プレスター・ジョンの国防衛戦~赤鬼、三度

    作者:泰月

    ●赤鬼の残滓
    「ちっ、手前ェら殺し屋連中だな。どこの鉄砲玉だ!」
     振り下ろされたナイフを金棒で打ち払い、2m近い巨漢が吠える。
     巨漢の名は、赤羅。羅刹である。
     対する3人は、いずれも六六六人衆。
    「おい、回り込め」
    「デカブツが。当たるかよ!」
    「序列の足しにしてやる」
     ナイフが、鋼の糸が、影の刃が。次々に襲い掛かる。
    「クソが……俺ァ、また負けんのかよ……組長、すいやせん」
     次々と攻め立てられ力尽きた赤羅の姿は、溶ける様に消えていった。
    「てこずらせやがって」
    「よし。他の連中に遅れる前に行くぞ」
    「ああ、プレスター・ジョンとやらの首は、俺達のもんだ」
     鬼を狩った3人は、ソウルボードの奥を目指して去っていった。

    ●優貴先生倒れる
    「優貴先生が高熱を出して倒れてしまったの」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、集まった灼滅者達にそう話を切り出した。
     ただの風邪やインフルエンザであれば、灼滅者達が呼び集められる筈がない。
    「原因は、プレスター・ジョンの国。そこに、歓喜のデスギガスの手勢が攻め込んだ事だと判ったわ」
     デスギガスの目的は、恐らくプレスター・ジョンの国の残留思念。
     プレスター・ジョンを殺し、奪った残留思念をベヘリタスの秘宝で実体化させる事だと考えられている。
    「もし多数の残留思念が復活し、デスギガスの勢力に加わってしまえば、大変なことになるかもしれないわ」
     今なら、まだそれを阻止する事が出来る。
    「プレスター・ジョンの国に攻め込んでいるのは、シャドウじゃなく、シャドウにソウルボードに招かれた六六六人衆よ」
     いずれも最近闇堕ちしたばかりの者で、序列もなければ、戦闘力も低い。
     だが、複数で行動する事でその点を補っている。
    「目的はプレスター・ジョンの暗殺なんだけど、残留思念の中には、プレスター・ジョンを守る側に立って六六六人衆と戦っている者がいるわ。赤羅も、その1人よ」
     赤羅。
     かつて、羅刹の里を抜けた摩利矢の追っ手だった羅刹だ。
     街に現れた所を灼滅され、残留思念が蘇るもそれも倒され、その僅かな残滓がプレスター・ジョンの国に送られた。
    「ただ、中には六六六人衆に呼応して敵についてる残留思念もいてね。戦況は混乱が予想されるわ。だから、共闘出来る相手とはして欲しいの」
     倒すべきは六六六人衆だ。
     2度戦った相手と、3度目は共通の敵を迎える事になる。
    「赤羅の強さも戦い方も性格も、以前と変わりはないわ」
     棘付き金棒を武器とし、鬼神変も得意とする。
     赤羅は灼滅者に良い感情を持っていないだろうが、性格は短絡的だ。目の前の敵を無視はしない。
    「こちらから攻撃をしなければ、赤羅が皆に攻撃してくる事はないわ。六六六人衆を倒した後も大丈夫よ」
     今までのプレスター・ジョンの国なら、赤羅はただの残像に過ぎなかったのだから。
    「対する六六六人衆はナイフ、鋼糸、影業使いの3人よ」
     いずれも序列外。1対1なら、赤羅の方にやや分があるくらい。
    「気になるのは攻め込んでるのが六六六人衆だけって事。デスギガス勢力も、コルネリウス勢力も、シャドウは今回の戦いには加わっていないのよ」
     どこか別の場所で戦っているのか、或いは、協定などがあるのか……。
    「四大シャドウの動きにも、気を配らなくてはいけなくなりそうね。それも、今回の件を乗り切ってからだけど」


    参加者
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    喚島・銘子(空繰車と鋏の狭間・d00652)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    ヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)
    李白・御理(玩具修理者・d02346)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    清水・式(愛を止めないで・d13169)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)

