ひらひら舞って

    作者:奏蛍

    ●美しい軌跡を追って
     少女の瞳から涙が落ちた。一度落ちてしまえば、止まることなく流れ出す。
     どこか焦点の定まらない瞳が、目の前の道を見つめている。どこか不安定で、立っているのに浮いているようなアンバランスな雰囲気が少女を包んでいる。
     東郷・時生(天稟不動・d10592)が思わず足を止めてしまったのもそのせいだろう。全てを諦め、何もかもを失ってしまったような少女が微かに瞳を見開いた。
     そしてフラフラと歩き出した。何もない宙を見つめる少女の瞳には、希望が見え隠れし始める。
     微かに頬を赤くして、少女は駆け出した。少し前までの落胆ぶりが嘘のように、輝く少女の後を時生は追っていた。
     何かよからぬことが起こる予感がしたのだ。角を曲がった少女に続いて時生が角を曲がった。
     けれどそこにはもう少女の姿はない。時生の常磐色の瞳に十四、五歳の少年が一瞬だけ見えて消えた。
     その少年の手には、小さな籠があった。籠の中で小さな輝く蝶がゆっくりと羽を震わせているのが、時生の瞳に焼き付いたのだった。
     
    ●輝く蝶
    「蝶が見えるみたいね」
     考えるように呟いた時生が、改めて視線を集まってくれた仲間に向ける。そして須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)からの情報を話し始めた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     時生が目撃したのは、魂を輝く蝶に変えてしまう都市伝説だったのだ。とある道で、強く会いたいひとを思うと輝く蝶が見えるらしい。
     そして蝶の後をついていくと、会いたいと思ったひとに会えるというのだ。けれどいい部分はここまでで、実際は命を奪われてしまう。
     元になった噂は、ふたりの兄妹の話だった。いつも道を渡る時は妹の手をしっかり握ってあげてねと母親に言われていた。
     けれどその時は急いでいて、道を渡るときに妹の手を握るのを忘れてしまった。渡りきる直前で兄は気づいて振り返った。
     必死に後ろをついてきた妹は、運悪く転んでしまった。そして道を曲がってきた車に跳ねられてしまったのだった。
     自分のせいだと思った兄は、毎日ただ呆然とその道を見つめていた。すると蝶が舞っているのを見つけた。
     誘われるままに蝶に手を伸ばした兄もまた、妹と同じ運命をたどることになった。それからだった。その道で会いたいひとを強く思うと蝶が現れて、思うひとに会わせてくれる。
     そんな噂がいつの間にか形を変えて、この少年の都市伝説を生み出してしまったのだ。みんなにはこの都市伝説の灼滅をお願いしたい。
    「この道で、みんなで会いたいひとを強く思う必要があるみたいね」
     取り出した地図のとある道を時生が指し示した。時生が目撃した少女は、きっと亡くなった誰かを思っていたのだろう。それほどに会いたいという気持ちが必要になる。
     けれど全員でそれぞれに会いたいという思い、気持ちを積み重ねることでも現れてくるのだ。そのため消えてしまった少女ほどの強い思いがなくとも、みんなの思いを重ねれば輝く蝶を見ることができるだろう。
     後は輝く蝶の軌跡を追っていけば、都市伝説の本体である少年の場所まで導いてくれる。ここで大事なのは、少年がみんなの命を奪おうとするまでは攻撃をしてはいけないということだ。
     先に攻撃を仕掛ければ、少年は消えてしまう。また道に戻って一から輝く蝶を呼び出さなくてはいけなくなってしまうので、注意してもらいたい。
     少年が命を奪いにきたら、後は遠慮なく灼滅してもらって構わない。少年は手裏剣甲と護符揃えに類似したサイキックを使ってくる。
    「誰のことを思うかだけは決めておかないと……」
     微かに首を傾げた時生の黒髪が綺麗に波打つのだった。


    参加者
    南風・光貴(黒き闘士・d05986)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    東郷・時生(天稟不動・d10592)
    檮木・櫂(緋蝶・d10945)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    天束・織姫(星空幻想・d20049)
    瑣談家・与太郎(高校生七不思議使い・d33641)
    シャオ・フィルナート(悪魔に魅入られし者・d36107)

