プレスター・ジョンの国防衛戦~優しさの残滓

    作者:西灰三


     プレスター・ジョンの国、残留思念のモザイクを成しているこの場所にホリィ・シルクと呼ばれたものの存在もここにいた。時折プレスター・ジョンの国の中では戦いの音が鳴り響くが、ここは至って静かな部屋だ。精々が灼滅者達と一言二言交わすことがあるくらいの静寂に過ぎた空間である。
     だからこそ保健室の扉ががらりと開いた時、また灼滅者達が現れたのだと彼女は考えた。
    「またあの子達…………、っ!」
     けれども現れたのは彼女の予想に反しての3体の666人衆であり、彼女と言葉を交わすこともなく手にした刃で彼女を切り捨て、次の場所へ移動していく。
     

    「優貴先生が高熱を出して倒れちゃったんだ。また」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)の表情には俄に心配気な色が映り込むが直ぐに説明をするものに戻る。
    「それで優貴先生に何かがある、ということはプレスター・ジョンの国に何かがあったってことなんだけど……どうも歓喜のデスギガスが攻め込んだみたいなんだ」
     ここの所のデスギガスの動きが活発化しているのと関連があるのかもしれない。
    「プレスター・ジョンを暗殺して、あそこにいる残留思念を奪って、それをベヘリタスの秘宝で実体化させようとしてるみたい。……デスギガスの勢力が増えるとろくな事にならなさそうだよね」
     実際に攻めこんでいるのは、とクロエは敵について説明する。
    「最近闇堕ちした序列外の六六六人衆が実行してるみたいなんだ。一体一体は強くないんだけど、その分チームを作ってるみたいだね。六六六人衆はプレスター・ジョンを暗殺しようと動いてるみたいなんだけど、残留思念と戦闘になったり逆に共闘したりって大分混乱してるみたい。とにかくこのままだと優貴先生が危ないから、六六六人衆を倒してきて欲しいんだ。残留思念は共闘できるならしたほうがいいんじゃないかな。できないなら倒しちゃってね」
     そう言いつつ彼女は目の前にいる灼滅者達の担当の相手を説明する。
    「みんなの行くところにいる残留思念はホリィ・シルク、淫魔だね。サウンドソルジャーと鋼糸のサイキックが使えるよ。彼女と敵対している六六六人衆は三体、殺人鬼のサイキックに加えてそれぞれ日本刀、クルセイドソード、サイキックソードのサイキックも使えるよ」
     ポジションはホリィがキャスター、六六六人衆は日本刀とサイキックソードがクラッシャー、クルセイドソードがディフェンダーだ。
    「この戦いは色々な思惑が渦巻いてる、コルネリウス、デスギガス、そして六六六人衆。この戦いの先にあるものを考えておいてもいいかもしれないね。ともかくそれも成功させてからだから。それじゃ、行ってらっしゃい!」


    参加者
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    凪野・悠夜(朧の住人・d29283)
    アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)
    霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)

    ■リプレイ


     静かなはずの夢の国。ありえない空間同士がありえない形でつながっているこの場所で灼滅者達は野を超え山を超え、地下道を抜け街をかけて目的の保健室を目指す。彼らが目的地の直前に開いた扉は金属製の引き戸、けれどもその軽さは木製のものだ。そしてその先には刃を持った三人の六六六人衆に襲われているホリィの姿だった。
    「あなた達は……」
    「ホリィさん、助けにきました……! 大丈夫ですか…? 今この国は、大変な事になってるみたいで……」
    「ええ、そうみたいね。もっとも私にとっては大したことじゃ無さそうだけれど」
     アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)の呼びかけに焦った様子すらもなく彼女は答える。彼女自身はどうも襲われているから応戦しているだけに過ぎないようだ。既に死んだ身というのもあるのだろう、自己の存在に意識を置いていないようだ。
    (「……力が戻ってきているのか?」)
     紅羽・流希(挑戦者・d10975)は刃を交えているホリィの姿を見て訝しむ。現実世界で灼滅された残留思念はこの場所でも大した力を持たないはずだ。そんな思いを秘めながらも灼滅者達はダークネス同士の戦いに入り込みながらホリィと言葉を交わす。
    「私達は武蔵坂学園の生徒です。恐らく、貴女と目的は一致している様ですので、良かったら私達と共闘しませんか?」
    「さあ、どうなのかしらね?」
     ホリィは黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)の言葉に僅かに微笑む。
    「六六六人衆は私達の共通の敵です、きっと貴女にもメリットはあります」
    「そのメリットって何なのかしら。私は別にここで彼らに倒されても良いのだけれど」
    「それは……」
     目の前のホリィは襲われる理由も知らない。ただ襲ってきたから応戦しているだけに過ぎず、そして自らが倒されてもいずれ復活することを知っている。この手の取引は意味を成さないだろう。
    「彼らは何をしにここに来ているのも知らないし、それ次第かしらね」
    「……王さまを……殺しに……」
     ホリィの疑問にアリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)が答える。彼女の言葉にホリィは少しばかり眉をひそめる。
    「そう……、家主がいなくなると、ここもどうなるかわからないわね。いつか外に出られたらとは思っていたけれど」
     霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)はホリィの言葉で仮面の下の表情が強張る。恐らく敵が残留思念を実体化させるためという目的を知らされていたら彼女は容赦なく敵に回っていたはずだ。
    「……できれば僕らと一緒に戦ってほしいんだ。あいつら、多分君も狙ってくるだろうし、そうなったら君も気分は良くないでしょ? ……もし戦うのが嫌だったら、せめて静観してくれると嬉しいな」
    「取り敢えず味方しまひょ。せやから味方したってな」
     凪野・悠夜(朧の住人・d29283)と銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)の男性二人が言えば、一瞬瞑目して彼女は答える。
    「そうね、まあ良いでしょう。たまには力のあるあなた達に手を貸すのも」
    「それじゃ一緒に頑張ろう♪」
     カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)が拳を突き上げる。ホリィと一時的に手を組んだ灼滅者達は本格的な戦いに入っていく。


