冬のカエル合唱団

    作者:飛翔優

     道の端に雪が残る、陽射しが降り注いでなお風が冷たい日の公園。ベンチに腰掛け休んでいた井乃中・葵(魔本の射手・d01354)は、男性が子どもと思しき少年に対して語っているのを耳にした。

    ●冬眠しないカエルたち
     今は休んでる途中か? ならちょっと聞いてくれ。今の季節行くこともないとは思うが……夏、お前たちが遊んでいた川にな、ちょいと妙な噂があるんだ、
     なんでも、お前たちが遊んでいた川の上流……そう、山の方だ。そっちへ歩いて行くと、途中で遊歩道が途切れている場所がある。そっから更に川の上流へと進んでいくと、カエルがいるんだ。
     ただのカエルじゃない。冬眠せずに今もなお過ごしているカエルたちだ。
     だからか、腹を好かせててな。何でもかんでも食っちまうらしい。そう、人間でさえも……。
     ……訝しげな目をするなよ、ただの噂だ。だが、噂になる以上は何らかの理由がある。だから、興味本位で見に行ったりするんじゃないぞ? お父さんとの約束だぞ?

     抗議の声を上げていく少年を横目に、葵はメモにうわさ話を書き記した。
    「川に、冬眠しないカエルの群……気になる、ね」
     荷物を纏めると共に立ち上がり、武蔵坂学園に向かって歩き出した。
    「知らせよう。本当なら……」
     解決策を導かなくてはならないのだから……。

    ●夕暮れ時の教室にて
    「それじゃ、葉月ちゃん。後を、よろしく、ね」
    「はい、葵さんありがとうございました! それでは早速、説明を始めさせていただきますね」
     倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は葵に頭を下げたあと、灼滅者たちへと向き直った。
    「とある町外れの川の上流を舞台に、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
     ――冬眠しないカエルたち。
     纏めるなら川の上流。遊歩道が途切れて更に上流へと向かった先、冬眠しなかったカエルたちが集まっている場所がある。カエルたちは腹を空かせている、人間すらもぺろりと食べてしまう……というもの。
    「はい、都市伝説ですね。退治してきてください」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「舞台となっているのはこの川を、遊歩道が途切れてもなお上流へと進んだ先……この辺りですね。赴けば、六匹のカエルが日常を過ごしている姿が見えるかと思います」
     後は戦いを挑み、倒せば良いという流れになる。
     カエルの姿をした都市伝説が六体。力量は、六体で灼滅者八人と同等程度。
     総員妨害、強化を主軸としており、ガマのあぶらを放ち傷を癒しつつ毒などへの耐性を与える、舌を巻き付かせて叩きつける、体を丸めての体当たりで加護を砕く、ゲコゲコと歌うような鳴き声を響かせ複数人を何度も揺さぶる……と言った攻撃を仕掛けてくる。
     また、カエルたちは互いをサポートし連携しながら立ちまわってくる。そして鳴き声を放つ際は皆で声を合わせて、まるで大合唱でもするかのように響かせてくる。
     その辺りも留意して、戦いを挑む必要があるだろう。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「川の上流。危険の多い場所では有りますが、それだけ冒険心をくすぐる場所でも有ります。この様な噂があるのならばなおさらです。ですのでどうか、誰かが犠牲にならないうちに、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    ティノ・アークライン(一葉ディティクティブ・d00904)
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    井乃中・葵(魔本の射手・d01354)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    月島・立夏(ヴァーミリオンキル・d05735)
    鯨臥・大刀(刃狼・d29879)
    アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)
    滝峰・創司(徒然なるままに・d36399)