    ■リプレイ

    ●三つ巴
     ギャリッッ!
     死角から突き込まれたナイフと金棒がぶつかり、耳障りな音を立てる。
    「ちっ! 殺し屋連中が、ちまちました戦い方しやがって」
     金棒を振り上げる間にナイフ使いが距離を取るのを見て、黒曜石の角を持つ巨漢は苛立たしげに舌を打ち鳴らした。
    「うるせえ。勝てば良いんだ。戦いってのは、頭使うも――」
     揶揄するように言った糸使いの表情が、驚愕に凍りつく。
    「安心したよ。背後から襲っても、全く心が痛まない奴らで」
     背中に帯が突き刺さった衝撃に糸使いが振り向くと、そこには二夕月・海月(くらげ娘・d01805)と続く灼滅者達の姿があった。
    「何が起き――ぶっ!」
     ナイフ使いが振り向くより早く、飛び出した刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)がその背中を蹴り飛ばす。
    「そいつは任せた。あんたが強いことは知っている。一対一なら、そんな格下相手に負けないだろ?」
     けしかけた赤羅の返事を待たず、渡里は振り向きざまに影使いに鋼の糸で斬った。
    「手前ェら。いきなり出てきて、なんのつもりだ」
    「組長に一宿一飯の恩があります。組長の為に戦うなら、それに倣います」
     赤羅の問いに返しながら、李白・御理(玩具修理者・d02346)は巨大に変異させた鬼の拳で糸使いを殴り倒した。
    「……こいつら、どっかで……?」
    (「かつての敵を援護する……なんだろうか、感慨深いね」)
     まさに、縁は異なもの。
     訝しい顔をする赤羅に一言で言い表せない感慨を覚えつつ、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)は人形の腕を改造した縛霊手を振り上げた。
     絡繰が起動し、内臓された祭壇から結界が広がる。
     赤羅は――鬼は外。
     結界の内に入れられた男達には、清水・式(愛を止めないで・d13169)が放った幾つもの矢が福の代わりに降り注ぐ。
    「何で灼滅者が……くそっ、一旦出直し――」
    「させるか」
     短く告げたヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)の銃撃が、3人纏めて撃ち抜く。逃がしはしないと、弾丸は言葉より雄弁に語る。
    「さあ、リキ。敵はヴォルフが撃った3人だ。あいつらを邪魔して、皆を守るんだ」
     指示を受けた霊犬が駆け出すのを見送り、月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)は手にしたナイフを掲げた。
     生じた夜霧はリキも、前の仲間達も、赤羅も包み込む。
    「おい、余計な事を――」
    「獲物を取る訳じゃないけど、こちらも確実に仕留めたいの。邪魔はしてないでしょ」
     夜霧の中からの声に返しながら、喚島・銘子(空繰車と鋏の狭間・d00652)は巨大な光の法陣を、やはり赤羅も含む様に広げその力を宿らせた。
    「くそっ。おい、羅刹。手伝え。あの灼滅者達を――」
    「馬鹿言ってんじゃねえ」
     掌を返したナイフ使いの頭を、霧の中からぬっと伸びた太い腕が鷲掴みにした。
    「お、おい。羅刹が灼滅者につくのか!?」
    「先にドス抜いたのはそっちだろうが。ガキの横槍程度で手打ちとか、甘い事言ってんじゃねえ!」
    (「よもや、赤羅と共闘する日が来るとは思わなかったわねえ」)
     赤い鬼の拳がナイフ使いを殴り倒す光景に頼もしさすら覚えて、銘子は胸中で呟いた。
    ●共闘
    「力を貸してくれ、クー」
     くらげの形で海月の肩の辺りを漂っていた影が、彼女の手を包み込む。
