●少年は問う
彼女は、とてもとても優しい人だったのだ。
「……さやかさん……何で………!」
重たい両足を引き摺りながら、進む少年は悲しく叫ぶ。その両足からは真っ赤な血がどくどくと溢れていた。今日、完治を告げられる筈だった足。
陸上部、期待されていたのにまさかの骨折。長い戦線離脱は本当に悔やまれて――でも苦しかった自分をいつだって笑顔で迎え、励ましてくれた看護師・さやかとの出逢いがあった。
美人というわけじゃない。まだ若くて、針を刺したり包帯を巻く手もぎこちなくて、何となく頼りない。でも、名を呼べばいつだって優しい笑顔で振り向いてくれた。共に医療に携わりたいと決意するほどに大好きだった。しかし今日、その彼女がこの足に新たな傷を刻んだのだ。
手に血塗れのメス。見たこともない冷たい視線で医師と無数の患者――いや骸を見下ろしていた彼女。
少年は、背を向け何とか逃げてきた。……闇に覆われ軋む身体の痛みにも必死に耐えて。
「……っ、うあぁあっ……!」
抉られる様な激痛。ざわざわと、身体中を闇が這う様な不快な感覚。
得体の知れない力に徐々に侵食されていくのを感じた少年は立ち止まりぎゅっと強く瞳を閉じると、心に渦巻き続ける疑問をただただ空へと吐き出した。
「……何でっ……なんで……!!」
痛い。体が。心が。その痛みを、やがて闇に呑まれてしまうまで少年は空へ問い掛ける。
あんなに優しい人が、どうして。
「……さやかさん………!!」
しかし、少年が遂に意識を手放しても――その答えが返ることは無かった。
●真実の言葉
「『どうして』。……当然の疑問よね。彼はダークネスの存在も、自分が闇堕ちしようとしていることも知らないんだもの」
そう語る唯月・姫凜(高校生エクスブレイン・dn0070)の表情は寂しげだった。集まった灼滅者達1人1人を見つめる紅い視線は揺らめき、また1つの運命がダークネスの闇に巻き込まれることを悲しんでいる様にも見えた。
「ヴァンパイアに闇堕ちするのは春日井・洸(かすがい・こう)くん。高校2年生の男の子よ。大きな怪我で長く病院に通院していたけど、優しい看護師さんと出逢ったことで将来の目標を見つけて、恋もして。決して悪い時間じゃなかったって前向きになれたのに――憧れのその人の闇堕ちに巻き込まれて闇堕ちしてしまうの」
大好きな人の引き起こした惨劇の場に居合わせ、傷を刻まれ、挙句の闇堕ち――つまり、看護師・さやかの心の中にも少年の存在は近く在ったということだろう。
さやかの闇堕ちが何故起こったか、その経緯までは解らない。
しかし、想像しえない現実に何故、と叫びながら闇に侵される少年を思えば、灼滅者達もぎり、と手を強く握り締める。
その様子を悲しく見つめ、姫凜は言葉を続けた。
「あなた達に向かって貰うのは、彼が通っていた病院にほど近い高校よ。1階の廊下に彼は居る。夜だから、校舎内には他に誰も居ないわ」
灼滅者ならば施錠された校舎に侵入することも、セキュリティを掻い潜ることもわけはない。
そして、1階の直線廊下の中央付近で壁にもたれて座っている洸は、その時点でダークネス。既に洸として会話することはできない。
「普通、闇堕ちすれば人としての意識はかき消えてしまう。だから、戦うしかない。でも、もし春日井くんに灼滅者の素質があるとすれば、……」
現時点で、姫凜に彼を救い出せる確証があるわけでは無い。洸に灼滅者の素質が無ければ問答無用で灼滅するしかないことも知っているから、姫凜はそこで口を噤んだ。
それでも、再び語る少女の言葉に滲むのは、祈り。
「『どうして』『何故』って答えの出ない疑問に春日井君は苦しんでる。だから、彼に答えをあげて欲しいの。ダークネスのこと。凶行に及んださやかさんが――もう、さやかさんではないってこと」
辛くとも、悲しくとも、それは灼滅者として生きるならば受け入れなければならない現実。洸の問いへの答えは、灼滅者の誰しもが憶えのある葛藤だ。
しかしもしもそれが、洸にも届くとしたら。
まだ、間に合うのならば。
「灼滅者のあなた達だからこそ、きっと彼の心に寄り添い応える言葉を掛けてあげられる筈なの」
