアイティアがぬぅとりゃーの奇襲へ即座に反応する。
    「ふふ」
     ミレーヌは五歩走って身体を横にスライドさせ。
    「大丈夫、まだ行けるよね?」
     アイティアは癒しの矢を撃ち出しながら囮役へ声をかける。
    「ぬとっ?!」
     それが灼滅者達の意図に気づいた時にはもう遅かった。と言うより、気づける余裕が存在しなかったという方が正しいか。
    「首の方が良いのだけ……どっ」
     気づけば回り込んだ死角から後足を狙うミレーヌが迫っていて。
    「そっちには行かせ無ェよ、ガゼル!」
     退こうとした足下を縫いつけるよう、高明のライドキャリバーが機銃掃射していたのだから。これを別方向に避けたなら、今度は展開するどす黒い殺気につかまった事だろう。
    「奇襲の為に小川から出てきた敵を包囲、小川に帰さない」
     のが灼滅者達の立てた作戦であり、狙いでもある。瞳にバベルの鎖を集中させつつ戦況を見つめるビスカーチャからすれば、作戦は今のところ上手くいっていて。
    「この、まま……ここ、で」
    「ぬ」
     撃ち出されたオーラにぬぅとりゃーが飲み込まれかけた瞬間。
    「……今だ、狙い撃つ……!」
     望はバスターライフルをオーラで霞む影に向け、引き金を引いた。放たれた魔法の光線はオーラと時間差で交差するようにぬぅとりゃーの居た場所を貫き。
    「ぬぅとりゃー」
     漫画のように煤で真っ黒になりつつも起きあがった都市伝説を見て、烏衣は笑う。
    「人……じゃねぇけど、見た目によらねぇんだな、オレすっげぇ愉しくなってきたぜ!」
     投げかけるつもりだった「それにしてもお前、すげぇ弱そうだな!」と言う挑発はやめにして。
    「……妙な手応え。これは本物とは違うのだろうけど」
     いつの間にか後方に回り込んでいた翔子を含め仲間達の集中攻撃に晒されてまだピンピンしているのだ。
    「ぬぅぅ」
    「ぬぅぅぅとりゃぁぁぁぁぁぁ!」
    「とりゃぁぁぁぁっ?!」
     笑顔のままで繰り出したアッパーカットは足に感じた違和感を打ち消しつつ、落書き生物を茜色の空へと打ち上げた。

    ●赤
    「ターゲットロック」
     ビスカーチャの瞳は発動した予言者の瞳の効果もあってか何とか小川へ逃げ込もうとする標的の姿を逃さず視界へおさめていた。
    「でもじっくり見るとなんかキモカワイイかも?」
     同じ事が出来ていたら、アイティアはそう言ったかもしれない。
    「アシスト、八丸さん」
     主の声に霊犬の八丸が駆け出し、ぬぅとりゃーの周りを走り。
    「ぬと?」
     首を傾げるような仕草をした落書き生物へ。
    「ビスカーチャ・スカルチノフ、狙い撃つゼーッ!!」
    「ぬとぉぉぉっ?!」
     魔法の光線は容赦なく、突き立った。あ、首があったようです、良かったですねミレーヌさん。
    「なら、狙えるわね……防具ごと切り裂いてあげ」
     バスタービームを撃ち込まれて跳ねたぬぅとりゃーの死角へ回り込みながら解体ナイフを手にしてミレーヌはふと思う。
    (「って、身を守る物ってあるのかしら」)
     あるのかもしれないし、無いのかもしれない。強いて言うなら八丸の退魔神器が切り裂いた『赤のクレヨンで描いたような輪郭』なんかそれっぽいのではないだろうか。
    「ぬっとぉ」
     誰かがそんなアドバイスでもしたのか、解体ナイフは落書き生物の輪郭を削り。
    「どこから見ても落書きだよね、ぬぅちゃん。やぁっ!」
     異形化した腕を袖で隠すようにしつつアイティアはぬぅちゃんと命名したばかりの都市伝説へ殴りつけた。
    「ぬぶっ」
     茜色の景色の中、灼滅者達に袋叩きされる落書き生物。びしゃっとかぐちゃっとか濡れた音がするのは、小川から出てきて湿っているからだろう。アイティアの拳が赤いのもきっと夕焼けが染めたから。
    「ぬぅぅ」
    「っ」
     風か急に動いたはずみか、宙に舞った帽子を捕まえ、ミレーヌがその声に向き直れば。
    「とりゃー!」
     衣服ごと切り裂かんと振り上げられた爪が夕日に光り。
    「きゃあっ」
    「くっ、何てことしやが……ぐっ」
     高明は服を裂かれた翔子をガン見しようとして、ガゼルの角を模した突起で尻を刺されていた。