    ■リプレイ

    ●とある道で
    「ここで会いたい人を想うのね」
     指定された道を見渡した天束・織姫(星空幻想・d20049)が呟いた。
    「逢いたい想いで現れてくれるなんて、嬉しいよねぇ」
     後ろからのほほんとした笑みを含んだ柔らかな声が聞こえて来る。由比・要(迷いなき迷子・d14600)だった。
     例え会いたい人じゃなかったとしても、想うだけで現れるとなれば楽なものだ。
    「人が死ぬと魂が蝶になる」
     どこかで聞いたわねと首を傾げた檮木・櫂(緋蝶・d10945)に、東郷・時生(天稟不動・d10592)が頷く。輝く蝶となれば、美しも恐ろしい都市伝説ではある。
     けれど決して惑わされはしないと、時生が常磐色の瞳を細める。
    「これにて終いとなります」
     怪談を口にしていた瑣談家・与太郎(高校生七不思議使い・d33641)が終わりを告げた。これで一般人は無意識に遠ざかってくれるだろう。
    「それでは、始めましょう」
     少し困ったように眉を下げた釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)が遠慮がちに仲間に声をかけた。自分の心と向き合うようで少し怖いと思いながらも、まりはとある言葉を思い出していた。
     すごく胸に響いたその言葉のおかげで、思い出すことで慈しむことも大事なのだと思えた。
    「よし、やろう!」
     元気よく答えた南風・光貴(黒き闘士・d05986)ではあるが、今から思う人のことを考えると何とも言えない気持ちが湧き上がる。他の仲間も頷き、その視線がどこか遠くを見るようなものに変わった。
     光貴が会いたいと願うのは、幼い頃に兄弟同然に育った友達のことだった。捕まっていた研究所から逃げられたのは自分だけで、その友達がどうなったのか今はわからない。
     もしかすると怪人となって、誰かに灼滅されてしまったのかもしれない。出来ることならもう一度会って伝えたい。
     自分だけ逃げてすまなかったと、君も助けたかったと……。
    「俺が……会いたいのは……」
     その姿を思い出しながら、シャオ・フィルナート(悪魔に魅入られし者・d36107)は囁いていた。シャオが会いたいのは初めての友達、黒猫のミーシャだ。
     奴隷として生きていたシャオにとって、主人の飼い猫だった仔猫のミーシャだけが唯一の友達だった。しかし村を襲撃された時に、その命を奪われた。
     強すぎる自責の念で、野良猫にさえミーシャの面影を重ねてしまう。すでに頭では理解していることなのに、心が追いついてくれない。
     そんなシャオの隣で、与太郎も記憶を手繰る。それは小さい頃に色々な物語を語ってくれた今は亡き祖母のことだった。
     会って伝えたいことを強く願う。