見つめる視線に信頼を込めて、姫凜は灼滅者達を送り出す。
現実が齎す痛みに耐え、生き抜いてきた灼滅者達ならば、きっと。
――あなた達なら、きっと。
参加者 | |
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十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576) |
鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795) |
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) |
嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432) |
白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246) |
永篠・葎(残響・d34355) |
シャオ・フィルナート(傷だらけの蒼人形・d36107) |
城崎・莉々(高校生エクソシスト・d36385) |
●異形化の少年
静かな夜だと、そう思った。
道中には桜も咲いて、世は華やかさの最中――しかし今日、城崎・莉々(高校生エクソシスト・d36385)の漆黒の瞳に映る景色には不思議な閑けさと悲しみが在った。
校舎に入れば閑けさは一層深くなり、それでも音立てず進む莉々の足取りが重くなることは無い。灯りこそ点いても沈黙する廊下には、水場からだろうか、ぴちょん、と時折滴の落ちる音だけが響いていた。
(「もしも灼滅しなければならない時は……トドメは、俺が」)
藍の睫毛を哀しく閉ざし、シャオ・フィルナート(傷だらけの蒼人形・d36107)は今日の戦いの結末を思う。
闇に堕ちた少年、洸――今日場を訪れた灼滅者の誰もが願う彼の救出が絶対で無いことは、シャオだけではない、全員に既知のこと。
救えぬなど考えたくはない。しかし、……望まぬ結果への覚悟もあった。どうしようもなければ、洸を灼滅しなければならない。
そうだとしても。
(「助ける力があるのに、それをしないと言うのは性に合わないからな。……やり遂げなくては、全力で」)
進む白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)の伏せた瞼から、蒼玉の瞳がゆっくりと顔を覗かせた。救ってみせると決意した強い眼差し――そこに、直線廊下の中央で床に座し壁に背預ける人影が写り込む。
――洸が、そこに居た。
(「……あなたが、洸くん」)
心で呼んだ嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)の銀瞳は瞬いて、奥に宿す星が優しく、しかし悲しく煌いた。
痛々しい少年の右大腿。まだ新しい血に染まった着衣の裂け目に、高い再生能力を顕す既に塞がった傷跡が見えた。俯き表情こそ解らないが、手には長く鋭い爪を有し、少年の異形化の進行を灼滅者達に明確に伝えてくる。
その姿に、一秒でも早くと静寂を破ったのは鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)。
「春日井くん……春日井洸くん」
ぴくりと揺れた洸の肩。この声は少なくとも目前の存在に届いている――確かめて安堵して、小太郎は淡々な声で心を刻む。
「オレ達の声を聴いて。きみと、きみの未来を護りたい」
洸は、動かない。再び訪れた沈黙に、しかし思い伝えなければ適わぬ救出と知ればこそ、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は1歩前へと歩み出た。
「洸さん、さやかさんは――」
瞬間だった。獰猛な獣の様に牙を剥き出し凄まじい勢いで狭霧へ襲い掛かった洸に、咄嗟に狭霧が聖剣を構えたのと、イコの足元から伸びた茨の影が洸を打ち払ったのとがほぼ同時。