    「く、来るんじゃねえ!」
     地を蹴った海月の腕に、糸使いが鋼の糸を巻きつける。
    「これで仕留める」
     海月は構わず腕を突き出し、影の刃で糸使いの胸を的確に貫いた。腕が裂けるが、銘子の霊犬・杣が癒しの視線を向ける。
     これで、1人目。
    「くそっ。これ以上、付き合いきれるか」
    「いや、付き合って貰う」
    「だから、逃がさないって」
     踵を返そうとした影使いに、ヴォルフが表情を変えず己の影を巻きつけて、朔耶は軽く呆れた様子で魔力を圧縮した矢で押し戻す。
    「今回の仕事は、番外の三下には、荷が勝ちすぎるんじゃないかい?」
    「だ、誰が三下だ!」
     逃げる素振りを見せた影使いだが、渡里の挑発にあっさり激昂する。影の刃と鋼の糸が交錯し、互いに相手を斬り裂いた。
     直後、式の癒しの矢が渡里の傷を癒し、影使いは銘子の影に飲み込まれる。
    「ちっ。影使いがこんなトラウマに……っ!」
     影使いが影の中から脱した時には、灼滅者達に包囲されていた。
    「こんな依頼だって、聞いてねえぞ!」
     愚痴をこぼす影使いの影の刃を、式のビハインド・神夜が遮る。
     一点突破を狙っているようだが、灼滅者達は狙いを絞らせず、逆に全員で攻撃を集中させる。影使い達が赤羅にやろうとしていた事を、そのまま返しているようなものだ。
    「ふっ」
     敵の影を掻い潜り、ヴォルフは畏れを纏わせた刃を袈裟懸けに振り下ろす。
    「リキ!」
     朔耶の指示で霊犬が刃を咥えて飛び掛り、斬撃が交差した一点を朔耶の魔力の矢が撃ちぬいた。苦悶の表情を浮かべ、影使いが消えていく。
     そして――。
    「ちょこまかしてんじゃねぇ!」
    「くそ羅刹がぁぁぁ!」
     赤羅とナイフ使いの戦いは、まだ続いていた。
    「懐かしいな、あの鬼のおっさん」
     斬られるのも構わず攻め立てるかつての敵の姿を、小次郎は少し遠い目で眺める。
    「サフィアに気をかけさせといて良かったな」
     赤羅の後方には、離れて癒しの視線を向ける渡里の霊犬・サフィアの姿があった。
    「ん? ……ちっ。ガキ共に先越されるたぁな!」
    「手伝ってもいいの?」
     此方の状況に気づいて獰猛そうな笑みを浮かべる赤羅に、銘子が問い返す。
     かつての敵とは言え、悪感情はない。むしろ、嫌な汗を感じながら報告書を目にした敵との共闘に、遠くへ来たものだと言う感慨すら浮かぶ。
    「いらねぇよ!」
    「断る。勝つためだ」
     提案を迷わず一蹴した赤羅を、海月も迷わず拒否を返して、ナイフ使いに意志持つ帯を撃ち込んだ。
     放っておいても、赤羅が勝つだろうが――この方が、確実だ。
    「援護します。僕と影のケジメを付けるです」
     きっぱりと告げて、ロップイヤーのフードを揺らし駆け出す御理。行動で、意志を示す為に。
     走りながら風を集める。それは、赤羅と同じ羅刹の力を持つ証。
    「手伝うさ。俺も鬼のおっさんに見せたい」
     寓話の字を持つ槍を手に戦友の隣を駆けながら、小次郎は思う。
     2年前の、雨の夜。あの時の赤羅は強くて、そして怖かったのだろう。
     あれから経験も積んだ。変わったものと変わらないものを、もう一度見せてやろう。
     御理の手で渦巻いた風に乗って、小次郎が投げた赤い番傘が舞い上がる。
    「おらぁ!」
     変異した赤羅の拳に殴り飛ばされたナイフ使い。その背中を、風の刃が切り裂き、隕石の欠片を鍛えた槍が螺旋に回って貫いた。
    「その動き、その傘。それと兎みてえな被り物。手前ェら、あの夜の……」
     落ちてきた番傘を受け止め、そのまま差す。生前の記憶にある最後の光景の再現に、赤羅は呻くように呟いた。

