よし、喧嘩をしよう

    作者:波多野志郎

     ――戦うのに理由なんていらないのだ。
    「ようはあれだ――暴れられればそれでいい」
     男はそう言い捨てると傍らの巨大な斧をその肩に担いだ。ズン、と担ぐだけでも地響きがしそうな巨大な斧だ。男は見事にそったスキンヘッドを撫でつつ、歯を剥くように笑った。
    「ネットとやらの情報じゃ、ここであるそうじゃねぇか! 月に一度の何でもありのストリートファイト! 時間まではわかんなかったけどよ」
     そう言って男は広い廃工場を見回す。時間は朝――ちなみに、そのストリートファイトがあるのは深夜である。
    「ちょいと早くつきすぎたか? しゃーない、待つか!」
     ブンブン、とおかしな風切り音をさせながら男が大斧で素振りを始めた。軽い肩慣らしをこなしつつ、男はストリートファイトの開始を待った……。

    「遠足に浮かれた子供かよ」
     思わずそうツッコミを入れた神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、そこで表情を改めた。
    「今回、俺が未来予測によって察知したのはダークネスはアンブレイカブルだ」
     このアンブレイカブルは格闘好きのファンが密かにやっているネットで見つけた非合法のストリートファイトの開催を知り、そこへと乗り込むつもりだった。
    「……不幸中の幸いって言ってもいいのかわからないが、夜に開催だってのに待ちきれずに朝から張り込んでやがる。来た端から平らげるつもりだ――観客もファイターもおかまいなしでな。どれだけの被害が出るか想像もしたくないぜ」
     ゾッとしないという表情でヤマトが深い溜め息をつく。状況だけ見るとギャグに聞こえるが、実際の被害は洒落にならない。
    「お前達には朝にそこに向かってもらい、こいつを倒してもらいたい。大丈夫、こいつにとってはそこに来る奴はみんな参加者で倒すべき敵だから」
     あまり大丈夫ではない気がするが、確かに戦って倒さなければいけないのだから都合はいいだろう。
    「廃工場は元々ストリートファイトが行えて観客まで入れるような場所だ、広くて障害物も存在しない。敵はこのスキンヘッドのアンブレイカブルたった一人だが、強敵だ――お前達が全力を出し切って初めて勝てる相手、と俺は見たぜ?」
     ストリートファイターのサイキックに合わせてその大斧で龍砕斧のサイキックも併用してくる。斧と素手を使い分ける変幻自在の格闘術の使い手だ、一撃一撃の破壊力がある相手に当たり負けしないような工夫もいるだろう。
    「戦うのが好きだって言うのなら、腹一杯戦わせてのしちまえ――それが灼滅者の役目だぜ?」
     頼むぜ、灼滅者、とヤマトは締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    神鳥谷・千聖(灼熱・d00070)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    更科・五葉(忠狗・d01728)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)
    雨羽・月(高校生ダンピール・d03647)
    ツェツィーリア・マカロワ(舞い裂くツングースカの銀龍鱗・d03888)
    緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)