バチン! 激しい音立て弾かれた洸が、後方へどっと倒れる。一気に緊迫の様相を呈した廊下で、永篠・葎(残響・d34355)は顕現させた鋼糸を掴み、洸の四肢へと巻きつけた。
動き鈍ったその間に灼滅者達は包囲の陣へと移行する。その時とん、と一瞬背を預けられる感覚に狭霧が一瞥すれば、聞き慣れた声が耳に届いた。
「……ふふ、痛いくらいは構へんわなぁ?」
穏やかな笑みに泣き黒子。信置く玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)に応えて笑んだ狭霧は、再び真直ぐ洸を見据え、ぐっと口を真横に結ぶ。
目的は――洸の『救出』。成し遂げられると信じればこそ表情にはまた笑み浮かべ、狭霧は力強く地を蹴った。
「多少の痛みは目覚しに最適っすよ!」
●逃れ得ぬ現実
「……人が邪悪な心に支配される。邪悪な心を、ダークネス。その心のままに動くことを、闇堕ちと私たちは呼んでいます」
戦弾飛び交う戦場で、莉々は洸へと努めて穏やかに語り掛ける。
「何故、と疑問はあるでしょうが――人間は等しく可能性があるのです」
防護を導く莉々の符が、魔力帯び輝き始める。光が黒髪を艶やかに照らせば、そこへ鋭い視線を向ける洸の瞳は血様の赤。
そんな洸の四肢捕え、弦を手繰るのは葎だ。
「洸。今お前の身体乗っ取ってんのがダークネスだ」
油断すれば持っていかれる。引き合う洸の力の強さに葎は僅かに表情を歪めた。しかし手繰る力を一瞬更に強めると、逆に解放しその反動で洸を切り裂く。
「自分じゃねぇ別の生きモンだって解るか? ……同じことが、さやかに起こった」
「ヴアア!」と上がる本来理知的な筈のヴァンパイアが放つ吠声は、まるで『さやか』を拒否している様。だからシャオは、敢えてその名を口にした。
「俺達の中にはダークネスという闇がいる。俺も、春日井さんやさやかさんと同じ……ヴァンパイアが中にいるんだ。だから、他人事とは思えなくて」
言葉の間に戦場は霧に包まれる――ダークネスに由来する、その技の名はヴァンパイアミスト。
「吸血鬼の力は、少し特殊でね」
その霧を裂き突如洸の眼前へ飛び出した狭霧の手に煌く刀身は、音も無くスッと洸の身体を透いて通過した。
「ヴァアアッ!?」
「――愛する人達に迄力を感染させてしまう。つまり彼女の心には洸さんがいたんだよ」
神霊剣。聖剣『星葬』の奏でる旋律に乗せて紡いだ狭霧の言葉には、自身の願いと共にさやかの想いも込められていた。
(「好きな人を傷つけるって思った以上にきつい事。……きっとさやかさんも苦しんでる」)
そして信頼していた相手に殺されかける、その辛さ――憶えのある洸の境遇に、狭霧の胸にも切ない痛みが蘇る。
だからこそ、2人共のために洸を救いたい――届けとばかり力強く斬りつけた闇のみ砕く一撃は、洸の表情を憤怒に歪めた。
「ヴァアアッ!!」
「さやかさんは……抱えた闇に身も心も奪われて、闇そのものになってしまったんだ」
言って駆ける小太郎の足音に、タッ、ともう1つ足音が重なった。腕を鬼の様な剛腕へ変化させ洸の背後へ回り込む悠月に合わせ、小太郎は洸の足元まで己が影を長く延ばす。
「そして、さやかさんが最期まで大切に想っていたきみを、闇が道連れにした。命を奪い、きみを傷付けたのは彼女じゃない。……そんなこと望まないって知ってるよね」
淡々と言葉は無表情に紡いでも、伝える小太郎の心は痛む。その悲痛は悠月にも等しく、だからこそ悠月は誓う。
(「口はそんなに上手い方ではない。だが助けたい――救出しよう。全力で」)
小太郎の影『鳴き骸』が突如足元から洸を掴み、捕えた。その機に鬼の手で少年の腹部を打った悠月に続いて――迸る炎の滾りを解き放ったのはイコだ。
「絶対に、このチャンスを逃しません……!」
体内から噴出したのは白銀煌く眩き炎。イコの強い想いを乗せ、力強く洸の身体を包み込む。
「ヴアァアア!」
炎に包まれ、睨む瞳と同じ緋色のオーラを爪に纏わせた洸は、反撃とばかり真近の人影へそのまま腕を振り下ろした。
――ズバン!