    ●ひらひらと……
     引っ越してしまった恋人に会いたいと願うのは、織姫だった。今はどこにいるのか見当すらつかないが、もう一度会いたいと強く思う。
    「……会いたい人は沢山いるわ」
     一瞬、瞳を閉じた櫂は呟きながらたくさんの顔を思い浮かべた。お世話になった孤児院の先生、事故で亡くなってしまった育ての親。
     そして自分とそっくりな男の子……彼とはいつも一緒に遊んでいたのだ。その姿がずっと心の中に引っかかっていた。
     勇気を出したまりは家族の姿を思い描く。今はもういない家族、二度と会えないことはわかっている。
     幻に触れても傷は痛むだけだということもわかっている。それでも刹那の夢を望んでしまう。
     もう一度だけでも、その笑顔が見たい。闇堕ちして灼滅されてしまった大好きな弟の、無邪気な笑顔に会いたい。
     その横で、要は柔らかな笑みを浮かべたまま、ずっと前に亡くした育ての親に会いたいと願う。幽霊でも幻でも何でもいいからと思う時もある。
     寒い時に寒い、暑い時には暑いと言って過ごしやすい日には快適だねぇと笑う。もしもまた会うことができたなら、簡単にできることなのに……。
     今も大好きで、時々すごく寂しくて……会いたいと強く思うのだった。
     浅く息を吐いた時生は、四年前の時のように心底願っていた。自分の全てを捧げるから、どうか両親を……二人を返してくださいと……。
     八人の思いが重なったとき、視界の端に光が舞った。輝く綺麗な蝶が、まるで誘うように円を描いて飛ぶ。
     そして一度止まると、どこかに向かって飛んでいく。通りを進んで、小さな路地に入った。
     時生が少年を見た路地だ。急いで角を曲がって、全員が足を止めた。
     そこには会いたいと願った姿がある。身動きすることもできず、時間が止まっているのではないかという錯覚を覚え始めた頃、それは始まった。
     無数の輝く蝶が、足を止めた灼滅者に向かって飛んでくる。体にぶつかったと感じるのと同時に、蝶が爆発した。
     光貴の前にはライドキャリバーが回り込んで、代わりに爆発を受け止めていた。爆風に瞳を細めた光貴の視界に、ひとりの少年が映る。
     籠の中に蝶を閉じ込めた少年は静かに立ち尽くしていた。
    「……このままずっと眺めていたい気もするんだけどね」
     消えてしまった姿にとらわれないように、緩く首を振った要が片腕を異形巨大化していく。
    「ずっと眺めてると、どんどん寂しくなっちゃいそうだから、ごめんねぇ」
     言葉と一緒に地面を蹴った要がその腕で少年を殴り飛ばした。予想していなかった反撃に息を飲んだ少年が転がるのと同時に、会いたいひとの姿は消える。
     自分が知っている変わらない姿のまま現れた恋人に気を取られた織姫も、すぐに標識を黄色に変えて仲間に耐性を与えていく。引っ越してしまった恋人を思っているのは嘘ではない。
     けれど今の彼はダークネスなのだ。本当の彼がいたら困ったことになっただろう。
     それにジンクスや願掛けに頼ってまで会わせてもらうのは、少し違う気がする織姫だ。会いたい人に会える。一見、綺麗な都市伝説に思えるが、あの世で再開するのは御免だ。
    「都市伝説は、あくまで都市伝説のままで」
     織姫が呟くのと一緒に、少年が一気に立ち上がった。
    「どうして抵抗するの? 僕が会わせてあげるよ?」
     どこか無邪気に首を傾げる少年に、与太郎が首を振った。
    「出会いたい人との絆を利用するとは……」
     噂の元には同情するが、これの所業については許すことはできない。標識を赤に変えた与太郎が、真っ直ぐ少年に向かい殴りつけた。
     俺のせいで……ごめんんさいと囁くように口にしたシャオも、十字架先端の銃口を開いて光の砲弾を放つ。例えその姿が見えたとしても、実際にそこにいないことはわかっている。どこにもミーシャはいない。
    「もう……終わりにしよう」
     これ以上、悲しむ人を増やさないように……。ミーシャの放った砲弾が、少年の体を撃ち貫いた。

    ●羽を揺らす蝶
     喪いたくない者を喪ったとき、人は悲しい現実に押しつぶされてしまう。苦しんで、そして夢を見たいと願うのだろうとまりは思った。
    「……ごめんなさい。私の命は、あなたにはあげられない」
     鋭い鋏をしっかりと握ったまりが飛び出す。そして少年を無造作に斬り刻み、鋏に更なる呪力を宿していく。
    「我が身は盾。我が心は剣。全ては、護るために!」
     その間に力を解放させた時生が、標識を黄色に変えてさらに耐性を高めていく。そんな時生の隣で日本刀を構えた櫂が、真っ直ぐ少年を見た。
     籠の中で揺られた蝶が羽を揺らすたびに、輝く粒子が空を舞って消えていく。引っかかっていた男の子は、イマジナリーフレンド……空想の友達だと思っていた。
     日本に来る前に、いつの間にかいなくなってしまったのだ。けれど何となく気づいていた。
     それが双子の兄であることに……。すでに両親は亡くなっていたため、確かめる術はない。
     過去として割り切ってはいるのだ。でも思ってしまう。もしも願いが叶うなら、名前を読んで欲しいと……。
     何とも言えない気持ちを振り切るように、構えた刀身を振り下ろす。櫂が振るった刃は、容赦なく少年を斬った。
    「別々にいるのはつらいのに、何で一緒になろうとしないの?」
     悲しみを溶かし込んだような少年の瞳が灼滅者たちを見る。
    「妹さんのこと、残念だと思う」
     攻撃する前に話しかけたいと思った光貴が、その瞳を受け止めた。
    「けどそれは君のせいじゃない。事故だったんだ」
     確かに少年は妹の手をしっかりと握っているべきだった。守ってやらなければいけなかった。
    「けど君だって、苦まなくていいんだ!」
     光貴の言葉に、少年は籠の中の蝶に視線を移動させる。その瞳がひどく愛しそうに細められた。
    「もう僕は一緒だから苦しんでないんだ」
     だから君たちももう苦しまなくていいと微笑む少年に、光貴は帯を射出した。都市伝説は噂が形になったものだ。
     ここにいるのは、実際にモデルになった少年ではない。殺すことで一緒にさせることが幸せだと思う少年を変えることは光貴にはできない。
     だからこれ以上の悲しみを生まないようにするしかないのだ。射出された帯は、容赦なく少年を貫いた。
    「わかってもらえなくてもいいよ。僕が幸せにしてあげるから」
     貫かれた痛みに眉を寄せた少年が、輝く蝶を出現させて光貴に放った。心を惑わせる蝶に、光貴が息を飲む。
     催眠を解除したいと思う織姫だが、帯で守りを固めて傷を癒すことはできても解除はできない。
    「誰かお願いできますか?」
     傷を癒して光貴の守りを固めた織姫が仲間に声をかける。
    「任されましょう」
     すぐに反応した与太郎が心温まる話で光貴を包み込むように浄化していく。そんな与太郎の後ろからシャオが飛び出した。
     巨大な十字架型の戦闘用碑文を手にして、少年に向かう。巧みに戦闘用碑文を繰り出すが、身軽そうな少年も巧みに攻撃を避ける。
    「隙だらけよ」
     シャオの攻撃に集中していた少年の瞳が見開くのと同時に、時生が振り切った赤い標識が少年を吹き飛ばすのだった。