    ■リプレイ


     朝――柔らかな朝日は分け隔てなく降り注ぐ。それは、これから激闘が行われる廃工場にもだ。
    「ストリートファイトとか格ゲーの世界の話だと思ってたよ。あいつが出場したらどっかの世紀末みたいになりそうだけどねー」
     しみじみと肩をすくめた風宮・壱(ブザービーター・d00909)は見る。廃工場、空いた天井の穴から降り注ぐ朝日の下、満面の笑顔で巨大な戦斧を素振りするスキンヘッドの男を。
     離れていてもその斧が巻き起こす風と音が届く。それに巻き込まれればどうなるのか――想像の結果は、あまり愉快なものではなかった。
     しかし、神鳥谷・千聖(灼熱・d00070)の顔には笑みがある。まるで道端で同好の士に出会ったような気楽さで告げた。
    「朝早いね! ご機嫌麗しゅう! ウキウキだね! 早朝の運動で戦ってみない?」
    「お? お前等、ストリートファイトの参加者か? 遅いじゃねぇか、いい汗かいちまったよ」
     スキンヘッドの男、アンブレイカブルが灼滅者達に気付き、そう朗らかな笑顔を向ける。緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)はその笑顔を見上げると不思議そうに小首を傾げた。
    「ネットとか使うんだ、人は見た目によらないんだね」
    「ばっか、これからの世の中ネットも使えないと楽しめねぇじゃねぇか! 超勉強したぜ?」
     褒めるな照れっから、と豪快にアンブレイカブルは呵呵大笑する。
    「好きなだけ暴れたいというのでしたら、私達がお相手しますよぉ……」
    「おお、何人でもいいぜ? 何でもありだかんな!」
     シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)の分厚い眼鏡に隠された顔に真剣な表情が宿った。その横で、雨羽・月(高校生ダンピール・d03647)はフードの下で憂いの表情で溜め息をこぼす。
    「喧嘩好きなのはいいが誰彼構わずというのは頂けないな」
     月もまた闇堕ちを経験した事がある。だからこそ、アンブレイカブルとはそういうものなのだ、という事は頭ではわかっても、感情が理解を拒む。
     だからこそ――目の前のこのダークネスは倒すべき敵なのだ。
    「何でもアリの喧嘩祭りか、なかなか面白ェ」
     対して、ツェツィーリア・マカロワ(舞い裂くツングースカの銀龍鱗・d03888)は歯を剥いて笑う。理屈はどうでもいい、戦う事に爽快感を抱くのは理解出来る、と。
     それにアンブレイカブルも同じ笑みで戦斧を肩に担いだ。
    「そうそう、喧嘩祭りだ。こう、スカっとやりあおうぜ? 理由なんざこねまわして戦ってもつまらねぇだろ? 思う存分力を振るいたい、もっと強くなってもっと力を振るいたい――結局、そこにあるのは本能だ、理屈じゃねぇ」
    「そうか。ならばお前を灼滅する事に、理由はいらない」
     藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)がそう無表情に言い捨てる――その手には一枚のカードがある。
     同じように仲間達がカードを手にする中、ちくさが告げた。
    「助けて僕のヒーローレッド!」
     その解除コードと共にちくさの前へヒーローのお面をつけたビハインドが守るようにその姿を現した。更科・五葉(忠狗・d01728)もヒュオン、と妖の槍を手足のように振るい、その切っ先を突きつけ言い放つ。
    「確かに何でもアリだよな……集団対個で悪ぃけど、此処で敗けて貰うぞッ」
    「構わねぇよ? ――何でもありってのはそういうもんだ」
     同じく武器を構えていく灼滅者達はアンブレイカブルは目を細め――笑みを濃いものにした。
    「こいつぁ、腹が膨れそうだ――行くぞ? 戦闘開始だ」
     アンブレイカブルがその戦斧を腰溜めに構え地面を蹴る――ここに観客のいない激闘が幕を開けた。