「……そうして憤るんは、嘆くんは、俺らの声が聞こえとるからやね」
凶刃が下りたその先には――一浄。
「そして洸はんがまだ手を染めてへんのは、洸はんが強かったからやね。……ようさん事殺めてもうた彼女は、もう戻れへん」
ぽたり。流れ伝った鮮血が、次々と床に落ちる。その刃の強さに洸が未だ闇の中だと察しても、一浄は泣き黒子の目許を一層緩め、洸の瞳を覗き込んだ。
真直ぐ見つめ、穏やかに――洸の心へ語り掛ける。
「しっかりしい。さやかはんの灯してくれた光に救われたんやろ? したら今度は、自分はもう心配あらへんよーて彼女に伝えてあげなあかんのと違う? ……君はそっち側に行かせへん」
微笑みに、洸の瞳が戸惑う様に揺れたのを、狭霧は見逃さなかった。
「……洸さん! さやかさんは決して、彼女の意思で裏切った訳じゃない! 洸さんを傷つけたさやかさんは、もうさやかさんじゃないんだ!」
「洸くん、なぜと問うお気持ちの行方……本当の答えは、洸くん自身にしか攫めないの! 謎を追えるのは、あなただけ……!」
言葉連ね、名を呼んで。痛む心を押さえイコもまた叫ぶ。
浮かぶのは、幼きから沁みついた一族の教え。独り遺されても、強く生きる光をくれた父と母。
「大丈夫、あなたは独りじゃないわ! わたしは最愛の家族を喪いました。もう、二度と逢えない……此処に居るみんな、そうして闇を抱えて生きて居るのよ!」
強く生きてと願う想いに、言葉に。洸の動きは、明らかに鈍くなっていた。しかし、それでも再び一浄へ向け高く掲げられた腕に――直後飛来した1本の線が巻きつき、その動きを戒めた。
「洸、考えて、見極めろ。あんなのがさやかなわけねぇって」
葎の鋼弦。正確無比な弦を操る葎の言葉はしかし端々に穏やかさを孕み、弦を通じて洸の心へと呼び掛ける。
「今のお前とさやかの決定的な違いは、さやかにはもう声が届かない。奪われ尽くして、……居ないんだよ、何処にも」
低温貫く葎の言葉は繋ぐ糸の様に真直ぐで、そして真実故に残酷で――莉々が悲しく俯くと、手に持つ護符が目に留まった。
苦しい。癒しの力があっても、さやかは決して戻らない。それが世界の現実と、認める悲しさと悔しさは何度経ても慣れるなんて出来ない。
でも、だからこそ洸は救いたい――苦しさ飲み込み再び符へ魔力を込める莉々の元へ、ウイングキャット・アルビオンが舞い降りた。
尾のリングを輝かせ、主の決意に応えようとするアルビオンに莉々は悲しく微笑むと、息を合わせて一浄へ2つの癒しを送り込む。
「もう彼女に声は届かない。だから祈ってあげて下さい……あなたの行動は、無駄では無かったと。言ってあげて下さい……ありがとう、と」
綺麗な光だった。心の傷まで癒そうとする様な優しい2つの光に、シャオは魔力注いだ光剣『スノウサファイア』へと視線を落とす。
この剣の輝きは、あの光とは違う。切り裂いて対象を傷つける力。でも闇を打ち破り、洸を救える唯一の力だ。そうと信じてシャオは駆けた。
「君の苦しみ、痛みは……わかる。でも、それはきっと君を近しく感じていたさやかさんも同じ。……だから本当の意味で彼女を止めてあげられるのは君だけだよ」
一閃の瞬間、散らばった光の粒子はキラキラとまるでダイヤモンドダストの様。シャオのサイキック斬りが洸の異形爪の数枚を砕いた時、悠月もまた言葉を乗せて洸を槍で貫いた。
「意思を強く持ち、少しだけ頑張ってほしい。彼女を止めるために力を貸して欲しいと思うのであれば、全力で協力しよう……!」
絶望だけはしないで欲しい。諦めなければ、きっと良い事は起きるはずだと――槍抜き願う悠月の視界にもう1つ、鈍く光る刃が洸の肌へ差し入る。
救けたい。何度でも呼び掛けるから。だからどうか。
どうか。
――「ぱちん」。
「……?」
断斬鋏『落椿』――肉断つその感覚とは別、耳に感じた不思議な響きに使い手・一浄は動きを止めた。
顔を上げれば、仲間達も驚いた顔をしている。これまでと違う音、その感覚に――一浄は静かに洸へと振り向いた。
異形化した爪を震わせ、これまでが嘘の様に呆然と立ち尽くしている、洸。
「……さやかさんは、もう……居ないんだな?」