    ●思う人
     兄妹を襲った不運が悲しくて苦しくて、涙すら零れないくらいに胸が痛くて言葉にならない。誰も悪くないはずなのに、傷つき苦しむ……。
     目の前の少年は本物ではないのはわかっているし、実際にあった事件なのかも確かではない。けれど悲劇をひとつでも減らしたい。
     そのためにまりは強くなりたいと思う。微かに伏せた瞳に、少年が蝶を放つのが映る。
     咄嗟に身構えたまりが衝撃を覚悟する。
    「皆を護る事こそ、私達の本懐よね」
     しかし衝撃より先に時生の声が響いた。まりの代わりに痛みに耐えた光貴が、笑みを見せる。
     そんな光貴を織姫がすぐに回復していく。
    「君と君の大切な人が、また逢える事を祈るね」
     優しい言葉を紡いだ要ではあるが、放たれた魔法の矢は容赦なく少年を貫く。本当であれば、少年の行動は間違っていると言うべきなのだろうと要は思う。
     けれど昔の自分を見ているようで、何とも言えなくなる。
    「……っ!」
     射られた痛みに少年が眉を寄せた。足元がふらついた少年を、シャオが鋼糸を巻きつけていく。
     身動きが取れずに暴れた少年に、与太郎が炎を纏った蹴りを決めた。衝撃に少年の手から籠が落ちる。
     激しく暴れた少年が鋼糸から逃れて、籠に手を伸ばす。しっかりと籠を手にしたところに、櫂の影が迫る。
     少年の足元に到着した影が触手となって少年を絡め取っていく。
    「こんな悲しいお話は、ここで終わりにしましょう!」
     ここで立ち止まるわけには行かないと、時生が踏み出す。オーラを宿した拳が容赦なく叩きおまれる。
    「今よ! まり!」
     時生の声に、まりが死角から飛び出す。
    「籠の蝶を解放してあげてください」
     留まり続けても苦しいだけだから、もう誰も引きずり込まないであげて欲しい。そんな思いを込めたまりが少年を斬り裂く。
     悲痛な声を上げた少年の体が地面に落ちた。転がった籠が跳ねて扉が開く。
     中から出た蝶は逃げることなく、静かに少年の上を飛んだ。
    「おつかれさま」
     シャオの声に微かに反応した少年がゆっくりと蝶に手を伸ばす。もう少しで触れるところで、蝶も少年も光の粒子となって消えた。
    「これであの少年も、苦しまないで済むのならいいんだけど……」
     都市伝説だとわかっていても、光貴は呟いていた。その横でまりがそっと瞳を閉じる。
     悲しい事故はきえないけれど、どうか彼らの魂が救われますようにと……。時生も黙って瞳を閉じた。どうか安らかにと、犠牲者となった者へ黙祷を捧げる。
    「……彼女にも逢いたいんだけどね」
     少年が消えた場所を見ながら、要が柔らかく囁く。そしてもっと早く少年とも会いたかったと思う。
     もし噂になった少年ともっと早く出会えていたら、きっと友達になれただろうから……。
    「久しぶりに墓参りにでも行きますかな……」
     空を見上げた与太郎の声が、ゆっくりと溶けて消えていった。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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