     アンブレカブルの動きに、灼滅者達も予め決めていた場所へすぐさま移動する。
     前衛のクラッシャーに五葉、ディフェンダーに壱とシャルリーナ、ヒーローレッド、中衛のジャマーに徹也と月、ツェツィーリアのサーヴァントであるライドキャリバーのリーリヤ、後衛のメディックにちくさ、スナイパーに千聖とツェツィーリアと言った布陣だ。
    「素振りで肩は暖まってるぜ!? ――まずは朝のご挨拶だ! おはようございます!!」
     弾丸のように疾走したアンブレイカブルが振りかぶった戦斧を力任せに振り回す。その龍翼飛翔の一撃は容赦なく前衛の三人と一体を切り裂いた。
    「――ダークネスのデータ収集を開始する」
     感情のこもらない声で徹也が言い放ち、駆ける。その戦斧を振り切ったその瞬間を見計らい、死角に回り込むとそのガンナイフの刃でアンブレイカブルの足を払った。
    「一番良い楽器を持ってきたが……どこまで演奏が続くかね」
     リーリヤの機銃掃射と同時、ツェツィーリアは腰溜めに構えたガトリングガンから嵐のように弾丸の雨を叩き込む。ブンッ! とアンブレイカブルは戦斧でリーリヤの弾丸を振り払うが、その間隙を縫うようにツェツィーリアのバレットストームはアンブレイカブルを捉えた。
    「頭だけじゃなく全身ピカピカにしちゃおう」
     ちくさが胸の前に添えた手に輝く指輪から魔法の弾丸を撃ち放ち、それに合わせヒーローレッドが霊撃の一撃を叩き込む。その連撃を受けて、アンブレイカブルは嬉しそうに喉を鳴らした。
    「ククク、ああ、ああ、いいぜ、こうでないと楽しくねぇ!!」
    「ああ、楽しそうで何よりだ!」
     千聖の刻む赤い逆十字――ギルティクロスをアンブレイカブルは裏拳で打ち砕く。そこへシャルリーナが飛び込んだ。
    「私で満足して貰えるか分かりませんが……いきます!」
     地面スレスレまで低く身構え、シャルリーナは地面に手をついた。そのまま自身の右足へとバトルオーラを集中――稲妻を思わせる青白色を足へまとい、足を蹴り払う。
     そのシャルリーナの黒死斬を受けたアンブレイカブルに月が踏み込んだ。腰の日本刀を繰り出す腰の捻りを利用して逆手で引き抜く。その刃の軌道へアンブレイカブルは戦斧の柄を置こうとするが月はクルリと器用にその手の中で刀を回しそれを掻い潜った。
    「遅いな、遅すぎる……ぼやぼやしてると首が落ちるぞ」
    「器用だな、おい」
     月のティアーズリッパーに切り裂かれたシャツを見て、アンブレイカブルが感嘆の声を漏らす。その隙に壱が真正面から突っ込んだ。
     ピン、と親指でシールドのコインを弾いて拳を繰り出す。狙って落下させたコインを掴むと即座に起動――橙に輝くシールドバッシュを打ち放った。
    「ビビって引かないでよー?」
    「だな――やられた分は倍返しだ!!」
     壱が真横へ跳んだ直後、五葉が正面から渾身の螺穿槍を繰り出した。心の臓を穿とうというその一撃を――アンブレイカブルは身を横にかわし、その槍を掴むと五葉を宙に舞わせた。
    「チッ!!」
     ザッ! と槍を振るう勢いで体勢を建て直し、五葉は着地する。地獄投げによる相殺――それをやってのけたアンブレイカブルがコキコキと首を鳴らして言った。
    「お前、良い事いったな?」
    「……何だと?」
    「倍返しな。うん、そうだよね、そうでないと面白くねぇ」
     ズン、と肩に担ぐように戦斧を構え、アンブレイカブルは吠える。
    「数的に丁度いいわな――十倍返しだ、喰らっとけ!!」
     心底楽しげに、アンブレイカブルは灼滅者達の中へ突っ込んだ。