     灼滅者達は一斉に敵の守り手を狙い攻撃を仕掛けていく。六六六人衆の番外ではあるがダークネスであり灼滅者よりも単体の戦闘能力は高い。それでも迷うこと無く繰り出される灼滅者達の攻撃は相手を捉える。
    「受けろ!」
     流希の死角に入り込んでの一撃が相手の防御を裂く、それを皮切りに灼滅者達の連携が続いていく。防御だけでは無く回避力も奪おうとドールの硝子のような刃が敵の横腹を通り過ぎる。
    「……斬り裂く……」
     敵の体から血が滲み動きも鈍る。さりとて彼女もまた守り手である、自由に動き回る敵の攻め手を防ぐのも役割の一つだ。闇子も防御を固めながらの一撃はどちらかと言えば守るための動きだ。
    「ほら、同じスタイル同士楽しもう!」
     光を灯すロングソードを振るって闇子は相手と剣戟を交わす。けれどもそれは倒すためよりは守るため。攻撃を後方から担う右九兵衛と毬亞の2人。定められた照準は敵を逃さない。
    「このまま吹き飛びい!」
    「こちらの冷気もつけましょう」
     弾丸とフリージングデスが敵を襲うが守りに徹している相手を打ち倒すには足りない。更にクインハートが漆黒の弾丸を放つがやはり倒すまでには至らない。
    「止められない……!」
    「なら俺が息の根を止めてやるぜ!」
     悠夜が鈍色の大鋏を構えて相手の体を両断する。如何に硬い相手でも猛攻の前には耐え切ることなどできない。だが。
    「……何笑って消えてやがる!?」
    「相手の思う壺になっていた、からではないかしら?」
     ホリィは糸を巡らせて攻め手の勢いを削いでいた、それは敵が複数いる時に最も効率の良い攻撃手段であったから。彼女の視線はずっと回復を行っていたカーリーに向けられていた。彼女は肩で息をしながら、前線で戦う仲間達の事を心配気に見つめていた。……戦いの勢いの中で灼滅者達の体は深く傷ついていた。