意思を持った、震える声。堰を切った様に涙溢れる瞳から赤が消えて行くのに気付いた瞬間、灼滅者の表情に声に、歓喜の色が入り混じる。
「春日井さん!」
「洸くん……!」
「あれは……さやかさんじゃないんだな?」
現実に傷付き、震え、でも痛みを知る人の温度を持った――待ちわびた洸の声に1人鋼糸を仕舞った葎は、低温の声でこう告げた。
「信じてやれ、……最期まで、さやかは優しかったって」
それは決別を意味する言葉。『最期』とそう告げること、葎に躊躇いがなかったわけではないけれど。
今は泣いても――明日を願う。きっとさやかもそれを望むと、そんな気がしたから。
「救われてたなら、お前だけは報いてやれ」
初めて笑んだ葎の言葉に――少年は消え行く異形の手で両眼を覆うと、そのまま膝から崩れ落ち、地面へ静かに倒れこんだ。
●あなたに見た光
「……目が、覚めましたか?」
目覚めた時、洸の傍らには器用に包帯を巻く莉々の姿があった。
横になったままの手当ては背中が無防備で――体起こした瞬間生じた痛みに洸が顔をしかめれば、莉々は直ぐに背へ手を添える。
「背中も手当てをしましょう――アル」
鞄を持ち浮かぶアルビオンが、呼び掛けに応えて飛んでくる。その光景をぼんやりと見つめる洸の耳に、ぱっと明るい声が飛び込んだ。
「――あ! 目、覚めたんすね洸さん!」
戦場となった校舎の修復に歩いていた狭霧だ。声を聞きつけ他の仲間達も続々集まると――洸は僅かに俯いて、苦笑する様に礼を述べる。
「っと……ありがとう。俺、まだ解んないこと多いけど、救けて貰って……気ぃ遣って貰って」
複雑そうな表情に感じる、戸惑いと悲しみ。見つめる小太郎の心に――嘗て救った1人の少女の姿が浮かんだ。
飲み込んだ闇に、苦しみながら生きる姿。
果たした救いが本当に彼女にとって救いだったのかと、疑問を抱いたこともある。しかし、それでも彼女はいつしか笑っていたのだ。
明日に生き、夢を語り。小太郎が願った笑顔がそこに在った。
「……春日井くん。きみの夢は、さやかさんの夢の続きなんだ」
小太郎は、意を決してさやかの名を口にした。
「生きて、叶えて、いつか誰かを救って欲しい。……彼女がきみを救ってくれたように」
諦めていい命なんてない。そうして洸を救えた今、今度は彼に道を示したい――その想いに、応えてイコも言葉を継いだ。
「わたしね、洸くんがさやかさんに光を見出したように、さやかさんもあなたに光を見たのじゃないかしらって、思うの」
優しい笑みだった。見つめる洸の瞳を見つめて、銀の双眸は柔らかく煌いた。
「だから生きましょう? ……その先にきっと、答えがあるわ」
そっと、洸の右手を両手で包んで。「人って、強いのよ」と笑ったイコに、一浄も笑んで連ねる。
「次は君が恩返しする番やから。ちゃんと救ってあげましょ、一緒に」
「うん。……生きてさえいれば、楽しい事は沢山あるから!」
明るく締めた狭霧の笑顔に、よく知る笑顔が重なった。誰かを笑顔にする笑顔。洸は眼を見開くと、……俯いて、溢れる涙を必死に堪える。
(「全部、夢じゃない。ダークネスも、救けてもらったことも……さやかさんが、もういないってことも」)
右大腿に、ずきりと鈍い痛みが奔る。でもこの傷を刻んだのは彼女じゃない。彼女はきっと、この傷を見たら青ざめて飛んで来てくれる筈だから。
そしてぎこちなく包帯を巻いて、もう大丈夫って笑顔で励ますんだ。
(「大好きだった。あの人は、最期の瞬間まできっと優しかった」)
記憶は脳裏に焼き付いて、切なさはきっとこれからも胸を襲う。――それでも、歩いて行こうと洸は思った。
頑張れと励ますあの笑顔が、今もこの背を押す気がしたから。そう、……信じられたから。
「おいで……武蔵坂学園に」
差し出すシャオの手を取って、洸は前へと歩み出す。
かけがえない人との出会いに見た――笑顔という光を胸に。
作者:萩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年4月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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