    ●赤鬼との別れ、そして――
    「俺を殺した連中が、どういう風の吹き回しだ?」
    「敵対する気はないわよ? この連中を差向けたデスギガスとは戦争したばかりでね。今の所利害は一致しているから安心して頂戴?」
    「私たちは守りたい人のために戦っているだけだ」
     敵意、とまでは行かない、戦うなら戦う――とでも言うようなギラついた視線を向ける赤羅に、銘子と海月が戦う気はないと告げる。
    「敵の目的は王を倒して、この国と住人を利用する事でしょう」
    「ここの王様がいなくなったら、俺達も困る。それと、六六六人衆は敵だからな。敵の敵は、味方だ」
     御理と渡里も、事情を告げる。
    「残留思念とは言え、あんな六六六の下っ端に鬼のおっさんがやられるのは、見てて面白くないのだよな」
    「はっ。手前らが来なくても、あんな連中にやられなかったぜ」
     切り傷だらけの体で小次郎に返し、赤羅は金棒を担ぐように構え直し――。
    「行けよ」
     金棒は滑り落ちた。
    「行くのか帰るのか知らんが、とっとと行っちまえ。これで貸し借りなしだ。手前ェらに貸しを残すなんざ、ごめんだからな」
     告げる赤羅の腕は、手首から先がなくなっていた。喋る間も消失が続く。
    「あの夜の続きといきてえが――そんな時間、俺にゃねえようだからな」
     赤羅は蘇ってなお倒された残留思念。本来なら、戦う力すら残っていない――三度目の時間も、時間切れだ。
    「一つ訊く。組長――赤城山の忠次郎は、今この国の、どこにいる?」
    「さぁな? そこまで答える義理はねぇ」
     赤羅の答えに、訊ねたヴォルフはそうか、と返して引き下がった。
     いいのか、と視線で問う朔耶に、黙って頭を振る。今更、自分が忠次郎にトドメをさした事を告げて、なんになる。
    「虎子は今も生きて悪巧みしてますし、僕のダークネスも赤羅さんや組を忘れない。娑婆の方は任せて下さい――勿論、タダで悪さはせませんけど」
     消え行く赤羅に言っても、おそらく覚えてはいまい。
     それでも、御理は口に出して告げた。これもケジメだ。
    「癪なこと言いやがる……勝手にしろ」
    「じゃあな、鬼のおっさん」
     雨の夜、武器を向けるのか、と言って笑った時と同じような笑みを浮かべ消え去った赤羅を見送って、小次郎は小さく呟いた。

    「プレスター・ジョンの元へ向かおう」
    「応援に行く余裕はある」
     やるべき事を達して間もなく、朔耶とヴォルフが最初にそう言い出した。
    「そうだな。王様の防衛、行くか」
    「戦闘音が聞こえたら、そちらに向かってもいいかもしれません」
     同じような事を考えていた渡里と御理が頷いた。
    「難しい事は判らないけど、優貴先生の為に頑張るか」
    「この世界には、いい思い出がないけど仕方ない」
     さらに海月と式も頷けば、そこまで考えていなかった銘子と小次郎も強く反対する事はない。
     もっとも、純粋にプレスター・ジョンを守る為だけではなく、それぞれ訊きたい事など思惑もあったのだが――。
     いずれにせよ、8人はプレスター・ジョンの国を、奥を目指して進んで行く。
     だが、プレスター・ジョンの元を目指して、進むのなら。
     何故、初戦を突破した『刺客の側』が『自分達の後ろから来る可能性』について誰も警戒しなかったのか。
     後ろから漂う、煙草の匂い。
     気づいて全員が同時に振り向くと同時に、振り下ろされた無垢木の棍が、式の隣の神夜を殴り倒していた。
     そこに立っていたのは、くたびれた背広姿の男。
     この男も残留思念ではなかったか。確か、名前を処(ところ)。以前は、公園のベンチに座って煙草を燻らせていなかったか。
     いずれにせよ、プレスター・ジョンの元に辿り着く前に、その命を狙う新たな敵とであってしまったようだ。
     想定外だが、退く訳には行かない。