    ■リプレイ

    ●お腹を空かせたカエルたち
     青い空に抱かれて、形を変えながら流れる雲、陰ることなく輝く陽。寒々しい風も防寒をしっかりしていればどことなく心地よく感じるだろう世界の中、昔から変ることなく流れる川。
     遊歩道を抜け石の敷き詰められたような河原を仲間たちと共に歩く中、館・美咲(四神纏身・d01118)は一人ため息を吐いていく。
    「冬に出てくるカエルのぅ……。おとなしく冬眠しておけば良いものを」
     顔を上げ、視線を向ける先にいるのは井乃中・葵(魔本の射手・d01354)。
     微笑んでいるでもなく、弾んでいる様子もなく……ただただ、率先して前を歩いている葵。
     視線に気づいたのだろう。葵は小首を傾げ、振り向いた。
     美咲と目が会い、どことなく唇を尖らせているような雰囲気を漂わせていく。
    「もう、美咲ちゃんはちょっと心配しすぎ……」
    「だと良いのじゃが……っと」
     美咲はオデコを光らせながら肩をすくめた後、月島・立夏(ヴァーミリオンキル・d05735)へと視線を移した。
     じっと見つめてくる葵をよそに二人で挨拶を交わしていく中も、灼滅者たちは歩き続けていく。
     上流を目指し始めてから二十分ほどの時が経っただろうか? 不意に、ウイングキャットの花琳を頭に載せている鯨臥・大刀(刃狼・d29879)が立ち止まり仲間たちを手で制した。
     耳を澄ませるしぐさを見せた後、表情を和らげていく。
    「おぉ、元気に鳴いているな。これが冬眠しない蛙か」
     聞こえてきたのは、カエルの鳴き声。
     都市伝説・冬眠しないカエルたち。
     灼滅者たちは顔を見合わせ、頷き合う。
     アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)はスレイヤーカードを引き抜いた。
     ――……おなかを……空かせた……カエル……なにカエル……なのかな? ……どちらにせよかわいそうだけど……。
    「……儚き光と願いを胸に……闇に裁きの……鉄槌を……」
     ――人を食べる前に……斬り裂く。
     強い決意と共に武装した後、改めて歩を進めていく。
     草むらを抜けた先。小さな崖の上に木々が林立している河原……土と石が入り交じる地面の上で、六匹のカエルが元気な鳴き声を響かせていて……。

    ●冬の大合唱
    「クールに決めるぜ、リツカ!」
     一斉に視線を向けてきたカエルを見つめ、立夏は効果音を奏でていそうな決めポーズ。
    「美咲ちオレに惚れんなよ? オレには心に秘めた……」
     美咲の様子を伺っていくものの、彼女の視線は葵へと向けられていた。
     冷たい風が福中、立夏は静かに咳払い。改めてライドキャリバーのランスロットを前線へと向かわせた。
    「ボディがお留守だぜェッ!」
     更には結界を起動。
     カエルたちを内側へと閉じ込めた直後、ランスロットが先頭の個体に鋼のボディをぶちかます。
     直後、右腕を獣のものに変えた美咲が葵から視線を外し踏み出した。
     常に葵の動きを感じ取ろうとしながら、先頭の個体に向かって爪を振り下ろす!
     後を追い、皇・銀静(陰月・d03673)は駆ける。
     槍による螺旋刺突を仕掛けていく。
    「っ!」
     伸ばされた舌に弾かれるも、力を高める事には成功した。
     問題ないと銀静が剣に持ち替えていく中、ティノ・アークライン(一葉ディティクティブ・d00904)は黒檀の杖に仕込まれていた刃を抜く。
    「数はそれなり、個々ならばやや上……心して挑みましょう」
     今はまだ加護を砕くひつようもないだろう……と、踏み込み大上段から振り下ろした!
     刃は先頭に位置するカエルの表面を滑り、傍にあった石を斬る。
     衝撃を与えることはできたのだろう。先頭に位置するカエルは後ろへ跳び、距離を取り……自らの身体を、あぶらで満たした。
     動きの精細を取り戻していくそのカエル。
     他のカエルたちは舌を伸ばし、跳躍し、前衛陣を襲っていく。
     体当たりを受け流しつつ、立夏は体中から炎を噴出させた。
    「燃えろッ! リツカァッ!」
     カエルたちを飲み込んで、悪しき力から体を守っていくのだろうあぶらを焼き払う。
     浅くとも確実なダメージを、カエルたちに刻んでいく。
     加護を砕き、勢いにのる灼滅者たち。
     さらなる攻撃を仕掛けんとした時、カエルたちがひとところに集まった。
     姿勢を正す様子を見せた後、カエルたちは歌い出す。
     げこげこげこげこげこげこと、幾重にも重なる鳴き声で、空気を大地を震わせた!
     前衛陣が揺さぶられていく光景を見据えながら、滝峰・創司(徒然なるままに・d36399)は目を細めていく。
    「夏に眠れない位のカエルの大合唱が聞こえる季節を感じるけど、冬の大合唱はただただ不気味だね」
     あるいは警戒できない分、熊よりも厄介かもしれないカエルたち。
    「カエルはむしろ好きなんだけどな。この大きな無機質な眼で睨まれるのはぞっとしないね」
     鳴き声を重ねる中も、感情を浮かべることのない十二の瞳。
     狂うことのない音階、リズム。
     止むと共に、創司はナイフで虚空を切り裂いた。
     黒き風が吹き荒れカエルたちを襲う中、静かなため息を吐いていく。
    「しかし……丸呑みは、君らの天敵の蛇の領分だろう? ともあれ、カエルに食べられて終わる人生はごめん被るかな」
     カエルたちが体を震わせた時、ウイングキャットのたまがリングを光らせた。
     治療が施されていく中、前衛陣もまたさらなる攻撃を仕掛けていく……。