     朝の廃工場にいくつもの戦闘音が鳴り響く。観客のいない戦場には、拍手喝采は存在しない。ただ、相手を打ち倒す――その意志に満ちた音だけがそこにあった。
    「あッはっは、いい音だ。こりゃ大砲が欲しくなるぜ」
     リーリヤの突撃に合わせ振り回したガトリングガンから炎の弾丸を乱射しながらツェツィーリアが笑う。トリガーハッピーな彼女にとって、この銃声は音楽だ。それもこの世界でもっとも激しく、心躍らせる最高の音だ。
     その音が、今までにないほど弾んでいる。敵は強い――だからこそ、敵が奏でる音と共にツェツィーリアの愛すべき楽器も上機嫌な音を奏でてくれる!
    「っらあああ!!」
     アンブレイカブルがリーリヤを蹴り飛ばす。その足が落とす影に、忍び込む人影があった――月だ。
    「隙だらけだ、逃げられると思うな」
     地を這うように踏み込んだ月がその逆手に構えた刃を振り上げる。その刃は深くアンブレイカブルの太ももを切り裂いた。
     だが、アンブレイカブルはそれに構わず拳を振り上げる。
    「その動きは認めるがな――軽いんだよ!!」
     アンブレイカブルが鋼鉄拳を振り下ろした。刀を振り上げた直後の月の側頭部を狙った拳は――寸前で間に割り込んだシャルリーナが受け止めた。
    「く……ッ!」
     しかし、そのバトルオーラを集中させた両腕を軽々と弾き、アンブレイカブルの鋼鉄拳はシャルリーナを殴りつけた。
    「チッ、厄介だな。よく守るじゃねぇか」
     言葉ではそういうもののアンブレイカブルの口調には笑いがある。むしろ、それでこそと言った響きだ。
    「安心してください、しっかりと守りますからね」
    「ああ、助かる」
     決意を込めて言うシャルリーナに月も信頼を込めて答える。レッドヒーローが霊障波を叩き込む間に、ちくさが防護符でシャルリーナの傷を癒す。
    「大丈夫だよ、僕が直すから」
    「うん、まったくだね。みんなでやれば、勝てるよ!」
     壱の言葉に五葉も槍を構え、笑みをこぼした。
    「なら、自分の役目を果たさないとな」
    「援護する」
     徹也がガンナイフを手に五葉に告げる。それに、五葉も槍を構え――炎で覆い答えた。
    「――行くぜ!!」
     ――戦況は互角だ、そう千聖は後衛からそう判断した。
     アンブレイカブルは強い。数の優位による戦力差など存在しない。ただ一人で八人の灼滅者と二体のサーヴァントを相手取りながら一歩たりとも退かない強さを持っているのだ。
    (「……惜しいなぁ」)
     敵が強くて楽しい、だからこそ自分が全力が出せないのが惜しい。今にも前に駆け出したくなる想いを抑え、千聖は別の楽しみを見いだす事にした。
     いかに隙を生み出すか――全力を出せないからこそ、仲間達に繋ぐために千聖は思考した。
     ――その一瞬は、唐突に訪れる。
    「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
     五葉に向かってアンブレイカブルがその戦斧を振りかぶる――龍骨斬り、その渾身の一撃を振り下ろした。
    「まず――!?」
     その一撃を受ければ、ただではすまない。その予感を誰もが抱いた――いや、ただ一人だけ、そうはならないと信じていた者がいる、ちくさだ。
    「気にしないで、僕が生きてる限り必ず帰ってくるから。ヒーローは死なない、もう対価は支払ってあるんだ」
     その信頼に応えるように、ヒーローレッドがその一撃に割り込んだのだ。振り下ろされる戦斧は一撃の元にヒーローレッドを切り裂いた――倒れる事無く消えていくヒーローレッドの背中を見届けながらちくさはマジックミサイルを撃ち放つ!
    「く!」
     その魔法の矢がアンブレイカブルの肩を刺し貫く。そこへ千聖がブラッティウェイブの黒き波動を繰り出した。
     それをアンブレイカブルは戦斧で受け止める――その動きが止まった瞬間、千聖が言った。
    「任せた!」
     そこへ、ツェツィーリアとリーリヤが弾幕を叩き込む!
    「さぁ、ド派手にフィナーレと行こうぜ!」
     ガガガガガガガガガガガガガッ!! と銃弾が情け容赦なくアンブレイカブルの足元に叩き込まれた。膝が触れたアンブレイカブルへシャルリーナと徹也が左右から間合いを詰めた。
     シャルリーナの青白いバトルオーラに包まれた右拳が雷をまとい振り上げられ、徹也の鋼鉄拳が振り下ろされる。
     ガガン! と顎をかちあげられ、その頭を叩き伏せられる――それでも、アンブレイカブルは歯を剥いて笑った。
    「ハハ、いいなぁ! まさに窮地ってか!」
    「邪魔だ、吹き飛べ」
     月の鋭い一閃から放たれた衝撃波がその胴を深々と切り裂く――そして、壱が橙に輝くシールドを炎に包み、レーヴァテインを繰り出した。
     ドン! という鈍い打撃音。その身を炎に包んだアンブレイカブルへ五葉は突っ込む。真正面から――それ以外に興味はない、と。
    「――これで、全返しだ!」
     槍が螺旋を描く――五葉の渾身の螺穿槍が、アンブレイカブルの胸を刺し貫いた。
    「ハハッ、いいセッションだったぜ? さよならだ」
      ツェツィーリアがガトリングガンの銃口を空へと向け、引き金を引く。それは倒れた敵への弔砲であり、激闘の終わりを告げる閉幕の音楽となった……。


    「いやぁ、死ぬほど疲れたよ……」
     苦笑と共に壱がそうこぼすと仲間達も笑みをこぼした。
    「ま、お疲れさん。今日のところはとっとと帰っとこうぜ?」
     撃つだけ撃ってスッキリした、という風のツェツィーリアの提案に誰もが賛同した。再び元に戻ったヒーローレッドの姿に笑みを見せていたちくさも不意に廃工場を見回してこぼす。
    「ごちそうさま」
     手を合わせ、ちくさが言った。確かに、多くの者が満たされた戦いだった。
    「出来れば、もう一回戦いたかったなぁ」
     千聖がしみじみと呟く。これがストリートファイトであったなら、また再戦する機会もあったろう――しかし、これは生死を賭けた戦いだ、次はない。
     だからこそ、勝者は戦場から生きて去る。倒した者の命を糧に、今日よりも激しい明日の戦場に挑むために……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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