    「ま、待てガゼル。今のは冗談じゃなくて仲間を心配してだな」
     ライドキャリバーは言葉を発しない。まぁ、高明のそれは主の冗談を嫌う性質のようだが。戦闘に支障はない。
    「……遊んで、る、場合、じゃ、ない」
    「あ、ああ。ま、今のところ優勢のようだけどな」
     巫山戯ているように見えて、戦局はしっかり目をやっていたのか。高明はバスターライフルを敵に向けつつ、ユーキの言葉に肩をすくめてみせる。
    「ぬっ」
     放たれたバスタービームは、落書き生物が小川に戻るのを許さない。
    「ぬ!」
     地面よりは小川に潜りたいとでも言うかのように灼滅者達の脇を抜けようとするのだが。
    「逃が、さない……」
    「ぬとぉっ!」
     その度に誰かが遮った。ユーキの繰り出したアッパーがぬぅとりゃーを宙に舞わせ。
    「ぬぅぅぅとりゃぁぁぁぁぁぁ!」
     落ちてきた落書き生き物を烏衣は気合いと共に投げつける。
    「ぬぐっ、ぬぬぬ」
    「追撃デス」
    「のとっ」
     起きあがろうとするぬぅとりゃーに突き刺さったのは、ビスカーチャが撃ち込んだ魔法の矢。
    「ぬぅ」
    「まだまだ外さない……!」
     草の上を転がって再び起きあがろうとすればガンナイフを向ける望と目があった。
    「水に、戻、れず……」
    「このままボコボコにされてりゃ本来の能力は発揮出来ねぇだろ?」
     落書き生物の悲鳴が上がる中、ユーキと高明は言葉を交わす。
    「計算外だったのは、後方から援護する立ち位置じゃ出来ないこともあるってことだ」
     例えば前衛を庇いに行くとか。まぁ、後衛という立ち位置にいる以上仕方ないことなのかもしれないが。
    「不利を悟って逃げられたら厄介だけどな」
    「ここ、で、止める……」
     逃がす気はないと言外に告げて、ユーキは地を蹴り。
    「とりゃぁぁぁぁっ?!」
     雷を宿した拳のアッパーカットは、落書き生物を幾度目かの茜色の空へと打ち上げた。

    ●終焉
    「あそこ、土が盛り上がってる」
    「来るわ、右よ」
    「とりゃぁぁっ!」
     諦めて地に潜ったぬぅとりゃーは、アイティアとミレーヌ二人の声によって目標を見失った。
    「惜しかったわね」
     落書きの目に映るのは、草の上に横たわって空を見上げる翔子と。
    「八丸さん、もう一度アシスト」
     投げられたフリスビーを追う犬か何かのようにこちらに飛びかかってくる霊犬の姿。
    「ぬとぉ」
    「ナイス」
     斬りつけられ、悲鳴と共にバランスを崩した落書き生物は迫り来る魔法の光線から逃げる術を持たず。
    「悪いがこのまま消えてもらう……!」
     望の構えたガンナイフから撃ち出されたのは、自動で敵を狙う特殊な弾丸。
    「落書きってぺしゃんこになっても違和感ないよね?」
     ニコニコと笑みを浮かべつつアイティアは腕を振り上げた。
    「ぬりゃぁぁぁっ!」
     袖に隠されても誤魔化しようのない大きさの拳は容赦なくぬぅとりゃーを叩き潰して。
    「都市伝説は倒した後のお片付けがなくて、楽デスネ」
     ケチャップまみれの潰れた落書きもどきが消え去る姿を眺めつつ、ビスカーチャは呟いた。
     結局、ぬうとりゃーとは何であったのか。奇襲を半ば封じられてただのイロモノで終わってしまったような気もするが、きっと気にしてはいけないのだと思う。
    「マジックアワーは終わっちゃったかしら?」
     ミレーヌをオレンジ色に染める夕日は、いつの間にか半分ほど迄を山々の向こうに隠し尚も沈み続けている。
    「さあ、良い子はお家に帰る時間よ」
     このままもう暫くすれば日は完全に没するだろう。少なくともこれ以上この場に灼滅者質が居る意味はない。
    「悪い子は……どこかに寄っていきましょうか」
     促され帰路につこうとする仲間達へ、一つ提案をしながらミレーヌは微笑んだ。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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