     幾重にも重なり、体を揺さぶる大合唱。
     耳が遠くなるような感覚に襲われながらも、ティノは風に言葉を乗せていく。
     同時に放たれることもあり、大合唱による被害は大きい。補助しなければ、とてもではないが治療が間に合わない恐れもある。
    「しかし……」
     葵の風を受け取りながら、カエルたちを眺めていく。
     お腹を空かせて、人を丸呑みにするというカエルたち。正直な話をしてしまえば、ぞっとしない。
    「……嫌がるのと引け腰かは別ですが……」
     震えることなく、ティノは刃を構えていく。
     仕掛ける機会を伺い続けていく。
     大刀は光の剣を振りかぶる。
     先頭に位置するカエルに向かって振り下ろす!
    「……良し!」
     光の刃は表面を滑ることなく、カエルの頭を切り裂いた。
     即座にアリスと入れ替わり――。
    「……斬り裂く……」
     ――アリスが振るう光の刃もまた、カエルの背中を斬りつけていく。
     勢いづく灼滅者たちに抗うように、再び奏でられていく大合唱。
     足を止めていく前衛陣を見つめながら、葵は風を招いていく。
     大合唱は、確かに強い。けれど、それは一斉に音色を奏でているから。数が減れば、それだけ被害も軽減されるはず……!
    「……」
     既に、一匹のカエルが動きを乱している。
     倒れそうな程にふらついている。
    「……」
     きっと、触っても気づかない、襲ってこない。
     それだけの元気は、もうない。
    「……」
     触りたくてじーっと見つめていく葵。
     心配げな視線を、葵へと送っていく美咲。
     一方、銀静は剣を構えながら静かな息を吐き出した。
     なんでカエルがこのような戦上手になったのだろう。
     井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る……彼らは何を知り何故こうなったのか。
    「でも……そういう友情……何故か僕は苦々しい」
     小さく肩をすくめた後、剣をしまい踏み込んだ。
     口を閉ざしたばかりの先頭に位置するカエルを、両手で掴んだ。
    「故に……堂々挑み打ち勝ちましょう」
     勢い良く持ち上げて、川の方角へとぶん投げる。
     仲間たちと共に視線を向ける中……そのカエルは川に落ち……水に紛れるようにして、消滅した。
    「この調子で数を減らしていきましょう」
    「一匹ずつ確実に仕留めて行こうじゃーん、葵っちは触ろうとするのダメゼッタイ!」
     立夏は頷くと共に葵へ釘を刺し、激しき炎を吹き上がらせる。
     炎の中をランスロットが駆け抜けて、右側に位置するカエルを跳ね飛ばした。
     二度、三度とバウンドしていくそのカエルへ攻撃が注がれていく中、創司の炎の足が崖へとシュート!
    「よし、二体目……」
     崖にたたきつけられたカエルが消滅していく中、創司は残る個体へ視線を向けていく。
     次に攻撃するカエルを示すため、たまが左側の個体に向けて魔法を放っていた。