    ●紫煙
     銘子の標識と、無垢木の棍がぶつかりカンッと乾いた音を立てる。
    「っ……一応聞いておくけど、敵側に付いたってことね?」
    「まあね。此方の方が戦いが沢山ありそうで、面白そうだから」
     標識を黄色い光を放つ銘子の問いに言い返し、処の掌中で無垢木が回る。突き出された棍を、杣が遮った。
     衝撃で吹き飛ばされた杣に、式が癒しの矢を飛ばす。
    「そんな理由か。シャドウ勢がめんどくさいのは毎度のことだが、そちらに付く方も負けず劣らずだな……行くぞ、クー」
    「おじさんは判り易いと思うよ? 殴りたいだけ」
     くらげの影が形を変えて篭手のように纏わりついた海月の拳打をくらいながら、処は何故か楽しそう。
    「もう充分殴りあったんじゃないのか?」
     千切れたスーツの隙間の下にあるであろう傷を狙って、渡里は鋼の糸を放つ。
    「ここんとこ、ご無沙汰だったしさ……って、おぉ」
    「足りないなら、殴ってあげますよ!」
     飛び退いて避けた処は、そこに迫る巨大な鬼の拳に目を見開いた。
    「蹴られるのはどうだ?」
     変異した御理の拳を蹴って、小次郎が飛び掛る。
     伝説の名馬の名をつけた朱漆の下駄で、重たい蹴りを叩き込む。
     落下地点に待ち構えるのは、2つの影。
     朔耶の影が背広を切り裂き、ヴォルフの影が男に巻きつく。
    「おじさんさ。出来たばかりの部下を、さっき辞めさせられちゃったんだよ」
     影に巻きつかれるままぼやくように言って、処は動く手で棍の構えを変えた。
    「……そっちだけ回復できるのって、ずるいよね?」
     棍から雷撃を放って式を撃ち抜くと、するりと影を抜け出す。即座に振り上げた棍が、ヴォルフを叩いて鈍い衝撃を体の内に響かせた。
    「何いいの貰ってんだか……リキ!」
    「セフィア」
    「杣もね」
     朔耶が茶化しながら指示を出し、渡里と銘子もそれぞれ霊犬の名を呼ぶと、一斉にヴォルフに癒しの視線が注がれた。
    「ああ……そうか。そう来るよな」
     煙草を咥えたまま呟く処に、小次郎が隕石の槍を突き込む。
     螺旋に回る槍を棍で打ち払った所を、御理の風の刃が斬り裂いた。
    「こりゃ、ご本尊はぶっ殺せないかな……ま、それならそれで、此処で殴るさ」
     傷が増えても咥えた煙草は落とさず、処は衝動に任せて地を蹴り、手に馴染んだ無垢木を振るい続けた。
     力尽き、自身が紫煙の様に消える、その瞬間まで。

    「……何とか、勝てたわね」
    「これ以上進むのは厳しいな。帰った方がいいだろう」
     銘子が安堵の息を漏らすのを見て、海月が帰還を提案する。
    「そうですね。戦闘音も聞こえませんし」
     御理が頷き、他に反対の声は上がらなかった。
     処は、遭遇した時点で明らかに消耗していた。
     他の灼滅者と戦った結果だろう。そうでなかったら、おそらく勝てなかった。
    「プレスター・ジョンの安否を確かめたかったけど……」
    「仕方ない。さすがにこれ以上、戦う余裕はない」
     臍を噛む朔耶に、ヴォルフが諭すように告げる。
    「俺も王様に聞きたい事、あったんだけどね」
     あまり残念そうではなく、渡里もぼやく。
     尋ねたい事があった者もいる。
     だが仮にプレスター・ジョンの下に辿り着けたとしても。いつものように彼と戦いにならないとも限らない。潮時だった。
    「それにしても……今日はおっさん続きだったな」
     ポツリと呟いた小次郎の言葉に、そう言えば、と顔を見合わせ。
     灼滅者達は、現実へと戻っていった。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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