    (「六六六人衆はコルネリウスに導かれた奴らばかりにちょっかいをかけてるみたいだが、何が目的なんだ? 力の無い奴らをこの国から引っ張りだす意味は何があるんだ?」)
     流希の脳裏に戦闘とは直接の関係のない事がちらりと浮かぶ。それが傷ついていた流希にとって致命的な隙となった。刀による一撃はドールが止めた、だが光刃は防御をすり抜けて彼の胸に突き刺さり彼の体は倒れる。
     この結果を招いたのはひとえに敵の守り手を先に狙った、という事だろう。守り手が誰かをかばう事の出来る機会は実はそれほど高くない。むしろかばえない機会のほうが遥かに多い。また攻め手に比べれば攻撃力も高くないので被害そのものは大きくない。その攻め手に自由に攻撃できる機会を与えてしまい、結果被害が拡大してしまっていた。この状態ではいくら守りや回復を固めようとも誰かは倒れてしまうだろう。
    「……!」
     カーリーは自分のサポートが届かない事に歯噛みする。彼女は戦闘が始まって攻撃する機会もなくひたすらに回復を行っていたのだが倒れるものが出るのは想定外だっただろう。
    「くそっ! 早く決着を着けるぞ!」
     悠夜が中心となって残る敵2体を一刻でも早く倒そうと全力で攻撃する。だが相手も残るクラッシャーの彼を狙い始める。敵から見て彼さえ倒せれば攻撃力の高い存在はいなくなり生き残る率が高まるからだ。
    「させないよ!」
     闇子とドールがそうさせまいと止めるが、二人の力を持ってしてでも精々片方の攻撃を受けるのが精一杯だった。幸いなのは敵がナンバー付き程の実力がないので攻撃力がそこまで高くないことだった。
    「……それでもアカンやつやこれ」
    「困ったわね」
     ホリィの隣で真顔でレドームをフル回転させて右九兵衛が光線を放つ。それも敵を浅く焼くにとどまり決定打にはならない。
    「薔薇さんが、危険を教えて下さいます……」
     クインハートが掲げたハートが電子音を鳴らすと同時に傷ついた仲間を癒やすが、それだけではまるで態勢を立て直すには至らない。むしろ悠夜が倒れたら次は手に届く距離にいる彼女だろう。その次は回復を行っているホリィだろうか。
    「参りましたね、これは」
     毬亞のマジックミサイルも相手を追い詰めるが、それ以上にこちらも追い詰められている。これまでの戦いの中で攻撃力が落ちてしまっているのが大きい。そしてついに敵の凶刃を受けて悠夜の体が大きく揺らぎ倒れる。その姿を見て敵はクインハートに視線を向ける、やはり次は彼女ということだろう。
    「……オイオイ。テメェらの力はそんなもんかよッ……?!」
     刹那、気力で踏みとどまった彼が強烈な一撃を加えてやっとの事で相手を打ち倒す。すぐさまに返す刃で倒されるが、この機会を逃すと灼滅者達にも後はない。死力を尽くしてzン力で攻撃を加える。
    「一気に畳み掛けますよ!」
    「……スペードの槍撃……!」
     毬亞の攻撃に追随するようにクインハートが槍に赤いオーラを纏わせて斬りつける。深くまで食い込んだ一撃で敵の体に穴が空く。
    「このまま……!」
    「ボクも攻撃するよ!」
     闇子の光る剣とカーリーの放つ逆十字が敵の勢いを大きく減じていく。無論相手もその間に攻撃放ち灼滅者達は傷ついていくが、こちらもまた止まらない。
    「はよ倒れろやぁッ!」
     いつになく必死に攻撃を放つ右九兵衛。弾丸が相手の体を踊らせて翻弄する。そしてその敵の背後をドールが駆け抜ける。
    「……最速で……斬り裂く……」
     言うよりも早く剣を収める、彼女の背後では真っ二つになった敵の体が弾幕に吹き飛ばされて消滅していった。


    「貴女のお陰で勝てました、どうもありがとうございますね」
    「大したことではないわ、ちょっとした暇つぶしのようなものだしね」
    「なんでこんな事になったんやろな、心当たりとかあらへん?」
    「さあ何故でしょうね。序列でも上げに来たんじゃないかしら」
     最後の戦いを終えた後、毬亞がホリィに礼をする。そのついでと右九兵衛の問いに適当に彼女は答える。
    「痛っ……」
     流希が痛みに呻く。大きな傷を負った彼をカーリーが手当している。それでも彼の視線はホリィに向けられている、彼には戦いよりも気になることがあったから。
    「……ホリィ、コルネリウスが貴方達ダークネスの魂をここに集めている意味を『求め』ます」
    「私はあの子じゃないから分からないわね。それに貴方達は『求め』なくても自分で得られるでしょう?」
     そんなホリィに今度はクインハートが話しかける。
    「あの……ホリィさん……ごめんなさい……」
     それは同じ灼滅者が彼女を灼滅したことに対する詫びの言葉だった。
    「貴女が謝る理由はないから、頭を上げなさい?」
     ホリィは目をつぶり彼女に答える。そのままため息を付いて、背もたれのある椅子に腰掛ける。なんとなく無造作に彼女の胸が強調された気がする。
    「ほら、ああいうのがエロいと思えへん? 保健室ってだけでレベル上がるし」
    「ぶっ、いきなり何言ってんだよ!?」
     唐突に右九兵衛が悠夜に振る。悠夜の先程までの戦士としての表情はどこかへ行き、今は歳相応だ。……そんな男子2人からドールがいつも以上に距離をとっている気がするのは気のせいだと思う。
    「ところで……おつかれさまパーティを開きたいな」
    「飲み物くらいなら出すけれど、いる?」
     闇子の言葉にホリィは軽く答える。紅茶をリクエストして毬亞は思う。
    (「これで優貴先生も治っていればいいのですが……」)
     そしてここにいないもう一人の当事者の事をクインハートは思い浮かべる。
    (「……コルネリウスさんも…大丈夫かな……」)
     シャドウ達の行く末、未だその先は定まることを知らない。

    作者:西灰三 重傷:紅羽・流希(挑戦者・d10975) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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