     美咲の爪が貫いた時、そのカエルもまた消滅した。
    「順調ですね。この調子で、残る二体も撃破してしまいましょう」
     オデコを光らせながら向き直る中、大刀が虚空を蹴りつける。
     静かな眼差しを送る中、二匹のカエルを後方へと押し返した。
     即座にアリスが距離を詰め、右側のカエルに視線を向けていく。
    「……斬り裂く……」
     刀身が硝子のように透けている大太刀を振るい、カエルの後ろ右足を切り裂いた。
     抗うように、カエルはアリスに向かって舌を伸ばす。
     すかさず立夏が影で打ち払う。
    「ここはオレに任せて欲しいみたいなー☆」
     得意げな笑みをアリスへ向け、ウインクし――。
    「フッ……ってよそ見してると危ねぇ……ウボァーッ」
     ――直後にもう一方のカエルの舌に絡め取られ、遥か上空へと持ち上げられた。
     落下してくるだろう立夏を治療するため、葵は癒しの矢をつがえて行く。
     治療が行われていく中、美咲は右側のカエルの懐へと踏み込んだ。
    「油断大敵、じゃな」
     ため息を吐きながら拳を放つ。
     何度も、何度も……あぶらの焼かれたカエルの背中を打ち据えるため。
     勢いに負け、動けぬカエル。
     すかさず大刀が踏み込み、光り輝く剣を振り下ろし……。
    「あと一体……だな」
     ……光に焼かれ消滅していくカエルから視線を外し、最後の一体へと向き直った。
     刃が、光がカエルに集う。
     誘われ、創司も左後ろ脚にめがけてナイフを振り下ろす。
    「よし、これで……」
     カエルが動きを止めていく。
     万全のものとするため、たまが魔法で拘束した。
     幾重にも施された呪縛にとらわれ、動けぬカエル。
     見下ろし、アリスは右腕を獣に変えた。
    「……引き裂く……」
     静かに見据えながら振り下ろし、カエルを引き裂いていく。
     断末魔を上げることもなく、カエルは姿を薄れさせていく。
    「……おやすみなさい……啓蟄に……また……会おうね……」
     静かな言葉を投げかけていく中、カエルは風の訪れと共に消滅した。
     川が流れる音だけが聞こえる静寂が訪れる中、冷たき風が戦場だった場所へと招かれて……。

    ●大自然に抱かれて
     陽射しを浴びて煌めく川、風を受けてざわめく木々。変わることのない土の匂い、褪せることのない青い空。
     平和を取り戻した河原で、ティノは安堵の息を吐いて行く。
     完全に回避した……とはいかなかったけれど、それでも、多くのあぶらを受けずに住んだ。舌に巻き付かれることもなかった。
     無事と言って良い状態で、戦いを終えることができていた。
     様々な想いを胸に治療や後片付けなどが行われた後、灼滅者たちは帰還を開始する。
     一人河原に残った銀静は、地面に背を預ける形で横になった。
    「……」
     細めた瞳で見つめる先、春に備えている木々の姿。
     自然の静寂、それは少しは心を癒やしてくれるのだろうか?
     今はただ、静かに瞳を閉じて感じ入ろう。
     川のせせらぎ、陽の光、木々のざわめき、土の匂い……大自然に、抱かれて――。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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